整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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お見合い(ガチ)3

「ぱ、パパぁ〜!ハァ……ハァ……ちょっと……待ってってばぁ!」

 

「す、すまない古鷹、少し早かったか……」

 

「「「そ、蘇我提督!?」」」

 

 お見合い料亭にて、その場にいた全員が驚きの表情を隠せないでいた。何故なら、突然俺の上司が乗り込んできたのだから、無理もないだろう。

 古鷹は走ってきたのか、息を整えている。

 

「そ、蘇我提督……どうしてここに?」

 

「ご聡明な斎藤長官ならば、この私と同じことをお考えになられているかと思いまして……不躾ながら、乗り込ませて頂きました」

 

 提督、お見合いの場に第三者が乗り込むのはガチで不躾です。提督はかなり直球なところがあり、しばしば考えたことと口に出す言葉が直結していることが多いが、それが逆に指揮と命令を簡潔にしており、更にそのサッパリとした人柄もあり、司令官としては理想的である。

 古鷹の妹である加古も、その性質を受けているのではないかと思った。

 

「斎藤長官……宍戸は小官の部下であり、小官にも娘がいる事をお忘れなきよう」

 

「……なるほど」

 

 二人の間に火花が散った。

 

「宍戸ォ!古鷹を嫁にしてくれェ!」

 

「……え?」

 

「な、なななななに言ってるのパパぁっ!!!」

 

「でも今を逃せば親潮くんと結婚してしまうぞ?それでもいいのか?」

 

「っ!!んっ……で、でも、その、あの、その……っ!」

 

 古鷹は手を無造作に振りながら、バグったかと思うぐらい首を横に振っている。落ち着いた時には、顔をぷしゅーっと赤く染め、うつむきながらこちらを上目遣いで見上げてくる。

 もじもじさせながら形のいい胸が細い二の腕に押しつぶされ、はみ出してしまっているところは、まさにおっぱい。

 

 古鷹が嫁に行くどころか彼氏を作ることすら嫌っていた蘇我提督。一体どんな風の吹きまわしで俺と結婚なんて……俺個人としては、古鷹永久独身政策には賛成だったのに。大天使フルタカエルは不滅の生娘として君臨するべきなのでな。

 

「ふむ、では蘇我提督の娘さんと私の娘……どちらが彼と結婚するか、当事者である彼に決断してもらうのは、如何でしょう?」

 

「!?」

 

 横暴すぎる。

 斎藤長官も俺を親族にしたいらしいけど、蘇我提督も同じ思惑なのか……この調子だと、全国の提督の娘さんと結婚させられるかもな、ハハハ。

 いや、全然嬉しくねぇよ?モテてる相手って娘さんからじゃなくて、提督たちみたいなオッサンからじゃないかッ!いい加減にしろ!

 

 俺は、これまた当事者である古鷹と親潮に救援シグナルを送るが、何故か応えてくれない。これはつまり、この二人ならどっちがいいのかという意見を、俺の口から聞きたがっているということとなる。

 どんな状況下でも優劣を付けたいのは、女性の性だとでもいうのか?こんな状況で、しかも俺みたいな男の意見だぞ……?

 羽黒さんは……あまり知らないから、斎藤中佐にシグナルを送ってみた。同期なんだ、助けてくれるよな我がライバルよ。

 

「……確かに親潮や古鷹とどちらが好みなのか、興味が湧きますね」

 

 は?殺すぞクソ眼鏡。

 

「なにを言ってるんだ?妹が宍戸と結婚できなくてもいいのか?」

 

「確かに応えられないと言われるのは耐え難いものです。かと言って、嘘をついてまで問いに答える必要はないと思います……虚言による愛は、言い終えたあとは、ただただ虚しいだけです」

 

「「……なるほど」」

 

 流石は七光り眼鏡!ポエムみたい!

