整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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スワップ

 

「ッ!ッッ!ッッ!!……入りたまえ」

 

「「「早ッ!?」」」

 

 引き出しにあるコロンを体にコーティング、村雨ちゃんの後ろにある全身鏡で身だしなみチェック、椅子に座ってテーブルに肘をついて指を絡めて、大物のポーズ。

 「入ってもいいですか?」から「入りたまえ」の返事まで、僅か5秒。これぞ軍隊名物、早動き。一瞬が命取りになる軍隊では必須のスキルである。今みたいな状況においてもそれは変わらない。

 

 明日着任予定の娘達が今来る理由はともかくとして、言わなきゃいけないセリフと言えばカッコイイセリフを組み合わせて台本を構築する。

 そして、ようやく顔を見せた4人の艦娘。

 

「お初にお目にかかります!本日より、この鴨川要港部に配属された、駆逐艦浜風と申します!」

 

「駆逐艦の磯風だ」

 

「同じく、駆逐艦浦風じゃっ!」

 

「おなじくぅ!駆逐艦谷風でーす!」

 

 書類を見る限り、俺の前で整列するこの四人は第十七駆逐隊。彼女たちは卒業したてのルーキーらしく、艦娘としての良い点は連携に優れているらしい。

 そして入ってきた瞬間の自己紹介は、陽炎たち見たいな統一感のあるものとは異なり、とても個性的でバラバラだ。しかも敬語なしのやつがいるな。

 

 ムサイ男だったら張り倒す所だが、有能な艦娘として、そして戦線に赴き日本の国土を守る現世の大和撫子として、その個性を尊重しようではないか。

 え、男女差別?今更なにを……電車の中に女性優遇車両が作られた時からそんなモンこの国にはないんですよォ!!

 

「俺はここの司令官を努めている、宍戸龍城だ。君たちはどうやら兵学校卒業したてらしいね?」

 

「「「はいっ!」」」

 

 えーっと……陽炎姉妹のときは、フランクに接するのがイイ感じに好感もてるとか言ってたな……よしッ。

 

「……実は俺も卒業したてのルーキーなんだ。司令官歴一ヶ月、大作戦指揮回数11回、腕立て伏せ公式記録111回、好きなドラゴン○ールのキャラはチ○。イチイチイチチチチチ……と、一番が一番似合う漢だ。これからみんなァヨロォチクビィ!」

 

「「「…………」」」

 

 スベった。

 

「宍戸司令官?」

 

「どうしたのかな時雨中尉?」

 

「今の、録画しておいたからっ。分かってるよね?君はこれから一生、僕達の傀儡だねっ!」

 

「Nooooooooooo!!!」

 

 

 

 ……危ないあぶない。提督服勢い良く脱いで、乳首を摘みながらのヨロチクビィ!という明らかな軍法会議案件をやらかす所だった。やっぱり普通が一番なんだ。

 

「俺も実は卒業したてなんだ。だけど、司令官としての全力を君たちと国民のために尽くすつもりだ。これからよろしくな」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

「……どうしたん?提督さんっ?」

 

「あぁいや、磯風くんがマジマジとこちらを見ているもんだから、何か質問があるのかと思ってね」

 

 浦風と紹介した艦娘が聞いてくる。黒髪ロングヘアの磯風が妙に尖い眼光を向けてくるので……と言うのは本心を隠す為、咄嗟に機転を効かせて放った建前である。

 

 本音は、あぁーこれ多分第二次性徴期に相当エストロゲン分泌したんだなぁーってぐらい、母性とフェロモンの塊であるSUPER-BIG-OPPAIを凝視していたんだ。

 この第十七駆逐隊には、男を惑わせる要素が沢山備わっている。見てくれよあの甘そうな果実を。右から、

 

 ボォインッ!ボォイン!ボン!ぺた

 

 ……だせ?

