うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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出会いにして再開13~剣豪~

出会いにして再開13~剣豪~

 

 

 オシュトル達を見送った翌日。アトゥイが皆(マロンさんとロロは除く)にちょっとそこまで付き合ってくれと言ってきたので準備をして白楼閣を出る。自分もクオンもアトゥイの言葉からなにか感じる物があったので、食料や薬、矢等の消耗品は十分な量、それに加えて野営用の天幕など一式をアトゥイが準備した馬車に積み込む。あのアトゥイだからな、散歩に行く感覚で戦場に誘われる事もありうる。そして今は戦時中で、アトゥイは國の重鎮の娘だ。警戒しすぎる事はないだろう。

 一応マロンさんにしばらく戻らないかもしれない事、自分達が居ない間の事は宿の女衆のトウカさんに任せてある事を伝える。マロンさんもそれで感付いたのか“お気を付けて”と言って送り出してくれた。ちなみに馬車の定員がいっぱいだったので(荷物を積み込んだ関係で)自分はクオンのウマに乗っての移動になった。久々に乗る事になるが頼むぞラプター。ちなみに名前は前に付けるのを忘れていたので出る直前に付けたのだがめちゃくちゃ喜ばれた。本当に何故自分はこんなにも動物に好かれるのだろうか?

 さて、自分とクオンの杞憂であってくれるといいんだが……。

 

 オウギと交代しながらココポの引く馬車の御者をしながら移動して三日目、今いるのは帝都北部の山岳地帯だ。今はオウギがラプターに乗り、自分はココポの引く馬車の御者をしていた。アトゥイが借りてきたこの馬車だが、居住性もよく、食料、娯楽用品なども完備。さらには風呂にも入れる仕様で至れりつくせりだった。こんな所でアトゥイが良いとこのお譲さまだと実感する事になるとは思ってもいなかったが、今は感謝しておこう。

 

 ちなみに御者台にはウルゥル、クオン、手綱を握る自分とクオン側の肩にのるフォウ、サラァナの順で並び、人口密度が凄い。双子にクオンが張りあった結果なのだが双子は不満も無く座っている。

 

 ちなみに馬車の中ではルルティエとノスリが優雅にお茶なんかをしながら寛いでいる。オウギが御者をしている時なんかはクオンや双子も混じって遊戯をしたりなんかしており本当に旅行といった風情だ。

 

「なぁ、クオン」

 

「ん?何かなハク」

 

「どう考えてもちょっとそこまで……って距離じゃないよな」

 

「……食料を積み込んどいて良かったかもね」

 

 自分とクオンはそう言いつつ苦笑を浮かべた。自分とクオンの危惧したとおりなのかは分からないが、向かっている方向を考えてると戦場に近い場所に向かっているのは確かだろう。自分とクオンがそんな事を話しているとウルゥルとサラァナが声を掛けてくる。

 

「前方注意、回避推奨」

 

「主様、前方に木の根です。回避を推奨します」

 

 二人言葉にココポが反応し進路を変更して木の根を避けてくれる。ココポは頭もいいし大体の方向を指示してやればこういうのを回避してくれるから御者としては楽でいいな。

 

「おに~さん」

 

「フォウッ!?」

 

「うぉっ、アトゥイか」

 

 そんな風に進んでいると、アトゥイが馬車から身を乗り出し、自分に寄り掛かるように前に体を出してくる。フォウはそれに驚いたのか自分のひざに逃げてきていた。……正直重いんだが言ったら言ったで大変な事になりそうなので、ここは我慢する。それにしても後頭部に柔らかい物が当たってるんだが……隣のクオンが恐いのでこの思考もここまでにして打ち切る。

 

「う~ん、もうそろそろのはずなんやけどなぁ」

 

「アトゥイ、そろそろ目的地がどこなのか教えてくれてもいいんじゃない?物見有山にしては距離があり過ぎるし、時間も掛り過ぎだとおもうんだけど?」

 

「心配いらないぇ。オシュトルはんにも一応書置きを残して来てるし。……あ、見えてきたぇ」

 

 アトゥイがそう言いしばらくすると、山道は森を抜け、見晴らしのいい場所にでる。自分は前から飛んできた物――矢を掴むと大きくため息を吐いた。クオンも予想していたとはいえ頭が痛いといった様子で嘆息している。