 要はその気がなくて、嘘つくぐらいだったら二人共フッてしまえということなんだろうけど。

 

「「ではどちらを選ぶんだ?」」

 

 結局選択を迫られる。

 親潮と古鷹を……特に古鷹、突然連れてこられたにも関わらず、いきなり結婚相手を確定される身になっているそこの古鷹。何も感じないのか?何も反論しないのか?超プライベートで個人的な事を親が決める時代は現代の中東周辺国家でもありえないと言ってやらんのか?

 古鷹も反論するときは反論する娘だと分かっているが、熱を帯びた瞳は親への反論よりも俺の答えを聞きたがっている様子だ。親潮にもHELP!と目線を送るが、古鷹と同じく俺自身の答えを聞きたがっている様子だ。三者、わずか3秒間程度みつめ合っただけで、会話よりも早く確実な意思疎通を可能としたところで、俺の脳内は滞る。

 

「「宍戸!」」

 

 大将、中将が詰め寄ってくる。

 ダンディーナイスミドルな長官と、相変わらず屈強で歳の割にテカテカしたボディービルダー顔負けの上腕二頭筋な中将。こんな二人に詰め寄られるなんて、イケメンCEO社長系のネット小説でもない展開だぞ?

 一度、誰かこの言い寄られてみてくれ。

 気絶もんやで?

 

「ちょ、ちょっと待ってください!なに勝手に話をすすめてるんですかぁ!」

 

「司令が困ってます!下がってください!」

 

 両手を押し出すように、自分たちの親を牽制した。

 

「わたしの結婚とパパは関係ないじゃないですかぁ!」

 

「そうです!司令にはお相手を選ぶ自由があるはずです!」

 

「「し、しかしな……」」

 

「「しかしもへったくれもありませんっ!!!」

 

 驚いた顔で一歩引いた二人のおっさんはこう見えても英雄的な提督であり、お偉いさんとして海軍の上層部を指揮する立場にあるのだが、この通り娘の前ではただの父親らしい。

 

「そ、それで司令は、親潮と古鷹さん、どちらいいのですか!?」

 

 助けてもらって間一髪助かったと思ったら、二人はこちらに振り向いて父親たちの愚行を繰り返している。

 

「な、ちょ、待って!だいたい古鷹は今回のお見合いとは関係ないじゃん!なんで俺の意見なんて知りたがるの!?」

 

「そ、それは……さ、察してください!!」

 

 そんなこと言われたら選ぶか振るしかないだろボケェ!?俺は自分で選択するのが一番嫌いなんだよォ!!もうやばい、ドンドン接近してくる二人を、俺は牽制なんてできない。

 いつもながらクソ真面目そうな眼差しは真剣そのものである親潮と、つぶらな瞳で見上げてくる古鷹。息を飲み込む……どちらにしても幸せな人生が待っているんだ、何を躊躇する必要があるのか?

 

 と、俺が半ば自分のプライドだのなんだのを諦めようとしていた、そのときだった。

 

 かなり近くだと思われるが、突然バァーン!と爆破音がした。方角にして繁華街だ。

 

「な、なにごとですか!?まさか深海棲艦!?」

 

「い、いや、そのような報告があれば私の方に来るはずだが……」

 

「そ、そんな事より司令です!……って、あれ?」

 

「き、消えちゃった……?」

 

 

 

 消えたわけじゃない、床下にいる。

 爆音と共にみんなの視線が俺から離れ、その隙を狙ったかのように引きずりこまれた。ジメジメした空間への突然の誘いは頭を強く打ちそうだったが、身体に当たったような柔らかい感触がそれを防いでくれた。

 

「ぷっぷっぷー!宍戸すごい事になってたぴょん!」

 

「う、卯月!?ど、どうしてここに……」

 

「説明は不要ぴょん!ここから12時方向に行けば、玄関まで一直線ぴょん」

 

「おい卯月ィ……おりゃ別に助けてほしかったわけじゃ……」

 

