名探偵マーロウ   作:ルシエド

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MOVIE大戦MEGAMAXはエナジーの撃破から半年後、って説があるそうですよ奥さん


Mにさよなら/また、いつかの未来で

 仮面ライダー・ジョーカー。

 『切り札の記憶』を宿したジョーカーメモリ、相棒との友情の証であるロストドライバー、ジョーカーメモリと高い適合率を誇る左翔太郎の三位一体で完成する戦士だ。

 翔太郎自身の強さを、メモリの力で純粋に強化した超人。

 絶対的な力も、圧倒する強大さも無いが、見る者が見ればその強さは分かる。

 

 純正化されていないジョーカーメモリを使っている浮井和雄にも、メモリ同士の共感からか、その強さがうっすらと理解できていた。

 

「……変身前に、あんなにボロボロだったんだ、戦えるはずがない!」

 

 メモリが強さを本能に理解させたのに、メモリの毒素に犯された理性が理解を拒絶する。

 ドーパントは無策に、力任せに棘だらけの腕で殴りかかった。

 仮面ライダーの左手がその一撃をはたき落とし、右半身を前に出し、右拳のショートアッパーをドーパントの顎に叩き込む。

 最小限の動きで最大限の威力が込められた、頭を揺らすカウンターであった。

 

「なっ、くっ!」

 

 ドーパントは一歩引いて大振りの右ストレートを打とうとするが、小ステップで距離を詰めたジョーカーの右ジャブを顔面に喰らい、怯まされ、攻撃をキャンセルされてしまう。

 怯んだ怪物の顔面に、間髪入れずライダーの左ストレートが叩き込まれた。

 

「―――!?」

 

 パンチで押し込まれた怪物に、今度はライダーの蹴撃が迫る。

 ハイキックとみせかけてローキック。

 ローキックと見せかけてミドルキック。

 ローキックと見せかけて別のキックをするように見せかけて、強くローキック。

 変幻自在の蹴りの応酬で、彼はじわりじわりとドーパントの肉体にダメージを蓄積させていく。

 

「モーションが大きすぎるんだよ、お前は」

 

「違う! 僕は何も恐れなくていい、何の罪も気にしなくていい存在になったんだ!」

 

 ジョーカー・ドーパントが棘を逆立て、頭から突っ込むようにタックルを仕掛ける。

 仮面ライダー・ジョーカーが対応し、棘を手で払いながらその頭に膝蹴りを叩き込む。

 怪物のタックルは、怪物の頭部にダメージを残すだけの結果に終わった。

 

「くそっ!」

 

「お前、夜刀にそそのかされる前は、喧嘩さえしたことなかっただろ?」

 

「っ」

 

「もうやめとけ。お前は……喧嘩や争いが向いてない人間なんだよ。多分な」

 

「うるさい!」

 

 ドーパントは飛び蹴りを放つが、気付けば脇腹に掌底を叩き込まれ、着地を失敗して床に転がされていた。

 

(強い……なんで!? 腕力では僕が勝ってる! 速さでも僕が勝ってる!

 こいつは怪我をしてるから、動きも時々ぎこちない! なのに、なんで!?)

 

 怪物が殴れば、超人のガードは崩れる。

 超人がいくら殴っても、怪物は頑強な体でそれに耐えてしまう。

 スピードは怪物が上回っており、単純な速度勝負で超人はこの対手に敵わない。

 メモリの毒素にトリップしているがために、疲労や負傷の影響も、怪物はほぼ無視することが可能だった。

 

 なのに、怪物は敵わない。

 攻撃を仕掛ければ巧みに反撃され、攻撃を防ごうとすれば鮮やかに防御の隙を突かれ、今また強烈な一撃を貰ってしまった。

 

「くあっ!?」

 

「今お前を、悪魔の呪縛と悪魔のメモリから解放してやる」

 

 夜刀という悪魔。ガイアメモリという悪魔の道具。

 ヒーローが見据えた倒すべき敵は、その二つのみ。

 後は、救うべき少年くらいしかその目には映っていなかった。

 

「……なんでそんなに、僕にこだわる!」

 

「俺もな、お前くらいの年頃に……

 立派な大人の探偵に弟子入りして、ただの不良から探偵になったからだ」

 

