整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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どういう事ですか!?

 

 廊下を歩いている。

 大本営であり、横須賀鎮守府に近いのは言うまでもない。少なくても要港部からは遠い。

 俺が立ち寄る部署は陸軍省?空軍省?そんな毎日天井のシミしか数えていないような暇な部署には立ち寄らない。できればお茶でも飲み合ってリラックスしたいけど「なんだよ海藻クセぇのがよぉ?」とか言われたらブチ切れて、軍法会議となるので控えておく。

 

 白ペンキの壁と茶色の自然な木質塗装とインテリ系の頭脳が交差する海軍省の内部は、軍令部とは少し勝手が違う。来たことがない場所だが、比較的に分かりやすい構造なので迷うことはない。

 

「……おい、あれって例の士官じゃないか?」

 

「あの要港部の司令官か……若いのに凄いな」

 

「うわ、武辺者」

 

 行き交う士官……いや、言い換える必要はないが、あえて言い換えるなら文官や官僚連中の視線が痛い。お前らもすごく若い、は言い過ぎだけど、海軍省に務めることができるのはエリートだけなので、そっちのほうがすごいと思うぞ。

 随所プリンターの印刷音と会話の端から、耳障りな声もあれば、照れさせるような歓声もあったが、いずれも肩をしょげさせる。それでも胸を張りながら堂々と地面を踏み、廊下での敬礼を返す。

 

 早歩きで玄関から数分の経路。

 目の前にあるは、海軍大臣ノ部屋。

 大きく発声、ノック、そして了承を経て、

 いざ、中へ。

 

「失礼します斎藤長官。これはどういうことですかァ!?あと海軍大臣への就任おめでとうございますゥ!?」

 

 望んだことじゃないだろうが、社交辞令としておめでとうは言っておこう。

 

「正直に喜んだほうがいいのか微妙だが、一応ありがとう……どういう事と言われても、何に対して言ってるのかを言ってもらわなければ……」

 

「私の推測だと、昇進の件でしょう」

 

「あぁ、そのことか」

 

 斎藤大将と、何故かこの場にいる軍令部次長……じゃなくて、総長である大淀中将の御わす部屋は、彩色豊かなファンシーさがある。

 装飾品があちらこちらにあり、飾るには小さめの写真立てだが、しっかりと顔が認識できるぐらいの大きさに留めてある歴代の海軍大臣の肖像画が入り口の真上にズラリ。

 大小に分かれた机はどちらも豪華さを表す紺色が主体であり、カーテンで覆いかぶされた大ガラスと机の間には、日本海軍と日本国を象徴する国旗がバツ印に置かれていた。

 

 直接ここへ赴いた建前としては、要港部並びに横須賀鎮守府の……強いて言えば、統合される横須賀第三、第四鎮守府ーー第一と第二も統合されるので、実質的には第二鎮守府の蘇我提督がやる筈だった定時連絡の使いっパシリだが、本命はこれを聞くことである。

 

「海軍大佐などと……自分にはまだ荷が重すぎますよ!!?」

 

「しかし君は提督になりたいんだろう?なら少し早まっても、君としては願ったり叶ったりではないのかね?」

 

「そうですよ宍戸大佐……あ、昇進は一年後に持ち越しでしたねっ」

 

「大淀次長……じゃなくて、大淀総長。納得の行くご説明をお願いします」

 

「世間の声は高まってますよ?貴方を昇進させたほうがいいと……あれほどの武勲をお立てになった貴方なら、相応の待遇だと思いますけど?」

 

 どういうつもりだよォ総長オラァ?

 いくら日本人の唯一神である世間様が言ってようと、パッパと昇進させるような真似はできないだろがァ。

 

「そうです、だから一年待ってほしいんです」

 

 この人は超能力者かなにかかよ?出会ったときからずっと俺の思考回路を読んでるぜ?こんな能力が存在するんだったら海軍のトップに居てもおかしくないな。

 

「それに言ったはずですよ?前線では全員一階級昇進させると……理論的に考えて、前線に行った貴方もそれに含まれるはずですよ?」

 

 臨時昇進とは別、などとは聞いていません。

 斎藤長官も、は?って顔になってるし、紛れもなくこの昇進は大淀総長からの差金だろう。将官会議では、俺を昇進させる是非については語られなかったのか?一言返事なのか?あん?海軍大臣の元代理は何をやってたんだか……俺と大淀さんの間にある密約を大将に露見させないためにも、作戦での話題は控えた方がいいか。

