『ほ、本当にすいませんでした!!』
「いいって古鷹。こっちこそごめんな」
レストラン。
古鷹からごめんなさいの電話を貰って、古鷹と一緒にいる親潮からもごめんなさいと言われる。それはあまりにも強引だったお見合いに自分の親のせいで態々付き合わせてしまったことへの謝罪だったが、形式的にとはいえ、彼女たちの縁談を断ってしまった自負の念は拭えなかった。
むしろ俺も悪かったと思っていると言って電話を切り、甘いモノの次は辛いものという原理から参上したスイーツ店からレストランの様子を見る。店内は混んでいないが、それ故に俺たち7人の存在が目立つ。
俺の事を見て「まま~!あれテレビに出てた人~!」と指さしてきたクソガキに対して手を振ってやる。爆乳お母さんが手を振り返してくれて、俺、満足!
ヒソヒソ話であのクソガキと同じようなことを口走る奴らが大勢おり、つまりは俺がそんだけ有名人だってことだ……どれだけ有名かなんて数値は、イッターのフォロワー数が数値化してくれるが、生憎俺は海軍内部の専用アカウントしか持っていない。インターネットを見ればすぐに人気度を確認できるんだが、ハッキリ言ってあの作戦以降俺はネットを見ていない。理由は単純に怖くて、ペディアとかに名前が書かれてあった場合、ガチで悶絶して死にそうになるからだ。
「はいお兄さん!あーん!」
「ははは、あーん」
「おいしいですかぁ?」
「うん!おいち!」
「良かったです!おにいさぁ~ん!ぎゅっ」
春雨ちゃんが食べさせてくれたスパゲティーは美味しいし、村雨ちゃんのお口に付いてるトマトソースを拭って「ほらついてたよ、おっちょこちょいさん」ってやりたい気持ちにも駆られて、白露さんは早食い競争じゃないんだからもう少しペース落としてくれればと思い、鈴熊と時雨は次食べるメニューを開いている。やめろ、俺の財布はスペランカー並みに脆いんだぞ。
他の客の様子は見てのとおりだが、懸念するのはやはり内心だ。
目立ってる奴とかなんとなく気に入らないヤツを、普段は出ない謎の行動力で叩きたがるのは卑しいヤツの性というもんだが、消防士がコンビニで買い物してただけで仕事してないと言われるほど、現代人の道徳心が過疎ってることは、誰もが知るところだろう。
つまり海軍軍人がレストランで楽しそうに食事している=シゴトシテナイコイツラゴミーと罵られる状況を避けたいのだが、人気のないラーメン屋に入りたいというほど、この女子軍団は女の子を捨ててない。
「お兄さん……どうしたんですかぁ……?ま、まさかお見合い相手の親潮さんや古鷹さんのことをカンガエテ……」
「いや、単純にこのままレストランで食ってて良いのか迷ってただけ……あと時雨、お前は自負の念とか何も感じないの?多分お前、この国を動かすようなとんでもないことしちゃったんだと思うけど」
「え?なんのこと?」
キョトンと首を傾げた時雨は本当に分かってなさそうな顔で尋ねてきた。
「国を動かすなんてBIG!お姉ちゃんも応援するために、人肌脱いじゃおうかな~っ」
「なに脱ごうとしてるんですか白露姉さんッ?」
「じょ、冗談だって!村雨すごい怖い顔やめて!」
「……でも、よくよく考えれば宍戸さんは、あと二週間で逝ってしまわれるんですわよね?寂しくなりますわ……」
「「「…………」」」
逝くじゃねぇよ行くだよ。
神妙な顔立ちで俺を見るみんなは、とても寂しそうな顔をしていたが、ほんのしばしの別れだ!と言って宥めるほか無かった。俺の栄達のためには、しなきゃいけないことなんだ。
「……俺の栄達のために、しなきゃいけないことなんだ。舞鶴は最近、深海棲艦の活動が激しくなってるようだし、俺も行かなきゃって思ってさ」
「で、でも宍戸さんが行く必要は……」
「前線での指揮を任される機会があるらしいんだ」
舞鶴は重要拠点であると言われる理由の一つとしては、パワープラントの存在にある。
原子力パワープラントが破壊されれば、国民の生活電気が行き届かなくなるだけじゃなく、フォールアウトの可能性もあるので、あそこは特に気が抜けないのだ。
だから第一鎮守府には俺が会議に出席した時みたいな強力な参謀会議が存在するし、前線指揮しなきゃいけないような状況にあるのかも……と、まぁそれはともかくとして、海軍大臣が行けっつったら無条件で行かなきゃいけないにきまってんじゃん。
