連続投稿分3/6
隠密衆始動~顔役と拠点と~
翌朝、昨日と同じように朝食を食べた後、クオンを伴いルルティエの部屋に向かった。フォウは朝に馬とココポのところに顔を出した時、まだ居たそうだったため、そこに置いてきた。隠密衆のことを引き受けたからには今後の活動方針なんかを話し合っておく必要があるからな。ルルティエの部屋に近づくと昨日と同じく少女二人の話し声が聞こえる。どうやらネコネが来ているらしいな。
「ルルティエ、自分とクオンだ。入っても大丈夫か?」
「あ、はい。どうぞ」
部屋の中に声を掛けるとすぐにルルティエの声が聞こえ、了承の返事をくれた。部屋に入ると予想通りそこにはネコネの姿もありルルティエと食後のお茶でも飲んでいたようだ。
「あ、ハク兄さま、姉さま。おはようなのです」
「おはようございます、ハクさま、クオンさま」
挨拶してくる二人におはようと返し、座るよう促してくるルルティエに頷き二人の対面に座るようにクオンと並んで腰をかけた。
二人とも何の話をしに来たか分かっているようで少し居住まいを正して座っている。
「さて、二人も分かっているみたいだが、オシュ…ウコンに依頼された隠密衆の話を詰めておこうと思ってな。ルルティエ、少し部屋を借りるがいいか?」
全員の顔を見渡しそう声を掛ける。もちろん、部屋の近くにヒトはいない事は把握してから切り出している。あまりヒトに聞かせる話でもないしな。
「あ、はい。ネコネさまとそのように話していましたので大丈夫です。それとわたしはウコンさまが、その…ュトルさまだと言うのは知ってますので」
「ルルティエさんにはわたしの方から再度、事情を説明して了解は貰っているのです。なのですぐに本題に入ってもらって大丈夫なのですよ」
ルルティエから了承をもらい、それにネコネが補足と言うか自分の懸念事項についても先に確認してくれていたようので礼をいう。そういえばルルティエのことはルルティエさんと呼ぶ事になったんだなネコネは。たぶんルルティエがお願いしたんだろう。そう思いながらも本題へと入る事にする。
「ウコンからの依頼を引き受けたが、決めておかなきゃいけない事もあるし、皆と認識をあわせておきたくてな。とりあえず自分としては動くにあたって必要なのは、最優先で拠点の確保、協力者集めも行いたいが、それは仕事の内容次第かと思っているんだが皆からはほかに何かあるか?」
自分が話題を振ると、三人は顔を見合わせる。しばらく考えていたようだが考えがあるのかクオンが口を開いた。
「昨日聞いた話から予測すると、顔役は必須かな。ウコンと同じような事をする事になるだろうから、この集まりの顔となるヒトは絶対に必要になると思う」
顔役か…、クオンの言う事ももっともだ。だがこのメンツで顔役をってなると自分以外に選択肢が無いような気がするんだが気のせいか?ネコネにさせるわけにもいかんし、ルルティエも身分と言う意味だと十分だが、人見知りで引込思案な性格を加味するに他人と顔を合わせる機会が増えるので不向き。クオンなら十分に努められそうだが、クオンにやらせるのは自分が嫌だ。なんで他の男どもに自分の女をじろじろ見られるような事をさせにゃあならんのだ。断固拒否する。
というかこの三人は全員が全員、方向性は違うが美少女だ。女だという事で舐められる可能性がある上に、よからぬ男達が近づいてくる可能性と言うリスクもあるから必然的に任せるのは難しい。
「わたしとしても拠点の確保が最優先だと思うのです。それと姉さまが言うとおり顔役は必須になると思うです。わたしとしてはハク兄さまを押すです」
「わたしも拠点の確保から行うのがいいと思います。えっと、…顔役についてはわたしにはたぶん勤まらないと思いますので他の方にお願いできればと思ってます。ハクさまがなさってくれると言うのであれば大歓迎です」
