「ここにいても仕方ないし、まずは私の天幕に行かない?」
結構な時間を抱き合った後、クオンと思い出話に花を咲かせていたが、クオンのその言葉でテントに向かうことにする。
思い出話をしているときにふと疑問に思った事があったのだが、いまは置いておくことにした。
ちなみに左腕にはクオンが抱きつくようにして歩いている。さすがに歩きにくいので離れるように遠まわしに言ったのだが、『離さないっていったかな』とすげなく断られた。まぁ自分もクオンを感じられてうれしいので問題はないのだが。移動中は基本的に無言ではあったが、隣にクオンがいる、ただそれだけで幸福を感じられるのだから不思議なものだ。そう思いながら歩いているとすぐにクオンのテントには着いた。
「とりあえず、ハイこれ。前にもハクが来ていた服。いったん着替えた方がいいと思うから。……私は外で待ってるから着替えたら呼んでね。逃げ出したらひどいんだから」
クオンはそういうと不安そうな表情をしながらもテントを出ていく。
まぁ、一度前科があるのだそう思われるのもしょうがあるまい。実際逃げ出す必要性も無くなっているので逃げることはないのだが。
仮面自体は自分が寝ていたカプセルの近くに落ちていたが(遺跡を出る前に回収はした)、顔からは完全に外れている。移動中に自分の状態について確認した結果、仮面を通して大神とのつながりは残っているようだが、今の自分は大神ウィツァルネミテアではなくなっている事がわかった。
ウィツァルネミテアとの繋がりは完全には切れてはいないが、せいぜいクオンと同レベルだ。まぁそれでも十分に物騒ではあるのだが、ヒトとして生きていけるレベルではあるので問題はない。それとウィツァルネミテアがずいぶんと弱っているのがわかる。おそらく力の総量で言えばあの戦いで封印した時とは比べるまでもなく弱体化している。よっぽどの事がなければこの世に出てくることはないし、出てきたとしても問題なくヒト達の手で対処できるレベルまで力が落ちている。具体的に言うと、あの戦の最中に出てきたノロイのような存在を生み出すのは不可能であろうといったところか。ここまで来ると自力で力を取り戻すのは不可能と言えるレベルだ。自分の仮面が外れたのもそれが関係しているのだろうかと思うが詳しくはわからない。何せ自分はもう依り代ではなくなっているのだから。
そんなことを考えながら服を着替える。
「覚えてるもんだな……。おーい、クオン。着替え終わったから入ってきていいぞ」
懐かしい着物に袖を通し問題なく着替えも終わると、クオンにそう呼びかける。クオンは中に入ってくると小走りで自分のそばにやってきて自分の腕を抱え込むようにして安心した表情を浮かべた。
(しばらくはこれが続きそうだな……)
クオンの温もりが心地いい。そう思いながらも心の中で苦笑をこぼす。このちょっと不便ながらも幸せなこの状況は甘んじて受け入れるとしよう。
クオンを促して床に腰を下ろすと現状の把握に努めることにする。
ちなみにここでもクオンは自分のそばから離れるつもりはないのか隣に腰をおろしてきた。
「とりあえずは現状の把握をしたいんだが問題はないか?」
「うん、そうだね。現状の把握は必要かな」
クオンはそういうと、まずは自分から……といって自分の把握している現状を語り始めた。自分たちがいるのはクジュウリのシシリ州でクオンが自分を最初に見つけた遺跡近くということ、自分たちが時間を遡っており今はクオンが自分を見つけた日と同じ日だということ(季節的には冬である)、クオンの中で自分と別れて数百年後の記憶と今現在ここに来る前の記憶の両方を持っていること……クオンが把握しているのはこんなところだった。
「そうか、時間を……自分の記憶が未来の分しかないのはこの時点で記憶喪失だったからかね?」
「うん、時間を超えた事については間違いないかな。ハクに現時点での記憶がないのは多分そういうことだと思う」
そういうクオンにうなずきを返して、自分が把握していることについても語ることにする。
まず、一番大事なことで今の自分が大神の依り代ではなくなっていること、体の状態(筋肉の付き具合や体力など)としてはあの戦いの終盤に近く、依り代ではなくなっているがクオンと同じようなことはできるだろうということ、そしてウィツァルネミテアが大幅に弱体化していること。
「それってつまり、今のハクは神様じゃなくヒトだって事で良いんだよね?」
