うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

27 / 51
出会いにして再会9~皇女の火遊び/帝都の盾~

出会いにして再会9~皇女の火遊び/帝都の盾~

 

 

 アンジュが白楼閣を訪れてからしばらく、時々またアンジュが来てウコンと鉢合わせたりもしたが、なんとか平穏に過ごせていた。ノスリと再会したり(なんか白楼閣地下の物置に潜伏していたらしく普通に話しかけてきた。賊としていいのか、それ?)なんだりしたが平穏に過ぎていた。そう、平穏に過ぎていたのだが……

 

「なんでこうなった……」

 

「フォウ……」

 

「なにを言うハク。乙女の恋路を応援するのに理由などいらん。それが良い女というものだろう?」

 

「その通りです。流石は姉上」

 

「おお、やっぱり其方は話がわかるのぅノスリ」

 

 一緒に着いて来たフォウも自分の言葉に同意するように鳴き声を上げる。本当になんでこんな事になったのか。今日も今日とてアンジュが訪ねてきていたが自分しかいなかった為、一人でアンジュの相手をしていた。最近アンジュはオシュトルの気を引くにはどうしたら良いかなどとうちの女性陣に相談したりしていて(その過程でウチの女性陣とも友人といえる間柄になったようでなによりであるが)、今日は自分にその話題を振って来た。そこにノスリが現れ“私に任せろ!”と言いだし、そのまま自分もさらわれるように連れてこられた。そして今に至るのだが……

 

「はぁ……で、こんなとこに来てどうするつもりだ?」

 

 ここはあの賊達――たしかモズヌ団だったか?――を追い詰めた時に奴らが逃げ込んできた古い寺院のような建物だ。正直悪い予感しかせんが一応聞いておこう。もしかしたら軌道修正できるやもしれん。……まぁ望み薄な気がするが。そしてオウギよ、お前はいつ来た?

 

「ん?ああ、やはり恋というものは障害があってこそ燃え上がるもの。そこで、このノスリが一計を案じた」

 

「うむ。お主が余をさらった事にし、それをあやつが助けに来るという筋書きじゃな」

 

「フォウ……」

 

 そう言うノスリとアンジュに頭を抱える。自分は精神安定の為に肩にいる、フォウの頭を優しく撫でた。ノスリはアンジュの正体に気がついていないみたいだから良いとして(良くは無いが……ばらすわけにもいかん)、問題はアンジュだ。こいつは自分の身分をちゃんと認識しているのか?こいつの言動一つでヒトの首なんて簡単に飛ぶ(それこそ物理的に)んだぞ。

 皇女が一計を案じただけと言っても、一度事が起こってしまえばそれを収拾するのは困難を極める。アンジュの名誉の為に事を公にするわけにもいかんだろうし、責任をとって誰かの首が飛ぶのは間違いないのだ。それこそ自分やノスリにオウギ、こいつの世話係の者達、それに警備の者、そして……こいつの守護を任務とするオシュトルの首でさえもだ。

 

「皇女さん……、それで多くのヒトの首が物理的に飛ぶであろうって事を判っての発言か、それは?」

 

「な、なんじゃハク。恐い顔をしおって。だ、だいたい余のこの程度のわがままでその様な事になるわけがなかろう?」

 

 自分が真剣な顔をして言っているのが少し恐かったのだろう。アンジュは少し怖気づいたような態度でそう返してくる。しかしすぐに持ち直したのかいつもの調子に戻る。

 

「……本気で言ってるのか?」

 

「だから、そんな事起こるわけないと言っておるじゃろうに。では、ノスリ手筈通りに頼むのじゃ」

 

「……えっと、その前に貴方様の名と思い人の名をお聞きしても?」

 

「なんじゃ、急に畏まって?うむ、そういえば名乗っておらんかったの。余はアンジュ。ヤマトの帝の天子である。それとオシュトル、オシュトルじゃ。余が好いておるのは右近衛大将をしておるオシュトルなのじゃ」

 

 自分とアンジュがそう言いあっていると、アンジュに声を掛けられたノスリが自分の皇女さん呼びに何か感ずくところがあったのか、そうアンジュにそう声を掛ける。ノスリはアンジュのその言葉に顔を青くすると、自分を見る。自分が頷いてやると目の前の人物がヤマトの皇女だと理解したのか顔が青を通り越して白くなった。そしてアンジュの前に跪くと今までの態度について謝罪を始める。

 

「ひ、姫殿下とは知らず、今までのご無礼平に平にご容赦を!!」

 

「よいよい、余と其方の仲じゃ。して計画は順調に進んでおるかの?」

 

「いえ、そ、それはあの……」

 

 確か先程ノスリが部下に何かを伝えて、都に走らせたのは見ている。最悪もうオシュトルへと話がいっており、討伐隊が組まれている可能性もないとは言い切れない。混乱するノスリを尻目に少し離れて自分はオウギと話す事にした。