 なんだろうこの不公平さは。だが、不公平であろうがなんだろうが、特にあの浜風とかいうドスケベ黒ストデカパイは確実に同人誌案件だな。

 

「鋭いな司令、この磯風の視線に気付くとは。私的な質問は控えようとしていたのだが……」

 

「え?……ま、まぁな。司令官の立場を背負ったからには、それ相応の苦労とそれ等を乗り越える為の度量も磨いてきたってことさ」

 

「なるほどぉ……流石はあの提督育成なんちゃらを卒業しただけあるけぇねぇ……」

 

「は、ははっ、それほどでもないけれど!ははは!」

 

 

 

『村雨、これ絶対に勘違いされてるパターンだよね?』

 

『う、うん……でもいいんじゃないかしら?』

 

『どうせあの憎き脂肪を見てたに違いありませんわッ!』

 

『あ、あははっ、熊野、目がヤバイってっ』

 

『……ッ』

 

『は、春雨っ?持ってたペンが壊れてるよ?』

 

 

 後ろにいる艦娘達はどうやら俺に聞こえないとでも思ってるんだろうが、こんな近距離で聞こえないわけねぇだろ。

 

「それで、どんな疑問を持っているのかな磯風くん?」

 

「実は後ろの……先輩?方はどのような経由でここにいるのか……少し疑問だったので」

 

「あぁ、前の防衛戦で素晴らしい活躍ぶりを見せてくれた武功艦へ、お礼を言おうと思ってね」

 

「へぇ〜そうなんだぁ〜!てっきり提督のハーレムかと思ったよぉ!」

 

「「「へっ!?」」」

 

 白露さん以外は度肝を抜かれたような顔をしている。ハーレムか……俺も結構前は、そんなハーレム王に成りたがってたクセに、あわよくば他人のハーレムの崩壊を心の隅で望んでたノマドだったんだよなぁ。いや、俺はそんな職権乱用沙汰になるような事はしてないけど。

 

「俺がそんなジャニーズ風イケメンに見える?」

 

「見えんけど……浜風はどう思う〜?彼氏にしたい思う?」

 

「え、わ、私はこの手の話題には……」

 

 ほっほぉ〜顔真っ赤っかにしてかわうぃ!浜風は身体とは対象的に、純粋なんだな。あと浦風、日本が世界に誇れる素晴らしい文化、建前って知ってる?

 

「ハァ……まぁ、春雨ちゃんや村雨ちゃんが俺のハーレムに入ってくれれば、俺はそれだけで満足なんだけどさ」

 

「も、もう!またそんなこと言ってっ」

 

「私なら大歓迎ですよっ!ハァ……ハァ……!」

 

「ね、ねぇねぇ!す、鈴谷はっ?」

 

「鈴谷と熊野も入ってるよ」

 

「え、えへへっ、そうなんだ……じゃ、じゃなくて!わ、私は別にどうでもいいんだけどね!?」

 

「何故わたくしも加わっているのか……」

 

「そして僕は影でハーレムを操る神様-GOD-ってわけだねっ」

 

「そしてこの白露お姉さんは、司令官くんのハーレム支えてあげる女神サマだね〜!」

 

「それは助かります、邪神時雨を退治するのにご協力を」

 

「「「ハハハッ!!!」」」

 

 おぉ、本当にハーレムっぽいぞこれ!第七駆逐隊は、はぁ?みたいな顔してるけど、時期に慣れるだろう。

 

 何れは夕張や綾波も俺の超ハーレムに取り入れ、俺の、俺による、俺だけの王国を作る。

 

 そして変わらぬ平穏を愛し続ける為に、俺は今日もこの仕事を続けていく。

 

 

 

 ヴィヴァ艦娘、ヴィヴァ海軍ッ!

 

 

 

 ー横須賀第四鎮守府、執務室。

 

「などと、近頃の要港部はだいたいこんな感じです」

 

「なるほど、中学生の作文のようだね」

 

「すいません……しかしそれぐらい分かりやすく纏めなければ、熟年校長の卒業スピーチのように頭に入らないでしょう?」

 

「ハハハ!確かにな」

 

「宍戸さん、お茶は」

 

「大丈夫だよ古鷹」

 

 横須賀第四鎮守府の執務室……今ではあの学生の頃を思い出し、もう既にノスタルジーに浸れる場所となっている。補佐をしてた頃が懐かしい……執務室は特に色々学んだ所だから、愛着がある。

