うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

32 / 51
ウコンとサコン~風来坊と飴屋~/出会いにして再会12~聖賢たる者~

ウコンとサコン~風来坊と飴屋~/出会いにして再会12~聖賢たる者~

 

 

 その日はオシュトルが紹介したい者がいると言って自分達を宴に誘い、白楼閣の宴会場に皆で向かっていた。フォウは何か感じる者があったのか今はココポの所に行ったようでこの場にはいない。その事実がオシュトルの紹介したい人物が並みの人物ではないのだろうという思いを自分に抱かせている。

 

「皆、良く来てくれた」

 

「美味い酒が飲めると聞いて、参上やぇ」

 

「ア、アトゥイさま……」

 

 自分達を出迎えてくれたオシュトルにそうあからさまに言うアトゥイにルルティエは困り顔でそう声を掛ける。ま、ただ飯ほどうまいものはないし、自分も心の中ではアトゥイに同意なのだが。

 

「構わぬよ。せっかく用意したのだ、遠慮せずにやっていただきたい。某が紹介したい人物も直にやってくるはずゆえな」

 

「うむ、そういわれたら、存分に楽しまねばな。折角の席だ、楽しまねば女がすたるというもの」

 

「流石は姉上、その通りです」

 

 オシュトルは一同のそんな態度を気にもせずにそう言うと、ノスリオウギの言葉など気にせずに紹介したい人物について話し始めた。なにやらその人物自分に並々ならぬ興味を抱いているらしく、オシュトルを通じて自分に会わせろと言ってきているらしい。……正直男に好かれても嬉しかないんだがな。自分が微妙な表情をしているのを感じたのだろう。オシュトルはフォローのつもりか自分にはヒトを引きつける魅力があるだのと言いだすが、だから男に好かれても嬉しくもなんともないっての。

 そんな風に話していると宴会場に新たな人物が姿を見せる。

 

「おお、ハク殿。会いたかったでおじゃるよ」

 

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 

 マロはマロンさんに手招きされマロンさんとロロに挟まれる位置に腰を下ろした。若干自分の隣に座りたそうにしているが自分の近くの席はネコネ、ウルゥル、自分、クオン、サラァナの順で座っており、もう満杯なため諦めたようだ。マロンさんは手伝いなんかには結構行っている為、マロの普段の様子は知っているはずだが、上手くやっているか、オシュトルに迷惑を掛けていないかとマロに熱心に話しかけていた。ロロは久々にマロが居るのが嬉しいのか、マロの膝の上に座ってニコニコとしている。

 まさかマロの事かと、皆が思い黙っているとオシュトルが口を開いた。

 

「……もちろん、マロロではない。入ってこられたらどうだ」

 

 オシュトルがそう言うと、入口から人影が現れる。その人物は……

 

「おっほっほっ、これはまた綺麗どころが満載じゃわい」

 

 禿げ頭の爺さんだった。

 しかしあの男どこかで……ネコネに帝都を案内して貰ったあの時か。クオン達三人には綺麗な飴を、フォウには小さな飴を、自分にはギギリの飴をくれた……

 

「……飴屋のオヤジ?」

 

 自分の声でクオン、ルルティエ、ネコネの三人も思い当ったようでそれぞれにあいさつをする。その他の皆も何度か飴を貰ったりしていたようで挨拶をしていた。飴屋のオヤジはサコンと言うらしい。

 

「さこおじちゃ、こにちわ」

 

 ロロもそう言いながらオヤジ――サコンに駆け寄るとそう挨拶する。ウチの最年少にも好かれているようだな。

 

「おおロロちゃんか。ほれ飴をやろう」

 

「あいあと、さこおじちゃ!ははさま、さこおじちゃにきらきらであまあまのもらった!!」

 

「ありがとうございます。サコンさん」

 

 サコンは何処からか飴を取り出すとロロに与える。ロロはマロンさんに上機嫌に報告していた。サコンはそれに一つ頷いて返すとオシュトルの横に腰を下ろした。しかしなんで飴屋のオヤジが?まさかこのヒトの事を自分達に紹介したかったのか?

