不思議生物と海賊娘~二つ目の依頼~
「さて、とりあえずひと段落したな。少し腹も減ったし、食堂にでも行くか」
カルラさんに会った日から数日。今日は朝から隠密衆の収支の管理をしていたがひと段落した為、一つ伸びをする。小腹もすいてきたし食堂にでも行くとするかね。金の管理自体はクオンに一任しているのだが、自分達の中で数字に一番強いのは自分だ。クオンもそれについては判っているのか、隠密衆の金勘定はもっぱら自分の仕事となっていた。ネコネでもクオンでも別段問題は無いのだが、どうせならそう言うのは顔役にやってもらった方が良いという事で自分の仕事になっている。
そして今日は金勘定をやっていた事もあり午前中は皆とは別行動だ。クオンは薬の納品依頼があったらしく、午前中はルルティエとココポと一緒に帝都の薬屋を回っている。ちなみにフォウもクオンについていった。ネコネとキウルはオシュトルから手伝いを頼まれたらしく今日はそちらに掛りきりになるそうだ。
そんなこんなで今日は久々に完全に一人での行動なのだ。
そんな事を考えていると、すぐに食堂には着いた。すこし周りを見回してみると、知り合いの顔を見つけた。確かあれは、アトゥイだったか?自分がそう思っていると向こうもこちらに気がついたようで手を振ってきたので近くへ行ってみた。
「おに~さん数日ぶりやね」
「おう、アトゥイも飯か?」
「ううん、ウチじゃなくて今日はこのコのご飯を貰いに来たんよ」
挨拶のあとにアトゥイはそう言うと、自身の頭を指さした。そう言えばなんか帽子みたいなものをかぶってるな。…いやよく見ると動いてるなあれ。クラゲみたいな生き物な感じなのか。
「帽子みたいに見えるが…、なんだその妙な生き物は」
「この子はなクラリンゆうんよ。クラリンおにーさんにあいさつな」
アトゥイは謎生物――クラリンを自身をの頭から取って抱え自分に差し出してくる。するとクラリンは浮きながら自分の方に触手を差し出し挨拶をするようなしぐさをみせた。浮いた事に驚きつつ手を差し出しそうになるも、クラリンの事が電気クラゲに見えてきて手を差し出すのをやめる。
「…で、こいつの飯を貰いに来たって話だったが、こいつは何を食べるんだ?ヒトを食べるとか、腐肉を食うとかないよな」
「クラリンが好きなんは新鮮なお肉とかお魚とか虫やよ。たまに悪戯でしびれさせてくるけどそれぐらいやぇ」
やっぱり電気クラゲじゃないかと思いながら、さっき手を差し出さなくて良かったと胸をなでおろす。なんかしびれさせられていた未来が目に浮かぶからな。
「う~ん、それにしても遅いなぁ」
「どうかしたのか」
「クラリンのご飯頼んでから結構経つんやけど、まだきぃひんのよ。あ、そうやウチちょっと見てくるから、クラリンの事見てて―な」
「あ、ちょま…いっちまったか」
そう言ってこちらの返事も聞かずに離れて行くアトゥイに溜息をこぼしながらもクラリンに目を向ける。見れば見るほど不思議な生き物だな。そんな事を思っていると、自分の耳に聞きなれた声が聞こえた。
「あ、ハク。やっぱりここだったんだ」
「クオン?薬の納品はもういいのか?」
後ろを振り返るとクオンが歩いて来ていて、自分の隣に腰を下ろす。まだかかると思ってたんだが、思ったよりも早く終わったらしい。
「うん、思ったより早く周り終わったの。ルルティエは少し買い物があるらしくて別行動になったから、私だけ先に戻ってきちゃった」
クオンがそう言うと同時にフォウが自分の肩に飛び乗ってくる。クラリンはフォウの事が気になるのかふわふわと近づいてきた。
「…ふるふる」
「フォウフォウ」
「…ふるふる」
「フォウフォウ」
「えっと、ハクこの子は?」
動物二匹は意気投合したようでふるふるフォウフォウと鳴き合っている。クオンはそれでクラリンに気がついたらしく、少し不思議そうに聞いてきた。
「ああ、偶然ここでアトゥイ…この前の青い髪の女の子に会ってな。あいつが飼ってるらしくて、少し離れるからって見てるように頼まれたんだよ」
「ああ、あの子の。なんか不思議な子だね。それはそうとハク、買い物に付き合ってくれるって約束覚えてるかな?」
「ああ、覚えてるぞ」
