帝都にて~変わる日常、変わらぬ日常/オシュトル成り切り衣装~
帝都にて~変わる日常、変わらぬ日常/オシュトル成り切り衣装~
ウズールッシャとの戦争から数週間、自分達は帝都へと戻りいつもの日常に……いや、少しだけ変化した日常を過ごしていた。
「お~、ろろはあめがすきなのか。じゃあとうちゃんにたのんでたべにいくぞ。いいよなとうちゃん」
「シノねえちゃといく!ははさまにいてくるからまてて」
「お~いいぞ。ロロ、それなら俺とシノノンも一緒にいくじゃない。じゃ旦那、俺はシノノン達と一緒に出てくる」
「おう、行ってこい」
帝都に帰って来てから仲良くなったロロにシノノンが若干のお姉さん風をふかせながら構っている光景は、帝都を出るまでは見られなかったものだ。シノノンの方が若干年は上のようだが良い友人といった関係を築いているようでなによりだ。シノノンが自分たちと行動を共にすることになった事で、マロンさんもロロに年の近い友達が出来たのを喜んでいる。他にもロロとシノノンのコンビは白楼閣の女衆にもかわいがられており、女衆のアイドル的存在になっている。
「あ、ハク。トウカさんにこれをもって行くように頼まれたのですが何所に置いておけばいいですか?」
「ああ、そこでいいぞ。後で自分が運んでおく」
「わかりました」
エントゥアは自分たちの仕事の手伝いをしながら、暇があれば白楼閣の女衆の手伝いをしている。まだゼグニの傷が癒えていないため女衆に世話を頼むことも多く、そのお返しとして始めたらしいのだが手際が良かったらしく、いまはヘルプではあるが十分な戦力として数えられている。それこそさっきエントゥアの口から名前の出た
「?どうかしましたか、ハク」
「いや、似合ってるなと思ってただけだ」
「――ッ!!ありがとうございます」
少しエントゥア長い間エントゥアを見ていたのだろう。エントゥアがそう聞いてきたのでそう咄嗟に答える。まぁ、嘘偽りなく似合っているからな。エントゥアは自分の言葉に顔を赤くするが、ゼグニさんの話ではエントゥアは誉められなれていないって話だしな。免疫がないんだろう。
「ハク殿、儂の娘をそうからかってやるな」
「失礼な、自分は本心から言っているというのに」
エントゥアと話しているとそこにゼグニさんがやってきてそう声をかけてくる。まだ完全に傷は癒えきっていないが、最近は歩くことくらいは問題なくできるようになっており、宿の中を歩き回っているようだ。
「お父さま、まだ完全ではありませんから安静にしておいてくださいといったのに」
「エントゥア、そう言うな。完全に癒えてはいないが寝たきりだと体がなまってかなわん」
こんな風にエントゥアがゼグニさんに小言を言う光景もこの数週間で見慣れたものになった。
「平和だね」
「ああ、平和だな」
そんな光景をみながら自分の隣に座るクオンとそう言葉を交わし、ルルティエの淹れてくれた茶を飲む。自分の後ろではルルティエに先を越された双子が“強敵”“やはり侮れません”とか戦慄しながら言っているが気にするだけ無駄だな。
そんな平和な日常を過ごしていたのだが……
「おにーさん、約束を果してもらうぇ!」
というアトゥイの言葉に平穏の終わりを感じて自分は小さくため息を吐いたのだった。
場所は変わってオシュトル亭の庭。あの部屋にいた皆――ヤクトワルトとシノノン、ロロ、そしてエントゥアを除いた隠密衆も付いてきていて、皆に見られながらアトゥイと向かい合う。この庭だがアトゥイがオシュトルに貸してくれるように言ったらしい。で、オシュトルがその時条件を付けたらしいんだが……。
「さてアトゥイ殿、後がつかえているのでな。さっそく始めるとしよう」
「あはっ、そうやねオシュトルはん。じゃ、おにーさんいくえ?」
自分はなにやらアトゥイの後ろで準備万端とでも言いたげに腰に刀をさして立っているオシュトルから視線を外し、アトゥイを見据えて鉄扇を構える。
オシュトルの事はいやな予感しかせんが、アトゥイは片手間に相手しているとほんとに怪我するからな。それに約束は果たさないとならん。……気が重い、アトゥイの背後のオシュトルがめちゃくちゃ不穏だし。
