整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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覆面ボス3

 三日月の小さなおててマジ暖ったけぇ。

 丁度手をおける位置にある頭からはアホ毛がこれでもかというぐらい跳ね返ってる。

 真面目で、小動物みたいな可愛さを持つプリティーな艦娘。とても可愛く、とても一生懸命。

 そんな彼女と雑談を交わしながら、士官たちが行き交う警備府内の廊下を歩いていた。新設されているだけあってギシギシ言わないのが逆に落ち着かない。

 

「バンダナさんって兵曹長さんだったんですか!?若いのにすごいですね……」

 

「え?あぁ……そうなんだよ!HAHAHA!」

 

 肘にある階級章を見てそう言ったんだろうけど、三日月の方が階級は上である。

 二等兵曹から兵曹長、つまり三階級上がったことになる、やったー。俺の軍人生活は少尉から始まったので、それ以下の階級には成ったことがない。

 

 大佐から三階級なんて上がったら世界の終わりやぞ、などと妄想しながら、俺は周囲を見渡した。

 施設の具合は良好で、相変わらず街みたいになんでも揃っている所を見ると機能自体は問題なさそうだが、その実情、内面を見てから決めても遅くはない。軍隊でも会社でも、社会を動かすのは常に人であり、彼らのモチベーションや人柄を見ながら人事を決める必要があるのは当然のことだが、その重要性を理解していない奴らは何十億といる。

 クラスで相性のいいヤツだけとつるむのが悪いと決めつけるオールドタイマーは、輪廻転生してやり直してこい。

 できればトラックに引かれて異世界にでも行って一生帰ってくるな。

 

 もちろんこれは風紀の問題もある。

 賑やかさやアットホームさの加減もそうだが、艦隊の中に一週間カップルのような現代社会の弊害が生まれることはなるべく避けなければいけないのは、ポリシー以前に艦隊の士気に関わる。

 これは当然ながら、統率者たる俺が、みっちりと目を光らせてやらなきゃいけない。

 

 例えばあそこの女性士官は楽しそうに男性士官三人に囲まれながら戯れている。

 ブサイクな女に、ブサイクな男。

 まるでオタサーの姫かよと思ったが、コイツらも俺の可愛い部下になる奴らだ。パブリックエリアでプラトニック・ラブを突き通すのであれば、俺はクールなイケメン提督としてそれを容認しようじゃないかっ。

 

「そういえば明日だよな司令官が来るのって。俺たちと同じぐらいの年なんだろ?」

 

「あぁ~私知ってる~!なんかぁ~、秋葉原にいそうな顔だってきいたことがある~!」

 

「あれ?そうだっけ?それにしても俺たちと同じ年で提督か……偉そうなヤツじゃないといいけど」

 

「いや、そりゃ無理だろ。逆に?偉そうだから?提督になったみたいな?どっちにしても?俺のイケメン顔を見たら?劣等感しか与えない的な?俺イケメンだし?司令官の顔にマジ轟沈艦?みたいな?」

 

「「「アハハハハ」」」

 

 よし、この四人は監獄行きっと。

 

「あ、そういえばバンダナさんの名前、まだ聞いていませんでした!お名前はなんていうんですか?」

 

「え?えっと……萬・丹娜っていうんだ」

 

「ば、バンダナ……さん?それって本名だったんですか?」

 

「そうそう、アーイッテオクケドワタシニホンジン」

 

「は、はぁ……」

 

 一発で嘘だとわかるような矛盾。

 ジト目でもPrettyだが、そんな目で俺を見るな。

 確かに明らかな嘘だけど、面倒くさくなったのかそれ以上は追求されなかった。

 

 三日月は懇切丁寧にどこの施設がどのように機能するかを教えてくれたが、階級からして俺は熟練だろうと思ったのか、ある程度省略しながらスラスラと警備府内を巡回する。

 途中で求婚する士官カップルや、トレーニング施設でレスリングと言うなの汗の吹かし合いをしていた兵士たち、男性トイレの中で談合する男性士官が矯声を上げながら「にくつぼぉ~」と叫んでいたところまで見た俺よりかは、むしろ三日月のほうが疲れているように見えた。カオスな空気に慣れていないのだろうか?それとも俺が異常なだけか?いや、異常なのはこの警備府だ。