 オシュトルは自分の疑問に気が付いたのか皆を見まわしながら口を開いた。

 

「この男は某にとって、欠く事の出来ぬ者の一人。この男無くして、某のお役目は成り立たぬ。それこそ表に裏に、な」

 

 オシュトルの言う表と裏とはオシュトルとウコンの事だろう。ということはサコンは両方の事を知っていると言う事だろうか?自分が思わずサコンに目線を向けると目が合い、サコンはニッと笑った。その口元の笑みにある人物を連想するが流石にないか?……あまりに歳が離れすぎているように見えるし雰囲気からして完全に別人だ。……いや、雰囲気という意味で言ったらオシュトルとウコンもそうなんだがな。しかしサコンね……ウコンの名前と正体を知っていると、ある役職を妙に連想させる名前なんだよなぁ。

 自分がそんな事を考えている間にサコンはこちらに来ていたのか自分の目の前にドッカと腰を下ろす。

 

「お主とこうして差し向かって酒を酌み交わすのは初めてじゃな」

 

「……なんであんたがここに?」

 

「寝ぼけた事を、儂が主催なんじゃから当り前じゃろうに」

 

 その言葉に先程の懸念が強くなる。しかし可能性の段階だ、少なくともほじくり返す必要はないだろうし疑念は疑念のままにしておくかね。それより自分に何の用だろうか?

 

「で、自分に何の用だ?自分にはそんなにヒトの興味を引くような事柄なんて無いと思うんだが?」

 

「何を言うておるのじゃ。儂はお前さんに会いに来た。お前さんは自分が考えているより価値がある男なのじゃぞ?」

 

 サコンのその言葉に自分の中で、警戒度が上がっていく。考えられるのはウルゥルとサラァナの事、他には模擬戦とはいえ左近衛大将ミカヅチと引き分けた事だろうか?どちらにしても只の市井の者が得られる情報ではない。自分の警戒とは裏腹にサコンの口から出たのは実にどうでもいい答えだった。……いや、一部あたっていない事もなかったがな。

 

「知れた事!お前さんを呼べば、可愛い姉ちゃん達がついてくるのじゃからな!!この都一のモテ男がっ!!カーッ!!羨ましいのぉっ!!」

 

「……はぁ」

 

「どうしたんじゃい?急に頭を抱えおってからに」

 

「……わざわざそんな事の為に自分を呼んだのか?」

 

 正直頭が痛くなる返答にそう返すと、何故か怒られ、酒を注がれて乾杯の流れになった。何故だ?ちなみにサコン曰く“可愛い姉ちゃんを呼べるんじゃ!!そんな事とはなに事じゃ!”とのことらしい。サコンと同時に盃を煽り、酒を飲み干す。

 

「ほれ、盃が空になっておるじゃろが。盃を乾かす気か?」

 

「あ、ああ」

 

 サコンに促され盃を差し出すと酒を注がれた為、自分もサコンから徳利を奪い、サコンの盃に注いでやる。

 

「主様」

 

「おつまみです」

 

「嬢ちゃん、儂にもくれるかい?」

 

 サコンのその言葉にウルゥルとサラァナが確認の視線を寄こしてくるので頷いてやる。ウルゥルとサラァナがサコンにもつまみをやっている間に酒を飲み干すと隣のクオンから徳利が差し出されたので盃で受けた。

 

「はい、ハク」

 

「お、ありがとなクオン」

 

 サコンはその間ウルゥルとサラァナに貰ったつまみを食いながら女達を眺めていたようだ。その目線にいやらしい所は無く、女目当ての宴だとか言った割には意外にも紳士なのかもしれないな。

 そんな事を思いつつサコンを見ていると、その盃がほぼ空になっているのに気が付いた為、徳利を差し出す。妙な爺さんではあるが今日の勘定をもって貰っているし、これぐらいはな。自分の差し出した徳利に気がついたサコンは盃を差し出そうとするが途中でやめ“折角だしの”と言って女性陣の一人の名前を呼んだ。

 

「ネコネちゃんや」

 

「?」

 

 急に呼びかけられたネコネはきょとんとした顔でサコンを見た。そんなネコネにサコンは手にした盃を掲げる。なるほどネコネにお酌して貰おうってわけか。確かに前に会った時もネコネの事を特別扱いだったし、孫的な立ち位置でネコネが一番可愛いのかもしれんなサコンは。

