ー横須賀第三鎮守府。
「クォクォが噂の第三鎮守府か。来たことは……流石にあるよね?お隣さん同士なんだし」
「はい!でも来るときは大抵、ここの提督へ資料を渡すだけだったので……」
こちらの提督とは既に話は付けてあるので、資材輸送を行う部隊を見つけて後は行くだけなのだが、俺は初めてきたので何処に、なにがあるのかチンプンカンプンだ。
部隊の居場所はその辺で走り回ってた憲兵に聞いたが、中庭辺りッスよ?とか言われてもそんなの分からねぇから。初めて来た人に辛辣な海兵はともかく、古鷹はその場所を知ってるそうなので付いていく。
「あ、あ、ああああれ!!あれあれあれ!!」
「ALE?ビールがほしいの?」
「なに馬鹿な事言ってるんですかぁ!?あれですってあれ!!」
何気に傷ついたの古鷹の言葉に従い、あれの方向を見てみると、そこには一見するとコスプレイヤーにも見える橙色の衣装を身に纏った三人娘と、それを囲む男どもが居た。
俺達が探し求めていた彼女達であり、お決まりのフレーズでお馴染みの、
『那珂ちゃんスマイル!キラーンっ』
『『『うぉおおおおお!!!』』』
「ほ、本物だぁ……!」
キラキラと目を開き、まるで童心に帰ったかのような古鷹の瞳を見れば分かるーーあれは正しく、俺が香港の何処かに居るであろうNaka・Changさんと間違えていた艦隊のアイドル那珂ちゃんさんそのものだ。
そのご尊顔を再確認する目的もあり、俺と古鷹は集まりに近づく……するとあら不思議!画面の中だけの存在だったあの娘が今、目の前に!
「お楽しみのところ失礼します!自分等は本日、輸送任務の見学に来ました宍戸少佐であります。こちらは古鷹第四鎮守府秘書艦です。よろしくお願いします」
「あ!あなた達がそうなんだ!初めまして!艦隊のアイドルこと、ナッカちゃんでーす!そして那珂ちゃんのファンたちだよー!」
「神通です、そしてこちらが……」
「Zzzz...」
「あ、姉の川内ですっ……姉さん起きて!お客様の前だから!」
「むぁ……もう夜……?いつもより早いような……」
「那珂ちゃんが輝き過ぎたせいでお姉ちゃんは眠ったくなってるんだよー!みんな那珂ちゃんの魅力に酔いしれちゃってー仕事が手に付かなくなるんだよねー!」
「「「ウッス!」」」
いや仕事の害になっちゃ駄目だろ那珂ちゃんさん?それとお前らも軽々しく同意するな。
どうやら彼女は言われていた通り、ナルシズムとカリスマチッスクを組み合わせたような人らしい。
自他共の認める、または自賛的な言動を貫いているせいか、それに嫌悪感を抱くどころか愛着すら沸かせる人柄こそが、彼女を成功へと導いた由縁なのだろう。
「あ、あわわわわわ」
「古鷹、ほら」
「んー?どうしたのかな?」
「あ、あのあの!わ、私那珂ちゃんのファンで!さ、さささサイン下さい!!!」
「もっちろんだよー!いつも応援ありがとうねー!」
「は、はい!!うぁぁ!!すごいですすごいです那珂ちゃんのサインです!この古鷹、家宝にします!!」
「よ、良かったな古鷹」
これほどはしゃぐ古鷹は初めて見た。凄く可愛いと思った。小学生並みの感想だけど、それでしか言い表せないって言うか?うん、流石はフルタカエル。
「じゃあ俺も貰っちゃおうかな……神通さん、お願いできるかな?」
「え、わ、私ですか……?那珂ちゃんじゃなくて……?」
「俺は那珂ちゃんより神通ちゃん派なんだよね」
「何気にグサーって来るんだけどー!」
「そ、その……混乱、しちゃいますっ……」
クゥゥゥ!!カワウィィィ!!
