あのクソザコアンチグループを鴨川に残るのを許したが、その代わりに保守派との事を知るJAFGメンバーと引き合わせるように頼んだ。
カルト的な布教活動も『普通に』やってれば、”俺の方は”目を瞑る事にすると約束した。取り締まるのは俺の仕事じゃないし、何よりこれ以上アイツ等には関わりたくない触りたくない面倒くさい。
しかし海軍が関わっているともなれば別だ。トップと話した所でクライアントの秘密情報なんて話してくれないだろうけど、その保守派が関わっている事実だけ知りたい。まだ全体像が見えない組織的な動き……見る必要の無いものに興味を持ってしまうのは心理状態を、通称で冒険心、または漢の性というんだ。
……さて。
「クリルタイしよっかっ」
「突然どうしたの?」
「白露さんがご存知の通り、この鴨川要港部で内部告発がありまして」
「な、なんとぉ〜!そ、それはいかようなものなのでしょうか〜っ!?」
「それを今聞こうとしているんです。さてと……これで何故ここに呼ばれたか、お前も十分に分かってくれたと思う」
「ゴーヤは何もしてないでち!!ただ勤務アワー24時間ブッ通しをやってみたかっただけでち!!」
「それが問題ダッツッてんだロォガァ!!!ナニ毎度毎度同じこと言わせてンダァ!?このハゲエエエェェェ!!!」
「あははっ!宍戸くんどっかの政治家みたい!あはははっ!」
「はあぁぁぁッッ〜〜……!!」
ゴーヤの隣で頭を抱える夕張には同情する。
元ブラック企業に居たゴーヤ……何処ぞのクソ会社が彼女を、自分を追い込む事に生き甲斐を感じてしまう変態へと変えてしまったのは、今に知った事じゃない。要港部には更に人員を追加して、多数の整備工作班及び艦娘が加わった事で要港部そのものが力を得ている状況だ。
ここに限ったことではなく、他の要港部でも同じように増員が施されている。逆に鎮守府みたいな主要海軍基地は少し減ったと聞いたけど、最前線で戦う俺達と比べてもまだまだ鎮守府の方が多いので、ケチらないでもっと寄越して欲しい気もする。
しかし、増加する要港部の規模に伴って個々の仕事の量が減る訳ではないが、初めはドタバタする事が多い。
特にルーキーの入隊で指導係としてゴーヤが抜擢されたせいなのか、前より忙しさを感じるようになったゴーヤ。その肉体と精神への負担が、彼女の内なる能力(病気)を発動させてしまったのである。
「ごめんなさい、私が付いていながら……」
「いや、監督責任は俺にもある。夕張が気に病む事じゃない」
「そーだよ夕張!ゴーヤより疲れた顔してどうするの!」
「提督……白露さん……」
そうだ、監督問題は先ず俺に来る。それが連鎖して横須賀方面軍の司令官に行って、最終的には海軍大臣か軍令部総長に行くんだ。小説の話だが、軍内部でイジメが発覚して、結果的に陸海空軍のトップが辞任する羽目になったストーリーを思い出した。
責任感が強い夕張は、部下思いな故に罪の重さを感じやすいのだろう。
「ゴーヤ、この指は何本だ?」
「二本でち!」
「違う、一本だ。久しぶりにそんなふざけた事するから、こんな距離でもまともに見えないじゃないか」
「えっ、あ、そ、そうじゃないでち!提督の腕が日本の地図みたいだったからぁ!に、日本でちっ!」
まさか見えないどころか質問すらまともに理解出来てないとは。
「とりあえず今日は休め、お前をその状況で出勤させる訳には行かない」