クオンとのデートの約束だからな。自分が忘れるはずがない。そういえば今日クオンは薬の納品以降は仕事は入っていなかったはずだったな。
「うん、今日はハクも午後からは何もなかったはずだし、今日付き合ってくれないかなって思ってるんだけど」
「ああ、いいぞ。そういえばクオンは飯は食べたか?」
「ううん、まだかな。ハクはもう食べちゃった?」
クオンとそう言いあいながら過ごす。自分がまだ飯も食べていないし、食堂で頼んでもいないと言うと、どうせなら都に出てから食べようと言う話になり、とりあえずはアトゥイが帰ってくるのを待つ事にする。しばらく待つと、アトゥイが皿に生肉やら魚やらを持ってやってきたので、クラリンを返してその場を後にする。去り際、近いうちに話聞かせてなと言うアトゥイにクオンが困ったようにしていたが自分にはどうしようもないので放置だな。
その後は都に出て屋台で昼飯を食べる。色々な物を食べながら、目をキラキラさせるクオンに腕を引かれつつ帝都の街の中を進んだ。フォウは自分の肩の上で前足で果物を器用に持って食事中だ。なんかホントにリスみたいで少し癒される。
昼飯を食べクオンの目当ての店へと向かう。クオンが言うには結構珍しい薬草なんかも取り扱っているとの噂のある店らしく、前から気になっていたのだそうだ。
「ここなんだけど…」
「…確かに一人で入るのは勇気がいるわな」
クオンが案内してくれた店は帝都の外れの方にあった。人通りも少なく、店は古い建物のようで、夜なんかは結構不気味に感じるだろうな。流石のクオンでも一人では入り辛かったらしい。
しかし、店に入るとそこからはクオンの独壇場だった。
「あ、これ珍しくてなかなか手に入らないのに…、あ、これも…、すごいすごい。ここは薬師にとって天国かな…」
そう言いながらテンション高く店の品を見て回るクオン。自分と、接客の為に出てきたであろうこの店の主人であろう老婆は苦笑いだ。もっともご老人は物の価値の判る客が来てくれた事が嬉しいらしく、終始ニコニコと笑顔だったが。
ちなみに自分の肩の上にいたフォウは老婆の近くに居る事を嫌ったのか今はクオンの肩の上にいる。
とりあえずテンションが上がってこっちを放置してくるクオンは置いておいて老婆と話す事にした。途中で買っていたお菓子があったため老婆に差し出すと嬉しそうにした後、自分の分のお茶も入れてくれたためご相伴にあずかる事にする。
「すまんね、連れが」
「いやいや、ウチの商品を見て的確に何に使うのかも判ってるようだし、若いながら腕のいい薬師さんなんだねぇ。ワタシの旦那を思い出すよ。旦那も腕のいい薬師でねぇ。今のトゥスクルに居た高名な薬師様に教えを請うていたらしい」
「へぇ、そうなのか。自分の連れもトゥスクル出身なんだ。あ、このお茶美味いな」
そういいつつ、ばあさんとの会話を楽しむ。ばあさん自身は薬師ではないようだが、数年前に亡くなった旦那さんの影響もあり薬草なんかに詳しいらしく、たまに帝都を練り歩いては珍しい薬草なんかを仕入れているらしかった。客は少なくひっそりとやっているようだが。
ばあさんが入れてくれたお茶はとてもおいしく、それを伝えると嬉しそうに笑ってくれた。ばあさんが自分で配合している茶らしく、お菓子のお礼だと言ってばあさんが少し包んでくれた為、ありがたく貰う事にした。
「あんたは、っと名前を聞いてもいいかい?」
「ああ、自分はハク、連れはクオンって言うんだ。クオンの様子を見るにちょくちょく顔を出すと思うからこれからもよろしく頼む」
「ハクさんとクオンさんね。こんなばあさんのやってる寂れた店で良ければ大歓迎さ。お茶でも用意して待ってるから、また来なさいな。それはそうとハクさんとクオンさんは夫婦かい?」
「いや、将来的にはそのつもりだが、まだクオンの両親への挨拶なんかが済んでなくてな」
軽く世間話をしながら過ごす。ばあさんの人柄のせいなのかとても落ち着くし、いつまでも居たくなってしまうな。そんな風にばあさんと話していると、ひとしきり店の物を見て回ったのだろう。クオンが手にいくつかの薬草なんかを持ってこっちに向かってきていた。
「おばあさん、これをくれますか」