 昔の話だ。

 左翔太郎が街の番人を名乗る不良だった高校生時代を終え、前々から弟子入りを志願していた一人の探偵に手を差し伸べられ、半人前の探偵となったことがあった。

 誰にでも変わるチャンスはあり、やり直す機会はある。

 罪を憎んで人を憎まず。

 それが、風都という街で人々が仮面ライダーに望んだものだった。

 

「おやっさんならお前を見捨てねえ」

 

 鳴海荘吉という探偵から全てを受け継いだ者として、彼が貫くべき生き方だった。

 

「あの人は探偵だから見捨てねえ。大人と子供だから見捨てねえ。俺だって見捨てるかよ!」

 

 少年が声をあげ、翔太郎が言葉を返す度に、少年の心は揺らいでいく。

 

「お前を見捨てないのは、単にそれが当たり前の話だからだ!」

 

 飛び上がる仮面ライダーに対し、浮井少年は既に憎悪を向けることすらできなくなっていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、警察署の最上階では。

 

「マーニー!」

 

「パパ!」

 

 超人と怪物の戦いから離れ、一人マーニーを助けに行ったロイドが、"マーニーしか居ない"部屋の中へと踏み込んでいた。

 

「そうか、捕まっていてもそうやって後ろ手に携帯を操作していたのか……

 マーニーが僕に連絡をくれた時は罠かとも思ったが、夜刀はどうしたんだい?」

 

「……逃げた」

 

「!?」

 

「逃げたよあんにゃろう! マーロウが変身してすぐに! ああもう!」

 

 どうやら夜刀はさっさと逃げ、マーニーがロイドを助けに呼んだらしい。

 ロイドは大型のニッパーのような形状の専門器具を使い、手錠の鎖をバチンと切ってマーニーを拘束から解放する。

 鍵は夜刀が持っていってしまったようだ。

 とことん他人を嫌な気持ちにさせる男である。

 マーニーはどこぞへと逃げた夜刀に向けて、悪態をついた。

 

「ピンチになるとさっさと逃げる悪党が一番面倒だっていうのに!」

 

「……そういえば昔、夜刀はマーニーを殺すことにこだわって逃げなかったな。

 その結果捕まっていた。

 逃げずに無駄にこだわって捕まってしまった過去から、やつも学んだのか」

 

 自分で用意した舞台すら簡単に捨てる。

 自分が敷いたルールすらあっさり破る。

 夜刀は控えめに言って最低だった。

 そのくせ、自分の失敗から何かを学ぶ男だった。

 

「ともかく逃げるぞ!」

 

 ロイドが娘のために先を行き、安全を確保しながら警察署からの脱出経路を走る。

 マーニーもその後に続いたが、廊下を走り抜ける際、駐車場で戦っている超人と怪物の戦いが窓から見えてしまった。

 

「……あ、マーロウ」

 

 思わず足を止める。

 思わずそちらを見る。

 少女に打算や計算はなく、ただ心の赴くままに彼の戦いを見た。

 惹き込まれるように彼を見た。

 

 間違ってしまった子供を叱るように、かつ間違った子供の罪を過度に責めぬように、手を差し伸べるが如く拳を振るう。

 器用ではない男の戦い方(在り方)が遠目にもよく見える。

 

「かーっくいー」

 

 少女の褒め言葉は、どこか上ずった声だった。

 

「マーニー、早く」

 

「うん、今行く……って、あ!」

 

 父に呼びかけられ、マーニーは窓から離れようとして、そこでとんでもないものが飛んできているのを見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正義のジョーカーと悪のジョーカーが激突する。

 一人は救うために。一人は今の居場所を守るために。

 青年は体の痛みを意志で克己して、少年は恐怖と不安で自分の意志を抑え込んでいる。

 左翔太郎はメモリを使い、浮井和雄はメモリに使われていた。

 

「僕を迷わせるな! いい加減倒れろ!」

 

 怪物のハイキックに、超人のローキックが合わせられる。

 敵の大振り右足ハイキックを、敵の左足を小キックで払うことで防ぐ高等防御術。

 ジョーカー・ドーパントは転倒したが、ダメージは少なくすぐ立ち上がる。

 

「いいや、倒れるかよ! 一緒に生きて帰ろうと、依頼人に請われたもんでな!」

 

 怪物が殴る。

 超人が殴る。

 ドーパントは顔面を一発、ライダーは各所を三発殴った。

 浮井の渾身の一撃は翔太郎のスリッピング・アウェイで流され、翔太郎の拳は軽快に眉間・顎・鳩尾の三ヶ所を連続で撃ち抜いた。

 僅かに、怪物の口から痛み混じりの息が漏れる。

 

「同じ種類のメモリを使ってるはずなのに、なんで!

