うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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ヤマトの柱石~八柱将~

ヤマトの柱石~八柱将~

 

 

Interlude

 

戦場~帝都北方~

 

 帝都北方に位置する戦場では、ヤマト側が丘の上に陣を張り、ウズールッシャ軍を迎え撃つ形で状況は推移し膠着していた。しかしその状況を動かす要因がウズールッシャ側におとずれる。本隊から数万に及ぶ援軍が到着したのだ。

 ヤマト側の将ムネチカはその様子を静かに見守っていた。そこにウズールッシャ側から声がかかる。

 

「今日まで良く持ちこたえた!直ちに投降すれば取り成しもできよう。皇の機嫌によってはお召抱えもあるやもしれん。いかがか!」

 

「小生、二君に従う道をもたず。ただ民を守るのみ」

 

 ムネチカがよく通る声でそう返答するとウズールッシャ側の戦意が昂ぶっていき、ついにそれは弾けウズールッシャ側の将は全軍に突撃を命じる。

 

「虫けらの如く踏み潰せ――――ッ!」

 

『おお――――――っ!!』

 

 その声をにこたえる様にウズールッシャの兵たちがヤマトの軍勢に突撃を始める。それを見たムネチカは全軍の一番前へと足を進め、ウズールッシャ側へと突き出すように左手をかざした。

 

「汝ら、これより先に進むことを禁ずる」

 

 ムネチカのその言葉を合図にしたかのように透明な障壁がヤマト側とウズールッシャ側を分断するように展開される。

 

「ぬがっ!?」

 

 先頭を駈けていたウズールッシャの兵が障壁にぶち当たり、そんな声を上げる。しかしウズールッシャ側はそんなことは気にしないとでも言うように押し寄せてきていた。

 

「これより先、小生の領域である。命惜しくば引き返せ」

 

「ええぃ!たかが一人に何をしている、突撃せよ、押しつぶせぃ!」

 

「是非もなし」

 

 ムネチカの張った障壁はウズールッシャ側の攻勢にこ揺るぎもせずに、その場にあり続ける。ウズールッシャ側の先頭付近にいた兵は後続の兵に押しつぶされている形となり苦しそうに声をあげていた。

 

「くっ!如何様な術か、まやかしか?全軍、突撃中止!いったん後退せよ」

 

 ウズールッシャ側の将からそのような指示が飛ぶがムネチカはそれを聞こえてすらいないかのように全軍に指示を出す。ただ“全軍、一歩前進せよ”と。

 

 障壁がそれにより一歩分前へと進み、障壁に触れていた兵たちが後続の兵たちに挟まれるようにして潰れていく。それを後方で見ていたウズールッシャの将は悪夢でも見ているのかと思いながらその光景を見詰める。ヤマトの軍勢が一歩また一歩進むたびに兵達が潰れ血しぶきを上げる。

 

「民を護るため、小生、悪鬼羅刹となりて阻むものを蹴散らさん。全軍、前進」

 

 その言葉と共にヤマトの軍勢が前進するのに合わせ障壁も進む。ウズールッシャ側は後詰の重兵が邪魔で満足に引けず、ただただ押しつぶされていく。どこからともなく声が上がる。

 

「あ、ありえん……こんな理不尽があってたまるか!!」

 

「見誤ったのだ汝らは。そして触れてはいけない物に触れてしまった。ヤマトの恐ろしさ、忘れ果てたと言うなら、その身に刻みこんでおくがよい。―――――勅命である。殲滅せよ」

 

 ムネチカのその声を合図にしたように兵たちは前進を続け、ウズールッシャ側の兵たちはそれに引き潰されるようにして倒されていった。

 

 

戦場~西の國境付近~

 

 ここでも戦端が開かれていた。ヤマトの軍の十倍に達するかと思われるウズールッシャ側は地の利も抑え、ヤマト側の上、角度のキツイ崖の上に陣を敷いている。さらには剣奴達を使った攻撃、ヤマト側が瓦解するのは時間の問題に思われた。

