白楼閣の主~酒と女将。そして時々膝枕。かわいい義妹を添えて~
あの賊どもの件から一週間ほど。自分達はウコンからの依頼(あのウンがつきそうなやつを含む、他は店の手伝いなどがあった)を捌きつつ、自分はたまに帝都の外に出てキウルの訓練につきあったりしている。キウルは訓練に付き合い始めたあたりから妙に自分に懐き始め、自分の事を稀に師匠と呼んでくるが正直恥ずかしいので普通に呼ばせている。
今日はそんな依頼もほとんど無く、昼ごろには暇になってしまっていた。クオンはルルティエとネコネを誘って買い物にいったし、キウルはそれに誘われてついて行った。自分も誘われたが、荷物持ちになる未来しか見えなかった為、今日は遠慮したが。近いうちにクオンを誘ってデートにでも行く事にしよう、今日の埋め合わせも含めてな。
しかし、暇になってしまったが何をするかね。膝にいるフォウを撫でながらそう考える。そういえばここに住み始めて結構経つが、あまり中を見て回った事は無かった気がする。そうだな、今日は少し見て回るか。
「フォウ、少し宿の中を散歩するがついてくるか?」
「フォウ」
フォウにそう問いかけると、フォウは一声鳴いてから膝から自分の肩に飛び乗る。フォウの頭を軽く撫でてから、部屋を後にした。
「へぇ、奥の方はこうなっていたのか。思ってたより広いな。しかも離れや上の階との階段が入り組んで…まるで迷路だな」
「フォウ、フォウ」
そう言いながら、宿の中を進む。上へは行った事が無かったためそちらに足を向けて見る事にする。なんでこんな作りになっているのか判らないが、慣れないうちは少し迷いそうだな。
そんなこんなで歩いていると建物の最上階と思われる階段が無い開けた部屋に出た。見たところ展望室になっているようで景色を楽しむための部屋のようだ。
「うん、風が気持ちいいいし、景色も良い。帝都が一望できるし…こんな場所があったんだな。お、フォウも気に入ったか?」
「フォウ、フォウ、フォォォゥ!」
柵が張られている付近に行き、景色を楽しむ。フォウもこの場所が気にいったようで、自分の肩から肩へと動きながら気持ちよさそうに声を上げていた。この景色、クオンに教えたら喜びそうだ。今度一緒に来るかね。そして膝枕でもしてもらえたら最高だな。
そんな事を思いつつ、後ろを振り向くと少しだけ気になる物が部屋の奥に見える。それは木片を組み合わせて絵に見立てている物だったのだが、少しだけ絵がちぐはぐな印象なのだ。それが気になり木片に触れると動かせるようだったので位置を入れ替え絵を完成させてみる。
すると、どこからかカチッという音が聞こえ、何かが作動する音と共に階段が現れた。
「この階段はさらに上があるのか…。…よし、行ってみるか」
少しだけ躊躇ったものの、好奇心に駆られて上へと進んでいく。するとその先からふわりと甘い香り――多分香木だろうか?それが流れてきた。暗かったため最初はほとんど見えなかったが、その部屋がとても豪華な作りをしているのがわかる。そんな風に見ていると急に声を掛けられる。
「あら、お客様?」
「うおっ!」
「フォウ!」
振り返るとそこは毛皮を敷き詰めた一角で、綺麗な衣をまとった美しい女性が、長椅子に身を預けてくつろぎ、盃を傾けていた。妖艶さとしなやかな肢体。悠然としたその姿はまるで肉食獣を連想させる。しかしあの女性どこかで…。
「ここに何か御用かしら?」
「あ…ああ、勝手に入ってすまない。別に怪しい者じゃなくて、間違って入ってしまったというか…とにかくすぐに出て行く」
「ふふっ、別に急いで出て行く必要はありませんわ。それよりも」
女性はそう言うとこちらになにかを放り投げる。慌ててそれを受け取ると、それは…盃だった。…酒に付き合えって事か?
