恋した白鳥の降りる場所   作:かちこち

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恋した白鳥の降りる場所

 白鳥は恋をするために、湖から飛び立ちました。

 

 ――では。あなたは、湖から飛び立った白鳥が、どこに降り立つか知っていますか?

***

『カルデアというところから来たのですか?

 サーヴァントも連れず、一人で?』

『それでは私と契約をしてくださいますか?

 この通り、何もかも失った私ですが――このジゼルの魔剣(かかと)はアナタの為に。

 私を見つけてくれたアナタの為に、最後まで踊りましょう』

『だから、その。

 こんな風に手を掴まれるのは、初めてで』

『弱かったメルトリリスも、醜かったメルトリリスも、私はずっと覚えている。

 アナタと過ごしたこれまでの経験を私は消去しない。

 自分が違うものだと気付いた白鳥の全てが、泥の湖から飛び立っていくなんて思わない事ね?』

 

『殺さないで、逃がしてあげて……!

 その人は、その人だけは、おねが――』

 

『たとえ、この両手(つばさ)が砕けても。

 アナタの元まで飛んでいく』

 

『私は快楽のアルターエゴ、メルトリリス。

 気まぐれでアナタの剣になってあげる。だから――』

 

 

 瞼を閉じれば思い浮かぶのは、これまでの戦いの全て。

 何もかもが輝いていた日々。あの人と共に戦い走り抜けたあの時間を、私はこれから忘れてしまうのかもしれない。

 でも、それでもいいのだ。

 私はもう、十分すぎるほど沢山のものをあの人に貰ったから。それでいい、それだけでいいのです。

 

「私は愛して欲しくて戦ったのではありません」

 あの人にとって私はただのアルターエゴ。必要だと迫られたから契約した、この場限りのサーヴァント。

 

「私は恋をするために、湖から飛び立ったのです」

 

 だからこれ以上は、何も必要ないのです。

 それを聞いて、目の前でほほ笑むBBとリップ。

 ……この女、後であの人に余計な事吹き込んだりしないでしょうね。

 そんなことが無性に心配になってくる。

 

 ……ああ、私の体が消えていく。光となって、遠い所へと還っていく。

 とうとう最期の時が来た。

 本当に、これ以上望むものは何も無いけれど。でもやっぱり、後一度、声くらいは聞きたかったかな。と、そう思った瞬間に――

「メルトリリス――――」

 ――声が、した。

 

 もうこれから忘れてしまう、でも忘れることのできない、あの人の声がした。

「良かった、何とかギリギリ間に合って」

 消えていく筈だった体が止まる。消滅が停滞する。それは、私の背後から聞こえてくる声。

 あの人の声を聞いただけなのに、それだけでこんなにも心が揺らされる。

 それはまるで、これが最後のチャンスだとでもいうように。想いを伝えるための、最後の機会なのだというように。

 光は目に見えて停滞し、消滅までの空白が生まれる。再び猶予が残される。

 

「間に合った、よね?」

 嘘だ、そんなわけがない。

 私はもう、二度も奇蹟をあの人から貰ったのだから。

 誰も訪れる筈のない教会で壊れていく筈だった人形の手を取ってくれた。

 助けなんて来るはずのない廃棄場で潰れる筈だった人形の手を取ってくれた。

 そしてまた、消える筈だった人形の手を取ってくれるというのだろうか

 いいえ。もう、これ以上ないくらい私は救われている。だから、三度目なんて起きる筈がなく。だって、こんな私なんかのために、こんなにも奇蹟が起きる筈がないのだから

 ああ、そうだ。これはBB(この女)の悪戯なのね。まったく、こんな時でもおふざけは辞められないのかと呆れてしまう。でも、なんだか目の前にいるBBも驚いているような気がする。「もう目覚めたんですか」。そんな声が彼女から聞こえる気がする。

 いや違う。そんなわけがない。そんなこと起きるはずがない。

 後ろを振り返って見れば、この女が「なーんちゃって。もしかして期待しちゃいましたぁ?」なんて事を言うに決まっている。

 でも、それでも……期待することを止められなくて。

 ああ、そうだ。あの人の声を間違えるはずがない。この声を間違うわけがない。

 ……ええ、分かっていた。分かっていたわ。

 あの人はどうしようもないお人好し。自分を悪く言われても、目の前に傷ついた人がいるなら手を伸ばさずにはいられない。かつて敵だったサーヴァントも、信じて、招いて、迎えてしまう大馬鹿なマスター。こんな私のことすら、最後まで信じきった人。