 

「一杯だけお酌してくれんかの?」

 

「はぁ、別にかまわないですが」

 

 ネコネは何故自分が指名されたのか判らずに首を傾げつつも、サコンの盃に酒を注いだ。その酒をサコンは実に美味そうに飲む。

 

「ング――……ぷはぁ、ネコネちゃんが酌してくれた酒は最高じゃあ」

 

「兄さまが世話になっているとの事ですし、お酌だけで良いのでしたらいくらでもするですよ。あ、ハク兄さまもどうぞです」

 

「お、すまんなネコネ。――うん、美味い」

 

「それは良かったのです」

 

 ネコネは表情を変えずにそう言うと、自分の盃が乾いているのに気が付いて自分にも注いでくれる。それはそうと、そろそろこの爺さんの正体を知りたい事だし尋ねてみるかね。

 

「で、あんたは一体なにもんなんだ?ウコンの正体を知ってるって事はただの飴屋じゃないんだろ?」

 

 自分がそう問いかけるとサコンは盃を置き、表情を真剣な物にして口を開いた。

 

「『俺』とヤツとの関係か……百聞は一見にしかず、見て貰った方が早いだろう」

 

 瞬間、サコンの声音が変わり、雰囲気もいつか感じた物に変貌する。サコンはそう言い手ぬぐいで顔を一撫ですると、さっきまであれほど有ったしわが一瞬にして消える。次いで片方の手をスーッと頭の上に運びそのまま光る頭を手で掴み――

 

カポッ――、カポッ――

 

 実はかつらだったそれを持ち上げてから元に戻した。外した時の顔、あれは……ミカヅチだよな?

 

「判ったか?」

 

「…………まさかのあたりかよ」

 

「え、えと……あの……」

 

 先程までの和やかな雰囲気が消えうせ部屋には静寂が満ちている。正直かなり衝撃的な絵面だったからな、さっきのは。自分はもしかしたらという疑念を持っていたから皆よりは衝撃は少なかったが、それでもかなり驚いた。

 自分達の反応が薄い事を見たサコンは何回もそれを繰り返す。自分以外で最初に衝撃から立ち直ったのはネコネだった。

 

「ま、まさか……」

 

「ミ、ミカヅチさま……?」

 

 ネコネの言葉につられるようにキウルが声を上げたのをきっかけに皆再起動を果たし、一様に驚きの表情を浮かべる。

 

「……やっと気が付いたか。永遠に気がつかぬかと思ったぞ。もっともそこの男はあまり驚いていなかったようだが」

 

「最初に某と目があった時の笑みが、見覚えのある物で有りましたゆえ。それに加えサコンという名、“ウコン”を知っておれば左近衛大将を連想するのは当然の流れで有りましょう」

 

「……ふん。驚かしがいのない男だ。それとその口調はやめろ、さっきのままで良い。このような場で畏まられても気持ちが悪いだけだ」

 

 ミカヅチは自分にそう言うと、ネコネに目線を映しニィッと笑みを浮かべた。

 

「ひぅ―――」

 

 ミカヅチに睨まれ(?)ネコネはそう声を上げると、ものすごい俊敏さで自分の後ろに隠れる。さっきまでお酌してた相手だってのに、まるであの時みたいだな。ミカヅチの屋敷に行った後、ネコネにミカヅチについて話したことで少々態度は軟化しそうだったんだが、今回みたいな不意打ちでは仕方ないか。

 

「しかし、なんでこんな真似を?」

 

 自分がそう尋ねるとミカズチは前にオシュトルが話してくれたのと同じような話を語った。要は左近衛大将では出来ないような事をする為。ミカヅチの場合は民を見守る事に特化しているみたいだったったが。オシュトルのウコンと同じようなものだろう。

 

「なるほど……やっぱり普通のお方やなかったんやね」

 

「私もどれほどのものなのか興味あるかな」

 

 ミカズチの話しが終わるとアトゥイがそう言い、めちゃくちゃいい笑顔でミカヅチを見ている。正直あれは極上の得物を見つけた猟師の目だな。双子がアトゥイと会った時にアトゥイの事を戦場に咲く美しい花“シャッホロの狂い姫”と言っていたが今の様子や自分に槍で挑みかかって来た時の様子を考えると、さもありなんってところか。クオンもクオンで興味しんしんといった感じか。それとネコネ、自分に隠れながらへなちょこ拳法を披露するのはやめろ。大丈夫だと判っててもミカヅチが怒らないかひやひやするから。あとミカヅチお前微妙に傷ついてるよな?