「二人と同じで私もハクにやってもらうのがいいと思ってるかな。人望って意味では帝都での道のりの男衆からの慕われ方なんかを見るに適任だと思うし。それにウコンが頼み込んだのはハクかな。ウコンもハクが顔役として動くと考えていると思うけれど?」
満場一致で自分を推薦とは期待されたもんだな…。ま、このメンツだと自分以外には(クオンにやらせたくない自分としては)選択肢がない状態だったし引き受けるか。
「わかった。皆がいいなら自分が引き受けよう」
「うん、それじゃあ顔役はハクに決まりかな」
自分が了承すると、クオンは手元にあった紙に『顔役 ハク』と書き込む。
「顔役はハクに決まりとして…ウコンの代わりをするとなると、同士を集める必要があるけど…」
「それは、しばらくは現状維持でも問題ないと思うですよ、姉さま。仕事の内容にもよるですがそんなに大人数で動く事は無いと思うです。それに…兄さまから聞いた限り、ここにいる四人だけでも十分な戦力を有していると断言できるです。このヤマトにおいて限りなく最強に近い武士と言える兄さまに、模擬戦とはいえ勝てなかったと言わせたハク兄さま。戦闘能力も十分以上に有していて薬師としても十分な腕も持っている(らしい)姉さま。単体での戦闘力はほぼ無いようですが、巨大なホロロン鳥を使役でき、騎乗すれば並みの賊程度ならば十分に倒せるルルティエさま。最後にわたしですが、マロロさんと同程度には呪法も扱えるですし、回復の呪法の心得もあるです。本当に大規模な賊討伐などをわたし達単独で行うなどでない限り、後れを取る事はまずないのです」
「い、いえ。ハクさまとクオンさまについてはそう思うのですが、…わたしなんかとても…」
「いや、ルルティエは十分に強いさ。それは自分とクオンが保証する」
「うん、だからルルティエはもっと自信を持っていいかな」
同士を集める必要があるというクオンに、ネコネはそう言いながら戦力分析を披露してみせる。謙遜して見せるルルティエだがそんなことはないと断言した。賊に捕まった直後に自身も戦うと言える女が弱いわけあるか。
ネコネの分析は自分が過剰評価されているが、概ね的確な分析だと自分も思う。正直なところ、数十人程度の賊ならよっぽどの強者でも居ない限り、クオンと自分の二人だけで十分殲滅可能なのだ。指揮ができる前衛の自分と、中遠距離をこなし衛生兵的な立ち位置でも動けるクオン、自身は非力で戦闘に向くとは言い難いがココポと連携すれば遊撃の役割を十分にこなせるルルティエ、実際にこの目で確認したわけではないが術兵として中遠距離をカバーし回復もこなせるというネコネ。贅沢を言えば弓兵が欲しいところだが、それを除いても十分にバランスがいい。自分も思っていた事だが正直現状で同士を募る必要が無いと思えるくらいには過剰戦力だ。
「ちなみに兄さまは、見どころの有りそうな男衆を尋ねて、仲間になってもらっていたと言っていたですが…正直これはおすすめ出来ないのです。良い人ぶっているだけのヒトなんていくらでもいるですし、ルルティエさまや姉さまに魅かれて悪い虫が集ってくる未来しか見えないですから」
ウコンのやり方も自分たちでは難しいか。そもそも、それはよほどヒトを見る目に自信がある奴でなきゃ難しいし、自分たちじゃ女の数が多い事で侮られかねんしな。それにネコネの言う事ももっとも…というか害虫どもがうようよやってくる未来しか見えん。クオンやルルティエも想像したのかなんとも微妙そうな顔をしていた。
「…そうだね、やめておこうか。それに私もネコネと同じ事を思ってたしね。…それに仕方ない部分もあるんだ。同士を募ろうにもその資金も、もうほとんど残ってないし」
自分の中にクオンがもしかしたら言いだすかもしれないと思っていた物がある。クオンは風呂好きだ、そしてここの風呂はこの帝都でもほぼ最高といえる物である。
「「え?」」
「クオン…まさかお前」
「うん、拠点としてここの部屋を長期契約したらお金はほぼ全部使っちゃったかな」
