うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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出会いにして再会10~チリメン問屋の御隠居(匿名希望)~

出会いにして再会10~チリメン問屋の御隠居(匿名希望)~

 

 

 次の日、自分がフォウを肩に乗せ一人で帝都を歩いていると、急に霧が出てきて道がまともに見えなくなる。……なんだ、これは?それに二人分のヒトの気配がするな、これは敵か?

 そう思いながら警戒をしていると、見た事のある装いの二人組が自分の前に現れる。その身をすっぽりと覆う外套に男か女か判断がつきかねる二人組だ。たしかこいつらは……あの村を出発してからしばらく、自分の周りをうろちょろしていた奴らだな。この二人が何かしているらしい。二人は少し離れて自分の前に立つと、身振り手振りで自分に着いてくるように促す。敵意は無いようだし着いていってみるか……。

 霧の中、いったいどこを通ったのか判らないが巨大な建造物らしきものの中を歩いている。しばらく歩くと開けた明かりのある場所に出た。

 

 そこは不思議な空間だった。まだ冬といっていい時期だというのに、桜に似た花が咲き、豪華な石作りの柱に囲まれた部分の中央には小さな円卓が据えられ、数人分の椅子が用意されていた。そしてそこには車いすに乗った一人の老人の姿。

 その姿に自分はウコンと会った時と同じような気持ちを感じ、表情に出ないように気を引き締める。しかしその隣にいた人物を見て別の衝撃を受け、驚きの表情をわずかに漏らしてしまった。

 

「ふむ、客人がいらしたようだ。ホノカよ茶を」

 

「はい、只今」

 

「よくぞ参られた客人。さぁこちらへ」

 

 老人は隣に立つ女性にそう言うとこちらを歓迎するようなそぶりを見せる。それにしてもあの女性――ホノカというようだが――、姉さん――自分の兄の嫁さんにそっくりだ。ちぃちゃん同様に、もう見る事は無いと思っていた人と同じ姿の人物に会う、こんな偶然がある物なのか?自分が固まっているのが気になったのだろう、老人は少し訝しげにしながらこちらに声を掛けてきた。

 

「どうかなされたか、客人よ?」

 

「……いえ、そちらの女性、ホノカさんと仰いましたか?彼女が自分の良く知る人物と非常に良く似ていて驚いていたのです。それと、貴方は?」

 

 自分の答えに老人は少しだけ驚いたように固まった後、表情を戻して口を開いた。

 

「ふむ、儂は……そうじゃな、この都でチリメン問屋の隠居をしておる、ミトという者じゃな」

 

「……はぁ」

 

 なんだか、とてつもなく匿名希望臭が漂うその名前と返答に若干呆れ、なんと返していいか判らずにそう返す。っと、相手が名乗ってくれたからには自分も名乗らんとな。

 

「ああと、自分はハクです」

 

「ふむふむ、ハクさんか。突然の招待にも関わらず、よく来て下さった」

 

「招待って、じゃああの二人を自分のところによこしたのは……」

 

「ああ、儂じゃよ。おまえさんの事を耳にしてな。一度会ってみたくなったのだ」

 

 ここへはこの爺さんの招待で、あの二人組もこの爺さんが寄こした迎えだったらしい。聞いたというのはあの二人にだろうか?正直あまり接点は無かった様に思うが……。そういえばと思い周りを見渡すが自分を案内してきた二人の姿はもうそこには無かった。

 

「お茶が入りました。どうぞお掛け下さい」

 

「あ、ああ」

 

 そう女性――ホノカさんに声を掛けられ、反射的に椅子に腰を下ろしていしまう。まぁ害意は無いみたいだし大丈夫だろう。

 

「そういえば、先程このホノカに似た誰かと知り合いじゃと言っていたが、どのような人物なのじゃ?」

 

「ああ、自分の兄の嫁さんでして、おっとりしたしっかり者の女性ですよ」

 

 老人――ミトにそう尋ねられ正直に返す。ミトはなんだか驚いたような納得したような表情を浮かべたが、すぐに元の好々爺然とした笑みを浮かべた。

 

「そうか、其方の義姉にな……」

 

「こちらは御隠居さまの好物の茶の一つなのですよ。冷めないうちにどうぞ」

 

「ああ、いただきます。……これは。すみません、これをどこで?」

 

 ホノカさんに勧められ、茶を一口含む。それはあの薬屋の婆さんが淹れてくれたものと同じもののようだった。あの婆さんのオリジナルのブレンドだと言っていたのを思い出し少し気になって聞いてみる。

 