 

「その男にでも聞け。前に戦った時は勝負は付かんかったがな」

 

 ミカヅチはそう言って自分に全てを放り投げると、二人の視線が自分に集中する。クオンは自身が知らない所でそんな危なそうな事をした事を咎める視線、アトゥイは……めちゃくちゃわくわくした視線だった。あと、周りの皆からの尊敬するような憧れるような視線が痛い。だから自分は大した事ないと何度も言っているだろうに。

 

「所詮木刀での模擬戦闘だ。お互いの得物で死合ったら結果は自分の負けだと思うぞ。それはそうとなんでそんな姿を?」

 

「ふむ、先程も言ったがお前は自分を過小評価するきらいがあるようだな。……まぁいい、この姿は俺の憧れなのだ」

 

 そう言うとミカヅチは何故こんな姿をしているのかを語った。

 ミカヅチは子供のころは大層な悪童だったらしく、大人達からも煙たがられていたそうだ。そんなミカヅチにも分け隔てなく接し、いろいろな話を聞かせたのが飴屋のオヤジだったのだという。武骨な手から生み出される飴細工、それに魅せられたミカヅチはいつの間にかそのオヤジが憧れになっていたのだと話した。

 

「クク、この俺が感傷か……よもやこんな気持ちにさせられようとはな。やはり貴様を見ているとあの飴屋のオヤジを思い出す。そう……おまえは飴屋のオヤジにそっくりだ。見た目ではなく雰囲気がな。故に俺が貴様を呼んだ。まぁ、模擬戦とはいえ俺と引き分けた男と話してみたかったのもあるが」

 

 そんな風に話していると周りからすすり泣く声が聞こえてくる。周りを見てみるとクオン、オシュトル、ウルゥルとサラァナを覗く全員が目頭を押さえていた。あと、オシュトルいつの間にか居なくなってるな。

 

「そのお姿にはそのような理由があったのですね。民を見守る為にそのようなお姿を……これならばミカヅチ様と気づくものはいないでしょう」

 

 キウルは目をキラキラうるうるさせながら“流石は兄上と対をなす御方”とか言っている。……確かに良い話だったがそこまでか?

 

「フン、そこまで深い考えはないぞ。面白そうだから奴の真似をしていただけの事」

 

「奴とは?」

 

 ミカヅチが言うには肩書がでかくなり過ぎて窮屈になって来た為、やってみようと思っただけらしかった。ミカヅチはそう言うとかつらを被りなおす。片手を顔に当てるとそこには皺だらけのサコンの顔が出来上がっていた。見事な変装だな本当に。

 

「まさか奴ってのは……」

 

 自分がそう言うとほぼ同時に、部屋の襖が勢い良く明け放たれる。皆が一様に注目するとそこにいたのは……

 

「いようオメェ等、待たせたな!」

 

 自分達をここに連れてきたオシュトルがウコンになり、腕を組んで立っていた。居なくなってると思ったらそういう事かよ。

 

「やってるかい、サッちゃん!」

 

「やってるぜ、ウッちゃん!」

 

 ウコンが親指を立てると、ミカヅチ……いや、今はサコンか、サコンも親指を立て返す。その正体を知っている自分達はそのあまりの変貌ぶりになんとも言い難い表情で黙りこむ。

 あまり仲がいいとは聞かない、寧ろ仲が悪いと良く聞く二人だ。その様子に皆が口々に意外だと言いあっている。アトゥイは“よく死合いをするなんて仲がいい証拠やぇ”とか言い、ミカヅチに良く分かってると言われ飴を貰っている。……いや良く死合っている奴らの仲がいいとは誰も思わんからな普通は。これだからバトルジャンキー共は……

