今週中は暁に投稿している分までを日に一話投稿していこうと考えてます。
ギギリ討伐~巨蟲とタタリと~
「いてて、昨日は少し飲みすぎたな」
「ハク、楽しそうだったもんね。私も楽しかったかな。はいこれ、二日酔い用の薬、効果はトゥスクルのみんなのお墨付きかな」
「ありがとう、助かるよクオン」
次の日、起きると二日酔いだった。クオンが出してくれた薬を飲み少し早い時間だが朝食に向かった。
食事は宴会場で食べるのだが、その朝は地獄絵図だった。男たちの死体(比喩表現だが)が転がり、酒の匂いがそこらじゅうから漂ってきていた。おう吐物などが無いのが唯一の救いか。
「…部屋に持っていってから食べられないか女将さんに聞いてみるか」
「…そうだね。さすがにこの中でご飯は食べたくは無いかな」
その惨状を見て即座に結論を下す。さすがに飯を食う環境じゃないだろ、これは。という事で女将を探し話をしてみたところ快諾してくれたため部屋へと戻って朝食をとる事にする。料理については女将が運んでくれ、いつもとちょっと違う朝食になったのだった。
薬が効いたのか朝食をとってしばらくすると二日酔いもだいぶましになったので、昨日同様女将に何か仕事はないか尋ねた。
昨日と同様にアマムの粉の運搬を頼まれたため、体調が戻っていたクオンとともに労働に精を出す。自分がこんな風に真面目に労働している事に違和感を感じるが良い事なので気にしない事にする。
昨日と同様に昼過ぎには作業は終わり女将に報告をした。その際に粉挽き用のからくりが壊れた際の対処法などを聞かれたので、木工ができる奴に依頼してからくりの部品の予備を持っておくと良いという事をアドバイスしておいた。基本的にからくりは一点物のため、その発想は無かったらしく早速依頼を出していたようだ。
宿に戻って昼食をとっていたところ、外が騒がしくなっ為、様子を見にクオンと共に外に出る。人が集まっており怪我人がいるようだった。周りの人間に話を聞いてみたところギギリに襲われたらしい。クオンに目配せすると力強く頷いてくれ、宿の部屋にある部屋へ必要な薬を取りに行ってくれた。
クオンの戻りを待っていると騒ぎを聞いて集まってきていた集団の中からウコンが近づいてくる。
「よう、アンちゃん。話は聞いたか?」
「ああ、ギギリに襲われたらしいな」
「ああ、そうらしい」
ウコンはそう言うと、少し話したい事があるらしく集団の外へ連れ出してきた。
「村にいる間ならって条件で村長からある依頼を受けててな。村長が言うには、ギギリが繁殖期に入ってる可能性があるって話だ。依頼内容は繁殖期に入ってるかの調査と可能であるならば奴らの駆除。ギギリを見る機会が最近増えてるってな話だし、ボロギギリの目撃証言もあるらしい。繁殖期に入っている可能性は高いって話だ。で、相談なんだが…」
「依頼を手伝えってか?その件に関しては部外者ってわけじゃないから、手伝うのは構わんさ。クオンともそういう方向で話していたしな」
「そいつはありがてぇが、部外者じゃないってのはどういう事だ?」
ウコンは自分の返事に相好を崩すが、部外者じゃないってな所に引っかかったらしく訝しげに尋ねてきた。
「ああ、ボロギギリ発見の報を入れたのが自分たちってだけの話だ。女将さんを通して村長に伝えてもらった。で、ウコンが言っていた事に加えての情報だが、ボロギギリの内一匹はもう討伐できている。自分たちが遭遇した時に運よく討伐できてな。一応証明として奴の鋏を渡してたはずだ」
「そいつぁ、朗報だな。てことは、ボロギギリは一匹だけ相手にすれば良いってことか。しかし、二人とも腕がたつとは思っていたがそこまでとはな…。なら今回も何とかなるか」
「おいおい、前回倒せたのは本当に運が良かったんだ。なんとか鋏を落としたタイミングで奴が崖の下に落ちてな。で、奴が落ちた傍に洞窟があったんだがそこからタタリが現れて奴を食っちまったんだ」