 力も速さも頑丈さも! 肉体的には何もかもが僕の方が上なのに、なんで!」

 

 勝てる気がしないんだ、という言葉だけは、必死に飲み込んだ。

 

「肉体的にお前の方が上ってことは、俺の心がお前の心より強いってことだ。そうだろ?」

 

「―――!」

 

「俺の心が格別強いだなんて思わねえが、お前ほどに弱くもねえさ」

 

 翔太郎のその言葉に、浮井は納得してしまった。

 『それが勝てない理由』であると確信してしまった。

 ―――その時点で、その思考が、勝利の可能性をゼロにしてしまったというのに。

 

「それにな、俺は今一人じゃない。お前は最初っから……多勢に無勢だったんだよ!」

 

 色んな人の想いを乗せて、仮面ライダーの蹴りがドーパントを蹴り飛ばし、距離を離した。

 一歩や二歩では詰められぬ距離。

 そこで、翔太郎はベルト前面部のガイアメモリを取り外す。

 

「終わりにするぜ、浮井」

 

 外されたメモリがベルト側面部のスロットに装填されそうになった瞬間、"アレはヤバい"と反応したドーパントが踏み込んだ。

 メモリがその意志に呼応し、一瞬のみその瞬発力と走行技術を限界以上に高める。

 

「くああああああああっ!!」

 

 限界を超えた一瞬が終わる前に、浮井は翔太郎が手に持っていたメモリを、蹴りで弾き飛ばしていた。

 

「僕にだって! 意地がある! 一方的にやられたままでいられるか!」

 

「ちっ、往生際が悪い!」

 

 ここに来て少年も――翔太郎が浮井の意志を引き出したせいで――、意地を見せてきた。

 どうやら翔太郎が少年の心を悪の呪縛から解放しつつあるせいで、心とメモリの調和が取れ、メモリとの適合率が高まってきてしまっている様子。

 

 ガイアメモリは、この二人の力の源だ。

 メモリがなければ超人にも怪物にもなることはできない。

 ベルトにメモリがセットされていなければ、時間経過に従い仮面ライダーの姿を維持することも難しくなっていってしまう。

 トドメを刺そうとした瞬間に反撃されてしまったことで、先程まで優勢だったというのに、仮面ライダーは一気に不利になってしまった。

 

「メモリを拾う隙は与えない! 僕の勝ちだ!」

 

 そうして、仮面ライダーの手から弾かれたメモリは遥か彼方に飛んで行き―――警察署の窓から身を乗り出したマーニーに、キャッチされた。

 

「は?」

 

 呆気に取られる怪物の視線の先で、身を乗り出しすぎたマーニーがあわや落ちそうになるが、落ちそうになった娘をロイドが抱きとめ、落下を阻止した。

 

「危ないじゃないかマーニー! パパそんな風に育てた覚えはないぞ!」

 

「こう育ったことに今更文句言わないでよ! マーロウ! 受け取れっー!」

 

 そしてマーニーが投げたメモリを、仮面ライダーがキャッチする。

 

「やるじゃねえかマーニー! 助かった!」

 

 受け取ったメモリを、ベルト側面部のマキシマムスロットに装填。

 

「お前を苦しめてるもの、今壊してやる。これで決まりだ!」

 

《 JOKER! MAXIMUM DRIVE! 》

 

 メモリから放出された最大の力が、仮面ライダージョーカーの右足に収束する。

 

「ライダーキック!」

 

 そして、飛び蹴りが怪物の胸へと叩き込まれた。

 

「く……ああああああああっ!!」

 

