うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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モズヌ団討伐~ココポ覚醒!~

モズヌ団討伐~ココポ覚醒!~

 

 

 

Interlude

 

 積荷を奪う事に成功した賊たちは大きな滝が流れる近くの洞窟に来ていた。そのまま洞窟へと入り、ノスリとオウギは先頭を歩くモズヌの後ろを歩いている。しばらく進むとモズヌが足を止めたため、ノスリ達も足を止め目の前の光景を見上げるとそこは行き止まりのようだった。

 

「行き止まりか?」

 

「まぁ、みてるじゃんよ」

 

 どこを見てみても道は途絶えており、ヒトなら飛び越えられる程度の幅の河が流れているだけだった。もちろん鹵獲してきた荷車を渡せるわけもなく、まかせろと言っていたモズヌに疑問の視線をノスリは向けた。

 

 モズヌは訝しげに見てくるノスリの方をちらりと見ると口角を上げ視線を外す。そのまま壁側に行き、壁の一か所を押すとガラガラと車輪の鳴る音が響き、しばらくすると目の前には石の橋が作られてた。その光景にノスリは驚き、オウギも感嘆の声をあげる。

 

 二人の様子を満足げに見たモズヌはそのまま足を進めると橋を越えてから振り返り手を上げる。

 

「こっちじゃんよ」

 

 彼に続いて足を進める事しばらく洞窟の出口が見えだし、洞窟から出る事が出来た。その先に見えてきた光景にノスリもオウギも感嘆の声を上げる。そこに広がっていたのは谷に地形を利用し作られた大きな砦だった。

 

「どーよ、ノスリ。ここが俺たち、モズヌ団の根城じゃん!」

 

「まさか、こんな場所にあったとは…」

 

 そう感嘆の声を上げるノスリをしり目にモズヌに下っ端の団員二人が近づいてくる。

 

「ここなら帝都の連中にも絶対見つからネェっすよ」

 

「前みたいに検非違使の顔色窺ってこそこそするような必要もありやせんしね」

 

「おうよ。どこぞの村を焼き払おうが、女子供をさらおうがなんでもやりたい放題ってわけじゃんよ」

 

 下っ端の言葉に卑下た笑みを返しつつモズヌがそう言う。ノスリがそれを聞いて眉間にしわ作り、鋭い眼光で睨むが機嫌の良いモズヌはそれに気付かない。

 

「にしても嬉しいぜ。まさかお前の方から手を組もうって言ってくれるなんてよ」

 

 モズヌは上機嫌にそう言って馴れ馴れしくノスリの肩に手を回し、ノスリを抱き寄せる。ノスリはそれに抵抗はしないが鋭い眼光はそのままだ。

 

「これからは過去のいざこざは忘れてよ、ここで仲好く一緒に「いや、気が変わった」……へ?」

 

 モズヌはノスリのその言葉に間抜けな声を漏らし、呆けたようにノスリを見た。そして背後から刀を抜く鋭い音が彼の耳に届き、背後を振り返れば抜き身の刀を持ったオウギが笑顔で、しかし冷えた目をして彼を見ていた。

 

「同盟はここまで、ということです」

 

 オウギはそう言いながら刀を振りかぶり荷車の縄を切る。抑えを無くした暖簾がばさりと重力に従って地面に落ち、荷車の中からウコンの部下たちが抜刀しながら降りてくる。

 

「何ぃ!?ノスリ貴様等俺たちを売ったのか!」

 

「私にはそもそもお前と仲間だった記憶はないがな。そもそも下種なうえに、幼女趣味のやつと組みたいなど本当に思うわけがないだろう?」

 

「ちっくしょう!!って幼女趣味ってなんだ!?」

 

 思ってもいなかった事態にモズヌ団の構成員たちは慌て、戸惑いながらも武器を構える。

 

 ウコンが思い描いていた通りに賊退治が始まった。

 

 

 構成員たちも奮闘したが、所詮は正規の訓練を受けたわけでもない烏合の衆。徐々にモズヌ団は追い詰められていく。そんな中、頭目モズヌと彼と立ち上げ当初から苦楽を共にした団員十名弱程は砦の奥へ奥へと進んでいた。

