大洗要港部はとても活気に溢れていた。漁業はもちろん、伝統のある町並みは観光客が多く、深海棲艦は港から百キロの領域へは侵入していない言わば、鉄壁の異名を持つ要港部である。
提督育成プログラムを卒業した結城大尉副司令の下、リーダーシップ溢れる指揮で武勲を重ねている。何れ少佐になる時も近いだろう。
そんな大洗で、とても異様な行事が行われようとしていた。
『それでは皆さァァァン!オトコ欲しいかぁァァっぁ!!』
『『『アアアアアッッ────!』』』
とてもオシャレな女性たちが、海軍男児達に負けない気迫で喝を放つ。野生の咆哮は俺を始め、多くの番組スタッフを戦慄させるものだった。
そう、今回は時雨に頼まれたようなチンケな合コンではなく、テレビ絡みの大規模なお見合い大合戦なのである。
この発情したマントヒヒのような姿を、参加者の海軍将校に見せていいのかと疑問に思ったが……もういいや、どうせ本気で参加するつもりないし。
要港部から数キロほど離れた所には広場があり、野球をするには最適な場所である。そこに数十脚もの椅子が向かい合わせに並べられ、回転寿司みたいにして一人ひとりとお喋りするのが、最初のテーマらしい。
テレビの趣旨は分かるけど、ハッキリ言ってくッッッだらねぇからさっさと切り上げたい。
「コンドーム持ってきて良かったぁ」
「結城提督……いや副司令、静粛に願いたい」
「お、宍戸気合入ってんじゃねぇか〜おいおいオイ!分かる、結婚は分かんねぇけどマジテンション上げまくりンゴ!」
「結城副司令、沈着冷静は武人の真髄でありますぞ」
「え、さっきからなにナニナニ?結婚できるチャンスだからって気張リング的な!?」
「結城副司令……いやこの腐れマントヒヒ、ウホウホウホホ」
翻訳すると、お口にチャックして副司令らしくしろって意味。
官僚襲撃事件の波乱による混乱が東京であってもう幾ヶ月……いや、半年以上経ってるのかあれから?とにかく、こいつらの元気さには驚かされるわ。
俺がいま目にしている婚活と言うなの混沌には色々な人がいるが、艦娘たちの顔に慣れて目が肥えているのか、顔面偏差値は低いと思う。
お留守番をする鴨川要港部のみんなには注意したが、俺たちはこのお見合いなんちゃらに来るためだけに、遠路遥々海を渡ってきたわけじゃないんだぞ。演習が目的なんだからな。
「宍戸くんたちは行かなくていいの?」
「あれ何人いるんだ?明らかにクラス2つ分ぐらいの女の人いるよね?チ○カスオタクザムライはテレビの都合上できないしさ……」
「あれをしようとしていたんですかお兄さん……でも、春雨的にはオッケーです!」
「村雨もテレビの都合を考えない方向に一票でーすっ!」
「いっちばーん気持ち悪かったオタクザムライカムバーック!」
「よし、やるかオタクザムライ」
「ダメでしょ」
演習艦隊である鈴熊と白露姉妹。
司令官クラスが二人も参加しているともなると、海軍の評判は更に上がる。多分この先で起こる大東亜開放とかなんとかで一気に下がるから無駄だと思うけど。
開催されているコレはただ時期を被らせて一気に面倒ごとを消化しようとする海軍の陰謀である。そう俺は解釈することにした。
『う、ウホホ!ワタシ、アレコノミ!』
『うっふぅ〜んっ。バツハチのミリョク?でノウサツしちゃうわぁ〜。うふ、ふふふ』
『一人ぐらい食っても、バレへんか』
「宍戸くん!出番だよ!」
「いやだっ、小生いやだ、いやだ、いやだヤダヤダッ!!コワイ!あの集団コワイ!!話したらバイドク伝染る絶対ッ!!」
「大丈夫だよ宍戸っち!海軍のイリョウ?は世界一って白露が言ってたから!」
