出会いにして再会11~鎖の巫~
「自分達は上手くやったよな?」
「……というより、うまくやりすぎた……と言った方がいいのかな。それで逆に不信感を持たれたのかも」
ノスリの偽物が捕まってから数日、自分とクオンはオシュトルに呼び出され奴の執務室にいた。もしかしたら先日の件が露呈したのかもしれないと戦々恐々としながらもそこでオシュトルが来るのを待っている。
ほどなくオシュトルが現れ自分達の前に座った。
「またせたな」
「で、何の用だ?もしかして例の一見がばれたのか?」
「そうではないが、もしかしたらその方は良かったかもしれぬ。実は姫殿下を御救いした事を、さるお方がとてもお喜びになられてな……」
オシュトルが言うにはその人物が直接労を労い、褒美を与えたいと言い、自分達の代表……すなわち自分を呼び出すようオシュトルに命じたということだ。さるお方とは帝――この國の現人神として崇め立てられる存在その人だ。そして自分の兄でもある。今回の件自分が帝の弟である、という事は無関係ではないだろう。というかそれが無ければアンジュの一件では呼び出しをするには弱すぎるというところか。
「姫殿下を救出し誘拐犯も召しとったのだ。聖上がお喜びになられるのも無理はない」
「うまくやりすぎたってことか……」
「そういうわけだ。さっそくですまぬが、登城するので同行願いたい」
行きたくはないが仕方ない。そうオシュトルに促され腰を上げる。そんな自分をオシュトルは意外なものを見たという風に見て来ていた。
「其方はもっと渋ると思ったのだがな……。まぁよい、その方が面倒が少ないのでな」
「行かないって選択肢が最初っから存在しないんだ。渋るだけ無駄だってのも判ってる。だったら早く終わらせた方が建設的だってだけだ。じゃクオンちょっと行ってくるから」
「うん。いってらっしゃいハク。帰ってきたらめいいっぱい労ってあげるかな」
クオンにそう見送られ、オシュトルが用意した衣装に着替えてから屋敷の前に用意されてあった車に乗り込むと自分とオシュトルは登城したのだった。
「遠来の客人、ハク殿。いざや参られたまえ」
そんな言葉と共にオシュトルと共に謁見の間へと入る。
「某がするようにふるまえば良い。頭を下げたまま前に進み、某と同じように玉座の前で膝をつく。聖上が面を上げよと仰ったら、顔を上げる。お聞きになった事は素直に応える。褒美を賜ったら礼を言う。ただそれだけだ」
オシュトルはそれに加えて聖上は自分が市井の民だと知っていて多少の間違いや無作法は気にしないだろうと言ってくれる。
自分は先導するオシュトルに従って進み、玉座の前で膝をつく。正直ヤマトの重鎮たちが右に左に並ぶこの場は居心地が悪いなんて話ではないがそれを言っても仕方がない。戦闘時のように意識を切り替えその場に臨んでいた。多少の間違いは許されると言ってもそれをしてしまうのも癪だしな。
「聖上におかれましては、ご機嫌麗しくお過ごしであらせられましょうか?このオシュトル、参内にあたり、件の御仁ハク殿をお連れ致しました」
「……その方がハクか?」
オシュトルの言葉より一定の沈黙のあと、そんな声が響く。威厳に満ちてはいるが、その声は先日言葉を交わした自分の兄であると思われるミトと同じものだ。
「その顔、よう見たい。面をあげよ」
「は……」
その言葉にそろりと顔を上げる。目の前の玉座には顔を簾のようなもので隠した老人がいた。少なくとも見える部分だけでもミトと同一人物だろうと判断できる。その傍には自分の考えを裏付けるように姉さんと瓜二つの女性――ホノカさんが控えている。
「さて、ハクよその方が賊に囚われた我が娘を救い出したそうじゃな。余はその方の活躍、実に感じいった」
「は、身に余るお言葉……」
「天晴れである。その方に褒美をとらす」
そういうと帝はホノカさんに目配せし、“例の‘モノ’をこれへ”というとホノカさんが承知した事を告げ深く頭を下げた。
どこからともなく、突然楽が奏でられる。優美で風雅な、どこか魅惑的な旋律で自分は思わず聴き入ってしまった。すると二つの影がまるで飛んできたかのようにフワリと自分の前に舞い降りた。……これはあの二人組か?見た事のある顔まですっぽりと覆う外套にそう判断する。
