うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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ウズールッシャの少女~打ち解ける者~

ウズールッシャの少女~打ち解ける者~

 

 陣から離れ、国境沿いに西に向かって夜通し車を走らせ十分にウズールッシャ側の陣から離れたと思われる場所で、自分たちは一時休息を取っていた。自分たちにはまだ余裕があるが、ヤマト側の者たちは疲れが見え流石に休息をとらせないとまずそうだったからな。皆が疲れていることもあり見張りは自分とクオンが引き受けている。

 それとエントゥアのことだが皆もヤクトワルトの言っていた“俺の女”をエントゥアの事だと思ったらしく、非難はされなかった。移動中ヤクトワルトにはすまなかったと謝られたが過ぎたことだし気にしてもしょうがないからな。

 

 エントゥアの処遇だが捕虜という形に落ち着いている。ヤマトの者たちがどう言うか心配だったのだが、捉われていたヤマトの者たちが口々に彼女の助命を嘆願したため、剣奴として働かされていた者たちも彼女に対してはどこか好意的だ。捉われていた者たち曰く“兵に乱暴されそうになったのを助けてもらった”、“質素ではあるが十分な食料も与えてもらった。彼女がいなければ私たちはどうなっていたか……”などと好意的な証言が多く、彼女が捕虜たちに対して十分に配慮していた様子がうかがえた。彼女の行動が彼女の命運を分けたのだ。最悪ヤマトの者たちになぶり殺しにあっていてもおかしくはなかったからな。これには自分も胸をなでおろしている。戦場で甘いといわれるかもしれんが、さすがに抵抗のできない者を殺すのは躊躇いがあったからな。

 そのエントゥアだが、自分が気絶させた後から目を覚まさない。ダメージ自体はそれほどでもないはずだから、本当に疲れていたのだろう。今は自分とクオンの目の届くところに寝かせている。さすがに皆と同じところに寝かせるのは問題があるしな。ちなみに縛ったりはしていない。最悪逃げられてもいい、まぁ逃げたらかなり悲惨な目に合いそうで、自分たちの気分はあまり良くないので逃がす気自体はないが。そもそも自分とクオンの警戒を潜り抜けて逃げるの自体が至難の技だからな。

 

 見張りを初めてしばらく、エントゥアの瞼が開き体を起こした。クオンが手に何かを持ってエントゥアに近づき声をかける。

 

「あ、目が覚めた?」

 

「あなたは?……――っ!」

 

 エントゥアは自分に気がつくと驚いたように声を上げ、警戒の表情を浮かべる。そんなに警戒されてもな。こっちからしたら何もする気はないんだが。ま、気持はわかるがね。

 

「とりあえず、はい、これに着替えてね」

 

「えっと、どういう?」

 

 エントゥアは警戒をしながらも笑顔で近づいてきたクオンから服を受け取ると、困惑したように自分を見てくる。そうだよな一応の説明はいるか。

 

「ウズールッシャの衣装を着ている奴がいたら()と間違えられてしまうかもしれん」

 

「……いったい、どういうつもりなのですか?」

 

 自分の言ったことの意味を把握したのだろう。まだ警戒をにじませながら訝しそうにそう聞いてくる。正直言ったまんまなんだがね。

 

「貴方はヤマトの民で、私たちはそれを助けただけ。そういうことかな」

 

「……あなたたちは」

 

 クオンの言葉にエントゥアは黙り込む。しばらくすると大きなため息を吐き、警戒を解いて自分を見つめた。

 

「そちらの考えはわかりました。ですがヤマトの者達は納得しないのでは?」

 

 エントゥアがもっともなことを言うが、その問題はこっちが唖然とするくらい簡単に片付いてしまっている。自分とクオンがヤマトの者たちについて説明すると、先ほど以上に衝撃的だったのか、エントゥアは頭を抱えた。

 

「……ヒトが良すぎます」

 

「ま、あんたの行いの結果だよ。ああ、自己紹介がまだだったな、自分はハク。で、こっちが」

 

「私はクオン。よろしくかなエントゥアさん」

 

「どうして私の名前を……あぁ、ヤクトワルトですか。はぁ、気にしても仕方なさそうです。それに実質私はそちらの捕虜の身、そちらの判断に従います」

 