「……なぁ時雨、俺が提督になったらどうなるって言ったかお前覚えてる?」
「え、なんだったっけ?」
「ハーレム作れるって言ってたじゃん!!!時雨の可愛いかわいい妹たちだけの、ハーレム作れるってェ!!村雨ちゃんとか、春雨ちゃんとか、夕立ちゃんや五月雨ちゃんも含めてェ!全員俺にゾッコンで、俺のモノになるっつってたじゃんッ!!それを反故にするなんて許さないぞォ!!」
「宍戸くん」
「アァッ!?」
「僕、ゾッコンは言ったけど、それ以外の文字列は一ッッッ事も言ってないから」
「アレ?なんでお姉ちゃんが入ってないの?もしかして白露お姉さんはお気に入りじゃないとかッ?」
白露さんが拳をコキコキしてる。
「鈴谷たちも入ってないじゃんッ!!なんでぇ!?」
「納得がいきませんわッ!」
「え、な、なんで参入してくるんですか……」
熊野と鈴谷と白露さんは立ち上がり、同じく村雨ちゃんと春雨ちゃんも立ち上がった。
「な、なんで二人まで立ち上がってるんですか?」
「ハーレムなんて認めませんッ!!選ぶならどっちにするか選んでくださいッ!!」
「春雨だけのお兄さん……!」
春雨ちゃんの瞳がダークマターになってる一方、村雨ちゃんのぷくりと膨らませた頬とジト目が俺に突き刺さる。
なんだよお前たち……提督になったらハーレム了承してくれるんじゃなかったのかよ……ッ!!
(※了承してません)
白露さんに首を掴まれる。
「あ、あの、時雨さん……お助け船とか……どうっすか?せ、千円で……」
「ごめん、諭吉だったら助けたんだけど、僕にとってそれははした金にしかならないよ!」
「あ、あのっ、助けてィ!助けて!どっかに引きずられるぅ!!時雨ぇ!お願いッ!……オイ助けろヤァ!!この資本主義者がァッ!!!」
「まぁ舞鶴に行く祝だと思って、たっぷり堪能するといいよ」
「いやああああああああ!!!」
俺、提督になっても尻に敷かれたままなのだろうか。
「やっぱり古鷹にはまだ早すぎたか……ウグゥ!」
斎藤長官と別れた横須賀鎮守府への帰路を歩く蘇我提督、古鷹と加古の三人は談笑を交えながら道路を歩いていた。
脇腹に古鷹のエルボーを食らった提督の顔は顔芸並の変形を見せている。コンビニで買ったアイスを口に咥えながら両手で後頭部を支えながらぶっきらぼうにその光景を笑う加古があの場にいなかった理由は、単純に興味がなかったからである。
「当然です!私はまだ結婚なんて……結婚なんて……」
「あたしもそう思うけど、古鷹はホントーにそう思ってんの?なんか微妙に引っかかってるような感じするけど」
加古のセリフに驚く古鷹はよくよく思えば、なんで胸がこれほど苦しいのだろうかと気にしていた所だったが、不思議と納得もしている様子だった。
時雨ならば納得がいく、彼女になら負けても仕方がない、そういう感情だった。
しかし、だからといって100%スッキリするとは限らない。そんな複雑な感情を見破っていた加古は自分の姉の肩を叩いた。
提督は若くから迅速な行動には定評があったものの、当然ながら今日のことは家族から褒められるものではなかった。
彼の心には、やはりできる時に自分が知りうる中で最善の男性を娘に嫁がせたいと願っていたが、中々うまくいかないものだと落胆していたが、失敗をしても自分の娘が一番であると自身を持ち、再戦の機会があると信じて疑わなかった。
そしてこれもまた、娘の意思を無視したマキャベリズム的な思考からではなく、古鷹が好きな相手である事を条件とした縁談申し込みだった。
親潮も同様の気持ちだったが、それよりも明日からどう二人に接すればいいのかという難解な問題に直面していた。
四人が乗る車には助手席で取り乱す親潮と運転する羽黒の姿があったが、黒一色の塗装で覆われた要人用の車は防音であり、視界からも内部の様子を伺うことはできない。
「あぁあぁぁぁあっ!!!どうしようどうしよう!?」
「少しは落ち着いたらどうなんだ?みっともないぞ」
「黙っててください!!!」
「っ」
再び固まった中佐を気にすることなく、また横で悶絶する親潮を宥めることすら諦め、羽黒は長官にお見合いの事についての話題を振る。
「長官、なぜ彼との縁談をそれほどまでに勧めたかったのですか?」
