整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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大洗演習 もう一つのミッション

 

「凄いっすよ宍戸少佐!やっぱりこの人は質が違うわって思ってました!」

 

「少佐!握手してください!」

 

「少佐!自分は少佐をロールモデルとして掲げる事に決めました!」

 

「ハハハ、でも俺なんかを見本だめだぞ〜!俺はブラック要港部の提督で催眠アプリでハーレム作って艦娘にいやらしい事して女の子泣かせて金あんまり持ってないのに金持ちボンボンでなぜか男からケツを狙われてる学歴と頭がいいだけの中身がクズ、ゴミ、サイテーな司令官だからな、アハハハ」

 

「ご、ごめんって!本当にごめんね宍戸司令官!お、お詫びに僕のセクシーポーズ見せてあげるから!う、うっふぅ〜んっ」

 

「アハハハハハ!」

 

「ほ、ほら!村雨や春雨もやって!」

 

「お兄さん!ちゅーっ!」

 

「時雨ねぇさんがそもそも悪いんだからもっと謝って……って、きゃ!なにやってるの時雨ねぇさん!スカートめくりあげないでぇっ!」

 

「ありがとう、すげー元気が出た」

 

 大洗要港部の広場で別れる前に、お互いの全力を出し切ったことへの敬意として、軽い挨拶をしていた。夕暮れが橙色に照らす要港部もまた美しく、また眩しくもある。

 

 人気なのはやっぱり主力艦の鈴熊、そして時雨である。頬に春雨ちゃんの柔けぇ唇を感じながら、辺りにいた海軍将兵らの羨望の眼差しを独占していた。

 

 正に勝ち組。

 俺は貴様らとは違うんだと言わんばかりにこのモテ男の秘訣あれやこれやとさらけ出し、チッ……コイツがイケてる男の基準なんて鼻で笑うわ、と舌打ちをかましたあちらの将校は、俺直伝のジャイアントスイングを受ける資格を得た。

 

 だがそんなモテ男タイムは結局数分の命であり、話題と注目の的は鴨川艦隊のみんなのもとに帰る。

 俺らが征く艦隊の帰り道は、鈴熊と軽空母らと那智司令官の談笑、村雨ちゃんは海軍男児諸君に囲まれ、春雨ちゃんは潜水艦イクや軽巡らとの技術交換の場となっていた。

 

「仲良くなってよかったね」

 

「他人事みたいに言うなぁ時雨?お前もその一人なんだぞ」

 

「たしかに……って、宍戸くんどこに行くの?」

 

「最後は副司令官殿に挨拶しに行くのさ」

 

「結城のところへ?そういえばここにいないね、どこにいるんだろ?」

 

「あっちの方に行ったのを見たんだけど……まぁお前ならいいか、じゃあ別れの挨拶をしに行くぞ」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 大洗要港の玄関からはそう遠くない。

 自分が所属していない建物内を歩くのは常に違和感を覚えさせる。匂いに大差はないはずだが、それでも違いを嗅ぎ分けられる人間の敏感さが、違和感を生み出す要因の一つなのだろうか。

 時雨の「ココ臭い」の一言は聞いていたら那智司令官が悲しむだろうから、聞かなかった事にしよう。

 小学校の頃、夕方の学校に忍び込んだ経験のある俺だからか、日の暮れた白い建物ってのはどこか懐かしさを呼び起こす。

 

 結城の部屋なのか、扉が開いたままになっているため、電話声が駄々漏れである。

 

「シゲ、シゲ、パアーラム!ハァ……パブにでも行こうかな……」

 

「電話終わった?」

 

「うぉ!!?あ、お前かよぉ〜びっくりさせるんじゃねぇよ!?俺ッチ、サプライズあんまり好きじゃないんだぜぇ〜?」

 

「ドア開けてるお前が悪い。あと時雨連れてきたぞ」

 

「やっほー」

 

「コホンッ……時雨ちゃんを連れて来てくれるなんて、俺ッチサプライズ大好き侍」

 

「そうかそうか、サプライズ好きじゃないのにサプライズ大好き侍さんホントゴミィッ!」

 

 時雨は部屋の中にズカズカ入っていったが、これと言って嫌悪感を見せてる様子はない。反面、俺も無言で中に入るが「あ、靴脱いで、あと靴下も脱いで足洗ってから出直して来てっちょ」と言ってきたので、軽く殴りそうになった。

 

「へぇ〜ここ結城くんの部屋なんだ。意外に片付いてるね」

 

「そうそう!俺ッチの部屋マジ清楚系だし!時雨ちゃんさえよかったら、今夜は鴨川じゃなくて、ベッド空母俺ッチに帰還してくれてもいいンだよ……?」

 

「うん、遠慮しておくねっ」

 

「クッ……!ガードが鉄壁スギィ!ハァ……」

 

「ため息つきたいのはこっちだ馬鹿野郎」

 

 お見合いは次回に持ち越されたが、友人として一応そこでの奮闘に期待し、応援しよう。

 

「さっきお前が話してたのって本国の人か?」

 