 防御さえ許さない、意識の隙間を縫うような神速の飛び蹴り。

 蹴りに込められたマキシマムドライブの破壊力は、浮井和雄の体をほぼ傷付けることなく、その体と一体化していたメモリだけを破壊する。

 破壊されたメモリが体から排出され、怪物の体は少年の体へと戻り、排出されたメモリは人体を傷付けない大きなエネルギー爆発を起こした。

 

 自分を傷付けない不思議な爆炎に包まれて、少年は膝を折り、意識を失っていく。

 

「この街は俺の街じゃない。

 だが、これだけは分かる。

 この街はいい街だ。掛け値なしにな」

 

 消え行く意識の中で、左翔太郎と名乗った青年の声が聞こえて。

 

「お前一人くらい受け入れてくれる懐の深さはあるさ」

 

 メモリと一緒に、心の中の淀んだものを全て砕かれたような気がして。

 

 自然と、目から涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メカニック・夜刀は街中をゆっくりと逃げていた。

 彼が約束を破ることを躊躇うことはなく、それを恥に思うこともない。

 恥知らずで残虐で、なのに頭がいい。史上最悪の愉快犯の名は伊達ではないのだ。

 

(さて、面倒なことになったな。

 だがあの男のおかげで綺麗な方のメモリの使い方は分かった。

 人質を取るか、寝込みを襲うか、食事に毒を盛るか……確実性が高いのはどれだ?)

 

 仮面ライダーへの対策も考えた上で、新たにメモリを確保する算段もつけている。

 夜刀は計算に計算を重ね、合理と計算によって街の人目と警備の穴を見つけ、夜刀を探す人間が絶対に彼を見つけられない逃走経路を駆けていた。

 

(オレが警察署を占拠したというセンセーショナルな事件は既に報道された。

 メカニックの名とオレ達が積み重ねた実績は強い。逃げ切った後、また金と人を集める)

 

 再起の方法はいくらでもある。

 世に名が知られる悪党は、とてもしぶとく、とても厄介で、身一つで一からやり直して何度でも組織を作り上げられるものなのだ。

 

(奴らが推理と計算、もしくはただの人海戦術でオレを捕まえようとする限り、絶対に――)

 

「あ、うんそーそー。

 前に私がマーロウさんにパフェ奢って貰ったレストランの裏。

 分かるでしょ? 早めに来てねマーロウさん、ほんとに早く、こう、ダッシュで」

 

 思わず、その声に振り返る夜刀。

 何故か、何故か、何故か。完璧な逃走経路であるその道の先に、若島津ゆりかが居た。

 

 マーニーの助手で深く考えない単純バカの、マーロウが彼の目論見を打ち砕き。

 マーニーの親友で深く考えない単純な子な、ゆりかがチェックメイトをかけた。

 

「……なんで居るんだ?」

 

「それは私の台詞なんだけど」

 

「いや、間違いなくオレの台詞だ。

 おかしいぞ、ここは合理的に考えれば誰も見張ってない場所で……」

 

「え、いや、皆でアンタ探す流れになってたからさ。

 とりあえず何も考えず適当にどっか見張っておけばいいかなって。

 私が見つけられなくても他の誰かが見つけてくれるよね、って思ってたから……」

 

「……」

 

「いやーびっくりびっくり」

 

 やる気のない半端者の適当な行動が、夜刀の完璧な計算と予測を崩した形となった。

 もしもここにマーニーが居たなら、こう言っていただろう。

 「ゆりかちゃんは周りに害の無いクズだから」と。

 若島津ゆりかが友達であることを少し誇らしそうに、その名を口にするはずだ。

 

「殺す」

 

「ちょっとー!?」

 

 まだ、まだ終わっていない。

 翔太郎(マーロウ)に連絡された時点で詰みであるはずなのに、夜刀は往生際悪く諦めていなかった。

 この女をさっさと殺してすぐここから逃げればまだなんとかなるはずだ、と自分に言い聞かせてナイフを握る。

 

 ナイフを握りゆりかににじり寄る夜刀の前に、ゆりかを庇うように緑川楓が立ち塞がる。

 

「いいや、殺させない」

 

「あ、緑川ちゃん」

 

