連続投稿分4/6
出会いにして再会6~エンナカムイの皇子~
午後、昼食を食べた後は予定通りに四人で買い物へと出かけた。もともとはココポと馬も連れてくる予定だったのだが、あんまり量が多いなら最悪配達をしている業者に頼めばいいという事で奴らは今日も留守番だ。馬も長い付き合いになりそうだし今度名前を付けてやるかね。
しかしココポ達は置いてきて正解だったかもしれんな。人通りが多くて連れ歩くのは迷惑になりそうだ。
「人通りが多いな。いつもこんなものなのかネコネ?」
「この時期は特別ですよ。もうすぐ姫殿下の生誕祭があるです。その祝儀のため、諸国から皇や貴族の子息たちが、帝都に上京してきていますから。次の帝となられる姫殿下に、家督を譲られるより前から忠誠を誓うのです」
ネコネがそう説明してくるとほぼ同時に都の入り口の方角から豪華に装飾された馬車が何台も連なって奥へと進んくるのが見えた。なるほどそう言う理由ね。
「なるほど、あれはその為に来たどこかのボンボンってわけか。頭を下げる為だけにわざわざ遠いところからご苦労な事だな」
必要なのは分かるが、その為だけにあんだけ豪華な行列を用意する精神は理解しがたいわな。ネコネも内心では同意しているのか少し苦笑気味だ。
「否定はしないですが、それ以上はやめておいた方がいいですよハク兄さま。皆が皆兄さ――オシュトルさまのような方ではないですから」
ネコネの忠告に分かってるさと返しながら歩く。その間もネコネは心配そうにこちらを見ていた。
「アンジュ姫殿下は現人神である帝のたった一人の直系である御方。正真正銘の天子さまなのですよ。この帝都には――いえ、ヤマトには姫殿下に命を捧げている者がごまんといるですから。オシュトルさまなら軽口と言う事ですむ事でもあまりに目に余ると…」
「ありがとうな、心配してくれて。なにその辺は一応分かってるさ。だから聞こえてもお前たちに聞こえる程度の声量でしか話してなかっただろ?」
ネコネの心配が嬉しくて思わず頭を撫でる。だが一応周りにも気を使って話していたのだしそこまで気にしなくても大丈夫だろう。ネコネは顔を赤くしつつも安心したように微笑んでいた。クオンは分かっていたのか苦笑し、ルルティエはそう言えばと言って納得顔だった。周りに人が多いが喧騒が凄いからな、よっぽど大声で話をせん限りはヒトの耳に止まらないだろう。
ネコネの説明には続きがあったようで歩きながら説明を続けてくる。
「それが無くとも、もともとこの時期になると有力者たちは、跡継ぎなどを帝都へ送る仕来たりになってたです。そして何年かここで過ごさせ、さまざまな事を学ぶです」
ネコネの説明によると学徒として勉学に励み学者に弟子入りしたり、軍属になって高名な武芸者の舎弟になったりするような道もあるという話だった。
「そうなんですか…皆さんすごいのですね…」
「…あ、あのルルティエさんもそうなのですけど」
ルルティエは驚いているようだが、帝都に送られた経緯を考えるにそう言う事だろうなと推測はつく。どうやらルルティエは聞いていなかったらしい。
「…あの、もしかして知らなかったですか」
「わたしは…名代として帝に献上品を届けてきなさいとしか…」
「それはルルティエのお父様がルルティエを不安にさせないように黙っていたんじゃないかな。ルルティエの話だととても子煩悩なお方みたいだから」
クオンの言葉にルルティエは恥ずかしそうにして頬を朱に染めた。クオンの考えで正解だろうな、これは。旅の間にルルティエの父親については聞いていたがとても子煩悩なヒトだという印象だった。しかし、自分達が傍にいたからいいものの気がついたときに余計に不安に思ったんじゃないだろうかとも思うが…そのためのオシュトルかね。
「しかし、良く考えられてるな」
「確かに私もそう思うかな」
「なにがですか?」
そう呟くとクオンも同意を返してくる。この仕組みについて考えていると良くできている。この一言に尽きるだろう。ルルティエはそこまで考えが至っていないようだが少し考えれば分かる事だ。利点もたくさんあるだろうがこの國の住人からすれば不敬だと言われそうな考え方もある。