 

「あ、兄上。またそのような格好を……もう少し品性というものを」

 

「なんでぇ、まるで品性が無いような言い方じゃねぇの。さっきはサコンを持ち上げていたじゃねぇか。あっちは良くてこっちはダメなのかい?」

 

「そ、そう言う事では……」

 

「ま、その通りなんだけどな!」

 

 キウルが窘めるようにそう言うと、ウコンは不満げに返すがその直後にはそう言って開き直る。どうしてこの男はこうオシュトルの時と違いすぎるんだろうか。見ろ自分の後ろでミカヅチを威嚇していたネコネが死んだ魚のような目を……

 

「ここにいるのは風来坊のウコン」

 

「そして飴屋のサコン」

 

「「品性などクソ食らえよ!!」

 

 そう言いながら豪快に笑う二人を見ながらキウルもネコネ同様に死んだ魚のような目をする。

 

「……ごめんネコネ。なんていっていいのかわからない。あ、でも男のヒトって少なからず子供っぽい所があるから、あまり気にしない方が良いかな」

 

「…………」

 

 クオンはそういながらネコネに近づいてきてその頭に手を置くと優しく撫でる。自分もネコネの肩に手を置き、処置なしという風に軽く首を振った。

 

「ふふん、少年の心と言って欲しいね」

 

「まったくじゃ、遊び心というやつよな」

 

 だからお前達のは行き過ぎてるんだよ。心の中で自分がそう思っているとウコンが自分に、いまの自分達をどう思う、と聞いてくる。

 

「……自分は堅苦しいのはあまり好きじゃないから別にどうも思わんがな。もう少しネコネの前では抑えろよ?」

 

「むぅ……」

 

「がっはっはっ、それを言われちまうと弱いぜ!しかしそれなら、アンちゃんも俺達の仲間だな!」

 

「その通り!おい、マロロ、お主もこっちに来て飲まんか!」

 

「おじゃ!ちょ、ちょっと待つでおじゃる」

 

「おう!ついでにキウル、オウギお前たちもな!」

 

「ついでって!!」

 

「ふふ、僕もですか」

 

 正直言って全く嬉しくないんだが……自分がそう思っている間にサコンはマロにウコンはキウルとオウギに声を掛けこちらに呼ぶ。マロもキウルも流石に嫌なのか、微妙な表情をしている。そして二人はその場の全員(ネコネは除く)を仲間だと言って引きこむと乾杯のやり直しだと言って盃を掲げた。

 

「「かんぱーい!!」」

 

『乾杯!!』

 

 皆がそう声を合わせる中、ネコネだけが死んだ魚のような目のまま、ポツリと呟く。

 

「もう好きにして欲しいのです……」

 

 自分はネコネの心中を察し、目頭を押さえながらネコネの頭をそっと労わるように撫でた。

 

 

 

「ミカヅチが?」

 

「ハイなのです。わたしとハク兄さまの二人で来るようにと言伝があっているのです」

 

 あの衝撃の宴から数日。その日詰め所を訪れたネコネは自分に困惑した視線でそう言った。ふむ、何の用だ?一応あの宴で友と呼べる間柄になりはしたが、“ミカヅチ”と自分には表向き接点は何もないはずなんだが。

 

「……いまだにあの人があの飴屋のお爺さんだとは信じられない思いなのですよ」

 

「ああ、自分もだよ。しかし奴とオシュトルのの関係が良好と判っている以上、特に危険なことは無いだろう。よし行くとするか」

 

 自分の言葉にネコネも渋々と言う風に頷いたので皆に一言言ってから、二人で白楼閣を後にした。

 

 

 自分とネコネは程なくミカヅチの屋敷に到着し、ミカヅチの侍従ミルージュの案内でミカヅチの屋敷の中を歩く。

 

「しかし、ミカヅチ様は某達になんの用向きが?先日のように何か届ける物があるというわけでもないのだが」

 

「それについては私の口からは……ミカヅチ様直々に御説明があるはずです。『ククク、楽しみにしているがいい』とのことでしたので」

 

 ミルージュにそう聞くも知らされていないのか、口止めされているのか判らんがそう返してくるだけだった。今はミカヅチに客が来ているらしく奥で待っていて欲しいとの事を説明されながらミカヅチの執務室の傍を通り掛った時に声を掛けられる。

 

「だれか来たのか?」

 

「!?」

 

 その声に自分は誰と会った時とも違う、しかし似た懐かしく思える感情が湧きあがってくるのを感じていた。それは好敵手に会えたような高揚感、懐かしい友に会えたような嬉しさと懐かしさ、そして強大な敵に遭遇したような戦慄。今までにない感覚に自分は一瞬戸惑う。この声の主はいったい?

