帝都への道~動物たちに好かれすぎてつらい by.ハク~
帝都への道~動物たちに好かれすぎてつらい by.ハク~
帝都への道のりは馬車の旅で一週間程度だ。村をてで帝都へと旅だったから日から数日、自分には妙に気になる二人組がたまに寄ってきている。背格好から年のころはクオンと同じか少し下くらいだと思うのだが、顔まですべて隠すフードというか何と言うか、とにかく背格好以外にまともに情報が得られない二人組である。ウコンいわく気にするなということだったが、気になる…。ま、フードを無理やりとるわけにもいかんしどうしようもないか…。ちなみに自分は今、初めて会ったときクオンが連れていた馬に騎乗している。休憩のときなど、ココポや他の奴らの乗る馬たちが構ってくれと押し寄せてきて大変だった。…動物でも嫉妬ってするのかね。それに自分の乗っている馬が妙に誇らしげで上機嫌だったが気のせいだよな?
クオンは仲好くなったルルティエと共にココポの上の住人だ。自分と一緒に馬に乗るか悩んだようだが、二人乗せるにあたって力の強さや持久力はどう見てもココポに軍配が上がり、それに加えルルティエとのおしゃべりの時間を天秤にかけた結果、ココポに相乗りする事になったようだ。クオンが自分と離れ他の奴との時間を優先する、再会した当初の事を考えると良い傾向だとは思うのだが、胸に去来する寂しさはやはりあるな。
「よーし、今日はここまでだ。各自野営の準備、歩哨部隊は周囲の警戒を怠るな!」
その日は特に問題なく進み、そろそろ日も傾いてきたかという頃。野営に適した開けた場所が見えてきたため、ウコンの指示でそこで野営と言う事になった。クオンとルルティエは野営時は夕食の手伝いということでそちらに手を取られるため、自分は手持無沙汰となる。昨日は鉄扇と女将から貰った太刀の手入れを行った。出発した日の野営の時、ウコンと模擬戦をし引き分けたといつの間にか知られていたようで、随行員の中で夜の見張りがない者などから模擬戦を申し込まれ断り切れず、鉄扇で相手をした為だ。ルルティエと合流した日の夜にウコンが部下たちに話してしまったのが発端らしく、とりあえずウコンは一発殴っておいた。ちなみにそのウコンからも模擬戦を申し込まれたりしたが断固として拒否しており、今のところは模擬戦はせずに済んでいる。今日は道中お世話になっている馬への労いを兼ねてブラッシングする事にした。
…ひどい目にあった。自分が乗っている馬のブラッシングをしていたらココポを初め、ほかの馬たちも自分用のブラシを持って突撃してきたのだ。もみくちゃにされた後、少しずつだがやってやったらなんとか収まったものの、めちゃくちゃ疲れた。馬の世話係の青年には平謝りされ、気難しい馬も多く乗り手以外にこんなに懐くとは驚いたと言われたが、自分は苦笑を浮かべるしかなかった。
さて、夕食までまだ半刻程ある。ふと、そろそろクオンが風呂に入りたいという頃だろうなと思い至ったため、ココポに手伝いを頼み、クオンの為に風呂の準備をする事にした。あいつの風呂への執念は侮れんからな。
「悪いなココポ、付き合わせて。あとマロロもありがとうな」
「ホロロロッ…」
「親友のハク殿の手伝いでおじゃ。マロにお任せでおじゃるよ」
近場に水場があったため、そこからクオンの天幕傍まで水を運ぶ事にする。暇だったのか、自分を訪ねてきたマロロも水汲みを手伝ってくれていた。もっとも水を入れた桶を担いで歩くことはできず、運搬はもっぱら自分とココポで行ったが。ココポは何が嬉しいのか機嫌良さそうに鳴いていた。なんかマロロが張り合っていたが、気にしない方が精神衛生上良いだろう。
桶はウコン達が使用している物を一言声をかけてから拝借した。クオンはウコンたちの荷物に紛れ込ませて風呂に使えそうな桶を二つ持ってきていた為、片方に水を入れていく。後でお湯に沸かしなおさなければならんが今はこのままだな。
「ふぅこんなもんだろう。お疲れ様、マロロ、飯まで休んでるといい。ココポも助かった。お礼にブラッシングしてやるからこっちに来い」
