整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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大洗演習 vs同僚

……ここは、どこだ?

 

 あぁ、これ多分、俺の故郷だ。

 一歩出れば都会で、住んでた所はど辺境。雰囲気はのどかで、ふわふわしてるくせに時々、銃声が聞こえたりしたけど、不思議と違和感がなかった、そんな場所である。

 つまりここは、天国か……フッ、短い人生だったな。一回ぐらいは故郷に戻りたかった……。

 

 ──ください!

 

 ん?

 

 ──起きてください!

 

 あぁはいはい、分かってますよ。どうせ、俺の可愛い天使たちが「死なないでぇ!」とか涙を流しながら俺の死体(暫定)を囲ってるんでしょ?わかってる分かってる。

 結局みんな、俺がいないとだめなんだよなぁ……俺は、自分の頬を抓って目を覚ます。

 

 

 

「大丈夫ッスかァ!?起きてクダサイッスゥ!」

 

「…………」

 

 目を覚ませば、俺は筋肉マンに抱えられていた。

 

「良かったッスッ!アザッス!」

 

「…………」

 

「って、二度寝は駄目デスってェ!ほらほらウェイクアップ!」

 

「…………」

 

 無言で起き上がる。

 

 俺がいるのは司令塔である。

 鴨川要港部にもあるが、普段は上官がここに来て、海上演習を直に見ながら訓練指導している。

 防弾ガラスで砲弾を弾けるかはわからないが、今回は生身の司令官が前線指揮官として、幾何学的なボタンとスピーカーに向かって艦隊に指示を送るのが、演習の最終段階となる。

 

 ここの司令官塔の向かいにあるのはもう一つの司令塔であり、結城が手と那智司令官が手を振っている。よく見ると小せぇ。

 俺の司令塔もそうだけど、犬小屋かよってぐらい小せぇ。そこにムサ苦しい海軍男児が三人ぐらい俺の後ろにいる。クセぇ。

 

 演習場を見下ろすと両艦隊が波に揺らされ、ふわふわっとしながら談笑を楽しんでいる様子が伺える。とりあえずスピーカーをオンにした。

 

『蹴り上げ攻撃って結構体力消費するし、あまり破壊力ないから実戦では使わないんだよね』

 

『え、そうなの?カッコイイと思ったのに〜』

 

「お前ら司令官が寝ている間に良くもそんな呑気で居られるなァ!?」

 

『あ、起きたんだ、僕たちの演習もう終わってるよ。負けちゃった、てへっ』

 

『あちらのほうが有利とはいえ、悔しいですわ……』

 

「ハァ!?なに寝ている間に終わらせてんだ貴様ァ!?」

 

『だって司令官の指揮なしでやる艦隊同士の戦いなんだから、司令官が見ててもあんまり意味ないし』

 

「待つのが常識だろうが、アァ!?ふざけんなよコラァ!!」

 

『ひ、ひどい!ぼ、ぼく、ただしれいかんがつかれてるからやすませてあげようとおもっただけなのに……ひぐ、ふぇええんっ』

 

『宍戸っちサイテー』

 

『女の子泣かすのサイテイ!白露さん許せないな!そういうの!』

 

『お、お兄さん!嘘泣きですから、ね!?』

 

 

 

『え、あっちの司令官、時雨さんを泣かしてるの?ありえないんだけど』

 

『うわぁ、あの人やっぱり怪しいと思ったんだよねー。多分、学歴がいいから司令官になったんだよあの人』

 

『頭いいとか言って中身クズじゃん』

 

『だから絶対ブラック要港部だってあそこ!絶対艦娘に何か言えないことしてるから!』

 

『ゴミなの!』

 

 

 

「こっちも泣いていいっすか」

 

「だ、大丈夫ですって!自分らは信じてます!少佐は学歴だけのボンボンじゃないって!」

 

「そうですそうです!実は催眠アプリで艦娘のハーレム作ってるとか、全然思ってませんから!」

 

「自分は宍戸少佐のケツに興味があるので、そんなのはどうでもいいッスね」

 