 だからこんな事も、もしかしたら起こるんじゃないかって。そんな期待が少しもなかったかと言ったら……それは嘘になるのかもしれない。だってしょうがないでしょう? あの人、どうしようもないくらい優しいんだから。

 本当に、なんて欲張りなのかしら。あの別れ方じゃ満足できなかったというの。

 私、あんなことを言ったばかりだというのに。さよならも、もう言ってしまったというのに。それでも嬉しくて嬉しくて、どうしようもない気持ちが抑えられなくて。

 私は、ゆっくりと振り返る

「メルトリリス――!」

 あの人が、いた。

 

 私の顔を見てあの人が、私のもとへと駆け寄ってくる。いつものように、いつも私に力をくれた笑顔を浮かべながら。

「なん、で」

 驚く私の手を、あの人が握ってくれる。触角が鈍い私にも、感覚が伝わるように。強く、強く握ってくれる。

「良かった。あれが最後になるんじゃないかって思ったから。

 まだ伝えたいことがあったから、こうして伝えに来たんだよ」

「伝えたい、こと?」

 

 この人の瞳が、真っすぐに私を見つめる。

 いつだって、どんな時だって私を信じてくれていた、強い意思を持っている目。

 どんなに絶望的な状況でも、私がアナタにどれだけ隠し事をしていても、最後まで私を信じて、見てくれたアナタ。

 この瞳に見つめられると、私の胸は張り裂けそうになるほど高鳴ってしまう。

 

「メルトリリス……」

 

 この人の顔と瞳が、少しずつ近づいて――

 

 ――え、うそ、もしかして、

 ――伝えたいことって、そういうこと?

 

 いえそんな、嘘でしょう。

 そんな風に思いながらも、顔が一気に紅潮していくのが分かる。

 

(待って、待って。よ、よりにもよって今? 今なの!?

 そ、そりゃ、嫌ってわけじゃないし、むしろ嬉しいと言えなくもないというかなんというか、だ、ダメってわけじゃないけど何も今じゃなくたって、それとも今だからこそってことなのかしら。私が消えてしまう前に……で、でも私さっき愛されるために戦ったわけじゃないって言ったばかりだしだから愛されなくても、そもそも私ってもうすぐ消えてしまうわけだからそういう(・・・・)ことをしてもこの人にいらない重荷を背負わせるだけなんじゃないかしらああけれどこの人から求められる分には――)

 

 胸の中の何かが煩いくらいに音を鳴らしている。鏡を覗けば、きっとそこにはみっともない顔をした女がうつっているのだろう。火照った顔が、熱くて、でもその熱さを悪いものとは思えない自分がいて。

 私は、そのまま目を瞑ろうとして――

 

 

「―――ありがとう」

 

 その一言を聞いたとき、全ての感情は上書きされた。

 

「貴女のおかげで、今こうして生きています。助けてくれて、ありがとう」

 

 紅く染まった顔が元に戻っていく。さっきまで感じていた心は消えて、けれど止めどなく感情が溢れてくるのはさっきまでと何も変わらなくて。

 

「……馬鹿ね、アナタを助けたのは私だけじゃないでしょうに。それに、前も聞いたわよ。それ」

 

「うん。でも君にもう一度、一番早くにお礼を言いたかったから」

 

 パッションリップ、BB、ガウェイン、エミヤ、キャット、トリスタン、鈴鹿御前、ロビンフッド……メルトリリスだけじゃない。彼ら皆に助けられて、人類最後のマスターは第三の獣/Rを打倒し、この異変を解決することができたのだ。カルデアとの通信もままならないこの場所で、クラスビーストが関わっていたこの事件で、自分が命を保っていられたのは彼ら一人一人が力を貸してくれたからに他ならない。

 だからもちろん、彼ら全員への感謝の気持ちは忘れていないし、そんなつもりもない。けれどそれでも、ビーストを倒すことができた今、もう一度。真っ先にお礼を言いたい相手がいたから。

この海の底で最も早く自分を助けてくれたのは誰か。最も長く力になってくれたのは誰か。最も多く、敵を切り払ってくれたのは誰か。そして……最も強く、傍で自分を守ってくれたのは誰だったか。それは――

 

「――だから、ありがとう」

 

「ふん。別にいちいちお礼を言われるようなことじゃないわ。気にしないでと言ったでしょう」

 