そんなことを考えているとアトゥイが動く。まずは小手調べだとでも言わんばかりに手に持った槍を突き出してきた。小手調べだとは言っても、それは並のものでは反応すら難しい一撃だ。それを自分は鉄扇で受け、力を込めて槍を弾く。
「うひひ、そうこんとなぁ。ああ、やっぱりおにーさんはええなぁ」
「それはどうも、っと!」
そう言いながらも再度突き出される槍を弾き、アトゥイの懐に飛び込もうとする。しかしアトゥイもすぐに槍を引き戻し、大きく払うことで自分の進行を邪魔しようとしてきた。自分はそれを鉄扇で槍を受け、鉄扇をひねるように動かし、アトゥイの力のかかり方を誘導する。そして刀を鞘のまま腰から引き抜き槍を強く一閃した。
「あっ!」
「勝負有りだな」
その動きに対応しきれなかったのだろう。アトゥイの手から槍が離れ、僅かな時間動揺する。自分はその隙を付き、アトゥイに鉄扇を突きつけた。
「あやや、おにーさんのそれやっぱりやりづらいぇ。う~ん不完全燃焼や。もう一回、な?おにーさんもう一回」
「アトゥイ殿それは後にしてもらおうか。某との約束を忘れたわけではあるまい?」
「う~、わかったぇ。おにーさんちゃんと後で相手してーな」
アトゥイはそう言うと下がり、オシュトルが一歩出てくる。まさかなとは思ったがやっぱりか……。一応確認はしておくかね。ちなみに自分とアトゥイの戦いに皆はそれぞれの反応を見せている。クオンは順当だと言わんばかりにうんうんと頷いているし、ルルティエなんかは心配そうに自分とアトゥイを見てきている。ネコネとキウルはきらきらとした眼で自分を見てきていて正直居心地が悪い。ノスリとオウギは感心したとでもいうような様子だな、ウルゥルとサラァナはいつも通りだ。自分たちに着いてきているゼグニは鋭い瞳で自分たちの手合わせを見ていた。
「で、どういうつもりだ?」
「なに、其方とはあの時以来、手合わせをしていないと思ってな」
オシュトルはそう言うと、腰に差した刀を抜き構えた。やる気まんまんですかそうですか。自分も諦めて鉄扇を構えるとオシュトルの口元に小さく笑みが浮かぶ。
「では参る!」
オシュトルは短くそう言うと、自分に向けて一閃を繰り出す。その速度はゼグニと戦っていた時と同等のようでオシュトルが手加減なしで来ているのが伺えた。自分はその豪剣を受け流すようして鉄扇で受け。お返しとして一撃を繰り出すが、オシュトルはあっさりと対応してくる。……やっぱり自分程度の攻めでは中々崩せる相手じゃないな。
その後は前にウコンと戦った時と同じような形で戦いは推移していった。すなわちオシュトルが攻め、自分が護る形だ。もっとも前回のように自分も護るだけではなく、時折攻勢にも出ている。そんな状態がしばらく続きオシュトルも埒が明かないと思ったのだろう。少々強引に自分に斬りかかると鍔迫り合いの状態に持ち込んできた。力では自分はオシュトルに敵いはしないが鉄扇の方が短く、力を加えやすい事が影響してなんとか拮抗していた。
「……ハク殿、腕を上げたな」
「そりゃどうも、っと!」
オシュトルとそう言葉を交わしながら自分は鉄扇を握る手に力を込め、オシュトルを弾き飛ばそうとする。しかしオシュトルに読まれていたのだろう。自分が力を入れるのに合わせて刀を引くように力を緩めてくる。そして自分がバランスを崩した瞬間を狙う形で刀を振り下ろしてきた。
「――ふっ!」
「なんの!」
自分はオシュトルの動きにバランスを少々崩されるも、前転する形でオシュトルの斬撃を避ける。そして振り返りざまに鉄扇を突き出した。
「「…………」」
自分の首元にはオシュトルの刀が添えられ、そしてオシュトルの首元には自分の鉄扇がつきつけられた状態で自分とオシュトルは無言で相対する。
「これまでとしよう」
「……ああ」
オシュトルがそう声をかけてきたため自分がそう答えると、オシュトルから戦意が霧散する。
それを皮切りにしたように周りにいた皆から感嘆のため息が漏れた。
「はい、ハクお疲れ様」
「兄さま、お疲れ様なのです」
クオンとネコネがそう言ってそれぞれ手ぬぐいを手渡してくれた為、いつの間にか浮かんでいた汗を拭う。