 

「ノスリの奴俺たちを裏切りやがって…。こんなの、もうどうしようもないじゃん。しかしこんな時の為に逃げる準備をしていてよかったじゃんか。隠し通路は見つかってないだろうな?」

 

「はい頭、こういう時の為に準備してたんですから大丈夫ですぜ」

 

 そう言って先導する団員に連れられ行き止まりにたどり着く。団員の一人が壁の一部を押すと、からくりが作動し地下へと続く階段が現れた。それにモズヌ達は入っていく。彼らが入ってしばらくするとからくりが動く音がし、そこには何もなかったかのように行き止まりの通路だけが残されたのだった。

 

 そうして頭目が逃げ出した事にも気がつかず、モズヌ団の他の構成員たちは戦い続けるのだった。

 

Interlude out

 

 

 

 ウコンから説明を聞いた後、奴は残っていた仲間たちを引き連れ賊の討伐に向かった。朝に先ぶれに出したと言っていた者たちは荷に潜んでいて、先に賊討伐を行っているということらしかった。そいつらと合流するために山道の奥に分け入っていったのだ。ルルティエを連れてそこに向かうわけにはいかないため、自分たち―自分、クオン、ルルティエ、ココポ、そして自分の乗っていた馬―はルルティエの護衛と言う名目で待機だ。というかあいつが自分たちを誘ったのって、これが目的だったのではなかろうか。まぁ一般人の感覚で言うと、二人でいるときに襲われるより良かったと見ることもできるだろうが、自分たちの場合だと二人の場合の方が面倒は少なかった気もする。なんだか釈然としないものを感じつつ、ウコン達を見送った。クオンも同様のようで自分の腕に抱きつきながらも少し不満そうな表情をしている。だがこの場にいれて良かっただろう、自分たちがいることでルルティエもずいぶんリラックスできているようだ。

 

 ウコンの説明は理性的には納得できるものだったが、心情的には納得しがたかった。なので今度なにか埋め合わせをするという事で手打ちとした。

 

 そんなこんなで自分たちは襲われた場所近くにあった段差に腰かけ、ウコン達が戻ってくるのを待っているのである。

 

「ウコンさま達は大丈夫でしょうか…」

 

「心配いらんだろうさ、あのウコンが盗人連中に後れを取るとは思えんしな」

 

「うん、心配ないとおもうよ?でも、あんな事があったのにウコンの心配なんて本当にルルティエは優しいね」

 

 あんな謀に利用されたってのに純粋にウコンの事を心配するルルティエにクオンと顔を見合わせ苦笑が漏れた。ルルティエが落ち着くようににポンポンと頭を撫でると照れくさそうにほほ笑んでくれる。クオンも対抗するように腕を引き、上目づかいに見てくるのでその頭を優しく撫でてやった。

 

「私たちは、ここでの~んびり待っていればいいかな」

 

 自分の腕に抱きつきながらそう言うクオンにそうだなと返し大きく伸びをするとあくびが出た。その様子を見たクオンとルルティエがくすくすと笑う。

 

「そういえば、ハクさまはウコンさまとは最近お知り合いになったばかりだと伺っていましたが…」

 

「ああ、そうだな」

 

「それなのにあんなに遠慮のないやり取りをしてらしたんですよね?」

 

 まるで長年の親友のように見えましたと、ルルティエは言う。あいつとは会ってから短いなりに気持ちのいい男だって事は分かってるし、自分は友人だと思ってるし、相応に信頼もしている。だからこそ今回みたいにずかずか言えたってのもあるだろうな。

 

「なんだか、羨ましいです…」

 

「そう?」

 

 微笑みながら小さくつぶやかれたルルティエの言葉にクオンがそう返す。ルルティエは何故か慌ててクオンの方を見いった。

 

「あ、はい…、男の方どうしの友情って素敵、だと思います」

 

「しかし、結果的にウコン達に着いてきて正解だったかもしれんな」

 

「む~、あんな目にあったのに?」

 

 そう言うクオンも心の中では自分の意見に同意しているのだろう。目の奥には優しい光を宿していた。

 