 

「あはは、もう始まってるぇ」

 

「予想はしてたが当たりとは……」

 

「あはは、嫌な予感ほど当たるものかな」

 

「フォウ……」

 

「前方注意」

 

「主様、奥様、前方で何者かが戦っているようです」

 

 呑気にそう言うアトゥイに呆れつつクオンとそう言葉を交わす。フォウもあきれたように鳴き声を上げていた。双子の言うように自分達の前方からは男達の怒声と、金属の打ち合う音が響き戦闘中で有る事を伝えてくる。パチパチと木の枝が爆ぜる音に肉と皮の焼ける嫌な臭い。それは嫌がおうにもここが戦場なのだと伝えてきていた。

 前方の様子に気が付いたのだろうオウギが近づいて来きて自分に声を掛けてきた。

 

「これはこれは……ハクさんの予想が当たりましたね」

 

「当たって欲しくない方にだがな。で、アトゥイ、一応聞くがここは何処だ?」

 

「何処って、見ての通り遊び場やぇ」

 

「ああ、うん。もう諦めた。好きにしてくれ……」

 

 アトゥイのその返答に全てを諦めてそう返す。アトゥイに戦闘関連で常識を期待しても無駄だもんな。

 

「おにーさん物わかりがええなぁ。実はちょっととと様の代わりに戦に行ってきてくれって頼まれたんやけど、ウチの若いの率いてとか、堅苦しいし暑苦しいんよ。ルルやんもちょうどウチと同じ事頼まれてたみたいやし、おにーさん達も暇そうやったからちょうどいい思ってな。皆と一緒に遊びにきたぇ」

 

 アトゥイはそう言うといつも通りのなんだか気の抜けるような顔で笑う。というかルルティエもか。アトゥイもこう言いつつ気は使ったんだろう。ルルティエには。もちろん自分達には遠慮なんて一切無しみたいだがな!

 

「さて、到着したみたいだけど、随分と慌ただしい所みたいだね」

 

「……ま、今話してもしょがないか。ノスリ、オウギ偵察をお願いできるか?敵味方の位置は把握しておきたい」

 

「うむ、任せろ」

 

「では、姉上行きましょう」

 

 とりあえず気持ちを切り替え、まずはノスリとオウギに偵察を任せる。隠密行動に関しては自分達のメンツでこいつら以上の奴らはいない。十分に役目をはたしてくれるだろう。さて次は……

 

「……あ、あの、ハクさま。こんな事に巻き込んで……」

 

「気にするな。ルルティエはクオンと共に周囲の地形の把握を頼めるか?」

 

「……ハクさま、ありがとうございます。ココポ行こう。クオンさまも」

 

「ホロロ~♪」

 

「うん、任されたかな」

 

 そして自分はアトゥイと向き直り、声を掛ける。

 

「遊びに誘うのはいいが、今度はもっとこう……平和なというかそんな感じの所にしてくれよ」

 

「ほぇ?ここも十分楽しいと思うけどなぁ。おにーさんがそう言うんやったら今度は別の所にするぇ」

 

 そう前置きしてアトゥイから事情を聞き出す。基本的にはさっき話していた通りで、ここへはアトゥイの親父さんの指示で向かっていたらしい。ルルティエの親父さんもルルティエの事が心配だったのかアトゥイと一緒に行動するよう書き添えられていたらしく、ここへ居ても問題は無いらしい。そんな風に話しているとあたりの雰囲気が変わったように感じた段階でクオンとルルティエが戻って来た。

 

「ハク、気づいてる?」

 

「ああ、何かが動いているのか?これは」

 

「あの、あそこでは?鳥が飛び去ってますから……何かの集団が居るように感じます……」

 

 ルルティエが言う方向に目線を向けると確かに鳥が飛び去っていっており、何か少なくとも鳥が警戒をするような物が居るのは間違いないようだった。そう話しているとその方角からノスリとオウギが戻ってきて近づいてくる。

 

