整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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お見合い(ガチ)4

 

「なぁ時雨!機嫌直して?ね?ほーら、ぞーさんですよー。あれれ、なんかぞーさんの先っぽから出てきちゃった。うん、これはカロリーの詰まったあまーいあまーい白いミルクの塊……って、ただのミルクキャンディーやないかーい!」

 

「…………」

 

 今世紀最低級の下ネタにもそっぽ向いたまま、俺の隣をじっと歩く時雨。

 顔はみえないが、ぷっくりと膨らませたほっぺは、華奢な後ろ姿からでも見える。

 俺たちの後ろを歩く村雨ちゃんたちの誰もが声をかけられない状態の時雨。つまり、かなり怒っているということだ。自分が逃げたいばかりに時雨の彼氏ポジを世の男どもからぶん取るなんて、とても醜悪なことだと反省している。

 

 妖精さんがポケットの中で暴れているのでヨシヨシと宥めようとすると、顔を覗かせた。

 

 表情で「なんだよ?」と聞くが、妖精さんは腕で☓を書きながら再度、三つ目、編む、抱きつくというメッセージを伝えてくる。分かった、分かったから……と宥めてもゴチャゴチャ駄々をこねるようにやめない。何を伝えたいんだろう……ん?

 

 よく見たら、3つ目、編む、抱きつく……ではなく、3つ目、キス、愛すとも読み取れる。よくモノホンの手話と間違えるのが難点だが、それを読み分けてこそ俺たち整備工作班というものだ。

 妖精さんは、チョッコリ生えた髪を頭上で結びながら、可愛らしいツインテールを作った。そして自分のことを指さしながら再度、三つ目、キス、愛すと繰り返している。ハハハ、私を愛せってか?今はそれどころじゃ……。ツインテール……三つ目……三女を……愛せ。

 

 村雨ちゃん……のこと言ってたの……?

 

 うんうん!と首を振る妖精さん。

 

「知るかァボケェッッッ!!!」

 

「「「っ!?」」」

 

 妖精は俺のポケットの中に雲隠れした。

 

 ……いや、もとを辿れば、最初から素直に縁談をきっちりと断れない俺が全面的に悪い。一難去ってまた一難とはこのことか……いや、どちらかと言えば因果応報?それとも自業自得?無計画さから来た平手打ちだが、グーパンチの何倍も痛いと思えたのは気のせいじゃないと思う。

 

 頼む、許してくれと時雨に30回以上言っており、お店に入るか?と言ったが「むっ……!」と一言、断られた。

 おしっこちびりそうになった春雨ちゃんの般若フェイスが静まり、安堵の表情すら浮かべているようになったが、やっぱり時雨の事が心配なんだろうか、ずっと時雨の事を見ている。

 

「ほら、あそこの店ってスイーツ特集でやってたやつだろ?行こうぜ!」

 

「そ、そうですね!い、行きましょう……」

 

「「「お、おー!」」」

 

「…………」

 

 

 

 洋菓子店。

 ベーカリー特有の焼けたスポンジケーキの匂いとキャラメライズされた砂糖の香りが支配する洋菓子店。並べられたケーキは、テーブルに座ってティータイムを楽しむ周りの客の反応もあってか、口から鼻に通り抜けるスポンジに染み込んだほのかなバニラの甘さが容易に想像できる。

 

「お、俺の奢りだから好きに頼んでくれ!!」

 

「「「わ、わぁーい!」」」

 

「…………」

 

 いつもなら「財布空っぽにする勇気があるなんて、流石は僕たちの司令官だね!」とか言い出すのに、一向に振り向いてくれないし、重い沈黙が空気を停滞させる。

 俺の諭吉2枚分をぶんどった白露さんと鈴谷が主導で盛り上げながらケーキを注文する中、俺は7人で座れる席を率先して探しに行く。

 すると、6人用のソファー付きテーブルをクソデカ荷物とクソデカいケツで占領していた、いかにもクソブスなダブルサイズなカップルを見つけた。

 

「あの、すいません、ちょっといいですか?」

 

「あん?なんだよ?」

 

「実は6人用の席を探してまして、もしよろしければこちらの席を譲っては貰えないでしょうか?」

 