二人組は互いに背を合わせ彫像のように動かなかったが突然魔法が解けたようにサッと手を上げ、対照的に身を翻して煽情的にに腰を揺らしていく。曲に合わせ両手で音を刻むようにしながら下ろしていき二人は距離を置くように大きく足を運んだ。そして次の瞬間二人をすっぽりと覆っていた外套が脱ぎ棄てられると、そこには対照的な肌の色をしていたが双子なのか瓜二つの顔をした美しい少女達がいた。絹のような髪に陶磁のように極め細やかな肌、どこか作り物めいた美貌の少女達が舞う。
自分は外套の中身が女性だった事についてはあまり驚いていなかった。なぜかそんな予感がしていたからだ。しかしその少女達を見た時に自分の中で記憶がフラッシュバックする。それは自分が大神の空蝉となってからの数年間、彼に付従った巫達――ウルゥル、サラァナの双子の記憶。自分の目の前で踊る双子と共に世界を回った記憶だった。相も変わらず大戦の事についてはおぼろげにしか思い出せないが、彼女達と共に旅をした事については鮮明に思い出した。きっと二人が自分の巫女としての立ち位置にあった事も無関係ではないのだろう。
自分がそんな事を考えている間に楽は鳴りやみ、二人の少女が自分のまえに膝まづいていた。そこに帝の声が響いた。
「『それ』が其方への褒美だ。好きにするといい」
帝の言葉に高官たちがざわめく。
「は?」
自分は戸惑いの声を上げるが、周りは気がつかずにざわめきを上げるばかりだ。目の前の二人を見ると、自分を見上げてきておりその目には畏怖と警戒、それに……これは期待か?どうにも複雑な感情が浮かんでいるようだった。
「ウルゥル」
「隣が姉のウルゥル。わたしはサラァナと申します」
足に感じる湿った感触。そこには自分の足の甲に口づけする二人の姿があった。その事に動揺するもなんとか顔には出さないように努める。
「ここに誓いを」
「わたし達の全てを捧げる証をここに」
「「主様に、永久なる忠誠を」」
そう言う二人を視界の端に納めながら帝を見上げると帝から声が降ってきた。
「今この時より、その者達は其方のモノだ。肉体も、魂も、すべてがな。大切にするもよし、弄ぶのも良し、その全てが許される。ハクよ、有意義な時であった。また何れ、会う時を楽しみにしているぞ」
帝はそう言い残すとホノカに車いすを押されその場を後にする。玉座だと思っていた椅子は豪華な車いすだったようだ。自分は唖然としながらもそれを見送ると二人の少女に目線をむけた。……きっと前の時もこいつらを同じような流れで帝から賜ったのだろうが正直扱いに困るなんてもんじゃないぞこれ。クオンになんて説明するか……。ちゃんと説明すれば判ってくれ……るといいなぁ。自分がそう思っているとホノカさんが振り返ってこちらに言葉を掛けてきた。
「どうぞ、娘達を可愛がってあげて下さい」
「……は?」
自分の声に答えずホノカさんは車いすを押すと奥へと消えて行った。
「帰るぞ、急いだ方が良い」
周りのざわめきが収まらぬ中、オシュトルが自分にそう声を掛ける。この混乱に乗じて退散した方が良いという事は判ったのだが時すでに遅く、周りからは戸惑ったような声が聞こえ始めていた。
「ど、どういう事にゃも!?こ、こ、このような末々の若造が――」
「姫殿下を御救いしたとはいえ、これは行き過ぎでは……」
「巫を……聖上はなにをお考えに……彼は……それほどの存在なのですか」
「…………」
その場にいた八柱将を筆頭とする面々から次々に戸惑いの声が上がる。この場にいる八柱将は『七光りのデコポンポ』『調弦のトキフサ』『影光のウォシス』『剛腕のヴライ』『聖賢のライコウ』の五名。ヴライとライコウは沈黙を守っているがその他の三名からは戸惑いの声が上がっていた。
「静まれぇ!!」
この場にいたミカヅチのその声でその場は静まり、自分とオシュトルはその場を後にしたのだった。
「さて……まさか、このようなことになるとはな。面白い、つくづく其方は数奇な人生を送る運命にあるらしい」
「……やっぱり今回の件はなにか変なのか?」