「あちらの方角にこちらに向かってくる集団がいたぞ。だが何やら妙なのだ。ヤマトの兵では無いのは確かなようだが……一方が怪我か何かをして動けなくなっているのを、もう一方の集団が無理やり動かそうとしていたな」

 

「ええ、姉上の言うとおりでした。推測ですがあれはウズールッシャの兵と、捕虜として囚われたヤマトの民かと。ウズールッシャは襲った集団から人質を取り、それを盾に無理やり剣奴(ナクァン)として戦わせると言うのを聞いたことがあります。それに動けなくなった者は斬り捨てられていましたし、俗に言う『死兵』と言う奴でしょう」

 

「そんな……」

 

 ノスリの報告からその集団はウズールッシャの兵だろうと言う事に落ち着く。ルルティエはその話がよほどショックだったのか悲痛そうに顔をゆがめそう呟いた。それにしても剣奴か……やっかいだな。ヤマトの民だと言う事は斬り捨てるわけにもいかないし、仮に救出できたとしてもその後に人質も取り戻さないといけない。

 

「ノスリ、そいつらの進路は判るか?」

 

「ふむ、あの方角ならば……谷沿いに進むようだった」

 

「確かその先って……」

 

「はい、ヤマトの陣がありました」

 

 どうやらその集団はヤマトの陣の後方に向かっているようだった。それから導き出される答えは……

 

「裏に回り込んで、奇襲を仕掛ける気かな?」

 

 クオンの言うとおりそういう事になるだろう。放置していると味方に打撃があると思われる以上は戦うしかないか。

 

「そっかぁ。じゃ、そのヒト達と遊びに行こっか」

 

「そうだね。折角だし歓迎してあげないと」

 

「あはは、やっぱクオンはんは話がわかるぇ」

 

 皆も自分と同意見のようだし、奇襲と行くかね。

 

「オウギ、奴らの進路の予測はできるか?」

 

「ええ、ある程度ならばとつきますが。一応、もう一度敵の位置を確認してきますので少々お待ちを」

 

 そう言いながら自分達から離れ敵の様子をもう一度見に行くオウギを見送りルルティエに視線を向ける。するとルルティエは力の感じられる瞳で自分を見つめ返してきた。覚悟の籠った視線だな。やれやれどうして女ってのはこう強いのかね。

 

「ハクさま、わたしも一緒に……」

 

「もちろん判ってるさ。だが危なくなったら自分かクオンの傍に来い。そうすれば何とかして見せる」

 

「見事な連携だな。オシュトルがお前たちを重用するのも判る気がする。普段はこれに頭の切れ呪法も扱えるネコネに、弓の腕で言えば私とそう変わらないキウルも加わるのか。本当に、よくもまぁこれだけの人材を集めたものだ」

 

 ノスリはそう言うが、自分が集めた訳ではない。気が付いたらいつのまにかこんな感じの集団になっていたのだ。最初に言っていた少数精鋭まんまだな、これは。そこでオウギが戻ってくるのをしばらく待ち、合流を果たすと襲撃のポイントを決めそこへ向かった。

 

 

 両脇が高い崖に挟まれた襲撃予定のポイントで大きな樹の陰に隠れながら敵の到着を待つ。あたりには霧が漂い始め奇襲にはもってこいの状態になってきた。

 

「目標そのまま、他異常なし」

 

「来たな……」

 

 オウギとノスリの言った言葉に皆の緊張が高まっていく。とりあえずは前のヤマトの者と思われる奴らはやり過ごし、後方から歩いて来ている者達を襲う手筈だが、さて、うまくいくといいが……。

 そう思う自分の心配は杞憂だとでも言うようにヤマトの民と思われる者達は、隠れる自分達に気が付いた様子もなく通り過ぎて行く。その集団をの先頭を歩く偉丈夫に自分はムネチカに感じたような感情を感じる。クオンも同じようで怪訝そうな表情をしていたが、その男を見て飛び出しそうになるアトゥイを押しとどめる為、そんな感情も長くは続かなかった。

 あの男、どうみても強いからな。アトゥイなら襲いかかりたくなるのも判る。その雰囲気、武の気配は他の者と比べ別格。腰につるされた刀から名のある剣豪なのだろうと推測できる。実際に打ち合ったわけではないから何とも言えんが、少なくともアトゥイと同レベルかそれよりも上。正直、正面から相手をしたくないはない。