 もっともここを護る将が“豪腕”のヴライでなければの話だが。

 

「勅命である。これより全てを蹂躙せん」

 

 ヤマトの陣に攻め入った剣奴達は口々にヴライへと助けを求めるが、ヴライはそれを聞くこともなくそう言って剣奴達を蹂躙し始める。

 辺り一帯に血の匂いが立ち込め剣奴に動くものがいなくなった後、ヴライは崖の上のウズールッシャ軍を下から見つめる。そして一息に跳躍するとウズールッシャの陣へと降り立った。

 

「なっ……!?」

 

(ウヌ)か、ブンブンと飛び回っていた蠅は」

 

「なん、だと……?」

 

「何者だ貴様!どうやってここに……剣奴達はどうした……まさか!?ここまで跳んできたとでも!?ありえぬ!!」

 

 ウズールッシャ側は突然現れたように感じるヴライに浮足立つ。しかし浮足立っていなかったとしても結果は変わらなかっただろう。なにせここにいたのは武においてヤマトの頂点に位置する男なのだから。

 

「曲者だ!出合え、出会え」

 

 そう言った指揮官の言葉に従い、ウズールッシャ側の兵がヴライへと一斉に攻撃を仕掛ける。ヴライはそれに飲みこまれたかに思えたが……

 

「……ふん」

 

 その声ともに炎がヴライの身を包み、ウズールッシャの兵は吹き飛ばされる。炎に包まれたその姿にウズールッシャ側の兵たちは絶句するが、変化はそれだけに留まらなかった。炎に包まれるようにヴライの輪郭が薄れその巨体がさらに巨大な物へと変貌していく。しばらくするとそこに現れたのは真紅に身を染めたヒトの数倍、いや十倍近い大きさの異形の巨人の姿だった。

 

「な、なんなのだ貴様は……まさか――伝承にうたわれるアクルトゥルカ!?」

 

 ウズールッシャ側の一人がそう声をあげるが、眼前には巨人の拳が迫っていた。兵たちはそれに押しつぶされ、焼かれ跡形もなく消滅していく。

 

――――たった一人による数万の兵の虐殺が始まった瞬間だった。

 

 

戦場~西の國境付近2~

 

 この場は八柱将が一人、デコポンポ率いる軍勢がウズールッシャ側を食い止める形で動いている。しかしデコポンポ側は敵の策に嵌り敗走寸前。壊滅するのは時間の問題に思われていた。

 

「ボ、ボコイナンテ、どうするにゃもか!?」

 

「こ、ここはいったん引いて態勢を立て直すであります!」

 

 この部隊の将であるデコポンポと副将であるボコイナンテ、二人がそう言って話している間にも兵たちは見る見るうちに数を減らしていく。兵の誰もが自分たちはもう駄目だとあきらめかけた時、戦場に一陣の風が吹く。

 

 ウズールッシャの兵、二人の間を大剣が通り過ぎる。気がつく間もなく手首と首を切り落とされ二人は絶命した。その様子に周りの者たちも気が付きそこの周りだけ戦闘が止まった。その者たちが大剣が放たれたと思われる先、丘の上を見るとひとりの男とその男に率いられた軍勢の姿があった。

 

「ミカヅチ……様?」

 

 ヤマトの兵の一人がそう呟く。それを皮切りにしたようにヤマトの者たちから歓声が上がった。絶望的な状況での援軍。それが彼らに与えた心理的な影響は計り知れない。事実、先ほどまで押されていたヤマトの兵たちも活気付き各個ではあるが反撃に転じている。

 その様子を見ながらミカヅチは口を開く。

 

「我は鳴神也。仮面(アクルカ)よ。無窮なる力以て、我に雷神を鎧わせたまえ」

 

 ミカヅチはそう言うと体に雷電を纏わせながら的中心に向けて突撃した。ミカヅチが敵の陣を穿ち、後詰として兵たちがそれに続きウズールッシャ兵を蹂躙していく。その武威は圧倒的でウズールッシャ側はだれもミカヅチを止められずただ蹂躙されていくだけだった。