「まぁそうなんだが、ルルティエを一人にせずに済んだしな。考えても見ろ、俺たちがいなかったらルルティエはむっさい男どもの中に女の子一人だけ、しかも今と同じ事態になったらウコンの部下と一緒にいるか、賊の討伐に同行するかの二択だったんだ。それに比べれば随分マシさ」

 

「それは私も同意するかな。ルルティエもその状況だと委縮しちゃうだろうし、賊襲撃の後はとても不安だっただろうし」

 

「あ、あの、わたしの事はいいですから。お二人だけの時に襲われるよりもましだったとかではないのですか?」

 

 ふむ、それも考えないではなかったのだが…

 

「…多分、逃げ出すなり迎撃するなりはむしろ二人の方が容易かったと思うし、そういう方面ならむしろ二人だけの方が良かったかもね」

 

「だな。クオンと二人だけだったらなんとでもなる。あの賊どもの練度じゃなぁ」

 

「…お二人ともお強いのですね」

 

 むしろ、二人の方がそういう場面では楽だよな。それをルルティエに伝えると目を丸くして驚いてくれた。それが妙にかわいくてクオンと一緒に笑ってしまったらルルティエが真っ赤になってしまった。

 

 そんな風に和やかに過ごしていると、ウコン達が向かった方角から軽快な足音が聞こえたのでそちらに目を向ける。するとウコン達と一緒に賊討伐に向かったはずのマロロが戻ってきていた。

 

「マロロ?なんでお前はここにいるんだ?ウコン達についていったんじゃ…」

 

「何を言うでおじゃるか、ハク殿を残していくのが心配で、ウコン殿に頼んでここに残してもらうことにしたでおじゃるよ」

 

「そ、そうか…」

 

 ウコンの奴、マロロでは体力的に心配だからってこっちに戻ってくるように誘導したんじゃないだろうな…。そんなマロロは自分の隣に座ろうとして機嫌良く自分の斜め後ろに座る、ココポのシッポに弾き飛ばされ、悔しいのか袖を噛んでいた。何動物と張り合ってるんだ…マロ。

 

 

 

 クオンがお弁当にと思って作ってきていた、アマムニィを食べながらウコン達の帰りを待つ。食事も食べ終わり水を飲みながらゆっくりしていると背後の大岩が地響きを立てて後ろへと下がっていった…っては?!大岩に寄り掛かるように座っていたルルティエがバランスを崩し後ろへと倒れ、大岩が動いた事で出来た穴へと落ちて行く。

 

「っルルティエ!!」

 

「な、なんだぁ!ってさっきの女じゃないか。こいつぁあついてるぜ!こいつを人質にして逃げれば…」

 

 そう声が聞こえると、土煙を上げて動きを止めた大岩の下から先ほど見た賊が十名弱現れ、最後にルルティエを拘束した悪鬼のような表情をしたモズヌが現れる。そして周りを見渡すと自分たちの存在に気がついた。

 

「な、なんなんでおじゃるか!?」

 

「さっきの賊、かな」

 

「ああ、だがさっきよりも状況は悪い…か」

 

 クオンが顔を引き締めながらそう言うと、状況を理解したモズヌが急に笑い始めた。

 

「か、頭ぁ、どうしやす?!」

 

「こっちには人質がいるんだ、うろたえるな。おい、こいつの命が惜しければ俺たちを見逃すじゃん。あ、あとそこの女も置いて行くじゃんよ」

 

「…わ、わたしの事はいいので…逃げてください。…ハクさま、クオンさま、マロロさま」

 

 怯えながらもルルティエはそう言ってくれるが、残念ながらその選択肢は無いな。この状況、どう打開したものか。そうこうしている間にも奴の手下たちがにじり寄ってきている。あまり時間は無いが。

 

「気易く触れないで欲しいかな」

 

「コココココ……コカコココココ…コカルルル…」

 

 クオン、不用意に刺激するなって。ん、これはココポか?うわ、めちゃくちゃ怒ってるぞあれ。主人であるルルティエが怯えているのを感じ取ってるんだろうな、きっと…。それを見てルルティエは青ざめている。どうしたんだろうか?

