整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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大規模作戦会議ー八号作戦ー

 

 軍令部。

 

 俺は常々思うんだが、どこへ行くにも呼び出しを食らっている気がする。そしてイチャいちゃを邪魔される。

 

 この軍令部にしてみれば、一介の海軍軍人としては異例なほど脚を運んでおり、案内も地図もいらないほど親しんだ場所になっていた。

 軍令部の職員の顔ぶれも変わらず、普通に挨拶しても顔パスでいける。

 

 でも何度来ても緊張するし、何度来てもエリート官僚、将校揃いの空間はあまり好かない。なんか嫌味ったらしい感じがしてマジ好かん。

 

 でも来るだけなら、まだマシなのよ。

 

「イヤッハアァァァ!!ついに戦いの時がキタズゥェェェ!!!深海棲艦は消毒ダァァァァ!!!」

 

「横須賀鎮守府が成し得なかった作戦を、我らが引き受け、華麗に全うする……これはまさに千載一遇の好機ッ!」

 

「お見合い失敗したああああああ!!!」

 

 

 軍令部、会議室。

 

 軍令部にはもちろんというべきか、その性質上、会議室が設けられている。内装はまさに白一色であり、これと言って会議室について上げる点はない。舞鶴の会議に参加したときもこうだった。相変わらずキャラの濃い人たちが集まる。

 

「大鯨司令官、止めなくてもいいかしら?」

 

「あ、あわわわ、み、皆さん落ち着いたほうが……す、すいません!!」

 

「すいません!じゃないでしょ!?部下もしつけられないなんて……こんなんだから下田要港部でも舐められるのよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 久しぶりに会った大鯨さんは彼女の秘書艦、初風に怒られてしょんぼりしている。相変わらずかわいいな大鯨さんは。

 初風の言うことは当然だが、それでも統率できている彼女には彼女なりのやり方があるんだ……と述べたら「だれアンタ?邪魔しないでいただけるかしら?」と言ってきたので、そのツチノコみたいな頭を軽く引っ叩きそうになった。

 

 今回、軍令部に集められている提督、及び各要港部の司令官は、俺を含めて那智中佐、大鯨少佐、そして蘇我少将である。

 そしてその副司令官や参謀、そして秘書艦がいるが、俺は村雨ちゃんしか連れてきていない。ランデブーに男は必要ねェからだ。本当は主計部だから来なくてもいいって言われたなんだけだけど、村雨ちゃんにそう言ったら、えへへっと笑ってくれたので言葉選びは正しかった。

 

 そして本日ここに呼び出された理由だが、もちろん横須賀鎮守府の大敗を挽回するためである。政府としても、海軍行事で黒点をつけられるのは現政権の信頼にも、海軍の威信にもダメージを与えたため、その塗り薬を所望しているのだ。要は、伊豆諸島を取り戻す作戦を練るのが、今回の命題なのだ。

 

 政府は、あの襲撃事件以降、ある程度立て直しを見せている。外交機能が一時期だけど、著しく低下しただけで、少なくても俺たちの感覚としては平常運行であった。もうある程度失われた職は取って代わられてるが、幕僚や海軍の高級将校が一時外交的な政治機能を補うことで、現役よりもむしろ海外からは好感を持たれた。

 というのも、選ばれた将校はどれも頭脳明晰で、前線に出た経験もあるとても崇高な人たちだ。それだけなら金でのし上がったお土産献上系の政治家と差し引いて大差はないが、彼らが相手にしていたのはこれまた高級幕僚の海外提督だったので、話が合ったのだろう。海外では政治家と提督を兼任してるスーパーマンもいる。

 

 まぁ政府はともかく、海軍の威信は俺たちにとって大きな課題となる。今後の予算分配への心情にも影響するし、そうなると必然と俺の給料やボーナスが出なくなる可能性もある。俺のが出ないってことは、艦娘、将校にも出さない可能性があるから、かなり士気に影響する。

 しかし作戦は急すぎる。

 そして要港部3箇所と鎮守府一箇所だけで戦うなんて無謀で蛮勇で阿呆。

 

 さて、なんでなんで横須賀鎮守府の失敗を挽回する作戦会議なのか分かるかって?