 

 しばらくするとウズールッシャ、デコポンポ双方の軍は撤退をしたようでその場に動く者はミカヅチの部隊以外にいなくなっていた。

 

「ふん、八柱将の面汚しといえ、ここで兵を引かせる程度には頭は働くか。まぁいい、オシュトルと合流するぞ」

 

「は!」

 

 ミカヅチはそれを確認し副官に指示を出すと、軍勢とともにその場を離れていく。その場には物言わぬヒトの躯だけが残されていた。

 

 

戦場~帝都北方2~

 

 ここでも戦闘が繰り広げられていた。護る将は聖賢のライコウ。ヤマト一の頭脳を持つと言われる神算鬼謀の将だ。戦況としては終始ヤマト側が圧倒している。坂の上に陣を敷いたことに加え、弓兵を二つに分けて交互に矢の雨を降らせ、近づいてきたものは木の杭で押しとどめ、槍兵によって攻撃する。この形がきれいに嵌ったためでもある。

 

 しかしウズールッシャ側もこの場での戦いは不利と悟ったのか、平原に陣を敷きヤマト側が出てくるのを待つ構えに変更し戦場は一時こう着するかに思われた。しかしヤマト側は平野での野戦を選択。なんの策もなければそこで散るのは必定に思われた。もっともここを護る将は聖賢のライコウ。ヤマト一の智将だ。そこに策がないなどあるはずもない。

 

 平野での戦い。ウズールッシャ側の突撃を前にヤマト側は一中てもせずに転進し、後方へと逃げるように戻っていく。それを好機と見たのかウズールッシャ側の兵たちはそれを追撃する。しかしウズールッシャ側の兵たちの前に煙幕が焚かれウズールッシャ側の兵はヤマトの兵たちを見失った。

 

「煙幕?ヤマトの連中め、煙に紛れて逃げる気か!姑息な真似を。行け敵は目の前だ!突撃―――え?」

 

 そう言ったウズールッシャの兵に矢が突き刺さる。煙幕に紛れて矢が大量に降らされ一部を残し兵たちは絶命する。しかしそれだけでは終わらない。地響きのような音と共に騎兵が前方から突撃してきてウズールッシャ側の兵を蹂躙していった。そしてそれは煙幕の外にいたものにまで及ぶ、騎兵によって蹂躙されその場にいた兵たちは壊滅した。

 

 ヤマト側陣。そこでは美しい彫刻の施された机に戦場の地図が広げられ、この陣の将ライコウは鋭いまなざしでそれを見詰めていた。そしてライコウの後ろに控える者たち、その者たちはまるで見てきたかのように詳細な各所の情報を伝えている。

 

「弓兵衆、まもなく敵主力を射程に捕えます!」

 

 報告を受けたシチーリヤからそう声が飛ぶ。ライコウはすべて予定通りだとでも言うように瞬時に指示を返す。まるで戦場の状況を全て把握しているかのようなその言動は敵側からすれば悪夢でしかないだろう。これこそが聖賢のライコウ、ヤマトにそのヒトありとうたわれる者の実力だ。

 ライコウの指示に合わせ地図上の駒がせわしなく動く、それを敵軍の指揮官が見たのならば驚いたであろうことは想像に難くない。なにせ戦場の状況を正確に写し取っていたのだから。

 

「ふん、この程度とは……皇だのと呼ばれても、所詮は蛮族か」

 

「ライコウ様、相手を侮ってはなりません。獣とは、追い詰められた時が一番恐ろしいものです」

 

「いや、侮らせてもらおう。さすればもっと楽しませてくれるやもしれん」

 

 シチーリヤの言葉にライコウはそう返すと口元に笑みを浮かべる。いつもの事なのだろうシチーリヤは“またか”とでもいうような表情を浮かべ、小さくため息をついた。

 