「一言でいえば『あり得ぬ』。いくら姫殿下の窮地を救ったとはいえ、まさか巫を下賜してくださるとは」
聞きたくは無かったが、聞かないと今後困った事になりそうだったため、オシュトルの説明に耳を傾ける。この二人は『大宮司』を務めるホノカさんの娘で『鎖の巫』とよばれる存在で高名な宮司や巫を排出した家の出身。その力は特別な役目にのみ用いられてきたそうだ。鎖の巫については覚えている。帝がウィツァルネミテアに対抗する為に作りだした特別な種だったはずだ。……兄貴、やっかいな者を預けてくれたな。これで自分はこの國の高位の者たちに目を付けられる結果になっただろう。これがどう今後に影響してくるのやら。
「これで其方は我等柱石にも一目置かれる存在となった。いい意味でも悪い意味でもな」
「そりゃ厄介な事に巻きこまれるってことか……」
「言ったであろう、数奇な人生を送ると」
オシュトルは諦めろというような表情でそう言うと、面白そうに自分を見てくる。
「……はぁ、それについては受け入れるしかなさそうだが、こいつらの事クオンにどう伝えるか……」
「ククッ、それこそ某の知った事ではあるまい。まぁ上手く説明する事だな」
そう溜息をはく自分にオシュトルは忍び笑いを洩らしながらそう言ったのだった。
その場にいつまでも居ても仕方ないので外に戻る事にする。門を出るとクオンが待っていたようで自分に声を掛けてきた。……もうちょっと心の準備をしたかったのだが仕方ないか。ちなみに二人は自分の一歩後ろに控えるようにして着いて来ている。
「おかえり、ハク。ご褒美って、どんなのだった?帝から直々にって、どんな凄いご褒美かな?」
「ああ、そのことなんだが。オシュトル、おまえの屋敷の一室を貸してくれるか?クオン説明はそこでするよ」
「ああ、構わぬ」
「?わかったかなハク」
自分の言葉にクオンは訝しげにするも、頷いてくれたのでオシュトルの屋敷に向かう事にする。道中、自分が連れている二人の少女についてクオンが尋ねてくるが(なんか視線が険しくなっていた)それも含めて説明すると言ってオシュトルの屋敷に急いだ。
場所は変わってオシュトルの屋敷の一室、そこで自分達は部屋の真ん中にある円卓を囲むように座っていた。流石に褒美の件について感づくところがあったのだろう。クオンが険しい表情で、かつシッポを見せつけるようにゆらゆら揺らしながら自分に尋ねてくる。
「で、ハク。ご褒美はなんだったのかな。あとその二人は……」
「……ああ、説明するよ。で、結論からいうとご褒美はこの二人だった。帝からの褒美という事で返すわけにもいかんしどうしたものか……。ウルゥル、サラァナ、こいつはクオン、自分の恋人だ」
「……ウルゥル」
「……サラァナです」
クオンは二人の自己紹介を聞いて急に呆然とした後、急に頭が痛くなったようなようで苦しそうな表情で頭に手をやる。少しするとその表情ももとに戻り少し納得したような表情を見せた。かの大神に近しい存在だったこの二人については少しだけ奪われていない記憶もあるようだしクオンも少しだけ納得できるような記憶が蘇ったのだろう。
クオンは居住まいを正すと顔を引き締めて二人に声を掛ける。
「私はクオン。……二人は私がウィツァルネミテアの天子だって事、気がついてるよね?それとハクの事も」
クオンの問いかけに二人はコクリと頷くと口を開いた。しかしクオン、急に確信を突きにいったな。
「「ウィツァルネミテア」」
「お父様が存在を予言し、唯一恐怖を抱かせし存在」
「わたし達はそれを鎮める為に創造された鎖の巫」
二人はそう言うと自分の方を見てくる。この二人は自分が大神の空蝉だと言う事は把握しているし、クオンの事も会った段階で把握できているのだろう。それから導き出されるこの視線の答えは……。
「自分もクオンもヤマトに害をなすつもりは無い。そう兄貴に伝える事はできるか?」
自分がそう言うと二人は若干驚いたように目を見開いたが頷くと口を開いた。
「「御心のままに」」
そう言うと同時に二人が自分とクオンに向けていた警戒が消えて行くのを感じ取る。畏怖はまだ残っているが自分やクオンを通じて大神の気配を感じる事が出来るのなら当然の反応だろうな。