「都の端にある薬屋の主人からいただいたものですよ。ご存じなのですか?」

 

「ああ、ちょっと縁があってな。最近は茶菓子を持参してたまにお邪魔する」

 

「そうか。あの者の今は無き旦那は宮廷薬師をしておってな。儂の店は薬草なんかも扱っておるから、その縁で知り合い、たまに茶葉を分けて貰っているのじゃよ」

 

 本当の事を語ってはいないが嘘も言っていない様子だな。しかしあの婆さん、元宮廷薬師の奥さんだったのか。それならあの品ぞろえにも、儲かっていないのに金に困った様子が無いのにも納得だな。ホノカさんは自分の肩にいるフォウにどうぞと言って果物を勧めてくれたので、自分はフォウを肩から降ろし円卓の上でそれを与えた。

 

「それで自分を呼んだのはどんな用件で?」

 

「ふむ、その事なのだが、色々と話を聞かせていただこうと思いましてな。儂は見ての通りこのような躯。外に出る事もなかなかできませんでな。ましてや各地へ出向くなど、とてもとても。()から話を聞かせて貰うことが唯一の楽しみなのだよ。まぁ趣味みたいなものか」

 

 ミトは自分をそんな用件で呼んだようだった。しかし話せる内容なんてそんなに多くない上に話せない事柄も多い。さて、話すにしても何を話したらいいのやら。自分がそう思い悩んでいるのを察したのかミトは何でもいいと言って声を掛けてくる。

 

「ああ、其方がこの都に来るまでの旅の話しなんかで構わんよ。老い先短い爺の戯言だと思って、どうか聞かせてくれんかの?」

 

「ああ、それでいいのなら……」

 

「おお、話してくれるか」

 

 ミトの顔に喜色が浮かぶ。それを見ながら自分はクオンと再会してからの事を語って聞かせた。ミトは興味深そうに、ホノカさんは微笑みながら、時に相槌をうち聞いてくれた。

 

「ほぅほぅほぅ……そうか、そんなことがな……」

「フォウフォウフォウ」

 

 ミトが“ほぅほぅほぅ”というのに合わせフォウが“フォウフォウフォウ”と鳴く。こいつは爺さんを自分の仲間だとでも思っているのかね。その妙に微笑ましい様子を見ていたミトとホノカさん、自分の顔に笑顔が浮かんだ。

 

「いや、実に興味深くおもしろい。中々に波乱万丈の人生を歩んでいるようだな」

 

「こっちはたまったもんじゃないですがね。ですがそのおかげで恋人――クオンにも会えたし、今の仲間達にも会えた。大変なりに充実してますよ」

 

 自分がそう言うとミトは優しそうな表情を浮かべ、そうかと一言だけ呟く。なんだか身内に報告している気分になって気恥ずかしく感じた。

 

「御隠居さま、そろそろ」

 

「おお、もうそんな時間であったか。感謝する、とても有意義で楽しい時間であった」

 

「ありがとうございます、ハクさま。御隠居様のこのように楽しそうな表情を見るのは久々です」

 

「いえいえ、こちらも美味しい茶をありがとうございました。こいつにも果物を出していただいて」

 

 ミトとホノカさんが礼を言ってくるが、存外自分にとっても楽しい時間だった。自分が礼を言った後、ミトが手を叩くと、どこに控えていたのかあの二人組が姿を見せる。

 

「見送りを頼めるな?」

 

「「(コクリ)」」

 

「長々と引きとめてすまなかったな。では、いずれまた会おうぞ――」

 

 ミトがそう言うのを聞きながら自分は二人組の先導で来るときに来た道を歩きその場を去る。しばらく歩くと霧が出だした辺りにに立っていて、さっきの事が夢だったのではないかと思うがそんなはずはない。あたりはもう暗くなっていてヒトの通りも疎らだ。少し混乱していると後ろから声を掛けられた。

 

「あれ、ハク。こんなところでどうしたの?」

 

「ああ、クオンか。いやちょっと不思議な事があってな」

 

 自分に声を掛けてきたのはクオンだ。クオンには話しておくかな。なんとなくそうしておかないといけない気もするし。

 自分はクオンと共に白楼閣に帰る道すがら、自分に起こった事を話した。それに対してクオンが発した言葉に自分は驚いた。

 

「そっか、お兄さん(・・・・)に会えたんだ」

 

「いや、待てクオン、そんなはずはない。自分の兄は普通に考えればとっくに死んでいるはずでだな」

 

「……そっか、ハクは覚えてないんだね。う~ん、その人物に対する思い入れとかそう言うので記憶が残っているかいないかって決まるのかもしれないね」

 