「お戯れがすぎます」

 

「そういうな。これも一興だ。さて、我が手のひらの上で、我の奏でる旋律に兵も獣も踊るがいい」

 

 そう言う間にも戦場は目まぐるしく動き続ける。その中、一つの報告が届けられる。ミカヅチがデコポンポの救援に成功したというものだ。シチーリヤはそれを聞きミカヅチへ賞賛の声を上げその雄姿を“戦場の華”と例えるが、ライコウはあれは戦などではないと評する。戦とは学術であり、敵を知り力の方角と質、そして量さえ察することができれば解を導くことができる。個の力に頼らねば勝てぬなど愚の骨頂、ライコウはそう考えている。

 

「戦を決するのは、英雄の武勇ではなく、戦力の展開と集中をいかに完璧に成し遂げるかにある。さすれば少数の兵で多くの敵を打ち倒すこともそう難しいことではない」

 

「…………」

 

「弟の勝利にケチをつけるとは、我ながら無粋なことをいった。誇る武もなく、机上でしか用をなさぬ男の、ひがみに聞こえるやもしれぬな……」

 

「いえ、けしてそのような」

 

 持論を熱く展開しすぎたのに気がついたのだろう。ライコウはそう言うと皮肉げに笑みを浮かべる。シチーリヤはそれを否定すると、彼の指示を待つようにライコウを見つめる。

 

「冗談だ。ふん、完璧な戦とはどういうものかを愚弟に見せてやるとしよう」

 

 ライコウはそう呟くと薄く笑みを浮かべる。この戦場の決着はすぐそこまで来ていた。

 

 

 

ウズールッシャ本陣

 

 ウズールッシャの本陣には先ほどから悪い報告ばかりが上がってきている。先ほどもデコポンポの軍と戦っていた軍勢が撤退した事を伝える兵が来ていたが、その者は物言わぬ躯となってウズールッシャ皇グンドゥルアの前に倒れていた。

 

「で、東の軍はどうなっておる?」

 

「ひ、東方面軍も、す、すでに壊走……渓谷を進んでいた帝都への侵攻軍も連絡が途絶、恐らくは増援もろとも……」

 

 グンドゥルアの問いかけに側近がそう答え、動揺が陣内に広がる。それもそのはずだ。先ほどの言葉が真実だとすれば各方面に放っていた遠征軍はすべてが壊滅。残っているのは本陣の守備隊だけということになるのだから。その場に居た者たちが口々動揺した声を上げる中、目をつぶってそれを聞いていたグンドゥルアの怒声が響いた。

 

「黙れぇっ!!」

 

 しかしそれでも側近たちの動揺は収まらない。少なくとも報告が真実ならばヤマトの軍勢が本陣に押し寄せるのは時間の問題といってもいい。側近たちが動揺するのも無理のない話だろう。しかしグンドゥルアはそれが気に入らなかったのか一人の側近の顎をつかんで持ち上げ、床に投げ捨てる。その者は兵に引きずられそこから退場したが。側近たちは黙り込み、グンドゥルアを畏怖と恐怖の籠った視線で見つめていた。

 

「ふん、まだ勝負は決しておらぬわ」

 

 グンドゥルアはそう吐き捨てると、玉座に腰を下ろす。それを見た側近の一人が、すこし逡巡するようにしながらもグンドゥルアに近づき何かを耳打ちする。

 

「カカカカカ!そうか、あの汚らわしい小蠅共が帝都にはいったか。まぁいい、つまらん余興なぞにするでないぞ」

 

 グンドゥルアはそう満足げにそう言い、楽しげに笑う。帝都にもまたウズールッシャの影が伸びていた。

 

 

 

帝都~ウォシス執務室~

 

 

「そこで見つめあって。いいです、いいですよ……ああ、唇はギリギリ離して。寸止めこそが正義です」

 

