皇女襲来~お菓子とハチミツ酒とおしおきと~
その日の仕事を終え、風呂に入ってから、詰所へと向かう。今日は久々にあのうんが付くやつで汚れたし、汗もかいたが、風呂に入ってさっぱりだ。キウルはまだ風呂に入っているし、クオン達は仕事で出ている。マロンさん達は今日はオシュトルの……というよりマロの手伝いで出ているし、詰所には自分ひとりのはずだ。
今日は疲れたし少し時間も早いが酒でも飲んでゆっくりする事にしよう。そう思って詰所の扉をあける。
「♪~~」
「……おい、なんでここにいる、皇女さん?」
扉を開けると何故かアンジュが居た。だらしなく寝そべりながら、なにやら薄い本を読んでいる。手に届くところにはお菓子と飲み物が置かれ、いかにもくつろいでいます、と言う風だ。
「おう、帰って来たかハク。早く余にシュウを馳走するのじゃ!まったく、余が訪ねてきたというのに誰もおらぬし、しょうがないからお菓子を食べながら待っておったのじゃ」
「……ちょっと待て、どうやってここを突き止めた。それと何回も抜け出して大丈夫なのか?」
「硬い事を言うでない。周りの者がちとうるさくてのぅ、抜け出してきたのじゃ」
「……抜け出してきたのじゃ、じゃねぇぞまったく」
自分を見てシュウを食べさせろと言うアンジュに頭痛を堪えつつ、なんとか何故ここにいるのかを問うと更に頭が痛くなるような返しが来た。正直見なかった事にして自分の部屋に戻りたいのだが……そうもいかんよなぁ。
「あれ、ハク。戻ってたんだ」
「おう、お帰り。クオン、ネコネ、ルルティエ、ついでにアトゥイ」
「うん、ただいま。ハクその子は?」
そんなタイミングで女性陣が帰ってくる。しかし、タイミングが良いんだか悪いんだか……。クオンがアンジュを見つけてそう尋ねてくると、クオンと言う名前に反応したアンジュが手に持った薄い本をひょいっと放り投げながら立ち上がりこちらに近づいてきた。ちなみにアトゥイはウチの扱いが雑やぇとか言っているが知らん。
「ふむ、お主がクオンか。しかしハクよ、よくもまぁこんな別嬪さんを捕まえたものじゃのう」
「あはは、ありがとうかな。えっと貴方は……」
「あ、そ、その書は……」
アンジュが声を掛けるクオンの後ろで、アンジュが放り投げた薄い本を見たルルティエ震えた声を上げていた。
「お、そこの行李の中敷きの下に挟まっておった書冊がどうかしたのか?」
「……ッ!!」
アンジュがそう言うのを聞くや否やルルティエが普段からは考えられないくらいの俊敏さでその本を拾い上げると胸に抱え込む。い、いったいどうしたんだルルティエは?そんな風に考えていると男の友情がなんだとかアンジュとルルティエが話しており、目に涙をためて顔を赤くしたルルティエは自分の方を見ると一瞬固まり、そのまま部屋を脱兎のごとく出て行った。
普段見ないルルティエの様子に唖然としていると袖をくいっとクオンに引かれる。紹介しろと言う事らしい。
「なんか、前に街を案内してやったら懐かれてな。自分の居場所を探し出して訪ねてきたらしい。あ~それと、紹介するのはいいが、驚くなよ?」
「?うん、それは良いけど驚くようなヒトなのかな」
「うん、ああ、あれだ、そいつ姫殿下。アンジュさま。ヤマトの姫様」
「は?」「あや?」
「なんでここにいるのですか……」
自分がアンジュについて正体を明かすと皆ポカンとした表情で固まる。まぁそう言う反応になるわな。ネコネはどうやら知っていたようだがなんだか不機嫌そうだ。
「うむ、ハクの紹介にあった通り、余がアンジュである。それよりもハク、早くシュウを持てい。菓子と飲み物も無くなってしもうた」
アンジュのその言葉にまずはクオンが再起動をはたす。そして部屋の惨状をみて一瞬固まると声を上げる。
「あああっ!?それってば今日のおやつ!それにそれ、とっておきのハチミツ酒!?」