「ああ、それなら…これくらいだね」
「…えっと、相場よりかなり安いんですけど良いんですか?」
ばあさんがクオンに掲示した値段は相場よりもかなり安い値段だったらしい。クオンはそう言って確認するが、これからお得意さんになってくれそうだし、自分に付き合って貰っていい暇つぶしになったと言ってその値段で売ってくれる。荷物を受け取ると自分もばあさんに礼を言う。
恐縮しつつも二人してばあさんにお礼を言いつつ店を後にする事にした。
「じゃあ、また来るよ。今度も菓子を持ってくるから期待しといてくれ」
「また来ます」
店の前まで出てきて見送ってくれる、ばあさんにそう言って店を離れる。クオンは先程の店がよほど気に入ったのかニコニコ顔だ。まぁ自分もあの店はっていうかばあさんは気に入ったし、近いうちにまた訪れるとしよう。
「いいヒトだったね」
「ああ、なんだかルルティエにも通じるものがある、ヒトを安心させてくれる雰囲気の持ち主だったな。今度は用事が無くても菓子を持参して訪れるとするか」
「ふふ、ハクの言いたい事も判るけど、ちゃんとお客として行こう。私もたまにあそこの品を見ていきたいしね」
自分の腕につかまりながらやわらかい雰囲気で言うクオンに笑いかけながら帝都の道を歩く。それからは色々な店を冷やかしながら帝都探索を楽しみ日が傾いてきた頃には、宿に戻った。
次の日、何故か自分はオシュトルの屋敷で奴の政務を手伝わされていた。
「…いいのかよ、自分みたいな部外者に手伝わせて」
「なに、本当に重要な案件は某が行っているのでな。それに其方にやって貰っているのは数字の確認などが主であろう?左程重要な案件でもなし、構わぬさ」
愚痴る自分にオシュトルはそう返してくる。ネコの手でも借りたいくらい忙しい状況だったようで、なぜか自分も駆り出されているのだ。正直問題なくこなせる量や内容ではあるが國の秘密にかかわるような案件が混ざってる可能性もあるのでやめて欲しいのだが。そんな風に思いつつ仕事を進めると、本日何回目かの金の流れが明らかにおかしく思える物があった為、オシュトルの方へ渡す。
「ふむ、これは…」
「ああ、この辺りおかしな金の流れをしてる。少し調べてもらった方が良いかもしれん」
「ふぅ、分かった。こちらも某の方で調べておこう。しかしハクよ、仕事が早くとても助かるのだが、なんだろうな、其方が来る前よりも某の仕事量が増えている気がしてならぬぞ」
「それは、おまえにこんな報告書を上げてくる連中に言ってくれ。流石に仕事として任された以上手を抜く事はせんし、もともと増える予定だった仕事が早いうちに見つかって助かったとでも思っておけ」
オシュトルは小さくため息を吐きながらままならぬなと言いながら、自分の手元の仕事をかたずけ始める。しばらくは書簡に筆の走る音が聞こえていたが、自分の担当分を終え顔を上げたタイミングで部屋のふすまが開かれると、盆にお茶と茶菓子を乗せたネコネが入ってきた。見るとオシュトルもひと段落ついたのか筆を置いたタイミングのようだ。
「兄さま、ハク兄さま、お疲れさまなのです。切りもよさそうですし、少し休憩になされてはどうですか?」
「お、ありがとな。ネコネ。オシュトル、自分の分はこれで終わりだがどうする?まだ、あるのなら手伝うが」
「ああ、そうだな。もう少し任せたい案件がある故、この後も付き合って貰えぬか。それはそうと、ひとまず休憩にするとしよう」
ネコネの淹れてくれた茶を飲みながら一息つく。量はあったが単純な計算が主だったおかげで思ったよりも早く終わった。もっとも結構な数の数字的におかしい物や明らかに怪しいものがあったのでオシュトルの仕事は増えているような気がしないでもないが。ま、これもお務めだ、頑張ってくれオシュトル。
「兄さま、ハク兄さまは頑張っていたですか?」
「ああ、さっき言っていた通り、ハクに任せていた仕事はもう終えているようだし、かなり助かっている。仕事も早く何より正確であるようだしな。もっとも、ハクの見つけてくれた間違いだったり、おかしな金の流れだったりがあるので某の仕事はたいして減っていないような気もするが」