だと思ったよ。まぁ拠点の確保という点では間違っていない為、文句も言いづらい。まぁ風呂が気にいったのが決めてだろうと思うが。クオンはテヘッとかわいらしくそう言うと拠点として大きい部屋を一つ、それに加え皆の部屋も取ってあると言う。後、もちろん自分とクオンは同じ部屋だとも。
「はぁ、使ってしまった物は仕方ないです。それに拠点が必要だったのは本当の事ですし」
「うん、相談もなく決めてごめんね」
「い、いえ、わたしもこの宿は気にいっていたので嬉しいです」
なんやかんやと二人も自分もクオンに甘いなと思いつつ、気持ちを切り替える。クオンは、それにね、と言葉をつづけた。
「それにね、目立たない少人数の方が得策だと思うんだ。なら少数精鋭が望ましいかな」
「まぁ、ウコンも自分たちを雇ったからと言って活動を止めるつもりはないだろうしな」
「うん、推測になるんだけど、私たちから注意を背ける為の囮も兼ねてじゃないかな。だからそこも考えて少数精鋭が最適だと思うかな。人数が要る事はウコン達が、少人数で遂行が必要な依頼は私たちがやればいいんじゃないかな。なにより他から妨害されないようにね」
なるほどな。役割としてはそれでいいだろう。それに妨害の件も一理ある。自分たちの雇い主であるオシュトルは下級貴族から成りあがった男だ。それこそ面白く思わない奴も多いだろうからな。ヤマトという大国でも、いや大国だからこそ、宮廷内は魑魅魍魎の巣窟でもおかしくは無いしな。
「姉さま、気づいていたですか…」
「さすがにね。右近衛大将ともあろう人物が、この程度の資金しか用意できないわけがないかな。そうであるなら、この資金の額は何か訳ありって言ってるようなものだから。やっぱり足を引っ張ってくる輩がいるのかな」
「元々我が家は、貴族とは名ばかりの下位の家だったのです。それが右近衛大将まで上り詰めたのです」
自分の推測で当たっているようだな。そんな立身出世を果たした人物が面白くない輩などいくらでもいる。
「その上、帝からの信頼も厚く、民からの信頼も絶大か…。快く思わずに失脚を願う豪族や貴族が山ほどいそうだね」
「はいです。なので隙を見せないよう、慎重にならないといけないのです。昨日に伝え忘れたですが、わたしはオシュトルの妹ではなく、ウコンの妹と名乗っているのです。オシュトルの妹と名乗ったら最後よからぬ輩がよってきますから」
確かに最初はウコンの妹として紹介を受けた。それにオシュトルの身内とばれた場合の予想も当たらずとも遠からずか。もっとひどい場合もあるし、場合によっては強引に婚姻を迫ってくるような輩もいるだろう。オシュトルの指示だろうがその対応で正解だ。
「さしものヤマトにも恥部はある、か。それとも大国ゆえ…かな、古い宮廷には魑魅魍魎が蔓延るって聞くけどオシュトルも大変なんだ」
「ま、こっちはこっちでなんとかするさ。幸い少人数な上にこっちは女性中心の編成だ。妨害をしてくる奴らも自分達が隠密として動いているとは考えに浮かびづらいだろうしな」
「確かにそういう見方もあるかな。それでも慎重に動くにこしたことはないだろうけど」
クオンとネコネの話を聞いてみてそうコメントする。みんなも同意していたように不利に働く要素も多いがそればっかり見てても仕方ない。有利に働く要素もあるしそれを最大限に生かすさ。
「あの姉さま、ハク兄さま…」
「あはは、ネコネには感謝だね。こんな面白くなりそうなことに誘ってくれて」
「え…?」
あんまりにマイナスなイメージな話が続いたためだろう、ネコネが不安そうな表情で自分たちに声を掛けてくる。ま、クオンの言うとおり面白そうではあるがな、…休めなさそうでちょっと面倒だが。親友の頼みだ、どっちみちやると決めたからにはできるだけはやるさ。
「面白いには同感だな、クオン。ま、って事でそんな顔するなネコネ。可愛いのに台無しだぞ?」
「姉さま、ハク兄さま…。ありがとなのです」