 ここだけは訂正させてもらうが、今の所、問題は何も起こっていない。

 艦娘は当然出撃していないので、街に出ているか部屋に閉じこもっているか施設にいるかの三択だが、出会った艦娘の絶対数が知らされていたよりも少なかったので、どうやら前者の二択が多いらしい。

 

 と、そこに四人の艦娘が前方から接近してきたので、道を開けて通り際に敬礼する。

 通り過ぎるかと思ったが、艦娘の一人が俺を「ん~?」と凝視してくる。つま先立ちしてくる黒髪ロングヘアの美少女の顔を直視できずに、向きを逸らした。

 

「ん~?」

 

「どうしたのじゃ初霜?お、もしや初霜にも、ついにお目当てとなる男子ができたのかのう?」

 

「か、からかわないでねえさん。ごめんなさいねっ、ただちょっと知り合いの人に似てるなっ、って思ったから……」

 

「ソ、ソウナンデスカ」

 

「人違いだったんだな。早く艤装を見に行くぞ初霜」

 

「うん!」

 

 三日月と見間違えるぐらい似ているが、彼女は三日月の双子ではない。

 あの四人は初春姉妹であり、初霜というのは……俺が舞鶴参謀をしていた頃に会った艦娘である。

 正確には高浜要港部の艦娘だったが、元班長課長にお願いして異動させてもらったのをすっかり忘れていた。

 というよりダメ元だったので、実際に来てくれるなんて期待していなかった。

 

 アブねぇ……!危うく正体がバレるところだったゾ。 

 姉妹たちとは面識がないが”ねえさん”と呼んでいた事を考えれば、間違いなく彼女が前に言っていた彼女の姉達である初春と若葉と子日だろう。

 三日月に促されて再度歩き出す。まさか俺より先に着任してるとは思わなかったぜ。

 

「初霜さんとは知り合いなんですか?」

 

「ん~まぁ……何度か会ったことがある程度だけど」

 

「え、だったらなんで挨拶しなかったんですか?」

 

「あ、会ったとは言っても、整工兵として何度か整備しただけですので、うん……」

 

「そうですか……あ、着きましたよ。ここが酒保なんですが……説明は必要ないですよね」

 

 説明不必要宣言は、多数の商品や食べ物が立ち並び、素人が見ても現金やカードなどで支払いを済ませてそれらを手に入れる兵士たちの姿と盛況さは、どう見ても売店そのものだからである。そう、ここはみんな大好き売店である。支給される日用品以外のモノが欲しい場合は、ここで買うのだ。

 そんな中でひと目を引いたのが、日本酒一升を片手に「うめぇ!うめぇ!」と騒いでる艦娘だった。

 

「アレ何?」

 

「あの人は軽空母の隼鷹さんです。そして制止させようとしているのは姉の飛鷹さんです。警備府の中でとても強い艦娘です」

 

「あの……アレって止めなくてもいいの?」

 

「いいえ、三日月はもういいです」

 

 虚ろに隼鷹を見る瞳は、既に諦めた人の目だ。

 もうお腹いっぱいなんだな、ごめんな三日月そんなにストレス溜めさせて。

 警備府はカオスな人材の宝庫というわけではないが、逆にカオスな人材が来るとそれが異様に目立ってしまうというデメリットが付く。酒乱には酒乱を……酒好きなポーラさんとかと一緒にして、島送りにしてしまえばいいと思う。

 

 まぁ隼鷹……だっけ?司令官が到着する前に最後の一杯的な感じでやりたいんだろ。

 

「提督ぅが来たらぁこうやってハメ外すこともぉできないんだからぁタップリ飲もう飲もう!飲んで飲んで飲みまくって、酒保一面をアルコールで染め上げてやるゥゥぅ!!!」

 

「隼鷹!お願いだから静かにして!」

 

「「………」」

 

 軽空母という艦種に加えて、その戦闘データと実績から第一艦隊を任せようとしていたんだが、隼鷹は第一艦隊を配属していいものかと早くも悩み始めた。

 飛鷹を含む数人が隼鷹を止めようとして、そのまた数人が隼鷹のどんちゃん騒ぎというなのアルコールクーデターに参加する。

 

 ……クソォ!俺の要港部同様に、濃い奴らばっかじゃねぇかッ!!