 エントゥアは諦めたようにそう言うと、クオンに案内され着替えをする為に天幕に向かう。自分は膝の上にいるフォウを撫で時間を潰した。

 エントゥアが戻ってくるとウズールッシャ側の事情を聞き出すことにする。

 

 エントゥアから聞き出した内容によると、今回のウズールッシャの遠征はグンドゥルアが皇になり、遠征を行うことを決めたことが発端だったようだ。エントゥアはウズールッシャで高名な将である父親ゼグニにつき従う形で遠征に参加したそうだ。狙いとしてはヤマトの肥沃な土地。グンドゥルアにはヤマトを征服するのが目的だったが、大部分はグンドゥルアに武力で従えられている形で、ヤマトの食糧なんかが目当てだったようだな。

 

「貴方達はどうしてこの戦場に?軍属といった印象は受けませんが?」

 

「そうだな、仲間に國の姫さんがいてな、その付添いっていったとこだ」

 

 エントゥアがそう聞いてきたため、自分達の事情についても話すことにする。自分達が軍属ではない事、仲間に付き添う形で戦争に参加することになった事、自分たちの仲間には國の姫や皇子もいるが今回のエントゥアの処遇については皆納得している事、エントゥアの安全の為、しばらくは自分達と行動を共にしてもらうことなど話せることはある程度話してしまう。語り終わる頃になると、エントゥアも自分とクオンに慣れてきたのか随分表情も柔らかくなってきていて、いつの間にやら友人と話しているような雰囲気になっていた。

 

「戦場を遊び場とは……剛毅な方もいらっしゃるのですね」

 

「それで黙って連れてこられるほうは堪ったもんじゃないがな。ま、今回は事前に予測はできていたから問題はなかったんだが」

 

「そうだね。アトゥイのそういうところは困ったものかな」

 

 エントゥアがそう言うって来るため、自分とクオンがそう返すとエントゥアはおかしそうに声を洩らす。そして穏やかな顔をして口を開いた。

 

「不思議なものですね。先日まで敵対していた國の者たちとこうして友のように語りあっている。もっとも貴方達であったからというのもあるのでしょうが」

 

「ふふ、友の様にではなく、これだけ仲良くなれたんだし友達じゃダメかな?少なくとも、これからしばらくは一緒に行動することになるんだし」

 

「……ありがとうございます。クオンさん」

 

「クオンでいいよ。私もエントゥアって呼ぶから」

 

「はい。クオン」

 

「自分もハクでいい。畏まられるような者じゃないんでな」

 

「ふふ、わかりましたハク」

 

 クオンとエントゥアはそう言いつつ笑いあう。クオンは意外と友達が少ないからな。友人になってくれるのならば大歓迎だ。しかし自分たち――特に女性陣は立場故に友人に恵まれなかった者が多いな。なんやかんやエントゥアからも同じ匂いがするし、類は友を呼ぶってやつかもしれん。なんやかんや自分もエントゥアに情が湧いてしまっているし、しっかりと面倒はみるか。もっとも最初から放り出す気はなかったのだが。

 

 

 そんな風に話していると地面が揺れているような気がして、意識を集中する。クオンとエントゥアも気がついたようだな。今いるのは木々に囲まれた高台の中だ。自分はクオンとエントゥアにここで待っているようにいうとフォウを肩に乗せてその場を離れ、木々の隙間から振動の発生源だと思われるモノをのぞき見て安堵のため息をこぼした。どう見てもヤマトの軍だ。それに軍の中には見たことのある顔が並んでいる。オシュトル配下の者たちにマロロ、ネコネ、キウル。オシュトルの姿は見えないが別行動なのだろうか?自分は姿を現すと戦闘の意思はないということを示すため武器を置いてその集団に声をかけた。

 

 声をかけた瞬間は警戒されたが皆自分の顔を見たことがあったようで、警戒を解いてくれた。その集団の中から一人の兵が近づいてきて自分に声をかけてくる。

 

「ハク殿ではありませんか。どうしてこちらに?」

 

「某たちと行動を共にしている者の中に、シャッホロとクジュウリの姫がいることは知っていよう?姫様方が皇の名代としてこの戦争に派遣されることになり某もそれに同道している」

