整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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新地点

 ー軍令部総長室。

 

 海軍の要と謳われる軍令部の長、軍令部総長様のお部屋は殺風景で、てっきり虎の下敷きでも置いてあるかとも思ったけど、案外普通の執務室みたいだ。

 小さな警備府とかの提督がやるならともかく、荒木大将みたいな軍令部総長が部屋を私物化するのは権力も私物化する行為に等しい……と、偉い人に教わった事がある。だから少し安心したけど、流石にこれほど片付いてると逆に落ち着かねぇわ。

 

「さてと……しつこいようだが、改めておめでとう宍戸君。君みたいな優秀な将校が提督となってくれるのは、推薦した私としても鼻が高いよ」

 

「……期待以上だッ」

 

「ハッ!ありがとうございます!!」

 

「これから君が向かう所は新設された要港部でね、ようやく戦力を設置できて嬉しく思うよ」

 

「……期待しているぞッ」

 

「ハッ!荒木大将閣下、斎藤中将閣下のお計らい、誠に有難く思います!!」

 

「こちらこそありがとう。本当は君であれば大きな鎮守府にでも配属したいぐらいなのだが……まぁ、ルールだから仕方がないね。代わりと言ってはなんだが、あの三人に関する申し入れも手配する予定だよ」

 

 あの三人とは、時雨達の事である。

 

「!ありがとうございますッッ!!」

 

「……頼んだぞッ」

 

「この宍戸龍城、必ずやお役目を果たして見せます!」

 

 

 

 

 ー鴨川要港部、執務室。

 

「そして俺の人脈、話術、功績……それからそれ等を余す事なく利用する根回しの上手さが、君達を正式にこの要港部に招き入れる事が出来た要因だと言える……フッ」

 

「流石ですお兄さんっ!」

「ありがとうございます宍戸さん!」

 

「じゃあ僕達戦闘員になる必要あったかな!?僕達が兵学校に戻ったのって只の無駄足だったんじゃないの!?」

 

「いやいや、時雨達が艦娘として戦う決意を胸に秘めてくれたからこそ異動願いが届いたんじゃないか。俺の根回しなんて補足みたいなもんだよ……まぁ、俺様のサポートが無かったら、届いていたかどうかも分からないけど?フッ……」

 

「そのドヤ顔ハラタツウゥゥ!!!」

 

 戦闘を行う艦娘に復帰するためには、短期間だが兵学校での試験と訓練を再度通らなくてはならない。

 時雨と村雨ちゃんはそれが理由で卒業式に来れなかったが、春雨ちゃんを含めて無事に配属させる事ができた。

 着任日の一日前だが、これから提督として働く事になる要港部の観察も兼ね早く来ており、こうして執務室を借りて小さなお茶会を開いている。

 

 

 

 

 

 この鎮守府……ではなく要港部は、中将が言っていた通り新設された海軍要塞の一つである『鴨川要港部』。太平洋を見る千葉県に位置し、横須賀鎮守府のバックアップもある為比較的安全かと思われるが、『東京湾の盾』とも言われる千葉の地理的にちょっと危険である。

 艦娘を取り扱う海軍基地の大きさの順が鎮守府、警備府、要港部なのでここは所謂末端の基地だけど、新人提督さんだから仕方がない。基地そのものを受け持つのは初めてだし。

 

 海軍が提督育成プログラム修了と共に発表した、海域防衛ライン強化計画の主点である海軍要塞増設の一部がここだ。

 元々これは海軍上層部では大きな話題だったけど、まさか海外まで防衛ラインを伸ばすとは思わなかった……まぁ予算があるんだったらいいんだけどさ。

 

 鴨川要港部の内装はピッカピカで、木質感ある作りに、新築特有のヒノキみたいな香りが漂い……特に執務室の壁は純白で、顔をくっつけたりしてその新築感を味わっている所を時雨達に見られたのは……忘れたい過去リストに登録済みだ。

 

