鴨川要港部、中庭。
「うぅ〜!トイレトイレ〜!」
作戦を終了させて鴨川に帰ってきて、トイレを求めて全力疾走している俺は、ここで提督をしているごく普通の男の子。強いて違うところをあげるとすれば、八号作戦っていう凄く困難だと思われた作戦を完勝に導いて、現在話題沸騰中のイケメン提督ってところかナ?
そんなわけで、要港部内にある中庭にやって来たのだ。
ふと見るとベンチには、三つ編み、黒髪ロング、緑髪ポニーの、三人の若い女性が座っていた。
ウホッ!いい女たち。
そう思っていると突然その女共は俺の見ている目の前で、胸ポケットに入っていた給料明細を出しはじめたのだ…。
パラッ、パラッ、パラッ。
「「「くれないか(特大ボーナス)」」」
いい女に弱い俺は、言われるがままホイホイとベンチについて行っちゃったのだ。
「いいの宍戸くん?そんなにホイホイついてきちゃって」
「こんなこと初めて……でもないけど、いいんです…俺…時雨さんや、磯風さんや、夕張さんみたいな人好きですから……」
「うれしいこと言ってくれるじゃないの。それじゃあとことん、(財布から)搾り取ってあげるからね?」
「ああーっ!!だめです!!宍戸さんだめぇえええええ!!」
牽制に入った村雨ちゃんは俺の腕にしがみついていた。相変わらずの胸部装甲がキュンキュンと当たるわい。
俺の手に持っていたのは現ナマ。オトナの世界という汚物の塊が使う用語を知らない良い子へ。現ナマとは、要するに現金のお札である。
封筒にしまわなかったのがいけなかったのか、傍から見ればJKにお札を渡す怪しいヤツである。
「ごめんごめん、でも村雨ちゃんにもあげたでしょ?」
「別にお金なんていりませんっ!それに渡すんだったら封筒に入れてくださいっ!」
「何をカッカする事があるんだ村雨?この磯風は、現ナマでもまったく問題はないぞ」
「だ、だめです!!順序はちゃんと守らないとっ!」
「確かに村雨の言う通りね……じゃあ私の特大ボーナスはダイレクトデポジットでいいわよ」
「「「え、なにそれ?」」」
貴様らは自分の給料がどうやって支払われてるのかも知らんのか?
俺がこの三人に現ナマを渡す理由はもちろん、過大な功績を立ててくれたお礼だ。もちろん俺の一存、俺の気持ちだけでやっていることなので、これは全部、自分の金である。
(※これは仲間内でも賄賂行為となるので、やる際はご注意ください)
時雨は言わずもがな。しかし前線艦隊になってくれた6人の内、時雨にだけ渡していなかったので、利子つけて渡してやった。本当に俺って寛大だよな?これで俺の口座、もう三桁やで?昨日給料日だったのに。
夕張は整工班班長として、物資が足りなくなった状況下で優れた手腕を発揮して、それぞれの艦娘に最良の組み合わせを付けたことが、結果的に防衛していた島々の艦娘の運用、戦闘効率を上げる結果となった。なによりレーダーと潜水探知機を余分に持ってきてたのが功して、潜水艦の撃破に成功していたのが大きかった。
そして磯風を旗艦にして良かった。
磯風の指揮官としての能力は良いのだが、彼女自身も3隻ほど撃破している。ここにいるときも、何かと機転の効いた艦隊運用をしてくれるから助かっている。日々のお礼も含めて、というのもあるのかな。
流石に参加した全員にとはいかないが、もしも何か欲しいものがあったら作戦のお礼に奢る、って形で勘弁してもらおう。
生憎、あれほどの作戦を成功させて早1週間ーー軍部からのボーナスはまったく出ていないので、俺が直々に、こうして労わないといけないんだ。
しかし英名を得た。
横須賀鎮守府勢が撃破された艦隊を倒し国土を回復させた、横須賀第四鎮守府と、その下で戦った3箇所の要港部。俺の鴨川要港部は常に最前線を突っ切り、超精鋭艦隊を少数の艦娘でしかも無傷で殲滅した……と、ニュースに載っていた。
その水面下でどんな事が行われていようとも、これが真実で、ニュースに載っていたことが、まん丸と中学校か高校の教科書に載るワケだ。
俺の所へもファンレターが送られてくるなど、この奪還作戦はかなり大事になっていると聞いてるけど、民間の場所には行ってないからどれだけのものかはあまり知らない。
ただ分かってるのは、蘇我提督はこのどでかい功績によって昇進させる声が上がってる事だけだが、それと共に俺の名前も上がっている。次長のおかげで俺のは内定されているけど、蘇我提督はどうなるんだろうか?