 

「え、えとっ!?こ、こちらその……ミカヅチ様がお呼びしたお客様で決して怪しい方では……」

 

 ミルージュは動揺しながらしどろもどろにそう返す。ミカヅチの侍従がここまで動揺するとは相手はいったい……。

 

「ふん、貴様に客人か、珍しい。槍でも降るのではないか?」

 

 ミカヅチの客だと思うのだが、ミカヅチを貴様呼ばわりとか本当にいったい何者だろうか?

 

「お、お気に障りましたのなら、すぐに退散致しますので!」

 

「構わん。ここに通せ。こいつの客とやらに興味がある。いいだろう?」

 

「ああ」

 

 ミルージュがすぐに退散すると言ったのだが中の人物は自分達を中に通せと言い、ミカヅチらしき声が同意を返す。ミルージュは額にびっしりと汗を掻きながら自分達に小声でお付き合い願えますでしょうかと言うので頷きを返した。ミルージュはそれに少し安心したような表情を浮かべると襖をあけ、部屋の中に自分達を案内する。そこに居たのは三人の人物だった。

 

「よく来たな」

 

 まずはそう呼びかけるこの屋敷の主であるミカヅチ。そしてその対面には先程の声の主と思われる背の高い男と、女性と見間違いそうな柔らかな風貌の少年が座っていた。しかし、雰囲気からしてただ者じゃない感じだが誰だろうか?その気配は武人というよりは文官寄り。しかし纏う雰囲気は軍人のそれで、やり手の軍師(この國では采配師と呼ぶんだっただろうか?)を思わせる。もう一人の少年はその侍従だろう。男よりも少し下がるように座っている姿からそう判断する。ミルージュは自分達をどこに置いて良いのか迷っているのか視線を彷徨わせていた。自分がそう思っているとネコネはその男を知っているのか小さく驚きの声を上げる。

 

「あ、あれは!」

 

「知ってるのか?」

 

「あ、あの方は八柱将の一人、ライコウ様なのです!?」

 

 ネコネは自分の横から一歩前に出ると頭を下げた。しかしライコウか。アンジュの生誕祭の時にクオンに聞いたが八柱将一の知将だったか。しかし何故こいつがここに?

 

「あ、あの、わたしは……」

 

 そんな風に言うネコネを見て、ライコウは何かに気が付いたかのように少し目を細める。そしてこちらに声を掛けてきた。

 

「貴様……オシュトルの妹か?」

 

「え、ええっ!?ど、どうしてその事を……?その事は一部のヒトしか……」

 

 そう問うライコウにネコネは驚きの声を上げ、疑わしげにミカヅチの方を見るがミカヅチは首を横に振る。その様子を見ながら自分は心の中で納得していた。八柱将一の知将と呼ばれる男だ、情報の重要性は良く分かっているだろうし、オシュトルの周囲を調べ上げていたとしても不思議ではない。もしかしたらウコンが周りを嗅ぎまわっていると言っていた人物も、こいつの手の者かもしれんな。驚き困惑するネコネにライコウは大したことではないとでも言うように言葉を掛けた。

 

「世を制するのは情報だ。そこの小娘がオシュトルの妹などという事は、とうに知れている。そして――」

 

 そう言うとライコウは自分に視線を向ける。その視線に自分が感じるのは声を聞いた時の感情をより大きくしたようなものだ。

 

「ハク、貴様がオシュトルの隠密として、あれこれ表沙汰に出来ぬ仕事をしている事もな」

 

「さて、なんの事かは某には理解出来ませぬが、なにやらそちらは某達を知っている様子。それはそうとこのネコネはウコンと言う者の妹で、某の義妹。オシュトル様に妹君など居なかったはずですが?」