 

「ぁ…ダメ、ココポ――に、逃げてください…お願いです…盗賊さん…逃げてください…」

 

「…あぁ?何言ってんの」

 

 モズヌがそう言った瞬間だった。ココポが甲高く鳴き凄い勢いでモズヌに向かって駆け出し、驚きで全く反応できなかったモズヌを強く蹴とばした。ああ、ココポがキレたな…それにヒトってあんなに飛ぶんだな、と思いつつ自由になったルルティエに三人で駆け寄る。賊には囲まれる形になってしまったがさっきよりはよほどマシな状況だ。

 

「ルルティエ、よく頑張ったかな。後は私たちに任せて」

 

「…いえ、わたしもココポと頑張ります。いけるよね…ココポ」

 

「コココココ…」

 

 クオンはそう言ったがルルティエは涙を拭いてココポへと騎乗し参戦する事を宣言した。そして自分の方を見てくる。

 

「分かった。危なくなったら下がるんだぞ。マロいけるな?頼りにしてるぞ」

 

「はい、ハクさま」

 

「任せてほしいでおじゃる、ハク殿。マロの呪法が炸裂するでおじゃるよ」

 

 そう言って力強く頷いてくれる二人から目線を外し、前方を見据えて思考を戦闘用に切り替える。奴らはココポの予想外の攻撃の衝撃から立ち直れていない。今がチャンスだ。前にモズヌを含めた五人、後ろには三人か、なら。

 

「クオン、後ろの三人任せてもよいか?」

 

「もちろん、任せてほしいかな」

 

「ルルティエは自分の身を守りつつ、可能であればクオンの援護を頼む」

 

「は、はい!」

 

「マロロは先制で前方に呪法を放り込み、その後は某の援護だ。やれるな?」

 

「分かったでおじゃ。それでは先制で行くでおじゃる」

 

「ふむ、賊に名乗りは不要か…では、行くぞ!」

 

「うん!」「はいっ!」「まかせるでおじゃ!」

 

 それぞれに指示を出すと戦闘を開始する。開戦の狼煙となったのはマロロの呪法だ。

 

「にょっほ~ん」

 

 気の抜けるような声で放たれた呪法は前方にいた二人と後ろの三人を分断する形で発動され、前にいた二人は驚いて後ろを振り向く。…戦闘中によそ見とは余裕だなと思いつつ、全力で鉄扇を二人にたたき込み気絶させた。これでまずは二つ。後ろをちらっと確認すると呪法に浮足立った敵にクオンとココポに乗ったルルティエが接近し、クオンは容赦ない連撃をもって、ルルティエはココポの体当たりでの一撃で、敵の意識を刈り取っていた。最後の一人も一対一でクオンが対峙していて倒されるのは時間の問題と判断し前を向く。

 

 マロの呪法が解かれると同時に加速し、呪法の向こうにいた内の一人を速攻で倒した。モズヌ以外のもう一人も武器を振り上げて向かってきたが大した腕ではなかったため、鉄扇でいなした後、腹部を強撃することで昏倒させた。後ろでも戦闘が終了したようで、残りはココポの一撃からやっと立ちあがってきたモズヌだけだ。そのモズヌに鉄扇を向けながら問う。

 

「く、くそっ、おまえら…」

 

「年貢の納め時のようだな。賊の頭よ。大人しく投降するようなら手荒な真似はせぬが…」

 

「こんなとこで諦められるわけないじゃんか。こうなったらお前ら全員倒して、こいつらと一緒に逃げ出してやるじゃん」

 

 自分の提案に、モズヌは腹の底から声を出しそう宣言してくるが、こちらとしては好都合だ。お前には自分としても鬱憤がたまっているんでな。せいぜい発散させてもらうとしよう。自分の傍にクオン、ルルティエ、マロロも寄ってくるがそれを制して一歩前に出る。背中にクオンの信頼の、ルルティエの心配の、マロロの期待のそれぞれの視線を感じる。自分は自分の役目を果たすだけだな。

 

「…なんのつもりじゃん?」

 

