整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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ネタバラシ

 

 夜の長崎警備府の執務室。

 

「おかえり」

 

「ただいま○こ」

 

「は?」

 

 執務室に座っていた時雨は、同じく隣に座る夕立ちゃんと一緒に何処からか手に入れた饅頭を食べながら寛いでいた。

 流石に司令官の帰りに対して、は?は無いだろおい。最低な挨拶により夕立ちゃんに一分程度無視されたが、佐世保名物のシュークリームを渡して機嫌を治してもらおう!

 

「夕立ちゃん、これシュークリームなんだけどぉ……たべりゅ……?」

 

「食べりゅっぽーい!ぽーい!」

 

 へへ、相変わらず単純な妹だぜぇ。

 時雨と夕立ちゃんは正常に出撃できるかの確認と、それに伴った軽い演習などを行って疲れているはずなので、甘い物は効くんだろう。

 

「ぼくのは?」

 

「名物の豆乳だ」

 

「え、ぼくあまり豆乳好きじゃないんだけど……」

 

「お前そんなんだから村雨ちゃんや夕立みたいな妹たちに胸のサイズ負けてるんだぞ?見ろよこの二人のボンキュッボォォォォン!!それとも俺が揉みしだいて大きくしてやろうかァ?グッヘヘヘヘヘェ!!タダ○ンならぬ、タダパイだぜェ!!」

 

「「「…………」」」

 

 姉妹三人が睥睨してきた。

 

「あ、あの、暴力とかはカンベン……」

 

「え、何言ってるの?ぼく、暴力なんて振ったことないよねっ?」

 

「嘘つけ何回もあるゾ」

 

 時雨は平然とした顔で、執務室の横にあったマイク

に近づいた。このマイクは執務室から、設定によって警備府全体に声を届かせる事ができる。突き出たマイクに向かって時雨は叫んだ。

 

「い、いやぁあっ!!提督やめてぇ!!痛い!痛いよぉッ!!早く抜いてぇぇぇぇぇ!!!」

 

「「「っ!?」」」

 

 時雨の矯声……とは到底思えないほどの叫びが、マイクに向かって声を吹き込むことで、警備府全体に広がる事となる。このセリフと演技を聞いたみんながどう思うかなんて馬鹿でも察しがつくだろう。 

 

「……ふっ」

 

 やりきったような顔をして、シャフト角度で顎をクイっと上げながらこちらを見下ろすように振り向く時雨。村雨ちゃんも夕立ちゃんも、流石に食っていた饅頭を手から落とすほどの衝撃を受けたのは言うまでもない。

 

「……フ」

 

「っ!?」

 

 俺が得意げに笑い返した理由を、時雨は最初は理解できなかっただろう……実は、このマイクは初期動作だけは特殊な手順を踏まないと機能しない。

 機能そのもので言ったら動作するが、数ある警備府のスピーカーから声が出るのは、執務室のすぐ外にあるスピーカーであり、警備府全体に伝わせるための装置としては全く機能しない。

 つまり、時雨の一人レ○プレイだったわけだ。

 そのことを伝えたら時雨のアームロックが俺に決まる!

 

「痛たたたた!!!やめてぇ!!久しぶりで痛いのぉ!!」

 

「キモい声出さないで!生まれつきなの!?気持ち悪い!」

 

「ハァ!?テメェ自分がいい声に恵まれてるからって調子に乗んなよォ!?生まれ持った体を大事にしてる俺にその冒涜はいけねェよなァ!?訂正しろ!死んだ母ちゃんに謝れェ!!」

 

「天国のお義母さんごめんなさい!!ごめんなさい!!そして宍戸くんも堕ちてェ!!」

 

 村雨ちゃんに助けを求めたが、「プイ!」とそっぽ向かれた。後で五月雨ちゃんに聞いた話が”時雨の胸を揉みしだく”というフレーズに対して苛立ちを覚えていた様子だ。

 

 俺の腕が再起不能になったところで、時雨たちに俺がここに来た時のこと、今からやる事を話す。

 