 俺はボンボンでもないし、催眠アプリなんてあったら是非ほしいし、ケツだったらそこの二人とシてお願いだから。

 こンッッッなに早く悪評って広まるもんなの?もう別にいいよ、慣れてるから。瞳から流れるこれは、ただの……血液から赤い色素を抜いたアレだ。

 

 先決、なんであろうと今は指揮を取らなくちゃいけない。頑張れ、俺の精神、負けるな、俺のプライド。

 

「……では、よろしくお願いします、那智司令官」

 

『は、初めてもいいのか?』

 

「え、なんで聞く必要があるんですか?」

 

 那智司令官は目がいいのだろうか、反対側の司令塔から俺の顔を伺うような表情で聞いてくる。

 スピーカーの音が虚しく響く室内は、四人も入ってるだけあって狭い上に湿度が高く、そう簡単にはこの涙を乾かしてくれない。

 

『今回は俺が指揮するぜ!』

 

「え、那智司令官ではなく?」

 

『同期なのだろう?それに、こういう経験は本格的に要港部を預かる前にさせておいた方がいいと思ってな』

 

 那智司令官は聡明な方である。

 しかし実は、那智司令官は結城に演習で負けたことがあるらしい。情報は事前にこの要港部の知り合いから聞き入れたものである。

 艦隊運用能力では副司令官の方が上なのだが、他の要港部や鎮守府との演習をしたことがないので、その経験を積ませようとしているのか、あるいは鴨川要港部VS大洗要港部の戦いに勝とうとしているのか。何れにしても、その真意の程はどうかわからない。

 

「なるほど……聞いたか我が艦隊の諸君よ。相手の司令官は若輩者であるとは言え、私は貴様らの指揮に手を抜く事はないぞ」

 

『え、お前も若輩者じゃーー』

 

「お前たちがどれほど苦しかろうと、最後の最後まで戦わせる。ポケ○ンがライフゼロになるまで戦闘を強要するクソカストレーナー同様、俺もブラック鎮守府のクソカス提督だからな……ハ、ハハッ、ハハハハハッ!!」

 

『……時雨姉さんっ!!あとでぜっっったい宍戸さんに謝って下さいね!?じゃないと村雨でも容赦しないわよっ!?』

 

『時雨姉さん……ッ』

 

『大丈夫だって!……多分』

 

『『……シグレェ!!』』

 

『わ、分かった!!わ、わかったよ村雨、春雨!お願いだからそのアンカーと魚雷しまって!!!』

 

 晴天がガラス越しに照らされる中、自分の中である程度の準備をしながら、息を整え、上着を脱ぐ。

 両艦隊も同じく臨戦態勢をとり、状態としては”何時でもぶつかり合える”。

 最後に頬を三回ほど叩き、緊張感を締めつける。

 

『双方、準備はよろしいか?』

 

『はいッス司令官!』

 

「準備整いました」

 

『では、これより大洗要港結城指揮下、鴨川要港宍戸指揮下による演習を始める!両陣、戦闘開始!』

 

 

 

 ーー大洗要港部副司令官ーー

 

     結城 大尉

 

 

 

 那智司令官の号令以降、あちらとの無線は途絶えた。

 

 見下ろしていた両艦隊は最初、所定の場所まで移動してから戻ってきて、それから砲雷撃戦が始まる。

 これは大海原で実際に海戦を行う時は、更に広いスペースを空けた状態で戦闘が始まるので、『敵が接近している状況』を作り出し、なるべく実戦に近づけるようにするためである。

 

「鈴谷熊野は出せる時になったら偵察機を出せ!艦攻の随行も忘れるなよ!」

 

 相手の艦隊編成も確か空母を入れている。あちらは艦種に軽空母2隻、軽巡、駆逐艦2隻、そして潜水艦も入れているのに対して、こちらは同じく元重巡の軽空母2隻と駆逐艦4隻という編成がぶつかりあう辺りフェアじゃないと思った。始まって早々負けるかもしれないと思い始めた。

 相手の編成はわかっていても偵察機を出す理由はずばり、実戦で出すのが基本であり、演習をするときはそれがルールだからだ。

 

 基本は大事なので、こちらも基本的なアプローチをとらせてもらう。深海棲艦でも艦娘でも、砲撃距離まで近づいていない以上やることは一つだ。

 

