森雪も切羽詰まっていた。
不便なものよね。
森雪はつくづくと思う。
今は緊張に満ちた状態だ。
目の前のディスプレイには無数の敵艦が迫りつつある。
もうあと僅かで、神秘の星イスカンダルにたどり着くと時だった。
ガミラス側がヤマトを迎撃すべく、ここぞとばかりに相当の戦力をつぎこんだらしい。
艦橋の空気感はぴりぴりとしている。
闇黒の宇宙空間、ガミラス軍の暗い緑色の機体が容赦なく近づいてくる様は、群がるハイエナのようだ。
戦闘班のコスモタイガーは、出陣の合図をいまかと待ちかねている。
艦橋はメンバーが自分の持ち場にぴったり貼りつき、次なる支持を待っていた。
いつ発砲するか。
最初の一撃が戦いの幕を切って落とすことになる。
(ガミラス側の数が多いのよね)
自身の切羽詰まった状況と戦いつつ、ヤマトを取り巻く現状の、それこそのっぴきならない状況を分析する森雪である。
ごくりと誰かが唾をのむ音がした。
そんな微かな音すら、異様に大きく聞こえるほど、艦橋は緊張に満ちていた。
今、指揮をしているのは、病に倒れた沖田の代理の古代だ。
森雪の位置から古代は背中しか見えないが、全神経をかけて、最初の一発の瞬間を定めようとしているのが分かる。
隣の島もしかり。
……。
(……今、席を外すことはキッツイ)
森雪はどうしたものかと思う。
本当に予想外だったのだ。
敗因は、昼食でコーヒーを飲みすぎたことか。
それで、仕事に戻る前にトイレにいこうとしたら、なんと掃除中だった。
「ああ、雪、悪いな」
こともあろうに、真田さんが、トイレ掃除のスッポンを握りしめて個室から出てきたので、たまげた。
ここヤマトでは女性が圧倒的に少ないから、使えるトイレは貴重だ。
その貴重なトイレのひとつが、ここだった。
「故障中なんだ。なんとか俺の技術で直してみせるが、どうしてもと言うなら、これで用をたしてくれ」
すまんな、と、言って真田が差し出したのは尿瓶だった。
今、ここで、どうしてそんなものに放尿できようか。
「いえっ、化粧直しにきただけですからっ」
と、嘘をついてトイレを後にした。
もう一つある女子トイレに急ぐ。艦橋から離れた場所にあるから、走っていかないと休み時間が終わってしまう。
(いいい、急がないとっ、急がないとっ)
膀胱がビックバンだわっ。
……。
やっと飛び込んだ、滅多に使わない女子トイレ。個室に飛び込み、さあもう大丈夫だと思った。
緊急事態を知らせるベルが鳴ったのは、その時だった。
かくして森雪は厄介な尿意を抱えたまま、戦闘配置につくことになったのだが、さっきから膀胱が、今にもビックバンしそうになっているのだった。
(ああ、あの時、多少遅れたとしても済まして置けば)
後悔しても始まらないのだった。
もう、ガミラスでもヤマトでも、どっちでもいいから、とっとと最初の一発を喰わしてくれい。
そんで、さっさと戦いを終わらせてくれ。
祈るような思いで俯いていたのだが、事態は膠着しており、一向に戦闘が始まる気配がない。
長いにらみ合いである。
「古代、いよいよだな」
「島、ここまで長かった」
司令官レベルの二人は、どうでもいいことを言いながら手を握り合ったりしている。
そんなこと後でしてくれ、さっさと波動砲の一発でもぶちこんじまってくれや。
「ガミラス共の背後にはイスカンダルがある。波動砲は使えないが……」
「大丈夫だ古代。みんな一心同体で戦うさ」
(めんどくせーな早くやれよ)
イライラと森雪は、黄色いボディスーツのつま先で床を叩いた。
「たとえ波動砲が使えなくたって、俺たちは勝つ」
「そうだ古代。地球のみんなが待っているんだ」
見つめあう男同士。
(くっそ、がまんできねえ)
森雪は音もなく艦橋から退室しようとした。
ところがその瞬間、戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
「コスモタイガー、発進せよ」
古代の指示で、待機していた戦闘班がばらばらと小型艇を発進させる。
宇宙空間に、燕のような鋭い動きでコスモタイガーが飛ぶ。ばばばばば、ばばばばば――ミサイルが打たれ、敵艦もそれに応じ始めた。
ど、どうん――ぐらぐらぐらっ。
「エマージェンシーエマージェンシー、ヤマト、被弾しましたっ」
館内放送が流れる。
なにやってんだよヤマト――森雪は目をむき出した――激しい揺れのために膀胱にとどめをさされかけたのだ。
(あっ、ちょっとちびったかもしれないっ)
森雪はモニターにしがみつきながら歯を噛みしめる。
「迎撃せよっ」
古代が司令官らしく指示を出した。
びーっ、びーっ。
よほど撃たれどころが悪かったのだろう、艦橋では赤いランプが点滅する。
死の恐怖が近づきつつある。
「ここで敗れるわけにはいかないんだっ。地球ではみんなが」
「そうだ古代、俺たちは負けない」
盛り上がる古代と島。
他の面子まで盛り上がり始めた。
「古代さん、俺たちはあなたについてゆきます」
「さあ、戦いの指示を下さいっ」
「……きみたちっ(涙声by古代)」
「古代さんっ(男ども)」
……。
「すいません、トイレに行ってきます」
森雪の鋭い叫びが艦橋に響く。
えっとみんなが振り向くのを正視できず、森雪は顔を覆って走り出た。
トイレに続く長い通路――ああ、コーヒー、コーヒー三杯も飲まなければ。
(いいえ、元凶はきっとこれだわ)
森雪は、自分が纏っている黄色いボディスーツを見下ろした。
あの時。
休み時間の終了間際で、どうして用をたせなかったのか。
(全部脱がないと用を足せないって、どうなんだよ)
野郎どもは上下セパレートだってのによ。
森雪のボディスーツと来たら、脱着だけでずいぶん時間がかかってしまうのだ。
(今度から、看護服で仕事をしてやる)
あの、ミニのナースコスプレだ。
(それもまあ、色々問題だけどな)
ごく普通のユニフォームを、切望する。
ぽっちゃり体型だったら、目も当てられないことになる、恐るべきユニフォーム。