 

 その兵士は事情を知っていた筈なのでそう説明する。自分の説明に納得し、危険はないと判断したのか、兵士はマロを連れてくると言って集団の中に戻っていった。

 しばらくすると集団の中からマロ、ネコネ、キウルの三人が現れこちらに近づいてくる。三人とも少し汚れてはいるが怪我はないようで自分はほっと胸をなでおろした。

 

「ハク殿~御無事で何よりでおじゃる」

 

「ああ、マロもな。ネコネもキウルも無事でなによりだ」

 

「フォウ、フォウ」

 

「ハクさんも御無事でなによりです」

 

「はい、ご無事でなによりなのです。フォウさんも元気そうですね。姿を見た時は何があったのかと思ったですがアトゥイさんとルルティエさんに付き合われる形だったのですね」

 

 マロにそう返し、ネコネとキウルにもそう声をかける。キウルの言葉に続くようにネコネは自分にそう声をかけると、まるでなでてくれとでも言わんばかりの距離に近付いてきたため、労うようにその髪を優しく撫でてやる。ネコネは気持ちよさそうにそれを受け入れ目を細めていた。

 

「そういえばハクさんはどうしてここに?」

 

 キウルの言葉に自分はネコネの頭から手を離し、キウルに向き直る。ここは戦場からは離れた場所みたいだしそう思うのは当然だろう。自分は戦場についてからの自分たちの動きを三人に説明し、ヤマトの者たちの保護を申し出る。もちろんエントゥアの事は伏せてだが。現状で伝えても混乱させるだけだろうし、ヤマトの服を着たエントゥアは少し異国情緒漂う美少女といった風情で気づかれはしないだろうしな。もちろん後日、オシュトルも交えてしっかりと説明はするつもりだが。

 自分の説明を聞きこの場を任されているマロは二つ返事で了承を返してくれた。マロは隊にはここで待機を命じ、二人と数人の兵士を連れて、自分達が野営している高台に向かう。

 

 野営場所に戻ると、クオンが自分を見て安堵したような笑みを浮かべる。そして自分の後ろに着いてきている三人と兵たちを見て驚いたようにしたが、すぐに三人が軍と共に遠征に向かっていたのを思い出したのか普段の表情に戻った。エントゥアはヤマトの兵を見て少しだけ顔が引き攣ったが、自身を見ても兵が捕縛に動かない事から、先ほど話したように自分がしているのを理解したのか警戒を解いたようだ。

 二人にヤマトの軍で保護して貰えることを伝えるとほっと胸をなで下ろしていた。クオンはともかくエントゥアもその反応ってことは、なんやかんや言いながらもヤマトの者たちの事も気にかけていたのだろう。接している内に情でも湧いたかね。まぁ、シノノンの事は可愛がっているみたいだったしそっちについて安心しただけなのかもしれんが。

 

 その後、ヤマトの民たちも軍に受け入れられ一息ついた頃にマロに何故ここにいるのかを尋ねる。キウルが疑問に思ったようにここは戦場から離れた場所だ。軍がここにいるのは違和感が強い。となればここには何かがあるのだ。

 

「……オシュトル殿の指示でおじゃる。ウズールッシャは八柱将の方々の活躍もあり、各地で撤退を強いられているでおじゃる。本陣が落ちるのも時間の問題だと思うでおじゃる」

 

「そうか、てことはこの軍は追撃を行うための部隊ってことでいいのか?」

 

 マロの説明を聞き、一番ありえそうな選択肢を上げて聞いてみる。マロは自分の言葉に頷くと、ただしと前置きし言葉を続ける。

 

「本命にはオシュトル殿一人で向かわれたでおじゃる。マロたちは逃走経路に選ばれるであろう物の中で二番目に可能性が高いと判断した場所に向かっている途中でおじゃるよ」

 

仮面の者(アクルトゥルカ)としての力を解放して戦えば、その他の者は足で纏いになるからか……」

 

 知識としては覚えている。自分の使っていた力だ、分らないはずがない。仮面の者(アクルトゥルカ)が力を解放すれば、そこに割り込めるのは同じ仮面の者か、一握りの超越者だけだ。この場にいる者であれば自分かクオンならどうにかってところか。