「おいおい、自分は任された仕事をまじめにやってただけだぞ」
ネコネは自分とオシュトルの会話にクスリと笑みを零すと柔らかく笑う。そんなネコネの顔を見ながら自分はネコネが用意してくれた菓子に手を付けた。うむ、素朴ながら素材の味を十分に引き出していて十分にいける。もうちょっと甘味が強くても自分は好きだがこれはこれで茶に合うな。オシュトルは甘い菓子は苦手なようでネコネにくれてやっていた。遠慮しつつも菓子が二つ食べられて嬉しそうなネコネに頬が緩む。
「兄さま、この後は時間がありますしわたしもお手伝いするですよ」
「ああ、それなんだが、ハク……正確には隠密衆に頼みたい案件があってな。皆を集めて連れてきて欲しいのだが頼めるか?」
「あ、はい。分かったのです、兄さま。それではこれを食べてから呼びに行ってくるですね」
ネコネはそう言うと、ゆっくりとお菓子を味わうように食べ、部屋から出て行った。しかし、自分達に頼みごととはなんだろうね。そう思いオシュトルに目線を向ける。オシュトルはこくりと頷くと自分に着いて来いと言って、部屋を出て屋敷内のある一室に向かった。
「あ、オシュトル様。そちらの方は…?」
「うむ、今回の協力者のハク殿だ。ハク殿こちらはユゥリ殿、其方達にはこの者を帝都から逃がす際の護衛を頼みたい」
「初めまして、ハク様。私はユゥリと申します」
「ああ、自分はハク。故あってオシュトル殿の配下として動いているもんだ」
部屋の中にいた女性を紹介されたのでそう挨拶を返す。オシュトルが言うには、このユゥリ、とある貴族の諸子らしく遺産相続に巻き込まれたらしい。それ以降、居もしない後見人や自称友人が現れたりしていたそうなのだ。こんな事になるなら遺産を放棄して、すべてなかった事にしようとしたのだが、信じない者も多く、近頃は脅しを掛けてくる連中まで現れて、都で暮らすことは難しくなっているらしい。自分達に依頼したのは貴族のお家騒動という事で外に出すのが恥になるような案件だったからだそうだ。
彼女には将来を誓い合った恋人がいるらしく(オシュトルが言うには中々の好青年らしく、不幸になるくらいなら遺産など不要と言い切るくらいには良い男らしい)、今回の依頼は彼女を帝都の外にまで送り届け、その恋人に引き合わせて逃走の手引きをするというものだった。帝都を脱出した後の手引きはウコンの仲間達がやってくれるらしいので自分達は帝都の外まで彼女を送り届けるのが仕事になるそうだ。
しかし、やり方に問題が無かったとは言わんが、故人が自分の娘に幸せになって欲しいと残した最後の願いまで踏みにじるとか…本当にヒトの欲ってのは業が深い。今回ユゥリが遺産を手放す決断を下したのも世話になった主人の名を汚さない為だろうに…。そう言う事なら全力でやらせてもらうとしよう。連中の追手が現れても、慈悲をかける必要など欠片もなさそうな連中だし好きにやらせてもらう事にする。
オシュトルの提案でユゥリには近衛の制服を着てもらい男装して貰う事になった。着替えた後その姿を見たが、見事に男性――あえていうならキウル的な柔らかな風貌の美少年という風になっていて驚いた。そんな風にしているとネコネが皆を連れて戻ってきたようなので執務室に戻る。ユゥリには部屋の前で待機して貰う事になった。今回、ユゥリが女性だと言う事は皆には伝えずに居る事に決まった。
「オシュトルさま、連れてまいりましたです」
「うむ、ご苦労。よく連れて来てくれた」
女性陣三人がオシュトルの前に並ぶ中、自分はオシュトルと皆の間の位置で座っている状態だ。それにしてもキウルは捕まらなかったのか。まぁ奴にはあとで話せばいいだろう。自分がここに座ってるのは一応依頼の全容は知っているし今更向こうに混じるのは変な感じだからだ。しかしだ…
「うん、確かに噂通り良い漢やね」
なぜアトゥイがここに居るのだろうか?いや、なんとなく腕が立つのは判っていたし、どうしようもない状態になったら自分達の同志に誘おうとは思っていたが、今ここに居るのは予想外だ。こんな手を打つのは…クオンか。確かにクオンはアトゥイと面識もあるし奴の腕がそれなり以上だと見抜く眼力も持っている。しかしどういう状況になればアトゥイの奴がここに居る事になるのか分からんぞ。