「この部屋には、入った者には一献付き合わなければならないというしきたりがありますの。入った以上、仕来たりは守っていただきませんと」
女性の物言いに一瞬呆然とする。なんだそのけしからん仕来たりは、だがそれならば仕方ない。仕来たりならば従うほかあるまい。そう理論武装すると、いそいそと女性の対面に座り、変わった形の徳利を手に取った。
「あら、手酌なんて野暮というものですわ。その肩の獣にはこれでも。では、まずは一献」
「……とととと?」
女性は徳利を自分から取ると、それを傾け自分の盃に注いでくる。フォウには何かブドウのような物を皿に盛って与えるように言ってきた。自分はさり気なくも優美なその姿に美惚れ、危うく盃が溢れるところだった。
「では、遠慮なく。…ああ、うまい」
「フォウ、フォ~ウ」
女性がまた勧めてくるのでもう一杯飲む、女性が自慢の一品だと言うその酒は昔――人類がまだタタリになる前に日本酒と呼ばれていたものとよく似ていた。フォウも果物を気に入ったようで機嫌よさげに鳴いていた。
「どうかしまして?」
「いや、昔飲んだ事がある酒に似ていると思ってな」
「そうでしたの」
女性はそう言うと、クイッと盃を傾ける。自分は空になったそれに気づき、さっと徳利を差し出すと女性の盃に注いだ。
「話に聞いて、どのような方かと思っていましたけど、なかなか心地よい飲み手のようでなによりですわ」
「ん?自分を知ってたのか」
「この白楼閣で、私に知らない事などありませんもの。それが
「いや、噂の後半はは自分じゃなくて連れの方だぞ」
女性が自分を知っているとかいうからどんなものかと思ったら、ろくでもない噂だった。しかもクオンとルルティエの噂も混じってた。風呂に入り浸ってたり、厨房をたびたび借りているのが噂になっているんだろうな。しかしさっきの物言い、こんなに豪華な隠し部屋に、この物腰から推測するに、この人はここの主さんかね。まえにウコンから聞いた話を思い出す“ここの主は大層色っぽくて、腕っ節もそうとうらしい”確かそう言っていた。腕っ節の方は判らんが、色っぽいはドンピシャだし間違いないだろう。しかし、あの娘とはだれだろうか?あてはまりそうなのといったら…クオンか?そんな事を考えていたからか、あんまりまじまじと見ていたのだろう、女性が訝しげにこちらに問いかけてきた。
「どうかいたしまして?」
「ああ、いや、なんでもない」
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたわね。私の事は、カルラと呼んでくださいな」
カルラ…。その名前には聞きおぼえがある。確かクオンの母親達の一人と同じ名前だ。そうか、そう考えれば先程の発言にも納得がいく。やはりクオンの縁者なのだろう。そこまで思い出してどんどんと情報が思い出される。
カルラ…この白楼閣の主。あの戦いの際(戦いの詳細については、あいもかわらず思い出せないが)、助力をしてくれたトゥスクルと共に現れ、圧倒的な実力で敵を薙ぎ払うその姿。そして自分達――自分とクオン以外の奴らは思い出せないが――を隠すようにここから送り出してくれた事。いくつかの事が脳裏に過ぎ去っていく。そしてクオンの親族と言うのだから失礼があってはいけないと思い居住まいを正す。
「自分は、ハクと言います」
「ハク、珍しい名前ですわね。この辺りの名ではありませんし、異国では敢えてその名を付けたりする親はいませんもの」
女性――カルラさんは懐かしそうにその音を転がしながら、そう呟く。それはそうだろう、異國――トゥスクルではそれは始祖皇ハクオロを連想する名だ。そんな名前なんて付ける奴はいないだろうしな。
「それは、そうだろうな。自分は記憶を失っていて連れに名づけられたが。トゥスクルの始祖皇ハクオロの名を連想する名前を人に付けるなんて、クオンぐらいのもんだろうからな。それと、あなたの事はクオンからよく聞いていましたよ、カルラさん」
