救出作戦~隠密の時間~
馬車を進める事、二日程。ウズールッシャのの陣近くまで来た為そこで一泊し、翌朝に朝霧に紛れてウズールッシャの陣に近づく。ウズールッシャの陣からはまだ早朝と言える時間だと言うのに、陽気に酒盛りをする声が響いていた。
「すいぶんと陽気に酒盛りをしているみたいだね」
「奴ら、夜通し飲んでるじゃない」
クオンとヤクトワルトの言うように昨晩偵察に行った際にも奴らは飲んでいたし、なんて緊張感のない奴らなんだろうか。実際、国境際での戦いではウズールッシャ側が優勢だったと言う話しだし、もう決着が付いているとでも思っていても不思議ではないか。正直、それはヤマトを舐めすぎだと思うがこちらとしては都合がいい。奴らは良い感じに酔っているようだし、見張りの兵以外はまともに動けんだろう(見張りの奴らも酒はいくらか入っているようだが)。
「戦場から離れているうえ、国境の戦いでは奴らが優勢だったって話だからな。楽勝だとでも思って気が緩んでるんだろう。さて人質はどこだ?」
「あそこだ。あの奥に並んでいる車の中に捕えられている。……しかし旦那、戦場に居る時と雰囲気が違いすぎじゃねぇかい?もはや雰囲気だけなら別人じゃない」
「普段のハクは、これが普通かな。戦場ってことでいつもより気は張っているみたいだけれど」
ヤクトワルトは呆れながらそう自分に声を掛けてくるが、クオンの言うとおり普段はこれが普通だ。戦闘や偉い奴の前だとあんな感じになるが、あれは少し疲れるからな。というか、これくらいで驚いてたら帝都なんかじゃ身が持たんぞ?あそこにはウコンとかサコンとかいるからな。
「ま、俺としてはこっちの旦那の方が好みじゃない。さて、そろそろはじめるかい?」
そう問いかけてくるヤクトワルトに頷きを返し、ノスリとオウギに視線を向ける。すると二人は頷くとウズールッシャの陣の中に潜入していった。今回の作戦はノスリとオウギが陣の中で火をつけて騒ぎを起こし、その間に人質を助け出すというものだ。あの二人なら問題なくやり遂げてくれるだろう。自分は皆を見渡して意識を切り替え、最後の確認をすることにする。
まずは自分とヤクトワルトとアトゥイ。
「某とヤクトワルト、アトゥイは人質の救出、及び敵に見つかった場合はその無力化を行う」
「わかったじゃない」
「うひひ、思いっきり暴れるぇ」
「……帰ってから思う存分某が相手をするゆえ、今回は抑えよ」
「本当け?それなら我慢するぇ。うひひ、おにーさんと遊ぶの楽しみやなぁ」
わくわくしている様子のアトゥイにそう言って釘を刺す。めちゃくちゃ嬉しそうなアトゥイの様子に、背中から冷や汗が流れるが今回ばかりは仕方がないので腹をくくる。いつもの調子で引っ掻き回されたらたまらんからな。
そう思いつつ、次に自分はクオンとウルゥルとサラァナに視線を向ける。
「ウルゥルとサラァナは追っ手が掛からないように陣内にいるウマの鞍を切って回れ。もし敵に見つかった場合は、騒ぎを起こされる前に無力化せよ。できるな?」
「問題ない」
「そんなこと朝飯前です」
そう自身ありげに言う二人に頷きを返し、次にクオンに視線を向ける。
「クオンは二人の補佐を頼む。作業が完了次第某たちに合流。全員が揃った段階でここを脱出する」
「了解。こっちは任せてほしいかな。ハクも気をつけてね」
「ああ、わかっている。そちらは任せた」
頼もしく頷いてくれるクオンにそう返す。ウルゥルとサラァナ、そしてクオンは逃走を確実にするための準備を任せる。正直これがうまくいかないと追っ手に追いつかれる可能性も高いためこの三人が作戦の肝だと考えている。
自分は次にルルティエに目線を向けると声をかける。ルルティエには人質たちを救い出した後の運搬とヤマトの者たちのまとめ役をやってもらう。ルルティエの地位なら適任だしな。ヤマトの者たちに手伝わせてもよかったんだが、こちらとの練度が違いすぎるし、今回は後方で支援をしてもらうことにしている。
「ルルティエはここで待機し、某たちが人質の乗った車を奪還した際には、某の合図を待ちココポで車を引いて脱出してもらう。ヤマトの者たちの統率も頼むできるな?」
「はい、わかりました。……あの皆さんお気をつけて」
そういうルルティエに頷きを返し、もう一度皆を見渡す。さて、後はノスリとオウギの結果待ちだがあいつらならうまくやるだろう。そろそろ配置につくかね。
「よし、それでは
「「「「応ッ!」」」」
「「御心のままに」」
配置に付き、ノスリとオウギの仕事が完了するのを待つ。
車の見える位置で待機しているのだが、ヤクトワルトの様子がどこかおかしい。さっきから見つからない程度に車に近づいては様子を伺っているのだが、どうにも焦っているようだ。なにかあったか?