 緑川楓の手には、護身用の強力なスタンガンが握られていた。

 そして彼女が駆けつけたということは、ゆりかがぎゃーぎゃー騒いだことで、夜刀を探していた色んな人がここに集まって来ているということだ。

 もう時間はない。詰みは近い。

 

「チッ、緑川宗達の孫娘か」

 

「犯罪者より億倍まともなバカを悪党から守るのも、探偵の仕事だ」

 

 緑川がゆりかを庇った数秒と、このまま逃げるか殺してから逃げるかの選択を夜刀が迷ってしまった数秒で、そうして彼は詰みへと追い込まれた。

 

「そんじゃま、頑張ってるやつを守るのは俺の仕事だな」

 

 舞城天という人力バイクに運ばれた、左翔太郎(マーロウ)の到着。

 これで、夜刀が逃げ切る目はなくなった。

 

「マーロウ!」

「きゃー! きたきたマーロウさん!」

 

 マーロウは今にも倒れそうなくらいにボロボロで、なのに倒れる気配がまるでない。

 天のママチャリの荷台から降りた彼の背中を、無表情な自転車ライダーが軽く叩く。

 

「頑張って」

 

 曲がっていた背筋が伸びた。

 これほどまでに『他人のおかげで強くなれる男』もそうは居まい。

 仲間の窮地にちゃんと間に合う翔太郎の間の良さに、夜刀は思わず笑ってしまった。

 

「さっき、理想郷の話をしてたよな、夜刀。

 お前を受け入れてくれる理想郷(けいむしょ)が、お前を待ってるぜ」

 

「……はっ」

 

 夜刀は恐れで他人を操る。

 浮井和雄も、かつてのマーニーも、それで操っていた。

 だが、子供の頃は夜刀を恐れていたマーニーも、今は彼を恐れない。

 夜刀が倒さねばならない悪であったがために、翔太郎は夜刀に対し怒りはすれど、ただの一度も恐れを抱いたことはなかった。

 

 残酷な悪を恐れぬ者が、恐怖を知った上で踏破する者こそが、いつの時代も悪を討つのだ。

 

「オレにとって最大の目標は鴻上だった。

 オレにとって最強の敵はマーニーだった。

 ……そうか、お前が、オレの最後の敵だったか」

 

「史上最悪の計画犯罪者、夜刀。さあ――」

 

 夜刀がナイフを振り上げる。

 

「――お前の罪を、数えろ」

 

 翔太郎の生身の拳(ライダーパンチ)が、その顔面を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 この事件の終わりは、浮井少年がメカニックに別れを告げて締めくくられたという。

 少年は夜刀に「ごめんなさい」と言い、「今までありがとうございました」と頭を下げた。

 事実上の絶縁宣言に、夜刀はもはや何を言っても少年を闇に落とせないことを知る。

 最後に「つまらない人間になったな」と吐き捨て、夜刀は口を閉じる。

 「誰かの涙を拭える、そんなつまらない人間になりたいんです」と、少年は言った。

 それが、夜刀が死刑になる前に他人と交わした、最後の会話であった。

 

 この後、怪物や超人の存在は都市伝説のように語られるも、すぐに霧のように霧散する。

 仮面ライダーの名は、その正体を知る者達の頭の中だけに残った。

 都市伝説になることもなく、街に吹きすさぶ風のような風の噂になることもなく、仮面ライダーは皆の思い出となる。

 

 そして―――別れの時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木々の合間で、翔太郎はメモリを掲げた。

 

《 JOKER! 》

 

 メモリの励起が、空間の穴を掘り返す。

 翔太郎はいかな理由か、ここではない所から来た。

 風都という街とこの街を繋ぐ穴が、これであったというわけだ。

 

「マーロウ……翔太郎さんは、ここから来たんだねえ」

 

 彼の見送りはマーニー一人。翔太郎とマーニーで相談して決めたことだった。

 本当の名前を呼んで、けれども何故か違和感が拭いきれなくて、マーニーは彼を下の名前で呼び捨てにする。

 

「いややっぱ慣れないから、翔太郎って呼び捨てでいい?」

 