 

 蘇我提督の所に来ているのは防衛戦での作戦後処理を手伝うのと、データではセキュリティ上送れない要港部の情報などを手渡しするためだ。

 定期的にしなきゃいけないで、普段は経理科の大尉さんが行ってくれたりするんだが、あの大きな防衛戦の作戦内容の事もあるので、どうせ来るんだったら俺が直接……って訳だ。

 

 少将や古鷹の顔も見たかったし、好都合だ。上司と部下という立場は今も変わらず「順調か?」など質問されるほど、良好な関係を築いている。

 

「それにしてもハーレムとは、いやはや……」

 

「あ、違いますよッ!?ただ新任の艦娘が言ってただけで……」

 

「ハッハッハ!構わん構わん、若いのはいい事だ。それに功労者は多少の褒美を受け取っても差し支えないと私は思っているが」

 

「そうですそうです!古鷹も要港部のご活躍は耳にしましたぁ!」

 

「あ、あはは……」

 

 俺たちがやった防衛戦は、横須賀方面の殆どを動かしたほど大きな防衛戦……と、ニュースで話題となっている。

 

 四国、及び関東全域に及ぶ巨大深海棲艦を打ちのめした海軍!迅速は軍需行動により被害は最小限に!

 こう報道されてるけど、実際は俺たちが倒した大艦隊以外は各海域の深海棲艦が偶然多くその日に居合わせただけであり、関東に出た大艦隊との関連性はない……と、上層部は密かな見解を述べているらしい。

 

 ただこう報道した方がかっこよく見えるから、プロパガンダ的これ一択である。普段は海軍マジ税金取りみたいな記事しか書かない奴らでも、今度ばかりは黙り込むだろう。

 

「関東を襲った深海棲艦の動向について、なにか君なりの見解はあるか?」

 

「率直な意見としては、やはり計画性には乏しいかと」

 

「やはり君もそう言うか……」

 

 作戦後の処理に関しては、作戦に不備はなかったか?改善点はあったか?などを各提督が述べて、それ等をアナライズする事で今後の行動に役立てる事ができる。

 深海棲艦はまだ謎に包まれた存在なので、どういう行動原理で動いているか?俺たちのように指揮官をおいているか?作戦を練りながら行動しているのか?大きな戦いでそれらの情報を少しでも増やして行くのも、俺たちの役目なんだ。

 特に俺は最前線なので、より一層働かなくちゃいけない。だから俺にとっては気苦労が増える以外の何ものでもない。

 

「後はこの作戦計画内容とその結果と消費資材です」

 

「よし、後はこの書類を元帥に渡すだけなのだが……宍戸司令、行っては貰えないだろうか?」

 

「え、自分がですか!?」

 

 元帥……つまりは、第一鎮守府に赴くからって事だ。第三鎮守府とかの他の要港部の書類も一度に手渡ししに行ったりするらしい。その役目は大体将軍クラスに偉い提督達かその補佐官が努めるのだが、何故か俺におつかいを頼んできた。

 え、まさか仲が悪いとか?分かる。嫌いだったら顔も見たくないもんな。

 

「いやなに、元帥閣下が鴨川の働きをお喜びになられていた様子らしいんだ。君も、一度ぐらい顔を合わせていくといいと思ってね」

 

 キラーンッと男前ウィンクを放つ少将。あ、これ100%の善意でやってるときの顔だ。古鷹も少し失笑してる。なんてありがた迷惑な話……いや、元帥に会えるってことは顔を覚えてもらえるっことで、そして俺の出世に繋がるかも知れないわけで……よしッ。

 

「おぉ!なんと有り難いお気遣いッ!是非自分にお任せ下さい!」

 

「ハッハッハ!頑張りたまえ!」

 

「はい!……えぇっと、元帥がおられる第一鎮守府って、どこにあるんでしたっけ?」

 

「「あららっ」」

 

 昔の漫画かコントみたいなリアクションだな二人共。しかも息ぴったり。

 でも行く機会なかったし、そもそも関係のない俺が無闇に入れるような場所じゃないっつーか……なんていうの?敷居が高い系っつーか(※本来は不義理や迷惑を働いて行きにくいという意味です)?