自分も声をかけるとネコネは安心したように微笑んでくれる。だが、何かあった時に備えて資金は持っておくにこしたことは無い。しょうがないから昨日帰り際にウコンから受け取ったギギリと賊討伐の報奨金を提供するかね。
「それはいいとして、いくら少数精鋭とはいえ、流石にこの人数ではまずい場面も出てくるだろうから同士に引き込む奴の選定はそれぞれやっておくと言う事でいいか?一応金の方は昨日ウコンから受け取った、ギギリと賊の討伐の報奨金があるから、これを使う。という事で預けるぞクオン」
「いいの?ハク」
「構わん。ただしばらくの間飲み代なんかは都合してくれると助かる」
「ふふ、分かったかな」
金はクオンに預ける。今回あんな使い方をしたが実際に必要な経費だったからな。
「ハク兄さまありがとうなのです」
「気にするな。そういえばネコネに同士になってくれる奴に心当たりはないのか?」
礼を言ってくるネコネに気にする事は無いと返し、同士になってくれる奴に心当たりがないか聞いてみる。正直自分もクオンもルルティエも帝都に来たばかりで知り合いもいない。ネコネだけが頼りだ。まぁ正直なところマロロは誘ったら手伝ってくれそうだが、俸禄的な問題で論外だ。正直奴に払えるだけの金は無いしな。
「すみません。わたしの知り合いは兄さまの知り合いやら同士の方がほとんどで心当たりと言われてもいないのです」
「そうか…。じゃあ地道に探していくしかないか」
「そうだね」
「はいなのです」
「はい、ハクさま」
同士の件はどうしようもないから保留か。とりあえず現状は出た案で行くことにして、それからは今後の事について話し合った。まぁ、仕事の内容はいまだ決定してない為、結局は雑談になってしまったのだが。
話もひと段落し一度確保したという大部屋を見る事にする。その部屋は広く、まだなにも入ってない書棚や、ふかふかのソファーもあり、床の敷物のセンスも秀逸だった。豪華、という感じではないが落ち着く作りの趣味のいい部屋だと思う。基本的には貴人などが長期で逗留する時などに使われる部屋でクオンは自分たちの本部としてこの部屋を使うと宣言する。オシュトルからの準備金は結構な額だったはずだが、この部屋や宿泊用の部屋を長期で借りたんじゃ無くなるのも無理はない。ま、自分はこの部屋を大層気に入ったし十分満足だな。
しばらく皆でその部屋を見ていると、女衆が部屋へ来て客人が来られましたと告げてきたため客人を通してもらう。多分このタイミングだったら、オシュトルかマロだな。
案の定、自分達を尋ねてきたのはマロであった。マロは部屋の前で自分の方をちらちらと見ながら構って欲しそうにしていたので声を掛けてやる。
「何してんだマロ、そんなとこにいるなら部屋に入ってこい」
「にょほ!?『マロ』と呼んでくれるでおじゃるか!ハク殿は!そ、そうでおじゃるか!」
マロはなぜか喜びながらこちらへ駆けてきて自分の前に立つ。なんであんなに喜んでんだか、マロなんていつも呼んで…ん?そう言えば心の中ではいつもそう呼んでいる気がするが、実際に呼ぶのは初めてなのか…。とりあえず納得がいった。
なんかマロを見るネコネの目が怒っているというか、悲しそうというか複雑そうに見えるが気のせいだろうか?マロはそんなネコネの目に気がつかず自分に話しかけてきた。
「にょほほ、ハク殿。話は聞いているでおじゃるよ。マロに声を掛けてくれないなんて水くさいでおじゃる」
「聞いたって…何をだ?」
「オシュ…ウコン殿からの頼まれごとの件でおじゃる。色々聞いているでおじゃるからして。何か困った事はないでおじゃるか?もしあれば遠慮なく言って欲しいでおじゃるよ」
ああ、そういえばこいつもオシュトルの協力者だったな。しかし、依頼がまだ来ていない現状マロに頼むことなど何もないのだが。そもそもこいつに払ってやる金もないしな。
「すまんが今は何もないな…」
「そうでおじゃるか…」
マロはそう言って肩を落とす。正直そこまで落ち込む事もないと思うんだがね…。