「本当ぴょん?」

 

 旧知の同僚の目は、すべてを見透かしているような鋭い瞳だったが、それと同時に感じる駆逐艦卯月というなのトリックスターの眼光。

 卯月の本性は、もちろん業務では出さないが、プライベートではとことんイジったり騙したりして楽しんでる悪戯っ子なイメージだ。

 

 ここで逃げることによって成る面白そうな展開というなの”エンターテインメント”を期待を膨らませているんだろうが……いや、今の俺には逃げるか答えるかの選択肢しかないんだ。

 

『たぶん司令は、あの爆破の真相を確かめるために急遽走っていったに違いありません!』

 

『軍事行動といい個人の素早さといい……流石は宍戸だ!”疾風の宍戸”と呼ぶに相応しい人物ですなぁ!尚の事欲しくなりましたぞ!』

 

 その二つ名やめろ。

 あと欲しくなるとか……ウッ♂。

 

 勘違いに助けられて建物を退出していくみんなの足音が頭上から聞こえた。

 

「どうするぴょん?うーちゃんがいうのもアレだけど、今回のうーちゃんの忠告は聞いたほうがいいと思うぴょん!」

 

「二人を選びつもりがないんだったらってこと?」

 

「そうぴょん!副班長には色々とお世話になったぴょん!だから、個人的にも今はお礼がしたいんだぴょん」

 

「卯月……ありがとう」

 

 すぐに卯月を背にして玄関に向かった。後ろから聞こえた「頑張れっ」という声が俺の心に火を付けたが、この頑張れという言葉の真意は「頑張って面白い展開にしてこい」という意味だったのを知ったのはずっと後のことになる。

 

 繁華街。

 

 人が一帯を囲むぐらい大騒ぎになっているが、それ故に親潮たちは俺の存在には気づかない。親潮たちへの気持ちに応えるのを逃げるとは言うが、勘違いを勘違いのままにしておかないのが、俺の流儀なのだ。いい勘違いは真理、真実にしてこそ漢の勲章が上がるというものなんだ。

 だから繁華街での爆音の原因を突き止めようとする努力を見せる必要があるんだが……生憎、原因は人が囲む中にあるのが常識である。

 

「MeeeeのChickenッッッ!!!なんで取るのよォォォ!!!」

 

「Weil es so aussieht, als würden Sie zu spät kommen, weil Sie sich verlaufen haben!Dummer Amerikaner(お前がはぐれたせいで遅れそうになってるからだろうがァ!!単細胞アメリカ人ガァ!!)」

 

「This is **cken Japan so speak English Cock sucker!!(ここは日本だぞ英語喋れクソアマガァア!!)」

 

 あの……日本なので、日本語喋ってくれませんかね?

 まさに晴天の霹靂とはこのことか、あの外国人鎮守府……いや、泊地の艦娘であるビスマルクさんとアイオワさんが外国人喧嘩動画のように罵り合っている。親潮たちの手前なので見逃せないが、この人達を牽制できるのはあのあまり有能ではない提督である荒木大佐しかいない。

 

「ふ、ふたりともやめてくださぁーいっ!」

 

「そうかも!みんな迷惑してるかも!下がるかも!」

 

「「外野はァ黙ってろォ!!!」」

 

 そしてなぜかいる大鯨さんと秋津洲さんの説得も虚しく、取っ組み合いが膠着状態のまま続行する。

 野次馬の中にはスマホを取り出す者が多く、現代社会が誇る”面倒事には口を突っ込まないけど、動画だけは撮って帰ってネットで晒す”という醜悪かつ卑劣で無責任なゴミ文化、あるいはカス的集合的クズ的無意識を行う者が多い。

 それを牽制するよりは喧嘩をいち早く止めたほうがいいんだが、同じく野次馬の中で身を霞ませる海軍三長官の一人がいる中、喧嘩を鎮めることができるはずだが、生憎出ていかないのは俺にこれを静めろという意味だろうか?なんという無茶振り。