「それは、そう、あの娘が…。それに記憶が…それは苦労しましたのね。それはそうと、あの娘は私についてなんといっていたのかしら?少し気になりますわね」
カルラさんは少し驚いたように目を見開いたがすぐに元の雰囲気に戻って、クオンは自身の事をどう言っていたのか聞いてくる。
「いや、クオンと出会えたことも含めて悪い事ばかりではなかったさ。…それと、そうですね、クオンはカルラさんの事を女性らしくて、でも強くて、豪快で、そして自分の憧れの人だって話していましたよ」
「あら、あの子ったらべた褒めですわね。でも豪快は余計ですわよ」
「それは自分に言われてもな…。今度本人も連れてくるからその時に言ってやってください」
そうしますわね、と言いつつカルラさんはほほ笑む。そしてやはりクオンとの関係は気になったのだろう。それについても触れてくる。
「それはそうと、貴方はクオンの…なんですの?」
「そうですね、自分はクオンと…恋人と言っていい間柄です」
そう言うと、カルラさんは目を見開いた後、その雰囲気が変わる。言うなれば、そうだな。子供を守る親獣と言ったところか?クオンは色々な問題を抱えているし、当然の反応だろう。
「そう、クオンからは何か聞いていまして?」
そう言葉を発するカルラさんに気押されないように腹に力を込める。自身が威圧していた自覚はあったのだろう、少し驚いたような雰囲気の後、その威圧感は変わらず面白そうに目を細めてきた。正直、腹ペコの猛獣の前に丸腰で投げだされたような心地ではあるが、ここで引くわけにもいかんからな。
「…クオンがトゥスクルの皇女であること。そして始祖皇ハクオロ――大神ウィツァルネミテアの天子である事。このくらいならば」
「そうですの…クオンがそこまで信頼していると言うのなら、私から言う事は何もありませんわ。クオンの事よろしくお願いしますわねハク」
「心得ました」
カルラさんは自分の言葉の真偽を確かめるように目を見つめてくる。そして何かを悟ったように、その雰囲気を緩めるとフッと笑い、自分にクオンを頼むと言ってきた。無論、自分に否があるわけもなく一も二もなく頷く。
「しかし、もっと何か言われると思ってたが…」
「あら、あの娘が選んだ漢ですもの。私としても大丈夫だと判断しましたし、否やはありませんわ。もっとも
「オボロ皇ですか…」
何気なく話を振りながら、自分が認めてもらえた事に胸をなでおろす。カルラさんの口からオボロ皇ことが出るがそれについては一発殴られるくらいの覚悟はしておこう。
「ええ、オボロはクオンの事を溺愛していますもの。駄々をこねる事は確定ですわね。ま、その時は私も協力してあげますから頑張りなさいな」
カルラさんはそう言ってコロコロと笑う。それからはクオンの昔話を肴に酒を楽しんだ。と、そう言えばトゥスクルの上層部に伝えておきたい話があるんだった。一応クオンも一緒の方が良いだろうから、また今度だが。約束だけは取りつけておく事にしよう。
「そういえばカルラさん、トゥスクルの上層部連中に連絡する手段はありますか?」
「ええ?ありますがどうしたのかしら。クオンを貰いたいと言うのなら自分で会いに行って話をした方がいいと思いますけれど」
「ああ、そういう事じゃなくて、少し情報を入れてもらいたいと思っててな。これについてはクオンも一緒の方が良いし、また次回と言う事になると思いますが」
「ふふ、そう言う事なら、今度は私から招待しますからその時にでもお願いしますわ」
そう言ってカルラさんと次回の約束を取り付ける事に成功する。いろいろ渡せるなら渡しといたほうが良い情報があるんだよな。自分達の状態の事とか、仮面の事とか、ウィツァルネミテアの大幅な弱体化の事とかな。
その後、しばらく飲んだが結構な時間も経ったので、この部屋に来た当初から一心不乱に果物を食べ、まん丸に膨らんだフォウを抱きかかえ、この場を辞する事にする。
「あら、もう行ってしまうんですの?ああ、そうだ。今回の事はクオンには話さないでくださいますか」