 ウォシスは椅子に腰掛け、日課の創作活動に励んでいた。彼の目の前では彼の部下でもある少年たちが向き合い、ウォシスの要求に応えるように見つめあい、唇が触れるか触れないかくらいの距離を保っていた。

 それにテンションが上がり気味のウォシスの筆は高速で動いていく。

 

「ふふふ、いいですね。ええ、いいです。仕事も捗ります」

 

 数分もすると数ページが描き上げられ満足そうにウォシスはほほ笑むと、次のポーズを要求し出す。

 

「ええ、そうです。そこは切なげな表情で、指が唇に触れるか触れないかくらいが理想ですよ。ええ、ええ、いいです。今日は筆の進みもいい。良い作品ができそうです」

 

 そんな風にノーマルな性癖の者が見たら絶対に引くであろう会話をしながらウォシスは筆を動かしていく。ウォシス配下の冠童(ヤタナワラベ)達は主人に仕事しろよ的な視線を向けるが、ウォシスはどこ吹く風だ。戦争が始まってからはつまらない仕事の連続で疲れているのだ、これぐらい罰は当たるまいと思いながらウォシスは悪乗りを続けていく。

 

 そんなウォシスの後ろに音もなく一つの影が降り立つ。その影はウォシスの首に糸のようなものを巻きつけようとしたが、ウォシスの首に糸を掛ける寸前体が硬直する。

 

「……!!」

 

 影の体はそのまま宙へと上がっていき、ある一点で止まると叩きつけるように床に落とされた。影――賊と思われる男は何が起こったのかわからなかっただろう。そのタイミングでウォシスが振り返り、その傍に三人の人影が浮かび上る。それに男は目を見開いたが口はつぐんだままだ。

 

「ウズールッシャの方ですね?あなたの不運には同情します。本来ウズールッシャの皇は豪放で知られるお方。おそらく独断で動いた輩がいるのでしょう」

 

 ウォシスはそう静かに男に語りかける。その様は先ほど命を狙われた者の物とは思えぬほどに落ち着き払っており、男はその様子に得体のしれない怖気を感じた。

 

「このようなやりかたでは何も変わらない……お互い不幸なことですね」

 

 そう言うウォシスに傍に控えた者が何かを耳打ちする。それはこの者以外に侵入した賊がいたが全員返り討ちにあったというものだった。それを聞くとウォシスはおもむろに立ち上がり、男に近づいてその顔を覗き込む。

 

「申し訳ありませんが、あなたにはいろいろとお伺いしなければなりません」

 

 ウォシスはそう言って男に笑みを向けると、冠童達が傍にきて男を運んで行く。こうしてウズールッシャの計画は大した成果を上げることもなく内々に処理されたのだった。

 

 

ウズールッシャ本陣

 

 ヤマトの反撃を受け。ウズールッシャ本陣にもヤマトの兵が近づいていた。いまは何とか進軍を食い止めているが、本陣に進入されるのも時間の問題だと思われ、ウズールッシャ本陣には緊迫した雰囲気が流れている。

 

 陣の中にはグンドゥルアの側近が集まり、今は誰が撤退の判断を皇に願うのか側近たちがそれぞれ様子を伺っている。その沈黙を破るように一人の側近がグンドゥルアに近づき声をかける。

 

「……ここに侵入されるのも時間の問題。皇、ご決断を」

 

「……よかろう。で、どんな決断だ?」

 

「はっ、ひとまず西へ……この広いウズールッシャ、ヤマトといえど容易に追ってこられは――――がぁ!!」

 

 側近は最後まで言葉を言わせてもらえずに、グンドゥルアに切り捨てられる。その首からは血が留めなく流れ出し、ビクンビクンと痙攣している。それを見てその場にいた兵が悲鳴を上げるがグンドゥルアには意にも介さずにその表情を憤怒に染め側近たちを睨みつけながら、口を開く。

 

「……儂に退けと?この地を、我が大地を捨てよというのか?この儂に!!」

 