「……いないじゃない」
「如何した?ヤクトワルト」
そうつぶやくヤクトワルトに声を掛けると、ヤクトワルトは焦ったような表情を自分に向け口を開いた。
「俺の女がいない。……すまねぇ旦那、そっちは任せた。俺は女を捜してくる」
ヤクトワルトはそういい残すと止める間もなく駆け出し陣の中へと消えていった。どうする?いまさら作戦は変更できんし、かき回されても適わん。……仕方ない追うか。
「アトゥイ、ここは任せた。某はヤクトワルトに合流しそちらを手助けする」
「ほぇ?うん、任せといて~な」
自分はアトゥイにそういうと、ヤクトワルトを追って陣の中に足を踏み入れる。ほわわんとしたアトゥイの様子に若干の不安はあるが、まぁあいつなら大丈夫だろう。
すぐに決断をしたおかげでヤクトワルトにはすぐに追いつくことができた。どうやらヤクトワルトにはあたりが付いているようで、明らかに指揮官のものと思われる天幕に向かう。途中、巡回する兵に見つかったりもしたがヤクトワルトが声を上げる間もなく切り伏せて先へと進んだ。
「ここか?」
「ああ、ここだけでも確認させてくれ」
目的の天幕へと近づき、中を確認する。中には二人の人物が居た。年頃の女性と、ロロより少しだけ年上に見える子供だ。
「はい、あ~ん」
「あ~ん、ハムハムッ。おいしいぞ」
「そう。よかったですわ。朝ごはんはしっかりと食べないと」
なにやら想像と違うような気がするが女のほうがヤクトワルトの捜し人だろう。幼児もそのままにしては置けないだろうし、一緒に連れ出すことになるか。少なくとも子供を戦場につれてくるわけはないし。ヤマトの民の子供だろうからな。
「ヤクトワルト、彼女が其方の探している女か?」
「ああ。そうか無事だったか。しかし何でこんな……」
ヤクトワルトは自分の言葉に肯定を返しながらもどこか困惑した風にしている。まぁ、自分の女が何故かこんなふうな厚遇を受けているとなればその困惑は当然といったところか。しかし見つかってよかった。あとは事が起こるのを待って連れ出すだけだな。
そんなことを思っていると、火の手が上がったようで周りから声が上がり始める。
「シノノン、ちょっと様子を見てくるから、ここでいい子にしていてね」
「わかったぞ。いいこにしてる」
外の様子に気が付いたのだろう、中からそんな会話が聞こえ女性が天幕から出てきて火の手の方に走っていった。
「おい、行ってしまうぞ」
「ああ、今が好機じゃない」
ヤクトワルトはそういうと天幕へと入って行き、幼児――シノノンに駆け寄る。って女のほうはいいのか?