 大淀次長から直々にそう言われてるんだよ。

 

「それでは八丈島攻略作戦……八号作戦について話していきたいと思います」

 

「「「ハッ!」」」

 

 大きなテーブルを囲う将校の中でも、突出した存在感を持つ大淀次長……艦娘であり、たぶん中将派の黒幕であり、彼女を表す言葉は多々あるも、インテリメガネ秘書娘いがいに適当な言葉は見つからない。

 その次長が今は……記者会見で「誠に遺憾である」を連語して、そのまま予定してた海外に行ったことで不在となっている総長にうってかわり、代理として作戦を共に練ろうとしている。

 

 軍令部は作戦の失敗で、各提督と打ち合わせをしたほうがいいのでは?という決断を下した結果、報復作戦として関連する司令官が招集される。もちろん本来大きな作戦を立てるときは軍令部主導でやるのが一般的だが、会議室には軍令部所属の幕僚が何人もいるので、当然俺たちみたいな司令官や提督だけで決着をつけられる話ではない。つまり、この作戦自体を俺の手腕で破棄することはできない。

 クソ……斎藤中将すいません。俺、東亜開放に加担するかもしれません……いや、どうせ軍令部の指示を断ることなんてできない。

 

 そう言って吹っ切れれば、一番イラつきを覚えるのは、やっぱり面倒くささだろう。

 

 いちいち来るのホント面倒くせぇ。会議なんて来たくねぇのに。

 

「うぅ……」

 

「緊張する村雨ちゃん?俺の手、握っててもいいからさ」

 

「あ、ありがとうございますっ!ぎゅ〜……えへへっ、意外にゴツゴツしてるんですねっ……村雨、こういう手、好きですっ」

 

 会議マジ最高なんですけど。

 

「早速だが本題に入らせてもらいたい。この作戦は東亜開……コホン、失礼。この作戦はそれほど早急に実行しなければいけないようなものなのでしょうか?」

 

「作戦への不満は十分に承知しております。しかし、先の作戦は失敗というよりは、実験段階にあった無人兵器やロボットの実戦投入です。たまたまエリート艦の機動部隊が襲来してくるのは予想外でしたが……作戦は、マスコミによって失敗であると膨張されているだけだと、予め忠告しておきます」

 

 言い分としては、できればそれを使って一気に八丈島を攻略するつもりだったんだろうけど、生憎それは叶わず、むしろ随伴したイージス艦などを轟沈させられたことで、人的損害はなくても、多大な被害を出した。問題は壊された事実よりも、それほど強い深海棲艦がいるのか、あるいはただのミスだったのかがわからないことにある。

 大淀次長は蘇我少将率いる第四鎮守府を主力とした、俺たち鴨川要港部、大鯨さんの下田要港部、そして那智さんや、会議中なのにおすすめの風俗店の話に没頭している結城の大洗要港部。八号作戦での立ち回りなどを決める重大な会議であるため、欠席はできなかったのは事実だ。

 作戦は八丈島及び伊豆諸島全体と周辺海域の攻略。

 急いでいるのか、決行は二週間後ぐらいらしい。

 今のところ決まってるのは、蘇我提督が作戦総指揮官になるってだけ。

 斎藤中将のメンツもあるし、できればこの作戦自体破棄してくれませんかね……俺の元上司である蘇我提督はとても聡明ながら、この作戦に対して同階級である大淀少将に異議申し立てできる唯一の人だ。

「軍令部がお立てになる作戦には賛同しますが、横須賀第一、第二、第三鎮守府がある程度回復してからでも遅くはないかと思います。急な作戦立案により将兵の士気が衰え、更には横須賀鎮守府がなし得なかった作戦として揶揄されている以上は、減少はしても、向上はしないでしょう」

 

 お、流石は俺たちの蘇我提督!もっと言ってやれ!