「は?ナンデソンナコトシナキャイケナイノウケル」

 

「タカシ、イキガッテルー、デモソンナトコロガカッコイー!」

 

 いつもの俺ならこのクソデブ黒ギャルとクソデブ黒男の非常なまでな無礼に対しても寛大な処置を取るところだが、今の俺は時雨の事もあり、ガチで蹴り飛ばしそうだった。

 だが漢は依然として、そしてクールに事を済ませる物だ。こんな状況下でも、冷静さは変わらない。だから恐喝に近い暴言の連鎖で許してやるか……と思った矢先。

 

「も、もしかして、あの八丈島の宍戸さんですかぁ!?」

 

「え、あ、はいそうですけど……」

 

「わぁーやっぱり!ファンです!サインしてください!」

 

 三人の女子高校生にサインを求められ、こんなブスカップルでもテレビを見るほどの教養はあるのか、三下同然の態度を取っていた相手が誰だったのか理解しているようだった。粗悪な二重アゴからみるみる内に青くなっていくカップルは、豚とは思えないほど素早い動きで荷物を退かして席を譲ってくれた。

 その間、俺はプリティーなイマドキギャルが渡してきたノート帳にサインして、人気者である事実を噛みしめる余暇に浸る。

 店を出ていくブスカップルや女子高生は俺の印象を「イケメン風」だと言っていたが、騙されないぞ。学んだんだ……風とは雰囲気のことで、そんなのは立場と功績と顔を合わせた合計数値に過ぎないと。合コンの時にキモいとかイケメンじゃないとか散々言われてブチ殺しそうになった経験をしてみれば、自然と見につく冷静さである。

 

 白露さんたちが帰ってきたが、付いてきている時雨は俺と目を合わせない。

 

 着席して、俺と隣り合わせになっても顔をプクッと膨らませたまま腕を組んでいる状態が数分続いた。

 洋菓子店の中にいる女子たちは、八丈島で活躍した英雄的な前線艦隊がこの店に一同に会していることに驚きを隠せず、盛り上げようとしている鈴谷と白露さんの勢いに押されて逆に話しかけづらい空気ができている。

 

「そ、それじゃいっちばーん白露!一発芸やりまーす!このケーキ、三秒で食べまーす!よーい!アグアグアグゥ!」

 

「うわー!美味しそー!」

 

 それ絶対味わからないでしょ。

 

「……ほら!村雨もなにか一発芸やって!」

 

「え、えぇ!?む、村雨!あ、あの、えっと、モンブランを解体しますっ!」

 

「「「ッ!?」」」

 

 村雨ちゃんは繊細なおててを使い、麺のように次々とモンブランを解体していき、最後はグルグル巻にしてスパゲッティー状にしたのは俺たちだけじゃなく店内全員を驚かせた。

 イッターに載せてもいいですか!?と聞かれた村雨ちゃんは、アハハと可愛く笑いながら申し出を断った。春雨ちゃんはむくぅーっとした顔で「お兄さん!春雨もできます!」と見せてきたが、流石に最初の衝撃と比べれば物足りなさがある。よしよしと頭を撫でられ気持ち良さそうにする春雨ちゃんに対抗するように、今度は村雨ちゃんも頭を寄せてきた。

 

 しかし、時雨は俺と目を合わせてくれないどころか、誰とも話そうとしない。

 

 覚悟を決めて、俺は時雨の手を引っ張る。

 

「時雨、ちょっと来い」

 

「あ、ちょッ!!」

 

 店内に村雨ちゃんたちを置いて、時雨を外に引っ張り出した。

 

 

 

 近くの公園。

 

「ねぇ、ちょ、痛い!分かったってば!離して!」

 

「離さねぇよ……!」

 

「フンッ!!」

 

 時雨の護身術は俺の体を投げるほど強いのは言わずもがなだが、滅茶苦茶カッコ悪い体制なので、どちらかと言えば精神的ダメージがデカイ。

 それでも肉体にはなんら影響がないため、すぐに立ち上がることができた。

 

