出会いにして再会5~義侠の男の妹~
「良かったのか?置いてきただけで」
「ああ、もともとあそこ―オシュトル様の屋敷に届ける手筈になっていたからな。あそこに届けときゃぁ、後の手続きやら品定めやらは全部やってくれるはずだ」
あの屋敷前に荷物を置いた後、宴会場に向かう道中にウコンにそう尋ねてみる。正直それで良いとは思えんのだがウコンが良いというなら問題ないのだろう。そうか、と返すとウコンは気楽に笑い後ろを歩くルルティエを見てから口を開いた。
「そういう事だからルルティエ様、心配は御無用ですぜ?名代としてきた姫様としては不安かも知れんが、あとは向こうに任せときゃ何の心配もいらんねぇからよ」
ルルティエはそんなウコンに戸惑ったようにしながらも頷きを返した。それを見たウコンは、さあ宴だ宴だと言って機嫌よさげに自分たちを宴会場まで先導したのだった。
他愛のない話をしながら、ウコンの案内で帝都の中を進む。帝都の中心部から離れてしばらくすると、緑の豊かな一角に大きな建物が見えてきた。
「ついたぜ、ここが旅籠屋『白楼閣』だ。この都ではかなり有名な旅籠なんだぜ」
「…なんだか、他の建物とは雰囲気がちがいますね…」
「うん、そうだね…」
建物に見惚れるようにしてそう呟くルルティエと、興味深そうに観察するクオン。ウコンは、流石にココポとアンちゃんの馬は入れないからなと、厩舎に案内しそこに入れておくように言う。その後、ウコンは意気揚々と中へと入っていき、自分もクオンとルルティエを促して後に続いた。しっかし、昔に資料で見た事のある日本―今のトゥスクルがある土地にあった国―の温泉旅館を彷彿させる建物だなと思う。
ウコンは玄関をくぐった先にいた、女子衆を捕まえて声をかける。
「ウチの連中はもう集まってるかい?」
「あ、ウコンさま。お連れの方なら野菊の間でもう始めておりますが」
「そうかい、ありがとよ」
ウコンは女子衆にニカッと笑って礼を言うとこちらを振り返った。
「しっかしアイツ等、主賓もまたねぇで勝手に始めてやがったか。悪ぃな、こっちから誘ったってのに勝手によ」
「いや、別に良いんじゃないか。待たせるのも悪いし、先にやってくれてた方が気が楽だ」
「そう言ってもらえると助かるぜ」
自分の言葉に肩をすくめて返した後、ウコンは自分たちをつれて野菊の間へと向かう。ウコンとたくさん飲もうと言いあいつつ自分たちも続いた。クオンはそう言う自分に苦笑を浮かべたが止める気はないようだ。さてお目付け役からもOKが出た事だし今回はたらふく飲むかね。
部屋に着くと随分と盛り上がっているようだった。空いている席に座り、それぞれの盃に酒を注ぐ。ちなみに自分はクオンとウコンに挟まれるような位置、ルルティエはクオンを挟んで反対側に座った。自分の肩の上にずっといたフォウは自分の膝の上に陣取っている。ウコンが盃を高く掲げると騒いでいた連中も注目する。それを確認しウコンは口を開いた。
「道中、お疲れだったな皆。今日は存分に飲んで食って疲れを癒してくれ。では、帝都への帰還と、新しい仲間を歓迎して…乾杯!」
『かんぱ~い!』
乾杯の音頭ともに自分とクオンは一気に盃の中身を飲み干し空にする。自分が飲み干しているのに気がついたのかクオンがお酌してくれた。クオンへはルルティエがお酌してくれているようだったので、自分はウコンへとついでやった。
「くはぁ、ホント、一仕事終えた後の酒は美味ぇなぁ」
「ああ、そうだな」
「料理も美味しそうかな。はい、ハクの分。フォウもこれなら食べられるかな」
「お、すまんなクオン。ま、お返しとしちゃなんだが、盃が乾いてるぞ。ほれ」
自分が帝都までの十日弱の道程を思い返しながら飲んでいると、クオンが取り分けてくれた料理と、手慣れた様子で作っていたアマムニィを差し出してくる。フォウには果物を与えているようだ。クオンの盃が空になっていたようだったので、自分はお返しとして酒を注いでやる。クオンも酒自体は結構好きだったはずだからな。本当に好きなのは、はちみつ酒だったと記憶しているがこの場にはない。これで我慢してもらうとしよう。
「あ、ありがとうハク。はい、それじゃあ私も…」
「おっと、すまんな。料理の方もありがたく頂かせてもらうよ」
二人で微笑み合っていると、背中からだれかが寄り掛かってきたようでそちらをみる。するとすでに酒臭い息をしたウコンがいた。その振動に驚いたのかフォウは自分の袖の中に隠れてしまう。こいつさっき来たばっかだったよな、と思いつつ苦笑をこぼし、クオンに目線ですまんなという意味を込めて見る。クオンも苦笑いしながら頷いてくれた。ウコンは自分をバンバン叩きながら言葉を掛けてくる。