 古鷹も軽く、うんうん!と頭を上下に振ってる。

「提督の意見にも一理あります。しかし、最強と謳われる横須賀鎮守府の敗北は、たとえ敗北でなくとも名前は地に落ちる寸前です。これを食い止めたいと思われているのは、軍令部総長も、蘇我提督も意見は同じはずです」

 

「た、たしかに名前は大事だが、それよりも重大なことがあるだろう。横須賀鎮守府の名誉などこの際おいておき、また挽回の機会を得ればいいではないか」

 

「新種のエリート艦の出現は通常哨戒任務でも支障をきたします。もしも待っている間にそれが増大し、各要港部でも負傷を負うような自体となれば、それこそ海軍そのものの威信に関わります。それを阻止する機会とは、先の戦闘によって負傷した深海棲艦を追撃し、憂いを叩くことにあります!」

 

「し、しかし……」

 

「もちろん横須賀鎮守府だけであればなにもできなかったでしょう。しかし、今は増設された要港部と育成プログラム出身の優秀な指揮官が三人もいるんです。その一人は次席卒業者であり、指揮官としてはかなり期待できるはずですが」

 

「おぉ!た、たしかに宍戸くん達ならば……!」

 

「宍戸少佐いけぇぇぇェイ!!!」

 

「突撃じゃあああああ!!!」

 

 なぜ軍令部総長荒木大将はこんな作戦を容認したんだろう。

 そしてなぜ俺たちがいれば作戦がうまくいくみたいな雰囲気になってるの?

 

「まだまだ若輩者である我々をお認めになってくださること、恐縮至極に存じます。僭越なる進言としては、この作戦については蘇我提督のお考えに同調するのが最良かと」

 

「なるほど、では次に移ります」

 

 その聞きたくない意見を無視するスタイルきらい。

「作戦参謀を決めていない状況ですが実績を考慮し、下田要港部を後方艦隊参謀を大鯨少佐に任命します」

 

「ふぇ!?わ、わたしですかぁ……?」

 

「頼みましたよ?」

 

「は、はひぃ!ぜ、全力でお答えしますっ!」

 

「「「おぉ……!!」」」

 

 ぷるんっ。

 提督服の上からでも見えるデッカイおっぱい。上に着てるブカブカな提督服もさることながら、下はクッソ短い蒼色のスカートと、クッソエロい黒タイツ。こりゃこっちが後方支援したくなるわ……イテテテ!!村雨ちゃんって意外と腕力強い。

 

 続いて上がったのが、前線指揮官の名前だ。

 大規模作戦でもそうだが、場合によっては指揮官を連れて行く必要がある。八丈島までの距離だったら、長距離だから無線通信がダメになる可能性なども考慮して、司令官が前線に出る……必要があるらしい。そのためのボートなどもあるが、正直死にたくないだろうから、多分将官以上の人は使わない。

 というより、そもそも使う機会がない。

 舞鶴にいたときは辛うじて距離が近かったから良いけど……まぁ、前線指揮官なんて戦場の花形はベテランの、特に艦娘だった那智さん辺りがやってくれるだろう。

 それにしても参謀長まだなのに、もう前線艦隊の指揮官任命とかおかしくない?

 いや、誰もやりたがらないから先に決めておこうって魂胆か?

「前線指揮官ですが、宍戸少佐が良いかと思います」

 

 なにッ……!?

 

「妙案だ、この那智からも異存はない。我が副司令官である結城大尉は私よりも艦隊運用と指揮がうまいが、彼はそれ以上にうまい。直接演習を見たので、間違いはない」

 

「なるほど、それは期待できますね。その演習の結果も軍令部に届いています。流石は次席だというべきでしょうか」

 

 ダメッ……!!

 

「それでさァ、俺ッチ言ってやったんだよ!……俺の主砲から放たれる連合艦隊は、お前の子宮要塞に入港する……ってね!」

 

「ハハハ!そりゃお見合い失敗しますって!つか、危険日じゃなきゃ届く前に全艦轟沈しちゃうじゃないですか!」

 

 死ね……!!