「と、そうだマロ。今日の夜は空いてるか?」
「今晩でおじゃるか?空いているでおじゃるよ」
自分はマロの予定を確認するとクオンに声を掛けた。あまり遅くなっても悪いし、あの時風呂炊きを手伝って貰った礼をするとしよう。
「クオン、今晩なんだがマロを招いて飲みたいんだがダメか?ほら帝都に来る途中の風呂の礼も兼ねてさ、どうせなら隠密衆の結成祝いってことでウコンも呼んでな」
「ああ、その件ね。うん問題ないかな、私もきちんとお礼してなかったし、ルルティエもネコネもいいかな?」
「あ、はい。わたしもお礼を言えていなかったので」
「姉さまがそう言うのならいいですよ。兄さまにはわたしが確認を取っておくです」
クオンを含めた三人も了承してくれたため、マロに夕飯の時間になったら来て欲しいといって送り出す。さて、来れるかは分からんがウコンも誘うかね。マロは“ハク殿に誘われたでおじゃる”と上機嫌に言いながら部屋を後にしていった。
「私は夕飯に合わせて厨房を借りられないか交渉してくるね。多分借りられるとは思うから、ルルティエにも手伝って欲しいかな?」
「あ、わかりました。お礼も兼ねている事ですし、腕によりをかけましょうねクオンさん」
クオンはそう言うとルルティエを伴い出て行く。部屋にはネコネと自分が残された。
「ネコネはこれからウコンのところか?」
「いえ、今はお仕事で屋敷にはいないはずですから、もう少ししてから行くのです」
ウコンへの伝言は任せろと言っていたネコネはそう言うと、少し休憩にするですと言ってお茶を入れ始める。自分の分も入れてくれるようなのでご相伴にあずかる事にする。そう言えば今は二人だけだしさっきすこし気になった事を聞いておくか。
「はい、ハク兄さま」
「お、すまんな、ネコネ。…うん、うまい。オシュトルの屋敷でも思ったがネコネの淹れる茶は美味いな」
「…ありがとうなのです。兄さまは昔からお仕事で忙しそうにしていたですから、少しでもゆっくりできるように練習したですよ」
とりあえず、茶を一口すすり味わった。やっぱりネコネの茶は美味いな。さて少し聞きにくいが今を逃したら聞く機会もなさそうだし聞いておこう。
「なぁ、ネコネ少し聞きたい事があるんだがいいか?」
「?なんですか、ハク兄さま」
「いや、ネコネはマロの事が嫌い…いや、苦手なのかなって思ってな」
ネコネは自分の質問が予想外だったのか少しだけ驚いた表情をすると、言いずらそうにするが、口を開く。
「…嫌いなのではないのです。ハク兄さまの言うとおり苦手と言うのがしっくりくるですかね。マロロさんがあんまりにもわたしに遠慮したような、引け目を感じているような態度を取ってくるのが…。ハク兄さま…少し、話を聞いてもらってもいいですか?」
「おう、いいぞ。妹の頼みを断るような兄に見えるか?」
「…ありがとうなのです。ハク兄さま」
ネコネはそう言うと自分をソファに座るようにうながし自身も隣に座る。するとポツリポツリと語り始めた。
そもそもネコネとマロロの出会いの切っ掛けは、やはりオシュトルだったようだ。ネコネが兄を追いかけて上京した折、オシュトルに友人としてマロロを紹介された事が初めだったらしい。頼りにならない所は多々ある物の、なんやかんや自身を気に掛けてくれるマロロをネコネは邪険にしつつも気に入っていたのだという(それっぽいニュアンスをかなり遠まわしに言っていた)。
だがあるきっかけを境にその態度にも変化が生じてきたとネコネは言うと、ためらうようにして口を開いた。
「…ハク兄さまには言ってなかったですが、わたし殿試の最難関試験を突破しているのです。流石に年齢の問題で資格は与えられなかったですが」
「それは凄いな。頑張ったんだなネコネは」
自分はその時頑張ったであろうネコネを労うつもりで頭を撫で、言葉を掛ける。ネコネは自分が撫でるのを嬉しそうに受入れ目を細めると、少しだけ不思議そうに自分を見上げてくる。しかし殿試か、ネコネの才能もあるんだろうがきっとめちゃくちゃ頑張ったんだろう。そんな頑張り者が義妹で自分も鼻が高いってものだな。それと、他にヒトがいない所でなら撫でてもそんなに嫌がらないのか、よし覚えた。