 

「ではこちらに来なさい、この私が地図で示してあげよう」

 

「ハッ!よろしくお願いします!」

 

「ウム、ではまずはここからこうだな……」

 

「んッん!」

 

 近くまで寄り添って地図を指された瞬間、少将の上腕三頭筋と俺の三角筋が急接近した。

 

「どうしたのかな?」

 

 ムキムキ。

 

「い、いいえ……」

 

「ほら、次に曲がる場所は……ここだよっ」

 

「キュンッ!!」

 

 囁きドラマCD系ウィスパーボイス。

 

「うん、上出来だ……次はここにバツ印を付けてみなさい。ここが、元帥がいる部屋だ……」

 

「は、はい♂……」

 

「ん?バツ印をそんなに重ねてちゃだめじゃないかぁ……はははっ、これじゃあまるでお尻の穴ーー」

 

「ぱぁ〜ぱぁぁ〜ッ!!」

 

「な、ど、どうしたんだ古鷹!?私はなにも変な事はしていないだろう!?し、宍戸くんもそう思うだろう?」

 

「は、はい……堪能させて頂きましたぁ……」

 

「何をッ!?」

 

 

 

 ー横須賀第一鎮守府。

 

「って言う事がありましてね!?いやぁ〜危うく新しい扉開いちゃう所でしたよ〜ははは!あの歳であのムキムキ感は相当ないですよホントッ!」

 

「そうですか」

 

「そ、そうなんですよ〜はははァ〜!あ、磯波さんも筋肉好きッスか!?俺も案外鍛えてますので、触ってもいいッスよ!」

 

「…………」

 

「すンません」

 

 空気が重い。

 いやぁ元帥に会えるなんて楽しみだなぁ〜。少将からは貴重な体験を頂いてばかりだぁ!もちろんソッチの意味じゃない。

 

 横須賀第一鎮守府……規模はデカく、部屋の数も多い。艦娘もいっぱいいる。

 流石は横須賀方面軍の総司令官、兼連合艦隊司令長官がおわす本拠地だ。連合艦隊司令長官とは、艦娘と艦船のトップに君臨する人であり、言わば指揮官の最高位……うわ、腹にミキサーかけられたみたいな腹痛が過ってきた。

 しかも案内人の娘、メッッッチャ暗い。暗いと言うか、俺に全く興味がないみたいな……確かにジャニーズ系と比べたら俺は平凡フェイスだし?元帥と少佐の差を見てみれば?月とすっぽんに付着した潮水みたいな?俺さっきからヤリちんみたいなノリで盛り上げようとしてるし?あ、泣けてきたわ。

 

「……ここが提督の執務室です、それでは」

 

「あ、あざっした……」

 

 ……いや、確かに執務室どこか分からないから案内してって言ったの俺だけど、そんなに嫌な感じ出さなくてもいいじゃん……彼女はきっと女の子の日だったんだ。

 女の子に近づく時期を間違えると最悪引っ掻かかれる事もあるからな。

 

 さて、ここが海軍のトップがいる執務室のドアか……大本営の方がやっぱり豪華ではある。そして舞鶴と比べても大きさに大差がないのが驚きだ。

 閣下の居る城……とは聞こえがいいが、実際に来てみると想像とは事離れている事もある。

 元帥閣下は何故かあまり外を出歩かないので、会う機会はここしかない。外に出たら暗殺されるみたいな?いやまさかね。

 

「ひっひっふーひっひっふー……よしッ」

 

 腸煮えくり返りそうなほど緊張するけど、それを切り替えで乗り越えられるのがこの俺だ。

 

 いよいよ、元帥閣下とご対面するときだ。

 

 ドアノブに手をかけ、中に入る。

 

 

 

『や、やまとまま〜!ムフンッムフムフムフ……』

 

『ちょ、ちょっとやめてくださいってばぁ!今日はお客さんがお見えにーー』

 

「…………」

 

 バタンッ!!