 そして、ここには既に約数人ぐらい役員がいる。

 軍医、主計、整備工作班の人たちが雑談を交えて屯している所を目撃したので、多分あれが俺の部下となる人たちなんだろう。

 俺のピッカピカのスーパーウルトラ提督服を見て敬礼をしてきたり、頭を下げてきたので……あ、俺って神になっちゃったんだな、って思った。

 そう、頭を下げてきたのが定年間近のオッサンとか、一昔前は俺の同僚になってたかも知れない人達だった事に、改めて提督と言う立場の重さを実感する。

 部下たちにこうやってもてはやされて、そして堕落していくのがお決まりのテンプレクズ上司だが、もちろん俺はそうならない……部下に対しては常に誠実な言葉で語りかけ、上に立つものとして傲慢に振る舞わず、罰など以ての外だ。

 

「なんだその口の聞き方はァこの野郎ォ!?この俺様がこの要港部の提督だと知っての狼藉かね!?罰としてお前をサンバ踊りで大本営の報告任務に行かせることもできるのだよ!?」

 

「パワハラで有罪確定だねこのクソ提督さんはァ!」

 

「ふふふっ」

 

「そう言えば聞いていませんでしたが、お兄さんはどうして提督なろうと思ったんですかぁ?舞鶴にいたときはそんな事言ってなかったのに……」

 

「ん?あぁそれはね、うちらの提督とか、色々とトップな人たちを間近で見ている内に……海の男として深海棲艦に立ち向かうビッグウェーブに乗ーー」

 

「モテモテになるからってみんなが言ったら突然なるって言ったんだよ。ビッグウェーブとか関係ないから」

 

「……そんなにモテモテになりたいんですかッ?」

 

「え、あ、そ、その……ち、違うんだよ!!確かに本能としてモテモテにはなりたい願望はあるよ!?でも俺はあくまで提督になって高みを目指したいって理由だから!そんな性欲魔神みたいな理由でこんな大層な事出来る訳ないじゃんもうイヤだなぁ〜時雨きゅんはァ〜ハハハッ!」

 

「じゃあ今日着任する予定の人たちに聞いてみような?」

 

「え……?」

 

 時雨がそう言うと、ドアの向こうからノック音が聞こえた。

 え、まさかあの時あの場にいた艦娘の誰かが、今日着任するの……?確か俺が提督になる発言をしたレストラン内では時雨と村雨ちゃんの他に鈴熊とゴーヤが居たが……そう思考を巡らせている内に、ドアの向こうにいた三人が姿を現す。

 

「失礼します!本日、整備工作班に着任する事となりました、軽巡夕張です!」

 

「同じく着任する事となりました、駆逐艦の綾波ですっ!」

 

「整備工作班として着任する事となりました月魔です!お久しぶりです兄貴!姐さん!」

 

「ってお前たちかよぉぉぉ……!びっくりさせるなってぇぇぇ……!」

 

「初っ端から随分とご挨拶ね……」

 

「お久しぶりです!」

 

「お久しぶりんこ!夕張に綾波ちゃんはホント久しぶりだな!月魔はついでに」

 

「ヒドイっすよ兄貴!?」

 

 俺はこの時、結城と一緒に勧誘の仕事をしていた頃を思い出す。

 

 大将が言うには、俺が提督になった時、自分が誘った海軍軍人は自分の元で働く事となるのが決定事項なのだとか。

 つまり、夕張綾波春雨ちゃんのチームは最初から俺の所に異動する事となっていたのだ!

 ワァオ!だからあんな無駄とも思える勧誘の仕事させてたんだな?半分は本当に人が必要だからなのかも知れないけど。でも人を見る目がないまま選ぶといい成果は出せないので、案外いいシステムなのかも知れない。

 月魔くんは何かの間違いなのだろうか?コイツは別に誘ったわけじゃないんだけど……別にいいか。春雨ちゃんとのストーカー事件以降はマジメックスになってるからな。

 

 まぁ、何にせよ。

 

「オッホンッ……それで?夕張達に何を聞くんだって?夕張達には既に、俺の高貴な志を伝えてあるから、別に掘り下げてもいいけど?ムフッ?」

 

「あれ?おかしいな……?」

 

「村雨さん、宍戸さん何の話をしてるの?」

 

「あ、あ〜えぇっと……なんで提督を目指したかの理由を聞こうとしていたらしいのだけどっ……」

 

「あぁ、前にレストランで、もし提督になったら女の子にチヤホヤされて、みんな宍戸さんの元に集まってハーレム作れるから、とか安直な理由でしょ?」

 

「「「エッ!!?」」」

 

「な、何で知ってるしッ!?」

 

 え、何故だッ!?俺は確か夕張達に、『漢としての高みを目指す事に、意味などない……キリッ』って言ってたのに……!?