 いつもみたいに殴って、俺を罵倒してくれればこっちも「なんだとぉ!」と返すことができるんだがーーいや、これが俺の悪い所だ。他人の行動とそれに伴う結果へと誘導し、そして起こることを期待するのは人として悪いクセだ。こうやって逃げてばっかだから、時雨は怒っているんだ。

 

 今こそ精一杯、ごめんなさいを伝える番だ。

 

「時雨……ごめん。本当にごめん。冗談でも、サプライズでもなくて、ただただ純粋に人を欺くための嘘を……しかも、お前を利用してついた嘘は、決して許されることじゃないのは分かってる。だから、本当に、すいませんでした」

 

「……やめてよ宍戸くん。もういいよ、僕も、少し大人気なかったかも」

 

「大人げないのは何時もの事だってツッコミを控えて、ごめんな!」

 

「君ほんとうに謝る気あるのッ?」

 

 でも三つ編みをクルクルとイジらせる時雨は、俺を寛大な心で許してくれた。流石は大天使時雨、やはりあの村雨ちゃんの姉なだけはある。

 そしていつものように、笑顔で俺を殴ってくれる。

 できれば殴ってほしくはないけど、暴力よりも痛いものがこの世の中にあることを知った今となっては、むしろ快感とも取れる。

 いや、俺ドMじゃなんですけど。

 

 でも、ほのかな時雨の微笑みが俺を癒やしてくれた。やっぱり可愛いな。

 

「ねぇ……やっぱり、行くの?」

 

「え、なに突然」

 

「司令官、やめちゃうんでしょ?」

 

 俺はあと二週間という短い時間で要港部を去ることとなるが、そのことを時雨は気にしているんだろう。みんな一緒だぞと言って一安心させるが、やっぱり心配なんだろう。

 元々鴨川までついてくること自体が俺のワガママだったんだから、これ以上無理に付き合わせることはなく、整工班に戻す事も進言しようかとも思ったが……時雨はこのままでいいと言ってくれた。

 

 一年後に大佐になるんだから、この歳でそれは正に快挙である。流石にシャア・アズナ○ルの20歳は無理だけど、世界から見ても、この歳でこの昇進スピードは約数人しかいない。って、数人もいるのか……いや、ヨーロッパ貴族を抜いたらもっと少ないだろうから、結局は異例の快挙なんだ。

 そしてこれは事実、俺は死なない限りは提督となる事を意味する。

 つまり、時雨たちの妹を蹂躙しても、時雨は文句を言えないという事となり、俺様のハーレム提督鎮守府運営生活の開幕を意味するのだ。

 

「そうですよ!っていうか、中佐はもう立派な提督じゃないですか!」

 

「「あ、明石中将!?」」

 

 ふと横には、空き地となった公園でまさかの明石次官が後ろに手を組んで前かがみになりながら、俺たちの前に立ちはだかる。クルクルっと廻りながらたちどまりこちらを見つめ、俺たちが敬礼しようとした瞬間「いやいや、プライベートですから!」と手を降ろさせた。

 なんでここにいるんだ!?なんてもう驚かないぞ……どれだけの海軍連中を見たと思ってるだ。と、よく周囲を見れば、大本営にかなり近い。

 

 よくよく考えれば不思議な人だ。

 明石中将はその立場からは想像も付かないほど物腰柔らかかく、威圧感を感じさせず、あの大淀総長ですら全面的な信頼を置く艦娘ーーこの人の素性が未だにつかめないし、なぜ彼女が革新派なのかも知りたい。

 その元気で陽気だがどこか立ち入らせない雰囲気が、彼女を質問の嵐から守っているんだろうか?

 

「……この人って、やっぱり例の革新派の……」

 

 時雨は耳元で小言を囁き、一回だけ頷いて確認した。彼女に対しては大まかだが、海軍内部派閥の事実上のトップである大淀総長の友人である事は時雨も知るところである。

 これまた大まかだが、明石次官が実質的なトップではないかという事も斉藤長官から予測されている以上、この人に対して無闇に心を開く事はできないのだ。

 

「あ、明石次官はなぜここに……」

 

「休憩です!ちょうど駆逐艦第二改装の開発のキリが良かったので……あ、そういえば聞きましたよ!舞鶴への転属、おめでとうございます!あと昇進も!あ、一年後でしたっけ?」

 

