整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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俺は

 艦娘達の訓練所は今日も訓練弾と模擬戦で盛り上がっている。休んでいた照月も入れて、踊ってみた動画の結果を話し合っていた。

 

「ご、ごめんね?僕も凄く驚いるんだ。僕は予想以上に可愛いだなんて……」

 

「は?」

 

「ひぐっ……いいです、春雨は時雨姉さんに女として負けてしまっただけなんです……っ」

 

 時雨の勝因は、最後の「会いに来て〜」のところでセンターを飾ってて、終始凄く照れくさくやってたのがとても好評だったらしく、村雨ちゃんが二位、春雨ちゃんが三位と上位を独占する姉妹に俺はある種の恐怖心を懐きつつあった。

 当然の結果だと胸を張っていえるが、世間から見たら俺はこれほど囁かれる女の子達と一緒にいるのかと思うと改めて感じるものがあるな。

 

「で、でもほら!春雨ちゃん達の動画こんなに伸びてんだよ!?三人の投票は僅差だしこんなにみんなから可愛いって言われてんだよ!?」

 

「そんなのどうでもいいですッ!!」

 

「そうだよ宍戸くん。会ったら180度回転して逃げたいようなキモイ男がコメント書いてるかもしれないじゃん」

 

「それは言い過ぎよ……でも、村雨達のことを何も知らない上、顔も合わせていない不特定多数の人たちに可愛いなんて言われてもあまり……」

 

 おい、俺たちの遊びにわざわざ投票してくれた視聴者様方になんて言い草だ。そして人気投票一位を獲得した時雨に待っているのは、俺とのデート権である。

 

「デート……い、いくぅ……?」

 

「何で妙に高い声出して女の子ぶってんの?キモいよ」

 

「で、でもォ……こんなに暴力ガチムチ系でぇ、お金毟り取りそうな女の子を目の前にしたら誰だってたまヒュンものだぉ〜……」

 

「照月、この人を見てどう思う?」

 

「ちょっと気持ち悪いかも……」

 

「私は可愛いと思います!ほ〜ら、春雨ままでちゅよぉ〜」

 

「わぁーい!春雨ままだぁ!」

 

 ハニカミながらも、笑顔で俺の抱きつきを受け入れてくれる春雨ちゃん。童顔で可愛くて、それでいて母性力の高い女性が俺の目の前にッ!

 

 近年では年下ーー或いは小さな女の子に対して母性を求めるダメな大人が増えてると聞くが、のめり込むのも無理はない気がする。

 春雨ちゃんの肌の感触がとても心地よく、逆に撫でてもらう感覚は……まるで赤ん坊に戻ったようだ。

 

 多分あれだ、無条件な愛であるアガペーを司ってくれる母親の言動や行動を放つ可愛い女の子と言う、スーパーハイブリッド属性こそが、男の癒やしとなるロリママジャンルなのだろう。

 見てくれよこの春雨ちゃんの顔を、これは俺を妊娠しているな。

 

「だから見てよ村雨!僕はこれとデート行くんだよ!?」

 

「あ、あははっ」

 

「は?行くの?」

 

「行かないとは言ってないでしょ!か、勘違いしないでよね!僕はただ買い物の荷物係が必要ってだけだし!べ、別に一緒に行きたいなんて、お、思ってないんだからね!」

 

 お、またまたお決まりのツンデレ決め台詞来ましたね。時雨は大体こういう時って建前なしなんだよなぁ。

 

「荷物がかりって、新しいパソコンのことかしら?」

 

「そうそう!村雨と春雨で共有するハイスペックなヤツをねっ」

 

「知ってた」

 

「元はと言えば宍戸くんが悪いんだよ?僕にパソコン使わせてくれなくなったから……あ、でも一緒に行きたくないっていうのは本当じゃないよ?良かったね宍戸くん!」

 

「わーい嬉しくねー」

 

