うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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東方より来る者~神眠る國の使者~

東方より来る者~神眠る國の使者~

 

 数日前――自分達はオシュトルの屋敷に呼び出されある依頼を打診されていた。

 

『護衛?』

 

『左様。貴公等に、とある方々の護衛を頼みたい。明日、とある國からの使者がこの帝都に到着することになっている。このヤマトから遥か東方……海を越えた先にある島国だ』

 

 戦争が終結してからひと月あまり……外交に力を入れる余裕が出てきたということらしい。オシュトルの言うある國というのはクオンの故郷トゥスクルの事だった。基本的には使者を案内し、その様子を観察してほしいということだ。で、その依頼については受けることにしたんだが……。

 

「……はぁ、気が重いかな」

 

 今は帝都の大通りにいる。今日ここを使者が通っていくらしいからな。そしてあの日からクオンはこんな調子だ。家出同然に出てきたんだから気が重いのは分かるがカルラ(ねえ)さんを通じてあちらに連絡は行っていて、一応ヤマトへの滞在は許されているはずだしそんなに怖がることはないと思うんだが……。

 

「……来た中にあの二人が入っていたら最悪かな。ああ~いろいろと暴露される未来しかみえない」

 

 多分これはカミュさんとアルルゥさんの事だな。確かにあの二人はクオンを猫可愛がりしていた記憶があるし、クオンが苦手に思うのも無理はないか。

 

「自分としてはオボロ皇が一緒に来てたら、そのほうが大変なんだがな」

 

「……お父様は私がなんとか説得するかな。それよりも、もしカミュお姉さまとアルルゥお姉さまが来てたら、ハクちゃんと助けてね?」

 

「……善処はする」

 

「……うん、それでも助かるかな」

 

 二人してため息を吐きながらそんな話をする。正直心の準備が全くできていないのだ。これくらいは勘弁してほしい。

 

「あ、あのハクさま、クオンさまどうかされたのですか?」

 

「そうなのです、あの依頼を受けてから様子がおかしいのですよ」

 

 ルルティエとネコネが自分たちを心配して声をかけてくる。皆には依頼の趣旨なんかは説明してある。……さすがにクオンの出自すべてを明かすことはできないがある程度の情報は開示してた方がいいか。

 

「……実はその國の使者なんだが、クオンが家族同然に過ごしていた者が来ることになるかもしれなくてな――」

 

 そう言ってあらかたの事情を説明する。クオンについてはトゥスクルの豪商の娘だと言っておいた。流石に皇女とは説明できんしな。皆はクオンが外国から来たとは知っていたので納得の表情を浮かべていた。

 

「ああ、それで」

 

「でも、家族と会えるのに、どうしてそんな微妙そうな表情を姉さまはしてるですか」

 

「……それは」

 

「自分の小さい頃……それも失敗談なんかを知っている相手ってのは友達とあまり会わせたくはないだろう?どんな恥ずかしい秘密を暴露されるかわからんしな」

 

「……ってことかな」

 

「ふふ、クオンの昔の事なら聞いてみたい気もしますが」

 

「エントゥア……勘弁してほしいかな……」

 

「フォウ、フォウ」

 

 納得したように声を上げるキウルに続くようにそう問いを向けてきたネコネにそう答える。皆もなにか覚えがあるのか納得の表情を浮かべていた。エントゥアはどこかいたずらっぽい表情を浮かべてクオンにそう声を掛ける。クオンはげんなりとしてそれに言葉を返すと項垂れた。それを見て自分の肩の上にいるフォウが労うように声を上げる。

 

「で、ハクはどうしてクオンと同じように元気がなかったのだ?」

 

「そうですね、まぁクオンさんの家族と呼べるヒト達と会うのに気遅れしていたというのが一番ありえそうですが」

 

「……まぁ、大筋それで間違ってない。もしかしたらクオンの親父さんが来てるかもしれんだろ?さすがに心構えができてなくてな」

 

 自分の言葉に生暖かい視線が注がれる。皆は“そ、それはまさか結婚の……”、“ハク兄さま、頑張るですよ”、“私もいつか……”、“結婚……素敵な響きやねぇ”、“旦那、頑張るじゃない”、“がんばるじゃない”、“おや、ハクさんでも緊張するものなのですね”“そういってやるなオウギ。ハクにとってはだいじな大一番だ”、“結婚……そうですよね。お二人は恋人なのですし……でも……”、“フォウ、フォ~ウ”、“主様の愛人枠”“主様、私達は愛人枠で結構ですので”と好き勝手に言葉をかけてくる。若干一匹ヒトじゃないのが混じってるがな。あと最後の双子、そのつもりはないぞ?