「ああ、ちょっとばかし特殊ではあるがヒトだって言って問題ない状態ではあるな。クオンと一緒にいるとなるとむしろ好都合ってとこだ。ま、だからクオンと一緒にいるよ、クオンが許してくれる限りずっとな……」
「それは当り前かな。離さないっていたんだから、もう逃がさないからね、ハク!……それと、勝手にいなくなったらわかってるかな?」
クオンはうれしそうに言った後、シッポを見せつけるようにしてくる。その様子に過去に頭をシッポで万力のように締め付けられた時の恐怖が蘇るが、そうなることはあり得ないと思い返し、約束するよと言って苦笑を返した。
「そういえば、なんでウィツァルネミテア弱体化してるの?」
「推測になるが聞くか?」
「うん、ハクの考えなら正解で無くとも的は得てそうだしね」
「自分の考えでは、この状況を引き起こし、願ったのがウィツァルネミテアだと考えている」
「ウィツァルネミテアが?」
自分の推測にクオンが驚いたように聞き返してくる。まぁ自分でも突拍子もない考えだとは思っているからな。
「ああ、そうであればウィツァルネミテアが弱体化しているのにも説明がつく。何のためなのかは知らんが、この状況を作り出すためにウィツァルネミテア自身が願い、その代償としてやつは力の大半を失った。で、その影響が自分にも来ていて仮面が外れたってところだと思う。これならば一応説明はつく。そして多分自分たちもわずかであるが代償を支払ってしまっている」
「……うん、正解かはともかくとして筋は通ってると思う。だけど代償って?」
「ああ、クオンが気が付いていたかは分からないが、自分はヤマトを取り戻した大戦の事もその後の戦いの事もおぼろげにしか思い出せない。それもクオンが関係している以外の事についてはさっぱりだな。誰かと一緒にいた事は覚えてるがそれが誰なのか、どんな顔をしていたのか、どんな奴だったのかについては全く思い出せないんだよ。……クオン達と別れた後の事とクオンの事だけはしっかり覚えているというのにな」
ハクの言葉にクオンも覚えがあるのか顔色を変える。
「……わたしもかな。ハクが私を置いて行っちゃった後の事と、ハクに関する事はしっかりと覚えてる。だけどそれ以外の、あの戦いの事だとか一緒にいたはずの誰かの事だとかは確かに思い出せないかな。確信をもって大事なものを忘れてるって言えるから……ちょっと、いや、かなり寂しい……かな」
「ま、それについては多分どうしようもないさ。それにきっとまた会えるさ。覚えていなくてもきっと心が覚えている。少なくともそれぐらい大切な奴らだった事は心に刻み込まれてるからな」
「そうだね。それにハクと一緒なら何があっても大丈夫だって思えるから」
クオンは少し寂しそうに笑った後、自分の腕を強く抱きしめてくる。
「……日も落ちてきたし、今日はここで休もう。とりあえずは飯だな」
「うん、じゃあハクはちょっと待って…一緒に来るかな、ちょっと手伝って欲しいし」
まだ、自分が目の届かないところにいるのは不安なのだろう。クオンの言葉は“そばにいて”と自分には聞こえた。
「それなら、夕食は二人で作るか。恋人になってからの初めての共同作業ってな?」
「“初めての共同作業”……良い響きかも。うん、じゃあ手伝ってもらおうかな。ハクと別れてから料理の腕も上げたんだからしっかりと見ててもらわないとね」
そう返してくるクオンに笑みを返すと食事の用意に取り掛かった。
クオンの用意した料理は野営だというのにとてもおいしくて、懐かしくてちょっと涙が出てきた。それを見たクオンを慌てさせてしまったが、クオンを自分がどうしようもなく愛しているのだと再確認できた。
夜はクオンと抱き合って眠った。――それ以上はしていない。さすがに野営先でそんなことはできないしな。
野営先でなかったらヤバかったかもしれないが。自分は枯れている印象があるらしいが人並みに性欲はあるからなぁ。ま、とりあえずはだ――
「ただいま、クオン」
そう言ってクオンの髪を撫で、目を閉じる。すぐに自分の意識は深い眠りへと落ちて行った。
ただ眠りに落ちる直前――
「おかえりなさいかな、ハク」
――そんなクオンの声を聞いた気がした
その日はクオンと最後に会った日以降では初めて最高によく眠れた(クオンも同じだったようだ)。
次の日の朝にはその場を出発しハクがこの時代で初めて訪れたあの村を目指したのだった。