「えっとね、世継ぎなどをお膝元に置く事で、必要な知識を学ばせる事。忠誠心を植え付ける事。絶対的な富と権力を見せつけて叛意をへし折る事。ここで散財させることによる富や文化の活性化。パッと思いつくだけでもこれだけの利点があるかな」
「さすが姉さまなのです。この意味に気がついたですか」
ネコネが顔を輝かせてそう言う。あとの理由としては属國への牽制、散財させることでの弱体、人質なんかもあるだろう。流石に往来で言える事ではないし、ルルティエを不安にさせかねないので口には出さないが。そんな事を思っていると自分たちの前を先程見えた馬車が横切っていく。
「しかし派手だな。飾られた衣装に煌びやかな装飾。楽を鳴らして歌って踊って…まるで何かのお祭りだな」
「権力の誇示と名を知らしめる為に、こうして豪華な飾り付けをして派手に練り歩く家が多いのですよ。まぁ、都のヒト達はお祭り好きが多くて、それがこの行列に拍車を掛けているのですが…」
「貴族や豪族たちが自分の力を誇示する絶好の機会だからね。遠方の有力者にしてみれば少しでも名を売りたいから、力が入るのも無理は無いかな」
クオンの言う事はもっともだが、クオン自身はあまりこういうのは好かなかったはずだ。自分は地味ではあったが正直ルルティエと一緒に来れて安心しているとこだ。目の前を過ぎて行った馬車のようなのは正直言ってごめんだな。まぁ、着飾ったクオンは見てみたい気持ちはあるが、それは他の奴らに見せたい物でもないしな。
「わたしは、こういった物はあまり好きではないのです。見苦しいですし騒々しいのです。中には見栄を張って、分不相応に飾り付けたりする者もいるですよ」
「ネコネはこういうのは苦手なんだな。ま、自分もあまり好きではないが」
「ハク兄さまも分かってくれるですか?ああ言った者の中には普段は爪の垢に明かりをともすような生活をしている者もいるそうですから本末転倒なのですよ」
自分が同意するとネコネは少しだけ嬉しそうにそう言ってくる。ま、貴族って生き物にとって、見栄――言いかえれば体面やらなんやらは大切な物なんだろうと思うが、それの為に周りから見ても極貧生活を送るのは確かに違うだろうな。
そんな風に思っていると別の馬車が自分たちの前を通っていく。先ほどの物に比べるとずいぶんと地味だ。ルルティエの馬車に着いていたような装飾もないし、下手すると農作業に使われていそうなくらいだな。豪華にするだけの資金が無かったのか、それとも――豪華にする必要が無いくらいの名声やら功を上げた人物のゆかりの物なのかってとこか。
「じゃあ、あれくらい質素なのが好みか?」
「うっ…あ、あれは」
「ネコネさ~ん」
ネコネにそう聞くと少し顔を赤くしながら言葉に詰まる。どうしたのだろうと思っていると、ネコネの名を呼ぶ知らない声が聞こえた。周囲を見渡すとあの地味すぎる馬車から少年が顔を出しこちらに手を振っている。ネコネの知り合いのようだが…。少年はわざわざ馬車を降りるとこちらへ向かってきていた。少なくとも顔見知り以上の間柄ではあるようだな。それにウコンと会ったときとおんなじようなまた違う感覚。少なくとも前の時に親しくしていた人物なのは間違いない。
「お久しぶりですネコネさん。嬉しいなぁ、まさか帝都に着いたと同時にネコネさんに会えるなんて。それにしてもお元気そうでなによりです。その後お変りありませんでしたか?」
「どうもです。ええ、とくに変わりはなかったのです」
少年は親しげに話しかけているが、対するネコネは素っ気ない物だ。結構あからさまな態度なのだが少年はそれに気がつくことなく話しかけていた。知り合いか?それにしてはネコネが妙に刺々しいが。
少し少年を観察してみるが、ヒトがよさそうな雰囲気で顔もやわらかな感じの美形だ、これはその手の年上のお姉さまがたにモテそうだな。それにあの行列の中の馬車から出てきた事を考えると、豪族の世継ぎかそれに近い身分の者だろう。ふむ、観察した限りではネコネが嫌いそうな要素は無いように思うのだが…。自分達が訝しげにしていたのに気がついたのだろう、ネコネはこちらに顔を向けると少年を紹介してきた。