「ご、ゴーヤはまだ働けるでち!みんなに迷惑かけるわけにはいかないでち!!」
「ゴーヤ、休んで」
「あぅ……はい」
「よろしい。夕張、部屋まで頼める?」
「もちろん、ほら行くわよゴーヤ」
退出していくゴーヤと夕張の後ろ姿は正に良い上司と、良い部下って感じだ。夕張の方が後輩だけど、年功序列とか学歴に比べたら関係ないよね。ゴーヤの方が幼く見えるし。
「ハァぁ〜……」
「あれれ?今日は本当に元気が無いんだねっ〜どうしたの?」
「いやそれがですね?時雨たちとお出かけした時に、変なカルト集団と会いましてね?ソイツ等のボスと話すっていうこの世の終わりみたいに面倒くさい予定入ってるのに、上乗せしてゴーヤが病気を発症ですってェ?こりゃ俺に追い打ちをかけて、行動意欲を無くそうとする組織的な陰謀ですね、って思いまして。ハァ〜……」
「そうだったんだぁ〜ふ〜ん」
「そうなんですよ〜。え、な、なんで指をコキコキさせてるんですか?」
「カルトだか組織の陰謀だか知らないけど〜、あたしまだ宍戸くんのコト、許してる訳じゃないんだよね〜?あたしだけ除け者にして四人で街を歩いてきたなんて、滅多にできる事じゃないのに〜、あたしだけ居ない時にとかね〜。あとお菓子がポップガムだったのが腹立つんだけどっ、あははっ」
怖い、本能的な怖さだ。肩を回してきた白露さんから漂う甘い香りを堪能する余裕がないほど、浮かべている笑顔の奥にある般若と怒りが大きい事を示しているんだろう。
一人ぼっちは、寂しいもんな……あとポップガムは時雨の提案だ。持ち合わせがそれしかなかったから、らしい。ガキ大将みたいに献上品を常に所望しているのもどうかと思うが、それに対抗するようにチンケな物しか買わない時雨も大概だな。
いや、別にポップガムがクソって訳じゃない。俺は好きだ。
「でも美味しかったでしょう?」
「うん!それでねそれでね?あたしが風船にして破裂させたら『姉さんの脳細胞も、そんな風に……』言ったんだよ?ひどくない?」
「どうしようもないほど余計な事を言いましたねぇアイツ。それでコブラツイストの刑ですか?」
「うーん、少し違うかな?今朝は白露バスターだったかな?忘れちゃったっ!」
テヘペロと舌を出す白露さん。
彼女の奥義がキン肉バスターのような技なのかはともかく、時雨は現在その技を食らった身体で出撃している事になる。
なるほど、だから全身にダメージを食らった様な顔をして出勤してきたんだな。今日は村雨ちゃんも同行しているので、心配は要らないと思うけど。
「宍戸くんは紳士だから、こういう時にどうやって女の子を慰めるか分かるよねっ?お姉さん信じてるからっ!」
「もちろんです!はいどうぞ!」
「いや、現金が欲しいんじゃなくてね?」
ナマじゃダメなのか。俺は直球な漢だからさ、何でもかんでも回りくどくギフトカードとかプレゼントとかにして渡すのって面倒だと思うんだよね。
それじゃあ手間が掛かってないから感謝謝罪愛が伝わらないとか抜かす奴いるけど、結局欲しいのは、値段でしょ?俺は知ってるぞ、海軍で知り合いの女にプレゼント渡した時に、受け取ったモノの値段を事細かにチェックしてたのを。
その上、高かった順からランキング形式にして男の価値を定めてたのが本当に腹立った。
白露さんの場合はマニーじゃなくて、除け者にした埋め合わせを要求しているのだろうが、正直に言うと忙しいからあまり出かけられないんだよなぁ?