 側近たちがその様子に誰も動けない中、一人の男がグンドゥルアの元に進み出る。

 千人長ゼグニ。もうそろそろ老齢に差し掛かろうかという年齢の将だ。ウズールッシャにおいてこのヒト有りとうたわれ、グンドゥルアでさえも一目置く将はグンドゥルアの目をまっすぐに見つめ口を開いた。

 

「皇よ、ここはなにとぞ!」

 

「退くというのか!?この儂が!!」

 

「皇よ!!」

 

「ぬぅ……」

 

 グンドゥルアは自分を恐れることなく向ってくるゼグニの強い視線を受けて剣を収め、側近たちに背を向けゼグニに声をかける。

 

「行くぞ……ゼグニ」

 

 ゼグニは何も言葉を発さずにそれに付き従った。

 

 

 四半刻もしない内に準備は済み、グンドゥルアとゼグニ、そして生き残りのウズールッシャの軍勢はヤマトに攻められているのとは別側の出口に集結していた。ゼグニは数を大きく減らしたその軍勢を一瞥し表情を曇らせる。ウズールッシャ側からすれば勝てるはずの、勝って当然だと思える戦だったのだ。兵の数では倍以上、一人一人の質でもこちらが勝っていると自信を持って言えた。それがここまで数を減らし、皆一様に疲れた表情を浮かべている。

 

(アクルトゥルカを目覚めさせてはならぬ……あの伝承は真であったか)

 

 ゼグニは胸中でそう言葉を吐くと、拳を握り締める。ゼグニにとって気がかりと言えば娘の事もそうだった。後方で陣を張っていた筈が襲撃を受け、その姿が見えなくなっているという報告を受けていたからだ。

 

(……どうか無事でいてくれるといいのだが)

 

 ゼグニはその思いを殺し、今自分のなすべきことをする為に意識を切り替えると、グンドゥルアに声をかける。彼の一声がなければこの場から退くこともままならぬのだ。

 

「皇……」

 

「これは退却ではない……転進だっ!!儂は必ず戻ってくる!!」

 

 ゼグニはグンドゥルアの言葉を聞くと兵たちに向きなおり退却――否、転進の号令をかける。それを皮切りにしてグンドゥルアを中心に据え兵たちは退却を始める。ゼグニも最後尾に付きそれに続くがなにか思うことがあったのだろう。一度振り返り、遠くの空を見上げた。そこにはウズールッシャの将ゼグニとしての姿はなく、ただ一人の父親の姿があった。

 

「エントゥア……まだ生きているか?命あるならば決して無駄にするな。たとえ泥水をすすってでも……」

 

 ゼグニは祈るようにそう呟くと自身も軍勢の後を追い、転進を開始する。赤く染まり始めた空だけがそれを見ていたのだった。

 

 

ウズールッシャ国境~荒野~

 

 

 そこには一人の男の姿があった。蒼を基調とした服を纏い、腰にはひと振りの刀。そしてその顔には仮面(アクルカ)を着けた男。ヤマトにて双璧としてうたわれるもの。右近衛大将オシュトルの姿がそこにはあった。

 オシュトルは目を閉じ静かにそこに佇む。オシュトルの采配師であるマロロ、そして妹であるネコネの予想が正しければここにウズールッシャの軍勢が退却をしてくるはずである。オシュトルは黙してその時を待つ。

 

 しばらくすると多くの者の足音が聞こえてくる。オシュトルは目を開き、小さく呟くように言葉を発した。

 

「来たか……」

 

 眼前に迫ってきている軍勢をオシュトルは冷静に見つめる。ウズールッシャ側の皇であるグンドゥルアはこちらに気がついたようで、顔を僅かに引き攣らせながらもそれ以外は動揺した気配さえ見せずに声を上げる。

 

「くはは……なるほど、そう来たか……我らを追わぬわけだ。ジジイのお気に入りが来よったわ。右近衛大将、オシュトル!」

 

「……」

 

 オシュトルはその声に答えることなくただ佇む。グンドゥルアはそれを気にした様子もなく言葉を続けた。

 