「紹介しますです。この方はキウルという同郷のものです」
「ネコネさんのお知り合いの方ですか?申し遅れました、私はエンナカムイのキウルと申します。よろしくお願いします」
少年はネコネの簡素な――親しみが欠片ほどしか入ってない紹介に少し残念そうな顔をしながらもこちらに挨拶をしてくる。
「はじめましてクオンです。よろしくお願いします」
「姉さまは薬師をなさっている、とても聡明な方なのです」
「そうですか、薬師さまでしたか…え?姉…さま」
「本当の姉さまではないのです。姉さまとお慕いしている方なのです」
少年――キウルはクオンへのネコネの姉さま呼びに驚いたようで聞き返してくるが、ネコネの説明に納得の表情をする。
「そ、そうですよね。しかし…ネコネさんがですか…」
キウルはそう言うとクオンに目線を移す。目の合ったクオンが微笑むと、その穏やかな佇まいに少し美惚れたようで一瞬固まる。うむ、クオンはかわいいだろう、だから美惚れるのも分かるぞ少年よ。…現状はネコをかぶっているのは言わないのが花だな。
「こちらの方がルルティエさまです。わけあって、ご一緒していただいているです」
「あ…その、クジュウリのルルティエです…よろしくお願いします…」
ルルティエの紹介にキウルは思い至る節があるのか思案顔をする。ネコネが訝しげな視線を送ったのを感じたのか、すぐに笑顔を見せ挨拶を返した。
「あっ、いえ何でも。こちらこそ今後ともよろしくお願いします」
「あの…エンナカムイのキウルさまということは、もしかして…」
「ええと…やっぱりそちらも…」
なんだか妙な空気だな。会話から読み取るにお互い立場的に同じような物だと理解したみたいだが…。っと、次は自分の番か。
「某はハクと申す者。よろしくお願いいたす」
「ハク兄さまは姉さまの恋人なのです。…いちおう姉さまの恋人ですから兄さまと呼んであげてるのです。わたし達のまとめ役をやってくれているです」
「そ、そうなんですか」
ネコネの
「えっと、まとめ役って…みなさんのですか?」
まぁ、そういう反応になるわな。ネコネが姉と慕うクオン、クジュウリの姫であるルルティエ、そして同郷であるのならネコネがオシュトルの妹だと知っているだろうから右近衛大将の妹のネコネ。そのまとめ役とかどういう人物だって話だわな。
「まとめ役が女性だと舐められるという事もあり、能力不足ながら某がやっているにすぎませぬ。まぁ、お飾りと思われて相違ありませぬゆえ…このような下賤な身の上でありまするがよろしくお願いいたす」
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
キウルは慌てたように何度も頭を下げてこちらに挨拶を返してきた。ふむ、明らかに身分が下な自分に対してもこの態度、こりゃオシュトルと同じで付き合いやすい貴族?様だな。
「キウルくんも帝都に色々と勉強に?」
「あ、はい、やっと祖父からお許しがでまして、今年から。馬車には装飾もなく田舎者みたいで恥ずかしい限りなのですか」
「実際に田舎者なのです」
田舎者に見え恥ずかしいと言ったが、キウルは特に恥じた様子もなく堂々としている。が、ネコネの一言にがっくりと落ち込んだ。が…
「わたしはそっちの方が好きなのです」
「そ、そうですか!いやぁそう言われると田舎者で良かったなぁって思います。前にネコネさんが言っていた言葉を思い出してこんな感じにしてみたんですが、そう思ってくれたのなら良かったです」
自分の方を見て行ってくるネコネのその言葉にすぐに元気を取り戻す。ふむ、これはさっきの自分への答えだな。しっかし分かりやすい少年だなぁ。まぁネコネは基本的に本当に身内だと思っている者以外へは愛想は無いが、かわいくてとても頑張りやないい子だ。故郷でネコネに惚れてた奴の一人や二人いたところでおかしな話ではないか。
「それはいいのですが、そろそろ移動した方がいいのです。いつまでもそこで立ち止まっていると、周りの迷惑になるです」
ネコネがキウルの後ろを指さす。確かに言っている通り、キウルの列が止まったことで後続の列が立ち往生してるな。キウルも気がついたようで、後ほど改めて挨拶にと言い残すと馬車へと戻って行った。