 

 そんな事を思いつつ、アトゥイを抑えながらその男達が通り過ぎて行くのを見送ると、遂に本命が歩いてくるのが見える。白い布で顔を覆い頭巾のような物を被ったヤマトでは見かけない風貌の男達……やっぱりウズールッシャの兵か。またもや飛び出しそうなアトゥイを抑えつつ自分はノスリの目配せをする。

 

「うむ、任せておけ。この距離ならば外さん」

 

 ノスリは声を抑えながらそう言うと樹の陰から弓を構える、ノスリが狙うのは崖の上、明らかに不安定で衝撃を与えれば今にも落ちてきそうな大岩だ。

 

「はっ!」

 

 その掛け声と共にノスリが矢を放つ。矢は吸い込まれるように目標地点に飛んでいき、大岩を支えていた地盤を穿つ。大岩はその衝撃でバランスを崩し、下に……今そこを通っていた敵の頭上へと落ちて行く。

 敵はなんとか巻き込まれずに済んだようだが、混乱しているようでこちらに気が付く気配はない。これで分断には成功だ。後は……

 

「分断は成功だ。ウルゥル、サラァナ手筈通り奴らに特大の一発を頼む」

 

「「御心のままに」」

 

 まずは先制にでかいのを討ち込む。双子の力が解放され敵の中心に風が舞い始める。そこでようやく気が付いたのだろう、敵が周りを見渡し始めるが、もう遅い。最初に風の刃が、次に氷の柱が、それを破壊するように紅蓮の炎が、その炎を増強するように風が奴らの中心付近で吹き荒れる。最後に闇が中心で膨れ上がり弾けるように散った瞬間、自分は皆に号令をかけた。

 

「皆、今だ、出陣する(でる)ぞ!!」

 

「あははは!!楽しい遊びのはじまりやぇ!」

 

「ココポ、行こっ!」

 

「ホロロロッ!」

 

「ふむ、援護は任せろ」

 

「では、姉上行ってまいります」

 

「じゃあハク、行こっか」

 

 ウルゥルとサラァナの術法を皮切りに奴らに突貫を仕掛ける。さっきの術法で敵は大混乱。それに加え少なくない人数が巻き込まれ、まともに動ける者もだいぶ減っている。それでも自分達の倍以上いるが、この状況ならばッ!!

 混乱している敵にアトゥイが突っ込む、早速一人倒すと敵はこちらにやっと気が付いたようで声を上げる。

 

「な、なんだ。貴様らは!!」

 

「あははっ!戦場で余所見するとは余裕やねぇ。そいやさっ!」

 

 そう声を上げた奴をアトゥイが手に持った槍で吹き飛ばす。相変わらずの冴えだな。見てる分には惚れぼれする。見てる分にはな。あれを受けたいと今でも思えん。

 

「くっ、敵襲か。迎撃!迎撃せよッ!!」

 

 敵の指揮官と思われる男の言葉に指揮官の近くにいた男が弓を構え、アトゥイを狙う。

 

「やらせる……ッ!カフッ」

 

「遅い!止まって見えるぞ」

 

 その男が矢を放つより早くノスリが矢を放ち、男の喉元を射抜く。男は何が起こったのか判らないとでも言う風な顔をしながら崩れ落ちた。それを見て動揺した者にココポに乗ったルルティエが突っ込み一人を吹き飛ばし、その男は動かなくなる。ルルティエの後ろから弓兵が狙っていたが、クオンが投擲したクナイがその眉間に吸い込まれ赤い花を咲かせた。

 

「あ、ありがとうございます。クオンさま」

 

「うん、どういたしまして。でも油断大敵かな」

 

「は、はい!」

 

 そちらに注目している敵に死角からオウギが迫り首を掻き切る。その男は何が起こったのかも判らぬまま絶命した。オウギはそれを見届けるとノスリの隣まで下がった。

 

「おや?思ったよりも脆いですね?」

 

「そう言ってやるな。私のノスリ団とて、先程のように状況が判らない段階で特大の術法を叩きこまれればタダではすまん」

 