「ふひぃ、このくらい、ふひぃ、マロに掛れば、ふひぃ、楽、ふひい、勝で、おじゃるよ、ふひぃ。ふぅー、で、でも少し疲れたでおじゃるから休ませてもらうでおじゃるよ」
「ホロロロッ♪」
四半刻程で水を運び終わり一人と一匹に労いの言葉をかける。ココポはどこに隠し持っていたのかブラシを自分に渡してきたため、それを使って丁寧にブラッシングをしてやるのだった。
飯が出来たと声が掛ったためそちらへと赴く。野郎どもが思い思いの場所に腰を下ろし、夕食に舌鼓をうっていた。自分も飯を貰おうかとずいぶんと落ち着いてきていた配給場に赴く事にした。
「あ、ハクさま。お夕飯ですどうぞ」
食事の用意の後、配給をしてくれていたであろうルルティエがこちらに気がついて今日の夕飯をよそってくれる。そう言えばクオンと二人でこの人数の飯を用意してるんだよな…。
「そういえば、この集団の飯はルルティエとクオンの二人だけで作ってるんだったよな?」
「は、はい。え、えっと…こんなことくらいでしか…皆さんのお役に立てませんから…。それにクオンさまも手伝ってくださいますし…」
健気にそう言うルルティエに頬が緩むのを感じる。この子は優しいが、少し自分を卑下しすぎるとこがあるんだよな。自分から見たら十分以上に優れた特技だと思うのだが。
「しかし、この人数の分を用意するのは大変だろう。まぁクオンも結構手際が良いから十分戦力にはなってるんだと思うが、十分ルルティエは凄い事をしてると思うんだがなぁ」
「あ、ありがとうございます。…でも実家の厨房はわたしが取り仕切ってましたから…そういわれても実感はわかないです…。そ、それにクオンさまはすごいんですよ!わたしの知らない調理法なんかも知っていらして、わたしいっぱい教わっちゃいました」
謙遜のあと、そう言ってクオンの事をべた褒めするルルティエが微笑ましくてついつい頭を撫でてしまった。ルルティエは少々驚いた顔をしたが嬉しそうに受け入れてくれた。…これ、世が世なら軽いセクハラだったよなと思いながら、話題の転換を図ることにした。
「しっかし、姫様でもそう言う事はするんだな。少し姫様とかへの見方が変わりそうだ」
「その…わたしの家は辺境の一豪族なので…そんなに格式の高い家でもありませんから…」
そう言うもんかねと呟くと、そういうものですとルルティエもくすくすと笑いながら返事を返してくれた。周りを見ると食事を取りに来ている人間はもうおらず皆食事についているようだ。クオンはどうしているかと周りを見渡しているとすぐに見つかった。その手には二人分の食事を持っていてクオンの分とルルティエの分だろうと思われる。
「あ、ハク。ルルティエも。こっちはひと段落したから一緒にご飯食べない?」
「お、そうか。ルルティエもいいか?」
「はい。ご一緒させていただきます」
にこやかにそう言うルルティエを伴って近くの岩に腰を下ろし食事を取る。ルルティエの味付けはクオンの物に近かった。もう覚えていないあの時間の中で、クオンに料理を教えたのは彼女だったのかも知れないなと思う。
「…うん、うまい」
「お口にあったのなら良かったです」
「ルルティエはお料理が上手だよね。家事全般は一通り出来るらしいし、優しいし、ルルティエをお嫁さんにもらう人は幸せ者かな」
「…わたしなんかまだまだです。…クオンさまこそお料理も上手ですし…家事全般もできるっておっしゃってたじゃないですか。…それを言うならクオンさまこそ良いお嫁さんになると思います、ね、ハクさま」
そんな風になんでもない話をしながら和やかに食事を取る。ルルティエ本当に癒し要員と言うか何と言うか彼女がいると場の雰囲気がほんわかするのだ。どんどん箸が進み、料理を完食すると、クオンとルルティエに断りを入れてクオンの天幕に向かった。
「さて、後は湯を沸かすだけだな」