 

 あっヤバイ、俺ノックしてなかった。

 

 大丈夫だ、落ち着け、もう一回だけ開けよう。人生に何度でもチャンスがあるように、このドアだって何回でも開けられるんだ。

 

 今度はノックしてみよう。

 

「自分は鴨川要港部からきました宍戸です」

 

『入りなさい』

 

「失礼します」

 

 中に入ってみると、そこには提督服の男性と、後ろに二人の長身美女がいた。内装は質素で、例えるものもない、普通の執務室。

 

「お初にお目にかかります。自分は鴨川要港部司令官の宍戸龍城です」

 

「この鎮守府の提督を任されている永原だ、以後お見知り置きを」

 

 凛々とた顔立ちに、立場と比較しても若々しい男性。そして、自分を飾る事のない自己紹介。永原元帥閣下……まさに、この日本海軍を任せるべき人物と言っても差し支えないだろう。

 

 さっきチラって見えた、ポニーテールの女の人に「やまとまま〜!」って言いながら抱きついていたのは、TDN-MAYAKASHI-DA。

 そうだよな、こんな威風堂々と構えてる海軍三長官の一人が、5秒前はバブみ天国とかありえないもんな。

 

「今日は……」

 

「蘇我提督から聞いてるよ。書類を届けに来てくれたんだよね。ありがとう」

 

「ハッ、勿体なき御言葉……」

 

「いや、そんなに身構えなくてもいいのに……鴨川要港部はすごく強いって聞いてるよ。しかもこちらの艦隊に深海棲艦を引っ張ってきてくれたのは手間が省けて助かったよ」

 

「いいえ。自分の力が及ばず、我らだけでは対象仕切れなかったので、無礼ながらお力に肖らせて貰った所存」

 

「それでも横須賀鎮守府に接近してたエリート艦隊を倒した功績は大きい。いい機転だった」

 

「お褒めに御預かり、恐悦至極に候」

 

 海軍の威厳の塊を目の前にし、言葉も頭もドンドン下がっていく。これは偉い人を見たときに起こる生理現象みたいなもので、大抵の日本人には備わってるスキルである。

 

「ボーナスでもあげたいところだけど、みんなも頑張った以上は君たちだけを優遇する事はできないんだ。ごめんね」

 

「いえいえ!自分等は只々努めを果たしただけです。閣下からのお褒めの言葉こそが最大のボーナスです」

 

「はははっ、そう言ってくれると助かるよ」

 

「提督、そろそろっ」

 

「あぁそうだったね大和……すまない、近いうちにある大きな会議に向けての打ち合わせを控えていてね」

 

「いいえ!こちらこそ貴重な時間をお取りし、申し訳ありません!」

 

「……本当は、こんな面倒くさい会議には出たくないんだけどね」

 

 

 

 と、小声を発した元帥閣下は、本当に面倒臭がっている雰囲気を俺に見せた。

 両脇にいた女性二人も、何処か乗り気ではない感じだったのを覚えている。

 

 鎮守府の雰囲気も全体的に暗かったし、かと言ってなにか険悪さを感じる事もなかった。

 多分、俺たちの場所が明る過ぎるからそう見えるのだろう。この時はそう言う事にしておいた。

 

 

 

 この時は、まさか人生を大きく揺るがす事になるほどドデカイ事件が、これほど身近に起きようとは思ってもいなかった。

 

 

 

 ー鴨川要港部。

 

「ってことがあって、今ここなんだ」

 

「忙しいね僕達の司令官様は……あ、レディーファーストだからこのデザートは貰ってもいいよねっ?あむっ」

 

「お、出たぞ時雨が一口とか言って半分以上持っていく系のアレ。太れ」

 

「んッ?」

 

 元帥に会ってきたという自慢話を陽炎達と時雨にしながら中庭でリラックス。よく中庭でフリーダムな談笑を交わしていた柱島時代を思い出す。あの外国艦連中は元気にやってるかな……物とか壊してないか心配だ。

 

「つーか俺、結構実務こなしてる方だと思うんだけど?肩でも揉んで崇メロや」

 

「うんわかった!もみもみ……」

 

「痛、痛タタタタ痛い痛い痛い!!!アイアンクロー痛い!!!」

 

「あ、ごめんねっ、僕って肩と頭の区別がつかないんだぁ」

 

