うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

23 / 51
母と子と~親子の語らい~

母と子と~親子の語らい~

 

 あの日以降アトゥイが自分達の仲間に加わり更に騒がしくなった。仕事をこなしつつも時には皆と山に山菜を取りに行ったり、アトゥイがゴロツキと吊るんでいる男に騙されかけたり(最終的には仲間のゴロツキ共相手に無双するアトゥイにビビって逃げて行った。自棄酒に付き合ったらめちゃくちゃ酒癖が悪かった)、ルルティエと一緒にお菓子を作ったり(なかなかにうまくできてルルと名付けた)、ウコンと酒を飲んだり(ネコネに呆れられた)、なんやかんや楽しく過ごしている。

 

 それとヤマトの姫様の生誕祭もあり、そこで初めてルルティエやアトゥイの親父さん達をみた。それぞれが八柱将と呼ばれる國の重鎮で驚いたな。そんな人物の娘さんを預かっているとか考えて頭が痛くもなったが。

 

 そんなこんなで過ごしていたが、今日は以前に約束していた通りカルラさんから招待があってクオンを誘ってそこに向かっている。もちろんフォウも一緒だ。

 

「でもどうして私も?ここの主さんに呼ばれるようなことはしていないと思うけれど」

 

「ああ、旅の話なんかを聞きたいいだとさ。それに最近クオンとルルティエに影響されてか、この宿の料理の質も上がってるって話らしくてな、その礼も言いたいんだそうだ」

 

 不思議そうに尋ねてくるクオンにもっともらしくそう返し、宿の一番上の展望台へと向かう。今日は天気もいいし少しくらいなら景色を楽しんでからで良いだろう。クオンと取りとめもない事を話しているとすぐに展望室にはついた。

 

「うわぁ~、帝都が一望できる……。ここにこんなところがあったなんて……。ねぇハク、ここが目的地?」

 

「いや、実はこの上があってな。あの絵を見てみろ」

 

 展望室から見える景色に感嘆の声を漏らすクオンに笑みを深めつつ、部屋の奥にある、からくりと連動した絵を指さす。クオンは何か変だとすぐに分かったようで、前に自分がしたのと同じように木片を動かし始めた。しばらくすると完成したのかカチッという音が鳴り、からくりが動く音がする。すると前と同じように上へと続く階段が現れた。

 

「……手の込んだ仕掛けかな。ハク、あの先?」

 

「ああそうだ」

 

 自分はクオンを伴い階段を上っていく。すると前にも嗅いだ香木の香りが漂ってきた。部屋に入るとクオンは感嘆の声を上げる。

 

「へぇ、良い趣味してるんだ。でもこの雰囲気ってば……」

 

「ふふ――」

 

「――ッ!!……思い出した」

 

 背後から女将の声が聞こえる。自分と同じようにクオンも“思いだした”ようだな、この宿の女将は誰だったのかを。

 

「カルラさんこんにちは。約束通りクオンを連れて来ました」

 

「ええ、いらっしゃい、ハク、クオン、それにその子も。歓迎しますわ」

 

「フォウ、フォウッ!」

 

「……カルラおか、ッツ、姉様」

 

 自分がカルラさんに声を掛けると、カルラさんは歓迎の言葉を掛けてくれた。フォウは自分の肩からおりて少し奥に置いてある皿に積まれた果物目がけて駆けていった。そんなに気に入ってたのか。今度探しておくとするかね。ちなみにクオンはお母様と言いかけたが、その途端に発せられたカルラさんからの重圧に姉様と言い直していた。

 

「まさか、あなたがそんな事を言うなんて。しばらく見ないうちに、粋というものを感じられるようになりましたのね。あなたもハクという恋人ができたお陰で視野が広がったのかしら?それよりも、クオン、元気にしていたようでなによりですわ」

 

「……ハク、カルラ姉様がいるならいるで言って欲しかったかな」

 

「カルラさんから口止めされてたもんでな、すまん」

 

「……はぁもういいかな。そちらも元気そうでなによりかな」

 

