整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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覆面ボス2

 

「あ、あの!」

 

「ん?どうしたんだい子猫ちゃん?」

 

「こ、子猫ちゃんっ……?」

 

 小さい身体ながも、真っ直ぐにこちらを見上げる黒髪ロングとイエローエメラルドの双眼。一見すると初霜と間違えてしまうほど似ている。

 

「こほんっ……初めまして、私は整備工作班の三日月です。あなたは今日から着任の方ですか?」

 

「俺は……正式には明日なんだけど、今日は下見……みたいな?」

 

「なるほど……ですが、例え一日前に来たとしても、来た以上はキッチリと、基礎だけでも学んでいってもらいます!明日は司令官が来る日なので……」

 

『整工班!全員集合だ!!』

 

「あ、班長が呼んでます!行きましょう!」

 

「え、ちょ」

 

 小さい身体ながらもちゃんと鍛えられているのが握られる手を越して分かる。ほんのりと温かいおててを握りながら集合と唱えた整工班の班長の下に、さっき案内してもらった神風姉妹もいた。

 人数はかなり多いほうだが、これ以上を必要とする任務が山ほどある事を、前職から知っていた。その上で、こういう真面目に部下の世話を焼いてくれる責任感の強く、実際に指揮力があって、機転の効く娘は旗艦としても活躍できそうだが、生憎彼女は整工班のようだ。

 

 三日月の機転は特にいい。

 三日月とは身長の差があって、つま先立ちで「んんっ〜!」と唸りながら俺の服装を一生懸命直そうとしてくれている。そして俺の服の手足の袖を瞬時にめくり上げ、何処からか取り出した階級章をぽんぽんと肘上に付けて、最後はセーラー服の襟の部分とクソダサ帽子を被せれば、

 

 はい、即席水兵の出来上がり〜!

 

 てか二等兵曹じゃん俺、何階級降格してんだよ?

 

「今更の上、新しいニュースというわけでもないが、ここには新しい司令官がご来港なさる。この警備府が正式に稼働するのは4日後となっているため、厳重なチェックが行われる事だろう。特に彼は、我々と同じ元整工班なので、気を抜くなよ」

 

「ま、マジッスか!?整工班から提督になるんッスか?」

 

 稼働したての警備府は初起動作をしくじらない為に厳重なチェックが行われるのが基本で、そのチェック自体は整工班や技術士官が行う事になり、司令官は”異状なし”という言葉にウンウンって頷いてるだけである。

 だが元整工班であれば来訪は気を配る必要がある。自分でチェックする可能性もあるのだから当然だ。

 

「それになんと言ったって司令官は”前線の龍”と呼ばれているほどのやり手の提督だ。どんな無茶振りにも対応できるように、そして彼の機嫌を損なわないよう万全を……ん?」

 

 そのクッソ恥ずかしい二つ名やめろ。

 と目線で訴えようとしたらこちらを凝視してきた。

 

「……ハ!?」

 

 そして整工班班長は何かに気付いたような表情を浮かべるが、同時に何かを察したかのように、演説に戻る。ば、バレたの!?いや、あんなに冷静に話し続けられるんだ……俺でも自分の部下の中に提督が紛れ込んでたら、ホア!?ってなるもん。多分気づいてない。 

 

「……おい、お前新人か?」

 

 横にいた下士官が小声をかけてくる。

 

「え?あー、そんな所です」

 

「テレビで見たことがあるかは分からないけどよォ?着任してくる司令官はスゲー若いんだよ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「あぁ。聞くところによると、金とお勉強だけで成り上がったクソ提督らしいぜ?」

 

「お、それ俺も聞いたことあるな。噂じゃ艦娘にいやらしい事をしてるって大洗の同僚がラインで言ってたな。すぐに訂正されたけど、それが逆に怪しいんだよなぁ……なんか口止めされたとか?」

 

「お前が言うの同僚って確か女だろ?きっと司令官の極悪大砲で上の口も、下の口も、万遍なく口止めされたんだろ?俺も提督になってみてぇわホント」

 

 話の輪が士官たちに広がっていく。

 俺の感覚で言い換えれば”伝染していく”だが、そんな中で俺は一言だけ言いたいことがある。

 

 減給するぞ貴様ら。

 

「うるさいですよ!静かにしてください!」

 

「「「ウッス」」」

 