「帝都の縮こまっているのかと思えば……小虫風情が、待ち伏せとは笑わせよる。貴様、我が道を妨げるかっ!!」

 

「否」

 

 グンドゥルアのその言葉に短くそう返すと、オシュトルはグンドゥルアを見つめ返す。その瞳には静かな戦意が宿っていた。

 

「某は帝の命により『蹂躙』せん」

 

「ふん、干物のジジイめ。儂らの命を蟲けらと同じように扱うか……よかろうオシュトルよ。儂の首、それほど容易くは獲れぬぞ」

 

 剣を抜き前に出ようとするグンドゥルアだが、その進路を妨げるように前に出る男がいた。その男――ゼグニは膝をつき、恭しく頭を下げる。

 

「ほう、貴様まで儂の行く手を阻むか?」

 

「いえ、皇よ。我に許しを賜りたく。この場はどうか我にお任せを」

 

 グンドゥルアはゼグニの言葉に神妙な顔を見せる。ゼグニも退かずグンドゥルアを見つめ返した。オシュトルは静かにそれを見つめている。

 

「貴様……英雄と成りに行くか。……馬鹿めが……勝手にするが良い」

 

「はっ、ありがたき幸せ。必ずや仕留めて参りましょう!」

 

 ゼグニのその言葉にグンドゥルアは答えず、背を向けそこを離れていく。ゼグニはそれを見送ると兵たちに向って声を張り上げる。

 

「名を上げたいものは我に続けぇ!!首はオシュトル、値千金であるぞっ!!」

 

 多くの兵はそれに応え、ゼグニはそれらを率いてオシュトルへと吶喊(とっかん)する。

 オシュトルはそれをまったく臆することなく見て口を開いた。

 

「自ら捨て石となり、グンドゥルアを逃がすか……その覚悟や潔し」

 

 オシュトルはそう呟くと仮面へと手を当てる。瞬間その場に光が溢れウズールッシャの兵たちの視界を塞いだ。

 そしてウズールッシャの者たちの視力が戻ってきたころ、高いところからヒトの物とは思えない声が聞こえた。

 

『ソノ覚悟ニ、我モ応エヨウ……』

 

 ウズールッシャ兵の目線の先には太い柱のようなものがあった。目線を上げるとそれが足であり、何か巨大な物につながっているのが見て取れる。後方付近にいたゼグニにはその全容が見えていた。白い巨大なバケモノだ。そうとしかゼグニには形容できないナニカ――否、右近衛大将オシュトルが変貌した物だと思われる巨人がゼグニの眼前には屹立していた。

 直後、その巨体からは信じられない速度でそれが拳を振るう。

 

「「「「「「「「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」」」

 

 その一撃、ただ一撃でバケモノに迫っていたの兵士達が吹き飛ばされる。

 

「やはり化け物か、仮面の将は……幾ら数を揃えても意味がない。ならば」

 

 ゼグニはそれを見詰めながらも冷静にそう呟く。ゼグニは部下たちから仮面をかぶった者たちについては報告を受けていた為、いくらか冷静でいられる。報告を受けた際に最悪も考えてはいたのだ。ゼグニは今がその時だと判断し口を開いた。

 

「右近衛大将、オシュトル!」

 

『!?』

 

「我は千人長ゼグニ!貴殿に一騎打ちを所望する!!」

 

『勇者タラン者ヲ知ラヌは戦士ノ恥』

 

 ゼグニのその言葉に応えるように巨体が収束していき、巨人がいた場所にはオシュトルが佇んでいた。

 

「お相手致す」

 

「む……呪われた仮面を用いぬか、舐められたものよ……」

 

「勇者の首は己が力で取ってこそ!」

 

「その慢心命取りと思えっ!!」

 

 二人はそう言葉を交わすとお互いに構える。しばらく時が止まったようににらみ合っていた両者だったが、先に動いたのはゼグニだった。

 

「おおオォォォォォッ!」

 