何れにせよ、俺はクールな提督としてインタビューなどはほとんど断っている。
だからボーナスぐらいくれよケチくせぇな。
こっちは作戦のことで、断ってんのに連日取材が殺到してるんだぞ?まぁ俺のところだけじゃないけどさ。
『蘇我提督はこの作戦を華麗に成功させ、しかも犠牲者なしであの八丈島を攻略したとして名前が上がっていますが、その点について一言!』
『私の部下が有能であっただけで、私個人が成した功績ではありません』
『しかし、前線に立ち指揮を取っていたのは、あの提督育成プログラムの次席卒業者、宍戸司令官とお聞きしますが、有望であるとはいえ若年の司令官に前線を任せるのは抵抗があったのではないでしょうか!?』
『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ……我々が尊敬したる先人の言葉に習い、同じ海軍軍人として信用し、決断をしたまでです』
『八丈島の作戦が大成功した理由はなんだと思いますか大鯨司令官!?』
『み、みんなが頑張ってくれたからだと思いますっ!みんな無事に帰ってきてくれて良かったと思いますっ!』
ぷるるんっ!
『『『おぉ……!』』』
『結城副司令官は、八丈島の戦いで前線総指揮官として艦隊を指揮したあの宍戸司令官の同期だと聞いていますが、彼はどのような人物だと思いますか!?』
『そうですね、海軍軍人として申し分ない人物だと思います。一人っ子ですし、元海軍軍人だった高齢の祖父がいるので、一層活躍しなきゃって気持ちがあるんでしょうね』
『なるほど……』
『それよりアナウンサーさんいま何歳!?良かったら俺と今夜……どう?』
『え、い、いいえ、結構です!』
『ん?今おっぱい揺らしたね?おっぱい俺の前で揺らしたってことは、俺とえっちっちーなことしなきゃいけないって事なんだよ?ほら、早く同人誌の時間停止みたいになりなよ、最近ハマってんだよ』
『い、いやあああああああ!!!』
手元の端末で、報道されている各要港部の司令官へのインタビュー映像を時雨たちと見ていた。なるほど、俺の名前が他の要港部で上がったということは、すげー名前が通るようになったってことだな。
クッソ恥ずかしいんですけど。
動画を見ていたらフォローしている誰かが呟いた。本名でアカウントを作った御年90を逝くか逝かないかの祖父が、恵比寿顔二重ピースでケバい女共に囲まれた画像は写った。
ワシ、孫に提督おるんだが、なんか島奪還してきたらしい。ワロタじゃ。
マジかよあのジジイ?
通りすがりの陽炎三人姉妹が、やっほーと挨拶してきたので返すが、俺はちゃんと覚えてるぞ?妊法提督とかナマイキゴメンナサイが伝染るとか。
こんなに晴れバレした天気なのに、この晴天のせいで作戦当時のことを思い出しちまう。
「それよりも宍戸さん、いつまでその服を着てるのかしら?作戦の一環として、一時的なものだと思ったのだけれど……」
「多分あれだよ、宍戸くんは早く提督になりたいから、中佐になったのが忘れられないんじゃない?」
「向上心を持つのはいい事だが、流石にな……」
「悪かったなァツケアガリオチ○ポで!?でもあれだけ大規模な作戦成功を電光石火でさせたんだから、さっさと昇進させてもらってもいいと思うんだけどねェ!?文句のあるヤツは俺様直伝の精神混入棒で格納庫爆破するぞォ!!」
「「「キモい……」」」
ひどい。
俺の実力……とは言い切れないけど、半分ぐらいはそうだと豪語できる自信がある。無事にすべてを円滑に済ませるこの手腕は上層部の目にも止まっている。
上層部ってのは具体的にいうと大淀次長とか、総長の荒木大将とか、海軍省の明石少将とか、舞鶴提督で日本海方面の総監である斎藤中将とかーーよく考えたら全員会って話したことがある人ばかりだ。
そして忘れてもらっては困る。俺と大淀次長の間で交わされた──
俺の彼女だけが知る、水面下の密約。
今日ぐらいだったか、海軍将官会議の審議が行われている。その中で、俺をこの階級のままにするという
時雨たちも昇進するとか言ってけど、それはおまけ程度だろう。
「海軍将官会議……八丈島での作戦の後に開かれていた審議で、一体なにが語られるのか……フフフ、結果が楽しみだな。審議の結果のすべてが、一般公開されるわけでもないんだが」