「痛てェ……こほん、実はこの警備府に来るときに、一日早く潜伏してたんだよな、下士官として」

 

「え、なんで?また何かの試練?」

 

「チゲぇよ、ただ内情をいち早く、そして提督って立場から離れて知りたかっただけだ。んで、まともに警備府を歩いてないから、俺の正体を明かしまわろうかと思って」

 

「なんでそんなテレビ番組みたいな……」

 

「明々後日の着任式でやればいいっぽい!」

 

「そんなに待ってたら中途半端に知れ渡っておもしれぇ反応見れねぇだろうがァ!!」

 

 提督さん幕僚会議の事忘れてるっぽい?とかドヤ顔でほざく可愛いかわいい子犬ちゃんには、たっぷりと俺のお情けを仕込んで躾けないとな。

 

 

 

 廊下。

 

 夜の警備府の大半は自室待機、もう半分は警備府の施設を回ったり仕事をしていたりと、なにかと落ち着きのないのが実情である。

 出撃の作動確認についての資料に印鑑を押したあとに、その他の書類をまとめてから執務室を出た俺は、すでに眠かった。

 ついてきているのは時雨一人で、夕立ちゃんは食堂に行っておやつを、村雨ちゃんは自室で肌のチェックをするらしい。

 

 新品同然の床を楽しそうに歩く時雨は、可愛らしく鼻歌を交えながら進む。

 若干俺の前に出ている時雨を見ながら歩いていると、早速前方より来た顔覚えのある士官たち四人に挨拶する。

 

「「「し、司令官!そ、それにあの前線艦隊の」」」

 

「やぁ君たち。どうしたんだ?」

 

「い、いいえ、司令官がとてもイケメンなので、ついつい緊張してしまって……」

 

「そ、そうなんですぅー。あたしぃ、とってもぉ、かっこいいとおもっちゃったみたいなぁー?うふふっ」

 

「そうかそうか。俺の顔って秋葉原にいそうな顔だってよく言われるんだけどなぁ……?そこの君みたいなイケメンを見たらマジ轟沈しちゃうわなぁ……?」

 

「そ、そんなことないッスよ!!司令官のほうが絶対にイケメンですって!!」

 

「そ、それに何よりフランク!度量の深さ、マジ尊敬しマックスゥ!!」

 

「ハハハ、そうかそうか。でもなぁ……?君たちも俺にフランクに接してくれていいんだお……?オレ、ゼンゼン威張らないスゥパァカッコイイテイトクダカラァ……!?」

 

「「「す、すいません失礼しますッッ!!!」」」

 

 ヌルヌル動きながら士官の一人に肩タッチしたら逃げられた。

 

「あれ、宍戸くん正体明かすんじゃなかったの?」

 

「いや、あいつらとは直接話してない。ただ俺の悪口言ってたから懲らしめただけ」

 

「そんなことしたら余計心情悪くするよ……」

 

「ハ!本来なら独房監獄行き・逆さ吊り・市中引きずりの刑なのをアレで許したんだぞ?ありがたいと思えッてンだよ」

 

「うわ、独裁者がいるよ……」

 

 ケッ!あんな奴らに好き勝手言われてへーきな顔できるかってんだよ。でも、あぁいう奴らがいるのはむしろ安心できる。100%の忠義を向けるよりかは、表面上媚びへつらっている奴らのほうが扱いやすいから。

 ここで無条件で俺に従いたいなんて本心から言うヤツは、俺の噂やステータスを見ているだけで、俺自身を知って言っているワケじゃないので、実際の俺を見て後々失望する可能性が大いにあるんだ。

 最初から舐め腐られて、悪印象である方が過度な期待を持たれないでいい。

 

 さらに廊下を進むと初霜姉妹が降臨なさった。

 

「お、初霜たち」

 

「「「提督!」」」

 

 四人全員の敬礼に応対した。

 若干緊張が走っているような顔をしていたが、前にも時雨に話したように、舞鶴で参謀をしていたときから初霜は俺を知っている。

 しかし、姉妹たちとはほぼ初対面である。

 