「うん?まぁなんだ、彼には提督になってほしいからね……未来を預けられるような、立派な提督に」
長官である自分とも繋がりが深いともなれば、彼が若くして提督になることを不満に思う者はいても、表立って口出しはできないだろうーーそういう思惑はあった。
上乗せとしても、海軍に対しての忠誠心、そして能力を全力で発揮させる意味合いもあった。
「しかし彼はもう提督なのでは……」
「彼の中で提督とは将官のことらしいよ」
「もちろんそれも間違ってはいないでしょうけど、なぜそれほどまでに提督となりたいのでしょうかぁ……?」
「何れにしても、私は悪くはないと思います。私もそうですが、何れ本物の提督となる日は近いでしょう」
「そうだね」
窓の外を見た長官は思った。
提督への道は険しく、そして長いものになるだろうと。
そして、数週間後。
鴨川要港部最後の仕事、それはみんなへの挨拶だった。
全員を集合させてグラウンドに集合させるほどここでの俺の地位は高くない。みんなは平等であるという自覚を持って接していたため、態々みんなを集めて自分の権威を誇示するような行為はできるだけ避けたかった意味もあったが、それよりも一人ひとりと挨拶するのが礼儀だという、個人的なポリシーに基づいた行動だった。
傍から見れば舞鶴の参謀員なんて、司令官と比べたら左遷以外の何者でもないが、俺が知っている通りになるとすると警備府の提督となるのは大臣直々に約束されている。
一人ひとりは笑顔で出迎えてくれて、俺が司令官で良かったと言ってくれる。浦風や浜風とは最後にハグしてバブみに浸り、陽炎たちとはなんとか和解して以後この要港部でAVの語録を連発しないようにさせて、磯風と谷風からはお守りを貰った。
夕張とゴーヤにはこれまたお守りだが、愛用のレンチを受けとり、綾波ちゃんからもとっておきのラブストーリーを描いたBL作品を渡された。案外面白くて腹立つ。案外有能なストーカーくん月魔を含めた整工班の連中からは一人ずつハグされたし、男臭さ溢れるイキ地獄だったが、これぐらいは我慢してやろう。
ゲイ共からは普通に「舞鶴への転勤、おめでとー!」と祝福されたが、咄嗟に囲まれて祝い行事だからと言われながら「中○し外出○し」という単語を聞いた途端に全速力で逃げた。ゆく年くる年みたいに言ってんじゃねぇよ。
親潮とはあれ以降お見合いをした上、縁談を破棄した相手同士とは思えないほど普通に業務をこなしていたが、
「司令っ……ふふっ、寝顔かわいいっ。ずっと見ていたいな〜っ」
「…………」
と、たまに激務が重なって執務室の机で寝ている時に、偶々起きていた時に耳元で囁かれたセリフである。とてもいい匂いがして、何より髪がフワッと頬を撫でた感触は忘れることはないだろう。
目を瞑ってても分かった、親潮はあの時笑顔だったんだと……そしてなんとなく、諦められていなかったのだと。
難しすぎる問題に直面した人間は野生の防衛本能が働き、逃げるという選択肢を与えるが、人間社会において逃げる事で根本的な解決となる事案は少数であると理解したのは五歳の時だった。
隣に住んでいたクソガキがアメリカ人でゴミみたいにちょっかい掛けてきた故に無視していた所、日に日に加速していくちょっかいのレベルが”名前を呼び続ける”から、”物を投げてくる”に昇格した時に、飼っていた虫コレクションをアイツの服の中に入れてやって以降、問題はあったものの、根本的な解決にはなった。
問題を根から叩くという点を知ってはいたものの、それを思い出したのはつい最近のことである。
親潮には時雨と付き合ってないと弁解したが、それが逆に朗報となってしまったらしい。更に結婚は俺には早いとも言ったが、それを承認されただけに留まってしまう。
鈴熊、それに白露姉妹は今生の別れではないものの、暫しの別れを惜しむようにハグしてきた。意外にも時雨がこれに参加したのだが、それ以上に度肝を抜かれたのが、春雨ちゃんだった
「ちゅっ」
「「「っ!?」」」
頬にキス。
それを見た村雨ちゃんがプクッと頬を膨らませて、キスしてきた。最後は鈴谷が恥ずかしがりながらも唇を当ててきて、その場にいた全員が赤面するほど気まずい空気ができたのは、車の中にいる今でも忘れられないだろう。
東京、渋谷。
とまぁ、こんな感じに俺は要港部を出立し、爺さんへの定時連絡としても使える日記はの文は、思い出としては最高であると自負する。