 悔しげだった春雨ちゃんが持つはずだったデート権は時雨の元に舞い降り、丁度いいと言わしめんタイミングでパソコンの購入を考えていたと豪語する時雨との楽しい楽しいデートをする事となった。

 一緒に街へ繰り出すこと自体久しぶりなのだが、論文の作成時間や提督から仕事を学ぶ機会を逃してまで行きたくはない。特に時雨が言うデートは、俺に飯代を奢らせたり、今回のように荷物を運ぶ下僕的扱いを強要する事にある。

 

 酷いだろう?だがしかし、思わせぶりな態度をとっておいて、切りのいいところではいさよならするようなクソアバズレ女より、最初から明言されている方が寸分マシだと思える。

 

 

 

 ー街。

 

「ふ〜ふふ〜ふ〜んっ、楽しいね宍戸くん!ふふふんっ」

 

「フザケロテメェ……ッ!なんでノートパソコンにしなかったァァァ……!?」

 

「そっちの方が性能がいいって店員さん言ってたじゃん。だったら買うに決まってるし、そもそもそっちの大きなやつ買うつもりだったし?」

 

 大型パソコンセットを両手に持ちながらも街中をうろつける理由は、やはりこの鍛え抜かれた軍人特有の精強な肉体にある。この異様な光景に道行く人々の殆どが目を凝らす……海軍大学校の入試で体験した山登りを、35分以下で切り抜けたこの俺を舐めるなよォ……?

 

 行きたくなかったなら、はっきりと断ればいいですよ!などと整備工作員たちからアドバイスを貰ったが、彼らは知らなかった。まさか時雨が既に提督へ、俺の外出届を勝手に出していたと言う巧妙極まりない手回しをしてた事で……執務室で「デートかい?いいね」と提督に冷やかされまくった。

 

 いや、ポジティブに考えよう。これはリフレッシュ……そう、TDNリフレッシュだ。日頃の提督としての勉強をアプレンターシップにて精を出してる俺は、久しぶりに街に出た。

 

 僅かでも息抜きのために、時雨はわざと俺を強引に誘ったんだろう……なァァんて優しい子なんだぁ!その上クッソ重たい荷物を持たせることで、最近やってなかった肉体労働も兼ねてくれて、余計に疲れとストレスを溜めてくれるなんていい子なんだ時雨はァ!?

 

「ん〜クレープ美味しい〜!」

 

「そりゃ良かったなァッ」

 

「なにその物欲しそうな顔?あ、げ、な、い、よっ」

 

「い、ら、な、い、よッッッ。あと、お、も、い、よッッッ」

 

「そうだね、根性なしくんにはそろそろ休息を入れてあげないとねっ」

 

「投げるぞこのクソアマァッ!!」

 

 と言いつつも心の中で何故か感謝している自分がいるのは、俺の手が全治一日程度に腫れ上がりそうなぐらい悲鳴を上げていたからに他ならない。

 どんな理不尽な状況に居ても体という器に支配されている精神は、納得のいかなさよりも苦しみから開放される快感の方は勝ると言う事を今知った。

 

 そう、こうやって色々と思考を鈍らせて、従順にしていくだけのかんたんなおしごと。これを、調教という。

 

「ん〜〜っ!このクレープ美味しいね宍戸くん!」

 

「そうだな!このたこ焼きまじで美味いぜ!流石は本場のオッサンが焼いたたこ焼きだぜ!」

 

「美味しいって、そっちのたこ焼きは食べてないから味分かんないし……」

 

「ブーメランだぜ。そっちのクレープを食べてないこの俺がそれの味なんて分かるわけねぇだろ?なにが美味しいだよ?つーかまた食べてるとか糖尿病真っ盛りだな」

 

 移動販売店が立ち並ぶこの公園では、いま俺たちが座ってる外席テーブルが用意されており、たこ焼きとクレープという両極端な品を出している。

 この組み合わせを見る辺り両店はグルだな。メシとデザートを両方用意するとかセコいぜ。甘味とメシと甘味の連鎖を抜けれないじゃないか……こうやって体重は加速するッ!