 Chickenってことは、あのコンビニのチキンを食ってたのか?あれは旨いから取り上げられるのは確かに痛いしムカつくだろう。仲直りの印として持っていくため、近くにあったコンビニに入り、チキンを8個分買い、お釣りは入りませんとイケメンフェイスで女性店員にウィンクしたところを戻ってきて二人の中に割って入る。

 

 この間、わずか30秒。

 

「その喧嘩、少し待ってはくれないか!?」

 

「「し、シシード!?」」

「「宍戸さん(かも)!?」」

 

「ここにあるフ○ミチキ……これで喧嘩は手打ちにしてくれませんかねぇ!?ここ人が入り組む場所なんですげー迷惑なんですよォ!ホントマジで頼みます!!PLEASE IOWA BISMARK!荒木大佐も泣いてますよォ!?」

 

「「あ、荒木大佐ってどっちの……」」

 

「あんたたちの上司の方に決まってンだろうがァァァ!!!」

 

「「は、はいぃぃぃ!!!」」

 

 仲裁され事件が終わると蜘蛛の子を散らすように散開していく野次馬共の中から親潮たちが現れた。

 蘇我提督は、うんうん!と首を振りながら、やはり古鷹が嫁に行くなら宍戸以外ありえない!と言ってきた。

 

「ありがとうかも宍戸中佐!なんでここにいるかわからないけど、とにかく助かったかも!」

 

「ハハハ、いいってことですよ秋津洲さん、大鯨さん。それよりも、あそこの二人も含めて、どこへ行くつもりだったんですか?」

 

「だ、大本営ですぅ!皆さん全員、大本営に向かうとちゅうだったんですがぁ……」

 

「では早急に向かってください。その間、このチキンを二人に渡しながら向かってくださいね?そうすれば、暴れることはないでしょうから」

 

 本当はタクシー二台分呼べば済む話なんだが、それをすると後の二人の関係に影響が出るんじゃないかという、ある種の固定概念が、四人での同行を提案させた。幸いにも全員同じ方向なんだし。

 手を振りながら大本営に向かう秋津洲さんは俺の指示通りにビスマルクの手を握り、同じく大鯨さんもアイオワさんと腕を組んでいる。一見すればレズカップルたちのダブルデートにも見えなくはないが、そんなことはさっきここで起こった外国艦暴走事件に比べれば些細なもので、アレが長引けば絶対に海軍の威信を落としていたところだろう。

 帰ったら二度とやらないようにあの荒木大佐に釘を刺しておかないとな。

 

「さ、流石です司令!あんな怖い人たちを一瞬で鎮めるなんて!」

 

「いや、あの人達は俺の知り合いだったからさ、偶々扱い方を知っていただけで、俺がすごいとかじゃないよ」

 

「謙遜することはないよ。流石は宍戸中佐だね。これはもう……ね」

 

 相変わらず親潮との縁談を視線と空気で勧めてくる長官。

 蘇我提督も、上着を脱いでいるせいか露出している大胸筋をピクピクさせながら俺へアピールしてくる。いや、それ意味ないから。古鷹の魅力と提督の筋肉は全く関係ないことを、提督は理解しているのだろうか?

 せっかく卯月が、問題をスムーズに回避してお見合い話をウヤムヤにする機会を与えてくれたっていうのに、また振り出しに戻ってしまった。

 

 なにか彼らの視線を逸らせるものはないのだろうか?

 

 ……ん?