 クオンと自分の言いあいを笑みを浮かべて見ていたカルラさんは、クオンの自身への反応を見て、訝しげな顔をする。そりゃクオンを知ってたらそうなるわな。少なくともカルラさんの認識の中のクオンは、数年前から会っていない家族思いの少女のはずだから。

 

「……あらてっきり“なんで何も言わずに出て行ったのか”とか“今まで何をしていたのか”とか聞かれると思っていましたのに」

 

「ああ、それは……姉様とトウカお母様がここにいるのは“知って”たから」

 

 クオンの言葉をどう捕えたのかカルラさんは自分の事を咎めるように見てくる。一応弁明しておくかね。

 

「いや、自分は何も伝えてませんよ」

 

「……そうですの。どういう事かは分かりませんがとにかくお座りなさいな。トウカも呼んであるし、すぐに来るでしょうから。話はそれからでいいでしょう」

 

 自分とクオンは顔を見合わせると、とりあえずカルラさんの前へと腰を下ろす。なんだかクオンと一緒にクオンの保護者の前に居ると言う事で自然と正座で座ってしまった。隣を見るとクオンも同じようだ。これ、傍からみると結婚の報告をしにきた恋人同士にしか見えないんじゃないだろうか。そんな事を考えつつ座ったタイミングで、誰かが階段を上がる音が聞こえてきた。

 

「カルラ待たせた、な?」

 

 女子衆(おなごし)の衣装を着て、お盆に酒が入っているのであろう徳利と酒杯を持った女性。クオンの育ての親の一人でもあるヒトでトウカという――とりあえずトウカさんと呼ばせてもらう事にするか。トウカさんはクオンが目に入るとバッと顔を背ける。前は女子衆の中にクオンが前いると変な反応をするヒトが居るなという印象だったのだが、現在の状況でやられると少しだけ滑稽に見えた。

 

「トウカお母様、私はもう気が付いているから、こっちに来て座ると良いかな」

 

「…某はそのようなものではございませぬ、一介の女子衆でありまして」

 

「トウカ、お務めはそこまでにしたらどうかしら?それに完全に気付かれているようですし無駄ですわよ。せっかく私達の妹分が訪ねてくれましたのに」

 

「う……」

 

 トウカさんは少し涙目になりながらジト目を向けるとと大人しくカルラさんの横に腰を下ろした。

 

「カルラ……其方、クオンがここに来ると知りつつ、何も知らせなかったな」

 

「あら、貴方も知っているお客様を招いて、大事な話があると言ったではありませんの」

 

「……はぁもういい。で、話とはクオンと隣の男…確かハク殿と言ったか?其方のことか。まぁそれはおいておいてだ。久しぶりだな、元気にしていたか?しばらく見ないうちに大きくなったなクオン。本当はすぐに声を掛けるつもりだったのだが機会を失ってしまってな。すまぬ…」

 

 トウカさんはそう言いながら、クオンの頭を優しく撫でる。クオンは自分の方を見て恥ずかしそうにしつつも嬉しそうにそれを受け入れていた。

 

「くすぐったいかな、トウカお母様」

 

「ああ、すまん。それにしてもあんなに小さかったクオンが、もう結婚の報告とは……月日が過ぎ去るのは速いものだな」

 

「け、結婚!!」

 

 トウカさんの言葉にクオンはびっくりしたような声を上げ、顔を赤くする。トウカさんはそんなクオンの反応を見て不思議そうな顔をしていた。

 

「なんだ、違うのか?クオンが選んだ漢ならば某も問題ないと思っていたのだが。そんなに話した事があるわけではないが白楼閣で過ごす姿は知っているし、少なくとも宿の女達からの評判は良好。それにクオンと仲睦まじい姿も見ている。まぁ、少しだけ確かめたい事はあるが……」

 

「トウカ、それならば私が確認していますわ。ハクは全部知っているみたいですわよ」

 

 トウカさんの言葉にクオンは更に赤くなり、カルラさんは面白そうにしながらこちらの外堀を埋めに来る。はぁ、やっぱ自分が出ないとダメかね、これ。

 

「ち、違わないけど、違うかな。ハ、ハクとは恋人だし、将来的にはそうなりたいって思ってるけど、き、今日はそんな話をしに来たわけではなくて、呼ばれてきただけ」

 