 

 クソでかいパソコンのセットを持っているからなのか、或いは時雨の効果なのか、妙にジロジロ見てくる奴らがいる。見ること自体はいいのだが、あまり時雨を見つめてやらないでほしい……隣の彼女さんがお前等を睨んでるぞ。

 

「しょうがないなー……そこまで言うんだったら、ぼ、僕のクレープ……恥ずかしいけどっ……あ、あげるよっ」

 

「お、おう……」

 

「は、はい……あーんっ」

 

「あーん……」

 

「ど、どう?……僕のクレープ、おいしい……?」

 

「あぁ……まるで残されたピザの耳を食わされてる気分だよ」

 

「うん、でも美味しいでしょ?」

 

「テメェ一番下の端の部分とか渡して来てんじゃねぇよォ!?これただの丸めた生地だろうがァ!?」

 

「じゃあ宍戸くんも嫌いだからって紅生姜こっちに置くのやめてくれるかいッ!?食べちゃったらクレープもう一つ欲しくなっちゃうじゃないか!?」

 

「紅生姜舌がイガイガしてやなんだよォ!俺っちマジ吐きそうになるゥ!」

 

 時雨は呆れた表情だが、嫌っていた紅生姜を口に入れてくれた。優しいのか鬼畜なのかこれもう分かんねぇな……でも、飴と鞭を使い分ける女子は間接的のだが何度も見たことがある。交互に使う女子は男を落とす為の計算として……いや、時雨に限ってそれはないだろう。

 そして、慣れ親しんだ日常的な会話でも、外野からはかなり異様に見えたらしい。今度はみんなこっちを見てる。

 俺と時雨は恥ずかしさに駆られ、一時的な静寂が発生する。

 

 しかしそんな恥ずかしさはなんとやら、すぐに顔を上げた時雨は難しそうな顔でこちらを見つめてくる。

 まるで何か言いたげな……或いは、俺から口火を切り、その話題に便乗して自分の発言を入れたい……みたいな顔してる。

 長い付き合いになると、これほどその人の心理が分かってくる辺り、人は想像以上に怖い生き物なのかも知れない。

 

 しかし俺は彼女を知っている。時雨は自分の発言を他人に委ねるような真似はしない。

 

「ねぇ……宍戸くん」

 

「どうした?」

 

「……もしその大学校を卒業したら……また何処か行っちゃうんだよね?」

 

「は?当たり前だろ?」

 

「もう少しデリカシーのある言い方できないのかい君はッ!?フンッ!!」

 

「痛テェ!!」

 

 い、痛い……!時雨のパンチは相変わらず鉄でも入ってんのかってぐらい痛い。メリケンサックといい勝負だ。

 そんなメリケンサックパンチ系女子が意外な発言をしたので、驚き過ぎて冷静だったのだ。

 

「ほ、ほら!春雨や村雨がすっごく寂しがってたし!もうすぐ、卒業だから……」

 

「確かにな……お前たちが俺の鎮守府に来れたらいいんだけど……でもそうすると、今度は白露さんが一人になっちゃうしな……」

 

「あ」

 

「あ、ってなんだよ。まさか白露さんの事まったく頭に入ってなかったとか?」

 

「え、あ、その……」

 

「これは、白露さんに報告ですね」

 

「やめてぇぇ!スパナで殴るよぉぉ!」

 

「そっちがヤメテェェェ!!」

 

 だが今日はスパナを持っていない。ははっ、スパナを街中で振り回す女子とかどんだけやべぇ奴だよ。

 

「それは置いといてだ……まぁ、なんて言うかその……俺と一緒に来るか?」

 

「え……?」

 

「何処に配属されるかは分からねぇけど、どっちにしろこの横須賀鎮守府とはおさらばするんだ……村雨ちゃんや春雨ちゃんはともかく、お前はどうしたい?」

 