 再度思考を循環させていると、これまた三人が姿を見せる。

 

「ちーっす!鈴谷だよっ!」

 

「こら鈴谷!最初ぐらいちゃんと挨拶しなさい!……コホンッ、本日より着任致しました、重巡熊野ですわっ」

 

「同じく、本日より整備工作班として着任しました伊58です!提督には、気軽にゴーヤって呼んでほしいでち!」

 

「…………」

 

「んん〜?どうしたの〜宍戸っち〜?久しぶりの鈴谷に、見とれちゃった〜?にししっ〜!」

 

「鈴谷、お前俺の提督を目指した理由、話しただろ?」

 

「え、うん話したよ?」

 

「な、何でそんなにあっさり!?」

 

「だって、どんな理由でも宍戸っち提督になれたじゃん!みんなができない事を、どんな理由でも成し遂げる……それって、すっごくカッコイイ事じゃん!鈴谷、宍戸っちのそういうカッコイイトコ……す、好きかも……え、えへへっ」

 

「「ガアアアアアア!!!」」

 

 可愛い!

 時雨と俺はその眩いばかりの笑顔に打たれる。ギャルっぽいのに純粋な笑顔と可愛い台詞……これが、ダブルスタンダードだと言うのか(※正しくはギャップ萌えです)。

 なるほど、そういう事だったのか……鈴谷って変な所にかっこよさを感じるタイプなんだな。さて……じゃあ身体の方は何処が感じやすいのかな?そんな事言ったらバリバリセクハラだけど。

 

「可愛いですわ鈴谷!」

 

「え、そ、そうなの?そうかな……っ?」

 

「可愛いぞ鈴谷!」

 

「え、あ、き、キモッ!!」

 

 これが、ダブルスタンダードだと言うのか(※そうです)。

 突然の来訪者であるにも関わらず既に順応しているのは、やはり知り合いだからだろうか?柱島でのハッピーピーポーマックスな日々は、俺の順応能力を強くしてくれたみたいだ。

 

「まぁ先ずは、みんな歓迎するよ。でも鈴谷達はなんでここに居るの?」

 

「何だっけ……えぇっと〜防衛ラインをおっきくする?するためにセンリョクを……バーンってバラまく感じ?そんなこと言ってたよ!」

 

「翻訳してクマのん」

 

「分かりましたわ」

 

「ヒドッ!?」

 

 熊野の翻訳からすれば要するに、防衛ライン拡大計画の主点として、既存の戦力を分散させる事を目的として異動であるらしい。

 良く見たら時雨が手にいしている資料にはその詳細が書かれている。

 

「ま、まぁなんにせよおめでとう宍戸っち!今日から立派な提督だねっ!」

 

「おめでとおおぉぉおぉおぉうおうおうございますわっ!」

 

「おめでとうでち!提督の元でなら、24時間労働もバッチリでち!」

 

「綾波からも、おめでとうございます!!宍戸さんの元で、一生懸命衆道をおべんきょうをさせてもらいますね!」

 

「おめでとうございます兄貴……いいえ、提督!」

 

「私からもおめでとう宍戸さん。元整備工作班の副班長が提督だなんて、すごく頼もしいわ!」

 

「おめでとうございますお兄さん!ぎゅ〜!」

 

「ふふっ、おめでとうございます、宍戸さんっ」

 

「おめでとさん宍戸くん」

 

「……!ありがとう!

 

 提督達にありがとう。

 

 学校にさようなら。

 

 そして全ての親愛なる部下達(俺にとって都合の良い手足)に、

 

 おめでとう」

 

「宍戸くん、口から漏れてるよ。そして都合のいい手足って誰の事かな殺すよ?」

 

 テテテテテーンテーン!終わり。

 某有名アニメのエンディングそっくりな展開だったので、これはやらざるを得なかった。

 しかし……まぁ、こういうの、悪い気はしない。

 

「あ、宍戸っち、ちょっと感極まっちゃった感じ?」

 

「は?クーラー効きすぎて眼が痛いだけだし」

 

「ふふふっ」

 

「村雨ちゃん笑わないで……」

 

「じゃあこれを見ても堪えてられる?ほら宍戸っち、下を見て」

 

「え?なんかあるの?」

 

「いいからいいから!」

 