そう呟くと、早速作業を開始した。焚き火で湯を沸かし風呂用の桶へと注いでいく。そのままでは熱すぎるので水を加え適温より少し熱めくらいになるようにした。多分クオンはルルティエも誘うだろうと思うので、風呂用の桶も二つ用意し、お湯を張っていく。お湯を再度加熱ができるように焚き火で石を温めておくのも忘れない。
「さて、ほぼ準備も終わったしクオンを呼びに行くか」
クオンを呼びに炊き出し場に向かうと片付けが終わったのかこちらに戻ってくる途中だったようだ。ルルティエも一緒にこちらに来ている。クオンは自分を見つけるなり近づいてくると、少し上目づかいでお願いがあると言ってきた。
「あ、ハクちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「おう、なんだ。風呂か?」
「すごい、ハク。なんで分かったの」
「おまえの考えなんてお見通しだっての。ちょっとこっちに来てくれ。あ、時間があるならルルティエもどうだ?」
「あ、はい。ご一緒させてもらいます」
そう驚くクオンを促し天幕へと向かう。もちろんルルティエも誘った。天幕に近づくと湯気が上がる風呂桶を見たクオンとルルティエから感嘆の声が上がる。
「ハク、いつの間に…」
「あ、あの。…わたしもご一緒して良かったのでしょうか?」
「クオンがそろそろ風呂に入りたいって言いだす頃合いだと思って、二人が夕食の準備をしている間にな。ココポにも手伝ってもらったから、その主人であるルルティエにも入る権利はあると思うぞ。後は仕切りの布を張るだけだから、二人とも手伝ってくれるか」
「「わかったかな/わかりました」」
二人を促し、即席の湯場にした場所の周りに人目避けの布を張っていく。湯加減を確認し少し冷めていたようなので熱した石を入れて温度を調節した。自分は見張りを申し出て近くで待機し、二人には風呂を楽しんでもらう。さて、後で自分も入らせてもらうか。…マロはどうしようか。クオンが入った後の湯に他の男を入れるのは釈然としないし、ルルティエの後に入ってもらうのもなんだかな。…手伝ってもらっといて悪いが今回は諦めてもらうか。帝都に着いたらうまい酒でもごちそうするとしよう。
SIDE クオン
「ん~、良い湯加減かな。ルルティエの方はどう?」
「はふぅ~、クオンさまこちらもお湯加減ばっちりです。だけど、旅の間に湯につかる事ができるなんて思っていませんでした」
「うん、それはハクに感謝感謝かな。あ、それとココポと手伝ってくれたってハクが言ってたマロロにも」
「はい。ハクさまには後でお礼を言っておかないと。ココポとマロロさまにも」
ハクが気をきかせて沸かしてくれたお風呂に浸かりながら、私とルルティエはこの幸せをかみしめていた。でも、お風呂に入りたいって思ってたのを悟られてたのって嬉しいけど少しだけこそばゆい。ここ数日はハクがわたしを置いてまたどこかに行ってしまうんではないかという感情も少し収まった事で心に余裕ができて、お湯を張った湯船に浸かりたいって気持ちがむくむくと湧きあがってたから。ん~やっぱり、お湯に浸かるのは極楽かな。
「でも、ルルティエも大変だよね。公務とはいえ故郷を離れて帝都までいかないといけないなんて」
「いえ、それが今のわたしの役目ですから。それにそのおかげでクオンさまにも、ハクさまにも、あとウコンさまたちにも会えましたから」
「も~、ルルティエもは本当にうれしい事を言ってくれるかな。だけど私もルルティエに会えて良かった。お友達になれたしね」
私がそう言うとルルティエは嬉しそうに同意してくれる。本当にいい子だよね、ルルティエは。身分的な事が関係してほとんど友達がいなかった私の(もう覚えていない前を除いての)初めての友達がルルティエで良かったかな。
「ハク~周りは大丈夫そう~?」
『おう、ちゃんと見張ってるからゆっくりしとけ~』
布の外に声をかけるとハクの声が返ってくる。少しはましになったけど、やっぱり姿が見えないとまだ不安になってしまう。ハクの姿を無意識に探してしまう。まぁ、ハクも嫌な顔はしないし少しずつ克服していけばいいよね。ハクと長時間離れるなんて事は無いわけだし。