「私の右腕と右脚にかけていいよ!」
「伝染る前提で話進めんのか!?女の子になっちゃう!暗い所に連れ込まれてショタになるゥ!ヤァァ!ヤアア!!」
「その叫び方剣道の気合みたい」
「とおおぉおおおぉおお!!」
「わたくしの事をバカにしてますの!?」
参加者は海軍に偏っているが、陸海空が揃っている。近くの陸軍基地、空軍基地、海軍大洗要港部からランダムに選出された……ってわけじゃないが、もちろん独身で、なおかつコミュ力の高い人たちを集めたのだ。
そんなヤツいるのかとは思ったけど、良くもまぁ30人も集めたもんだよ。
男女比が圧倒的に足らないから、気休め程度の人数合わせとして参加しろってのもあるのだろう。
或いは結城みたいな暴走列車が海軍の威信を落とすような行為に走る前に止めろと言うことなのか。
『さて、では今回目玉をご紹介しましょううぅぅ……女性人気ナンバー1は、この人ダァァアア!!』
『…結城真司です!ぼくたちが守るすてきな海といっしょに、みなさんを守れたらな、と思います!ラーケティティコですっ!』
『ウキャアアアアア!!!ウヒャヒャヒャハヤアアアアア!!!』
おもむろにスカートを上げ始める女性たち。コイツら絶対女子高出身だな。
猫を被る結城副司令殿は腹が立つがイケメン、大尉兼プログラム卒業者であり、そして開催地の副司令なので、女性陣からすれば目玉である。
ちなみに副司令官とは、司令官の補佐である……なんて今更だが、俺の要港部にはその立場は置いてない。主計部の大尉が兼任しているからそこの所は少しあやふやなだけだ。
まぁ、鴨川要港部は俺という有能提督がいるからさ……なんて言ったら罵声の嵐だろうから言わない。
それに副司令を置いてる司令は無能だと言ってるようなものなので、それこそ本心ではない。例えばあちらにいる那智さんのように。
『あなたは参加者ですか!?』
『いや、私は大洗要港の司令官だ』
『部下の結婚について一言ありますか!?』
『守るものが増えるのは、それだけ彼らをやる気にさせるということだ。こういう場でないと巡り合わせがないのが現状。彼らには、素敵な出会いに恵まれてほしいものだ』
マントヒヒ一行は更にスカートをめくり上げた。違う、彼は女性だ。あの長い髪を見て分からんのか猿ゥ!?
大洗要港部の那智司令官とは彼女のことだ。プログラム出身ではなく、海軍大学校出身のエリートであり、階級は中佐である。
結城も流石に手が出しづらいのか、この人の話題はあまり出してこない。番組は本番へと差し掛かり、企画であるお見合いなんちゃらを、無駄に待たされた15分の末ようやく実行する事となった。席に座り、調子の良くないパイプ椅子のギーギー音で居心地の悪さを感じるが、我慢しよう。
『ではみなさん席に座ってください!お見合いルーレットォ〜スタートォォ!!』
『宍戸くん頑張って〜、できれば面白いことして〜』
『頑張っちゃだめでしょ!?宍戸っちが本当に結婚したらどうするの!?』
『っ!?お兄さーん!?面白いことしてくださーい!できれば気持ち悪いサムライやってくださーいッ!!』
『宍戸さんが結婚……ケッコン……』
遠くのベンチに座る六人には演習相手との交流を深めるか、演習の準備でもしておけと言っているのだが、俺の失態を見る方を選ぶらしい。みたいなら後で動画とかテレビとかで見れるのに、生放送じゃあるまいし。
「さやかでぇーす、よろしくお願いしまーす」
「デュフッ、よ、よろしくま○こ蕎麦ッ」
「…………」
俺が独身な理由が分かったか、あん?わざとでもなんでも、おりゃ結婚なんてまだしたくねぇんだよォ!?