「ゲフゥ……うむ、大変美味であったぞ」
「ここでは滅多に手に……あぁ……割って飲む物なのに、そのまま……あぁぁぁ……空っぽ……楽しみにしてたのに……」
クオンはアンジュのその言葉に泣き崩れるとハチミツ酒の入っていた瓶を手に取り、力なくうなだれる。それと今気がついたがアンジュは大変に酒臭い。そしてクオンの様子に皆が再起動をはたす。
「あ、姉さま」
「ほわわ……クオンはんが大打撃け?」
「クオン……すまん。自分がこいつと知り合いになってしまったばっかりに……」
「ただいま戻りました……ってなにがあったんですか!」
その時キウルが風呂に入った後なのか髪を湿らせたまま戻ってきて、部屋の惨状をみて声を上げる。そして顔を見た事があったのだろう、アンジュの顔を見て固まった。
「あ、あれ……?あの子……もしかして……でもまさか……そんなハズ……」
「キウル、混乱してるとこ悪いがあれは本物だ。……タチが悪い事にな」
混乱したように呟いていたキウルだが自分の言葉に体を硬直さえ、油の切れた機械のように自分を見てきたので頷きを返す。するとキウルは脳が処理できるキャパシティを超えたのかそのまま気絶した。
「むぅ、聞いておるのかハクよ。余を無視するでない。早くシュウをもってくるのじゃ」
「はぁ、御身を弁えて下さいなのですよ。姫殿下」
「……おに~さんの言ってた事ってホントなのけ?確かに何処かで見た事ある顔やとおもっとったけどなぁ、忘れてたぇ」
「はいです。残念ながら。というかあなたが忘れてどうするですか」
アトゥイは自分の言う事を信じていなかったらしい。まぁかなり軽めな感じに言ったしな。
アンジュは今はただの街娘だから堅苦しい礼など不要と言い、共は?と確認するネコネに街娘なのだから当然一人だと返している。自分を含め皆が呆れる中、ネコネが何故こんなところに来たのかと聞くと、自分(正確には自分の作ったシュウ)とオシュトルだと言う。
「あやつめ、たまに宮廷で会っても忙しいとかでまったく相手にしてくれんのじゃ。じゃから余自ら会いに出向いて来たという事じゃな。あとここに来ればハクのシュウも食べられると思ったのじゃ」
そう言うアンジュにネコネは能面のような無表情ながら死んだ魚のような目を浮かべる。ネコネがなんだか不機嫌そうだった理由がわかったな。ネコネはお兄さんっ子だ。それと自分の名前が出た時にさらに不機嫌になったように見えて、自分は心の中で笑みを浮かべる。自分もオシュトルと同等とはいかなくても、ネコネに慕われている事を確認できて嬉しかった。後ネコネ、その表情は恐いんでやめてくれ。
「それでオシュトルは?オシュトルはどこにおる?あとハク、はよシュウを持ってくるのじゃ」
「あに……右近衛大将なら、こんなところにいるわけがないのです。とっとと帰るがよろしいと思うのです」
「とぼけても無駄じゃ。其方等がオシュトルと繋がりがある事は分かっておる。早く合わせるのじゃ。あとハク、シュウはまだか?」
アンジュはネコネの言葉もなんのそのと言うようにオシュトルとの面会を求めてくる。あとシュウは作るのに時間も掛るし材料費も少し高い。今すぐ出せるもんじゃないから今日は難しいぞ。
「はぁ、皇女さん。本当にオシュトルはここにはいない。それにシュウも作るのに時間が掛るし材料もないから今日は無理だぞ」
「なぬ?」
「そして、確かに自分達はオシュトルに雇われている身だが、それは内密の話だ。ヒトに知られるわけにもいかないから、オシュトルとしてここに来る事はまずない。依頼を受けるときはこっちから出向くのがほとんどだしな。そんなわけで、いくら会いたくても、ここでオシュトルに会うのは難しいとしか言えんぞ。あとシュウも諦めろ」
「ん、んぐぐ……」
そこまで話した段階で、何かがキレる音が聞こえた気がした。クオンの方を見るとなんか凄いオーラを放ちながらゆらりと立ち上がっているところのようだ。
