うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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すみません、投稿遅れました。

ウズールッシャ編、最終話になります。


大戦の後で~晴れる暗雲、広がる蒼穹~

大戦の後で~晴れる暗雲、広がる蒼穹~

 

「む……ここは……?」

 

「お、気がついたかオシュトル。流石に回復も早いな」

 

「ハク殿か?」

 

「おう、具合はどうだ?」

 

 オシュトルとゼグニさんを眠らせてからしばらく、こちらの予想よりもはるかに早くオシュトルは目を覚ました。目覚めたオシュトルは少しの間困惑したように自分を見てきていたが、自身が眠らされる前の状況を思い出したのだろう。少しだけ険しい目で自分をみて、目で説明を求めてくる。しかし目覚めてからいきなり斬りかかられるのを最悪覚悟していたが、存外に自分はこの男からの信頼を得ているらしい。そのことをうれしく思いながらオシュトルを見つめ返していると、痺れを切らしたのかオシュトルが口を開きこちらに先ほどの行動の説明を求めてくる。

 

「さて、ハク殿。先ほど何故あの男をかばうような真似をしたのかを説明願えるか?」

 

「まぁ、その、なんだ?その場の勢い的な何かだな」

 

「……某は真面目な話をしているのだがな」

 

 オシュトルの問いかけにそう答えると気に召さなかったのか、オシュトルの目がすぅっと細まる。いや、嘘は言ってないぞ?ただ説明がいささか面倒くさいからほぼ端折っただけで。

 

「分かった。少し長い話になるがいいか?」

 

「いいだろう。話してみるとよい」

 

 オシュトルに促され戦場に来ることになった経緯から話し始める。オシュトルは人質を救出したところでは感心し、エントゥアの事をヤマトの者たちが受け入れたところは呆れながらも嬉しそうに聞いていた。

 

「――で、エントゥアに目の前で父親が殺されるのを見せて泣かれるのも寝覚めが悪そうだったんで割って入った」

 

「はぁ、其方はお人好しというかなんというか。しかし事情は分かった。エントゥア殿とゼグニ殿がヤマトに対し災いを齎さぬことを誓えるのであれば、某も見逃そう。だが……そうでなければ某はその者達を斬らねばならん」

 

「すまんオシュトル、恩に着る。ヤマトに害をなさないってのはこっちでなんとかするんで、しばらく様子を見ていてくれ」

 

「其方に恩に着せる事ができたのなら安いものだ。存外借りが溜まっていたのでな」

 

 オシュトルは自分の言葉にそうかえすと、立ち上がってどれくらい時間が経ったかを聞いてくる。追撃に出るつもりなのだろうが、もうオシュトルが眠ってから一刻ほどだ。ウズールッシャ側のホームと言える土地でそれだけの時間を与えたのであれば満足に追撃できるとは思えん。その事をオシュトルに伝えると奴ももっともだと思ったのだろう。手頃な岩に腰掛け、今後の事を話そうと言ってきた。

 

「自分達は皆から離れて帝都に戻るつもりだぞ。ゼグニさんの容体が安定するまで、あまり大きくは動けんし、ゼグニさん用にヤマトの民の服を調達せにゃならん」

 

「ふむ、それがいいだろうな。では某は隊に戻りその旨を皆にも伝えておく。先にゼグニ殿の服をどうにかした方が良いだろうし、キウルに持たせて向かわせる」

 

 オシュトルがそう言うとほぼ同時に自分の傍に気配が二つ出現する。オシュトルは突然現れた気配に警戒するが自分が目くばせすると警戒を解いた。まぁ、この二人が大人しく待っているとは思っていなかったが案の定着いて来ていたか。

 

「主様、これを使う」

 

「主様、このお召し物をお使いください」

 

「……鎖の巫殿か」

 

 二人の姿を確認するとオシュトルはそう呟く。オシュトルの感覚から逃げおおせるとは、やっぱりこの二人は優秀だ。自分はウルゥルとサラァナから服を受け取ると二人に声をかけた。

 

「助かる。だが自分は皆と共に待機を命じたはずだが?」

 

「「…………」」

 

「はぁ、まぁ助かったからいいか」

 

「「恐悦至極」」

 

 都合のいい時だけ返事を返す双子にため息を漏らしながら、自分はクオンの元に向かうことにする。目が覚めた段階でオシュトルとゼグニさんを合わせるのは悪手だと思い、岩の陰でゼグニさんの治療をしてもらっていたのだ。双子とオシュトルも自分についてきたため三人を引き連れてその場に向かった。

 

「あ、ハク。オシュトルへの説明は……大丈夫だったみたいだね」

 

「ああ、納得はしてくれたよ。もっともエントゥアとゼグニさんが今後ヤマトに害をなさないことを誓うことが条件だがな」

 

 クオンはほっとした様子で自分にそう声をかけてきたので、自分はクオンにそう返す。それにしてもクオンも双子がいることに驚かなかったな。良く理解してくれているようでなによりだ。クオンは自分の言葉に一つ頷きを返すと眠るゼグニさんに付き添っているエントゥアに視線を向ける。それに誘われるように皆の視線がエントゥアに集まり、エントゥアは自分とクオンに目線を向けて頷くと口を開いた。