ペンとサインボードを渡したら神通ちゃんは一息入れ、そして軽い疾風を巻き起こしながらボードに名前を刻んでいく。そんなに張り切らなくてもいいのに。
そして完成したのが、書道七段ぐらいが書いたのかと思うぐらい超達筆なサインボードだった。凄い、古鷹の普通に那珂ちゃんって書いて小学校低学年程度の絵を貼り付けただけの物とは訳が違う。
この俺は、これを家宝にすると心に誓ったのだった。
「では川内さんのもお願いします。同僚が川内さんのファンでして……」
「んぁ……?うん……」
や せ ん だ い。
リアルでそう書かれた。サインボードに、ひらがなで、そう書かれたのだ。俺は持ってきたボードのうち一つを無駄にした気分になった。
「す、すいません、姉さんは朝に弱くて……」
「そうなんですか……」
もう明らかに昼ですけどそこは置いていきましょう。
俺が見る輸送任務は、あくまで提督としての事務処理などを考慮した上での見学であり、舞鶴にいた頃散々やった雑用の復習などせずとも良かったのだが……まぁ得たものは大きかった。サインは部屋に飾っておこう。
川内三姉妹が他の海兵と輸送任務を担当する事は珍しくないらしい。平和を守る艦娘である以上は平等に任務を与えるのが提督の役目である故に、踊ってみたをしている事でこれと言ったボーナスや特典はないらしい。
普段は任務を他と同じようにこなしながら踊りの練習をする毎日であり、プライベートはほぼそれにつぎ込んでいると見た。
実はあの昼間っから寝不足気味だった川内さんは夜戦部隊を率いる旗艦であり、神通さんは数々の精鋭艦娘を輩出した教官として有名なのだそうだ。
だが那珂ちゃんだけはイマイチぱっとしなかったので、エリート三姉妹の仲間はずれとならないように、彼女が興味を持っていたアイドルと人を魅了するダンスで、那珂ちゃんさんと共に動画投稿をするようになったらしいのだ。
そのお陰で、今では知名度と人気で那珂ちゃんが中心となり、三姉妹は今でも仲良く海軍の看板を担っているわけだ。那珂だけに。
イイハナシダナー……絶対に村雨ちゃん達や古鷹の方が再生数稼げるとか言ってごめんね。
ー廊下。
「提督の言うとおり、那珂ちゃんは第三鎮守府に居たよ。ついでに川内ちゃんのサインも貰ってきたよ」
「何これ?子供が書いたやつでしょ?」
「いや、確かに川内ちゃんのお手てで書いたのをこの目でちゃんと見たから川内ちゃんのだぞ」
「は?僕は認めないよ?絵日記帳の表紙にある名前欄に、三歳児が初めて名前を書けたときみたいな五文字列が、あの川内さんのサインだなんて。それよりその達人級に凄い達筆なサイン僕にちょうだい。そっちが川内ちゃんでしょ?」
「は?あげねぇしこれ俺んだしこれ神通ちゃんのだし?」
「これが神通ちゃんの……すごいですね……」
時雨達三人が凝視するこのサイン二組、それぞれの感想に明らか差があるのは言うまでもない。
「それより神通ちゃん可愛かったなぁ。凄く控えめな感じでさ、オドオドしてるけど、結構素直な所があってさ。清楚可憐、正にYAMATO NADESHIKOそのもの……って、みんなどうしたん?」
「え、別になんでもないですけどッ?」
「お兄さんはやっぱりあぁ言うのがいいんですかッ?」
……え、ちょ、怖いんだけど。え、何か悪いこと言った?