 なぜこんなことをする必要があったのか、探りを入れる前に大淀総長が話してくれた。

 

「海軍内部でも有名ですよ?貴方は革新派の期待の先鋒だって……ふふふっ」

 

「「っ!?」」

 

 その瞬間、俺の脳裏には電流が駆け抜けた。

 斎藤大将の顔を見るに、俺と同じ思考が駆け巡ったらしい。俺と大将は顔を見合わせる。

 

 印象が極端なほど覚えやすく、扱いやすい。

 

 八丈島を素早く、客観的には簡単に取り返せた。

 つまり海外進出なんてのは容易に可能。

 それをやってのけた前線指揮官は俺だった。

 俺がいれば簡単に海外領域に進出できる。

 海外進出したいのは革新派。

 つまり奪還した前線指揮官の俺は革新派で、持ち上げて海外進出の糧にしたい。

 

 海外に進出する先駆けとなるヒーロー提督の誕生。と、一瞬で大まかだが、この理不尽な世界のラウンドアバウトが見えてきた。間違っていようが結果が良かったんだから、マジカルバナナ的にそう捉えられても仕方がない。

 

「……どうやら、理解したようですね」

 

「お、大淀総長!?君が宍戸中佐を推していた理由はそれかね!?」

 

「もちろんですッ!!彼にとっても悪いこととは思えません……我ら革新派には、モチベーションとなる新時代のロールモデル、シンボル!そう、シンボルが必要なんです!それも外面だけの提督ではなく、若く、勇敢で、そして実績と実力を兼ねた彼のような指導者を!」

 

 大淀中将が、メガネが落っこちそうになるほど過剰な動きで演説したため、俺と大将はドン引きしていた。流石に恥ずかしかったのか、指定の位置までテコテコと赤面しながら戻る。

 

「ふむ……君は彼をスタハノフにするつもりなのかね?」

 

「あ、はい!それです!」

 

 正にそれです!と笑顔で合点した。

 

 スタハノフってのは、ソビエトで有名なチート労働者……ここ説明するなら、人間プロパガンダである。

 彼が何をしたかと言えば、炭鉱採掘で普通のノルマの14倍を産出した事にある。これはすごいことだが、もちろんこれだけに留まらないのが、ここで名前が出た理由でもある。

 極端な話だが、国が彼を過剰に英雄へと祭り上げて「全員こいつを見習うべきだ!」と国民を促して生産性を上げようとした事件……通称、スタハノフ運動と言われ、共産主義なのに競争みたいになってるですけどそれは……と言うツッコミは置いておこう。

 彼にレーニン勲章、労働赤旗勲章などをメダルを授与させたり、最高会議の代議員にしたり、敬意として8月の最終日曜日を祝日にしたり、町が彼の名前に変わったりーー賛否両論はあるけど、個人の名前を上げることで国の方針をサポートし、彼個人としては酷いどころか名誉と待遇に愛された人生だった事には変わりない。たとえそれが利用されていたとしてもだ。

 中国ではそれに似た雷鋒という軍人がいるが、まぁどこの国でもこういう模範的でモラル、士気を上げる人は最低でも一人はいるもんだし、どこの国でもやってることさ。雷さんの場合は死んで英雄になったけど。

 

 と強がっているが、同時に理解した……大淀総長は俺を利用し、元帥を撃破して八丈島を攻略させるのもそうだが、最初からそれを偉業に仕立てあげて、革新派のロールモデルを作るつもりだったんだ。

 テレビで俺の昇進が名指しされたのも納得がいくし、なぜサクラみたいなのが俺の名前をあんなに叫んでたのかも納得いくぜ。鴨川要港部がテレビに出たとき、編集で良いイメージだけが映されたのもこの人の仕業だろうか?

 

 この世に英名を得た人間を世間様が扱う方法が2つのある。

 特に日本の場合はそうだが、出る釘を打って平らにするーー我が国の世間様はこれを形状が凹むまでやり続け、やってきたので、土台全体が固くなっているのは必定である。

 しかし、柔らかい新世代である大淀総長が編み出したのが、持ち上げて、昇華させて、最大限にそれを利用するという第二の方法である。

 

「と、言うことですよね大淀総長」

 

「いや、最初は蘇我提督が適任かと思ったのですが、予想以上に貴方の英名のほうが知れ渡っているので、貴方を使わせてもらいました。再度申し上げますが、これはあなたにとってはラッキーな事だと思いますよ?」

 