「…ところで、その娘は」
「お初にな、アトゥイ言うんぇ」
「あ~、まぁ気にしないで欲しいかな」
「…ふむ、そうか」
そんな風にやりとりをする連中を見てると頭が痛くなってくる。ネコネとルルティエが申し訳なさそうにこっちを見てくるのが印象的だ。で、犯人だと思われるクオンはこちらに目線ですまないと言ってきている感じだな。しかし、オシュトルはこの状況を本当に気にしない事にして流してやがる、そういう対応を見てるとオシュトルはウコンなんだよなと実感するな。見ろネコネが呆れたような目でみてるぞ。ウコンの時にはない張りつめた空気を持っているくせに芯の部分では同一人物なんだなと言う事がよく分かる。
アトゥイは軽くあくびをすると目立たないように気をつけながら自分の方によって来て隣に座った。
「なぁなぁオシュトルはんって、申し分ないくらいに良い漢なんやけど、堅すぎるぇ、付き合うのはしんどそうや」
「…そうか」
どうやらそれを言う為だけに近づいて来たらしい。おい、頭痛が酷くなった気がするぞ。あと、おまえは贅沢が過ぎる。
「はぁ、ええ男を探すのもなかなか大変やぇ」
「………」
そんな風に話している間に大方の説明が終わったようでオシュトルがユゥリに部屋に入ってくるように言う。その姿を見たアトゥイが目を輝かせる、自分が護衛を引き受けるなどと言い出すが…もう知らん。好きにやってくれ。実力的には申し分ないように思えるし問題は無いはずだ。奴が貴族さまの娘ってのは棚に上げておくとしよう。
アトゥイのその声にクオンが了承を伝えると周りの皆から驚きの声が上がるがクオンが説き伏せ今回の依頼はアトゥイも一緒にと言う事になった。クオンが“これだけ腕の立つヒトがタダとか、あはは…だめ笑いが止まらない”とか小声で言っているが…クオンお前はそんなんだから友達が居なかったんじゃないのか?
出会いを祝して~、とか言いながら話をしようとするユゥリを引っ張って出て行くアトゥイを追いかけ、女性達三人が部屋を出て行く。去り際クオンが、
「それじゃあハク、後は任せたから、詳しい話を聞いておいてね」
と言い残して出て行く。自分はとりあえず分かったと返すと、クオンは笑みを見せながらアトゥイを追って行ったのだった。
「相変わらず楽しそうで何より。羨ましい限りだ」
「厄介事を押し付けられているだけの気もするがな…」
「それが良いのではないか。信頼されているな」
「頼られるのは嬉しいがね…、まったくアトゥイまで居たのは正直予想外だぞ。そう言えばあいつがどこのもんかってのはオシュトルの方で分かるか?一応、キウルやルルティエに近い身分の者だとあたりは付いているんだが」
「そうか、彼女と知り合っていたか。つくづく貴公は、変わった星のめぐりあわせをしていると見える」
そう言うとオシュトルは口元に軽く笑みを浮かべる。それに関しては自覚してるさ、そうじゃなきゃ、今より先の未来で大戦の渦中にいるなんてありえないからな。しかしその口ぶりだとアトゥイの事は知っているようだ。で、こいつが知っているとなると、貴族の娘さんの方向で確定かね。はぁ、なんか仲間にどんどん身分の高い奴が加わって来る気がするんだがなんでかね?これもオシュトルの言う、星のめぐり合わせというやつか。
「で、そう言うって事は知ってるんだな?」
「ああ、貴公の推測でおおよそ間違ってはいない。某自身は彼女と面識はないが彼女の父君とは知り合いでな。よく娘の自慢話を聞かされたものだ。もしかしていやがらせかと思うぐらいに延々とな」
「そ、そうか」
オシュトルが呟くように言った最後の言葉には、なんだか深い実感が宿っていて思わず引き気味にそう返す。
「というわけで、親元から離れたいという彼女の気持ちも判らんでもない。ここは知らないふりをしてやるのが思いやりというものだろう」
「しかし、アトゥイの奴凄い勢いで男装したユゥリに一目ぼれしてたみたいなんだが…」
「…某達は何も気がつかなかった。よいな?」
オシュトルの言葉に無言で頷く。アトゥイ戦う前から…否、戦う前の段階で轟沈。自分はそっと心の中でアトゥイに手を合わせた。