この話は一部は本当だがほとんど嘘だ。さすがにほかの奴らの前でウィツアツネミテア由来の力を使うわけにもいかないため自分たちに過度の期待が掛らないようにするための予防線だな。一方でタタリのいる洞窟があったと言うのは本当で、ボロギギリの死骸はタタリに処理してもらった。記憶にタタリのいる洞窟があるってのがあったから探してみたが、案外簡単に見つかる物だよな。幸いウコンはこの話に疑いを持たなかったようだ。
「そうか、タタリが…、ここから近いのか?」
「まぁ近いって言ったら近いか。ここから一刻程のとこだな。洞窟の入り口も崖の下だったし、よっぽどの事が無ければ近づかないだろうから大丈夫だと思うぞ。それにタタリは日の光は好まんし洞窟から出てくることもない。危険はほぼ無いと思うが」
「ふむ、それなら問題は無いか」
「くけ、けけけけけー!ひゃろっころー」
「「な、なんだぁー!」」
ウコンと話していたら突然奇声が聞こえてそちらに目をやる。多分薬の処方は終わったのだろう。クオンがこちらに歩いてきていた。
「ネェちゃん、さっきの奇声はなんだったんだ?」
「鎮痛剤を処方したんだけどその副作用かな。気分が高揚しているだけだから気にしないであげて」
「いや、あれはそういう領域を超えてる気がするが…まぁいいか。ネェちゃんは薬師だったのかい。ちょいと相談なんだがギギリの毒に効くような薬は作ることはできるか?」
明らかに高揚の領域を超えているようだがウコンは見なかった事にしたようだ。ギギリ討伐に向けた方向に気持ちを切り替えたようだった。
「それなら、今は相当数を常備してるかな。ハクから聞いているかもしれないけれど、ボロギギリ発見の報を入れたのは私たちだから一応準備はしてたんだ」
「そうか、その薬を売ってもらう事は出来るかい?村長からギギリ退治の依頼を受けてな。保険に持っておきたい。アンちゃんにもさっき話をして協力してもらう手筈になってる」
「薬を売るのは構わないけれど…。私も同行すると思うから大部分は私が管理した方が無難かな」
クオンがウコンの言葉を確認するように自分の事を見てきたので軽く頷いておく。確かに薬の管理やら運用やらに関してはクオンに一任した方が安全だ。薬は量を間違えてしまうと毒になってしまう事もあるためその方が良いだろう。
「そうか、それなら今から半刻程あとに奴らが襲われたっていう場所へギギリの討伐に行くから同行してくれ。罠の用意なんかはこっちでしておくから、荷物は薬と武器関係だけでいい」
「わかった。ボロギギリの件はどうする?無策で向かうにはちょっと無謀が過ぎる相手だと思うぞ」
「そこは一度とはいえ、討伐してるアンちゃんたちをあてにするさ。なに、最悪用意さえ怠らなければ刈れない相手でもない」
自信満々にそう言ってくるウコンに溜息がこぼれる。自分なんかに期待のかけすぎだと思うんだがなぁ。ま、一つ策はあるからボロギギリを発見した位置にはよるが何とかなるかね。
「はぁ、分かった。少し考えておく」
そう言ってウコンと別れ準備のために部屋へと戻った。
「で、ハクはどうするつもりなのかな?」
「位置にもよるがタタリを使う。この前のボロギギリを食わせた奴がいたろ?あいつを引っ張ってきてボロギギリにあてる」
「こんなところで力を使う気は無いから妥当な手段かな。タタリを誘導するのは私がやるよ。それと、どうしようもない時はほかのみんなを先に逃がして、私たちだけで相手をするって事で良いんだよね?」
「ああ、そのつもりでいてくれ。すまんな、危険な役目を任せて」
「ううん、これくらいなら問題ないかな」
そういって笑うクオンを一度抱きしめてから、出発の準備をする。持っていくものとしてはクオンが薬類とクナイ、自分が鉄扇と言ったところか。しかしいつも腰には刀を一本下げていたから心もとないな、女将さんにどこかで借りられないか聞いてみるか。
準備を終えると宿を出てウコンに指定されていた場所に向かう。女将さんに聞いてみたところ村のために使うのであればと快く村で常備してある武器から太刀を一本貸してもらえた。そしてウコンに合流し比較的けがの軽かった村人の先導でギギリの襲撃のあった場所まで向かったのだった。