「え、ホンゴク?何言ってるの宍戸くん?」

 

「バンコクの間違いだよきっと!」

 

「フィリピンからの電話だったんだろ?隠さなくてもいいんだぜ」

 

「え」

 

 一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに戻る。時雨も同様に驚いたが「未だに開いた口は塞がらない」状態である。

 

 俺はもう一つのミッションをこなす為にここに来た。それは斎藤中将からの直々のお願いで、結城に『釘を刺しに』来たのだ。

 斎藤中将がどこで手に入れたかは分からないが、コイツはフィリピン人のハーフである事を電話で伝えられた。友人としてそのことを薄々気付いてはいたが、どこの国からなのかは定かじゃなかった。

 

 それだけなら「そうだったの!?」で済む話だが、結城の愛国心がこの国よりも、現在深海棲艦に苦しめられている他国に向けられていることが問題だった。

 押し留めれば、俺も中将も、それだけなら全く……とは言わないが、問題として取り上げるのにはバカバカしいと思っている。だが、革新派という台頭馬が過激的な海外の……送られてきたファックスの言葉を飾れば、東亜開放、そしてそれに対抗する保守派との激突を呼ぶのであれば、黙ってはおけないのだ。

 

「え、分かっちゃったか〜!」

 

「え、宍戸くん、どういうこと?結城くんは日本人じゃなかったってこと?」

 

「半分は正解。コイツは海軍に入ってのし上がり、何れは海軍を乗っ取って、軍隊を統合して、日本政府を牛耳って、世界征服を目論む売国奴ドコロの話じゃないクソチ○カス野郎なんだ。今ぶっ殺しておかないと……村雨ちゃんや春雨ちゃん、それだけじゃない、白露さんや夕立ちゃん、ついにはあの純粋無垢な五月雨ちゃんまで……膜を破られる事になる」

 

「穴開き手袋もってきてよかったぁ〜!……よしッ」

 

「ちょ、ちょぉーーーっと待ってェ!!俺ッチそんな危ない野望持ってない!!破らない!!先っぽだけだから!」

 

「フンっッッッ!!」

 

「キャアアアアアア!!!今の死ぬ攻撃!!今の絶対死ぬゥ!!!」

 

 時雨が繰り出す死ぬ攻撃とは、空振りした拳の衝撃波がカーテンをふわっとさせたぐらい疾風を巻き起こす一撃の事である。

 

「お、俺ッチは別に乗っ取ろうとかそんなこと一回も考えてない!!ただ祖国の技術発展と国の開放のために、ちょぉ〜っと色々と日本海軍の内部状況を教えてアッチの海軍の足しにしてもらおうと……」

 

 コイツは詐欺師に向いていると思った。本当に一瞬だけ、海軍の漏洩法を忘れるところだった。

 

「聞いたか時雨?技術漏洩、及び海軍気密情報漏洩。別に黙ってりゃいい事をベラベラベラベラとさ、まるで自殺願望があるかのようにさ、こりゃたまげたなぁ?こっちはお前が革新派をこれ以上煽らなきゃいいのにさぁ……」

 

「え、そ、そっちィ!?漏洩っつっても教育方法とか訓練法とかの技術でさぁ!?別にすごく重大な事は喋ってないしぃ!?第一、俺ッチなにもやってない侍なんだけど!?」

 

「嘘つけボケカスゥ!お前すげーノリノリだったじゃん!あと十分技術漏洩として処理できるからな!?……まぁいい、お前の言い分はわかった。時雨、ごめん勘違いだった、だからもう殺さなくてもいいよ」

 

「もちろん本気じゃなかったさ、僕は加減ができて、正に”できる女”だからね」

 

 うまいと思ってんのか。

 あとあのパンチ避けなかったらどうなってたんですかねぇ。頭蓋骨からナニかが飛び出して、とか……いや、考えないようにしよう。

 

「お前は別に日本を裏切ろうとか売ろうとか、そんなやつじゃないのは分かってるし、お前の家庭事情もある程度は承知している。だから国を救いたいと思う気持ちも誇っていいと思うし、俺はお前がする事に邪魔をしない」

 

「し、宍戸……!」

 

「だけど内部闘争を煽るのは別だ。中将も俺も、お前を見逃す代わりに、そのクソみたいな革新派を指導しているを教えてほしいんだ」

 

 いい加減中将も俺も全貌が見たいんだけど。明らかに目立ってるやつがいるならまだしも、集団的無意識みてぇに「あ、ぼく実は海外進出賛成派です」みてぇなこと言うやつが首脳会議で何人も居たのは聞いた。

 暗躍の暗が強すぎて黒幕さんがいるかも怪しいと思い始めたこの頃でしたァ!!