回転寿司ルーレットは続いていき、そのたびにキャラを変える俺のバライティーは時雨達を驚愕させることとなるだろう。しかし時雨たちは俺よりも、数席ほど離れた椅子で一発芸の目隠しルービックキューブをしている陸軍中尉を見ていた。
その他にも、わざと胸ポケットから数百万レベルの札束を落とす実業家の息子や、女子と同じように服を脱いだりして鍛えられたマッスルを露出させる筋肉馬鹿、並びに学歴は高いくせに「彼女いない歴=年齢です!」と言わんばかりに学歴と階級を押してくるメガネがいる。
人間サーカスかここは。実家が金持ちなヤツ以外は結婚できていない理由は明白である。
え、俺もその一人かって?いや、だから違うから。ただ結婚したくないだけだから。
「宍戸ぉ……さん?参加者の中では見かけませんでしたけどぉ?アレ笑?もしかしてワタシ忘れちゃったみたいな笑笑?」
「あ、いや、違いますよ笑。飛び入り参加笑?みたいな笑?ほら、隠しキャラ的な笑、ベガみたいな笑」
「そ、そうですか……」
「こんにちわぁー」
「今日マッスル!!今日も!元気に!体動かしてマァァァスル!!」
「宍戸さんはどこ出身ですかー?」
「遥か東にある……極東から更に、東の、東の、東です。フッ、これ以上言ってしまっては、サタン様にお叱りを受けてしまいますね……フッ、見下しのポーズッ!!」
「カッコイイ軍服ですね!」
「分かります?ア○ゾンジャパンってなんでも揃ってますよね〜。あ、これ6980円。今月貯金ゼロ円達成〜人生終了系〜」
「17歳ですっ!」
「じゃあお見合いに参加できませんね、スタッフさんに言ってきますね」
「う、嘘です!本当はピチピチの33歳ですっ!」
「知っとるわ小ジワババア」
俺の心情が奈落に到達したので、スタッフからもう少し愛想よくしてください!とのテロップが出た。愛想はいい、ただ最高に変態で失礼なだけだと念を押したが「空気読めよカス」って顔をしていた。危うく殴りそうになるが、大人は依然として平常心を保っているものだ。
って、俺だけじゃないだろ女子からドン引きされてるのは。
『ゆ、結城さんってここの副司令だったんですかぁ!?』
『そうそう!まぁ大尉なんだけど、結構早くに昇進くるかもだからさ!』
『スゴーい!あ、やだ私、ちょっと汗かいてきちゃったかもっ……!』
『あーこれ多分感じちゃったんだと思うよ、俺ッチのオーラ。隠してても隠せないんだよねェ。分かるよ、うん。階級は大尉なのに、コッチの方は元帥なんだもん。欲しいよね?うん、拙者即席理解系俺ッチ、大艦射砲展開準備良好発射精』
『汗引っ込んだわ、あと通報』
『キャアアアアアア!!!』
ハハ、深海棲艦のような叫び方だな。女子連中からは白い目で見られる回転寿司の男性人気最下位は今のところ、俺だが、結城も大抵である。
この二人が友人であるという情報が拡散されており、更にその敗北色を強めていく俺たちは言い換えれば、結婚したくない男のナンバーワンツーKO。
ハハ、俺はともかく結城は本当に彼女欲しいだろうから、そりゃ泣けてくるわな。
『あなた達は参加者ですか!?』
『あ、僕たちは違います。あそこの宍戸っていう人の付き添いです』
『あ、良かったー……そりゃこんな可愛い子が居たら勝ち目ないしッ…』
『あ、あのっ!あの人はホモホモの実を食べたホモホモのポジ種付き変態ゲイロードですからぁ!あの人に近づくとほもほものぉ〜ショット!!食らうので注意してくださいっ!』
『え、マジ?あれってそんな変態だったの!?そんなのがお見合いパーティーにいるなんて……まぁあの人はリストから外そっと、顔もあんまり良くないし』
『そ、そうですっ!ぶ、ぶぶぶブサイクなんですっ!それに変なことばかりしゃべる人なんですっ!だからあの人は絶対にだめですッ!!』
『村雨たち、流石の僕でも引くよその罵詈雑言……』
あとから時雨から聞いた話だが、春雨ちゃんや村雨ちゃんが俺の名誉を再起不能レベルでボコボコにしていた事が判明した。
なるほど、村雨ちゃんと、春雨ちゃんがね。
俺、絶対そんなこと信じないから。