「トウカさん。自分も将来的にはそのつもりですが、クオンのご家族全員から了解を貰ったわけでもないですし、その報告はまた今度にでもさせてください」

 

 とりあえずは自分とクオンの言葉に納得してくれたのか、トウカさんは元の位置に戻ると自分に顔を向けてきた。その顔がどうしようもなく慈愛に満ち溢れていて思わず自分もクオンも息を飲んだ。自分も居住まいを正しトウカさんの視線を受け止める。

 

「そうか、全部知っていて、というなら某も認めよう。クオンの事よろしく頼む、ハク殿」

 

「はい、心得ました」

 

 自分の答えにトウカさんは安心したようで口元に淡く笑みを浮かべる。とりあえずトウカさんにも認めてもらえたみたいでほっとするが、さてようやく本題に入れそうだな。

 

「そうか。それはそうと、では大事な話とは何なのだ?クオンは先程知らぬような事を言っていたが……」

 

「うん、私はハクに連れられてきただけかな。ねぇハク、何の話を?」

 

「ああ、自分達の事をちょっとな。少なくともトゥスクルのヒト達には知らせておいた方がいいだろう?」

 

 自分の言葉でクオンははっとした顔をする。正直そこまで考えていなかったって顔だな…。クオンはしばらく思案する風にした後、自分に向かって頷いてくれた。そこで様子を見てくれていたカルラさんが口を開く。

 

「さあ、話してくださいます?先程のクオンの反応にも関係がある話なのでしょう?」

 

 カルラさんのその言葉を切っ掛けにして、自分とクオンは自分達に起こったと思われる現象について話し始める。

 

 まずは気が付いたら過去の時間に戻っていた事。それはウィツァルネミテアが引き起こした事象だと思われる事。未来において自分がハクオロ皇から力を引き継いだウィツァルネミテアの空蝉であった事。自分達に起こしたと思われる現象の代償に自身の存在を指定したらしくウィツァルネミテアが大幅に…それこそ神とは言い難い状態まで弱体化している事。自分達も代償を取られたらしく記憶の大部分を失っている事(カルラさん達の事は思い出せたのだと伝えた)。覚えている限りの自分がウィツァルネミテアの空蝉になった原因など、覚えている事や、推測になるが確度が高いと思われるものなど、話した情報は多岐に渡った。

 

 カルラさんとトウカさんも半信半疑ではあるが驚いたようで、言葉が出てこない様子だ。とりあえず今は二人が情報を咀嚼できるまで待つ事にする。しばらくすると、ある程度飲み込めたのかカルラさんが口を開いた。

 

「……俄かには信じられませんわね。それこそハクとクオンの妄想だと言った方が納得がいくくらいに」

 

「某も同感だ。だが、かの大神が関わってくる可能性がある以上絶対にないとも言い切れない」

 

「お二人の困惑ももっともだと思いますよ。自分も気がついた当初は困惑したものだし」

 

「……私はハクにまた会えたのが嬉しくてあんまり考えてなかったかな」

 

 カルラさんの言葉はもっともで、自分が体験したことでなければ自分もそう思っただろう事は想像に難くない。それとクオンはそうだろうな、さっきまで自分の祖国や家族に情報を伝える事を思いついてすらいないようだったし、……まぁ、自分もクオンとまた会えた喜びが大きすぎてあんまり意識して情報を伝えようとはしていなかったが。

 

「一応これを。見覚えがありませんか?未来においてハクオロ皇より受け継ぎ、自分が付けていたものです」

 

「……それは、あるじ様の」

 

「……ああ、あの仮面と同じ物に見える」

 

 少なくとも全面的に信じていない訳ではないようだし、信じてもらうためのひと押しとして懐からあの仮面を取りだして二人に見せる。少しは説得力が増したようだし何よりだな。その後はなんとか二人を説き伏せ、トゥスクルと連絡を取ってもらう約束を取り付けた。事前に準備していた先程の情報に自分の推測を付け足している文を預ける。

 

「確かに、しっかりと届けましょう。あの二人も来ているようですし預ける事にしましょうか」

 