 マロは自分の言葉に頷くと目を瞑り、逡巡するように少しの間黙り込んでから再度口を開いた。

 

「ハク殿、お願いがあるでおじゃるが……」

 

 マロのお願いとやらにはすぐに想像がついた。情の深い男だからなマロは。大丈夫だとわかってはいてもオシュトルの事が心配なのだろう。自分はマロが知る限りで一握りのオシュトルとまともに打ち合った人物だ。ここまでわかれば自ずとマロのお願いについては想像がつく。

 

「オシュトルの様子を見に行ってほしいのか?」

 

「危険だとはわかっているでおじゃるが……」

 

「いいさ。わかった、引き受けよう」

 

「忝いでおじゃるよ、ハク殿」

 

 自分がそういうとマロは済まなそうにしながらそういうと、オシュトルの向かった場所について説明をしてくれる。マロの説明を聞いたあとはキウルの姿を探し、皆の事を任せるとクオンのところに向かった。流石に何も言わずに発つとクオンにめちゃくちゃ心配をかけるからな。で、そのクオンだが……。

 

「私も一緒に行くかな」

 

 との一言でクオンの同道も決定する。それに合わせて予想外でもないが同行者が一人増えた。クオンと一緒にいたエントゥアだ。ウズールッシャ軍のが現れるかもしれない場所に行くということで、自分もクオンも難色を示したのだが“けじめをつけたいのです”というエントゥアの言葉に押し切られる形で同道を許すことになった。そして自分達は皆に出ることを告げると軍を後にする。

 

 

 岩が乱立する入り組んだ荒野を進む。正直、地理に明るいであろうエントゥアが着いてきてくれて助かったな。自分たちだけでは迷っていたかもしれない。

 

「エントゥア、着いてきてもらって助かった。正直、自分とクオンだけでは迷っていたかもしれん」

 

「いえ、無理を言って連れてきて頂いたのですから、これぐらいは」

 

「ううん、助かってるかな。ありがとうエントゥア」

 

「クオン、ハク……ありがとう。急ぎましょう。目的地まではあと少しのはずです」

 

 そう話をしながら先を急ぐ。エントゥアが言うには目的地まではあと少しのはずだ。

 しばらくすると開けた場所に出る。そこに広がっていた光景にエントゥアが隣で絶句しているのが分かった。目の前に広がるのは岩の乱立した荒野、そしてそこに広がるはウズールッシャの者たちの物言わぬ躯の数々、ある者の腕は千切れ、ある者は首がなく、ある者は何か重量物に引き潰されたように原型を留めていない。

 自分達の視線の先にそれをやったであろう者の姿があった。それは一言で言うと化け物――白くヒトの十倍はあろうかという体躯の巨人だ。……あれはオシュトルか。仮面の者(アクルトゥルカ)が全力で戦う時の姿、ウィツァルネミテアを連想させる巨人の姿がそこにはあった。

 自分達がそれを見ているとウズールッシャ側の一人の男がその巨体の前に進み出て何かをいう。すると巨人の姿が光に包まれ収束し、一人のヒトがその場に姿を現した。やっぱりオシュトルだったか。そこに現れた人物を見て、自分は胸中でそう呟くと目の前の光景を見つめる。

 

 男とオシュトルは向かい合いお互いに武器を構える。その段階で男の顔が見えた。片方の眼に傷のある歴戦の武士といった風情の男だ。男の顔をみて自分のとなりにいたエントゥアが呟くように声を上げた。

 

「……お父さま」

 

 エントゥアのその声が聞こえたわけではないだろうが、エントゥアが呟いたタイミングで二人が動く。男――エントゥアの父親であるゼグニが仕掛ける形で一撃を繰り出すが、オシュトルの豪剣により武器ごと叩き切られゼグニは地面に伏せる。

 

「お父さまっ――!!」

 

 エントゥアがそれを見て悲痛な声を上げる。ゼグニの武威によるものだろう。オシュトルの一撃はいくらか入りは浅かったようだが、それでも戦える状態ではあるまい。自分がそう判断しているなか、ゼグニは満身創痍ながらも体を起こしもう一度オシュトルの前に立った。