「…いい子だね。素直で明るくて礼儀正しくて。…ハクは身分が高いヒトの前だとあの口調なんだね。まぁキウルくんみたいな子じゃなきゃその方がいいか。それにしてもハクにもああいった頃があったのかな。少し見て見たかったかも」
「一種の癖みたいなものだからきにするな。それと子供のころの自分なんて見ても面白い事は何もないぞ。それよりもクオンがどんな子供だったのか聞いてみたい気はするがな。きっとお転婆で、いつも笑ってて、家族思いの子だったんだろうなってのは想像がつくが」
「…むぅ、お転婆は余計かな」
自分がそう言うとクオンはそう言って自分の腕に抱きついてくる。少しだけ拗ねた顔をしているのが可愛らしくて、胸がどきりと跳ねた。
「それにしても…ふふん」
「姉さま?」
クオンはニヤリと笑うとすぐに自分の腕から離れてネコネの隣に行き、その頬をツンツンとつつく。ネコネはそんなクオンの行動の意味が分からないのか不思議そうにしている。自分でも気が付くくらいだったんだし、ネコネも気がついてよさそうなもんなんだが、これがオシュトルの言っていた昔から本の虫だったっていう事の弊害かね。
「ずいぶん、あの子と仲が良さげだったね」
「そうです?別に普通だと思うのです」
「あれはきっと…ネコネの事が…。ねぇルルティエもそう思わない?」
「はい、なんだか温かな気持ちが伝わってくるような…ポカポカしました」
そんな風に話しているのを聞きながら止まっていた足を進める事にする。それにしても女ってのは色恋沙汰が好きだと相場が決まってるが、妙に盛り上がってるな。
「それはちがうのです。キウルが話しかけてくるのはわたしが兄さまの妹だからなのです」
「それって?」
「キウルは兄さまの弟分なのですよ。兄さまとキウルは兄弟の誓いを結んでいまして、なので妹であるわたしがいつも本ばかり読んでいるのを気にかけて、よく話掛けてきてくるのです。自分好きでしている事ですから、気にする事はないと言っているのですが」
ネコネのその説明にクオンとルルティエの勢いが鎮火する。いや絶対にあれはそういう感じではなかったと思うのだが…。
「そう…なんだ。ちなみにネコネは彼の事、どう…思ってるの?」
「わたしですか?未熟、金魚のフン、世話の焼ける、詰めが甘い、泣き虫、精神的に脆い、努力は認める、才能はあるのに、あきらめが肝心、美的感覚が無い、素朴と雅を履き違えている。う~ん、まだまだありますが、とりあえずそんな感じなのです」
「「「………」」」
「姉さま?ルルティエさん?」
ネコネの言葉に絶句する。さすがにクオンもルルティエも言葉が出ないようだ。ただ自分はこの場にはいないキウルへと胸の中で合掌した。
「…え、えっと」
「えーっと、もしかして彼の事迷惑に思ってたりなんて…」
「?意味がよく判らないです。何故迷惑に思う必要があるですか?」
「「「………」」」
「どうかしたですか?」
「あ~…ううん、なんでもないかな」
「は、はい、何でも…」
ネコネの言葉に全員で絶句する。まさか迷惑だとすら思われていないとは…不憫な。去りゆくキウル一行を振り返って、そっと涙した。
その後はとりあえず買い物をすませると、その日はそのまま白楼閣へと帰り、しばらくしてその夜は大部屋での宴会へ突入した。オシュトルはあいにくと来れなかったが五人でゆっくりと料理と酒を楽しむ。
宴会中にマロを連れ出し少しだけ話を聞いた。ネコネの事を話すと案の定少し後ろめたさのような物があるらしかった。
「…ネコネ殿に気がつかれていたとは思っていなかったでおじゃるよ」
「ま、あいつもなんやかんやで、ヒトの感情に敏感にならざるをえなかったんだろうさ。それにネコネ自身は気にしていないみたいだし、おまえがそんなに負い目に思う事もないだろうに」
「まぁ、そうでおじゃるな。今日の事で少し胸の内が軽くなったでおじゃる。ありがとうでおじゃる、ハク殿。すぐには無理かもしれないでおじゃるが昔のようにふるまえるようにするでおじゃる」
