整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

68 / 144
八号作戦八丈島

 

 八丈島、臨時拠点。

 

「司令っ!!」

 

「おう親潮……うぉ!ど、どうしたんだいきなり?」

 

「よかった……!ほんとうに、無事でよかった……っ!」

 

 破壊された出撃所近くの、夜の海岸沿い。

 砂浜でつけたままの艤装も気にせずに服にしがみついてきた親潮と、掴まれている俺に注目が集まる。全身が乗りかかっているわけじゃないけど、物理的圧力を感じるのは、単に艤装が重いからか。視線が痛い。

 

 八丈島の戦いは前哨艦隊のみで終息するという快挙的な結末で終わる。その報は総司令部を驚かせたが、虚報ではなく制圧したのが事実である以上、やることは後方艦隊及び支援部隊の移動である。

 今日だけで100人程度が到着した八丈島はすっかりと暗くなって、連戦のあとにすることと言えば、食事である。

 磯の香りが靡く中で感じたのはカレーと、白飯が炊けた時に発する特有の温かい匂い。だからと言って夜に濡れた服を着るのはとても体に悪いし、そんな服を俺の体に押し付けられたらクッソ寒いんですけど。

 海岸近くと、もう少し奥にある野営地を司令室として、臨時出撃所の準備や通信施設の設置、島の探索部隊編成と必要な寝床の確保など、拠点として最低限の設備を急ピッチで作っていた。

 

 俺も拠点作りを手伝おうとしたのに、秘書艦が邪魔してくる。それもそのはず、俺は自分が乗っていた船がどこに行ったかという言い訳も含めて、「船は沈んだ」と時雨が割り込んで伝えたものだから、俺が戦死したと思われていた。

 “故障して”と急遽、村雨ちゃんが付け加えたが、それが作戦全員に伝わったかどうかは分からなかった。少なくても親潮は、俺になにかあったのではないか、と思ったらしい。

 

「分かったから親潮、離れて!……みんな見てるからさ」

 

「ひぐっ……もう、司令!心配させないで下さい!!村雨さんと時雨さんから通信もらったとき、本気で心配したんですからねっ!!」

 

「ごめんな親潮……時雨の情報伝達能力がEランクなばかりに」

 

「ごめんごめん、親潮なら笑い飛ばすかと思って」

 

「そんなことするわけありません!!」

 

「まぁいいじゃないですか、結果良ければすべて良しってことですよ。それより宍戸司令官、この資材はどっちにやるんでしたっけ?」

 

「ボーキでも鉄でも、全ての資材はまず保管庫に置いてくれ。どの道、本州に持ち帰るものなんだから一箇所にまとめておいてくれ。ただしアブラだけは別のところにおいて。引火したら怖いから」

 

 鴨川の整工班は精錬された手付きで各々の任務を進めていく。チームワークというのは大事であり、いくらシ訓練されシステム化されてるとはいえ、突然ほかの知らない人と仕事をすると、どう足掻いてもこの速さには追いつけない。だから補給担当は下田要港部に全面的に任せている。

 

「親潮、もう泣き止んだか?」

 

「むっ……こ、子供じゃないんですから、そんなにいっぱい泣きません!」

 

「ははは、ごめんごめん……つい、嬉しくなっちゃってさ。俺のこと、そんなに心配してくれてたなんて思ったら……」

 

「あ……」

 

 親潮の柔らかい頬に手を当てる。

 俺の足がまだ夜のクッソ寒い水に浸っているのはこの際気にせず……月光に照らされた親潮の白い肌は、真珠のようだった。

 真珠はピンクかがった色を徐々に赤く染め上げ、俯いて恥ずかしがる様子を見せるも、不思議と嫌悪感は見せなかった。

 映画のクライマックス的なこの場面では、キスをするのが定跡だが、いったん距離を置いた。理由はこんなことをしている場合じゃない事と、他の艦娘たち……具体的には、陽炎、不知火、黒潮、村雨ちゃん、白露さんがジト目で凝視していたので、この人たちがこれ以上おれの名誉を傷つけるような言動を起こす材料を作らないためにも、ここまでにしておこう。