 

 自分達がそんな風に話していると通りが俄かに騒がしくなってくる。どうやら到着したようだな。

 

「おっと、着いたみたいですよ」

 

 道行く人々から歓声があがる。

 人々の視線の先にはある國――どうみてもトゥスクルの者たちが行列を作り歩いて来ていた。そしてクオンの不安は的中だな。行列の中心付近、そこには大きな白虎に乗った女性の姿が見える。あれは――どうみてもアルルゥさんだ。クオンがそれを見つけて煤けているのに気がつかず皆は口々に声を上げる。

 

「うわっ、なんだあのウマ、毛が生えていないぞ!」

 

「ほんとなのです」

 

「ああ、トゥスクルはヤマトよりも温暖な気候だからな。それに合わせてウマも進化したんだろうさ」

 

「そうなのですか?興味深いのです」

 

 トゥスクルのウマはヤマトの物と違い、体毛が無くつるりとした鱗をしている。先ほど言ったとおり環境に適応する形で進化した結果だろう。トゥスクルでも山の方に住んでいる種なんかはヤマトの物と似たような状態の奴がいてもおかしくはないだろうな。

 

「しかし、これは見事な……」

 

「本当……きれい……」

 

 オウギとルルティエが感嘆するのもわかる。トゥスクルの車に施された装飾はこのあたりの物と比べると独特だが、確かにきれいなもんだ。派手さはないが、繊細で細やかな紋様が、うるさくない程度に要所にあしらわれている。

 そんな風に見ているとその車の窓がすっと開き、中から一人の女性が顔をだした。途端に観衆からの歓声が大きくなる。その女性は黒いきれいな翼を持ち、浅葱色の髪を風に揺らしながらヤマトの民衆に手を振ってみせる。……カミュさんか。クオンにとって最凶の組み合わせだなあれは。そろそろ灰になりそうな雰囲気のクオンを横目にしつつそれを見つめた。

 

「あの方は……」

 

「うむ、独特な雰囲気の御仁だな」

 

「ああ、あれはトゥスクルの巫様だよ」

 

「分かります」「かの大神の巫……」

 

 ルルティエとノスリの疑問に答えるように自分がそう言うと、自分とクオンの隣に控えていた双子が自分たちの前に出てカミュさんを睨むようにしながらそう小さく洩らす。やはり今でもウィツァルネミテアには思うところがあるのだろう。まぁ、自分とクオンへの態度なんかもあるし意外にすぐ解決するかもしれんがな。

 そんな風に考えながらカミュさんを見ていると不意に目が合いこちらを見て――正確にはクオンを見て笑みを浮かべ、手を振ってくる。もっとも灰になりそうになっているクオンは気がついた様子もないが。自分がその様子に肩をすくめるとカミュさんに分かるように首を振ってみせる。自分のその様子にどこか思うところがあったのだろう、悪戯っぽい笑みを浮かべて自分を見るとしばらくして視線を外した。

 

「ほぁ~っ……えらいべっぴんさんやったぇ~」

 

「本当……あんなにきれいなヒト、初めて見ました……」

 

 アトゥイとルルティエがそう声を上げるが、あのヒトの性格を知る者としては些か疑問を感じざるを得ない。見た目はその通りなのだが性格的な印象としてはかわいいとかおちゃめかつおてんばという感じで外見詐欺だからな。

 そんな風に思っていると先ほど遠目に見た白虎がのしのしと歩いてくるのが見える。あれ?さっきまでアルルゥさんが乗っていた筈なんだが……。

 

「クー、見つけた」

 

「…………」

 

「あ~、アルルゥさんだったよな。クオンから話は聞いてる、で、クオンだが今はこの状態でな」

 

 とか思っていたら自分の目の前にいた。肩に真っ白な動物を乗せ、素朴な美人といった風情の女性――アルルゥさんだ。皆はあの白虎――ムックルといったか?――に驚愕しておりこちらには気がついていないようだ。

 

「ん、ドリィとグラァから聞いてる。貴方がハク?」

 

「ああ、自分がハクだ。はじめましてアルルゥさん」

 

「なんとなく、おとーさんに似てる……。ん、よろしくハク」

 