「あの二人って?カルラ姉様」

 

「ああ、ドリィとグラァの二人だ。クオンを連れ戻しに来ていたようだな。しかしクオンも楽しそうだし、もう少しだけ待ってもらえるように某からも言っておこう。どうせ近いうちに向こうには一度戻る予定なのだろう?」

 

 最後の言葉は自分に向けるようにトウカさんは言う。そのつもりではあるんだが、いつになる事やら。やらなければいけない事ではあるが、オボロ皇と会ったときにいきなり切り掛られそうで怖い。それとクオンは家出中だったな、正直忘れてたぞ。

 

「さて、難しい話は終わった事ですし。飲みますわよトウカ」

 

「……そうだな。クオンが恋人を連れてきたのだ。めでたい事だし今日は某も付き合おう」 

 

「もちろんハクとクオンも付き合いますわよね?」

 

 カルラさんはそう言うと、盃を四つ出し、それぞれに酒を注ぐと皆に配る。自分とクオンも否やは無い為、大人しくそのまま座っていた。

 

「さて、未来のクオンの旦那ともなれば私達にとっても弟分も同然ですし、固めの酒でもいかがです?」

 

「うむ、某に異存はない。クオンの婿殿となれば某にとっても息子となるわけだしな」

 

「カルラ姉様、トウカお母様……」

 

「……自分はカルラ姉さん、トウカ母さんとでも呼べばいいのか?」

 

 自分が苦笑しながらそう言うと、カルラさんとトウカさんは顔を見合わせた後苦笑すると、そのままでいいという。とりあえずは皆で盃を持つと一緒にグィッと煽った。

 

「さて、これでハクも私の弟分ですわね。今後は定期的に酒につきあってくださいな」

 

「ああ、某もハクの事を息子のつもりで扱うとしよう」

 

「……それは光栄なことで」

 

 二人のその言葉に自分は少しの困惑と大きな喜びを感じながらそう返す。しかし、結婚ね、まだ先の話になるだろうがこの二人に認められて本当に良かったと思う。自分は徳利を手に取ると二人の盃に酒を注いだ。

 

「ああ、すまないなハク」

 

「ふふ、弟分というのも良いものですわね」

 

 自分に返盃をしてくれるつもりだったのだろう。トウカさんの手が徳利に伸びるが、自分の横からクオンの手がが伸びてきてそれを奪い取り、ニコニコしながら注いでくれた。トウカさんはそれを見て苦笑いだ。仲が良くて何よりだなと言いつつクオンから徳利を取るとクオンの盃に注ぐ。

 

「さて酒はまだまだありますわよ。二人がどんな風に旅をしてきたのか、どんなふうに恋をして今の関係になったのか聞かせてくださいますわよね?」

 

 そういうカルラさんにクオンは固まるが逃げられるはずもなく、結局洗いざらい吐かされてから轟沈した。

 

 

 自分の膝を枕に眠るクオンの髪を撫でながら、カルラさんと酒を酌み交わす。トウカさんは先程潰れてカルラさんの横で伸びていた。

 

「ふふ、寝顔は変わりませんわね。小さいころのクオンのままですもの」

 

 そう言い、目を細めて優しげにクオンを見るカルラさんにもう一つだけ先程しなかった話をする事にする。それはハクオロ皇の事だ。

 

「カルラさん、ハクオロ皇の事なのですが……」

 

「ええ、もしかしたら封印を維持する必要がないかもしれない…。そう言う事ですわね?ハク」

 

 自分の話からある程度推測が出来ていたであろうカルラさんのその言葉に頷く。そもそも空蝉がであった自分の仮面が外れ、繋がりがとても小さくなっているのだ。ハクオロ皇に同じ事が起こっていないと何故言い切れるのか。少なくとも確認を取る必要があるだろう。

 

「はい、ハクオロ皇も自分と同じ状態。……空蝉としての役割から解放されている可能性が十分にあります。確認を行うのかはそちらにお任せしますが」

 

「……そうですわね、私としてもあるじ様が戻って来てくれるかもしれないのは喜ばしいですが、これに関してはウルトに聞いてみる事にしますわね。それにしてもハク、貴方は本当にクオンに惚れぬいているのですのね」