「もうっ!こういう時はね?……『俺の心を奪った罪深きミューズ、君の為なら天から授かりし休暇という名の一日を、君の為に捧げよう』って言うべきなんだよっ?」
「それ一言一句合ってなくちゃ駄目ですかね?」
「あぁもう!スベコベ言わずに、あたしと一緒に休暇を過ごしてくれればいいの!女の子から言わせない!」
「す、すいません。そのお誘い、有難く頂戴しますよ……俺のミューズ」
「う……やっぱそれ無しでお願い、ちょっとキモいかも」
これを理不尽と言うのだ。
ー出撃所。
翌日の工房は、湿り気のある潮風を帯び空気が荒い。この環境だけを理由にボーナスが欲しくなる程だと、毎日愚痴っていた記憶が蘇る。
「提督?」
「なんでしょうか白露さん」
「いやね?普通休日を過ごすってね?お外でらんでぶ〜的なヤツなの。なのに、なんで工房にいるのかな〜って思って」
「そりゃ決まってますよ、この俺様が久しぶりに、直々にこのブートキャンプレベル10みたいな仕事を手伝って、仕事ぶりを見せてあげようと思ったんです、見たいって言ってましたよね?」
「う、うーんそうだけど……」
「それに日頃から重労働をこなす彼らに、囁かな恩返しも兼ねてますので……ほら素敵だろォオマエ等ァ!!」
「「「ウッス!!」」」
整列する集団の応声は、体育館並にデカイ工房から、演奏中のバンドを応援するファン並に煩いエコーで返ってくる。
俺はこの休日を使い、白露さんへの埋め合わせをしようとは思っていたのは事実だ。だがこれ以上の外出はできない。提督として最低限の外出に留めなければいけないのを理由にして、白露さんには仕方なく俺の整備工作班としての働きぶりを見せつける事にした。前に話題で、俺が整工班として働いてる所を見てみたいと聞いたので、その言質を利用さてもらった。
その他にも、なんで働きぶりを見せるかには幾つかの理由がある。一つは俺が運動も兼ねて久しぶりにやりたかったから。そしてもう一つは、部下への示し付けである。新人も多くなり、やったことが無い、或いはできない事を上からとやかく言う上司は嫌だ!なんて本当にガチクッッッソ生意気にも程がある話題を、この地獄耳が拾い上げたので。殆どの場合は事実だし無視が鉄則だが、できる能力があれば使わない選択肢は無い。
『提督が直々に班の手伝いするのか……?』
『ウッソやろお前』
『かなりの重労働やさかい、何考えとるんや?舐め取ったらあきまへんえ?』
地獄耳故に、無知な新人達のヒソヒソ話が聞こえてくる。高校の時はコレとブサイククソアマファッキンJKのせいで、散々な学園生活を送ったもんだ。
今日は俺の休みなので指揮は一応するものの、遠征や出撃などはかなり大雑把な内容だ。だからと言って班の仕事が減る訳じゃないのは、俺が現役だった頃と全く変わらない。
「じゃあ今日はどうしようかしら?提督が班長になります?」
「そうだな、久しぶりにやってみるか……一時的に夕張は副班長に降格、そして月魔は副班長補佐とする!」
班が作る列の中から「副班長補佐なんてあったか?」なんてツッコミが聞こえた。いやあるんだよ、うん、大きな鎮守府に限ってだけど。
「了解しました!」
「了解ッス!」
「て、てーとくぅ……今日ゴーヤは」
「座ってろゴーヤ、作業服を着ようとするな」
休憩用のベンチで脚をぶらぶらさせてる白露さんの隣には、ゴーヤが居た。彼女は俺とは逆に平日だが、敢えて休ませている。
その理由はもちろん、ゴーヤのシンプトムへのデトクシケーションにある。彼女のクソみたいな重度のワークホリックは、外に連れ出すだけじゃ駄目だと鈴谷たちに聞いたので、荒治療だが今日は何もせずに俺達の働く姿を見るだけ……と言う訳だ。軍医さんから聞いた話だと、そうする事で欲求を制御する能力を会得させる事ができるらしい。
軍医さんは精神科じゃないのであまり役に立つかは分からないが、少なくても効果はあるだろう。これがデトックスじゃなかったら、エサを見せつけておきながら敢えて届かないようにするなんて、ドS以外の何ものでもないと思った。
うまく行けば、今後のゴーヤの心境にも影響が出るだろう。
「これは休養、デトックス。そのふざけた体質をぶち壊す為の治療なんだ。普通の格好して、今日は俺達が働いている所を見ているだけ。それだけだ」
「そうよゴーヤ、あなたの為にも頑張るのよ、みんなも了承してくれてるんだから」
「で、でも申し訳な」
「申し訳ねェのはこっちだコラァ!!起床して仕事場に来てみればもう朝の準備が何故か終わってるとか規律に関わるンだよォオラァ!!」
「ご、ごめんでち……」