 そんな風に話していると、周りが静かな事に気が付く、そして光が何かに遮られているようで陰になったため顔を上げると、あの巨大な白虎――ムックルと目が合った。その瞳は知性を感じさせ、自分をじっと見つめてきている。自分が思わず手を伸ばしその首筋辺りをなでるとムックルは気持ちよさそうに声を上げた。見るといつの間に移動したのかフォウがムックルの頭の上に登り座っている。そしてアルルゥさんの肩にいた動物が自分の肩に乗ってきており、自分の頬をなめてきたのでそちらも別の手であごのあたりを撫でてやる。

 

「ムックルもガチャタラも、気持ちいいって」

 

「そうか……」

 

「ん、じゃあもう行く。また後で」

 

 白い動物――ガチャタラが自身の肩に戻ったのを確認すると、アルルゥさんはそう言い残してムックルに跨る。そしてフォウが自分の肩に戻ったのを合図にしたようにムックルは踵を返すと行列の中に戻って行った。

 

「ハ、ハ、ハ、ハクさん。大丈夫ですか!?」

 

「そうなのです!いきなりあんな大きな獣に手を差し出すなんて何を考えてるですか!」

 

「主様、危険」

 

「主様、あのような行動はなさらないで下さい」

 

 ムックルが行列に戻ったのを皮切りにして皆が再起動を果たし、キウルとネコネ、そしてウルゥルとサラァナがそう言って詰め寄ってきた。いや、あれは大丈夫だろう。敵対した者でもなければ襲うような事はしないはずだ。それだけの知性をあの瞳の中に見ることができた。

 

「あれは大丈夫だ。あのヒト……アルルゥさんが命令でもしない限りは誰かを襲うことはないさ」

 

「むぅ、そう言うものか。私などついつい弓を持ちだしてしまいそうになったというのに、剛毅なことだな」

 

「ええ、肝が冷えました」

 

「……それでも危ない事はしないで欲しいのです」

 

「「…………」」

 

 自分の言葉にそう返してくるノスリとオウギに苦笑を返す。ネコネと双子はまだ納得していないようだが心配してくれたのだろうな。自分はネコネの頭を安心させるようになでた。双子には再度大丈夫だからと声を掛ける。

 

「ルルティエは驚いていないんだな?」

 

「はい、あの子はココポと同じで優しい感じがしましたので……」

 

「ルルやんも肝が据わってるぇ」

 

 ふむ、ルルティエは動物との親和性が高いのかもしれん。普通はあれだけでかい獣だと、どうしても警戒をしてしまうものだ。もしかしたらルルティエには|森の母(ヤーナマゥナ)と呼ばれる者の素養があるのかもしれんな。

 

「それならシノノンもなでてみたかったぞ」

 

「……流石にそれは肝が冷えるからやめて欲しいじゃない」

 

「そうですよシノノン。お父様を心配させるものではありません」

 

「む~それなら、こんどだんなといっしょのときにさわらせてもらうぞ」

 

「……まぁそれならいいじゃない」

 

「ですね……ハクが一緒であれば大丈夫でしょう」

 

 ヤクトワルトとシノノン、エントゥアがそんな風に後ろで話をしているが、流石にあの巨体に襲いかかられたら自分でもやばいからな?あまり過度な期待はしないでくれ……。

 

「…………」

 

 それとクオンそろそろ戻ってこい。

 自分はクオンを抱き寄せるようにして優しく頭をなでる。流石にこれで正気に返ったのかクオンが少し頬を赤くしながら自分を見上げてきた。

 

「ハ、ハク、ここ大通り!流石に恥ずかしいかな!」

 

「いいじゃないか。クオン分を補給させてくれ」

 

「なにかなそれは!………白楼閣に戻ってからにするかな」

 

 やめろとは言わないあたりクオンは本当に可愛い。自分はクオンから離れ、代わりに手を握った。周りの皆はそんな自分たちに生暖かい視線や呆れたような視線を送ってくるでもなく平然としている。普段から自分とクオンがこんな感じのやり取りをしているのでもう慣れたものなのだろう。

 その後は手をつないでいる自分とクオンをうらやましそうに眺めていたネコネを中心にして自分、ネコネ、クオン、そしてルルティエを巻き込んで手をつないで白楼閣に戻った。

 

 これから騒がしくなるんだろうなぁ……、そんなことを思いながらな。


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