「ああ、そうしてやってくれ。なんやかんやでお前の事も認めてて少しは頼りにしているみたいだからな」
マロとそう言って話していたが、最後の方は少しだけ胸のつかえが取れたような穏やかな顔をしていた。ま、これなら話してみた甲斐があったってものだな。
酔いが抜けてしまったので部屋へと戻って飲み直す。しばらくすると女性陣はルルティエの部屋で女子会?をするらしく追加の料理とつまみを置いて大部屋を出て行った。そこからはマロの親族への愚痴祭りだった。やれ借金をするだの、ツケを踏み倒そうとするだのとろくなもんじゃないのは分かったが。
「だいたいどうしてマロがお父上達の借金を返さないといけないでおじゃるか!しかも……マロが頑張って返してもまた借金をして来て…」
そう言うマロを見て思う。後の道は三つほどだなと。一つ目は家族の縁を切る事、二つ目はこのまま借金を返し続ける事。この二つについてはマロは是とは言わなかった。借金まみれだが血のつながりのある自分を育ててくれた大切な家族だ、縁を切りたくはないのだろう。後は現状維持も限界に近いのだと言う。
「なら後は、しっかりと話してみるしかないんじゃないか?そうだな、自分の内に溜めこんだものを全部吐き出して家族にぶちまけて見るのはどうだ?」
「ぶちまける?…そうでおじゃるな。確かにマロは家族に不満を持っていても実際にそれを話した事は無かったでおじゃる。…わかったでおじゃるよハク殿、近いうちに話してみるでおじゃる」
そう言うとマロは盃をぐいっと煽る。マロの悩みが解消されるかもしれん道筋が見えて自分もほっとしたよ。さて、後はマロ次第だがなんとかなるだろ。聞いていると家族の仲は良好であるようだしな。さて、とりあえず今日はマロの景気付けに飲むかね。と、思っていたのだがマロはそれから少しして潰れ寝息を立て始めた。自分は苦笑しつつ風邪をひかない様に掛け布団を掛けてやる。一応食器や盃などをあるていど重ねて一か所に寄せる。これの片付けは明日でいいだろう。ふと、窓の外を見ると晴れていて月がきれいだった。
「月見酒としゃれこむかね」
そう言いつつ、残っていたつまみを少々と酒を持って建物の縁側に向かう。そうすると前から歩いてくる人影があった。
「おう、アンちゃん。なんだもう終わっちまったか?」
前から歩いてきたのはウコンだった。奴は酒の入っていると思われる瓶をもって来ていたようでそれを掲げながら声を掛けてくる。だがあいにくと女性陣はルルティエの部屋に行ったし、マロも潰れてもう寝ている。まぁ、自分が付き合うかね。
「ああ、クオン達はルルティエの部屋で集まってるが、マロは潰れちまってるよ。自分は月見酒にでも洒落込もうって思って出てきたんだが付き合うか?」
「そうかい、それじゃあご相伴にあずかるとするか」
そう言うウコンと縁側に腰を下ろす。本当に月のきれいな夜だ。ウコンが自身で持って来ていた盃に酒を注いでやる。ウコンから返盃を受け、二人同時にぐぃっと煽った。
「かぁ~やっぱり仕事終わりの一杯は美味いねぇ」
「ああ、うまい。月を肴にってのも風流だな」
そう言いつつウコンと笑いあう。付き合いは短いが気心の知れた友人と飲む酒は本当にうまい。ウコンは先程仕事を終えたばかりなのだろう、少し疲れが見えるような気がする。まだ、なにも食べていないようだったので肴として持って来ていた料理を勧めた。
「…すこし冷めてるがうめぇな。しかしここの料理長腕を上げたか?まえに食った時よりの各段に美味い気がするが」
「ああ、それを作ったのはクオンとルルティエだよ。ネコネも手伝ってくれたみたいだから、言ってやったらよろこぶんじゃないか?」
「そうかネェちゃん達が…。ネコネも手伝ったっていうんならそうさせてもらうさ。しっかしアンちゃんはいい嫁さん…いやまだ嫁ではないんだったか。まぁなんにせよいい女を捕まえたもんだぜ」
「おう、羨ましいか?やらんぞ?」
クオン達の料理を褒めるウコンにネコネも手伝ったらしい事を教えてやる。自分が褒めたら喜んでいたみたいだったからな。すました顔ながらシッポがゆらゆら機嫌良さそうに揺れてて丸わかりだった。だが、クオンを褒められるのは嬉しいがやらんからな?