 鈴谷や他のみんなに背中を支えられながら、執務室の窓際まで押される。

 開かれていた窓外には太陽の反射を受け、キラキラと輝く海が波打ち、脇に挟むようにして工房と倉庫がそびえ立つ。

 そして見下ろしてみると、 

 

 

 

『『『宍戸少佐!!!着任おめでとうございます!!!』』』

 

 

 

 大勢の野郎共が俺を見上げながら、耳が張り裂けそうなほど大きな声で叫んでいる。

 そのほとんどが見覚えのある顔で、一生懸命手を降っているのが分かる。

 

 あそこにいるのは舞鶴にいた頃仕事をした奴だ。

 あっちは俺が訓練した新兵だ。

 お、ゲイ三人衆までいるぞ。

 

 ……みんな、俺を追いかけてきてくれたのか?クッ……そう思うと、涙だ堪えきれねぇじゃねぇか馬鹿野郎共……!!

 叫んでいる言葉に、耳を傾ける。

 

『俺今穴広がりそうです。アーソコソコソコソコ……』

 

『提督はホモォ!提督はホモォ!!』

 

『今日から提督になるンスよねぇ!?ちょっとキャバクラで溶かしたンで金貸して下さいよォ!?』

 

『おーい!やっぱり俺!裸ニーソよりもクッソエロい民族衣装の方が萌えますッ!!』

 

『俺は逆にブカブカセーターにニーソが無いと魅力が半減する事に気付きましたァァ!!!』

 

『こっち来てくださいよォ!鴨川のみんなに、俺たちのセ○クス見せつけてやりましょうよォ!?』

 

「…………」

 

 そして俺は、無言で窓を閉めた。

 

「……ど、どうだった!?か、感動的だったっしょっ!?」

 

「感動しすぎて目から涙が消えたゾ」

 

「し、辛気臭いのは宍戸さんには似合いませんっ!だからその〜……」

 

「こんなもんでいいんじゃない?見知ってる人達が堅苦しい挨拶してくるよりよっぽどいいと思うけど?」

 

「……確かに。ハァ……」

 

 時雨の台詞に同意しながら席に座り、肩を落とす。

 

 そう言えばこの椅子って、提督専用の椅子何だよな……考え始めてば重くのしかかる、提督と言う座の重み。

 皆が見ている中で思うのは、ここまで辿り着くのに掛かった膨大な努力と、仲間との時間……そして絆だ。

 

 この中での沈黙は辛気臭さを増加させるし好きじゃないけど、最初ぐらいはいいだろう。

 

 発端を辿れば、下らない理由だと吹き出すだろう。

 

 だがどれほど小さな火種でも、成し遂げた事には変わりない。

 

 数々の出会いと、数々の教訓を得て、俺は今ここにいる。

 

 俺の長い旅は、終わりを迎えようとしている。

 

 

 

 この海軍基地で、自分自身が目指していた……提督となるのだ。

 

「俺……やっと提督になったんだな……」

 

 ……俺たちの戦いはこれからだ!完!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、宍戸くんは提督じゃなくて、司令官でしょ?」

 

「「「え?」」」

 

「は?テメェ村雨ちゃんと春雨ちゃんを渡したくないからってイチャモンつけンのかァ?あ?」

 

「そうじゃなくて……提督の本来の意味って、知ってる?ここに載ってあるんだけど……」

 

「……ん?」

 

 時雨が見せたのは、軍事用の用語辞典である。軍事用語辞典は、特殊部隊、哨戒、全滅など主に軍に関わる用語を事細かく教えてくれる、軍人にとっての必須アイテムだ。

 何故コイツが棚からこんなモノを取り出したのかはさておき、指された場所を見てみると、『提綱監督』と言う見慣れない文字があった。

 これは提督の本来の言葉で、元来清国の武官に付けられた役職、及び総称であると書かれており、こんな古くからあるのか〜と単純に新しい知識を頭に入れて新鮮感を味わう。

 

 そして、その下には『厳密には大将を指す言葉だが、艦隊の司令官として准将、少将、中将にも与えられる称号である。または海軍将官の称号である』と、書かれていた。

 

「……つまり、俺はまだ提督になれてないって言いたいのか?」

 

「その通りだよ」

 

「は?」

 

 ……まだ出世しろって事ッスか?

 

 俺はキラヤ○トかよ?

 


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