 しょうがねえなと、翔太郎は許した。

 マーニーは屈託なく笑う。

 これが最後の会話になるだろうと、翔太郎は思っていた。

 

「また会える?」

 

 会えないだろうと、翔太郎は言う。

 翔太郎は昔、ダミー・ドーパントとの戦いの中、ディケイドというライダーに関わり世界の壁を越えたことがあった。

 この街に来た時の感覚は、それにとてもよく似ていた。

 翔太郎はここが別世界であり、風都に帰ればまた来ることは二度とない世界であると、そう推測している。

 

 別の世界で同姓同名のそっくりさんと出会っても、それは別人だ。

 かつて翔太郎がディケイドの導きで、別世界の『翔太郎を知らない鳴海荘吉』とひととき顔を合わせた、その時のように。

 それは、再会ではないのだ。

 

 彼はここで別れれば、マーニーとまた会うことは二度とないだろうと考えている。

 

「ま、そうだよね」

 

 マーニーが言葉の裏に隠した悲しみと寂しさは、翔太郎に見抜けるものではない。

 それを見抜くには、ちょっとばかり女性経験が足りていなかった。

 

「今までありがとう。

 たくさん助けてもらって、本当に感謝してる。

 今までごめんなさい。

 何度も何度も迷惑かけた気も、私にできないことを任せちゃった気もするから」

 

 マーニーが多くの感謝と謝罪を述べる。

 翔太郎も同様に多くの言葉を贈っていた。

 今何かを言い損なえば、伝えられなかった言葉が一つでもあれば、一生後悔し続けなければならない……なんて、考えているかのように。

 

「この街に残る気は……やっぱり無いか。

 そりゃそうだ、左翔太郎の居るべき場所は、ここじゃないんだから」

 

 マーニーも翔太郎が帰ることを決めた時、引き止めた。

 だがそれだけだった。翔太郎を過剰に引き止めることはなく、食い下がることもしなかった。

 それはマーニーが、"何を言っても引き止められない"ということを知っていたからだろう。

 

 記憶を失っている間、どんなに親密になっても、彼はマーニーを相棒とは呼ばなかった。

 

「残ってくれたら嬉しかったよ。

 でも帰るんでしょ?

 それでいいんだ。私には私が守るべきものが、あなたにはあなたの守るべきものがある」

 

 だからマーニーも、彼を相棒とは呼ばなかった。

 それは彼に対する敬意であり、彼の在り方に対する尊重。

 左翔太郎の相棒は、どんな世界であろうとただ一人。フィリップ以外にありえない。

 ならば、相棒が待っているその場所(まち)に、彼が帰らないわけがないのだ。

 

 ―――翔太郎はマーニーではなくフィリップを選び、マーニーはそれを受け入れた。

 

「これが一時の交差だったとしても。

 僅かな間、私達の道が交わっただけのことだったとしても。

 私はこの記憶を忘れない。絶対に忘れない。私の記憶(メモリ)に、ずっと刻みつけておく」

 

 出会いがあれば、別れもある。

 

 『街』とは、人が出会い別れていく場所に付けられた名前だから。

 

「名探偵マーロウ。だから、あなたも忘れないでいてくれると嬉しいかな」

 

 ああ、と翔太郎は微笑んだ。

 俺が好きになれたこの街を守ってくれ、頼んだぞと、翔太郎はマーニーに依頼をする。

 

「マーニーにおまかせを」

 

 その依頼を、探偵マーニーは承って。

 左翔太郎は、この世界から消えていった。

 

「さよなら」

 

 話の途中から、ずっと彼女の目から溢れていた涙が。

 こらえきれずに、その瞳から流れ落ちていた雫が。

 顎を伝い、地面へと落ちる水滴が。

 

 一つ、また一つと土に染み込み、染みを残して消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風都に帰った翔太郎は、街の大時計を見る。

 彼が謎の機械の暴走に巻き込まれた時から10分と経っていなかった。

 右を向けば壊れた機械。

 左を向けば倒れている白服の悪人。

 あの街での数ヶ月の戦いは、この世界ではほんの数分の出来事だったようだ。

 

「財団Xめ……また妙にヘンテコな機械盗みやがって。

 だがまあ、普通に生きてたら行けなかったあの街に送ってくれたのは、感謝してやるよ」

 