「おい、マロロ。荷車に乗ってるからつらいんだぞ。降りて歩いたらどうだ?」
「うっぷ、貴人は山道など歩いたりしない物でおじゃる。没落したとて…うっぷ、マロも貴人の端くれ、歩くなど…うっぷ、できないでおじゃ…うっぷ」
「はぁしょうがない。ほら水だ、それと一応袋を持ってきてるから、どうしても無理そうならそれに吐け」
「うう、忝いでおじゃる、ハク殿。…うっぷ、やはりハク殿はマロの心の友でおじゃ…うっぷ、おろろろろ~」
現場に向かう道中、山道を荷車に乗って進むマロはめちゃくちゃ気持ち悪そうだったので、そういって声をかけたのだが聞く耳持たず。正直今の状態の方が貴人としてどうなんだと思わなくもないんだがな…。そもそもマーライオンしてる奴は貴人じゃないと思うぞ。
「アンちゃんは面倒見がいいねぇ。しかしマロの奴、だから歩けと言ってんのに…貴人の矜持も大概にしとけばいいのによぉ」
「まぁ、マロロの言いたい事は分からないでもないけど、こんな田舎の山道で言う事じゃないかな」
クオンとウコンの言う事がもっともだが、マロロを放って置くと余計ひどい事になりそうな気がするので介抱は続けることにする。
目的地に着いたが、道中はマロの世話をした記憶しかなく、妙に疲れた。目的地はタタリのいた崖下の洞窟からそんなに離れていない位置だし、これなら先ほど考えていた案が使えそうだ。
「…これからが本番だってのに、移動で根こそぎ気力を持って行かれたぞ」
「あはは、ハクおつかれさま。そういえば道中でボロギギリが出てきた時の作戦をウコンに伝えたら、驚いてたかな。でも了承はしてくれたから、もし出てきたときには一旦、みんなを後退させてから、私とハク、ウコンで作戦を実行する手筈になってるよ。とりあえずウコン達が罠を仕掛け終わるまで休憩する?」
「ああ、ありがとうクオン。そうさせてもらうって言いたいとこだが、腐肉の匂いがしているところで休んでもな…」
今はウコンたちがギギリの好物である腐肉を設置しているところだ。さすがに腐ってるだけあってあまり気持ちいい匂いではない。今は休まずに帰ってからクオンに労ってもらおう。基本的には罠を仕掛けてギギリを仕留めている間は待機と言うか周囲…ボロギギリの警戒だ。
「よし、お前らいったん離れて周囲に身を隠せ。奴らが集まってきたら、マロロ頼んだぞ」
「うっぷ、任せるでおじゃるよ。ハク殿に良いところを見せるでおじゃる」
ウコンにそう答えるマロロに自分に良いところを見せてどうすんだよと思いつつ状況を見守る。マロロの様子と殿学士という肩書を考えるとマロロは呪法を操る事が出来るのだろう。確かに数の多い敵と戦う際は一網打尽に出来るため重宝する。
少し時間が過ぎると腐肉の匂いに引かれたのかギギリ達が姿を現し始めた。でかい。一匹一匹の大きさも通常のギギリ以上、数も多く、ざっと数えたところ二十匹以上いる。
これはマロロの呪法でもとりこぼしそうだな。そう思いつつボロギギリへの警戒を続けていると男衆によって網がギギリのうえに掛けられ、動きを封じる。その後マロロが前に出て呪法の詠唱を始めた。しかし、あの詠唱と振り付けはなんとかならんのか。“にょほ~ん”とかいいつつ尻を振るような動作とか緊張感がそがれること甚だしい。そんな事を思っているとマロロの呪法が完成し二十匹弱のギギリを巻き込んで倒すことに成功した。正直予想以上の戦果だ。とりこぼしは男衆が手に持った武器で殺して回っている。マロロの呪法の詠唱が長いと思ったら、範囲を広げるために何かやっていたようだ。マロロの自分を見てくれていたかアピールに適当に返しつつ褒める。もちろんこの間も警戒は怠らないがな。
とりこぼしのギギリも駆除し終わり、男衆に気の緩みが生じ始めた時、奴は来た。ギギリの十倍近い体躯を持つ突然変異種、ボロギギリだ。数匹のギギリを引き連れて奴は現れた。自分の子供たちを殺されたのを認識したのかめちゃくちぁ怒っている様子だった。幸いヒトがいない方角から出てきたため不意打ちを食らう事は無く、自分とクオンは早急に気がつけたためウコンへ合図を出す。