「「主様こちらをどうぞ」」
「お、すまんな。――はぁ生き返る。ほれ、オシュトルも」
ウルゥルとサラァナから水筒を受取り中の水を一口含む。思った以上にのどが渇いていたようで、水が体に染みいるようだ。それを自分はオシュトルへと手渡すと奴も水を飲んだ。オシュトルも仮面で分かりづらいが結構汗をかいていたみたいだな。
感嘆の表情で呆けたようにしていた皆も、クオンとネコネ、双子が動いたのを皮切りにしたように寄って来て口々に声をかけてくる。
「ハクさんすごいです!兄上と引き分けるなんて。僕はこんなにすごいヒトに訓練を付けてもらっていたのですね」
「ふむ、やるとは思っていたがここまでとはな……正直見誤っていた」
「ええ、本当にあなたが敵でなくてホッとしましたよ」
キウルの自分に憧れるような視線と言葉に、ノスリとオウギの感嘆したような感心したような言葉。
「やっぱり、ハクさまはすごいヒトです」
「なぁなぁ、おに~さんもう一回戦ろ?な?」
ルルティエの憧れるようなどこか熱の籠った言葉と、アトゥイのわくわくしたような声。
「右近衛大将と互角とはな……これは儂では相手にならんわけだ」
ゼグニさんはそう言うと鋭い瞳で自分とオシュトルを見据えている。
ゼグニさんはもし自身が自分たちと相対することになったらどう動くかとでも考えているんだろう。自分たちとは敵ではなくなったが、それはそれということだろう。あれはゼグニさんの武人としての癖のようなものなのかもしれん。
なにはともあれこれで今日は帰れ――
「じゃ、おに~さん。またウチとやな」
「へ?」
「“存分に相手をする”って言ってたし、もちろん付き合ってもらうぇ」
「……はい」
その後は前と同じく、アトゥイが体力切れで倒れるまで試合は続けられ、自分は精神・肉体共に疲労した状態でアトゥイを自分の背に乗せる。……オシュトルは流石に政務に戻らないとまずいのか途中で帰り、皆もまた、途中から付き合いきれないと判断したり、午後から仕事があったりして一人また一人と減っていき今日一日非番だったクオンとネコネだけが残った。
「ハク兄さま、お疲れ様なのです」
「ああ、流石に疲れた」
声をかけてくるネコネにそう返すと、ネコネが労わるような表情でこちらを見てくる。自分はそれになんとか笑顔を返すとネコネも笑顔を返してくれた。
「ハク、大丈夫?辛いならアトゥイは私が背負うけど」
「いや、これくらいなら大丈夫だ。ありがとなクオン」
そう聞いてくるクオンにそう返し、しっかりとアトゥイを背負いなおす。しかし夕暮れに染まりつつある帝都を歩いてると……
「帰ってきたって感じがするな……」
「うん、そうだね。皆大変だったから」
「そうですね。わたしもそう思うのです」
自分がそう言うと同意してくれる二人と他愛もない話をしながら白楼閣への道を歩む。
戦乱の影は去り、いつもと変わらぬ喧騒が自分たちを迎えていた。
「あ~、これで全部終わりか。しっかしオシュトルの奴、自分に仕事を投げていきやがって」
オシュトル亭の執務室、自分はオシュトルから頼まれ奴の仕事を手伝っていた。ま、本人はいないんだがな。ウズールッシャへの遠征から帰って来てからというもの、忙しく動き回っているらしく、執務が滞っているということで自分が駆り出されたのだ。
で、いましがたそれも全部終わったのだが。
「暇だな……」
少し話があると言っていたし、オシュトルが帰ってくるまでここを離れることはできない。自分が周りを見渡していると部屋の隅にまとめて畳まれている(めずらしく箪笥からでている)オシュトルの服と、捨てられている紙屑が目に入った。
「どうせ暇だしな……」
自分は紙を手に取る切ったり曲げたり張ったりしながらとある形に加工していく。最後にここをのり付けすればっと。それが出来上がるとオシュトルの服を(勝手に)借りてから着て、作ったものを顔へと付ける。
「ふむ、こんなものか……」
紙で作った仮面を付け、オシュトルの衣服を着ればオシュトルへの成り切り体験衣装の完成だ。ま、流石にこれで誰かを騙せるとは思わんがな。しかしこの仮面はけっこう会心の出来なのではなかろうか?