「なに、そちらは一人なのだ。ならば某一人で相手をしようと思ってな。名乗るがよい、賊の頭目よ。一騎討ちと言うのにお互いの名も知らぬとは格好がつくまい」

 

「…舐めやがってクソが!俺様はモズヌ、モズヌ団頭目のモズヌじゃんよ!俺様をなめた事後悔して死ね!」

 

 自分の物言いが癪に触ったのだろう。激高しながらも奴は名乗ってきた。応じない可能性も考えていたのだがな…、奴にも男の意地のようなものがあったという事だろう。

 

「ふむ、モズヌか。某はハク、ただのハクだ。モズヌ、貴殿への手向けに舞を一手馳走しよう」

 

「ご託はいいから掛ってくるじゃん!子分たちをよくもやってくれたじゃん。死ねや!ふん、ふん、ふんがらべぇ!」

 

 モズヌはその場で回り始め、手に持った大斧がぶんぶんと空気を切る。モズヌの気配が最高に高まった時、斧の先が外れこちらに飛んできていた。本当なら避けるのが正しい対処法なのだろうが、今回は一騎打ちだ。迎え撃つように前に出て鞘に入ったままの太刀で受け流す。…十二分に重い一撃だったがウコンの一撃には遠く及ばない。それを捌くことは自分には容易い事だ。速度を落とさずにモズヌに接近し、鞘に入れたままの刀でまずは一閃。

 

「ふんっ!」

 

「ぐっ!」

 

 続いて鉄扇でもう一撃加える。

 

「はぁっ!」

 

「…っ」

 

そのまま鉄扇を宙に放り投げ、モズヌの横を駆け抜けざまに太刀でもう一撃加える。

 

「もう一つ!汝も踊れ」

 

「…見事じゃん」

 

 上に放り投げていた鉄扇をキャッチして閉じ。鞘に入れたままの太刀を腰にさし直す。

 後ろを振り返るとモズヌが倒れて行く姿が見えた。

 

「このようなものが手向けになるとは思えぬがな」

 

 そう言い終わると同時にヒトの体が地面に倒れ込んだ“どすっ”という音が聞こえた。

 近づき確認してみるとモズヌは気絶していた。その顔が妙に満足そうなのが印象的だ。モズヌの無力化を確認したので待っていた三人のもとに赴く。

 

「ハクさま、お怪我は!?」

 

「なに、某は心配ない。ルルティエは怪我などは無いか?」

 

「は、はい。わたしは大丈夫です」

 

「ハク殿、格好良かったでおじゃるよ~」

 

「マロロか、あの呪法の発動は絶妙だった。お陰でこちらも楽に動けた、礼を言う」

 

「それは何よりでおじゃる(やはり、似ているような気がするでおじゃるよ。ウコ…オシュトル殿に)」

 

「ん、どうしたのだクオン…いはい、いはい、やめへふれふおん(痛い、痛い、やめてくれクオン)」

 

 ルルティエとマロロとそんな風に話していると、クオンから両のほっぺを引っ張られる。なんだと思いそちらを見ると少し不服そうな表情のクオンが見えた。

 

「ハク、口調!ルルティエもマロロも驚いてるし、私もいつものハクの方がいいかな」

 

「っとすまん。戦闘となるとついな。ルルティエもマロロもびっくりさせてしまったか?」

 

 クオンに言われ口調をいつもの物に戻す。戦闘とか偉い人との会話の時なんかはついこの口調になってしまう。もう記憶にはほとんど無いあの戦いで、自分にとって大切なある人物の思いを受け継ぎ仮面をつけて過ごした日々の名残だという事だけは覚えている。

 

「…そ、その、わたしと初めて会った日と同じような口調でしたので少しびっくりしましたが、それだけです」

 

「ハク殿はハク殿でおじゃるからな。口調はあまり気にならなかったでおしゃるよ。ただ、少しびっくりしたでおじゃるが」

 

「ああ、二人ともすまなかったな。さて、もう一働きして貰うけどいいか?気絶させたこいつらを縛り上げるぞ。目をさまされると面倒だから迅速にいこう」

 

 そう言って三人を促すと、手分けして賊たちを縛っていく。縄はクオンが持っていた物を使用した。そして縛り終わるとウコン達の帰りを待つのであった。

 