 

「オウギ、もうオシュトルへの使いは出しているのか?」

 

「先程、姉上が部下に向かわせてしまいました。姫殿下の指定した屋敷に矢文を打ち込む事になっていましたので、オシュトルさんに伝わっている可能性は高いかと。それとお仲間の皆さんには僕から連絡を入れておきました。オシュトルさんよりは先に着くはずですから、それまでに何とかできないでしょうか?」

 

「……判った。自分はここを抜け出して皆と合流する。お前たちはオシュトルが姿を見せたら不自然じゃない程度に退却してくれ」

 

「やれやれ、皆さんには手加減するように言っておいて下さいね?流石に本気の皆さんの相手をするのは骨が折れそうですから。こちらの皆には僕から話を通しておきます」

 

 オウギとそう打ち合わせすると自分はアンジュとノスリに気がつかれないようにその場を後にし、皆と合流をする事にする。寺の入り口付近で待っていると皆が慌てた様子で向かってきて自分の前に集まった。

 

「ハク!」「ハク兄さま!」「ハクさま!」「ハクさん!」

 

「あやや、おに~さんも連れて行かれたって聞いてたけどどうしてここにおるん?」

 

 皆は口々に自分の名を呼びながら心配するように近づいてくる。クオンはフォウに気がつくと“フォウも無事で良かったかな”と言って、安心した表情をしている。自分はアトゥイの疑問に答えるようにしてオウギと話していた事を語って聞かせた。

 

「判りましたけど……後はすべて兄上に任せてしまって問題ないのでは?オウギさんは把握しているようですし、それで丸く収まりそうな気がするのですが……」

 

「いや、もし皇女さんが自分達のところに入り浸っていた事が知られていた場合、それだと面倒な事になる。だから少なくとも自分達が皇女さんの救出に尽力した、もしくは救出したっていう建前が欲しい。そうじゃなきゃ、お前たちは良いかも知れんが自分とクオンは最悪打ち首だ。ま、そうなったら逃げ出すだろうがな」

 

「絶対にないとは言い切れないもんね……」

 

「ハク兄さま、姉さま……」

 

 自分とクオンを不安そうに見るネコネの頭を安心させるように撫でる。オウギに今回の件で借りが出来た形だが自分の予想ではこの後にもうひと騒動起きそうな事だし、その時にでも返せるだろう。

 

「てなわけで、目標はオシュトルが来た段階で自分達がアンジュを確保している事、最悪でもノスリたちをアンジュから引き離すのが前提だ。向こうも事情は把握してくれてるから普段に比べれば楽かもしれんが気を抜かずに行くぞ」

 

「「「「「応っ!」」」」」

 

 

 てなわけで始まったアンジュ奪還作戦(自作自演)だが呆気ないほどに簡単に事は運んだ。ノスリがどう見ても動きに精彩を欠いているみたいだったからな。今の状況がよほどこたえているのだろう。ノスリが自分を見る目にはこんな事に巻き込んでしまってすまない、というような感情が浮かんでいるようだった。

 アンジュが“助けに呼んだのは其方達ではない”とか、“ハク、なんで其方はそちらにおる”とかなんとか言っていたが無視しアンジュを囲みながらノスリたちと対峙する。そのタイミングで多くのヒトの足音が聞こえてきた。ようやくお出ましのようだな。

 

 兵たちが整然と歩いて来て自分達の少し後方で止まる。オシュトルは歩いて来た兵たちに待機するように言うと、自身は前へと出て自分達に近づいて来た。オウギ達はそのタイミングでオシュトルと兵たちに気押されたという風を装って退却していく。とりあえずこれでなんとかなったか。

 

 

「……アンジュ姫殿下」

 

「おお、オシュトル。余を助けに来てくれたのか!其方こそ臣下の誉れじゃ」

 

「………………」

 

 オシュトルはアンジュの姿を目に納めそう呟くように言う。アンジュはオシュトルに近づき声を掛けるが、対するオシュトルは無言だ。アンジュはそれを訝しく思ったのだろう、不思議そうにしながらもオシュトルに再度声を掛ける。

 

「……オシュトル?」

 

「アンジュ姫殿下。御無事で何よりでございまする。……某の為にアンジュ姫殿下の正常なご判断を鈍らしめ、このような事態を招いた事、謹んでお詫びいたしまする」

 

「なんじゃ、おおげさじゃのう。余はこうして無事でおるわ」

 

 アンジュの問いかけるように名前を呼ぶ声にオシュトルはそう答え、続いて謝罪を始めるが、アンジュはこの段階においても自分の仕出かした事の大事さに気が付いていないのか呑気にそう返す。自分としてもアンジュがこの帝都を出た事がなく、まるで籠の中の鳥のように扱われているという事情は知っている為、少しはしょうがない事だとは思うが、上に立つ者としてアンジュは未熟すぎる。自身の事を軽く考え、自身の行動が周りにどのような影響を与えるのかまるで判っていないその態度、正直にいって上に立つ者としては失格だと言ってもいいくらいだ。