 つまり、あのDEALが行われた時点で、俺個人の勝敗は決していた。フ、流石は大淀総長。伊達に海軍の知恵袋とは言われてませんね。使えるものは最大限に使いやがる。

 もちろん、理論的に考えたら俺にとってはマイナスな事はない。ただ、俺の名前が利用されているというプライドの問題、そして早すぎる昇進によって受ける嫉妬の声さえ何とかすれば、俺の夢に一歩近づいた事となる。実役年齢なんてモノがあった時代と比べて、俺みたいな士官が生まれる事で従来の常識を打ち破るのだ。

 若い指導者の誕生だって、今では珍しくない。

 ヨーロッパでは貴族でもないのに三十後半で大統領になったり、若干30歳で首相になったりする時代だ。若さには経験不足が付き物だが、最終的にいい方向へと誘えば結果論として若者の登用が正当化される。

 

 それに利用されているなんて、海軍に入った時から既に士官として摂取されていたようなもんだし、この世界、何かしら利用して利用されて、利害が一致した場合なんて逆に友愛関係が生まれるんだぞ。そう自身に言い聞かせ、斎藤長官が一時の沈黙を破る。

 

「……大淀総長。私が海軍大臣を親任された以上は、この国が良き方向へと行く努力をする。しかし外部だけを見て、内部を疎かにするのは愚行である事ぐらいは、言わなくてもわかるな?」

 

「もちろんです!相変わらず慎重ですね……まぁ、とてもいいことなのですが」

 

 バァン!

 

「失礼します!大淀いますか!?」

 

「あ^〜!明石こっちだお〜!どうしたのぉ〜?」

 

「実はちょっとやりたいことがあって、軍令部と相談しなきゃいけないって聞いたから……」

 

「もちろんっ!私ならいつでも相談に乗るよォ!?ほらほら、いこぉ〜」

 

「うんっ!」

 

「「…………」」

 

 明石と大淀という、二人の中将の後ろ姿を見送り、扉の閉まる音と共に、斎藤長官が微かな唸り声を上げて10度ほど前かがみになった。

 大淀総長は多分、明石次官に会いに来たんだろうけど、友達とはいえ流石に長官の前でフランクすぎるのもどうかと思うのですが。

 

 置いてきぼりの俺たちはアホ顔でお互いを見つめあった。

 

「相変わらずだなあの二人は……」

 

「そうなのですか?」

 

「あぁ……ハァ……すまないね、このような事に巻き込んでしまって」

 

「いいえ!長官のご命令であれば、全力を持って身をなげうつ所存ッ」

 

「そう言ってくれると助かるよ……その長官から一つ頼ごとがあるんだが、いいかな?」

 

「ハッ!何なりとお申し付けください!!」

 

「昇進させるのは……たしか、一年後だったかな?その理由は分かるかい?」

 

 組んだ手に顎を寝かせながら、海軍大臣はなぜ俺の昇進が一年後なのかという質問を投げかけてきた。人を試しているようなその鋭い瞳は、僅かながら申し訳なさそうに見えた。

 

「自分は過分な階級を、ささやかな申しようながら、かなり最近に昇進を受けた身です。おいそれと一つ飛ばしのように進級を受けるわけには……」

 

「君はそれを作戦時の一時的な昇進だと思ってたらしいね」

 

 大淀中将がそう言ったんだよォ!?

 内定だと思ってたから戦時だろうがなんだろうが関係ないと勘違いしてたが、とんだ落とし穴だ。背中を椅子に寝かせながら、長官は足を組んだ。

 

「確かにそうだね。でも、もう一つ理由があるんだ……その間、君には今の階級のまま、色々なところで経験を積んでほしいんだ」

 

「な、なるほど。急な昇進を周りに納得させる程の武勲を立ててからでないと、諸提督や士官らの面子が立たぬと……」

 

「それもあるのだけどね。君には何れ、建設中の長崎警備府の提督となってほしいんだ。そのための研修と思ってくれていい」

 

「……ん?」

 

 長崎警備府の提督……?