 そう話すノスリとオウギの声を聞きながら自分も二人を討取っていた。崩れ落ちた兵の上にフォウが乗って、すぐに自分の肩に戻ってくるのを見ながら横に視線を向けると、ウルゥルとサラァナの術法が敵を捕えたようで三人ほどまとめて屠っているのが見えた。知ってはいたがあの術の威力は恐ろしいものがあるな。流石はヤマト最高位に位置する巫と言ったところか。

 

 残りはこいつらの長とみえる男のみ。自分達はその男を包囲するように展開した。男は今の状況が信じられないのか呆けたような雰囲気だったが、はっと我に返り自分達を睨みつけ、口を開いた。

 

「お前たちは……何者だ?」

 

「さてな……畜生に名乗る名など持たぬよ。しいて言うなれば某達はお前達の敵、それ以上でもそれ以下でもない」

 

 自分がそう言うと男が自分を見る目が憎悪に染まるのが判った。怒れ怒れ、そのほうがこちらとしてもやりやすい。

 

「なぁなぁおにーさん、もうやっちゃってもいいけ?」

 

「まぁ待て、こ奴らにはいろいろと聞きたい事がある故な」

 

「……ふん、喋るとでも思ったか」

 

「いいや?だが聞くのはタダ故、聞いてみること自体は損にはなるまい」

 

 自分がそう言うとこの男は用済みであると判断したのだろう。アトゥイは一歩前に出ると槍を構える。そして槍を勢いよく突き出したその瞬間、男とアトゥイの間に入りこんできた男の刀による一閃で槍が弾かれた。

 

「――ッ!皆下がれ!」

 

 自分は皆に一歩下がるように言うと、その男を見る。自分達の前に立つのは先程の偉丈夫だ。その男を追うようにしてヤマトの軍の服を着込んだ男が二人、先程の岩からこちら側に降りてくる。どうしてこう厄介な奴が先に戻ってくるかね……いや、厄介な奴だからこそか。男との間に立った男――先程の偉丈夫は刀を鞘に戻し抜刀の構えを取るとこちらに声をかけてくる。

 

「悪いな……嬢ちゃん。コイツを殺させるわけにはいかないじゃない」

 

「一応、貴方達を助けたつもりだったんだけどな」

 

「こっちは、そんな事頼んだ覚えはないんでね」

 

「……そっか」

 

 偉丈夫はクオンの言葉にそう返し、抜刀の構えのままこちらを見据える。身にまとう武の気配はアトゥイ以上、少なくとも勝ち筋が見えるのは自分かクオンか、なんとかアトゥイもって所か?しかし何故これほどの男がとは思うが、そこでオウギがウズールッシャは人質を取り剣奴として戦わせると言っていたのを思い出した。声を掛けようとするも、この集団の長と思われる人物が口を開きそのタイミングを逸した。

 

「なッ……なにをしている!早くこいつらを血祭りに上げろ!!」

 

「……………………」

 

「どうした!?自分の立場を忘れた訳ではあるまいな?我らに逆らえばあの者達がどうなるか……」

 

 自分の考えで間違い無かったようで、その後も男はわめき続ける。しかし偉丈夫は自分達、正確には自分とクオンを見ながら微動だにしない。その額には冷汗が浮かび、自分とクオンを最大限に警戒している様子がうかがえた。

 

「どうやら訳ありのようだな」

 

「ま、そういうわけだ。お前さん達に恨みはないが……死んでくれ」

 

 その偉丈夫の有りようはまさに死兵と言うのがしっくりくる。自身でもその言葉を現実に出来るとは思っていないのだろう。如何様な物かは判らないが何かを決意したようにこちらを見据えてくるその瞳には、先程こちらに向けられていた畏怖に近い感情すらも見えない。そうして睨みあっていると自分の横を何かの陰が通り過ぎ偉丈夫に踊り掛った。

 

「先手必勝!」

 

 躍り出た影、アトゥイはそういうと槍を構え偉丈夫に突貫していく、少なくとも並みの兵であれば満足に見る事すら叶わないそれを偉丈夫は完全に見切って最小限の動きだけで回避し、抜刀の構えから一閃が放たれる。避ける事は自体はアトゥイならば余裕で出来そうだったが、自分はアトゥイと偉丈夫の間に飛び込むと右手に持った太刀でその一閃を受け流し、左に持った鉄扇で偉丈夫を打った。