班の朝は俺より遅いが、一般的には早い部類である。個人でやる朝の準備運動から朝食の早食い、そこから指定されている仕事場に向かい、出撃の為に準備する。今現在、準備は大方終わっているのは既に確認済だし、今日は哨戒と遠征だけなので、この程度で問題は無いだろう。
後は艦娘達が来るのを待ち、艤装の整備を万全にしてスムーズな出撃が出来るように心掛ける事が重要だ。ここから始まるモーニングラッシュを考えれば、この間は正に、つかの間の休息と言えるだろう。
「よしお前らァ……提督直々にシゴかれる準備は出来たかァ!?出来てるに決まってるよなァ!?」
『『『はいッ!』』』
『『『はい♂!』』』
「あ、ゲイ共さり気に近づかないでっ」
「「「は?」」」
怖い。コイツ等のせいで、早くも俺という存在を統括するヤル気メーターが暴落してる。
「新入りの子たちもっ!私達の経験練度エクスペリエンスを見せつけるわよ!失望させないでね!」
『『『は、はいッ!』』』
夕張と月魔は激励を浴びせ、士気も高まる。綾波ちゃんがこの場に居れば『シゴク』という単語だけで悶絶してたこと請け合いだ。
「今日の任務は遠征と哨戒だ!簡単に聞こえるだろうが、哨戒にて強力な艦隊と鉢合わせる可能性もあるッ!くれぐれも慢心しないように!」
これは本来艦娘達に言うことだが、班に伝えるのも重要である。
「参加するのは昨日の第一艦隊と、あと第二艦隊からは……」
今日出撃する艦娘の名前を伝え、どんな作戦内容なのかを伝えるのが班長の仕事だ。今読み上げてる名前には、新人の親潮やエースの鈴熊が載ってあり、攻撃型軽空母の整備と言う事もあって項垂れるヤツ等がいる。
そりゃそうだ、軽巡とか駆逐艦より難解な構造をしているからな。いい装備や最新鋭技術には、時間と資材と高度な整備技術を要するーーこれは正に、つい最近新調された鈴熊の装備に当てはまる。
そして最新装備の使用は必要事項でも無いのにも関わらず、折角だからという理由で装備させているのが、この俺である。
申し訳ないとは思うけど、面倒くさい仕事をしてる研究機関のピーポー達の事も汲み取ってあげろ。本来なら俺も、成果を上げる為に全部を新装備にしたいって気持ちがあるんだけど、慣れた艤装で仕事が出来るようにって班や皆に配慮しながら新装備を大本営に要請してるので、俺への感謝も忘れずになッ?
まぁ急に装備を新調したいと大本営に言った所で、直ぐに手配されるかどうかは疑問だけど。
「し、司令!?なにをやっているんですかこんな所で!?」
「今日は休日だったのではなくて?」
「一日班長だ」
「宍戸っち、そんな一日署長みたいなコトして休日過ごしていいのっ?」
早速入ってきた5人の艦娘は鈴熊親潮を含め、陽炎と浦風もいる。少し動揺するのは無理もないが、まるで御年100歳のベテランドライバーが40年ぶりに運転する車に乗せられる思春期のガキみたいな顔をするのはやめてくれ。俺はまだまだ現役だぞ?
いや、現役っていうセリフ自体がジジ臭いのか?そんなにジジイだと思うんだったらさっさと俺を定年させてくれ。まだ遥か先の話だけど。
日本軍の定年は階級によって違い、階級が上がっていく度に定年が先延ばしにされるので、期が近づいてきたら昇進させられる事実を同期に聞いたことがある。
65歳で引退したい大将さんは、例え元帥のオファーがあっても丁重に断る口実を作っておくのが鉄則である。
「俺は元々整備工作班だったから、コイツ等を手伝えると思ってな。たまには動かしてなかった体を動かすのも良いもんだと思うし」
「それって迷惑にならん?」
「フッ……元整工班の俺には、
「ヒュー!カッコイイよ宍戸テイトくん!そのカタコト無くせば更にカッコイイー!」
フッ……万能型高性能な俺カッコよすぎィワロタァって感じですね?分かります。例え異世界に召喚されたり、中世並みの軍事力しか持たない異世界帝国に日本軍のORETUEEまではできないとしても、これぐらいは可能である。
……よし、そろそろ七時ピッタリだ。先程まで雑談を交わしながら朝のテンションを高め合い、出撃準備を整えていた出撃所も、作戦遂行時刻から一分を切った所で静寂に包まれる。
一般社会が仰天する軍隊の要素の一つとして、徹底した時間厳守主義が挙げられる。作戦遂行は、一秒を刻む針が12を通り過ぎてからと……宛ら年越しのようにカウントダウンをするのが、班長の仕事だ。
「これより第一艦隊の遠征任務始めェ!出撃!」
「「「はい!!」」」
こうして久しぶりに味わう、班長としての長い一日が始まる。
俺の体力と根性……ここで見せてやるぜ。