「ありったけの艦戦と艦攻をぶつけてやれぇ!!」

 

『やってるって!』

 

 航空戦隊は当然演習用である。

 艤装装備はともかく、航空戦隊の戦闘能力は練度が影響する部分が大きく、普段通りのコントロールができないこと考慮に入れながら、ようやく見えた航空戦隊の制空権争いが始まる。

 ガラス越しでも分かる迫力は身体の至るところに疾風を受けるような幻覚を感じさせる。

 

 大洗はあの様子だと複縦陣だろう。

 オーソドックスな単縦陣より対空戦に優れている上、二分しているだけあって砲戦命中率にも優れている。

 一方こちらは軽空母2隻と駆逐艦4隻という編成ならば単縦陣が最も効果的だろう。それを読んでいる大洗側はそれに対抗するために、二手に別れてクロスファイアーして優位に立つ……というのが、敵が考え得る大まかな予想である。

 艦載機の動きもなんとなくだが、防衛的な気がする。演習は旗艦を大破させれば勝ちだが、あそこの旗艦も軽空母だから簡単には倒れてくれないんだよなぁ。

 

 航空戦の結果としては痛み分けといったところだが、艦攻が放った唯一の魚雷があちらの駆逐艦を小破させたらしい。つまりは、事実上の制空権確保であるーーだからといって手を抜くわけではない。

 

「全艦止まり、輪形陣を取りながら全速後退!鈴谷、熊野!艦戦を急遽戻してスクランブル発進しさせてくれ!」

 

『へぇ!?ま、まだ砲撃戦始まってないよ!?』

 

「いいから頼む!!」

 

『わ、分かった!』

 

 素直に聞いてくれるのは助かる。

 この行動は実戦での記録は限りなく少ないものの、するべき時とするべきでない時がある。

 友人相手だからか性格的にその手の内が読める事もあるが、大洗艦隊がしようとしているのは艦娘相手の意表をつく攻撃なので、まともに食らったら大打撃だっただろうーーガラスの前を通る艦載機を見てそう思った。

 

『て、敵艦爆接近ッ!!』

 

「「「な、なにぃ!?」」」

 

 お前たちが驚いてどうするんだよ、お前たちの副司令官だぞ……と、後ろの三人にツッコミを入れた。

 砲撃戦の支援艦載機として有名な艦爆が活躍する場面はそこに限られている。

 通常、手持ちの戦力を最大限に活かすために接近してからの発進させるが、結城はあえて艦隊同士が接近する一歩手前のーーまさか艦爆が来るとは思いもしないだろうその瞬間と、航空戦力が手薄になる、艦戦が一旦戻る瞬間を見計らい、その決断を下した。

 フフッ、見事に予想が命中したのか、あちらの司令塔では無様に地団駄しているのがいるぞ、ざまぁみろ。

 

 実際に俺がやろうとしていたから、もしやってたらそれこそ痛み分けで、双方ボロボロの状態なってただろうな。

 たとえ艦爆を発進させてなくても、コチラの艦戦が戻ってきて体制を立て直す時間と、敵艦隊に接触するまでの時間を稼げたからどの道いったん撤退は正しい選択だった。

 

 艦隊を後退させたせいで見えない場所での航空戦だが、対空準備を最大限整えたので、例え攻撃を受けたとしてもそれ以上損害を抑えることはできなかっただろう。

 

『村雨と白露が小破したけど、艦載機の数はかなり減らしたよ!艦載機はケーサンしたら艦爆が無傷なこっちが有利だよ!』

 

「よし、それじゃあ先頭は時雨、白露さんに変わって単縦陣にしてくれ」

 

『僕が先頭?階級は姉さんは上だから姉さんを先頭にしたほうが……』

 

「もうこの際どっちでもいいよォ!!それに言ったよねぇ我輩はブラックなブラブラチンチ○提督だって!?提督に口答えするのはだめなのぉ〜。分かるのぉ〜?ばかなのぉ〜!?アハッッハッハハハアァァァ!!!」

 

『こ、これは本当に謝らなきゃいけないかもよ時雨……』

 

『う、うん……』

 