 

「グッ!やるじゃない」

 

 それに応えることなく自分は偉丈夫の右手を狙う。刀を持つ方の手を一時的にでも使えなくすれば奴の能力は激減する。先程の一撃、並みの兵ならばならば一撃で屠れるだけの威力と早さを持った一撃だった。手加減(・・・)してこれとは、やはりこの男は危険すぎる。

 

「ッ!!ハァッ!!」

 

 偉丈夫は強引に刀を引きもどして自分の鉄扇を受けると衝撃を逃がすように後ろに飛ぶ。そして偉丈夫は指揮官と思われる男の前に着地し、自分とは三歩ほどの距離が開いた。自分が周りを確認してみると体制は決しているようで、増援としてやってきていたヤマトの軍服を着こんだ二人はオウギとノスリによって抑えられ、地面に組み伏せられている所だった。

 

「な、何をしている!?さっさとそいつらを殺せ、なんとしてもだ!人質がどうなってもいいのか」

 

「……………………」

 

 偉丈夫は指揮官の言葉に応える事もなくこちらを睨みつけたまま、鞘に戻した刀を構え抜刀の体制でこちらから視線は外さない。自分はその場で構えを解くと偉丈夫に声を掛けた。

 

「某はハク。其方の名を教えてはくれまいか?」

 

「……ヤクトワルトだ」

 

「……そっか、通りで。貴方があの剣豪ヤクトワルト……」

 

「知っているのか、クオン?」

 

「剣豪ヤクトワルト。その道では知らないヒトはいないっていう、剣の達人だとか。三年ほど前の御膳試合にふらりと現れて、警備の兵を蹴散らして飛び入り参加したっていう無名の剣豪。そして出場者を悉く打倒した事実上の優勝者。その剣術に帝も大層喜んで、名と褒美を与えようとしたんだけど、本人は遊戯にもならないと言い放ってそれを辞したとか」

 

 自分が偉丈夫――ヤクトワルトの名を聞き、奴がそれに答えると、クオンから納得するような声が上がる。ノスリの問いかけにそう返すと、クオンは一歩前に出て自分の隣に並びヤクトワルトを見つめた。

 

「まさかこんなところに俺を知っているお嬢さんがいるとはね。できることなら……いいや未練だな」

 

「ならば、ヤクトワルト、貴方に問う」

 

「―――ッ!!」

 

 クオンはそういうヤクトワルトを見つめると口を開いた。そこには普段は中々見せない皇女としての風格を宿しており、ヤクトワルトが息をのんだのが判る。自分も心の中で感嘆の声を上げた。そう、これがクオンだ。トゥスクルの皇女、ウィツァルネミテアの天子、そして自分の愛しいヒト。普段の可愛いクオンも、強くて弱いクオンも、そして今のように凛々しく王者の風格さえ漂わせるクオンも、自分の愛した女の側面の一つ。やれやれ、しかしこれでなんとかなるか。この状態のクオンに問いかけられて落ちない奴なんて中々いない。ましてや未練たらたらの剣豪なんかは特にな。

 

「これが最初で最後。この手を取るか、それとも振り払うか……選ぶといい」

 

「ク、クオンさま?」

 

 ルルティエが普段見せないクオンの姿に戸惑った声を上げるも、クオンはそれに答えず無言でヤクトワルトを見つめる。ヤクトワルトもクオンを見定めるように黙して見つめ返していた。

 

「チ、何をしている、このグズがァ!!さっさと――――」

 

 その声を合図にしたようにヤクトワルトは後ろに振り向きざま指揮官を切り捨てる。その神速の一閃は目標――その男の首を違えることなく捉えた。

 

「ほぅ、やはり速いな」

 

「あれが陽炎のヤクトワルト……」

 

 ノスリとオウギがそう呟くとほぼ同時に、指揮官の首が斜めにずれ、落ちていく。指揮官の男は何が起こったのかも判らずに絶命した。

 

「……その凄まじい太刀捌き故に、振り下ろした刀が陽炎の如く揺らいだようにしか見えないという」

 