 ここは風吹く街・風都。

 左翔太郎の故郷であり、何があっても彼が最後に帰る場所だ。

 翔太郎は警察署の照井竜(ゆうじん)に一報を入れ、財団Xなる悪の組織の処理を警察に頼む。

 そして、帰る家であり仕事場でもある『鳴海探偵事務所』へと帰った。

 

「おかえり、翔太郎。早かったね」

 

「おう、今帰ったぜ、フィリップ」

 

 相棒・フィリップの顔さえ懐かしい。

 フィリップからすれば依頼のために出ていった翔太郎がすぐ帰ってきた、くらいの感想なのだろうが、翔太郎は記憶をなくして数ヶ月も過ごしていたのだ。

 感想に差が出るのも当然というものだろう。

 

「ああ、そうだ。

 今回の依頼人に依頼した人が来てたよ。

 確か今回の依頼人は、自分が受けた依頼の達成のために、この事務所に依頼したんだろう?」

 

「ああ、そういやそうだったな。

 俺達に依頼した男の名前が鴻上。

 鴻上に依頼したのが……緑川ルリ子、だったっけか」

 

「どうしたんだい? 昔のことを思い出すような顔をして。今日受けたばかりの依頼じゃないか」

 

「ああ、まあ、そうなんだが。気にすんな」

 

 誰かの依頼を達成しようとする誰かが、鳴海探偵事務所に助力を頼む。よくある話だ。

 

「それと鴻上って人が手紙を残していったよ。読むといい」

 

「手紙? あの鴻上ファウンデーションの関係者の手紙とか、嫌な予感しかしねえな」

 

 白紙の本に目を通しているフィリップに『ガジェット全部壊したから直してくれ』という頼みをどう切り出すべきか、ちょっと言い辛そうにしていた翔太郎は、問題を先送りにして依頼人の手紙を読み始めた。

 

『まず非礼を詫びよう。オレの仕事は、君にこの仕事を依頼した時点で終わりだったんだ』

 

「あん?」

 

 開幕謝罪。どういうことかと、翔太郎は本腰入れて手紙を読み始める。

 

『まず今回の問題になった機械の出自を説明しよう。

 あれは鴻上ファウンデーションが作った時空に干渉する機械だ。

 あの会社は大きなエネルギーが時間を歪めることに気が付いた。

 それを実用化しようと考えたんだ。

 今回使用された機械はとても大きかったが、いずれは小型化されるだろう』

 

 鴻上ファウンデーション。日本三大何をやっているのかよく分からない企業の一つであり、今回の依頼人はそこのトップの甥を名乗っていた。

 

『そのエネルギー源に選ばれたのが、地球の記憶。

 君と財団の人間があの機械の前でジョーカーメモリを使ったせいで……

 あの機械は、連鎖的に暴走してしまった。

 オレの調査によればあれは地球のコアに近い所から発掘されたらしい。

 "地球記憶の泉の欠片"と呼ばれるそれにメモリを近づけるのは、危険かもしれない』

 

 じゃあ最初から言えよ、と翔太郎はちょっとだけイラッとした。

 

『多分君は怒ってると思うが、まあ怒らないでくれよ?

 オレは昔、鳴海荘吉の敵だったり味方だったりした。

 結局あの人にはまっとうには一度も敵わなくてな。

 勝ち逃げされたことはとても悔しいが……その弟子なら、問題ないと思う気持ちもあった』

 

 手紙の内容が翔太郎の気を引いて、手紙を読む速度が、少しだけ早くなった。

 

『他にも、今回の依頼に関することを書き連ねておく。

 鴻上の研究室から機械を盗んだのは財団Xという組織だ。

 ミュージアムの隠し倉庫から非純正化ジョーカーメモリを盗んだのも財団X。

 地球の記憶以外のエネルギーを模索しているとのことだが、それ以上は分からなかった。

 奴らは今回得た時間に干渉する機械の技術を使い、何かをすることを企んでいるらしい。

 オレも罪を償い終わり、今では警察に協力もしてる。困ったらオレに連絡してくれて構わない』

 

 今度は何企んでやがる財団X、と翔太郎は目を細める。

 