 

「いえ、かの者達がいなければ、どのような状況になっていたか……。すべては某が至らぬ故の失態。貴き姫殿下を攫われたこの罪、万死に値しまする。このような事態を招いたからには某は位を返上し、お詫び致す所存」

 

「な!ま、待つのじゃ、それはならん!余が悪かった、もうこのような事はせんから、そのような事を言わんで欲しいのじゃ。國の忠臣を余の悪戯如きで失っては御父上に申し開きようもない。頼む、この通りじゃ、これからも余を補佐し助けて欲しい」

 

 オシュトルの言葉にアンジュはそう言って頭を下げる。ようやく事態の深刻さに気がついたようだな。ま、今回の暴走はともかく、素直に頭を下げるべき時には下げられる姿勢は治世者としては得難いものだろう。その一点において少し見直したぞアンジュ。

 

 その後はなんとか丸く収まる雰囲気になり、安堵していたところに一人の女性が現れる。その身から感じる武の気配はオシュトルやミカヅチとほぼ同等。大きな手甲のような物を右手へと嵌め、威風堂々という物腰で歩いてくる。自分はその人物を見ると安心感のような物を感じ頭の中で首を傾げる。クオンへと目線を向けると自分同様になにか引っかかるようで不思議そうな顔をしていた。クオンの反応を見て確信したが、あの人物にも前に会った事のある人物なのだろう。それも武において相当な信頼を寄せていたのだと思われる。

 

「あ、あの方は……」

 

「知ってるのかルルティエ?」

 

「は、はい。あの方は八柱将の一人で『鎮守のムネチカ』様です。わたしの憧れのヒトなんです」

 

 ルルティエが知っているようなので尋ねてみると、納得できる答えが返ってきた。あの武の気配、ただ者じゃないと思ってたが八柱将か。それならば納得だな。

 女性――ムネチカはアンジュの前に歩いていくとその目の前で止まり、キツイ眼差しでアンジュを見ると口を開いた。

 

「姫殿下、小生がいない間、随分と楽しく過ごされたようでなにより」

 

「ほ、ほぎゃぁぁぁ!?ム、ムネチカ、そ、其方が何故ここに」

 

 そう言うムネチカにアンジュは怯えた風にそう返す。なんかアンジュを操縦できそうなヒトが来てくれて助かったが、もっと早く来てくれてもと思わんでもないな。そうすれば今回のようなことにはならんかったかもしれんのに。

 

「任を終えて帰って来た段階で、オシュトル殿から連絡を受けまして。姫殿下、小生と約束したはずですな。小生がいない間も研鑽に励むと」

 

「そ、それは……。こ、これは何と言うか、た、ただの出来心であってだな……」

 

「理由がどうであれ、なんと馬鹿な事をしでかしたのですか。これだけの事を起こしたけじめは、付けなければなりませぬ」

 

 ムネチカから発せられる圧に焦りながらもアンジュは言いわけをしようとするが、ムネチカはそれを言わせずにアンジュに迫る。アンジュは冷汗をだらだらと流しながら後ずさろうとしたようだが、ムネチカの圧力に足を動かせず顔を引きつらせた。

 

「い、いやじゃ、それだけはいやなのじゃ――。それだけは、それだけは――」

 

 ムネチカはそう言うアンジュの襟首を無言で掴むと、そのまま帝都の方へと戻っていく。しかしふと思い出したかの様に自分達に向けて振り返ると言葉を発した。

 

「ふむ、其方がハク殿か」

 

「はっ、お初にお目に掛りまする、ムネチカ様」

 

「其方らには姫殿下が世話を掛けたようだ。後日、謝罪に赴かせてもらうが、今はやらねばいけぬ事がある故、これにて」

 

 ムネチカはそういうと踵を返し先程のようにアンジュを引きずって歩いて行った。自分達はアンジュの“いやじゃ、いや~じゃ~ハク、オシュトル、余を助けよ!!”という声が遠ざかっていくのを見送った。姿が見えなくなった頃にオシュトルが兵たちに向けて“全隊、耳を塞げ”と言ってから数瞬して――

 

『お、おしりは、おしりはいやな――』

 

 “ペシーン、ペシーン――”というヒトとヒトの肌が強く合わさったような音が聞こえた後、アンジュの悲鳴が響いた。

 

『フギャ――――ッ!!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ』

 

 “ペシーン、ペシーン――、ペシーン”

 

『フ、フギャァ、フギャァァァアァァァ!!』

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 自分達は皆して顔を見合わせると、黙って耳を塞いだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。