自分がそんな風に思い姿見で見ながら悦に浸っていると部屋の外から声が掛った。
「すみません、入っても宜しいでしょうか?」
「ああ、入るとよい」
この声はマロンさんだな。知り合いだし折角だからオシュトルの真似をして出迎えることにする。そうだな……戦闘のときなんかの自分の感じでいいだろう。
「あら?オシュトルさま。お戻りになられていたのですか」
「ああ、先ほどな。して、どうかしたか?」
「あ、いえ。ハク様に用があったのですが……」
「ハク殿ならば、先ほど出て行ったが?」
「そうですか……わかりました。白楼閣に戻った時にでも話すことにします。ではこれで失礼しますね」
そう言うと、マロンさんは出ていったのだが……あれ?全然ばれた様子がないんだが、もしかしてかなり似てるのか?
そんな風に考えていると、また部屋の外から声が掛けられる。
「オシュトル殿、失礼するでおじゃるよ」
この声はマロか。流石にマロは気がつくだろう。
「マロロか、如何された?」
「およ?オシュトル殿、ハク殿はもう帰られたでおじゃるか?」
「ああ、先ほど出て行かれたがどうなされた?」
「いや、ハク殿に少し用事があっただけでおじゃる。白楼閣に戻った時にでもまた話すでおじゃるよ。あと、頼まれていた物でおじゃる」
あれ?気がつかれてない。いやまさかそんなはずは……
「ああ、助かったマロロ」
「それでは失礼するでおじゃる」
……気がつかれなかったぞおい。マロロおまえ、自分もオシュトルも友と呼ぶんだから気がついてくれよ。ただマロも気がつかないとなると、この変装かなり精度が高いのではないだろうか?これでネコネに気がつかれないようなら……。
「オシュトル様、失礼するです」
そんなことを考えているとまたもや部屋の外から声がかかる。この声はネコネだな。噂をすればってやつか。よしここまで来たんだ、気がつかれるまでは続行してみるか。
「入るといい」
「失礼するです。兄さま、頼まれていた物の報告に来たのです」
「ああ、そこにかけるといい」
「はいです」
ここまでは気がつかれた様子はないな。見た目は完璧に模倣できているってことか。後は自分の演技力しだいかね。
「兄さま、近頃根を詰めすぎなのです。少し休んだ方がいいと思うのです」
「考えておこう。だが、忙しくてな……なかなか暇を見つけられん」
「……兄さまは、いつもそればっかりなのです。それでは、栽培ができそうな薬草の調査について報告するです」
ネコネはそう言うと報告を始め、ネコネの説明と共に目の前に分厚い資料が積み上げられていく。ああ、その件か。自分がクオンと一緒にいるタイミングで聞きに来たから、ある程度の中身は知っている。ネコネとオシュトルの故郷であるエンナカムイで栽培できると思われる薬草を中心に調べていた筈だ。しかしこれはオシュトルは知らないはずの情報だし、知らないふりをせんとな。しかしこれだけの情報ををまとめ上げるのは骨だったはずだが、ネコネはほんとに頑張ったんだな。
「……よくこれだけ調べられたな。ひとりで調べきれる量ではないだろう」
「姉さまが教えてくれたのです。聞きにいったら快く。本来はこういう知識は秘匿のはずなのです。けど特別に、と色々と丁寧に教えてくれたのです。それにハク兄さまも資料をまとめるのを手伝ってくれたですし」
「そうかクオン殿とハク殿がな……」
確かにクオンはネコネに頼られたことに張り切って、それ教えていいのかというような物まで教えていた筈だ。クオン曰く本当に秘匿するべきものは教えていないということだから、クオンにとっては大したことのない知識だったんだろうがな。確か強壮用の薬草なんかを栽培できるとかできないとかいう話もあった。
自分がそう思っているとネコネの話もそこに入り、クオンにサンプルとして作ってもらったといって強壮用の薬を自分に差しだしてくる。無理をしているオシュトルにということのようだ。
「無理をしているつもりはないのだがな」
「……兄さま一人の身体ではないのです。ご自愛なさって欲しいのです」