「アンちゃん、とったりしねぇから安心しな。最後の言葉は本気過ぎて恐ぇぞ」
「ならいいが、しっかしこんな時間まで仕事とはお前も大変だな」
苦笑しながら言うウコンにすまんかったと返しつつ、酒を煽る。しかしこの時間まで仕事とは右近衛大将ってのは本当に大変なんだな。
「まぁこれもお役目ってな。親友とこうして酒を飲める時間は作れんだから文句はネェよ。それにこんだけ忙しいのはこの時期だってのもあるしな」
「姫殿下の生誕祭だったか。お、そう言えば今日、おまえの弟分の…キウルだっけか、そいつに会ったぞ」
「ああ、キウルからも報告を受けてるぜ。で、そのキウルなんだがアンちゃんに預けようかと思ってるんだが」
「隠密衆として使えってか?」
ここからは少し真面目な話のようだ。少しだけ意識を切り替えつつウコンへ言葉を返す。自分の返答に一つ頷くとウコンは酒をぐぃっと煽り言葉を続けた。
「ああ、色々と経験を積ませてやりたいと思ってな。あいつの弓の腕は確かだし、人柄なんかも俺が保証する。どうでぇアンちゃん預かってやっちゃあくれんねぇか?」
「自分としても人数不足は感じていた事だし願ったりかなったりなんだが…」
「なんだが…なんでぃ」
ウコンはそう聞き返してくるが、正直なところお偉いさんの子息を預かるのはごめん被りたいのだ。しかし女性ばかりの中キウルと言う男が入ってくれると助かると言う思いもある。まぁルルティエを預かっている時点で言いわけとしては弱いか。
「いや、お前の弟分とはいえ貴族の縁者を預かるのに、少しためらいを覚えただけだ。だがルルティエをもう預かっているし今さらだな。あとは正直男手も欲しいとこだったし、キウルがいいと言うなら自分たちで預からせてもらおう」
「まぁ、そうなるか。キウルはなんだかんだ言って近衛の兵たちと比べても正直言って腕も上だし、俺はそういう方面での心配はしてねぇよ。しかし預かってくれるか、一応キウルに話をして後日にまた連れてくるからよろしく頼むぜ。あとその時に仕事の話も持っていくから、そのつもりでいてくれや」
「わかった。さて、仕事の話はおしまいだおしまい。ほらウコンも飲め」
「おっと、すまねぇな。ほれアンちゃんも」
ウコンと酒を酌み交わす。そう言えばネコネと義兄弟って事は、こいつとも義兄弟ってことになるかね。
「なぁウコン、ネコネと自分が義兄妹って事は自分とウコンも義兄弟って事になるのかね?」
「確かにそうかもしれんな。まぁどっちが兄って感じでもねぇがな。そう言う事なら今日はとことん飲むぞ
「ああ、そうするとしよう
そういい、酒を酌み交わした。ウコンは疲れていたのかしばらく飲んでいると潰れてしまったので、抱えて大部屋に戻りマロの隣に寝かせ、自分は部屋へと戻る。
「ハク、おかえなさい」
明け方近いというのにまだ起きて自分を待っていたクオンはそう言って自分を出迎える。そんなクオンが愛おしくて、たまらずクオンをを抱きしめた。その後布団に入りその日は眠りについた。