語られる人の業~語り部の空蝉~
野営地に着いてたあと、持っていた盾そのほかを車に置いてきて自分は一息つく。皆は肉体的にというより精神的な疲労が大きいのか座り込んでいるが、怪我をしている様子はないし大丈夫だろう。
その中で、車の中にチィちゃんを寝かせてきたエントゥアが何か言いたげに自分を見てきている。ああ、あの様子だとちぃちゃんの顔を見ちまったか。まぁ説明をする必要はあっただろうからそれは問題はない。
ちなみにクオンには道中で簡単に事象を説明してチィちゃんについてもらっている。あとフォウもクオンについていっているのでここにはいない。
さて、皆は復活までに少し時間がかかるだろうからとりあえずは……
「…………(にこっ)」
なんか自分に向けて、いい笑顔で鯉口を切ってチラつかせてきている武蔵に目を向ける。こっちへ先に説明してしまった方がいいだろう。
……とりあえず鯉口をちらつかせるのはやめろ。こいつもウコンとかアトゥイと同様バトルジャンキーの気を感じるんだが自分の気のせいか?
「武蔵、ちょっといいか?」
「……なに?」
「いや、残念そうな顔をするな。あとうちの連中にそれはやめてくれ?アトゥイとか嬉々として突っ込んでくるからな」
「……むぅ、分りました自重しましょう。でも近いうちに貴方とは立ち会ってみたいですが」
自分が挑発に乗らずに普通に話しかけたのを残念そうにした後、そう返してくる。そして表情を引き締めると自分を見てきた。
「で、あの事を説明してくれるってことでいいのよね?」
「ああ。っとちょっと場所を変えよう」
そう言って話を聞かれないように皆から少し離れる。少なくとも聞かれたら説明が面倒臭いことこの上ない話になるし、チィちゃんの事で口裏合わせを頼まないといけないからな。
「さて、ここでいいか。まずはさっきは助かった。おかげでルルティエも無事だし、あれを置いてくることなく持ってこれた。感謝する」
「や、礼には及ばないのです。さっきの娘ルルティエっていうのね。うんうん、美少女は宝だから、私としても助けるのはやぶさかではなかったし。それに立香くんとマシュちゃんの物を置いてくることにならなくて良かった」
武蔵は自分の感謝の言葉に照れたように笑顔を浮かべるとそういった。なんか一部残念なことを言っている気がするがまぁいいだろう。
「で、その盾の件だが……」
「あ、そうね。説明お願いできるかしら?」
「ああ」
そういう武蔵に向って説明を始めた。
まず藤丸立香と藤丸・K・マシュは何度も世界を救った英雄の名だ。もっとも歴史に名前は出てこないが。本人たちが名声にさして興味がなかったのもあるし、時の権力者からすればあまり都合がいい人物ではなかったということもある。
まぁ、この二人が世界を救った話は割愛するとしてそのあとの話からだな。
二人は諸々のごたごたがあった後に結婚し、藤丸の故郷であった日本――今のトゥスクル――に拠点を移したらしい。その時極秘裏にマシュの使用した盾と藤丸の制服、そして例のトランクケースは一緒に運び込まれた。
それからは世界の復興に力を貸しながらも特に特筆するようなこともなく生涯を終え、大往生したらしい。
そして三点の遺物は彼らの子孫に脈々と受け継がれていった。魔術という技術が歴史の表と裏双方から消えても脈々と。
自分の家系にはそんな風に話が伝わっている。その証拠といえるのは自分の家系の中でたまに現れる痣と三点の遺物位のものなわけだが。
「そっか……ちゃんと勝ったんだ。立香君たち。うん、それを聞いて安心しました。もう会えないのは……少しさびしいけどね」
そこまで説明すると武蔵は少しさびしそうな顔で口を開いた。
ただ、この武蔵が
「で、藤丸立香と藤丸・K・マシュの手記が残ってて、その中であんたも出てくる。それで自分は武蔵のことを知ってたってわけだ」
「ああ、そういうことね。立香君の手記の中でどういう風に書かれてたのかは気になるけど、そういうことなら納得した」
「あと……武蔵はここに来る前はどこにいたんだ?」
そう、武蔵は立香の手記の中で何度か登場する。最初は2017年の年始め、その後も何回か登場しているのだが……
「ん、露西亜だけどそれがどうかした?」
「そうかロシアか……じゃ、まだ何回か会うと思うぞ?」
自分の言葉に驚く武蔵に手記の中でロシアでの出来事以降も武蔵の出てくる記述があることを説明する。武蔵は驚いた様子だったが少し嬉しそうな様子を見せた。
「それとチィちゃんの事だが……」
「……そうだ。それも聞きたかったんだけど、あれは何?」
「そうだな……先にそれから話すか」
チィちゃんの事を話そうかと思ったのだが、武蔵にそう問いかけられ確かに先にタタリの話をした方がいいかと思いなおす。
「そうだな……端的に言うとあれは人類のなれの果てってところか」
「やっぱり……」
「……気づいてたのか?」
自分の言葉に納得したようにそう呟く武蔵にそう返す。まぁ、少なくともさっきタタリを斬った際の発言と、チィちゃんの事を考えると当然の反応か。
「ええ、あの娘……ハクがチィちゃんって言ってる娘もあれを斬った時、急にあの姿になったし、なにより……気配が人そのもの。私みたいな人間なら気が付くわ。あ、今はサーヴァントだけどね」