 

 あまり問題にはならなかったのでだいぶ後になって分かったことだが、俺たちを写真に撮った月魔が海軍の掲示板に載せていて、谷風が『韓流ドラマの撮影』と命名したことから密かな話題となっていた。

 あまりに綺麗に取れたため、ガチで映画のワンシーンのような風景になり『作戦中の光景やで』『いや、作戦中にこんなことするわけないやろ』『日本海軍の制服じゃん』『男の方いいケツしすぎィ!』などと反響を呼んだ。濡れてるから服がケツにぴっちりくっついてんだよなぁ?頼むから俺じゃなくて、透けて黒下着がチラチラ見え隠れしてる親潮の方を見てくれ。

 

「提督、島の探索作業が終わったようです!軽い探索では完全な詳細をお伝えすることはできませんが、少なくても野営地を設置するには問題ないかと思われます!」

 

「ありがとう浜風。つか気合入ってんな?」

 

「い、いつもはだらけているみたいに言わないで下さい!それに……」

 

「ん、どうした?」

 

 言いにくそうな顔をしながら、いやらしい身体をモジモジさせながら、腕を強張らせ、胸を寄せている。

 

「まさか、改めて俺の提督としての能力を見直しちゃったとか?」

 

「い、いや、そんなこと……〜〜っ!」

 

 図星だったのか、顔が一気に火照り上がった浜風。悔しいし、認めたくないけど、改めて有能チ○ポ提督を目の前にして、子宮が疼いているってところか。

 長年の経験で培った知識から言い換えさせてもらえば……こいつは、俺の子種を欲しがっている。

 

「ありがとう浜風。引き続いての探索は明日に持ち越してもいいが、一応あるだけの詳細は報告はしてもらう。準備ができ次第、俺の臨時司令室に来い」

 

「ま、ま、まさか!わ、私が提督のことを見直したからって……司令室で、く、口では言えないことを……っ!」 

 

「……気づかれたか。では今から来い。野営地で補給する前に、俺のシーフード風ソーセージで、貴様を補給してやろう」

 

「い、いやあああああああ!!!」

 

 浜風は、陽炎や不知火のいる場所に逃げていった。後ろに隠れる姿は庇護欲をそそるのか、艦娘たちと士官らは汚物を見るような目で俺を見ていた。

 

『大丈夫だった浜風!?何もされてない!?妊法とかされてないッ!!?』

 

『きっとアレです。任務に落ち度たあったと口実を付けて、ナマイキなこの脂肪の塊をゴメンナサイさせてやるとでも言われたのでしょう。卑劣です』

 

『ヒドイ目にあったなー浜風?スマックされんように、うちの後ろに隠れとき?』

 

『あ、ありがとうございます!』

 

 

 

「俺、自分では一言もタイトル言ってないのに、まるで俺の語録みたいになってるんだけど」

 

「あんなマニアックなモノが流出したら……ていうか宍戸くんって、絶対に自分の名誉を自分で落としにかかってるよね?春雨が名誉をズタズタにしたとか村雨が悪い噂流してたとか言ってるくせに」

 

「俺マジで今日のメニューの中に魚肉ソーセージがあったから、司令室で振る舞おうとしただけなんだけど……」

 

 あ、なるほど。確かにイカ臭いソーセージなんて誰も食いたくないもんな。俺の名声、終わったかも。

 よく考えたら、メインの八丈島を神速制圧した前線指揮官への羨望の眼差しはどうした?これだけやっても俺を見直すヤツとまだ軽蔑してるヤツが半々とか泣けてくるわ。何やったら名誉挽回できるの?世界征服?