 政府が作戦成功と共に発表した海外進出……過激に言えば東亜開放をするとすれば、絶対にその先鋒と主力は佐世保鎮守府を中心に活躍するだろう。長崎警備府は、警備府とはなばかりな攻撃拠点となるのは当り前なことで……つまり。

 

「つまり……自分に、海外侵攻の先駆けとして艦隊を指揮しろと?」

 

「そういうことになるね」

 

 え。

 

「そんな不動明王のような顔をしないでくれ……今や我々の勢いは鎮まる所を知らない。私が退いたところで、革新派は歩みを止めないだろう。だからせめて、人事面だけでも、私が上手くやらなくてはならないんだ」

 

 使命感に満ちた表情に、迷いはなかった。

 長官は、そもそも保守派さえいなければ革新派のリーダーとして活躍していたかも知れない。大きな対立を呼ぶのなら、現状維持のままにしたい……それは逆を言えば、対立者がいなければ自分が信じている信念、思想を貫こうとする。

 今はおとなしいが、いつ爆発するかもわからない保守派の連中を食い止める方法は、海軍上層部を自分のドリームチームで固めて抑制するか、ある程度譲歩して共に歩みを進めるべきかしかない。

 近々選挙もあるし、八丈島奪還を現政権が成し遂げたとはいえ、もしも海軍支持派とかいう軍事力頼みの好戦タカ派政党が政権中枢を握るような事があれば、海軍は事実上国を振り回せる……正に軍国!

 独裁政権や軍閥化は流石にないとは思うけど、死んだ政治家たちの後埋めとして登場している有能な若き政治家たちには、理性的な程度に保守的でいてほしい。どちらにしろ俺がどうこうできる問題じゃないので、天に任せます。

 

「分かりました……しかし自分の要港部は」

 

「君の部下たちなら心配はない。私は一応、海軍大臣を陛下より親任された身だ。異動させて欲しいのなら、力の限りを尽くそう……君の部下も、君の下にいる方が真価を発揮するようだしね。それが事実である以上は、やらざるを得ない」

 

「ありがとうございます」

 

 でもまだ心配は尽きない。

 この人だって、鴨川要港部全員を異動させるわけじゃないし、精々俺が指揮した6人を持っていく程度だと思うんだけど、6人以外の全員も色々と濃いからな……新しく着任する提督がどういう対応をされるか、楽しみだな。

 あとあそこは東京に近いから注意してほしい、深海棲艦まじで襲ってきたりするから。

 

「建設中の長崎警備府への異動は何時になるのでしょうか?」

 

「一年後だよ」

 

 ……?

 

「建設終了予定日は」

 

「一年後だよ」

 

「自分の昇進は」

 

「一年後だ」

 

 なるほど。

 つまりは、すべて、計画の内、ってことッスね?

 

 クソォ!!ハメられたァ!!ここまでの経由を考えればどのみち避けられなかったんだが、俺はこの日本海軍改め、新生大日本ベリコース海軍イチの海上指揮官となるのか。白露さんが聞いたら「私のほうがいっちばーん!になりたかったのにぃ!」と地団駄を踏むだろう。それを言われた場合、海軍イチの駆逐艦と、お世辞にも聞こえるがそれで納得してもらおう。

 

 再三言うが、どちらにしろ異動そのものは避けられないし、警備府でどんな命令を受けようとも、法律憲法にでも触れない限り、無条件で従うのが道理である。

 

 もう少しあの要港部にいれると思ったけど、予想以上に早かった。

 

「身勝手ながら、鴨川からの異動は何時になるのかをお尋ねしてもよろしいでしょうか?先程の口ぶりからすると、異動の件そのものは一年を待たないと推測しますが……」

 

「よく気づいたね。一ヶ月後に舞鶴第一鎮守府の参謀として着任させる予定なんだが……」

 

 予想の斜め上を行って早かった。

 第一鎮守府の参謀か……まぁ、悪くはないかも。

 

「了解しました、ありがとうございます斎藤長官!それでは、自分はこれで……」

 

「あ、ちょっとまってくれ!ついでにもう一つ、個人的な頼み事をしてもいいかな?」

 

 これ以上俺に何をさせるつもりだこのオッサン!?

 

「自分にできることがあれば、何なりとお申し付け下さい!!」

 

「……その、本当に個人的なことなのだが……すまない、私としたことが、口ごもってしまった」

 

「い、いいえ……」

 

 何を緊張する必要があるんですか?

 さっさと全部吐き散らかして俺を苦しめてくださいよォ!

 

「是非、私の子と、お見合いをしてはくれないかな?」

 

「……え♂」

 

 バットを打ち付けられたような衝撃が、俺の脳内を揺さぶった。彼が言う子……つまりは子供、つまりは俺の同僚、同胞にしてあのイケメンメガネ、斎藤中佐の事か。

 つまりは……そういうことですかね♂。

 

 お見合いネタはもうやったぞ。

 

 


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