「い、いやさ!踊ってる姿が凄くそういう感じっていうの!?凄く可愛かったからさ!いやぁもし村雨ちゃんや春雨ちゃんが踊ってくれたらあれより更に凄いんだろうな!あはは!」
「そ、そうですよね!あ、じゃあもし春雨が人気一位になったら、春雨といっしょにデートしてくれますか!?」
「勿論だよ!……え?」
「じゃあお兄さんのために踊ります!」
ートレーニングジム。
そして唐突な春雨ちゃんの踊ります宣言から一週間が経過する。彼女の真意は、五人からなる某有名な気まぐれダンケダンスを披露し、動画サイトに投稿する。
その中でクリック投票を設け、五人のダンスの中で春雨ちゃんが一番人気であればデートするという、至って単純な勝負である。
普通にお願いすればいいのに「何かを成し遂げないままご褒美なんてもらえません!」と言ってくれたのだ。お金を落とすような馬鹿男ではない俺とのデートは、巷で罰ゲーム扱いされたこともある為、春雨ちゃんは天使か何かかなと思った。
もし他の娘が一位となったら、その娘に譲るというのだ。まるで俺が景品みたいになってるけど、男が一度味わえるかどうかのシチュエーションなので、俺は楽しんでいる。
ジムの様子を見るために更に仕事のスピードを上げ、鎮守府のサポートをしながら成功する幸運を祈り続ける。
「ハッ……ハッ……!」
「ぜぇ……ぜぇ……もうクタクタだよ……」
「ご苦労、スポドリだぞ、ときあめ」
「僕の名前は時雨だよッッ!!」
勢い良くスポドリを手から奪ったので、ちょっと痛かったし傷付いた(乙女的感性)。
メンバーは時雨、春雨ちゃん、村雨ちゃんの他に、興味津々だった古鷹を誘い、足柄さんも入れたらしい。ミセス足柄に場違いとか言った日には、グラウンドを何週させられるか分からないので今は言わないでおく。
因みにときあめとは、とあるゲーム配信で登場人物の一人に同じく時雨とハンドルネームを付けていた人がいたのと、配信者本人が漢字が読めないのか、その人の事をときあめと呼んだ事から始まった……ネットでネタとなってしまった、可哀想な無形文化遺産の一つだ。
時雨がハンドルネーム無しで名前を出せば、よいこのみんなから「ときあめ」と呼ばれかねないのでな。
多分そんな勇者みたいな事はしないだろう。それはホモビにリアルフルネーム、しかも男性経験無しで出演するようなもので、異世界から来る勇者連中よりかは余程勇気があると思う。
もっとも異世界召喚される勇者は大体世界を救うので、誰も幸せにならないホモビ出演より余程役には立ってる筈だ。
異世界経験者がいれば俺も連れて行ってくれ、軽トラに轢かれる以外の方法でな。
「どうでしたかお兄さんっ!」
「可愛かったぜみんな。春雨ちゃん達の動画を上げられる那珂ちゃんさんが可哀想になってくるほど可愛いぜ……勿論、川内三姉妹もかなり可愛いけどさ」
「ふふふっ、嬉しいです宍戸さんっ!」
「ハァー疲れた」
「まさか一番乗り気じゃなかった時雨が踊るなんてな……」
「べ、別に君のためにしてる訳じゃないんだからねっ!!」
ほぉー、お決まりのツンデレセリフとか時雨分かってるなー。これは俺に脈アリ決定って感じ?俺って本当に罪な漢だな。
「じゃあ春雨、踊りに参加する報酬として今週のパフェ代ちょーだい」
「はいっ!時雨姉さん!」
「現金かよッ!?つーか本当に俺の為じゃねぇのかよォ!?」
「え、そういったじゃん、耳悪いの?」
クゥゥゥ……!!微妙にドヤッとしてるのが腹立つゥゥ!!!
「まぁまぁ、いいじゃないの!あ、因みに私はお金の為じゃないわよ?」
「え、じゃあ足柄さんは何のために?もう彼氏はいるでしょ?」
「「「あ」」」
俺がそう発言した瞬間、室内気温が一気に下がったような寒気がした。
「だ、駄目です宍戸さん!それは禁句です!!」
「え、なんでだよ古鷹?だって彼氏見つけたんでしょ?俺はあの合コンの話なら何から何まで知ってるんですよ」
「グサ!」
「い、いいえ違うんです宍戸さん!その……えぇっと……」
「言わなくてもわかってるって、足柄さんは今まで男運がなかった分、急に来た幸福を素直に受け止められないんだよね?」
「ぐ、グサ──!!」
「お、お兄さん!も、もうその辺にしてあげてください!!」
「春雨ちゃん……分かってるよ。でも何時までも恥ずかしがっているなんて事できないだろ?合コンって確か凄く前だったよな?そろそろ入籍とかも考える頃じゃ……」
「ブギャアアア───ッ!!!」
「ど、どうしたんですか足柄さん!?女性が放っていい叫び声ではないですよ!?」
「少しは空気読めないの君はァ!?」
「痛ェ!脳天はやめろォ!!」
相変わらずフィストでも痛いじゃないか時雨パンチは。今度殴り掛かってきたら俺はコイツにシグレンチのあだ名を付けてやる。
「あ、足柄さんにはすこし話しづらい理由があって……そ、その……」
「待って、私が話すわ」
「いいの足柄さん?このデリカシーゼロ男はまた足柄を傷つけるかもしれないのに」
「いいのよ……時雨にも、宍戸少佐にも、あの時お世話になったから……その機会を台無しにしたのは私、だから……」
お通夜の空気を身に纏った足柄さんは、政治家の腰ぐらい重い口を開き始めた。
そして要約すると、フラれた。なぜこれほどの美人をフるのかと言えば、やはり男性の経済的劣等感からか?それともやっぱり現役バリバリ海軍系女子は気に入らないからか?或いは単に会える機会が少なく、男子優勢の男女比社会に慣れた彼女が気に食わなかったのか?