武蔵はあっけらかんと言い放つと自分に続きを促すように視線を向けてくる。それにしてもサーヴァントか。藤丸の手記に出てきてはいたが過去の偉人や英雄をクラスという概念に押し込めた最上級の使い魔、ネコネや双子の使う式神みたいなものっていう認識でいいんだろうが、武蔵は人間そのものだ。あんまり気にしなくてもいいだろう。まぁ、先ほどの動きやタタリを殺すことができる事から考えると戦闘力に関しては人外のそれだがな。
「で、その原因だが……胸糞悪い話だからあんまり話したくはないんだが聞くか?」
「ええ、ここまで聞いておいて知らないってのもなんだし……話して」
武蔵はそう言うと真摯な瞳で自分を見つめてくる。自分はそれに頷きを返すと続きを話すことにした。
「まず、これは自分がハッキングして得た知識になるからあくまで伝聞系だ。前知識として、そうだな……この星の環境の悪化によって人類はシェルターで生活するようになっていた」
「しぇるたー?う~んカルデアの建物みたいなものっていう認識でいい?」
「まぁ概ね間違ってないな」
カルデアがどんな建物だったのかについての記述は残ってないのでわからないが、南極大陸にあったって話だし概ね外れてはいないだろう。
「それで、だ。発端はあるヒトが氷の中から
科学者たちはアイスマンを元にマルタ――最初の獣人――を作り出した。そしてその研究の過程でアイスマンの被る仮面は、幾千本もの未知の繊維で直接脳髄に縫い付けられており、その繊維が脳の各部に作用し、身体機能や免疫力などを向上させる機能を持っていることが明らかにされたらしい。 研究者たちはこの仮面の原理をマルタを作り出しながら研究し、再び自分たちが生身で地上を歩けるようにするため計画を進めた。
「まぁ、ここまででも大分胸糞悪いわけだが……本題はここからなんだが、本当に聞くのか?」
「……ええ。ここまで聞いたからには最後まで聞かせてもらえるかしら」
話を進めるごとに表情が険しくなっていく武蔵にそう声をかけると、何かを押し殺したような武蔵の声が返ってくる。なんか話すのが怖くなってくるんだが……いきなり斬りかかってきたりしないよな?
「研究を進めていく中、ある科学者が良心の呵責からアイスマンと獣人の少女を施設から逃がした。逃げ延びたアイスマンはその少女との間に子を成し幸せに暮らした」
「……それで終わりじゃないのよね」
険しい表情のままそう聞いてくる武蔵に頷きを返し、続きを話すことにする。本当はここからは自分がウィツアルネミテアの空蝉になった事で得た知識だが言う必要はないだろう。
「だが科学者たちは執念でアイスマンを見つけ出し、妻となったその少女もろとも研究施設に連れ戻した。……そしてアイスマンの妻である獣人の少女を『アイスマンと子どもを作った実験体』として解剖した」
「…………」
ついに黙り込んでしまった武蔵を見ずに話を続ける。
「そしてアイスマンがとうとうキレた。
自分の話が終わると、武蔵は息をひとつ吐き出し自分をみると口を開いた。
「……人は神の怒りに触れて滅亡しました――か。まるで神代の世界ね」
「違いない。だが真実だ」
「で、あのこ達がその獣人の子孫ってことでいいのかしら?」
「いや、皆はたぶんそれとは別口だ。自分とは別に自分の兄貴が生き残っててな、そのデータをもとに兄貴が生み出した種が起源だと思う」
武蔵の疑問に答えるように自分はそう言うと最初の話―――チィちゃんの話のをすることにする。
「で、その兄貴なんだが……延命治療を繰り返して今も生きてる。それで今はこの國の頂点……帝として君臨してる」
「じゃあ、あの娘……ハクがチィちゃんって呼んでる娘は」
「ああ、帝の娘に当たることになる」
そこまで話し武蔵にいくつか頼みごとをする。まず一つは自分も帝の弟としては公式に認知されていないことを話し、兄貴には現在後継者と言える子がいること、そのためチィちゃんについては自分の姪っ子とだけ皆に紹介すると話す。まぁ設定は生き別れたってなとこで十分だろう。あとはタタリの事、これについてはできれば吹聴しないで欲しいとお願いした。
「分りました。それとこれは私からのお願いなんだけど……」
「なんだ?自分にかなえられることなら聞くが」
武蔵は自分の話については特に問題なく了承してくれた後、そんな風に言ってくる。いろいろと助けてもらった身ではあるし可能な限り便宜は図るつもりだからよほど無茶なことではなければ了承するつもりだ。
「いえ、あなた達としばらく行動をともにしたいってだけなんだけれど、ダメかしら?それにサーヴァントとしてはあの娘にマスター契約をお願いしようと思ってるの」
「いや一緒に行動するのは構わないが……。マスター契約か、チィちゃんが了承するようなら問題ない」
うすうすそうではないのかとは思っていたがチィちゃんの手にあった痣、あれが令呪らしい。令呪とはマスター適正者の証でありサーヴァントに対する強力な命令権を行使する鍵となるものらしいのだが詳しいことは資料にも伝聞にも残っておらず自分もわからない。ただ、武蔵がついてくれるというのなら悪いものではないだろう。そう考えて自分は頷く。
「うん、流石に無理強いはしないからそれは大丈夫」
「まぁ、拒否されることはないと思うが……」
「???」
チィちゃんは盾の乙女の次くらいには武蔵の話を気に入っていたし断られることはほぼないと思う。
「さて、そろそろ戻ろう。皆に説明してその後は飯にしよう」
「おおご飯!そうねいきましょう」
「いや、説明が先……聞いてんのかあれ」
そんな風に言いつつ、皆の元へと戻ったのだった。
お読みいただきありがとうございました。