磯風の言うとおり、海軍将官会議は改良、重大事項、将校の進級などを議論する。いつやるかなんてのはもちろんおおっぴらに公表されるわけでもないが、世間に知れ渡ったからと言って規制が施されるわけでもない。
規制がないのは、この制服の色に誓って清廉潔白な海軍イメージを守るためだが、だからといって話した内容がすべて明るみになるわけじゃない。ビデオで撮影しているわけでもない。話すとしても内容はごく一部、誰と何人が昇進されたかとか、どんな改良が成されたなどの大まかな説明だけである。
「そういえば掲示板でそんな言ってたわね。私はどっちかといえば、新種の装備が作られたことに興味をそそられるけど」
「それ僕も気になる!」
「村雨は……うぅ、スイーツ特集しか見てませんでしたっ……」
「村雨ちゃんはそのまま村雨ちゃんでいいんだよォォオオォ!!」
「きゃっ!あ、そ、その……いきなり抱きつかれるのは……」
村雨ちゃんに抱きつき、頭をナデナデしている俺を見て時雨が「バイ菌が伝染るよ」と言ったので、心苦しくも村雨ちゃんのおっぱいを人質にしてバイ菌発言の撤回を要求した。
もちろん時雨は強行突入と鉄拳制裁を可能としたワンマンSWATなので、俺はやむを得ず投降する。
こうして村雨ちゃんおっぱい人質事件は、ものの5秒で解決した。
「時雨、お前はバイ菌とか言うけどなぁ?バイ菌なんてみんな持ってるんだぞ?バイ菌以上に汚い細菌……本当に汚いものが見たかったら、あれを見よ」
「「「「あれ?」」」」
『しゃぶりTIMEキモティ…細菌…入っちゃう!』
『怖いねぇ』
『細菌、穴に入っちゃう!キモティンティンな太いシーチキンが欲しい……!』
『違うだろ?どこがえぇんや?言ってみ?欲しいって言え欲しいって!』
『完全合体合金おち○ちんください!!おっぱいが気持ちいいおま○こが気持ちいい=我慢できない!』
「相変わらずだな彼らは。だが、幸せならいいのではないかな?」
「磯風、お前慣れすぎだぞ?」
「それを言えば村雨もそうじゃないか。抱きつかれても、嫌がっている様子は見せていないぞ?村雨も案外、まんざらでもないんじゃないか?」
「ふぇ!?あ、あの、その……」
その上目遣いやめろ犯すぞ。
「ねぇねぇ司令!取材がまた来てるよ〜!」
「チッ……またかよ」
谷風が元気よく手を振りながら、テレビの取材が来ていることを知らせ、ついでに村雨ちゃんとのイチャいちゃを邪魔された。
磯風と夕張は「ふふふっ」と笑いながら、彼らに応えることを勧めてくる。どの道、今日は予定していたので、断って追い返すことはできない。
俺の名前は、総司令官であった蘇我少将よりかは通っていないが、前線指揮官として直接前に出た武辺者みたいな印象だから、それで定着してるんだったらなるべくそのままで行きたんだ。
功績を前線で立てた武人……フ、カッコ良すぎ。まるで俺じゃないみたい。
そう、実際俺に会ってみたら、はぁ?なんだこいつ!?もっと呂布みたいなやつかと思ったのにぃ!と叫ばれること間違いなしだ。
「行ってきたら?」
「はぁ?時雨なにいってーー」
「もし行ったら村雨が、ちょっといいこと、してくれるかも知れないよ?」
「その手を使うの何回目だと思ってんの?すでに三回目ぐらいから数えるのやめたんだけど」
「でも行ったほうがいいと思います!海軍は海軍ですけど、あまり愛想が良くないのもどうかと……」
村雨ちゃんが言うことも一理ある。
鴨川要港部とその街自体の規模は、もちろん東京と比べればデカさや重要さは違ってくる。だからこそ、ローカルの司令官が「は?テレビに出れないとか、コミュ障がうちらの街の司令官とか、もう一揆起こすしかないじゃん」とか言われて、俺は国を追われてアメリカへ……なんてことになったら、俺死んじゃう。
いや、流石にそれはないと思うけど、あくまでローカル民へのアピールのために……別に鴨川にずっと居続ける訳でもないのに、こんなことをしなきゃいけないなんてマジめんどくせー。
「わかった、じゃあ行ってくるよ村雨ちゃん」
「はいっ!」
「「「いってらー」」」
クククッ……お前らァ?自分に取材の手が伸びないとでも思ってるのかァ?俺が直々に正面ドアを開けた瞬間、雪崩のようにやってくるに決まってるのによォ……?