 

「またドローン……?」

 

 人々の目を奪ったのは、かなり正確かつロボット的な動きをするドローンの姿である。

 機会的で、人によって動かされてないような鋭い前進、後退、そして空中停止を繰り返すのはトンボにも似ているが、それが行き交う住人へ安心感を与えたのか、通報する者はいなかった。

 かといって視線を奪わないわけではなく、ドローンのカメラがこちらを見続けているとなれば、自然と注目は俺たちの集まる。

 

 ドローンが飛んでいる方向から、先程とは違う四人が走ってきた。

 

「鈴熊!?」

 

「ハァ……ハァ……!!さ、探したよ宍戸っち!!」

 

「いきなりいなくなるかと思えば……ハァ……ハァ……やはりこちらに来ていらしたのですね……!?」

 

 突然すぎる鈴熊の登場に、俺を含めたみんなは唖然とした顔を隠せずにいる。

 後ろからせっせと走ってきたのは那智司令官と結城……結城からは進級の為に大本営に向かうと言われていたので東京にいることは知っていた。だから大方、鈴熊と合流してたまたま居合わせただけってシナリオは容易に想像できるけど……何故かここにいる鈴谷の手には、あのドローンを動かしていると思われるリモコンがガッシリと握られていた。

 

「宍戸っち大本営行くとか言って親潮とお見合いしてんじゃん!!なにしてんの!?」

 

「い、いやこれは……っていうか、なんでお見合いしてるって知ってんだよ!?俺が大本営行くとか普通だろ!?なんで今日だけェ!?」

 

「村雨さんが教えてくれたのですわ!」

 

 む、村雨ちゃんが……っていうことは。

 

「村雨ちゃんがここにいる……ってこと?」

 

「そうだけど!そんな事よりなんで親潮とお見合いしてんの!?説明してよ!?」

 

「とおおぉぉぉおおおうおうおう!!!」

 

「お、お前たちには関係ないだろ!いい加減にしろ!」

 

「うぅ〜そういっていじわるいうぅ〜っ!!!」

 

 さながら子供のようにほっぺをプクッと膨らませて地団駄を踏む鈴谷。熊野は奇声の割には一見して冷静さを保っている。

 俺を見ながら激おこする鈴谷たちとは違い、那智さんや結城は自分らの新上司である蘇我提督と斎藤長官に慌てて敬礼する。まさかいるとは思わなかったと言わんばかりの表情だが、それはこちらとて同じことよ。

 

『え、アレってテレビに出てた宍戸さんじゃない!?ちょ、メイクメイク……』

 

『え、海軍の!?ヤバ!まだ若いのに、うわ、ヤバ濡れてきたんですけどグフフフッ!』

 

『あそこにいるのは一緒に戦った鈴谷さん!?ドスケベ艦娘の鈴谷さんじゃん!!俺の股間にサインほジィぃぃぃ!!!』

 

 

 

「鈴谷ァ!!テメェがうるさくするから目立っちまったじゃねぇかオォ!?どう落とし前つけてくれるつもりだアァ!?」

 

「え、だ……だって、宍戸っちが鈴谷に内緒でどっかいっちゃうんだもん……っ!んんっ……!!」

 

「う……」

 

 ウルウルした瞳が鈴谷の口をへの字にしてる。

 今にも泣きそうな顔であり、そんな顔にさせた俺を隣にいる熊野は般若の形相を浮かべている。

 熊野は初めて右拳を握り締めたその瞬間、炸裂するは──くまのんFIST。縮地を使うことで詰められる一瞬の距離とその助走により、俺のアゴは粉砕されること間違いないだろう。

 

 俺は、静かに目を閉じた。

 

 

 

「熊野、もういいよ」

 

「「「し、時雨!?」」」

 

 熊野昇竜拳が首に当たる前に、時雨が肩を叩いて止めてくれた。

 その後ろをズラズラと移動してくるのは、白露軍団ーーついに彼女たちまでもが、この繁華街に姿を現したのだ。さながら映画のラストシーンか、あるいはクライマックスで全員集合するアレか……ここの街の歴史は知らないけど、歴史上トップ10に入るほど異様な光景なのは確かである。