 

「……空蝉として動いていたころは、ここまでだとは自分でも思ってませんでしたよ。しかし今はクオンの傍を離れるとか考えられませんね」

 

 カルラさんはウルトさん(知り合うだろう)に調査をお願いしてみると言って、この話題を終わらせる。次に自分に水を向けてきたのは、自分とクオンがおぼろげに覚えている前の歴史での話の事だろう。しかしあの時はハクオロ皇に対して恥ずかしい事を言ったもんだよな。

 

「あら?惚れた女の為にあの世からこの世に戻ってくるようなヒトが言っても説得力がありませんわよ。そのあとクオンを放置していたという事について思うところが無いわけではないのですけれど…まぁ今のクオンはとても幸せそうですし、水に流してあげます。でもオボロには一発殴られるくらいは覚悟しとくのですね」

 

「……まぁ、一発くらいなら甘んじて受けますよ。それ以上は殺されそうなので抵抗しますがね」

 

「ふふ、一発殴られた後は私とトウカで止めてあげますから安心しなさいな」

 

 そう言いあいながら静かに盃を傾ける。もう結構な時間が経ち、外はもう日が落ちて結構経つ頃だろう。そろそろお暇するとするか。

 

「カルラさん、クオンも布団で寝かせてやりたいし、自分とクオンはここらでお暇するよ」

 

「そうですわね、トウカもこのままだと風邪をひきそうですし、今宵はここまでとしましょうか。いつでもいらっしゃいな。酒は用意しておきますわ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ姉さん」

 

「あらあら、素直な弟ですこと。それでしたら、今度は酒を持参してきてくれると嬉しいですわね」

 

 カルラさんに了承を返すと部屋の奥の方で体の輪郭が丸くなったフォウを回収して自分の肩に乗せる。……なんかこいつ重くなってるな。ココポ化しないようにダイエットをさせないといかんかもしれん。そう思いつつクオンを横抱きに抱えるとカルラさんに一言かけ部屋を後にした。

 

 

 クオンを自室に寝かせ、フォウを寝床に戻してから詰所の方に向かう。一応誰かが起きていて、何か報告があるかもしれないからだ。どうやら詰所の方にはまだ明かりが点っており、誰かがまだいる様子だった。誰だろうなと思いつつ見てみると、すすり泣く年配の女性とまだ五歳くらいであろう少女を抱きしめながら同様に泣いているマロの姿と、なんとかなだめようとするキウルの姿があった。……これはどういう状況なんだろうな。

 

「あ、ハクさん良かった」

 

「……キウル。マロはどうしたんだ?それとあの女性達は?」

 

 自分に気が付きマロを置いて近づいてきたキウルにそう声を掛ける。正直状況が分からん。マロの状態を見るに何かがあって自分を訪ねてきたのは推測できるのだが。

 

「……いえ、私が来た時にはもうこの状態でして。それに私も先程来たばかりで女性と子供については分かりません。マロロさんは多分ハクさんを訪ねていらっしゃったのだろうと思い、今からハクさんを呼びに行こうかと思っていたところなんです」

 

「そうか、マロの話は自分が聞いてみるとして、キウル、今日オシュトルは忙しそうだったか?できるならオシュトルにも連絡して連れて来てくれ。あと女性も居た方が良いだろうからルルティエを呼んでくれるか?」

 

「……分かりました。一応兄上は今日は大丈夫だったはずですし、ルルティエさんに声を掛けた後、私が呼んできますので。ハクさんはマロロさんの事をお願いします」

 

 

 キウルに尋ねてみたのだがキウルも今来たところで、この状況については把握していないらしい。正直、自分ひとりで何とかできる自信が無い為、キウルにウコンとルルティエを呼ぶように言ってから送り出す。さて、マロがあんなになってるのについて心当たりが無いのだがとりあえずは話を聞いてみるか。

 

「おい、マロどうした?」

 

「……………ヒック。おじゃ、ヒック…ハク殿、ハク殿~~!!!」

 