そして鈴谷とかにも取材の手が回って、慌てふためくギャルの赤面フェイスをパシャリ!いやぁ〜イイっすね〜!
要港部正面は海軍兵学校のようなレトロな煉瓦色の壁や古びた洋式ドアなどはない。
スライド式の扉と、内装はとにかく純白で、新しく建てられたんだから当然だけど、とっても現代的。それを開けると、50メートル先に門とそれを守る衛兵と、取材陣が見える。要港部の敷地はこれより更に広いが、あの門を抜ければ、事実上要港部内に入った事となる。
もちろん取材をしたいと言ってきたスーツ姿の人たちは……あれ?10人以下じゃん、かなり少ない方だな。まぁそれ以上が一気に来られたらたまらないから、こっちとしてはそれでいいんだけど。
衛兵と……ん?身長が小さいから見えなかったけど、綾波ちゃんがいる。俺が連日、応えるのは嫌だって言ってたから、代りに取材に応じてくれてるのかな?いや、助かるわ綾波ちゃん。
やっぱ春雨ちゃんと夕張の……同期は……最高やなぁ!
「そ、それで宍戸司令官とは個人的にはどんな人物なのでしょうか!?」
「はいっ!いつも、おとこのおしりをつけ狙う人たちを厄介がるも、実は自分を常に誘い受け状態にしている策士さんなんですぅ!」
「な、なるほど。古来の武将らしく、男色には精通している……と」
「でも司令官はぁ、素敵な男の子を見ると、尻軽男になっちゃうんだそうですっ!」
「な、なるほど。英雄らしく、色を好む……と」
「綾波ちゃんお願いだから俺の名誉をシュレッダーにかけるのやめてもらえないかなァ!?一度かけたら二度と戻らないんですけどォ!?」
「あ、あなたが宍戸龍城司令官ですね!?作戦では前線指揮官として最前線で艦娘とともに戦い、圧倒的な数を誇った精鋭の深海棲艦を撃滅したという、あの!?」
「コホンッ……はい、そうです。連日、取材に応じられず、申し訳ありませんでした」
スカした顔で”あ、一応、はい”とでも付けておいたほうが良かったか?俺的には、なんか騙してる気分であまり褒められている感じはしないんだけど……この人たち、なんか俺のことをタイムスリップしてきた戦国武将か何かと勘違いしている節があるな。
なんとかしてこれを取り除かなければ。
取り除く方法とは簡単で、大人気ラノベ俺ガ○ルの葉○くん系優男を演じつつ、自分がノーマルで意外のも恋愛には初だというギャップ萌えを付加させ、正に完璧なキャラ付けをすることにある。
「ははっ、そうなんです。自分は前線指揮には自信がありますが、少々恋愛には奥手で……はい、バレンタインのチョコを貰うたびに、悶えてしまうほどで……」
「そ、そのチョコは男性からの物ですか!?」
「そんなワケねぇだろ潰すぞハゲ」
「「「え……」」」
「……と!自分の同僚である結城副司令官が僕に言ってたんですよ!アハハ!」
危ないあぶない……気を引き締めて行かないと。
衛兵の二人の会話が横から「おい、司令官ってあんなキャラだったか?」「いや、テレビの前だから自分がホモだって隠してるだけだよ」と耳に入る。
なるほど、綾波ちゃんは多分、俺の目が届かないほどとんでもない範囲で俺の名声をズタズタにしてくれたんだねっ?あとでオシオキだぞっ。
そういえば春雨ちゃんへのオシオキやってなかったな……何にしようか。
「お兄さぁ〜ん!ぎゅっ」
「「「ッ!?」」」
「ハハハ、春雨ちゃん急に抱きついちゃ…ハッ!?」
現在報道陣の手前、春雨ちゃんのような幼さの残る無垢な顔立ちをした美少女に、“お兄さん”と呼ばれながらぎゅっと腕を組まれている。
お兄さん、お兄さん……お兄さん許してぇ〜おま○こぉ^〜こわれるぅ〜。こう言えば誤魔化せる……んなわけ無いやろ。
春雨ちゃんにお兄さんと言われる事の、なにがやばいかって?そんなの絵面を見れば一目瞭然だろ。
まずこの美少女とゴブリンが兄妹なワケねぇだろ?それにあの結城が報道で漏らしてんだよなぁ俺の家族構成。
『一人っ子ですし、元海軍軍人だった高齢の祖父がいるので、一層活躍しなきゃって気持ちがあるんでしょうね』
ってな?