「…ハク兄さまは変わらないのですね。わたしが殿試に合格したと知った後の人たちは手のひらを返したように優しくして来たり、わたしを必要以上に持ちあげてきたりと態度を変えてくる人ばっかりでしたから」
「どれだけ優秀でもネコネはネコネだろ。なんだ、それとも未来の殿学士様として敬った方が良かったか?」
「ッ!そんなこと無いのです。それにハク兄さまに畏まられても気持ち悪いだけなのです」
そう、どんな才能を持っていても、どんな肩書を持っていてもネコネはネコネだ。オシュトルの妹で、自分とクオンのかわいい義妹。そう思いながら告げると、ネコネは嬉しそうに笑ってくれた。しかしなんとなく話が読めてきたような気がするが、マロがそれくらいで態度を変えるかね。なんだかんだあいつも普通に喜びそうな気がするが。
ネコネは小声でありがとなのです、と言うと話を続けるようで再度口を開いた。
「マロロさんも喜んでくれたです。その後マロロさんが殿試に合格して資格を得ました。それからなのです。わたしを見ると遠慮したような、引け目を感じているような態度で接してくるようになったのは。なんとなくそう感じる程度なのですが少し気になってしまって…。殿試に合格したのだから普通に誇ればいいのです、なのにわたしが見るたびにそんな態度で…ああもう、思い出すだけで腹が立ってくるのです!」
「なるほどなそう言う事か。ああ、うん。どう考えてもマロが悪い」
憤慨して怒るネコネの頭を撫でてなだめながらそう呟く。そう、考えるまでもなくマロが悪い。あいつの事だから殿試に合格しても資格を得られなかったネコネに対し、その後順当に資格を授けられた自身に対して思うところがあるのだろう。それは分かる。分かるが…ネコネにそれを悟らせてはいかんだろうに。
自分はネコネを落ち着かせるように頭をもう一度撫でるとネコネに笑いかけた。とりあえず話してみんことには始まらんからな。
「今日、少しマロと話してみるさ。すぐにはどうこうはできるとは思えんから、気長に待っててくれ」
「…ハク兄さま。はい、なのです」
しばらくネコネの頭を労うように撫でていたが、クオン達がそろそろ戻ってくであろうと言うタイミングでネコネは立ち上がった。
「さて、わたしは兄さまに今日の件でお伺いを掛けてくるです。話を聞いてくれてありがとうなのです、ハク兄さま。少しだけ心がかるくなったのです」
ネコネは自分の方を見てからそう言うと部屋を後にする。さて、今日は義妹の為に一肌脱ぐかね。
ネコネが出て行ったタイミングから少ししてクオンとルルティエが部屋へと戻ってくる。その表情から察するに厨房を借りる許可は問題なく取れたらしい。
「ただいま、ハク。ネコネはオシュトルのところ?」
「おう、オシュトルの予定を確認するって言って出て行ったぞ。厨房の方はどうだったんだ?」
「あ、はい。女衆の皆さまに確認してみたら快く貸してくれました。ただ食材で少し足りない物がありましたので少し買い物に出ないといけないですが」
クオンにネコネの事を聞かれたのでそう答える。ルルティエの言うように厨房は問題なく借り受ける事が出来たようだ。しかし材料で足りない物があるという事は、午後からは買い物かね。
「だからお昼ごはんを食べた後は買い物かな。これからの活動に必要そうなものも買いそろえようと思うからハクも着いてきてね」
「分かった。荷物持ちくらいはするさ。それとそれならココポと
「あ、はい。ココポも喜ぶとおもいます」
「じゃあ、私は必要な物を書き出しておくから。ルルティエも手伝ってくれる?」
「はい、クオンさま」
そうやって午前の時間は過ぎて行き、戻ってきたネコネを交えて宿で昼食を食べてから、買い物の為に街に繰り出したのであった。