 自分が声を掛けるとマロはしばらく反応しなかったが、自分に気がつくと子供のように泣きじゃくりながら自分に縋りついてきた。とりあえず落ち着かせない事には話もできなさそうだし一旦マロに声を掛けながら宥める事にする。同時に女性と少女にも声を掛けて落ち着かせようと試みる。

 

 根気良く声を掛け続けるとマロと連れと思われる女性達も落ち着いた為、自分の前に腰を下ろすように促す。マロは素直に従がい自分の前に腰を下ろした。女性達は戸惑ったようにこちらを見てくるがマロが腰を下ろしたのを見てから腰を下ろす。

 改めて二人を観察してみると女性は質素ながらも気品のある佇まいで、マロとは顔のつくりが似ているように見える事から、マロの縁者だろう。年のころから考えるに母と言ったところだろうか。少女の方は整った顔立ちながらも丸い眉がマロとのつながりを感じさせる、こちらは妹と言ったところだろうか。

 自分がそう思いながら何と声を掛けようかと思っていると、そのタイミングで部屋の外から声を掛けられる。

 

「……ハクさま、入っても宜しいですか?」

 

「ああ、ルルティエか。入ってくれ」

 

 さっきキウルに呼びに行かせたルルティエが失礼しますと言いつつ部屋に入ってくる。その手には湯気の上がる湯のみの乗ったお盆が握られており、ルルティエは自分の達が挟むようにして座っていた机に盆を置くと湯のみを皆に配り始めた。

 

「粗茶ですが……」

 

「忝いでおじゃるよ、ルルティエ殿。母上もロロも頂くといいでおじゃるよ。ルルティエ殿の淹れてくれたお茶は絶品でおじゃる」

 

「……あ、ありがとうございます、マロロさま」

 

 ルルティエはお茶を配り終えた後、そう言うマロにお礼を言いながら自分の隣に腰を下ろした。マロのその家族と思われる二人は湯のみを手に取りお茶を飲むと、一心地付いた様子で先程よりも少し落ち着いたようだ。

 

「……こんな夜分に押しかけ申し訳ありません。私はマロロの母、マロンと申します。こちらは娘のロロ……ルルティエ様でしたか?こんな美味しいお茶をありがとうございます。私もロロもお陰で一息つく事が出来ました」

 

「……ありがと、ねぇちゃ」

 

 マロの母だという女性――マロンさんは自分とルルティエを見るとそう言って軽く頭を下げてくる。それに続くように少女――ロロもルルティエにお礼を言った。ルルティエがそれにお気になさらずと返すのを聞きながらとりあえずはマロにこんな時間訪ねてきた理由を聞く事にした。マロロも最初より随分と落ち着いた様子で話をするのは問題ないだろうしな。

 

「で、いったい何があった?おまえがそこまで取り乱すなんて、よっぽどの事があったんだとは思うが……」

 

「……うえに………でおじゃ」

 

「……ん、今なんて?」

 

 マロが自分の問いに答え、何か言ったようなのだが聞き取れなかった為、聞き返す。すると今度は小さく消沈した声ながらもしっかりとした声が聞こえた。

 

「……おじい様と父上に勘当されたでおじゃる」

 

「は!?待て急になんでそんな事になった」

 

 “祖父と父に勘当された”その言葉に自分は耳を疑う。借金を重ねていている親族に愚痴を吐き続けていたマロだが家族との仲は良好だったはずだ。だからこそ自分も一度ちゃんと話をしてみるように言ったのだ。……もしかしてそれが原因なのか?マロがそう話しているのを聞きながら、マロンさんも沈痛な表情を浮かべる。

 

「……今日、前にハク殿の勧めてくれた通りに家族と一度きちんと話してみたでおじゃるが……」

 

 マロの説明はこうだった。前に自分が助言した通り、借金の事に着いて家族にしっかりと話したそうなのだが、マロの祖父と父は聞く耳も持たずに最後には激怒し、マロに勘当を言い渡したという。マロの話が正論だと判断したらしいマロンさんはマロを擁護し勘当を撤回させようとしたのだが、聞く耳を持ってもらえず、最後にはマロ同様に縁切りを言い渡され追い出されたとのことだった。ロロについてはマロの祖父と父が何を言ったところでマロンさんとマロから離れなかったらしく、最後には二人と一緒に行くことを認める代わりに縁切りされたとのことだった。