 賊たちを縛り上げてしばらく。大勢の人間の歩く音が聞こえたためにそちらへ視線を向ける。賊の援軍ではないとは思うが一応腰を上げて皆に警戒を促しておいた。

 

「あれは…」

 

 整然と行軍する兵士たち。先頭には指揮官と思われる仮面をつけた男が馬に乗っていた。その姿を見て警戒を一段下げる。見れば見るほど帝都から来たであろう軍隊のようだったからだ。しっかしあの仮面の男にもウコンに感じたような感情を感じるとは、前の時の自分の交友関係はどうなってたんだろうな?

 

「あの仮面…」

 

「あの御方…まさか…オシュトルさま…?」

 

 クオン達がそう言うのを聞きながら、その軍を出迎えるため自分が一歩前に出る。ルルティエの反応からヤマトの広い範囲に影響力があるか、名声が鳴り響いているような人物なのだろうと推測する事が出来た。クオンが仮面を見て呟いていたのは、仮面から何らかの力を感じたのだろう、自分もあの仮面からは自分たちと同種の力を感じ取ることができるしな。

 

 そんな事を考えていると、兵士達の先頭を歩いていた仮面の人物が馬から降り自分の目の前にきて声をかけてきた。

 

「貴殿達がウコンの言っていた協力者殿か。某の名はオシュトル、ウコンの上司のような者だ」

 

 そう言った後、自分の後ろを見てから再度口を開いた。

 

「其方達が賊の首領を取り押さえてくれたか。此度の策、首領を逃がすことはまさに失敗と同義であったからな。この通り感謝する」

 

「いえ、某たちはかかる火の粉を振り払っただけの事、感謝をされるようなことではありませぬ」

 

 ウコンの上司に当たる人物、そう言う仮面の男―オシュトルの言葉に返答を返す。ちなみにオシュトルが声をかけてきた段階で自分は片膝を地面につけたような状態を取っている。クオン達は自分の後ろで立ったままだが実際臣下というわけでもないのだし大目に見てもらおう。

 

「其方はそう言うが、賊どもを捕らえた功績は確かにある。このような場所では満足に謝意も伝えられぬが、其方達の功については、後ほど正式に表彰し、褒賞をもって報いよう」

 

「は、恐悦至極に存じまする。して賊どもはオシュトル様方に引き取りをお願いしても?」

 

「ああ、それは任せともらうとしよう」

 

 褒賞については、くれるというなら貰っておくとしよう。自分としては本当に掛る火の粉を振り払っただけという感覚だから貰えてラッキーな感じだな。賊どもについてはオシュトル側で引き取ってくれるようで、オシュトルが目配せすると、後ろの兵士たちが自分たちの後ろに寝ている賊どもを叩き起こし引っ立てていた。

 

 賊の引き渡しの件は終わったと判断したのか、オシュトルは自分の後ろ、正確にはルルティエの方へと目線を向け口を開いた。

 

「クジュウリ皇からの請願はこれにて遂行されたものとして、よろしいか?詳細はこの書簡にしたためております故、(オゥルオ)へはよしなにお伝えいただきたく」

 

 一つの書簡を持った兵士が一歩出て、ルルティエのに書簡を差し出す。ルルティエは震える手でそれを受け取ると、オシュトルの目を見て口を開いた。

 

「た、確かに…お受け取りしました。…討伐の件…しかと父に伝えます…」

 

「某は別件がある故、これにて失礼いたす。護衛の者たちもすぐに戻る故、安心して帝都までの旅を楽しまれよ」

 

「は、はい…お心遣い感謝します…」

 

 ルルティエの返事に小さくうなずくとオシュトルは自分に向き直る。そして微笑を浮かべると一言だけ言葉を発して兵士たちへと向き直った。

 

「では、諸兄諸姉の良き旅路を祈っている。全軍、速やかに撤収せよ」

 

 その号令に兵士たちは整列し敬礼する。それを確認した後、馬にまたがり、自分たちを見下ろす。

 

「またどこかでお会いすることもあろう。ハッ!」

 