 ゼグニはそう雄たけびを上げながら武器を構えオシュトルへと吶喊していく。オシュトルは冷静にそれを見定め刀を一閃する。

 

 オシュトルの剛剣がゼグニの武器毎切り伏せその体に大きな傷を与える。圧倒的な力の差……どれだけ挑んでも、何度やり直してもゼグニではオシュトルに傷一つつけられない。それだけの差が二人にはあった。それでもゼグニは立ち上がる。

 

「通さぬ……我が身滅ぼうとも……ここは絶対に通さぬ!!」

 

 ゼグニはそう叫ぶように言うと、今一度オシュトルの前に立って見せる。その身は満身創痍、完全な状態であってなお勝ち目が見えぬ相手に向かうのは無謀、そう言うしかない状態だった。

 

「まだ、立つか……このような傑物がウズールッシャにいようとはな。だが某もヤマトに仕え、帝に侍う者!聖上の顔を曇らせ、民草を脅かす輩を、決して許すことは出来ぬ」

 

 だがだからこそオシュトルはその決意に、覚悟に、忠誠に敬意を表する。オシュトルは満身創痍のゼグニに向けて刀を構え、全神経を集中する。まるでそれこそがこの男への手向けだとでも言うように。

 

「ゼグニ殿参られよ。お互いに放つのは、あと一撃!最後の一太刀で、この勝負決せん!」

 

「承知。我が渾身の一撃……この命と引き換えにくらうがいい!ぬおおおっっ!!」

 

 あまりにも結果のわかりきった勝負だった。それでもゼグニはオシュトルへと向かい渾身の一撃を繰り出す。強者でなければ入り込むことすら出来ぬ空間。しかし武人であるならば邪魔するような無粋な者はいないだろう空間。故にオシュトルが生き、ゼグニが死ぬのは予定調和だ。そのはずだった。

 

 この場にある二人がいなければの話だが。

 

 一人の男が二人の間に飛び込み、その手に持った鉄扇がオシュトルの一撃を受け流し、ゼグニの一撃もまた、逆の手に握った太刀にて受け止められる。

 

「まぁ自分のことながら無粋だとは思うが、知り合いに泣かれるのも後味が悪いんでな」

 

 オシュトルがよく知った顔に驚きの表情を浮かべ、ゼグニが今の一撃に割り込める者がいることに驚き眼を見開く。

 

「……男ってホントに勝手かな。まぁ今は眠って」

 

 オシュトルは聞きなれた女の声が聞こえると同時に鼻に布を当てられ、しみ込んだ何かを吸い込んで意識を失い崩れ落ちる。その状況に固まったゼグニもまた、反応する間もなく目の前の男に布にしみ込んだ何かを嗅がされ、意識を失い崩れおちた。

 

「あ~、これは後で怒られるかね?」

 

「まぁやったことがやったことだし、それは覚悟したほうがいいかな。とりあえずこのヒトの治療を先にしちゃおっか」

 

 ひと組の男女――ハクとクオンはそう言いあいながらゼグニの治療に取り掛かった。

 

「お父様!」

 

 そこにもう一人少女が現れる。ヤマトの民の服に身を包んではいるがヤマトの國のヒトには珍しい異國のヒトの顔だちをした少女だ。少女の名はエントゥア、ハク達が捕虜にした少女であり、目の前で怪我をして眠る男――ゼグニの娘である彼女は、ゼグニに近寄ると息があるのを確認しホッと胸をなでおろした。

 

「大丈夫。このくらいの傷であれば十分に治療は可能だから」

 

「……はい、クオン。よろしくお願いします」

 

 エントゥアはクオンの言葉にそっと胸をなで下ろしながらも複雑そうな表情をしながらも治療を邪魔しないようにゼグニから離れる。ハクはそれを見守りながらウズールッシャ皇グンドゥルアが逃げて行った方向を見ながら、彼がもう一度ヤマトの地を踏まぬことを願ったのだった。

 

 

Interlude out


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