 

 そう言うライコウに自分は思いっきり惚けてみせる。そもそもそれなりの情報網を持っていれば知られていてもおかしくはない情報ではあるし、こんな事で動揺していても仕方がない。それに、これで自分の表向きはそうなっているという意思表示はできたはずだ。

 

「クク、面白い男だ。そうか、貴様がそう言うのならそう言う事にしておこう。貴様が謁見した際に姿は見たがこうして会うのは初めてか。そこの小娘がすでに教えてくれたようだが、改めて名乗るとしよう」

 

 ライコウは面白そうに口元を笑みの形にしそう言うと、悠然と立ち上がる。

 

「ライコウだ。ヤマトの八柱将の一柱を授かっている。そして……」

 

 ライコウはそこで言葉を切り、ミカヅチへ視線を向けると続けて言った。

 

「そこのミカヅチの兄でもある」

 

 ライコウはそう言ってからミカヅチから視線を離し、自分に視線を向けてくる。ネコネは眼中にないって感じだな。確かにミカヅチの兄が八柱将だと言うのは先日に聞いたような気もするし、それならばこいつがここに居ても不思議ではないな。それはそうとこちらも名乗る事にしよう。

 

「これはご丁寧に痛み入りまする。初めましてライコウ殿。某はハク、こちらは某の義妹でネコネ、以後お見知りおきを。もっとも某のような市井の者とライコウ殿が関わる機会などそうはあるとは思えませぬが」

 

「ふ、鎖の巫を下賜された者が市井の者とはな……。それとこれはシチーリアだ、俺の副官をして貰っている」

 

「どうもご紹介に預かりましたシチーリアです。ライコウ様のお傍付きをさせていただいております」

 

 ライコウは自分の挨拶に愉快そうに笑みを浮かべるとそう言い、隣の少年を紹介してくる。それにしてもこの少年、ミルージュに似ている気もするが同じ部族とか一族の出の者なのだろうかと思っていると、自分の疑問に感づいたのであろうミルージュが自分とシチーリアは同じ部族の者だと耳打ちしてきた。それに自分が納得をしている間、ライコウはこちらに語りかける意図ではないのだろう。小さく何かを呟いていた。

 

「しかし、あのオシュトルがな、と思っていたのだがな。この男ならば納得もできる。知恵も口も周り、胆力もある。加えてミカヅチと打ち合えるだけの武威も持つ。……あのオシュトルが信頼するのだけではなく頼りにする事については興味深いが、この男ならばと思わせる何かもある。……ふむ興味深いな」

 

 何事かをライコウは呟くと自分に鋭い視線を向ける。そして自分に言葉を向けてきた。

 

「しかし貴様、何者だ?オシュトルがウコンの名でクジュウリからの荷の護衛をした際、貴様と出会った……そこまでは調べが付いている。だが、その先はプッツリと手がかりが途絶えてしまう。まるである日突然、この世に現れたかのようだ。ミカヅチと打ち合えるだけの武威を持ち、この俺と対面しながらも臆することなく話す胆力もある。貴様程の男が無名だとは思えぬのだ。貴様はいったい……」

 

「某はハク、ただのハク。ただそれだけ分かれば良いではありませぬか」

 

 自分がそう答えるとライコウの気配が緩み、ふっと表情を崩す。

 

「成程な。それが道理か。それに簡単に知れてしまう答えなどつまらん」

 

 そう言うとライコウはこちらから視線を外して自分達の横を通り過ぎ、障子に手を掛けた。

 

「もう帰るのか?」

 

「……ああ、もともと近くを通りかかったから、愚弟の顔を見によっただけの事。たまには母上の所に顔を出せ。会いたがっていたぞ」

 

「……む」

 

 ミカヅチの言葉にそう返すとライコウはシチーリアを伴い部屋から出て行く。ライコウの言葉にミカヅチは僅かに眉をしかめその後ろ姿を何処か複雑そうに見つめる。ミルージュはライコウ達を見送るためなのか、こちらに一礼すると部屋を出て行く。残されたミカヅチは微動だにせずライコウの出て行った障子を見つめていた。