 後ろの海軍男児もドン引きしているところ悪いが、聡明かつ偉大な提督として指揮に戻らせていただく。

 

 砲撃戦が始まりそうになった頃、敵の艦隊は予想通り複縦陣でやってきた。これまた予想通り、2つ敵艦隊の距離は”離れようとしている”と伝えているかのように微妙な距離感だった。

 

「相手の複縦陣が見えると思うが、おそらく二方面攻撃を仕掛けて来るだろう。単縦陣を複縦陣の分裂と共に横縦陣に変える準備をしておけ!間にいる時雨と春雨ちゃんは潜水艦イクを探してくれ、その間に村雨ちゃんと白露さんは鈴熊の航空戦を使って全力で包囲しようとする艦隊を叩けぇ!!あと例のフォーメーションもやるかもしれない!」

 

『注文多いなぁ……』

 

「えッ?そうッ?分かる!?俺ってばマジブラブラブラブラチ○カスーー」

 

『あぁもう分かったってば!とりあえずあの潜水艦は全力で叩かなきゃ……!』

 

 司令塔からドヤ顔で艦隊分裂を指示した結城。読まれてんのも知らずに馬鹿でやんの!

 読まれていたとおり、こちらの陣形は双頭の蛇状態となる。

 

『ハァ、え、ちょ、なんでぇ!?お前なんて手の内よめてんの!?俺の声ずっと駄々漏れだったとか!?不正!?』

 

「そういう不正がないようにって意味で、わざわざ三人も屈強な男児が俺のケツ見張ってんだろうが。つか演習中に通話すんな」

 

 あちらへのスピーカーを切った。

 

「俺が少佐のケツを見張るのは、個人的な理由ですけどね♂おっといけない、本格的♂公私混同」

 

「黙れ♀」

 

 しかし、ここで予想外なことが起こる。

 

『す、鈴谷が中破しましたわ!』

 

「え」

 

『潜水艦にやられた!あっちを大破させたけど、旗艦がヤバイよ宍戸くん!!』

 

『ハハハ!お前はすげー戦術家だけどなぁ!?俺はすげー奇術家なんだよォ!イクちゃんは演習開始でスタート地点に到達した時から、ずっとお前の艦隊の背後に回るように迂回させてたんだよォ!まんまと引っかかったなァ!チェェェックメイトォ!』

 

 一杯だけだが、これは食わされたと言うべきなのか……旗艦中破であと一発でも喰らえば負けるという緊張感からか、命中率は低くなった気がする。

 

 だが鈴谷も中破したからと言って、飛び回ってる艦載機を操れないわけじゃない。鈴谷のか熊野のか分からないが、続いて艦爆を受けた駆逐艦2隻は確実に中破させている。

 このままじゃだめだという危機感からか、一旦艦隊の編成を戻そうとする大洗……敵前でそれをするのは正にギブアップ行為だが、華麗にトドメを刺そう。

 

「みんなぁ!例の半輪形陣を取れ!鈴谷を全力で守りながら事実上の残存戦力の軽巡!次いで航空予備戦力なしの旗艦軽空母だ!一気に叩けェ!!」

 

「半輪形陣……?」

 

「お前、聞いたことあるか?」

 

「ないな……」

 

 そりゃそうだ、要港部練習させてるのは俺だけだもんな。

 考案した陣形の一つである半輪形陣は、正面にしか敵がいないと想定して、ボーリングのピンのように旗艦が一番先頭に立ち、3隻が並んでいる方を敵に向けながら戦う、超防御型の戦法である。

 一回試してみたかったんだ。この状況だったら旗艦の安全が最も遵守されて、万が一にも沈むことはないだろうからな。

 

『とおぉぉぉおおうおうおう!!!』

 

 神戸ベア主導の猛攻により、なし崩しになった大洗艦隊の旗艦がホワイトフラッグを掲げたところで、演習が終了した。

 大洗要港部はその目に誰が格上かを、改めて見せつけられた感覚に襲われただろう。こういうのを、正に”度肝を抜かれた”というのだ。報告書に書くならそうだな、

 

 勝者、鴨川要港部遠征艦隊。

 

 (殲滅できなかったので)B勝利である。

 

 


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