だから実際ただ仲がいいだけで、たとえ春雨ちゃんが俺の公認の彼女か嫁であったとしても、傍から見れば美少女に“お兄さん”って呼ばせてる変態にしか見えないわけでさ……課長クラスの頭がバーコードなおじさんならまだわかるよ?古典的すぎて心に残らないニュースになるだろうけど、俺は今をときめく海軍軍人。
心苦しいけど一刻も早く剥がさないと。
「ハハハッ、まったくどうしたんだ春雨くん?何か怖いことでもあったのかね?」
「……?」
春雨ちゃんは首を傾げ、きょとんとしている!俺のウィンクの意味を理解しようとしているようだ。
「……ぎゅ〜っ」
さ、更に抱きついてきただとォォォ!?
クソォ!笑顔で上目遣いとか可愛すぎるゥ……!力ずくで剥がすなんて春雨ちゃんに対してできないし、でもこのままだと俺の名声ぱぁーだし……許せ、春雨ちゃん!
……ん?剥がせないぞ?大の男が、こんな華奢な女の子を力ずくで剥がせない…だと…?
その光景は異様でしかなかった。
「離してぇ!許し亭、許してい春雨ちゃん!」
「いやですっ!」
な、なんで春雨ちゃんはこんなに俺に抱きついてくるんだ……ま、まさか、俺の名前を地の落とそうとしているッ!?
よく考えればそうだった。
エロビデオ流出事件も含めて、その真意は分からないが、明らかに俺の名声を落とそうとしている。という推測だが、この行為にも春雨ちゃんなりの考えがあってのことだ、きっと。
ふふふっ……お兄さんがみんなから気持ち悪い思われれば、春雨が慰めて、春雨だけのお兄さんの完成ですっ……!ふひ、ふひひひっぃ!
あ、でもあまり気持ち悪くなるとキャリアに支障が出るかも……どうしよう。
報道陣は「一体どういうことですかァ!?」って言葉を繰り返しているので、いっそのこと銃でも撃ち上げて「じゃァカマシィンジャイボケェ!」とでも叫ぼうかと思ったけど、冷静になれ俺。
スーツ男たちの肩からゴーヤと月魔が通るのが見えた。
「お、おいゴーヤ!!月魔ァ!!こっちに来て助けてェ!!」
「あ、提督でち。何やってるでち?」
「ゴーヤさん取材ですよ。ほら、作戦を成功させた武闘派提督としてニュースに上がってたじゃないですか?流石です兄貴……しかし助けてほしいとはどういう……あぁ、なるほど。俺には無理なので、ゴーヤさんお願いします」
「え、なんでぇ!?……は、春雨ちゃーん?提督が嫌がってるから退いてあげ」
「グルルルルッルルゥゥゥ!!!」
「ひ、ひぃ!!や、やっぱりゴーヤには無理でちぃ!!」
「あ、ちょ、資材落とさないでくさいよォ!」
ゴーヤが落とした資材を拾い上げた月魔は、その足でゴーヤの後を追っていった。再び孤立した俺は凛々しく直立する衛兵の二人に目線を送る。
しかし彼らは誇り高き海軍兵士。
彼らはどれだけメンチを切られようと、直立不動の視線は常に正面にあり、動かす事は許されない。
上官の速攻魔法「楽にしてよし!」を発動すれば、態度は銅像から人間へと変わるのだが、もちろん春雨ちゃんのフィールド魔法“威圧”を発動されているので、言うことを聞いてくれない。
「あ、あの!あなたは宍戸司令官とお付き合いしているのですか?」
「あ、はいっ!そうでーー」
「妹です」
「え」
「だから妹です」
「し、しかし、宍戸司令官の家族構成は祖父と父だけーー」
「妹です。な?春雨」
「え、あ、はい!……呼び捨てにされちゃったっ」
がっくり項垂れる報道陣は露骨に嫌な顔をしていたが、俺は春雨を妹だと突き通す。美味しいネタはそう簡単には釣れないということだ。
数度のインタビューの後は、案内役が要港部内部へと通す。案内する場所は限られた部分だけだが、艦娘や一般軍人らとの接触の機会は十分にあり、俺の秘蔵これくしょん流出事件が明るみになる可能性がある。
その点も踏まえて、予めみんなには口止めしておいたが、こればかりはどうなるか分からない。天に任せるしかない。