「ま、待ってください!自分のような若輩者に作戦指揮を任せるなど、正気ですか!?下手をすれば、事態はこれ以上に残酷なものとなるのは明白かと、僭越ながら申し上げたいと思う所存!」

 

「これ以上、残酷……なるほど、流石は宍戸くんだ。流石は私の部下だっただけはある。下手をしても、深海棲艦をこれ以上惨たらしい姿にできると、その自信があるんだな?ハッハッハ!実に結構!作戦が撤回できない以上は、小官は元部下!である宍戸を押します」

 

「そ、蘇我提督、お、俺は……」

 

「君しかいないんだよ!私が信頼できる中で最もこの作戦を成功させてくれそうな人物が!」

 

 そう言いながら、隣に座っていた蘇我提督がその逞しい上腕二頭筋を近づけてくる。

 相変わらず逞しい二の腕は俺を抱きかかえる事ができるだろう。

 デカイ、色々な意味でデカい……そして、厚い。

 

「それとも……私の頼みが聞けないというのかな……?」

 

「て、提督……ち、近いです♂」

 

「いいじゃないか、男同士なのだから……それとも、顔を近づけられてなにか困ることがあるのかな……?」

 

「お、男♂同士……!」

 

「パパッ!!宍戸さんッ!!おすわり!!」

 

「「はいすいません」」

 

 古鷹に助けられて、一旦座る。

 大淀次長は俺の名前を上げたが、断固として拒否する。

 死にたくないし、前線なんて怖い場所には行きたくもない。もしも俺が直接行かなきゃいけないような事態になったら、死んじゃう。

 村雨ちゃんも怖がった様子を見せてる。よしよし、いいこいいこ。大丈夫だよ村雨ちゃん、大淀次長はただ名前を上げただけで、俺に任命したわけじゃないから。本当は任命すればこちらから拒否する権限はないはずなのに……まぁ、流石に前線に出すときは強引に誰かに押し付けるんじゃなくて、ある程度持ち上げてから任命しないとその気にならないし。

 ただでさえ前線勤務なんだしこれ以上リスキーな仕事は嫌だ。

 

 会議は案外スムーズに進んだが、未だに作戦参謀長、前線指揮官、情報参謀などの座がきまっていない。

 卓上に置かれたお茶や水で口を潤わせたり、長い間すわっていた椅子の調子を直したり、背伸びやあくびを出す者までいる。

 俺はといえば、村雨ちゃんと一緒にコーラを飲んでいる。会議室にコーラはどうなんだ?という人もいるが、これは透明なコーラであるため、みんなからは水だと思われている。

 

 2つ離れた席から古鷹が両手を内腿辺りにおき、赤面してもじもじしてる姿が見えた。

 

 ──俺の慧眼はこう言っている、古鷹はオシッコを我慢してると──。

 

 早く行けばいいのに……なんて空気の読めないアホは一生彼女できない。

 会議室は顔の知れた仲……少なくても俺は全員知ってるけど、そのせいか雰囲気はあたかも高校の生徒会程度の厳格さしかないが、作戦内容は言わば日本の領土を取り返すための、歴史に載るかも知れない重大な作戦会議なのだ。

 そんな会議で「トイレいってきていいですかぁ……?」なんて言えるわけねぇだろ。

 日本人特有のテメェ空気読めよ的な視線を、集合的無意識によって全員から砲雷撃されるに決まってる。

 

 こういうときはどうするべきか、イケメンなら分かるだろう。

 作戦内容の詳細について話し終えたところで、数分の休息を提案する。

 

「大淀次長、僭越ながらここらで休息を入れてはどうでしょうか?」

 

「……しかし、すでに大部分は話し終えましたよ?」

 

「残りは濃密な討論のもと決めるほどの内容ではないですが、昼夜兼行は時として判断を鈍らせます。切りもよく、一息を入れるには最適かと」

 

「……なるほど、分かりました。では15分程度休憩を入れましょう」

 

 え、そんなあっさり決めて良いのか?