 これほど多くの司令官や海軍軍人が集まる……しかも、海軍の中心人物らや、現在話題沸騰中の俺たちなどが一箇所に集結するのは、もはやフラッシュモブ。

 

「宍戸くん……お見合いしてたことをとやかく言うつもりはないよ。鈴谷を泣かせようとしたのは許せないけど、君の自由だしね」

 

「ひぐっ……ないてないっ!!」

 

 鼻を赤くしてても説得皆無なんですけど。

 それに引き換え、村雨春雨ちゃんはガチで怒ってる感じがオーラからわかる。蜃気楼……っていうの?なんか禍々しいのが見えるんだよね。

 着てる服、ブラウスとかエロッ。

 

「え、宍戸くんってホモじゃなかったの!?綾波から聞いててっきりそうかと思ったんだけど……」

 

「白露さん、公表の場でそれ言わないでください一言一言がガチでSNSに載る時代ですからお願いしますッッッ」

 

「ご、ごめん……」

 

 野次馬がドンドン集まる中で、ぶち壊してやりたいスマホを天に掲げ、今のところ綺麗に纏まっている海軍の醜態を世界に晒そうとして奴らと、娘を結婚させたがってる親父たちの手前、予想外に冷静さのある時雨がハンドサインを出してきた。

 俺と時雨しか知らないハンドサインは、至ってシンプルに纏められていた。

 

 ここで 答えろ

 

 時雨はそうとだけ言って、俺に全てを託した。

 それは長年の友人の門出を見つめる目であり、時雨の瞳には「いま応えた方がいいと思う」という念がギシギシと伝わってきた。

 野次馬の中から卯月……そして何故か長月や如月までいるが、もちろん那智さんたちや古鷹たちも俺に視線を集中させ、どっしりとしたプレッシャーが重くのしかかる。

 

「お兄さん……」

 

 春雨ちゃんが今度は不安げな表情を見せる。

 俺は決断をする時が来たのだ……人生で一世一代の、大きな決断を。日本人の三分の一、アメリカ人の半分が離婚してるこの世界、結婚しても合わなかったら離婚すれば〜?なんていうディストピアが生まれつつある人間社会の中で、俺は清く真っ当な人生を歩んでいきたいと思っている。

 つまり一度結婚したら二度目はない事になるが、どちらを選んでも、俺の人生は薔薇色となるだろう。無論バラとはソッチの意味ではなく、華やかとなるだろうという意味だ。

 

 結城が小声で「適当に選んで今からホテルに行くぐらいの事できねぇのかよ」と囁いた瞬間、那智さんの平手打ちがペシッ!っと聞こえた。

 誰に告白するか……という究極の選択肢に対して、古鷹と親潮という大変選びにくい選択肢を迫られているワケだが、二人のあの妖艶……いや、愛らしい困り顔を見せられたら、どちらかを振るなんてできない。これが俺の弱みというわけか。

 文句を言えば、そもそも野次馬が多すぎるし、視線が邪魔ァ!「なに?フラッシュモブ?」「海軍のフラッシュモブとか初めて見たスゲぇ!」「オトコトオンナノシュラバァ……」と、何かのストリートパフォーマンスだと思われているのは大変結構な事だ。これで海軍がお見合い騒動程度で動くような間抜けな集団だと勘違いされないで済む。

 

 辺りを見渡せば360度人であり、提督と長官は神妙な面立ちでこちらを見つめている……この民衆の面前、覚悟を決めろということか。

 

 脚が竦んだ。

 息が整わない。

 うまく言葉を整理できない。

 

 そういう状況に陥った経験は誰にでもあるだろうが、俺ほど苛烈な状況下に置かれた人間は知らない。

 単純なステータスで選ぶのは論外。

 かといって気持ちで選べとは言っても、どちらも素敵な女性であるーー無理に答えを出すのは、中佐が言ったとおり彼女たちへの無礼である。

 

 そんな時、ポケットの中の小人が俺を引っぱる。

 

「っ!っ!」

 

 整備服の妖精さんがこちらを覗いていた。

 気づかなかったが、ずっと俺の側にいたのか?なんの用だ妖精さん、俺は今角砂糖なんて持ってないぞ?