 

 

「え、革新派って斎藤中将派のこと宍戸くん?」

 

「そうそう!あのイケてるメガネがカリスマ的なすぎるあまりに内部闘争の火種にさせられそうな可哀想な人でもあるんだ!」

 

「そうだったのかぁ〜俺ッチ知りませんでした〜」

 

「は?」

 

「すンません。でも俺ッチの見解だと中将メガネよりかは少将メガネなんだよなぁ……」

 

「は?少将?あの人降格した?」

 

「ちがうちがう!あの人じゃなくて、大淀少将のことだって!あの人に、斎藤中将は素晴らしい人で、いま以上の実権を握れば絶対海外進出できて、何れは東アジアを日本の庇護化においてくれるって言ってたんだもん!」

 

「たんだもん!じゃねぇよクソがぁ!!中将はそんなことお望みじゃないんですけどォ!?なに!?あのひとって大淀少将とかいう人の野望を果たすためのスケープゴートかなにかなの!?」

 

「そ、そこまでは知らないッス!」

 

 大淀少将……軍令部次長のエリート官僚で、直接あった事がないけど見たことはある。あれが少将かよってぐらい華奢なメガネの艦娘だった。

 軍令部次長……って事は、保守派の荒木大将のすぐそばに居る人だ。

 

「分かったわかった、宍戸や時雨ちゃんには特別に話してもいいか!結城副司令官からの最新情報を教えてやるからさ!それで許してっちょ!?お前たちの所にも送られたとは思うけど、実は東亜開放に先立って、大淀少将の立てた作戦でソッコー的に八丈島を攻略しにいくらしいぜェ!?すげーだろ!?今頃は攻略の真っ最中だろうなー」

 

 え、そんな迅速な軍事行動できるの……?と口に出しそうだったが、ずっと前から準備していたと言われれば納得がいく。

 

「八丈島?あの新種のエリート艦ばかりが集まる?」

 

「そうそう!革新派のモメンタムを見せつけてやる!って感じだったらしい」

 

「ねぇねぇ宍戸くん、モメンタムってなに?」

 

 勢いって意味だよ、と簡単な説明を加えたあと追い打ちに「八丈島ってなに?そこを攻略してなんになるの?」と聞いてきたので、さがなら子供に教えるように個人的な見解を述べた。

 

 八丈島とは、東京都内の伊豆諸島に組み込まれている島の一つである。

 早い話が、多分だが、日本国土回復により海外進出への支持力の強化。しかしエリート艦を撃滅する行為は、国土回復による国民の支持だけではなく、海軍、いや日本軍内部でも、その存在感と力を示す事になる。

 それでも、?みたいな顔してた。

 日本海軍は失った国土を取り戻せるぐらいすごいんだよ〜?だからもっとアグレッシブに行こうじゃないかぁ〜!ってことだ。

 

 結城はヘラヘラしている様子をみるに、これ以上に詳細な情報を聞くことはできないだろうが、今それ以外の情報への必要性は感じなかった。

 

 要はその大淀少将とかいうメガネ小娘をブッ○せばいいんでしょ?八丈島攻略なんて変な作戦立てやがってよぉ?

 気になるじゃねぇか……エリート艦はたまに出現したりするけど、それが八丈島からのものかは定かではない。あそこまで行けないし。

 敵の艦隊編成の中に一隻だけとかだからまだ大丈夫な方だったが、20隻が一気に来たりしたらヤバイとヒヤヒヤしていた。

 もし数を減らしてくれるんだったら、少なくても要港部的には嬉しいことこの上ない。でも東亜開放が実行されれば海外へも着々と巡回海域を広めることになる。少なくても、いま実行されている作戦は成功するだろうとは思うが、哨戒海域を広げられたやらだなぁ……と思っていた。

 

 現実は常に無情である。

 無常とは、予想よりもひどい結果をもたらしたことである。

 その結果に、ただただ呆然と、ノートパソコンの画面を眺めるしかなかった。

 

 

 

『こちら横須賀第四鎮守府からお送りしております!!現在、多数の負傷者を抱えて艦隊が戻ってきました!負傷者の数は数え切れません!出港した護衛艦なども戻ってくる気配がありません!!情報が入り次第ーー』

 

「…………」

 

「え、結城くんラップトップなんてあるんだ。いいなぁー、ぼくの部屋にも欲しいなー……チラッ、チラッ?」

 

「おいおい宍戸ぉ〜艦娘さんにねだられてんぜぇ〜?しかも時雨ちゃんみたいな娘にさぁ〜こりゃ買うしかないッ!」

 

「……おい、お前の言ってた八丈島の作戦、今ニュースでやってるこれじゃないの?」

 

「ん〜?あぁそうそう!これこれ!うっほぉ〜イージス艦ボロッボロなんですけどぉ〜ウケるゥ!作戦前からこんなボロボロとかどうすんだよ、アハハハ!!!」

 

「怪我してる艦娘もいるみたいだけど、そんな状態で作戦なんて大丈夫かな……?僕たちみたいに、作戦前の演習でもしてたのかな?」

 

「現実逃避してんじゃねぇぞお前らァ!ボロッボロのイージス艦、あれ戦後だから!作戦あとの光景があれだから!!」

 

 演習の最中に行われていた八丈島奪還作戦の結果は、D敗北である。

 


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