「さて、とりあえず懸念事項も片付いたみたいだし、一旦宿に……って何してるかな!?」
「?主様を癒してる」
「わたし達のお仕事です」
自分も気がつかぬ間にウルゥルとサラァナの二人は自分にしな垂れ掛るように抱きついて来ていた。それを見てクオンが怒りの声を上げる。
「ウルゥル、サラァナ離れてくれ。自分にはクオンが居るしそういうのはいいから」
「いいえ、主様の世話はわたし達の仕事です」
「お食事から御休みまで」
「床にお風呂にお不浄まで、すべてわたし達がお世話いたします」
「存在理由」
「主様の全てを受け入れる。あんなコトやそんなコト、具体的には…………してもらう」
「その為にわたし達は存在しています」
「ち、違ッ!」
自分がやめるように言うも、二人はやめる気が無いのか離れる気配がない。自分の言葉に返答するようにウルゥルの口から女性が口にするとは思えない具体的な卑猥な内容が垂れ流される。クオンはそれを聞いて顔を赤くしていたが限界を超えたのかウルゥルとサラァナを引きはがし自分をその腕の中に抱え込んだ。
「ダ、ダメかな。ハクは私の!ちょ、ちょっとした事ならいいけど食事はだめ、あとお風呂もお不浄も。あと伽なんてもっての他かな!それは私がするから!!」
「(ちょ、クオン何言って……、いや実際そういう事もやってるけれども)」
暴走するクオンを止めたいがクオンに口をふさぐ形で抱きかかえられている為、言葉を発する事が出来ない。ああ、でもクオンの匂いがして安心するなぁ……ってそうじゃないだろ自分。
「伽?」
「これまでの伽はあなたが?」
二人はクオンが言った“伽”に特別に反応を示しクオンにそう聞く。正直流してくれた方が助かったんだが……。
「――――ッ~~~~~!?」
「情報提供を求む」
「参考までに主様の性癖や、趣味趣向などの情報提供をお願いします。性的な意味で」
その言葉に自分を抱きしめるクオンの力が強まっていき、ついには息が出来ないくらいに強く抱きしめられた。動けない自分の意識は段々と闇に沈んでいき―――
「だから、ダメ――――!ハクは私のかな!!」
そのクオンの声を聞いた後は意識が闇に飲み込まれた。
「あ、ハク気がついた?」
「……ここは?」
意識が覚醒する。見るとオシュトルの屋敷の一室のようだ。自分はクオンに抱きしめられて息ができずに昏倒したんだったか。それと妙に心地いいと思ったらクオンの膝枕で寝ていたようだ。申し訳なさそうにするクオンに気にするなと言いつつ体を起こす。
それとほぼ同じタイミングで自分とクオンの前に茶が置かれ声を掛けられた。
「「どうぞ」」
「お、すまんな」
「ありがとうかな」
ウルゥルとサラァナがお茶を置いてくれたのでとりあえず口に含む。うん、うまい。ルルティエが淹れた茶と同じくらいには上手いなこれは。クオンも自分と同じように思ったようで少し驚いた顔をしていた。
「まさか、ルルティエと同じくらいうまいとはなぁ」
「うん、私も驚いたかな。でも本当においしい。ありがとう二人とも」
「「恐悦至極」」
二人はそう表情を変えずに頭を下げるとそうするのが当然とでも言う風に自分とクオンの両隣りに跪いている。なんかクオンに対する態度が少し違うのを気になって尋ねてみると、主人の奥さま(予定)に敬意を払うのは当然だという答えが返ってきた。あとは伽の先輩ですのでとかわたし達は愛人枠でとかなんとか言っているがその予定は自分にはないぞ。クオンも複雑そうにしながらも諦めたのか苦笑いだ。
「さてそろそろ、いい時間だし白楼閣に戻るか」
「そうだね、皆への説明は……私も協力するけどハク頑張ってね」
そろそろ白楼閣に戻ろうかとクオンと話していると、袖を引かれる。そちらを見るとなんか首輪と鎖を持った、ウルゥルとサラァナがこちらを見ていた。
「お持ちかえり」
「わたし達が主様の物になる為の儀式です」
ウルゥルとサラァナはその首輪を自分で付け首輪に繋がった鎖を自分へと差し出してくる。正直梃子でも動かない気配を感じるぞこれは。自分はクオンと引きつった顔を見合わせたあと、オシュトルに車を用意して貰って白楼閣へと帰る事にしたのだった。