「舞鶴第一鎮守府の参謀を努めたことのある宍戸だ。あの時は初霜には随分と世話になったんだ」

 

「い、いいえそんなことないわ!むしろ私の方こそお世話になって……」

 

「ほう、これがあの前線の龍とやらかのう?初霜が以前世話になった……いや、これから世話になるのかえ?」

 

「子日たちもこれからお世話になるんだよー!?」

 

 的確なツッコミを入れる子日に若葉が頷いた。

 間髪入れずに、クールな若葉は俺を見て「あぁ」と、なにか納得したような声を漏らした。

 

「昨日のバンダナ、か」

 

「え?バンダナ……あぁ!あの水兵さんっ!?」

 

 ようやく気付いたのか、驚いて口を押さえた。まったくもって女性らしい仕草だ……時雨はクスっと笑った。多分変装としてバンダナを使ったんだろうな、アホらしッ、とでも思ってるんだろう。

 

「ほう、昨日の……いやいや、これは気づかなかったのう。まさか今日着任する筈の司令官が、昨日水兵として歩き回っていたとは……」

 

「一日前に来たなんておまえたちの気が収まらないだろ?変装してでも自分が着任する場所のことをある程度把握しておきたかったんだよ」

 

「なるほどのう」

 

 ……なんかリアクション薄いんですけど。

 

「昨日会ったせいなのかは分からないけどー、初霜が提督のこと話してたんだよ!」

 

「ちょ、子日ねえさん!」

 

「フフ、初霜にもついに……」

 

「や、やめてよぉ……!」

 

 姉妹たち……いや姉から、からかわれている初霜はとても可愛らしかったが、彼女は第四艦隊の旗艦を務める立場にある。こう見えても、彼女の潜在的な力は測り知れない。この人事がどのように転ぶかは楽しみだが、その真価が発揮されるのも俺の腕次第だ。

 

 手を振って別れるまで初霜は赤面したままだったが、一体どんな話をしていたのだろうか?

 ……まさか初霜、俺のことを……最高なんですけど。

 

「痛たた、いたいいたい、フフっ、耳引っ張るの痛いからやめて?ねぇ、痛いって言ってるでしょおおおおォ!?耳千切れたらどうすんだアァ!?」

 

「もうそろそろ演習場に着くんだけど、鼻がお猿さんの倍ぐらい伸びてたからついっ」

 

 漢心の分からない三つ編みガァ……!

 

 と言ってる間に着いたのは演習場であり、データを取っていた士官が敬礼してきてこちらも返す。

 

 夜空に浮かぶお月さまをバックに、轟音とともに打ち合う艦娘同士ーーカラフルに彩られた和服を着こなす、神風ファイブの姿が見えた。

 

 演習場、兼出撃所。

 

 戦っていたのは通常6隻艦隊編成が二組に分けられた、涼月艦隊同士の3on3であり、麾下の艦隊には神風ファイブがいる。つまりは俺たち警備府の第五艦隊である。

 

「宍戸司令官、データの方はこちらとなります」

 

「おぉ、ありがとう」

 

 士官は整列して、リーダー格の一人が取ったデータ資料を渡してくる。

 第一から第五艦隊までの資料は上々。出撃の作動不都合などは細かい修正点を除いて問題なく、演習を行ったことで艦娘たちの最新の戦闘データなどが取れた。

 

「流石は前線艦隊の時雨大尉ですね。白露少佐とその姉妹は強い!とは噂に聞いていたんですが、これほどとは……」

 

 時雨たちの練度は一応警備府内では最高なので強いに決まっている。

 紙を捲ってパラパラパラ〜っと流しながらデータを読んだ。俺が整工班だった時代、何時間も取ったデータに対して、提督は僅か数秒で読んでしまう事にイラっとした事もあるが、ある程度は頭に入れておいて、執務室で必要な時にじっくりと読むためのデータなのである。

 

「て、提督!?な、なんでここに……」

 