 

 それからしばらくしてもミカヅチが動かない為、こちらから声を掛ける事にする。そもそも今日は何故呼ばれたのか聞いていないのだ。そろそろ教えてくれても良い頃合いだろう。

 

「ミカヅチ殿、今日はどのような御用向きであらせられるのか。某達はただ来いとしか言われていないのだがな?」

 

「……頃合いか。それと貴様、その喋り方はやめろ。前にも言ったが背中がかゆくてかなわん」

 

 自分の言葉にミカヅチはそう返すと椅子に座り、自分達にも座るように促してきた。

 

「で、頃合いって何がだ?」

 

「……しつれいするです」

 

「…………」

 

 自分とネコネは椅子に座り、そう問いかけるがミカヅチから返答は無い。ネコネは前ほどではないが黙っているミカヅチの事が恐いのか、椅子を立って自分の後ろに隠れてしまった。まぁ、前のように威嚇はしていないし慣れた方かね。そんな事を考えていると部屋の外からミルージュの声が聞こえた。

 

「しつれいします」

 

「来たか」

 

「ミカヅチ様支度が整いました」

 

「運べ」

 

 ミルージュはミカヅチとそう短くやりとりをすると、他の侍従達と共に果物や菓子の乗った盆を持って部屋の中へと入って来た。

 

「菓子に……果物?」

 

 いまだに自分の後ろに隠れるネコネをよそに次々とそれらが運び込まれ卓に乗せられていく。それにしても凄い量だな。それに見た事のない見事な細工の施された豪華な菓子に、この辺りでは取れない果物ばかりだ。果物は砂糖漬けのような物ではなく瑞々しいままだな。それとカルラさんが出してきてフォウがめちゃくちゃ気に入ってたブドウのような果物もあるな。

 

「こりゃまた……」

 

「褒章で得たものだ」

 

「これらは帝より賜りました、御菓子や果物にございます。果物はヤマトの各地から厳選し献上された珠玉の品。御菓子は最上の宮廷菓子にございまして……」

 

「ミルージュ……」

 

 ミルージュはそう説明してくれるがミカヅチに遮られ慌てたように部屋から出て行く。美しく珍しい菓子に引き寄せられるようにネコネも自分の後ろから出てきて椅子に座りなおした。しかしこれだけの物を……流石は左近衛大将ってとこかね。

 

「美しいと思わんか。極め細やかな作りに細工。まるで紋様細工よな」

 

「ま、“サコン”として飴屋をしているお前ならそっちに目が行くか。自分としては色鮮やかな果物の方に興味をそそられるがな」

 

「ふむ、確かにそちらも美しいな。貴様判っているではないか」

 

「確かに美しくて食べるのを躊躇してしまうほどなのです」

 

 ミカズチはそう言うと顔を凶悪な笑みを浮かべる。普通に自分とネコネが同調してくれた事が嬉しいんだろうが、脅されているような気分になるのはなんでだろうな?ちなみにネコネは御菓子と果物に目線が釘付けでミカヅチのその笑みは見なかったようだ。

 

「美味いぞ。菓子はサックリした皮に、とろりとした甘い餡が詰められている。果物は瑞々しく、果物とは思えんほどに甘い」

 

「もしかして今日自分達を呼んだのは……」

 

「ああ、俺だけでは食べきれんからな。それならばお前たちに食わせてやろうと思っただけの事」

 

「……す、凄いのです。甘酸っぱい、良い香りがこんなに……南方の果物が……宮廷菓子がこんなに……本当に食べて良いのですか?」

 

 ミカヅチのその言葉にネコネの瞳がこれでもかと言うくらいに輝く。そんな瞳を向けられたのは初めてだったのだろう。ミカヅチは少し驚いた様子を見せたが頷くと自分達に食べるように勧めてきた。どうやら茶の席に自分達を招いてくれただけのようだ。

 一口食べてみると自分もネコネももう止まらなかった。うまい、その一言に尽きる。その後もたらふく食い、帰りには余った菓子や果物を土産に持たされて(無論フォウの好物のブドウっぽい物も包んでもらった。めちゃくちゃ美味かった)自分とネコネは白楼閣へと帰ったのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。