 

「……あ、……あぁ――お父さま……ダメ、もう立たないで下さい」

 

 エントゥアは涙を眼にためながらそう言いつつも動こうとはしない。否、動くことなどできない。エントゥアは武人としての在り方をしる人物だ。そんな人物が父の――もっとも尊敬する武人の神聖なる戦いにどうして水を差すようなことができるだろうか。だが、自分には関係のないことだ。

 

「ハク……」

 

「ああ、エントゥアに泣かれるのは寝覚めが悪すぎる」

 

 今にも崩れ落ちそうなエントゥアを見ながらクオンとそう短く言葉を交わす。我ながら無粋だとは思うが介入させてもらおう。クオンに言ったとおり、自分とクオンにとってはここままゼグニが斬られてエントゥアに泣かれるほうが寝覚めが悪い。自分とクオンは頷き合うとエントゥアをその場に残し、二人の元に全力で駆け出す。幸いオシュトルは目の前のゼグニに全力で意識を集中しているようで自分とクオンに気が付いている様子はない。そして自分たちの力量ならば、その状態からならばオシュトルの隙をつくことは可能だ。

 自分とクオンが二人の目前にたどり着いたタイミングで二人は動いた。

 

「ゼグニ殿参られよ。お互いに放つのは、あと一撃!最後の一太刀で、この勝負決せん!」

 

「承知。我が渾身の一撃……この命と引き換えにくらうがいい!ぬおおおっっ!!」

 

 自分はクオンに目くばせするとさらに加速し二人の間に割り込む。受け止めることは難しいオシュトルの一撃は鉄扇で受け流し、ゼグニの一撃を反対の手に持った太刀で受け止める。

 急に割り込んで来た自分に二人は驚き、更にオシュトルは自分だということに気が付き一瞬固まる。

 

「まぁ自分のことながら無粋だとは思うが、知り合いに泣かれるのも後味が悪いんでな」

 

「……男ってホントに勝手かな。まぁ今は眠って」

 

 そしてその一瞬の隙があればクオンには十分だ。クオンは音もなくオシュトルの背後に回り込むと強い眠り薬を染み込ませた布をオシュトルの顔に当てる。すると薬は一瞬で効力を発揮しオシュトルは崩れ落ちた。自分はクオンからその布を受取り目の前で固まるゼグニの顔にそれを押し当て眠らせた。

 

「あ~、これは後で怒られるかね?」

 

「まぁやったことがやったことだし、それは覚悟したほうがいいかな。とりあえずこのヒトの治療を先にしちゃおっか」

 

 近づいてきたクオンとそんな言葉を交わしながら、ゼグニの治療に取り掛かる。結構な傷だがクオンに掛かれば命を落とすことはないだろう。そんなことを考えながら治療をしているとエントゥアが駆け寄ってきた。

 

「お父さま!」

 

 彼女はゼグニに近寄ると息があるのを確認しホッと胸をなでおろした。

 

「大丈夫。このくらいの傷であれば十分に治療は可能だから」

 

「……はい、クオン。よろしくお願いします」

 

 武士としての気持ちも理解できる彼女としては胸中は複雑のようだ。父親が生きていた安堵はもちろんあるのだろうが、父の武人としての誇りを汚してしまったのではないかという思いもあるのだろう。そんな思いを押し殺して自分とクオンに頭を下げると、複雑そうな表情をしながらも治療を邪魔しないようにゼグニから離れる。自分はそれを見守りながらウズールッシャ皇グンドゥルアが逃げて行ったと思われる方向を見ながら、彼がもう一度ヤマトの地を踏まぬことを願った。

 

 

 その後、グンドゥルアはオシュトルからの追撃にあわなかった事もあり無事にウズールッシャの奥地へと逃げ延びることに成功する。一方、オシュトル以外の八柱将を中心とした討伐軍はウズールッシャ各地を蹂躙、幾千幾万もの死体の山が築かれた。長を失った國にはすでに抵抗する意思もなく、各地にヤマトの旗が翻り、事実上ヤマトの直轄領として併合されることになる。

これによりヤマトとウズールッシャの大戦は幕を閉じたのだった……。


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