「は、はい!」

 

「フフフっ、資材いっぱい持ってきてくれ……ではなく、長崎警備府でのご活躍、期待してますよ!」

 

「は!ご期待に添えるよう、尽力致します!」

 

「前線艦隊の一人だった時雨さんも、期待してますよ!」

 

「は、はいっ!」

 

 明石次官は背伸びしながら、太陽と、それに照らされる空き地のドラム缶を見つめていた。

 

「まだここにあったんですねーこれ。結構昔からあるんですよ、このドラム缶」

 

「え、明石次官もここに来たことがあるんですか?」

 

 時雨の突然の質問に対して惜しげもなく”はい!”と答えた明石次官は、過去の自分の姿を見ていたのだろうか。

 座るのに丁度いいサイズの木箱を懐かしげに見ていた。

 

「実は私、嫌な事があったらいつもここに来ていたんですよねっ」

 

「嫌なこと……彼氏に振られたとか?」

 

「ち、違いますよ時雨さん!まぁ、確かに人間関係って言えばそうかも知れませんけど……実は、前線で戦っていた時代、結構ドジ踏んじゃうタイプだったので、作戦を失敗させたりしてたんですっ」

 

「い、意外……いいえ、失礼しましたッ!!」

 

「はははっ!別にいいですよ宍戸中佐、もう過去のことですし。今でこそ海軍省で兵器開発だのなんだので活躍させていただいてますが、当時はホントクビになるかと思うぐらい足引っ張っちゃってて……」

 

 コミカルにえへへ、と口で言いながらうなだれるポーズを取る明石次官の過去の話が聞けるなんて夢にも思わなかったが、それ以上に驚いたのが彼女の経歴だった。明石次官が……いや、別に偉い人が前線に出た時に強くなくちゃいけないわけじゃないけど、所謂戦力的な意味での落ちこぼれのような存在だったことは、本当にド肝を抜かれたような気分に陥った。

「ある日、斎藤長官が書いた本は当時話題にはなっていたんですけど、その本の中に、艦娘の兵器を作るには開発ができる艦娘が必要だ!って書いてあって、当時大佐だった斎藤長官との交流を作る事ができて、彼の取り計らいで私の得意分野である開発に従事することができたんです……すごいですよね!?」

 

 多分長官がすごいと言ってるんだろうけど、アンタのほうがすごいよ。

 というツッコミは控えておいて……唐突すぎる告白、そしてその本は革新派の人達にとってのバイブルとして色々な人に渡り、俺と保守派の人を苦しめている。

 今や国を上げての国家方針となりつつあるが、まさか明石さんが持っているとは。

 

「やはり人気だったんですねその本」

 

 マジで宗教団体だわこの派閥。

 

「実は訓練で忙しくて買いには行けなかったんですけど、ある日この公園で、女の子が来て本をくれたんです」

 

「女の子……」

 

 明石さんはその当時のことを、鮮明に話してくれた。

 

 

 

 『ハァ……また作戦失敗しちゃった……もう艦娘やめようかなぁ……』

 

 『おねえちゃんどうしたの?』

 『うわぁ!び、びっくりしたぁ……』

 『おねえちゃんおちこんでるの?』

 

 『え……うん、実はそうなの……仕事いっぱい失敗しちゃって』

 

 『そうなんだ……じゃあこれあげる。ぼく、むずかしい本よめないから』

 

 『え……うん、ありがとうね』

 

 『しぐれおねえちゃーん!はやくいこー!』

 

 『うん!いまいくー!じゃあね、淫ピのおねえちゃん!』

 

 『う、うん……いんぴ……?ん?この本……すごいかも!適材適所……私は……この明石は……整備工作艦、明石として……この国の役に立てるんだ……!』

 

 

 

「……もしもあの少女がいなければ、私はどうなってたことか……今頃、あの子はなにをしてるんでしょう……できれば、もう一度会ってみたいです!ふふふ!……あ、あれ?どうしたんですか?」

 

「いいえ、なんでも……おい、時雨ちゃん?」

 

「な、なにかな?」

 

「……テメェの仕業かァッ!!!」

 

 海軍内部騒動の黒幕……いや発端は、俺の同期だったのか。

 


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