 三日月の牽制を受けて数人が黙り込む。

 俺に付きっきりの彼女はどれほどの立場にいるのかは定かじゃないが、強いリーダーシップと責任感を兼ね備えているのは確かだ。できたての整工班において補佐役は数人規模で存在するが、正式に副班長となるのは警備府が始動してから……なんだが、内定として副班長は三日月に決まりだな。

 人事面での収穫はあった。

 

 副班長は若い三日月だが、班長は所謂オッサンである。

 だが顔を覆い尽くすシワと傷の跡が歴戦の猛者を彷彿とさせ、口調や仕草、そして上に立つ者としての気質を含めたすべてが”老練”と言っていい出来栄えとなっている。

 その班長が「おい、そこのバンダナくん」と声をかけてきた。三日月や他の士官は、なんで俺が呼ばれているのか知りたそうな顔をしていたが、班長は俺を誘導して班のオフィスに入る。

 当然、二人きりだ。

 よく見ると細マッチョの身体がとても刺激的で、多分裸になれば、年下の女の子はイチコロだろうなと、フェロモンを感じさせる……だろう。あぁ、言っておくけど俺はノーマルである。

 

「……無礼ながらお呼び止めしてしまい、申し訳ありませんでした。私は整備工作班の班長です。親愛なる司令官にお会いできて光栄の極みであります」

 

「は、はい!……って、気づいてたんですか俺のこと?」

 

「もちろんです。警備府内組織、警備府司令官たる提督直属の整工班、小官には過分な地位ながらもそれをまとめさせて頂いている立場ともなれば、司令官の御尊顔を知っていて当然です」

 

「な、なるほど……」

 

 うわ、この人マジカッコいいんだけど。

 ナチュラルフェロモンドクトリンでお尻から愛液溢れちゃう……ぅ!

 

「僭越ながら、なぜここにお越しになったのかをお聞かせ願えませんでしょうか?私は長い年月を軍隊という組織に費やして来ましたが、流石の私も部下の中に、明日着任予定の司令官が水兵の格好をして紛れ込んでいた……などとは初めてなもので、少々混乱を禁じえないのです」

 

「あーそれはなんていうか、一日前に来て、警備府の全貌を予め把握しておこうかと思ったんですが、流石に司令官が来たんじゃ部下の気が休まらないと思い、こうして水兵として偽装して来ていたんですが……バレちゃいましたね」

 

「ハハハ、それはすいませんでした、何分空気の読めない性分でして……しかし、その格好じゃ流石に動きづらいでしょう?我々の服を着て見回るというのはいかがでしょうか?」

 

「是非そうさせてください」

 

 では、と言いながら予備の制服を一枚と、階級章を受け取った。

 懐かしい装備を身に着けようとするが、懐かしすぎて着るのに多少手こずる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ……久しぶりなもので、少々着づらさを感じてしまいまして」

 

「ははは、無理もない。どれ、私が手伝ってあげましょう」

 

 そう言いつつ、俺の股間部分と胸板を触り始める。

 

「ドキッ♂」

 

「ん?どうしたんですか?緊張しなくても……大丈夫ですよ」

 

 脳裏に直接叩き込まれたウィスパーボイスに、思わず俺の心とケツが揺さぶられる。股間と胸板に手を入れた理由はもちろん班の軍装の性質上の問題に他ならないが、俺はなんで今いやらしい事を考えたんだろう。横にある細マッチョな身体が俺の二の腕に当たり、後ろにその老練な肉体が密着している。

 カッコイイ。そしてオフィスを覗き込む三日月の顔が紅くなっているのが目に入る。

 

「よし、これで終わりです。これならば気づかれないでしょう。思う存分に見回ってきてください……無論、バンダナを巻き直してですが、ね」

 

「は、はい、い、色々と、ありがとうございました……♂」

 

「ん?どういたしまして……では、案内役はそちらで覗いている三日月に任せましょうか」

 

「ふぇ!?な、なんでわかって……」

 

「そんなに音を立てたら分かるに決まってるよ。一応、この部屋は防音なのだから」

 

「も、申し訳ありません!そ、その、覗き見をしてしまって……」

 

「ハハハ、素直に謝るのは殊勝な心がけだ。では、その罰として、彼に警備府を案内してやってはもらえないかな?」

 

「もちろんです!さぁ、付いてきてください!」

 

「う、うん♂」

 

 ダンディーナイスミドル班長のフェロモンの残り香があるからか、名残惜しそうな顔をしていたと後に三日月は語った。オフィスを去り、三日月の小さなおててに引っ張られながら、警備府の周りを案内されることとなった。

 


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