 そして家を追い出されて途方に暮れていた時に自分の顔が思い出され、マロは母と妹を連れて白楼閣(ここ)に向かう事にしたそうだ。そして馴染みのあるこの部屋に付いた事で気が緩み、勘当を言い渡された悔しさやら、遣る瀬無さやらが一気に押し寄せて来たらしく、家族と身を寄せ合うようにして泣いていたとのことだった。

 

 そして自分が部屋に来た状況を経て、今に至ると……。

 

「とりあえず、今日はここに泊まっていけ。布団なんかはあるからお前達が休むだけなら十分だろう」

 

「……ありがとうございます。ハク様」

 

「ありがと、にぃちゃ」

 

「忝いでおじゃるよ、ハク殿」

 

 自分に礼を言ってくるマロ一家に頭を上げるように言い、ルルティエに寝床の用意を頼む。マロンさんはそれを手伝うと言い、ルルティエと共に部屋の奥へと入っていき、ロロもそれを追って行った。自分は再びマロに向かい合うと、とりあえず確認をしておかなければならない事を話しておく。

 

「さて、そっちの事情は分かったが。マロ、今後何か当てはあるのか?」

 

「……正直見通しが立たないでおじゃる。仕事の方はマロは殿学士であるからしてどうとでもなるでおじゃる。しかし住まいについては……マロの家は没落したとは言っても名家、その家を勘当された者に家を売ったり、貸したりしてくれる者がいるかどうか……」

 

「そうか。一応ここにはいつまで居てもらっても構わん。ここの女将とは知り合いだが問題なく許可をくれると思うしな」

 

 住まいについて見通しが立たないというマロに、しばらくは仮宿としてここを使う事は問題ない事を伝えると“忝いでおじゃる”と言ってマロは頭を下げる。カルラさんならばこれぐらいの事であれば快く許可を出してくれるだろうからな。さて、あとはマロの今後についてだが……。

 

「入っても良いかいアンちゃん?」

 

「ああ、入ってくれ」

 

 良いタイミングでウコンが来てくれた。入室を促すとウコンはキウルを伴って部屋へと入って来て、自分とマロを一瞥すると自分の隣に腰を下ろした。マロの隣に腰を下ろすキウルに自分がウコンを連れて来てくれた事への礼を言うと小さく頷いてくれた。

 

「で、なにがあったんでぃ?」

 

 ウコンがそう聞いてくる。マロに説明させるのも忍びない為、自分が変わりに先程聞いた事を掻い摘んで説明した。ウコンは真面目な顔でそれを聞いていたが、やはり思うところはあるらしい。時折顔をしかめるようにしたり、マロに心配そうな視線を送ったりしていた。キウルも思うところがあるらしくなんとも不憫そうにマロを見ている。

 

「そうか……で、マロロ。おめぇさん、今後のあてはあんのかい?」

 

「ハク殿にも言ったでおじゃるが、仕事はどうとでもなるでおじゃる。見通しが立たないのは住まいでおじゃるな」

 

 ウコンも自分と同様の事が気になったのか同じ質問を向けるがマロの答えはもちろん変わらない。さて、どうするかね。一応案はあるがウコンとマロ次第か。とりあえず提案だけしてみるかね。

 

「そのことなんだが、ウコン、キウル。オシュトルは采配師を雇っていないんだったよな?」

 

「ああ、オシュトルの旦那は采配師は雇ってねぇな」

 

「はい、兄上は采配師は雇っていなかったはずです」

 

 ウコンとキウルが言った言葉に二人の同意さえあれば問題なく自分の案を実行できると確信する。

 ウコンは前にマロについて采配師として高い才を持っていると言っていた。しかしマロには家族がおり、その家族がオシュトルの足かせとなる可能性が高かったようで、話自体は持っていっていなかったみたいだが。