 出撃所から上がってきた最初に目に入ったのが俺だった神風は後ずさりする。第五艦隊の全員が驚きながら敬礼したので、ここはフランクに……あくまでモテる提督的なオーラを出して、楽にしていいと手を下げさせる。

 

「頑張ってるようだな第五艦隊」

 

「お見苦しいところを、お見せしました……」

 

「何を言うんだ涼月!強い艦娘ばかりを見続けて目が肥えた俺でもあんなに精錬された動きは見たことがないぞ。無論、神風たちもだ。とても気分が良くなったよ」

 

「「「あ、ありがとうございます!」」」

 

 なんだこの和服美少女大正ロマンはビクビク震えながら俺を見上げていた。俺が来たときはオタクとかなんとか言ってたくせによォ……?

 

「ふむ……ところで神風たち。昨日、バンダナっぽいはちまきを付けたとても気持ちが悪い人、覚えているか?」

 

「気持ちが悪い……あぁ!」

 

 思い出してくれたか!?

 

「あのオタクみたいな人ですよね!知ってます!とても気持ちが悪かったです!」

 

「そうそう!最初はホント侵入者かと思って蹴り飛ばしそうだったのよ!まぁ生理的にも無理だから蹴り飛ばしそうだったけど……」

 

「司令がご存知だと言うことは……あのお方は……」

 

「ほ、本物の、不審者って事ですか!?ま、松風!」

 

「整工班所属って聞いたから見逃していたけど、それだったら話は別だね。僕の姉貴たちを怖がらせる輩は、この僕が許さないよっ」

 

「…………」

 

 ここで正体を明かすのはまさに愚策であり、誰もが躊躇すると事だが、俺は上着を脱いで足を捲りあげて、持っていたバンダナを使って額に被せた。

 

「ぶ、ブヒィぃぃ!か、神風ちゅわァァァん!!!」

 

「きゃあああああああ!!!」

 

「大丈夫!?君たちの安全は、この僕が守るよ!」

 

「「「時雨さん!!!」」」

 

 時雨が唐突なヘッドロックをかましてきたので、涼月は驚いた表情を浮かべ、整工班の士官たちは「司令官を止められるのは時雨大尉ぐらい……と」と冷静な姿勢でノートに書き込み、松風は「僕も参加させてもらってもいいかな?」と時雨に聞いてくるが、その必要もなさそうだ。

 ぐったりと20秒程度意識を失ったが再生し、その驚異の回復スピードで神風たちを驚かせた。

 

「というわけだ、俺は昨日のバンダナキモチワルイ男で、今日から初代司令官として着任する。みんなよろしく」

 

「え、えぇぇぇ!?や、やっぱり夢じゃなかったんですか……」

 

「司令官様が、あのような格好で警備府にいたなんて……」

 

「驚いただろ春風?それで、昨日の俺は今日の俺と比べてどう見える?率直な意見としてカッコイイ?」

 

「まぁ……うん、昨日と比べたらえらい違いよねっ」

 

「あははっ……私もそう思います」

 

 デコちゃんとハイカラ縦ロールのダブル金髪は直接的な表現を避けていたが、俺は自分がイケメンかどうか聞いてるんだよ。

 

 宝塚にいそうな、一瞬だけ美少年に見えた松風の「カッコいいんじゃないかな」というセリフにも”イケメンにイケメンと言われている”感があって素直に喜ぶことはできなかった。

 時雨は若干うなだれ気味な俺に、ププっと笑いやがった。明日の朝飯に豆乳まで混んでやる。

 

 当然ながら、彼女たちが受けた衝撃は隠せないほど大きなものだった様子だ。まさかアレが提督だったとはと、最低でも三回は聞いたぞ。

 そして、提督は基本的にモテモテであるという付加価値に加えて、数度に渡る笑いと他愛もない雑談で、徐々に距離を縮めていく。急接近ではなく、遅くても着実に。

 

 神風たちと、加えて涼月や整工班の笑顔を見れたところで、帰ろうとしたその時だった。

 

 


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