「お~、とうちゃん。もどったか」
「おう、ちゃんといい子にしてたか?」
「お~ちゃんといい子にしてたぞ」
シノノンはヤクトワルトのまねをするようにそう言うと、ヤクトワルトへと駆け寄る。ヤクトワルトはシノノンを抱き上げると自分に目配せし天幕の外へと出て行った。おいおい、女は自分に任せたってでも言うのか?……しょうがない、早く連れ戻して合流するか。
ヤクトワルトを追うように自分も天幕の外に出て女性を探す。幸い女の姿はすぐに見つかった。周りに兵の姿もないし連れ出すなら今だな。
周囲を確認してから近づくと女の手をとり走り出す。
「な!だ、誰です!?何を……」
「助けに来た!走れ!」
「助けにって、どういう……貴方、何者なのですか!?」
「後で説明する故、今は急げ」
「わ、判りましたから、そんなに引っ張らないでください 」
女が戸惑ったように声を上げるが、それに後で説明すると返して強引に手を引いて走った。幸い敵には見つからずにアトゥイの元に付くことができ、ほっと胸をなでおろす。
「あ、おに~さん。おかえりなさい」
「ああ、今戻った。ヤクトワルト助ける相手を忘れてどうするのだ」
アトゥイの言葉にそう返し、ヤクトワルトに言葉を向けるとヤクトワルトはきょとんとした表情で自分を見て口を開き、自分の後ろにいる人物を見て驚愕の声を上げる。
「何のこと……ちょ、ちょっと、旦那、誰を連れてきてるのォォォォォ!?」
「あなた、ヤクトワルト!まさか――!?」
ヤクトワルトの声を殺しながらの絶叫と、女性の言葉に自分が失敗してしまったことを悟る。女性は自分の手を振りほどこうと力をこめるが、自分は反射的にその手を引いて自分の方に引き寄せ、首に衝撃を与えて気絶させる。
……なんだかやってしまった感がすごいが、ヤクトワルトの説明も悪いと思う。“俺の女”なんて言われたら普通に女性としか思わんだろう。ましてや実は幼女でしたなんて夢にも思わんかったわ!
「「…………」」
「さて、人質の確保は完了しているな。皆が合流するのを待つとしよう」
アトゥイとヤクトワルトの沈黙が痛い。ここは誤魔化すに限るな。
「お~、エントゥアはおねむか?もうあさなのにだらしがないな」
「ああ、シノノンだったか?疲れていたようだな。今は休ませてやる事にしよう」
「そうか、エントゥアはおつかれだったのか。だったらシノノンはしずかにしているぞ」
「ああ、いいこだ」
黙る二人をよそにこの状況にも動じず(意味がわかっていないだけな気もするが)自分に話しかけてくるシノノンの頭を優しくなでる。くすぐったいぞといいながらも嫌そうにはしていなかった為、自分はほっと胸をなでおろした。
「主様、終わった」
「主様、こちらの作業は完了いたしました」
「ハク、こっちは完了したかな」
そんな風に話しているとクオンとウルゥル、サラァナが合流してくる。自分の後ろを見るとルルティエもココポを車に繋ぎ準備は万端といった様子だ。さて後は、ノスリとオウギが合流すれば後は逃げるだけだな。
「すまん遅くなった」
「おや、もう終わっていましたか。僕たちが最後のようですね」
「ご苦労だった。よし皆ここを脱出するぞ」
ノスリとオウギが合流したため自分はそう声を掛け皆とともに、その場を脱出する。
「この女は、この陣の大将じゃない。少なくとも居なくなったとなれば陣も混乱するし、追っ手の危険が少しは下がると思うじゃない」
女はこの場に置いていこうとしたのだが、ヤクトワルトからそう待ったが掛かりこのまま連れて行くことにした。自分は女を肩に担ぐと皆を追って走り出す。しかしこれ今の状況じゃなかったら完全に人攫いの図だな。……考えないようにしよう。
そうして自分たちは誰も犠牲を出すことなく、陣を抜けることに成功し、今回の作戦は大成功に終わったのだった。……敵の将だと思われる女を捕獲してしまった件を棚上げしての話だがな。はぁ、やっかいなことにならないといいんだがな。