「なぁにこんな席で、二人だけの世界に入ってやがる。今日は無礼講だアンちゃん、ほれ飲め飲め~」
「“飲め飲め~”ではないのです!」
ウコンがそう言った瞬間、宴会場のふすまがスパン!と小気味のいい音を立てて開き、続いて女性(少女)の声が聞こえる。皆が静まり返ってそちらに注目すると、そこには不機嫌な顔をした少女が立っていた。ウコンの傍にいたマロが小さく悲鳴を上げたようだが、あいつはそんなにあの少女が苦手なのだろうか。
少女を見るとウコンと合った時と同じ感情が胸の内に溢れてくる。前にあの少女とも浅からぬ仲だったのだろう。この感情にも随分なれたし表情にも出ていないと思う。不審に思われても嫌だしな。
『いえぇぇぇぇい!!イヨッ!待ってました。ネ・コ・ネちゃ~ん!』
と考えていると先程まで静まりかえっていた男どもが少女の名前――ネコネというらしい――を呼びながら手を打ったり、指笛を拭いたりし始めた。
「ッ…!」
男たちの歓声にネコネは一瞬ひるんだようだが、すぐにムスッとした表情を取り戻して部屋の中を見渡す。するとお目当ての人物を見つけたようで自分達――正確にはウコンのところで目線が固定された。ネコネはそのまままっすぐにこっちへ向かってきて目の前に立つ。
「何を、しているですか」
少し険が含まれた言葉が自分たちの耳を打つ。もっとも言われた本人はニッと笑みを浮かべて酒をグイッと煽っていて、まったく堪えた様子が無いが。
「何をしているのですか?と聞いているのですが」
「おぅネコネ。良いとこに来たな。どうでぇ、おめぇも一緒に」
「一緒に、じゃないのです兄さま!」
ネコネは机に手をばんっとおき、怒ったように眉根をよせた。まぁ多分ウコンの妹なんだろうが、遠征から帰ってきた兄貴が顔も見せずにこんなとこで飲んでるなら怒っても当然か…。はぁなにやってんだウコンは。
「やっと旅から帰られたと思ったら、顔も見せずにこんなとこで飲んだくれて!どれだけ心配したと思ってるですか!」
「まぁ、そう言うなって。俺には俺のお役目がある。っと、そうだ、アンちゃん達。良い機会だから紹介するぜ。俺の妹のネコネだ。俺には勿体ねぇ位に出来た妹でよぉ。ちょいと融通が利かないのが玉にきずだが。まぁ、よろしくしてやってくれ」
「ぅ…は、はじめまして…です」
「よろしくな、ネコネ。自分はハク、ウコンの任務先の村で知り合って同行してる」
「…あ、はい。よろしくおねがいするのですよハクさん」
ウコンは思い出したかのように自分たちの方を見ると、ネコネを紹介してくる。紹介されたネコネは自分たちに挨拶してきたが、その様子が借りてきた猫のようで、ルルティエと同じく若干人見知りであるのだと思ったが、自分が挨拶したあとの様子を見る限り、ただ単に先程の態度を恥ずかしく思っていただけのようだ。
「けどウコンよ、こんな可愛い妹がいるってのに顔も見せずにこんなとこに来て…何やってんだお前は」
「まぁそう言わんでくれ。ネコネには明日にでも顔を見せに行く予定だったんだ、大目、に…いや、これは俺が悪いな、うん」
ネコネにあいさつした後、ウコンにジト目を向ける。奴は悪びれた風もなくそう言うのだが後半はしりすぼみになり、最後には自分の後ろを見ながら非を認めた。どうしたのかと思い、後ろを振り向くと、クオンだけでなく、なんとルルティエまでもウコンを非難がましい目で見ていたようだ。さすがのウコンもこれには耐えられなかったのだろう。
「はぁ、ウコンにも困ったものかな。私はクオン、よろしくねネコネ」
「…わたしはルルティエといいます。よろしくお願いしますネコネさま」
「あ、はい。よろしくなのですよ。クオンさん、ルルティエさま」
女性陣もそれぞれネコネに自己紹介をを済ませたようだ。フォウは…また今度で良いだろう。そういえばルルティエの事を様付けで呼ぶって事は、ネコネはルルティエがクジュウリの姫だと知っているんだろうな。
ひと段落するのを待っていたのだろう、ウコンは気まずげに頭をかきながらネコネに頭を下げる。
「…あー、ネコネすまなかったな。今後は帰ったら一番に顔を出すようにするから許してくれや」
「…兄さま。いえ、わたしも悪かったです。こういう事も一応お仕事だとわかってはいるのですが…」
「いや、おめぇが謝る事はねぇさ。おっ?これ前にやった髪飾りじゃねぇか。よく似合ってるぞ」
「あ、はい。ありがとうなのです、兄さま」