 

「私としては異存はありません。ヤマトに未来永劫害をなさないことを誓いましょう。父は……私が説得して見せます」

 

「……エントゥア殿だったか。そういうことならば某にも異存はない。しかしいくつか条件をつけさせてもらう」

 

 そう言うエントゥアにオシュトルは声を掛けると条件があるといって自分の方を見たあと、エントゥアに視線を戻す。なんとなくこの後の流れは予想が付くがいちおう聞いておくことにしよう。

 

「まずは貴殿たちの身柄はこちらのハクに預かってもらう」

 

「はい、わかりました」

 

「自分も異存はない。面倒はみるつもりだったしな」 

 

 一つ目の条件に自分もエントゥアも頷くこれは当たり前のことだろう。監視の意味合いも入っているのだろうがそもそも自分達が持ち込んだ案件だ。自分が面倒を見るのが筋というものだろう。……小遣いが減るなぁ。

 

「二つ目は……ゼグニ殿と落ち着いてからで良いので話をしてみたい。これほどの傑物と出会えることなど滅多にないのでな」

 

 エントゥアはオシュトルのその言葉を呆けたように聞いていた。まぁ先ほどまで殺し合っていた者を傑物と呼び、話してみたいなどというオシュトルに若干の呆れと驚きがあり処理しきれないのだろう。自分からするとなんともオシュトルらしいなとしか思わんがな。

 

「エントゥア、その場にも自分も同席しよう。構わないよなオシュトル」

 

「ふむ、エントゥア殿がそれで納得するのなら某は一向にかまわん」

 

「……それならば了承します。ハク、よろしくお願いします」

 

 自分がそう提案するとオシュトルもそれを受け入れ、それならばとエントゥアも了承の意を返す。

 

 オシュトルの条件はこれだけだったようで、自分はこれからの事について話すことにした。ゼグニさんの衣装も手に入ったことだし、軍と共に行動をした方がいいかもしれん。エントゥアからの情報だがゼグニさんはグンドゥルアの傍に控えていたため、ヤマト側に顔を見た者はいないだろうという事だしな。幸い服装を除けばウズールッシャの者の見た目はヤマトの民たちとそう変わらない。これならば他の者に気がつかれることはないだろう。……もっともライコウあたりに会えば感づかれそうな気もするが。

 

「……さっきから気になっていたのですが、そのお二人はいつの間にここに?」

 

「気にしても仕方がないかな。この二人はハクがいるとこにならいつの間にかいるとでも思っておくといいよ」

 

「奥様の言うとおり」

 

「私達は常に主様と共にあります」

 

 先ほどから気になってはいたのだろう、エントゥアが双子について聞いてくるが、クオンはそういう者だとエントゥアに返し自分も頷いてやる。エントゥアは気にしても無駄だと悟ったのか、若干遠い眼をしながらも曖昧に頷く。

 

 そんな風に話をしていると、眠っていたゼグニさんがうめくように声を上げ目を開いた。

 

「儂は……そうか、負けたか」

 

「お父さまっ!」

 

「……エントゥア、無事だったか」

 

 エントゥアは目を覚ましたゼグニさんに感極まった様子で声をかける。ゼグニさんはエントゥアの姿を視界に収めると頬を緩め娘が無事だったことに安心したように見える。感動の再会のところ悪いがあまり時間をかけるわけにもいかんからな。そう思いながら自分が代表して声を掛けることにする。

 

「目が覚めたか」

 

「……お主は……あの時の男か。おかげで娘の姿をまた見ることができた。感謝する」

 

「自分の寝覚めが悪いからやっただけだ。――さて、ウズールッシャ軍千人長ゼグニよ。某たちに……ヤマトに災いをもたらすつもりならば某は貴殿を斬らねばならぬ。……抵抗の意思はあるか?」

 

 穏やかにそう言うゼグニさんに軽く答え、意識を切り替えて問いかける。正直自分でもやりたくはないが、これだけはけじめとしてやっておかないとならない。エントゥアは自分の変わりように驚いたのか目を見開いて自分を見た後、不安そうに自分を見て、同様の視線をゼグニさんへと向ける。ゼグニさんはちらりとエントゥアに視線を向けてから自分に視線を向けると、満身創痍の男とは思えない力強い視線で自分を見て口を開いた。

 

「儂は敗者の身だ。これより先ヤマトに害をなすことはないと誓おう。皇の事は気がかりだが、どのみちこの身は一度死んだようなもの。――ただし、我に同胞を斬れというのなら話は別だが」

 

「そのような事はさせぬと、このオシュトルが誓おう」

 

 ゼグニさんのその言葉にオシュトルが一歩前にでてそう答える。ゼグニさんはその姿に驚きの表情を浮かべたが、その言葉に安心したのか体の力を抜き、その瞼を閉じた。

 

「お父さま!?」

 

「大丈夫、眠っただけかな」

 