「くすくす、本当にハクさまとクオンさまは仲がよろしいですね。やっぱり、将来を誓い合った間柄だからですか?」
「そう見えるなら嬉しいかな。…私はハク以外に考えられないし、多分ハクもそうだと思う。お互いにとってお互いが一番に大切な人だと思ってるかな」
少し照れながらもそうはっきり口にする。私とハクの関係については、ココポの上で揺られている途中にルルティエにも伝えてある。まぁ、ちょっとした牽制かな。人が人に恋する時って倫理感とか常識とかそういうものは関係なしに落ちてしまうものだから、どうしようもないかもしれないけれど。ルルティエのハクに対する評価がとても高いようだったのでちょっとね。もし、本当に、本当にもしもの話だけど、ルルティエがハクに恋をして私と恋敵になったとしても私は譲らないし譲れない。それくらいハクの事が大切だし、愛している。…っていくらなんでも考えすぎだよね。湯船に浸かって気がゆるんじゃってるみたい。そんな風に考えているとき、布の外から何かを投げたような音が聞こえて近くの茂みからガサガサと音が鳴った。野生動物だろうか?少しだけ警戒する。
「ハク~何かいたの?」
『…いや、気配がしたから石を投げてみたんだが、小動物かなにかだったみたいだ』
ハクのその答えに警戒を解き、そのまま心行くまで湯船を満喫した。
クオン SIDE OUT
クオン達が風呂に入っている途中、茂みの中に生き物の気配があったため、石を投げ、目線をそっちに固定する。多分人間だとは思うが殺気どころか敵意や害意すら感じないし、多分害は無いからただの牽制だ。案の定その気配は自分に気づかれた事を自覚したのか、茂みを一回揺らしてすぐ離れて行ったようだ。クオンから何かあったかと聞かれたが、小動物だと言ってごまかしておいた。さて、明日の道中で何もないといいんだがね…。
それからしばらくすると髪をしっとりと湿らせたクオンが布の中から出てくる。お風呂に入れてご満悦なのか笑顔で鼻歌まで歌ってる。ま、それだけ嬉しそうなら準備したかいがあったってものだ。
「~♪いい、お湯だったかな。あ、ハクも入るよね?少しお湯がぬるくなってたから温めなおした方がいいかな」
「おう、分かった。ルルティエは?」
「もうちょっとで出てくると思うから、ハクは準備して待ってるといいかな。あと、今日も私はルルティエの天幕に泊まるから、後片付けお願いしていい?」
「分かった。片付けはやっておくさ」
その後、出てきたルルティエは自分に礼を言いた後、クオンを伴って天幕へと戻っていった。それを見送った後、お湯を温めなおしてから、自分も風呂に入り(もちろんクオンが浸かった方に入った)、一応ある程度の後片付けをして、天幕で就寝したのだった。
??? SIDE
ハク達の野営地から五分ほど離れた森の中に二人の人物の姿があった。燃えるような赤い髪を両者とも持っており、二人ともに整った顔立ち。どことなく似ている事から血縁である事が伺える。一人は女性としての魅力に満ち溢れた肢体を持った女性。もう一人は闇に溶け込むような外套を着こんだ糸目の男だ。
「気づかれるとは私も修行が足りんな」
「いいえ、姉上の気配の消し方は相当な域です。その気配を消した姉上に気がつくとは侮れませんね。腕も相応にたつようでしたし、予定になかった同行者ももう一人増えています。明日は細心の注意を払って事を進めましょう」
「オウギ…ああ、分かっている。オシュトルからの依頼である事は気に食わんが、モズヌたちのやり方はそれ以上に気に食わん。このノスリ旅団の頭目ノスリが正義の鉄槌を下してくれる!」
「さすが姉上。正義の心に満ち満ちていらっしゃる」
「しかし、あの男に関してはひと泡吹かせてやらんと気が済まんぞ」
「それでしたら姉上。明日の作戦ですが…」
その後数分ほど言葉を交わした後、二人の義賊、姉のノスリと弟のオウギは森の中へと姿を消したのだった。