「?良いですがなんでまた」
「だって、その方が面白いじゃありませんの。今度は二人を招待しますから一緒に来て下さいな」
「判りました」
「フォウ」
「ふふ、貴方もでしたわね。今度も同じものを用意しておきますからまた来なさいな」
帰り際の会話でそう茶目っ気たっぷりに言う、カルラさんに苦笑が漏れる。了承を返すと、苦しそうにしながら抗議と思われる感じで鳴くフォウが鳴いた。フォウに言葉を返すカルラさんに見送られながら部屋を辞した。まぁ、自分に害はないと思われるので大丈夫だろ。
自分が降りて数瞬すると階段が来た時と同じような音を立てて元に戻っていく。見ると部屋の奥の絵も元の絵柄に戻っているようだった。不思議な、でも充実した時間だった、そう思いながら自分とクオンの部屋へと戻る事ることにする。それなりに長居してしまったな、一刻程はいたか。少し眠いし部屋に帰って昼寝でもするかね。
「あ、おかえりハク。…昼間からお酒飲んでたの?」
部屋に戻ると戻って来ていたクオンが声を掛けてくる。しかし自分が酒を飲んでいる様子なのに気がつくと咎めるような困った子を見るような表情でそう聞いてくる。
「ああ、偶然でここの主にに会ったんだが、酒に付き合わされてな。今日は特になにもないはずだし許してくれないか?」
「はぁ、付き合わされたって言いつつ、どうせ嬉々として飲んだに決まってるかな。でも最近のハクは頑張ってたし、たまになら許してあげる。あと、罰として今度私の買い物に付き合って欲しいかな」
「了解した。ふわぁ、にしても眠いな」
自分の言いわけに苦笑を洩らしながらも許してくれたクオンの罰(自分としてはクオンとのデートなのでご褒美である)に了承を返すとあくびが出た。しかし良い陽気だからか妙に眠い。フォウは妙に丸くなった体を引きずりながら自分の寝床に入りこむ。
「それじゃあ。膝枕してあげるかな、ハク」
クオンはそう言うと自身の膝をポンポンと叩く、自分はその言葉に甘えさせてもらうとクオンの膝に頭を預けた。クオンの体温と髪を優しく撫でてくる手が心地い良い。心が安らいでいくのを感じながらその温もりを甘受する事にする。
「あ~幸せだ」
「ふふ、私もかな。ハク最近は随分と頑張ってたみたいだし眠いのなら寝ちゃっていいよ?」
「ああ、じゃあそうさせてもらうかな」
クオンのその言葉に頷き目を閉じる。少しの間そうしていると、聞きなれたクオンの子守唄が聞こえてきた。
「♪~~~~~♪~~~~」
心地良い声音に意識がどんどん遠ざかっていく。そのまま自分は眠りに落ち、夕飯が近くなってクオンに起こされるまで熟睡したのだった。
「ハク、そろそろ夕飯かな。起きて」
「ん、ああ、おはようクオン」
クオンの声に意識が覚醒する。目を開けてクオンにそう言うとクオンはニコリと幸せそうに笑顔を返してきた。そしてクオンの視線が自分の右側に動いたのを見て気がついたが、頭の方のクオンの温もりとは別に自分の腕の方にも温もりがあるな。そちらに目を向けると…
「…すぅ、すぅ」
自分の腕を抱き枕のように抱え込み眠るネコネの姿があった。
「私もハクを膝枕しながら寝ちゃってたみたいなんだけど、その間に訪ねてきたみたい。私が起きた時にはもうそうして眠っていたかな」
「そうか…、なんやかんやネコネも頑張ってくれてるし、疲れてたんだろ」
とりあえず起きようとして、ネコネから腕を抜こうとするが…結構な力で掴まれていて抜けない。まぁもう少しだけこのままでいいか。
「…腕が抜けんな。すまんがクオン、もう少しだけこのまま休ませてやりたいんで、しばらくこのままでもいいか?」
「うん、わかった。私ももう少しだけそうして上げてて欲しいし、もう少しだけ…ね」
そう言いあい、自分とクオンはネコネの寝顔を見ながら、取りとめもない事を話して過ごすのだった。ちなみにそのしばらく後、夕飯の時間だと呼びに来たキウルに見つかり、見られた事を恥ずかしがったネコネがそれから数日の間はキウルと口を聞かなかったのは余談である。