 クオンの発した記憶という言葉に、自分が忘れている事でもクオンは覚えている事があると言う事を悟る。という事はあの老人は自分の兄に間違いは無いのだろう。言われればホノカさんの事なんかもあり、気がつく要素はあったのだ。あまりに自分の知る姿と変わりすぎていて気が付けなかっただけで。

 

「あの人は、自分の兄なのか……?」

 

「うん、私が覚えている限りでは、たぶん。……それじゃあ、ハクのお兄さんがこの國の帝だってことも覚えてない?」

 

「……ああ、覚えてないな」

 

 その言葉でアンジュの事も繋がった。自分の姪っ子に似た女の子。アンジュやホノカさんは、姉さんとちぃちゃんの遺伝子を使用した獣人だと思えば納得もできた。

 

「そっか……兄貴が」

 

 自分がそう呟くとクオンが腕に強く抱きついて来て自分を見上げてくる。自分が知らなかった事をクオンは知らなかったみたいだからな。自分がクオンを置いて兄貴の元に行くのではないかと、少し不安にさせてしまったらしい。

 

「ハク……ハクは私のところからいなくならないよね?」

 

「ああ、言ったろ?クオンとずっと一緒にいるって」

 

「うん。ちょっと不安になっちゃった。ありがとうかなハク。それにハクがどこに行こうとも私は着いていくから問題は無いかな」

 

 クオンを安心させる為に自分がそう本心から答えるとクオンは笑顔を見せてくれる。しかしクオンよ、それはそれでどうなんだ?お前はトゥスクルの皇女様だろうに。國を捨ててでも自分と来てくれるってのは嬉しいがそれに関しては少しだけ心配だ。

 

「そういえば、あの薬草屋のばあさんいたろ?あのばあさんなんだが、この國の元宮廷薬師の奥さんみたいでな」

 

「そうだったんだ。驚いたけど、それならあの薬草屋の状況にも納得できるかな」

 

 そこからは話題を変え、何でもない事を話しながら白楼閣へと戻る。

 その日の夜は久しぶりにクオンが自分の傍から離れようとせずに皆から呆れられたが、自分としては嬉しかったしよしとするかね。

 

 

 

Interlude

 

 

 ハクが帰った後、その場所では老人――ミトと、女性――ホノカが二人で何事かを話していた。

 

「わが君、弟君にはいつお知らせになるのですか?」

 

「そうじゃのぉ、とりあえずあ奴にはあの二人……鎖の巫を付ける。先日アンジュを連れ戻してくれたようだし、その褒美としての」

 

「そうですか……御心のままに」

 

 ミトはそう言うと、安心したように力を抜く。ずっと探していた自分の弟が見つかったのだ、その感慨も大きいのだろう。その弟には一つ懸念事項もあったのだが今日話して見た限り問題はなさそうだったし、自分の研究を引き継がせるにはやはり弟しかいないとミトはその考えを深くする。

 

「知らせるのは……そうさなぁ、あの二人を与えてしばらくしてからで良かろう。儂も随分と老けた、早い方がよかろうて。あ奴の知る姿とは随分違っているだろうが、あ奴は儂の事もしっかりと覚えておるようじゃし、理解してくれると思うておる」

 

「そうですね。今日見る限りではかの大神との繋がりも薄い物のようでしたし問題は無いと思います。あの方がわが君の思いを継いでくれるといいのですが……」

 

 ホノカはミトの言葉に応えて、元々の懸念事項について口にする。彼らの懸念事項とはミトの弟、今はハクと名乗るあの青年が大神ウィツァルネミテアと何らかの繋がりを持っている事だった。これについては彼に接触した鎖の巫からもたらされた情報で今日会った際にホノカも確信できている。しかしそれを踏まえて話した結果、ハクを信じる事に彼らは決めたようだった。

 

「しかし、どのようにしてかの大神と繋がりを持ったのか……それはあ奴に聞かなければ分からぬか」

 

「はい、それについてはそうするより他ないかと……あの子たちも付けますし最悪の場合は……」

 

「……できれば避けたいが、仕方のない事か……よかろう、それについてはあの二人に一任するとしようかのぅ」

 

 それでも最悪は想定して行動するという事で二人の意見は一致をみる。それからしばらくするとハクを送って行った二人も戻ってきたため、ミトとホノカの二人は、戻ってきた二人を伴いその場を後にする。道中で外套をまとった二人にハクに関する事を言い含めながら歩き、その姿はいずこかへ消えて行った。

 

 

Interlude out


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