 まぁ大淀次長は良いんだったら……と、古鷹は早速トイレに行くらしい。

 軽くウィンクとサムズアップして、俺がフォローを入れたことを確認した古鷹は軽く頭を下げてトイレに直行するために退出する。

 

「あ、あの……宍戸さんに、村雨さんっ……」

 

「あ、大鯨司令官」

 

「どうしたの大鯨さん」

 

「この作戦について、どう思いますかぁ……?」

 

 上目遣いで心配そうな顔を浮かべながら訪ねてくる大鯨さん。

 その小動物的な可愛さに、思わずがぶり……ではなく、頭を撫でそうになったが、彼女は同僚である。

 プログラムを卒業したエリート中のエリートであり、前線指揮官としての力量だけではなく、組織運営学では群を抜いて名が通るほどの秀才である。兵站のことだったら彼女に聞け、というぐらい後方支援がうまいのだ。故に、何れは海軍省に入ること間違いなしと言われている。

 ようするにそんな人に対して、頭を撫でながら「だいじょうぶだよぉ~」なんて言ってはいけないのだ。

 

 でもそのクッソエロい黒ストなんとかしろ犯すぞ。

 

「作戦としては多分成功するとは思うけど、この作戦自体がどうなのかっていうと、あまり良くは思えないな」

 

「な、なぜ、そうおもうんですかぁ……?」

 

「横須賀鎮守府が負けたって点でもそうだけど、それ以上に腑に落ちないのがやっぱり事前に知らされていなかったことだよね。いつの間にか作戦が発令されてて、失敗して、それの尻拭いみたいに報復作戦立てるのって、大抵は失敗するか、いい結果を生み出さないんだよね」

 

 作戦が極秘に発令されているのは、ある種の宣伝効果を狙っていたのだろうか?

 見捨てていた八丈島を海軍が、体感的には一瞬で取り返して、それが無人機を使った無傷での勝利だと公表すれば、現政権の支持率はともかくとして、海軍への好感度は上がるだろう。あるいは反対を受けることを恐れたのか……何れにしても、これは個人的な感情であり、軍人には必要とされていないものである。

 

「やっぱり宍戸さんもそう思いますかぁ……」

 

「まぁどんな感情を持とうが、俺たちには進言しかできないからね。やれと言われたら全身全霊をもってやるしかない」

 

「やっぱり……そうですよねっ」

 

 くぅ~!しょんぼりしてる大鯨さんかわうぃ!

 

「流石は宍戸少佐ですね。このような作戦でも私情を挟まない辺りは流石というべきです」

 

「「「お、大淀次長!?」」」

 

 大鯨さんと俺の間に顔を覗かせた大淀次長に対して敬礼する。

 近くで見れば美人だが、まだ革新派として海軍を斡旋している……という容疑があるため、好感と悪印象が相殺された感情がある。

 フフフと笑った大淀次長はいたずらっ子のように「緊張しなくても大丈夫ですよ」と言って、詰まった息を吐き出し、敬礼を下ろす。村雨ちゃんもぶるぶるしてて、流石に緊張しているようだ。

 

「早速ですが宍戸少佐、二人だけで少々お話があるのですが、ついてきてもらってもいいでしょうか?」

 

「「「……え」」」

 

「じ、自分の秘書艦である村雨は……」

 

「申し訳ありません。すこし個人的な話となりますので‥‥」

 

「し、宍戸さん……」

 

 ……いったいなにをしてしまったのか、無知な俺に教えてほしい。

 軍令部次長から個人的なオハナシ……ま、まさか愛の告白!?