兄妹の方も何とかなったようだ。うん、仲がよさそうでなによりだな。似合っていると言われて嬉しいのかネコネのシッポは左右に機嫌良さそうに揺れていた。それからはネコネも溜飲を下げたようで、ウコンの隣に腰をおろしてお酌している。ウコンはなにか内緒話があるようでネコネに耳打ちしていた。ネコネも小さく頷いているようだった。
話は終わったのか、ウコンはこちらに顔を向け勿体つけるように話し始める。
「それじゃあ、白楼閣名物の風呂にでも入るか」
ウコンの発した風呂という単語にクオンの耳がぴくっと跳ねたのをみて、自分は落ち着けという意味を込めてクオンの手を握る。それでクオンは我に返ったようで自分の方を見ると、手を握り返してきた。
「アンちゃんも湯船につかりながら一杯どうだい?良いと思わねェか?」
「おお、良いな」
「…ハク、私はお風呂に行ってくるかな」
湯船ってところで我慢できなくなったのか、クオンはルルティエとネコネを誘い、風呂へと突撃していった。ウコンは呆気にとられた様にそれを見ている。そんな中マロロがポツリと呟いた。
「…クオン殿は湯殿の場所を知ってるのでおじゃろうか?」
「…ネコネが知ってるんじゃねぇか?」
そう言ったウコンの顔は引きつっていたが、気にしても仕方ないという話になり、自分達はもう少し飲んでから湯殿に向かう事にしたのだった。ネコネがいなくなってから膝の上に陣取ったフォウに食べられそうな果物などを与えながら、自分は心の中で一番に苦労を背負うであろうネコネを思い胸の中で十字をきるのだった。
クオンSIDE
「あ、はは…お風呂ってどこかな?」
「知らないで向かっていたのですか…」
「あはは、知ってるなら案内して欲しいかな」
「はぁこっちなのです」
思わずお風呂と聞いて部屋を飛び出してきちゃったけど、よく考えると湯殿の場所を知らない事を思い出した。気まずかったがネコネに頼むと呆れたようにしつつも案内してくれるようなので案内をお願いした。着替えが無い事を思い出し、ネコネに聞いてみると旅館で浴衣を貸し出しているとの事なのでそちらを借りてからお風呂に向かう事にした。
湯殿が近づいてくると温泉独特のにおいがして来てウキウキしてくる。移動中にハクがお風呂を沸かしてくれた事に感謝かな。そうじゃなかったら我を忘れてお風呂に突撃してしまっていた自信がある。ある扉の前に来るとネコネは立ち止まってこちらを向いた。
「ここが大浴場なのです」
私はネコネの腕をつかみ中へと入っていく。ルルティエも後に着いて入ってきた。
「うなっ!?」
「貴方も一緒に入ろう、ね?」
「でも」
「いいから」
少し強引にネコネを誘い、速攻で服を脱いで湯船に突撃した。
「…ああ、お湯、お湯だよ。お風呂だよ~」
本当は体を洗ってから入るのが規則なんだけど、今日ばかりは我慢できずにそのまま入る。ああ、お風呂だよ、しかも足を延ばしてゆっくりできるだけの広さがある大浴場。あ~最高かな。
「二人とも早く~、お湯だよ~お風呂だよ~」
「え、えっと…わたしこのような場所は初めてでして…その」
「…クオンさん?そんなにお風呂がうれしいですか」
そう言いながら二人は軽く体を清めてから、おずおずと湯船に入ってくる。お風呂が好きなのもあるけれど今はそれ以外の要因が大きいかもしれない。
「うん、それもあるけれど。私、お友達とお風呂に入るの憧れてたんだ。だからとても嬉しいかな」
「お、お友達…」
「…友達、ですか?わたしはクオンさんと今日会ったばっかりですが」
ルルティエが嬉しそうに微笑んでくれて嬉しくなる。ネコネは少し私の言葉に面食らったのか呆れたようにそういってきた。
「えっと、私と友達じゃいやかな?」
「い、いえ、そういうわけではないのです。ただ…」
「ただ?」
少し顔を赤くしてそう言ってくるネコネに続きを促す。なんだかこの子も私とおんなじような感じがしたから。
「…い、いままで友達なんていた事が無かったので少しびっくりしたです。それでもいいならよろしくなのです。クオンさん」
「うん、嬉しいかな」
その後ルルティエが自分ともお友達になって下さいとネコネに言って、二人とも照れくさそうに笑っていて可愛かったかな。それからはゆっくりとお風呂に浸かり、二人と親交を深めた。
お風呂を上がった後はウコンが取ってくれていた部屋に戻り就寝することになった。ネコネはウコンの部屋で眠るようだ。兄妹水入らずで過ごすのだろう。私の部屋はウコンがハクと同じ部屋にしてくれたようで、酒盛りの後お風呂に入って戻ってきたハクに目一杯甘えて、約十日ぶりのハクの温もりを感じながら眠りに着いた。余談だがフォウは空気を呼んだのか寝床として与えた籠の中に陣取って出てこなかった。
クオン SIDE OUT