 

「いっちばんのりー!夜の哨戒と警備艦隊の編成終わったよ〜!」

 

「ありがとうございます白露さん。前線艦隊の出撃準備も……」

 

「もっちろんだよ!でもいいの?総司令官さんに報告しないまま出撃準備なんてして」

 

「別に今日独断で出撃するわけじゃないんですし、準備だけならいいんですよ。それに迅速な行動の秘訣には、上官の命令を先取りすることにあります。行けと命令されたときにはすでに交戦開始しているぐらいが丁度いいんです。どうせ行くんですし」

 

「なるほどー……フフフ〜!なんかこういうのって、先生に見つかっちゃイケないことしてるみたいでワクワクしない!?」

 

「え?あ、うん、生徒指導中の指導室でエッチな動画の音声流したり、兵学校では先生たちの萌えキャラを書いて掲示板に張ったり、12センチ単装砲と35センチ砲の砲弾を卑猥な形にして演習場に置いたり……」

 

「それ、時雨がやってたことと私がやったこと混ぜてるね?まるで全部お姉ちゃんがやったみたいに言うの、良くないと思うなっ!」

 

「え……?ぼ、ほく、そんなことしらない……っ」

 

「はッ?AHAHAHAいい加減にしないとお姉ちゃん時雨に砲弾当てちゃうかもねぇッ!?」

 

「ごめんごめんごめんごめんごめん!!!」

 

 どっちが時雨でどっちが白露さんの悪行なのかはぜひ知りたいところだけど、軽口を叩いている暇があるんだったらさっさと補給してこい。なんて言ったら砲弾はこっちに飛んでくるだろう。

 

「あ、し、司令!どちらに行かれるのですか!?」

 

「仮眠してくる。先に食べてて」

 

「り、了解しました!!」

 

 

 

 野営地の中のテント。

 ここには、当然ながら野営用のベッドが備えられている。空気式のベッドだからギシギシ言うし、ベッドの上で女の子と遊べば、たちまち島中にその音が響き渡るだろう。

 大袈裟かもしれないけど、黙ってても音は大きく、50キロ先のテントで既にギシギシ音が聞こえるので、ナニをしているのか分からないけど、とにかく静かにしてほしいもんだ。あるいは俺の耳が良すぎるのか。

 

 元帥との密約に成功した今、どちらにしろ成功する手筈となってしまった。あとは通常どおりの攻略法としてアイランドホッピングをマラソンのように繰り返して行けば、一週間で終わるだろう。できることといえば大事な休息をとって、何事もないようにみんなの無事を祈るのみだ。

 

 潜り込んだベッド内の寝心地は、弾力が強すぎるソファーの上にいるみたいな感じで、寝づらくはないけど、音の件も含めて、女の子を誘うにはあまり適してはない。

 

 目を瞑ろうとした途端、後ろから可愛い声が聞こえた。 

 

「……お兄さんっ」

 

「春雨……ちゃん?」

 

 甘い春雨ちゃんボイスが、後ろを振り向く前に毛布内に入ってきた。俺の背中に感じた温もりが、同じ毛布の中でモゾモゾと動いていた。

 女性が、毛布の中に入ってくる。これは、日本の素晴らしい伝統文化の一つ、YOBAI。これを実行するには勇気が必要で、みんなに聴こえちゃうかも!という極限状態の中、それでも俺に食べられたい、あるいは食べたいと思う気持ちを、これでもかとぶつけてきているのを感じる。

 俺は振り向かずに、日本人らしく最初は断りを入れ、淡々と司令官らしく振る舞う。

 

「……だめだぞ。俺は司令官で、君は部下。淫らな関係には……」

 

「……食べてくださいっ」

 

「春雨ちゃん……」

 

 これでもかと、切実な想いを乗せた声が、耳元で囁かれた。ここで食べないのは、男としての恥。

 

「……食べちゃうよ?」

 

「……っ!」

 

 一度の了承が、これほどまで人を喜ばせるものなのか。何も言わずに俺の脇下へと手を伸ばし、抱きついてきた。

 強く抱きしめてきた腕は、その力強さを象徴するかのようにゴツゴツとして、太く、逞しく、男臭さ溢れるものだった。

 屈強な肋骨を背中に押しつけられながらホールドされた腹、そして首には……。

 

「ちょっと待って、え、なんか違うんだけど?」

 

 後ろを振り向いた瞬間、俺の脳内は半ば脳死状態に陥った。

 

 

 

「「「オッスお願いしまーす」」」

 

 

 

 ────────────。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。