『さて、本題に入ろうか。全ての種明かしだ』

 

 そして、目を見開いた。

 

『世界の壁と時間の壁はとても良く似ているらしい。

 世界間移動だけでなく、過去と未来を行き来する時にも穴は空く。

 君が世界の移動だと思っていたのはまさにこれだ。あの機械は時間にのみ干渉した』

 

 翔太郎の勘違いの訂正、全ての始まりにして全ての終わりの解説が始まる。

 

『夜刀がメモリの使い方を知っていたのは、ミュージアムを知っていたから。

 スパイダー・ドーパントがかつて風都で起こした大事件を知っていたからだ。

 君の街・風都の警察にガイアメモリ含む超常犯罪捜査課が作られたのは……

 ドーパントに警察署を一度占拠されたことで、警察がガイアメモリを特別警戒していたからだ』

 

 あの日、あの時、あの場所で。

 マーニーとマーロウが失敗した時のため、警察署を遠くから見ていたメカニック・鴻上は、左翔太郎の勇姿と顔をずっと覚えていた。

 

『オレは今回脇役だ。

 女の子の"彼を探して欲しい"という依頼を果たすためにこの事務所に来ただけだ』

 

 メカニック・鴻上有は、計画を立てただけ。

 その計画の通りに全てが動くよう、全てを計算して動いただけ。

 彼が立てた計画は、ここに全てが完遂した。

 

『最後に、ここに礼を書かせて貰う。

 ありがとう、仮面ライダー左翔太郎。

 夜刀はオレのかつての相棒で、最高のパートナーだった。

 奴を最後に止めてくれた君に、オレはオレのやり方で応えさせてもらう』

 

 二人で一人のメカニック。

 かつて鴻上にとっての夜刀は、翔太郎にとってのフィリップだった。

 鴻上は翔太郎への恩返しのため、面白い仕込みを残していった。

 

「翔太郎。さっき言った依頼人の依頼人が来たよ」

 

 手紙を読み終わった翔太郎が顔を上げると、事務所の外から声が聞こえてくる。

 

「ありがとうございます、津村さん。案内、助かりました」

 

「真里奈でいいわよ、真音(まりおん)ちゃん。

 私も翔ちゃんに煮物のおすそ分けに来ただけだから」

 

「では私もマーニーと。

 本名は真音(まりおん)と言うんですが、親しい人は皆マーニーと呼びますので」

 

「私達、名前似てるわよね? マリナとマリオンで」

 

「ですね。あだ名がマリとかだったら二人共呼び名が同じだったかもです」

 

「そこはマーリーとかでしょ?」

 

「あははっ」

 

 扉が音を立てて開き、津村真里奈に背中を押されて、二人の女性が部屋に入ってきた。

 

「緑川ルリ子、というのは偽名だ。祖母の姉の名前を借りた。びっくりしただろう?」

 

 緑川を名乗る女性が、黒帽子を脱いで脇に抱える。

 すっかり"祖父よりも帽子が似合う女性探偵"になった女性が、そこに居た。

 

「最後の挨拶、『さよなら』じゃなくて『また会おう』の方がよかったかな?」

 

 モジャモジャ頭の、最後に泣いて翔太郎を見送った少女が、すっかり女性らしい姿になってそこに居た。

 

「生意気言いやがって。いくつになった?」

 

「22歳」

 

「じゃあまだ年下だな。年上は敬えよ」

 

「あはは、寝てないのに寝言言ってるー」

 

「んだと!」

 

 けれど、関係は変わらなくて。

 

「今ちょっと面倒な依頼受けてるんだ。手伝ってよ、名探偵マーロウ」

 

 女の名探偵は、男の名探偵に助力を頼む。

 

「いいぜ。その後、成長したお前の同級生にでも会いに行くか? 名探偵マーニー」

 

 男の名探偵がニッと笑って、女の名探偵が嬉しそうに微笑む。

 過去も、現在(いま)も、きっと未来も。

 探偵は誰かを救い続けることだろう。

 

 今日もどこかで、街のどこかで、流された涙は拭われる。

 

 

 




街を泣かせる悪党に、彼らが永遠に投げかけ続けるあの言葉―――

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