 オウギのその言葉と同時に指揮官の男の首が地面に落ちた。

 

「む~、やっぱり本気じゃなかったのけ」

 

 アトゥイは残念そうに声を上げると、戦意を霧散させ構えを解いた。流石にアトゥイ程の武芸者ともなれば相手が手を抜いていたかどうかくらいは判るらしい。ノスリとオウギに抑えられていた二人は男の首が地面に落ちるのを呆然と見つめていたが、はっと我に返ると悲痛な声を上げヤクトワルトを非難する。ヤクトワルトは目を閉じたままそれを聞きやがて口を開いた。

 

「……俺は、この姉御にかけるぞ」

 

「な……正気か!?今まで敵だった連中を信用しろってのか!?」

 

 ヤマトの兵の服を着た男がヤクトワルトにそう言うも、ヤクトワルトはもう心は決まっているのか揺るいだ様子もなく口を開く。

 

「何か勘違いしてねェか?俺たちの本当の敵は、ウズールッシャの連中のはずだぜ。まさかお前さん達、連中が素直に人質を解放するとでも思ってるのかい?」

 

 ヤクトワルトのその問いかけにヤマトの兵の格好をした者たちは黙り込む。少なくともそうするしかないと思っていただけでこの者達も本当に人質が解放されるとは思っていなかったのだろう。

 

「それに気づいてないか?俺たちは誰も致命傷は受けてないじゃない。少なくとも目的の為に力を貸してくれるってことだ。それでいいんだな?」

 

 ヤクトワルトは自分を見ながらそう言ってくるので、頷き言葉を返す。

 

「ああ、そういう事になる。さて、まずは事情を詳しく説明願えるか?こちらはそちらの事情を予想できても把握できてはいないのでな」

 

「ああ、知っての通り、俺たちは全員ウズールッシャに人質を取られた、もちろんそれを盾にした指示はヤマトと戦えだ」

 

 ヤクトワルトはそういうと刀を地面に置き、地にひざを付くと自分達に向けて頭を下げる。

 

「この通りだ。どうか人質を取り返すのに力を貸してくれ、俺の女も囚われているんだ」

 

 ヤクトワルトがそうやって頭を下げるのをみた他の二人も同様にし、自分達に頭を下げてくる。そして口々に自分達に力を貸してくれと言ってきた。

 

「惚れた女の為に命を掛けるなんて素敵やなぁ。うひひ、また戦えるぇ」

 

「もとより、そのつもりだから。皆もそれでいいかな」

 

「は、はいっ」

 

「うむ、ここで見捨てるなどいい女に程遠いからな」

 

「姉上がやる気なら、僕が反対する理由は有りませんね」

 

 皆はそういうと自分(と双子)に視線を向けてくる。まぁ、なんやかんやこの集団のまとめ役は自分だからな。音頭は自分がとらんといかんかね。

 

「ふむ、某も異存はない。それで、捕えられている者達がどこにいるのかは判っているのか?」

 

「ああ、かなりウズールッシャ内に入った場所だが、戦場と離れている分、警戒は薄いはずだ」

 

「なら、み~んなやっちゃえばいいんやね?」

 

「うむ、簡単な話だな」

 

 ヤクトワルトの話では戦場を迂回すれば回り込むのはそう難しい話ではないらしく、作戦は驚くほど簡単に決まった。詳細をある程度詰め、そこに向けて出発する事にする。案内はヤクトワルトに任せることにし、残りの二人は岩の向こうで立ち往生している者たちを説得しつれてきてもらった。

 

「じゃあ、出発しようか」

 

「姉御!よろしく頼んます。旦那もよろしく頼むじゃない」

 

「ふむ、全力は尽くそう。しかし旦那はやめてくれんか」

 

「しかし、見たところ旦那が中心みたいじゃない。それなりの呼び方にしないと示しがな。それに俺なりに自分より強い奴には敬意を払うべきだと思ってるじゃない。それとも親分とか大将とかのほうが好みかい?」

 

「……いや、旦那でよい」

 

「なら旦那、早速行くじゃない」

 

 ヤクトワルトとそんな話をしながら、準備を整え大所帯になった自分たちは目的地へと進みだした。


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