 しかし今は状況が違う。マロは実家との縁が切れている。唯一の懸念事項はマロの母親のマロンさんだが、先程の様子を見る限りは問題はなさそうだしな。マロは自分とウコンがそう話しているのを聞きながら、なんで自分がそんな事を言ったのか分からないのか不思議そうな顔をしている。

 

「……そうか、いまのマロロは実家との縁が切れてやがる。この状況ならマロロの実家がしゃしゃり出てきても無意味だし、マロン殿についてはあの家の者とは思えん位に出来たお方だからな、心配もいらねぇ。……よし、マロロ、おめぇオシュトルの旦那の采配師をやってくれねぇか?」

 

「……おじゃ?」

 

「あ……、そういう事ですか」

 

 ウコンはいち早く気がついたようだ。即断即決でマロを取り込みに掛る。キウルも気がついたらしい。マロの方は速すぎる展開に付いていけないようで首を傾げているが。

 

「要はだなマロ。今のお前の縁者はマロンさんとロロの二人だけだ。お前の実家がしゃしゃり出てきても、縁が切れた相手だから相手にする必要はない。そしてオシュトルの采配師という確固たる地位を得ることで、おまえが勘当されたっていう不名誉な事実は上書きされ寧ろ率先して家なんかも貸してくれるってことだ」

 

「……いいのでおじゃるか、ウコン殿?」

 

「いいも何も昔オシュトルの旦那が直々に頼んでた事じゃねぇかい。良いも悪いもネェと思うが?」

 

 自分の説明で現状を正確に理解したマロは、ウコンにそう尋ねる。もちろんウコンの返事は言うまでもない。もともとマロを見込んで采配師として迎えたいという思惑はあったようだし寧ろ願ったり叶ったりだろう。

 ウコンのその返事にマロは一度考え込むかのようにして目を閉じる。次に目を開けるとマロの顔は一人の漢のものになっていた。

 

「ウコン殿、そのお誘い謹んでお受けさせてもらうでおじゃるよ」

 

「おう。よろしく頼むぜマロロ」

 

 マロはそう言うとウコンと固く握手を交わす。やれやれなんとかなったみたいだな。ウコンと握手を終えると、マロは自分の方を見てきた、自分にも何か話があるのだろうか?

 

「今日はありがとうでおじゃるよ、ハク殿。それとお願いがあるでおじゃるが良いでおじゃるか?」

 

「何だ?言ってみろよ。とりあえず変な物でなければ聞いてやるぞ?」

 

「忝いでおじゃるよ、ハク殿。実は……」

 

 マロはそう言って、口を開くとお願いについて話始めた。

 マロの願いとは自身の母と妹をここで預かってくれないかという事だった。自分としては構わないのだが、どう言う事かと聞くと、実家からの干渉が考えられる為、腕も立つ自分達の傍に置いて欲しいという事だ。もちろん宿のお金はマロ持ちで、さらにマロの母のマロンさんは元文官の出で事務仕事などはできる為、手伝いをやって貰ってもいいとのことだった(マロが言うにはめちゃくちゃ優秀で、マロの家が借金で潰れるまでにいかなかったのもマロンさんの影響が大きいとの事だった)。加えてマロもここに宿を取るそうだ(資金に関してはオシュトル持ちという事になった)。

 マロのお願いについてはキウルもウコンも賛成だったようで、トントン拍子に話が進む。ウコンが言うには自身の配下としてマロが正式に采配師となる事で、あの二人に危険が及ぶ可能性もあるらしく、腕も人柄も信頼できる自分達に預けるのは賛成らしい。

 

「分かった。その方向で話してみる。一応皆に話してみんことには判らないんで確約はできんぞ」

 

「忝いでおじゃるよハク殿。やっぱりハク殿はマロの心の友でおじゃる」

 

 そう言うマロに苦笑を返し、今日のところはこのまま解散という事になった。マロ達には今日はこの部屋を貸すという事になっている為、そのまま置いて自分とルルティエ、キウルは自室に戻る。部屋に戻ると布団の中で幸せそうに眠るクオンの頭を一度撫でてから自分も隣に入りその日は就寝した。

 

 ちなみに次の日に皆に確認を取ったところ、満場一致でマロンさんとロロの件が了承されたのは言うまでもない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。