ミツビシ系統の車には現在俺一人で乗ってる。
東京でもう一度長官に挨拶に行くべきだと判断した俺は、現在渋滞に捕まっている。どの道東京を通る上、舞鶴までは長く、ここから車を乗り換えてタクシーか海軍からの運転手を手配してもらうこともできるが、現実的にはタクシーだろう。
まぁどちらにしろ着任は明日の午後までに着けば問題はないので、あまり気にしないでも大丈夫だ。
……でも、流石にこの渋滞は許せない。
東京人だからってバンバン人口密集させやがってよォ?俺が素直に渋滞に巻き込まれているだけの漢やと思ったら大間違いやぞタコ野郎がァ!!なんて吐き散らしても始まらないので、遠回りだが迂回することにした。
あぁ、かなり遠回りだが、ここまで来れば渋滞はなくスムーズに行ける。更に迂回して住宅地辺りに回り込み、海軍省の後ろまでスラスラと行くことができた。
でも渋滞に疲れていたからか、停めてあった黒塗りの高級車にぶつかってしまう。勢いよく車から出たのは、何故かミニスカ弓道着を着ている和風美人だった。
「降りなさい、免許を持っているんですか?」
「す、すいません」
「早くしなさい」
急かす青道着の女性に要求してきた免許証を提示し、取り上げられて5秒ほどで、免許証をポケットの中に入れられる。
「よし、では車についてきて下さい」
「え」
「頭にきました」
みっちりと説教され責任を背負った俺に対し、車の主、大湊警備府の加賀提督が言い渡した示談の条件とは……。
大本営の一室。
「艦娘提督として武勇を振るうあの加賀提督にお会いできたことは軍人の誉れであると存じます。つきましては、この経験を活かすべく、一刻も早く舞鶴へと赴きたい所存。ご聡明な加賀提督ならば、このお気持ちを汲み取ってくれるものであると信じます」
「ありがとうございます」
……いや、ありがとうございますじゃなくてね?帰ってもいいですか?って聞いてんの。
加賀提督、大湊警備府の艦娘提督として……そして、北方方面の司令官でもある。
彼女には一度会ったことがあるが、敬礼を交わした程度の仲であるため、ほとんど初対面である。印象は綺麗だが無口な人。冷艶という言葉がよく似合い、向かいの椅子に座る姿勢は、さながら熟練の旅館の女将であり、動作一つ一つを見ても完璧であり儚げである反面、完璧すぎてロボットのようであるとも言える。
そして何より、保守派の影の指導者であるとも聞くが、本当のところはどうなのかは不明である。事実上、国民からしても少数派である彼らが再起するのは難しい。だから身を潜めるのも分かるが、それがむしろ俺の関心を引いていた。
「車にぶつかってしまったこと、大変申し訳なく思います。弁償はもちろん、始末書もきっちりと書きますので、海軍大臣との面会を許可していただいても」
「始末書の方はいいです、私の物ではないですから」
「……えっと、それでは海軍大臣と面会して来ても」
「はい、結構です」
なんのために俺をここに呼んだんだ提督?
俺は立ち上がり、冷ややかなポーカーフェイスで俺を見つめ続けていた加賀提督を無視して部屋を出ようとドアノブに手を伸ばした。
「……東亜の開放は、成功はしません」
「っ!?」
「身構えないでください」
突然の言葉に、俺はストリートファイ○ーのバ○ソンのポーズを取ったが、加賀提督の言葉によりそれを解除する。
「……それはどういうことでしょうか?浅知の身にお教え頂ければと思います」
「あなたは本当に、戦線を伸ばすことがこの国への有益となるとお考えなのですか?」
「小官は、いち軍人としての責務を全うするだけの存在です」
「どのような命令でも?」
「違法な命令、あるいは軍法会議で必ず自分の勝利を確信できるような命令でなければ」
「そうですか……では、精々頑張ってください」
これまた突然の言葉に唖然する。
この人は革新派と相対する保守派の艦娘で、彼女としては俺の名前が世に知らしめられ、なおかつ海軍内部が革新派に支配されている現状はあまり好ましくないはずなのだが……諦めてくれたのか?
「では、失礼します」
その言葉を最後に、加賀提督のいた部屋を後にする。
「……期待、しています」
何気に初めて使う後書き。
こ↑こ↓で完結にするつもりでした。