 

 司令官が着任して艤装で演習できるまでの艦娘たちは訓練に勤しむのが日課だが、それでも色濃い艦娘たちを見つけたり、艦娘をナンパしようとしている男性士官などがいて早くも夜に差し掛かっていた。

 

 一日中歩き回った中で、ある程度警備府の内情について理解する事ができたが、総じて結論を出すとするなら、この警備府は鴨川要港部とあまり変わらないと言う事ぐらいか。少し濃い人選も、有能であれば使い用はいくらでもあるので、使いこなして見ろという海軍からのお達しだろうか?

 この警備府には補給艦間宮という艦娘が存在しており、彼女は補給班と艦隊の両方に所属しているらしいが、戦闘に出ることはまず無いそうだ。

 班長と三日月、そして彼女の姉妹である菊月と食ったメシはとても美味しかった。実は今日ここに来た中で、一番印象に残ったのはそれだったりする。

 

 警備府の司令官たる俺の責任は重大であり、昔以上に気を引き締める必要があると自覚を常に持つ必要がある。

 

 

 

 自室。

 

 

「疲れちゃ、たァ!!!」

 

 と叫びながら書き込んでいた日記のノートを閉じる。自室が質素なのはもちろん来たばかりだから当然だけど、ベッドと机と小さなクローゼットしかない部屋は、今頃最後の夏を謳歌しているだろう平均的なイキリ高校生の部屋よりも狭い。

 三日月に今日の案内のお礼を言ったあとは、俺の部屋となる司令官部屋に誰にも見つからないようにして忍び込む。

 結局俺が司令官だと気付いたのってあの班長さんだけなんだよなぁ……俺の顔ってそんなにモブっぽいのか?

 

 持ってきたスーツケースの中身の殆どを取り出して、最後にノートパソコンを開いて、警備府の初代司令官として着任する俺からの挨拶を考え始めた。

 ホームページに載せる挨拶なんて至って簡単なんだが、それ故にしくじってはならない。

 

 フランクな提督として、フランクな挨拶を。

 とりあえず、”愛する皆様をお守りさせていただくこと、警備府一同の幸甚にございます”と最初は丁寧に始めてから、深海棲艦の事は語らず、行うイベントや模様しと、西九州方面がより強固となった事を簡潔にまとめるところから始めるか。

 パソコンに字列を打ち込んでいた時、偶々開けたメールボックスの中に沢山のメッセージが来ていたので、それを確認する。

 

「……!」

 

 そこには、俺を警備府着任を祝う声がこれでもかというぐらい集まっていた。

 一つ一つに個人差があるが、親潮からの長々としたメールや、斎藤大佐からの”おめでとう、気張れよ”と簡潔なメールまで様々だったが、元部下たちや提督方、更には同僚からのメールも律儀にあり、思わず涙する。

 俺は人との温かい繋がりを感じると、つい目頭が熱くなってしまうんだ。

 少年漫画主人公特有の鼻を「へ!」と擦る動作と共に、一つ一つのメールを開いていく。

 

 ”宍戸警備府の司令官就任おめでとう!早速だけど、俺兵学校時代からお前の素質見抜いてたから金かしてくれない?あと、横須賀のかわいい艦娘紹介して”

 

 ”副班長……いいえ、司令官!就任おめでとうッス!俺と同い年なのに昇進早くて羨ましいッス皇族かお前ふざけんなよ”

 

 ”おめでとう。俺より先に昇進するなんてナマイキな奴だな。テメェ次会ったらブス専キャバクラでOBASANキス地獄に突き落としてやるからな覚悟しろよ”

 

「…………」

 

 ベッドに潜り込んで泣いた。

 

 


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