 しかし、他に伝えたい事があるらしい。

 妖精さんのハンドシグナル……時雨のと類似するが、今出しているように、三、編む、などの手話を混ぜた直球的なサインが多いのが特徴である。囲まれている図ーーこの距離からだと、俺としか意思疎通のできない妖精さんが、俺になにか言っている。

 つまりこれは……普段真面目で、絶対に失敗するような事を言わない妖精さん、いや、妖精様からの啓示!?解読するに、こう言っている。

 

 ”三つ目、編む、抱きつく”

 

 3つ目、編む……つまりは、三つ編みってことか?

 

 ……俺は何も学んでいなかったんだ。

 

 世の中は常に二択ではない。三番目の選択肢がいつもあるということを、決断の積み重ねで俺は学んでいたはずなのに。

 ポケットの中から突き出てる頭を軽く撫でた。

 

 妖精さん、俺、妖精さんを信じるよ。

 アナタが……いや、貴方様の言うことが、多分正しいはずだと、俺は思います。スピリチュアルな存在として君臨し続けるフワフワの魂が言う事に、間違いなんてない。

 

 俺は、ついに一歩踏み出した。

 

「……すいません、長か……いいえ、親潮さん、古鷹さん。今の俺には、あなた方との縁談を進める資格はありません」

 

「「え……」」

 

「何故なら……俺は……ここにいる時雨と、清きお付き合いをしているからです」

 

「「「ッ!?」」」

 

「「「おおおおおおお!!!」」」

 

 その瞬間、繁華街の中で素性を知らない住人はオメデタ歓喜の声を上げ、海軍内の人間には絶対零度の衝撃が襲う。今日も太陽が眩しく射し込む中でも、屋根に隠された地面の陰は静けさと冷たさが囁いている……どんな状況にも、裏と表がある、そういうわけだ。

 

 ”付き合っている”当の本人は、一瞬だけポカンとした顔で俺を見つめ、俺が見つめ直すと、一気に顔が火照り上がり、目を大きく瞬きさせながら見開いた。

 

「な、なな、なな、な……っ!」

 

 突然のこと過ぎてと言わんばかりに、言語感覚を失っている時雨。

 

「し、しかし付き合っているという情報は聞いてないぞ!」

 

 むしろ何処から情報仕入れてくるんですか長官……その情報収集能力と処理能力もっといい事に使いましょうよ……。 

 

「すいません……ずっと、隠していたんです」

 

「……まぁ、確かにそう言われたら納得がいくか……斎藤ちょ……ではなく、斎藤さん。どうやら、彼らは本当にカップルのようです。元上司である私としたことが、とんだ早とちりだったようですな……ハッハッハ!!」

 

 蘇我提督は俺たちが同期である事を知っている。

 その頃からの付き合いとして、今もこうして一緒にいる以上、実は付き合っていましたと言われても納得がいくんだろう。いい具合に納得してくれたのか、すでに提督は諦めている。

 

「そ、そうだったんですね……き、き、きききキキキ、気が付いませんでした……っ」

 

「司令と……時雨さんが……」

 

「案ずることはないよ二人とも。宍戸中佐と時雨中尉は、付き合っているだけだからね。つまりは、結婚まで至っていないということだ」

 

「そ、そうですけどぉ……!」

 

 古鷹は顔に絶望的な表情を浮かべて俯き、親潮は今にも泣きそうな顔で父親にすがる。

 

「宍戸中佐、時雨中尉、君たちの仲を引き裂こうなどとは思わず、これからも良き仲である事を祈っている……もしも”何か”あれば、いつでも”相談に乗る”からね……行くよ、親潮、真」

 

「は、はい!」

「はい、父上」

 

 颯爽と去る長官らの荷物を持つ羽黒さんが急いで後を追いかける。相談に乗る……とは、つまり時雨とトラブルがあれば、いつでも代わりとして娘を嫁がせてやるという意味なのだろうか?