 そう言い残し、オシュトルと兵士達は去って行った。その姿が見えなくなると安心して気が抜けたのかルルティエがへなへなと座り込み、恥ずかしそうにほほ笑んだ。

 

「大丈夫?ルルティエ」

 

「あの…ほっとしたら…体の力が抜けてしまって」

 

「そう言えば、あのオシュトルっていう男、そんなに偉い奴なのか?」

 

 ルルティエの緊張の理由は多分あの男だろうと予測し、そう声をかける。賊どもについては倒した後、縛る時に平然と近づいていたし、そっち方面では気を張っていないだろう。もちろん色々ありすぎて疲労は相応にたまっていて、それが今出てきたって可能性がなくは無いが。

 

「あ、はい。…あの御方は…ヤマトの双璧とうたわれる、右近衛大将の役職に着いておられる方です…。清廉潔白にして公明正大な方で民からの人気も凄いのですよ」

 

「オシュトル殿は下級貴族の出でおじゃるが、若くして無官の身から功を立て、今の地位まで上り詰めたのでおじゃるよ。異例の速さで高位に上られながら、武士であることに驕らず公正明大、ルルティエ殿の言うとおり民からの人気も絶大でおじゃ。なにより、帝からの信頼も厚い御方なのでおじゃるよ。マロも鼻が高いでおじゃる」

 

「ほぅそうなのか。本当に絵にかいたような英雄像だな…しかしオシュトル、さんが凄いのは分かったがなんでマロロの鼻が高いんだ?」

 

「お、おじゃ!オシュトル殿は、マロみたいな境遇の貴族からすれば希望の星でおじゃるからして…」

 

「?そういうもんか」

 

 そんなにすごい奴なのか…。しかしそこまでいくと逆に裏を疑ってしまうぞ。あと何故マロが焦っているのか…。実は友人だとか?まさかな。そんな風に話しているとクオンが来て小声で話しかけてきた。

 

「ハク、あの仮面の事だけど…」

 

「ああ、“力”を感じた。まず普通の物じゃない。ヤマト…やっぱり普通じゃないか」

 

「うん、だけどオシュトルの人物像を聞いた限りだと問題は無さそうかな」

 

「ま、話した印象と人物像を聞く限り、むやみに力をふるったりひけらかしたりする奴でもないだろうしな」

 

 あの仮面とオシュトルについては今結論を出せる物でもない。今は静観しかないか。しかしその力を使う代償はなんなんだろうな…碌なもんじゃなさそうなのは確かだが。

 

「そう言えば、ウコンはまだ戻って――「おう、よんだかい?」」

 

 ふと、思い出したようにそう呟くと、タイミング良くウコンの声がし、そちらを見るとぞろぞろと討伐に行っていた面々が戻って来ていた。

 

 ニカリと笑みを浮かべ手を挙げてくるウコンに対して、自分も手を上げて答える。

 

「随分とゆっくりしたご帰還だな?こっちは大変だったんだが」

 

「悪いな、奪われた荷の回収に手間取っちまってよ。何せこの荷を運ぶのも大切な御役目だからな」

 

 ウコンと話しているとマロロも近づいてきて、ウコンに声をかけてきた。

 

「ウコン殿、討伐の首尾はどうだったのでおじゃるか?」

 

「ああ、手引きは完ぺきで、呆気なく奇襲は成功したんだが、首領を取り逃がしちまってな。先ほどオシュトル様から首領は確保したと連絡があったが、俺の仕事としては手落ちだぜ、まったく」

 

 ウコンはそう苦い表情で言うが一応情報を追加した方がいいだろう。

 

「いや、首領を捕らえたのは、ウコンの協力者として同行している事になっている自分たちなんだから手落ちとは言わないんじゃないか?」

 

「は?アンちゃん達が?」

 

「おう、オシュトル様からの連絡にそれは含まれてなかったのか」

 

 ウコンが呆気にとられた様に聞き返してくる。これはオシュトルの手落ちだな。しかしさっきのウコンの反応、なんか変だったような…気のせいか。

 

「ああ、よくルルティエ様を守ってくれたな。その上、賊の捕縛もって並みの奴に出来る事じゃ…ってアンちゃんは並みじゃあなかったか」

 