まぁ菓子ともかく、クオンのハチミツ酒にまで手を付けてしまったからな、こいつは。この後の展開が見えた気がして自分はアンジュに心の中で合掌する。まぁ自業自得だろうし、宮中じゃなかなか叱ってくれる奴もおらんだろうから、いい薬にはなるか。
「話は……終わった?」
クオンは普段通りの優しい声音だが、自分にはわかる。これはかつてないほどに怒り狂ってるな。はぁ一応この後のフォローの為に今度クオンと飲もうと思って隠してたハチミツ酒を出しておくか。あとアンジュ用に昨日作ってあったルルでも出しておこう。
クオンはアンジュの背後に立つと、そのままシッポをシュルリとアンジュの頭に巻きつけた。
「ぬ、なんじゃ」
ミシミシミシミシとクオンのシッポがアンジュの頭を締め付ける。どれだけの力で締め付けているのか、アンジュの頭からは何かが軋むような音が聞こえていた。その光景に自分も昔はよくやられたなぁと思いながら、部屋へハチミツ酒とルルを取りに行く為に、詰所を後にした。
『ふぎゃぁ――――ッ!』
自分が歩く白楼閣の廊下にはアンジュの悲鳴が響き渡る。さて、早く取って来てから戻るかね。
詰め所に戻ると、もはや文句を言う気力もなく、ぐったりしているアンジュの姿があった。
「少しは判ったかな?」
「わ、判った、謝る謝るのじゃ、謝るから放すのじゃ!」
「それなら放してあげようかな」
どうやら今の今までシッポで締め付けられていたらしく、やっとクオンがシッポによる締め付けを解いたところのようだ。アンジュはよっぽど堪えたようで蹲って動けないみたいだ。
そう思った瞬間、アンジュはいきなり駆けだすと扉まで走り、自分の横を駆け抜ける。そして廊下で振り返ると……
「誰が謝ったりするものかー、バーカバーカバーカ!嫁の貰い手なし!!シッポのお化け!!ウワバミヴァヴァア!!」
そう言い捨てるとアンジュは走り去っていくのだが、自分はそんなアンジュを呼びとめる。
「アンジュ」
「む、なんじゃハク」
「ほれ、これをやる。これに懲りたらここの物を勝手に食べたり飲んだりするんじゃないぞ?あとクオンは自分が嫁に貰うから、めちゃくちゃいい女だから」
自分が放った物を受け取るとアンジュは頬を膨らませながらも走り去って行った。自分はそれを見送ると詰所の中に入る。クオンは自分の言葉に照れているのか少し顔を赤くしていたが、アンジュへの怒りは冷めやらぬようでまだ怒っている様子だった。
「うん、次に来たら、またオシオキが必要だね」
「姫殿下にあんなにお仕置きができるなんて流石なのです。姉さま」
「街娘にお仕置きしてもなんの問題もないぇ」
ネコネは妙に生き生きしているが鬱憤がたまっていたようだし今回はまぁ良いだろう。アトゥイは……何も言うまい。といううか、そう言えばアンジュは街娘という体で抜け出してきてたんだよな。それをうまく突く形で釘をさしつつお仕置きしたんだろうな。
自分はクオンに近づくと人数分の盃とハチミツ酒の瓶を数本渡す。
「ハク……これ!」
「クオンと飲もうと思って隠してたんだがな。今日は皆で飲もうか」
自分がそう言うとクオンは嬉しそうに抱きついてくる。そんなクオンの頭を撫でながら皆にも声を掛けた。
「皆も飲むだろ?ネコネもハチミツ酒なら飲めるだろうし一緒にな」
「うひひ、それやったらウチも秘蔵の酒をだすぇ」
「はいです。それでしたら、わたしも一緒に飲ませて貰うのです。マロンさんとロロにも声を掛けておくですね」
「なら私は料理の準備をするかな。ルルティエにも手伝ってもらおっと」
皆はそう言って思い思いに動き出す。自分はキウルを起こすと場を整えて、宴会が出来るように準備をする。話を聞きつけたウコンやマロも合流し、皆がそろうと料理が出来上がるのを待ってその日は宴会と相成ったのだった。