 

「……宍戸ォ!」

 

「は、はいぃぃ!!」

 

「……待ってるぞッ」

 

「あ、ま、待ってパパぁ!」

 

 続いて、長官と同じく大本営の方角へ去っていく蘇我提督と、無理やり連れてこられた感が半端ない古鷹、そしてハッ!っと用事を思い出したかのように一緒に大本営へと向かう那智さんと結城。

 海軍士官で行われたゲリラストリートミュージカルは、野次馬共の散開と共に幕を下ろす。

 

 き、切り抜けられた……俺は、またもや運良く……いやそれ以上に、妖精さんの助けもあって、危機的状況をかいくぐったんだ。やっぱり妖精さんの言うことは正しい。

 

 野次馬の中には、JaFGのタクヤ……そして俺の肉棒に入れられる前から平伏していた田中くんの姿もあった。タクヤさンはフッ……と一笑したところで、二人一緒に怪しげなバーへと脚を踏み入れていった。あそこなんだろ?ゲイバー?

 

 残った白露姉妹が時雨に事の真相を問い正すためワッセワッセと詰め寄っている。

 

「ど、どういうことなのかしらァ!?う、嘘よねっ!?内緒で宍戸さんと付き合っていたとか!?う、う、う、う……」

 

「村雨言葉詰まってるよ!?う、お、お姉ちゃんも流石にこれはいっちばーん驚いたかも……人生でいっちばーん……」

 

「宍戸っちとシグシグが……宍戸っちとシグシグが……っ!」

 

「……あ、申し訳ありませんわっ……すこしめまいが」

 

「時雨ネエサンドウイウコトデスカ、オニイサンドウイウコトデスカ」

 

「……う」

 

 時雨は顔を隠しながら誰の顔を見ようともせずに、皆からの言葉をシャットアウトしている。

 

 殴られる覚悟で、俺は更に一方近づいた。

 見下ろせば時雨の艶のある髪から漂うシャンプーの香りがくすめるぐらい、近距離まで。

 姉妹たちは、真剣な眼差しで歩み寄る漢の空気に入ってこれそうもなく、ただただ一歩下がって、作られた重い沈黙を、誰かが破るのを待っていたのだ。それを実行したのが、以外にも時雨だった。

 

「……ぼ」

 

「ん?」

 

「ぼくたち……付き合ってた……の?」

 

 綺麗な三つ編みを両手で支えるように持ちながら、これまでにないほど熱を帯びた瞳が目の前の男を見上げていた。雪のように白い肌の皮膚の下は血色のいい紅色で染め上げられている。

 鼻にまで赤みを付けた時雨の乙女な表情は、普段見る彼女の顔を少し違い、世の男性の心拍数を無条件に上げるものだった。

 潤んだ眼が、問への答えを求めてきているーー時雨って、こんなに可愛かったっけ?

 

「ごめんな時雨……いきなりウソ言ってさ」

 

「い、いや、別にいいよ……って、え?」

 

 村雨ちゃんたちも、へ?って顔で俺の口から放たれる次の言葉を待っている。

 

「いや〜時雨が来たときはすげぇビビったけどさ!よくよく考えれば時雨が俺と付き合ってる設定にすればお見合い断れんじゃね?って思ってさ!?すげー作戦しょ!?」

 

「「「……は?」」」

 

「でもごめんな時雨、お前の彼氏スポット取っちゃって。今からパフェでも奢るからさ、それで許し……アレ?時雨」

 

「〜〜〜っ!!!」

 

 

 

 パッシーンッ!!!

 

 

 

 涙目で平手打ちされたの、初めてかもしれない。

 

 


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