「自分みたいな一般人を捕まえて何を言ってるんだおまえは。ま、こっちにはクオンもマロもいたしルルティエもココポと一緒に手伝ってくれたしな。そう言えばルルティエも一人賊を倒したんだぞ」

 

 ウコンのその評価に呆れたようにそう返した。自分は一般人で居たいんだよ。

 

「にょほほ、ウコン殿にもハク殿の雄姿見せたかったでおじゃるよ」

 

「いや、自分はそんなに――」

 

「何言ってやがる。姫様の護衛で待機してるもんだと思ってたら、おいしいところ全部持って行きやがって。まさか待ち伏せして一網打尽とは恐れ入ったぜ。しっかしあのルルティエ殿が賊退治とはな…」

 

「いや待て、こっちはただ偶然巻き込まれただけでだな」

 

「アンちゃん、謙遜もあんまりすぎると嫌味になるぜ?ガハハハハ」

 

 豪快に笑うウコンを見てこれは何を言っても駄目だなと思う。クオンと少し離れたところでクオンと話すルルティエに視線を向けて話題の転換を図る事にした。

 

「それより、ルルティエを危険な目に合わせて悪かった。いくらなんでもあれは想定外だ」

 

「アンちゃんがそう言うって事は相当なんだろうが、何があった?」

 

 そう聞いてくるウコンに賊が出てきて捕縛するまでの流れを語って聞かせた(話したらその後で模擬戦を申し込まれそうな自分の戦闘の部分は省いた)。とりあえず最初は楽しそうに聞いていたウコンだが、ルルティエが賊に捕縛された場面で真っ青になり、怒ったココポがモズヌを吹っ飛ばした部分で爆笑し、ルルティエが賊を一人倒した場面では感心したような声を出したりと忙しそうだった。そして話を最後まで聞いたウコンが吐いた言葉はこれだ。

 

「まぁ、いいんじゃねぇの、結果的に無事だったし、姫様には良い経験と箔付けになったと思うぜ」

 

 とりあえず良いのかそれでと突っ込んだが、ウコンが言うには一國の姫と言えど、いや姫だからこそ、戦場に出ないといけない時があるそうだ。それを考えると賊退治…それも首領をわずかな手勢で捕えた今回の功績は良い箔付けになるだろうという事だった。

 

「これを切っ掛けに、少しは自信をつけてくれりゃぁいいんだがね」

 

「…なぁウコン今回の取り物って、ルルティエに荒事を経験させることもクジュウリ皇の依頼に入ってたのか?」

 

「…さぁてね。俺はそこまで知らされちゃいねぇよ」

 

 自分の中で半ば確信している事だったがウコンにははぐらかされてしまった。ウコンは話題を変えるように今回の賊討伐の報奨金の話題をして来たためそれに乗ってやる事にする。

 

「アンちゃん達は賊の首領を押さえたんだ、きっと何らかの謝礼が出るはずだぜ」

 

「ああ、そう言えばオシュトル様がそんな事を言っていたな」

 

「何せ大将首だ。お前さん達、四人で分けても結構な金額になるんじゃねぇか?」

 

「そ、それは本当でおじゃるか!」

 

 その話を聞いていたマロが何やら興奮した様子でウコンに詰め寄ると、ウコンは慣れた様子で期待してていいと思うぞと言う。それを聞いたマロが舞い上がっているのか小躍りを始めた。そんなに苦しい生活なのかと訝しく思うが、そう言えばマロの親が浪費癖がひどく借金まみれだと言っていた事を思い出し納得する。

 

「あいつの親、また新しく借金をしていたみたいだったが…今は知らん方が幸せだろ…」

 

 ウコンがそう呟いているのが聞こえたが…うん、聞かなかった事にしよう。

 

 

 その日は賊の討伐などをこなした結果、そろそろ日も傾く時間も近づいて来ていた為、ウコンの判断で近くの野営地に宿泊する事になった。自分は武器の手入れをし、クオンとルルティエ合作の夕食を食べ体を拭いてから、あす着く事になる帝都に思いをはせながら就寝したのだった。


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