「ボロギギリだ!野郎どもいったん引くぞ!」
ウコンのその指示に迷うことなく従う男衆の練度は確かなものだろう。ただしそれに該当しない人物もいた。
「お、おじゃ。こ、腰が抜けて。た、助けてほしいでおじゃる」
何を隠そうマロである。まぁ一応予想はしていた為、マロロに手を貸しその場を逃げ出す。虫どもへのの置き土産件足止めとしてクオンが閃光弾を投げ込みその場を後にした。
「じゃあ、私はタタリを誘導しに行ってくるかな。ボロギギリのあの場所までの誘導はハク、ウコンお願いね」
ボロギギリ達から逃げ出した後、討伐隊の連中から別れ三人で作戦を開始する。タタリのもとへ向かったクオンを見送りウコンと最終のすり合わせを行った。さて、ここからは時間との勝負だ。気合いを入れていこう。
「さて、作戦開始といこうじゃねぇかアンちゃん。合流地点は任せるぜ」
「ああ、任せてくれ。クオンが戻ってくるのに半刻の半分ってところだからな。その間にボロギギリを見つけて、誘導するとなるとぎりぎ『ギギギ…』…見つける必要は無かったな」
ボロギギリを見つけるのに手間取るかと思ったが奴の方から来てくれたな。普通なら運が悪いんだろうが今は好都合だ。
「ウコン走るぞ!」
「おう、だが追ってくるかね?」
「いや、あちらさん明らかにこっちを標的に定めてるみたいだし問題ないさ」
ウコンとそう言い会った後、引き離しすぎないように注意して合流ポイントへと向かう。さすがに巨体だけあって森の中での機動力はそこまででもないか。うおっ、木をなぎ倒しながら追ってきてやがる。まったく自然破壊も甚だしい。だが問題なくポイントへ誘導できそうだ。ところどころ危ない場面もあったが順調に…
「うおっと!」
「アンちゃん!大丈夫か」
「問題ない!」
あっぶねぇ。少しひきつけすぎたな。奴の爪に捕まりそうになっちまった。あんまりうまくいくものだから、少し気を緩めすぎたか。冷汗が浮かぶのを無視して合流ポイントへ急ぐ…。
よし!見えてきた。クオンは…ナイスタイミングだったみたいだ。タタリを引き連れたクオンの姿がすぐそこに見えている。
「ウコン!クオンが無事に釣ってきたみたいだ。後は、崖下に奴を落とすだけだが…」
「よし!アンちゃん。そいつは俺に任せてくれ。よしそこでいったん止まるぞ!」
ウコンが指定したのは崖のふち近くだった。崖近くを走ってきていた為、ボロギギリと崖のふちで武器を構え向き合う事になった。奴はこちらを警戒しているのか威嚇しながらじりじりと近づいてくる。
「ハク!ウコン!お待たせかな」
クオンのその声が合図だった。ウコンが刀を大上段に振り上げるとそのまま地面へと叩きつける。何がしたいのかと訝しんだがその答えはすぐに出た。ボロギギリがいた地面が割れ奴の体が落下しだす。…地面を割るとか、なんちゅう膂力だよ。ボロギギリは落ちていくが最後の抵抗でシッポをこっちに向けてふるってきたがウコンもさる者、それを悠々とはじき返す。それが最期の抵抗だったのか奴はそのまま崖の下へと落ちて行った。そしてタタリに見つかり抵抗空しく捕食されてしまうのが見えた。とりあえずうまくいったようで安堵の溜息を吐くと目があったウコンと拳をぶつけ合った。
「ちょうどいい時に着いたかな」
「クオン、おつかれさま。怪我は無いか?」
タタリを引き連れてきた後、崖を駆け上がってきてそう言うクオンに怪我がないか確かめ、安堵の息を吐く。いくらクオンと言ってもタタリと戦闘になったらただでは済まないからな。ボロギギリを捕食し終わったタタリが洞窟の方角へ戻っていくのを見ながらも意識はクオンに全力だ。
「うん、大丈夫。ハクは心配性かな」
「惚れた女の心配くらいさせろって。お前に任せたが心配だったんだからな」
「…アンちゃん、ネェちゃん。一応脅威は去ったとはいえ人里でもない森の中だ。いちゃつくのは帰ってからにしてくれや」
呆れたようにそう言うウコンに促され、先に帰らせた討伐隊に合流するため自分たちも動くことにしたのだった。