 そんな呑気なこと言ってられねぇよ。様子からすると次長はちょっと重大なことを話そうとしている雰囲気がある。なんだろう、会議を一旦止めたのを怒ってるのだろうか?もしそうだったら俺のキャリアに……いや、この際そのぐらいだったら軽症だろう。

 大鯨さんと村雨ちゃん「これどういうこと!?」って目線で送ったが、首を横に振っている。

 

 良くも邪魔してくれてたな、殺してやる……みたな感じのお呼び出しだったら、あそこに開いてる窓から飛び降りてでも逃げるぞ。三階だから死ぬかも知れないけど、確実に死ぬよりはマジだからな。

 大丈夫だよ、と村雨ちゃんの柔らかい頭をポンポンと叩き、俺と離れるのが名残惜しそうにお互いを見つめながらついてきて、と促されるまま次長室までついていった。

 あとから村雨ちゃんの熱い視線は、その排泄欲をどこにぶつければいいのかわからないから……という理由からだったと聞かされた。要するに、村雨ちゃんもトイレに行きたかったから、どこにあるのかわからないので俺に聞こうとしていたんだとか。大鯨さんと一緒に連れションしたことで、軍令部の階級がずば抜けて高い人たちの中でも緊張せずにトイレに行けたことを、あとで本人の口から聞くことになる。

 分かってたさ……俺と離れるのが嫌だったわけじゃなかったことぐらい……クソ。

 

 

 

 

 

 

 そしてもう一つわかったことがある。

 次長の部屋に入った時点で、俺の人生は積んでた。

 

「あの、鴨川に帰参してもよろしいでしょうか?」

 

「だめです」

 

「ッ……大淀次長殿とお会いできたこと、身に余る我が幸甚の極みと存じます。この度の経験を活かすべくは武人の役目。然らば、急遽要港部への帰還が望ましいかと、知恵浅き自分の見解ーー」

 

「言い方を変えてもだめです」

 

「はいすいません」

 

 現在、手を後ろに回して部屋を歩き回る大淀少将は、紛れもなくエリート官僚の塊。

 かれこれ数分ぐらい黙って部屋をゆっくりと行ったり来たりしてるんだけど、緊張してんの?帰っていいかどうか聞いたらだめだっていうし、立ってるの疲れたし、いったい何がしたいのだろうか。

 

 驚くことに、窓がない。

 だから銃を突きつけられたら映画みたいに窓を突き破って飛び降りるシーンの再現ができない。

 隣のとなりぐらいには荒木軍令部総長の部屋があり、部屋に防音加工を施してあるのか、叫んでも彼の部屋どころか、隣の部屋、扉の外にも声は届かない……と、大淀次長はなぜかそのことを教えてくれた。

 

 叫ぶ、とはまた物騒だけど、別に本当に銃を向けられているわけじゃない。

 

 ただ後ろにボディーガードみたいに屈強な二人が、出口を塞ぎながら佇んでいるだけだ。

 

「「……ムキムキッ」」

 

「ひぇぇ……」

 

 とても怖い。

 なにか本能的なものなのか、あるいは遺伝子的なものが働いているのか、恐怖感が拭えないんですけど。

 なんでもしますから許してください。

 

「次長……小官のような若輩者が、おこがましくも休息を申し入れたこと、これ以上にない無礼であると、謹んでお詫び申し上げます」

 

「休息?あぁ、別にいいんですよ。むしろ私の方から休息を入れようかと思ったのでちょうど良かったです」

 

「なんとお優しいお言葉!この宍戸、不躾な自分の行動の数々を悔やむばかりです!」

 

「フフフ、良いんですよ。でも……もし非があると思うのでしたら……一つだけ、頼みがあります」

 

「自分のできる限りであれば、何なりと!」

 

「では単刀直入にお伝えします。この作戦の前線指揮官として戦場に出てください」

 

 次長は俺に死ねと言ってるのか……ハハハ、なーんだ、やっぱり怒ってるんじゃん。

 優しいかと思ったらやっぱ鬼畜メガネやんけ。

 

 

 

「……そして、八丈島に亡命した元帥を討ってください」

 

 なんでもない、ただのイカレだったか。

 


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