「そうだな気をつけよう」
「…………それで次の報告ですが――」
反応がオシュトルを前にしたネコネと同じだな。これは本当に気が付いてない?しかしさすがにここらが潮時か。
「――以上なのです。何か質問はありますですか?」
「いや、よく尽してくれた。それで悪いのだがネコネ…………自分はハクだぞ」
「へ?」
自分の言葉にポカンとした顔を浮かべるネコネに証明するように一度仮面を取り、素顔をさらす。
「いや、オシュトルに頼まれていた仕事が終わったんだが、待っている間暇でな。ついつい悪乗りしてしまった」
「……驚いたです、まったく気がつかなかったですよ。む~それにしてもハク兄さま。それだと先ほどの報告をまたしないといけないではないですか」
驚いた表情の後、そう言って頬を膨らませるネコネの頭を宥めるようになでる。そして自分がポンポンと膝を叩くと恥ずかしそうにしながらもネコネはそこにおずおずと腰をおろしてきた。
「すまんな。しかし良く纏まってたぞ。あれならオシュトルも読みやすいだろうし、よく頑張ったな」
「……ハク兄さまも手伝ってくれたのですから、あれくらいは当たりまえなのです」
「いや、ネコネはよくやってるよ。少なくとも自分だとあそこまで読みやすい資料にまとまらんからな」
そう言いつつネコネの頭をなでる。ネコネは自分の胸に体を預けるように体重をかけて、気持ちよさそうに目を細めていた。膝の上の重みが心地いい。思えばこういう時間もひと月以上なかったな。ネコネを甘えさせてやる事も最近できていなかったし、いい機会だったか。
ネコネを膝に乗せたまま他愛もない話をしながら時間が過ぎる。思えばネコネはこの後用事はなかったのだろうか?まぁ本人が気にした様子もないし大丈夫だったのだろう。
「そういえば兄さまはどこに?」
「ああ、宮中に呼び出しがあったらしくてな。今は席を外している」
「そうなのですか。では報告は後日の方がいいかもですね?」
「いや、そろそろ戻ってくるだろう」
ネコネに言った通り、そろそろオシュトルが戻ってくる時間だろう。遠まわしにネコネにそう伝えたつもりなのだが、ネコネは自分の膝の上から降りる気配はない。この場面をオシュトルに見られるがいいのか?いや、そこまで頭が回っていないだけか、これは。そんな風に思いながら視線を上げると、部屋の入口にいる誰かと目が合った。
「………」
そこにはオシュトルがニヤニヤと、入口に背を預けてこちらを見ていた。自分が固まったのに気がついたのだろう、ネコネが訝しげに自分を見てきて、自分の視線の先に気が付きそちらを見る。
「――ッ!兄さま!?」
ネコネはそう声を上げると、普段からは考えられない俊敏さで自分の膝から離れ、元いた座布団の上に腰を下ろして何もなかったかのような風を装う。……顔は真っ赤だがな。
「なんだ帰ったのかオシュトル。待ちくたびれたぞ?」
「ああ、思いのほか長引いてな。それより邪魔をしてしまったようだが?」
「あとは、お前に任せるさ。自分にとってもかわいい義妹だが、それ以前にお前の妹だからな。存分に可愛がってやるといい」
「……むぅ、少しばかり執務にかまけすぎてしまったか。以後気をつけよう」
自分とオシュトルがそう話しているとネコネは顔を真っ赤にして俯いている。オシュトルに見られてしまったのが恥ずかしかったのだろう。その後、オシュトルに話があると言われていた内容を聞き(たいしたことのある話ではなかった)、変装していたことやマロやマロンさんに気がつかれなかったので、口裏を合わせて貰うように頼んだ。なんかオシュトルが身代わりがなんだの不穏な言葉を口にしていたが無視し、その場を後にしようとネコネに声を掛ける。
「ネコネ、自分は帰るが……」「うなぁぁぁぁ―――!」
自分の言葉を遮るようにそう叫ぶとネコネは執務室から出て行った。どうやら恥ずかしさが上限を突破してしまったらしい。自分はネコネの置いていった資料を見ると肩をすくめ、代わりにさっき聞いた内容をオシュトルに説明してから着替え、執務室を後にしたのだった。