そんな安直なものじゃない。
正解は彼が足柄さんみたいな優良株より、故郷にいる幼馴染を選んだからにほかならない。何故そんな回りくどく、面倒くさい事になったのか……それは恋愛小説を見れば分かると思うが、大体こんな感じで面倒くさい。
そんなラブドラマを繰り広げた末、フリーに逆戻りと言う足柄さんにとってはかなり痛い結果となったのだ。
足柄さんは自分の過去との決別(と言うなの憂さ晴らし)をするために踊りに参加してきたのは言うまでもない。憂さ晴らしには、普段自分が踏み入れない世界に入るのが一番だと言う、とても論理的な観点からの行動だったのだが……結果的に俺はほじるに穿り返してしまっていたのだ。
可哀想に……海軍所属のやつ、誰か貰ってやれよ。
と言いたい所だが、軍隊では彼女持ちや世帯持ちが多いのは言うまでもない。海軍軍人だけでなく陸軍軍人や空軍など、軍隊に属する男子とは現代女性にとってはとても魅力的に映るのだ。
何故かって?まず手当てが厚いでしょ?給料結構貰うでしょ?体育会系で直球な人柄は人気でしょ?結婚したら大体家開けてるから浮気し放題でしょ?これほどの優良株はお見合いでは引っ張りだこだろう。
少子高齢化と言われる民族的病気の解消法は、今でも軍隊お見合いパーティーなどで道を開いている。
……え、じゃあ俺が足柄さんをもらってやればいいのにって?HAHAHA!?
「事情は分かったよ足柄さん、教えてくれてありがとう。でもこの動画投稿をする上でみんなが見たいのは、笑顔です。過去は忘れて、輝かしい未来を見ようじゃん!もしかしたら付き合ってほしいっていう問い合わせが来るかもよ!?」
「そ、そうよね!過去のことは終わったこと!今更くよくよしても仕方がないわよね!うん!」
「じゃあもう一回練習しとく?その後いよいよ本番として踊りを収録して……」
「え?別にカメラ回しっぱなしでもいいだろ?ライブじゃないんだから編集とかできるし、一番出来栄えが良かったのを動画として上げれば……」
「「「あっ」」」
なにが、あ、だよ?気づいてなかったのか?普通一週間もやってれば気づくだろうに。
でもこの感じ初々しくて好きだな。本当に慣れてない感じの女の子って、なんか可愛くない?だが女はみんな女優だから本当に初めてでもヤりまくってても見抜けない。見抜く方法は、初めてだと言う事をやたら強調する事と、自分の事を可愛いと思ってるかどうかだ。
「あ、あの……お兄さん?」
「え?」
「その、動画の編集とかよく分からなくて……おねがい、できますかぁ……?」
「しょうがないなぁ。じゃあ編集は俺に任せておいてくれていいから」
「ありがとうございます!えへへっ、やっぱりお兄さんは頼りになっちゃいます!これでお兄さんとのデートが決定しちゃいますねっ……ふふふふふっ」
それはいいんだが、まるで自分が一位となるみたいな言い草……春雨ちゃんが真ん中になるので一番目立つのは彼女なので仕方がないが。
万人受け……って言葉を使ったら失礼かも知れないが、春雨ちゃんは可愛いしネットの大きなお友達もみんな彼女に投票してくれることだろう。
ー訓練所。
「そんなことやってたんだ〜。照月も踊りは好きだからやってみたかったな〜……」
「ごめんな。でも足柄さんがどうしてもって聞かなくて……」
「私!?別にそこまで頼んでないわよ!?」
「まぁ……そ、その……照月さんが入っていたとしても……」
「どっちにしろ春雨の願いは叶わなかっただろうね」
「ぶぇぇえええええええん!!」
「時雨、テメェが言える事じゃない」
更に一週間後の踊ってみた動画の結果、再生数30万、いいね一万、そして人気投票の結果……三つ編みの娘が一番可愛い。