 まるで死んだように眠ったその様子にエントゥアが取り乱すが、クオンの言葉にほっと胸をなでおろす。あの傷から目覚めてすぐの会話だからな。さすがに歴戦の将といえども体力の限界だったのだろう。しかしこれで懸念は払しょくされた。と、なればすぐにでも移動を開始したいところだが。

 

「クオン、移動したいがゼグニさんは動かせるか?一応、ヤマトの衣装はあるから出来るならば着替えさせたい」

 

「うん、それくらいなら大丈夫。体力は戻っていないけれど傷自体は命にかかわるって状態は脱してる」

 

「ならば急いだ方が良い。この場にいつ軍の者がやってくるやもわからんのでな」

 

 オシュトルの言葉に頷きを返して、クオンの言葉にほっと胸をなでおろすエントゥアを見ながら、自分はゼグニさんに近づく。クオンとエントゥア、ウルゥルとサラァナに少し離れているようにいって、四人が離れたのを見計らってゼグニさんが着ている服を脱がせて体を拭き、ヤマトの衣装に着替えさせる。

 その後は自分がゼグニさんを担ぎ軍に合流するため皆でそこを離れた。

 

 

 

 軍に合流した後は、ゼグニさんの傷がある程度癒えるまでは行動を共にした。その後はウズールッシャの残党狩りを行う軍と別れ別行動をとることにした。ネコネ達は最後まで軍と行動を共にするらしくここで別れることになる。その後は馬車を回収するため初めに戦場に到着した地点付近まで戻る。借り物らしくさすがのアトゥイも回収せずに捨て置くのは躊躇いを覚えたらしい。ゼグニさんをいつの間にか自分たちに合流したラプター(クオンのウマ)に乗せ、エントゥアが相乗りしてゼグニさんを支え、自分が手綱を握る形で引いている。

 そのゼグニさんだがあの時から意識が戻らない。クオンが言うには体の傷はほぼ癒えておりいつ目を覚ましてもおかしくない状態だということなんだが、存外ダメージがデカかったのだろう。命の心配はしないでいいというクオンの言葉を信頼しているし、自分としてはあまり心配はしていない。しかしエントゥアはそうもいかないようで四六時中ゼグニさんに張り付き、せっせと世話を焼いているが。

 

 そして何故かヤクトワルトとシノノンも一緒だ。

 

「で、なんでヤクトワルトはここにいるんだ?」

 

「いまさらですかい旦那。いや、旦那のところで厄介になろうと思うじゃない」

 

 予想していたとおりの答えがヤクトワルトから返って来た。二人が住んでいた所は今回の戦争で焼かれてしまいもうない。ということでヤクトワルトとシノノンは身を寄せるところはないはずだし、そういうことだろうとは思ったがな。たぶん誘ったのはクオンだろう。自分としてもこれだけ腕の立つ男が自分たちの仲間に加わってくれるのはありがたいし異存はない。

 

「クオンか?」

 

「ああ、旦那の言うとおりクオンの姉御に誘われたんでな。雨露凌げる屋根と飯とその他諸々、ずいぶんと俺を高く買ってくれたじゃない。それにシノノンもすっかりあの娘らに懐いちまった。……少々複雑だがエントゥアにも良く懐いているしな。そしてなにより旦那には義理もある」

 

「はぁ、物好きな。好きにするといいさ」

 

「おうさ、好きにするじゃない。そんなわけでよろしく頼みますぜ、旦那」

 

「すきにするじゃない」

 

 ヤクトワルトの肩に座るシノノンがそう言うと思わず笑みがこぼれた。しかし高く買ってくれたとか言っているが多分それ買いたたかれてるからな、ヤクトワルト。クオンのほくほく顔が目に浮かぶようだ。ヤクトワルトは随分な実力者だし、シノノンが絡まなければアトゥイなんかよりもずいぶん扱いやすい。正直自分たちの資金力で雇っていられるような男ではないんだが、本人が良いといっているんだし問題ないか。

 

「ハク、あとどのくらいなのですか?」

 

「ああ、あと数刻ってとこだ。見つかりづらいように隠してきたしたぶん馬車は無事だと思うから着いたらゼグニさんをそこで休ませてやるといい」

 

 エントゥアの言葉にそう答え道を進んでいく。この数日でエントゥアも随分と自分たちと打ち解けた。敵対していたとはいえエントゥア自身は性格の良いいい娘だし、当然の帰結だったかもしれんがな。

 

「しかし、あの時も言いましたが本当に不思議なものです。つい先日まで敵味方に分かれ戦争をしていたというのに、敵だった者たちとこうも簡単に打ち解けられるとは思ってもみませんでした」

 

「なに、戦争はもう終わったんだ。戦争ってのはどっちかが負けるもんだ。命があるだけ儲けものってな?」

 

「ええ、貴方達と過ごすようになってから私もそう思えるようになりました。ありがとうございます、ハク。あの場所で出会えたのがあなたで……あなた達でよかった」

 

「そうか……」

 

 エントゥアとそう話しながら自分は空を見上げる。空には暗雲もなく澄み渡った蒼穹がどこまでも、どこまでも広がっていた。


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