「明らかに一つ出っ張ってる頭部ってェモンがあるダロォ!?そんなことしてたら俺の頭が中年オジサンのバーコードヘアみたいになっちゃうだろうがァ!?」

 

「……黒潮、アイアンクローを受ける人は皆頭皮は薄くなってしまうのでしょうか?」

 

「いやいやそんなことあらへんから。時雨さんが通常より数倍強く掴んでるだけやから」

 

「その歳で禿げるんだったらいっその事丸坊主にして若いお坊さんみたいにした方がいいかもね!」

 

「確かに、禿げてもイケメンオーラを放ち続ける事には変わりないからな」

 

「「「え?」」」

 

 みんな、そこは失笑でもいいからガチな反応は控えてくるか?こういうリアクションされるとガチで泣きそうになるからさ。或いはストレートにキモって言ってくれた方がダメージ少なくていいかも。

 

「…………」

 

「どうしたんだ時雨?そんなに黄昏て」

 

「いや、あの作戦以降なんか平和だねって思って」

 

「あぁ〜確かに!陽炎も出撃回数減ったと思います!」

 

 深海棲艦の数自体が減ったような気がする。出撃しても一隻も出ずに帰ってきてほぼ遠征みたいになってるし。だから出撃を抑えてなるべく資材を使わないようにする方針で要港部を回しているのだが。

 

「だからと言って平和ボケするなよ?いつ来るか分からないのが深海クソ野郎だからな?」

 

「宍戸司令官だって、ここでリラックスしてるじゃん」

 

「まぁ、これだけ静かな海なんだから、静かな内に楽しみたいだろ?」

 

 みんな、潮風の靡く母なる海を向く。

 

 

 

 戦争のない平和な海。昔ならばあり得なかっただろう、この大海原が静かに波音を立てる事に感謝するなんて。

 ありふれた平穏な日常の中で、自分が身を置く平和に感謝する事のできる人間は少ない。だから深海棲艦が出てきたとき、人は初めて平和の上に成り立つ生活と言うものが理解できただろう。

 

 だが気付いた時、もうそこにはない。平和ボケしていた世界には丁度いい薬になったと、みんな心の何処かで理解してると思う。

 だからこそ、全力でその平和を保とうと、そして全身全霊をかけて取り戻そうとするのが、俺たち海軍の役目であり……同時に、一致団結して戦うのが世界中の人間の役目でもある。

 

 まぁ、それでも色々な国で仲間割れが発生したり、クーデターが起こったり、紛争戦争が起こったりするけどな。俺たちの陸軍と海軍問題も、紛争に比べたら可愛いもんだけどその内に入るのかも知れない。

 

 この平穏が、いつまでも続きますように。

 

 ……って、こんな事言ってる時って大抵思惑通りに行かないって思うの、俺だけ?

 

『た、大変です大変です大変ですーッ!!!』

 

 ほらな?

 

 古鷹が駆け寄ってきたときは確か比叡のカレーで腹壊したんだっけ?柱島の時はザラさんから泊地防衛戦のスタートダッシュだったな。

 懐かしい……俺はこういうクソみたいなサプライズを何回も経験してるんだ。そう簡単には驚かないぞ。

 

「落ち着いてよ村雨、せっかく黄昏れてたのに」

 

「そ、それが!こ、これを見てください!!」

 

 手持ちスマホでニュースサイトのトップページを見せてくれる村雨ちゃん。

 

 横の小さな記事には政治家の不祥事や、通販サイトの新しい機能等が載っている一方、海外ニュースではテロやドクターペッパーを飲み続けて百歳以上生きた女性が『飲むなと忠告した医者はみんな死んだ』というとんでもないパワーワードを生み出した事まで色々な情報が世間を賑わせていた。

 

 相変わらず日本のニュースはつまんねぇもんばっかだな〜ってツッコミはさておきーー俺を含め、陽炎達や時雨の目を奪った一際大きな記事に書かれてあった文字列を、最初理解する事ができなかった。

 

 

 

 

 

「「「首相と大臣と……」」」

 

「元帥が、消えた……?」

 

 

 


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