「……どうもこうもないでしょ?好き勝手に所属を変えられる訳じゃないんだから……」

 

「……現役の艦娘として復帰するんだったら、所属は変えられるぞ」

 

「艦娘……」

 

 艦娘の素質は、かなり狭い適合率がある。未だに多くの艦娘を必要としている海軍ではその人たちを重宝する……重宝し、人権を守る為に前線に立たせることを強要しない。

 艦娘は手当てや昇進を含めた様々な面でプラスとなり、時雨みたいに前線で戦わず整備工作員になる者も居れば、古鷹のように秘書艦として働く者も居て、中には艦娘専用の教官となる者もいる。

 

 前線に立ちたいと志願すれば、整備工作員としての役職が解かれ、艦娘として活動できる。

 たしか、艦娘が足らない鎮守府であればそこへの配属を願えると、海軍のルールブックにあったはず。

 

 要は、時雨は俺と一緒に、俺の指揮する鎮守府で実際に戦闘を行う艦娘として着任することができる。村雨ちゃんもそうだし、春雨ちゃんは……前線の艦娘だし、提督に頼めば大丈夫か……多分。

 

「……俺も正直な話、みんな俺と一緒に来てほしいとは思う。だけど、それは同時に俺の下で艦娘として前線で戦う事にもなるから、来てほしくないとも思う」

 

「どっちなの!?」

 

「来てほしいけど、来てほしくない。やっぱり現状維持が一番!……なんだろうけど、進む時間は止められないよ」

 

「…………」

 

 時雨達には、本当に来てほしいとは思う。長年一緒にいた仲間……小っ恥ずかしいことを言えば家族みたいな感覚で話し合える味方に、これから歩む事になるどデカい街道を一緒に歩いて、見て欲しいと思うのは必然だろう。

 だが、危険が伴うのを知ってて来てほしいとは思えない。前線で戦う艦娘は、大きなリターンもあれば、大きなリスクも背負う事になる。

 

 提督になれば会える機会は相当少なくなるだろう。地方の海軍要塞に配属されれば、困難を極める。俺が異動を決定できるぐらいに出世できればいいが、何十年かかるか分からない……何より、三人がそんな事をしてまで俺と一緒に来たいかだ。

 今までは、また会えるからと高をくくっていたが、今回ばかりは今生の別れのような気がしてならない。何れこの話を持ち出そうと思っていたが……まさか、時雨の方から話してくれるなんてな。

 

「……考えてみるよ」

 

「え?」

 

「だから、考えてみるって言ってるの!宍戸くんがあまりにも情けない顔してるから、やっぱり僕達がいないと駄目なんだなーって思ったから、ほんの少しだけ、ついていく事を考えてあげてもいいよっ!」

 

「ほんの少し!?俺の鎮守府に来るのはその程度の事ってことかよ!?さっきまでの湿っぽい空気はどこだよ!?」

 

「知らないよそんなの!?宍戸くんの鎮守府に行くことより次はどんなクレープ食べるかの方が大事だし!」

 

「ハァ!?また糖分の塊取る気かよ!?糖尿病へようこそォォ!!」

 

「紅生姜食べると次食べたくなるって言ってなかったっけ!?でも僕は代謝がいいから太らないもんね〜!」

 

「世界中の女性陣に謝れェェ!」

 

 時雨はその時、クスリと笑う。そして……まるで今までの不安から開放されたような顔つきで、再度クレープ屋さんに足を運んでいった。

 

 

 

 ……時雨達が来ようと来まいと、俺はどちらにしろ提督への歩みを止めない。

 一度決めた事を成し遂げられない男は、漢ではない。チャンス、能力、向上心、環境が全て揃っているこの俺は、今更整備工作員に戻る事は許されない。

 兎にも角にも、先ずは提督となる……それが今の俺の目的であり、その餌は俺のすぐ目の前にある。

 

 時雨の後ろ姿を見て、呟く。

 

「俺は……」

 

 

 

 提督になる。

 

 


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