 あの時逃がしてあげることすら出来なかったアナタを、こうして救うことが出来たのだから。私はアナタを一度守れなかった。そのアナタを今度こそ守りきることができた。そのことに、いちいち礼を言う必要なんてない。

 ……それに、それを伝えたいのは私の方だとも言ったでしょう。

 

(ああ、本当に)

 

 アナタは知らないことだけど。

 あの瞬間に、あの教会で、壊れた人形の手を取ってくれたあの人に。私がどれほど、その気持ちを抱いたのか……きっとアナタは知りもしないでしょう。アナタがいてくれる限り、どんな状況でも戦えた。どれほど絶望的な状況でも、私はその気持ちでいっぱいだった。

 一番欲しかったものを、アナタは私にくれたから。

 ……変ね。せっかくの最後なのだから、アナタの顔を目に焼き付けたいのに。何だか眩しくって目がぼやけてしまう。アナタの顔がよく見えないの。

 

 

「ねえメルトリリス」

 

「何、マスター?」

 

 一つの決意を秘めながら、この人は言う。

 でもきっと。

 

「カルデアに戻ったら、きっと君を呼んでみせるから」

 

 きっと、そんなことを言うんじゃないかと思っていたけれど。

 

「いいの? 私を呼んでも、ここでの記憶は……」

 

「うん。忘れちゃうんでしょ?」

 

 ――ああ、聞かれていたのか。

 

「ええ、そうね。忘れてしまうし、もう二度と記憶は戻らないわ。……でも、今更そんなことで躊躇するようなアナタじゃないか」

 

 今まで何度も出会いと別れを繰り返して、人理を救ってきたのだから。

 縁を結んだ人物が自分を覚えていなくても、誰かを召喚するたびにその手を伸ばしてきたのでしょう。

 

「なら、約束しなさい」

 

「うん、約束する。カルデアに戻ったらきっと君を……君たちを呼んでみせる。絶対に」

 

「そうしてちょうだい。……待ってるから」

 

 そう。ちゃんとあの子も呼んでくれるのね、アナタは。安心したわ、それが聞けて。

 ――もうこれで、今度こそ何の未練もない。

 輝く時間は、これで終わり。

 停滞していた光がまた動き始める。

 私がここから消えていく。

 アナタを守り切れないかもしれないと、夜ごと泣いていた私をいつも笑って励ましてくれたアナタ。アナタを追いかけて、アナタの剣となって、アナタと一緒に走り抜けた、最高の思い出を抱きながら。

 きっと、次に呼び出された私には、この記憶は無いのだろうけれど。けれど、それでも構わない。もう一度、再び会うことができるなら。

 アルブレヒト、アルブレヒト。素敵なアナタ。願わくは、もう一度会えたその時は――また、私の手を繋いでくれますか?

 きっと、この両手(つばさ)を広げながら。アナタの元まで飛んでみせます。

 

「うん。きっと」

 

「ええ。きっとよ」

 

 もうこれで、本当の本当に。未練も後悔も、もう何も無い。

 けれどごめんなさい。あと一つだけ。もう一つだけ、我儘を言わせてください。

 あと一つだけ、願うことを許されるのなら。

 思うだけで、いいのなら。

 ――アナタに、想いを伝えてもいいのでしょうか。

 

 触れるものを切り裂く踵の魔剣、すべてを溶かす猛毒の蜜。私が人ではない証。

 人ではないモノ。人にはなれないモノ。

 そんな醜い怪物に、アナタはそれが当然のことであるように手を伸ばしてくれました。

 そんなことはまるで関係ないのだと、私たちアルターエゴという怪物を心ある1人の女の子として見てくれました。

 優しいアナタ。たった1人の私のマスター。

 最後の最後まで、ずっと私を信じてくれた優しい人。

 だから、私は、そんなアナタに。

 

「―――ありがとう」

 

 私は、アナタに恋をしたのです。

 

***

 

「快楽のアルターエゴ・メルトリリス。心底イヤだけど貴方と契約してあげる。光栄に思いなさい?」

 

 カルデアの英霊召喚システム、守護英霊召喚システム・フェイト。

 その呼びかけに応じたのは、鉄の脚を持つ一人の少女。

 

「情けない顔ね。この私を呼べたのがそんなに嬉しかった?」

 

 少女は何も覚えていない。目の前にいる人間とあの海の底を走り抜けた記憶を、この少女は持っていない。

 

「これから契約をする以上、アナタの命令は聞いてあげる。

 でも思い上がらないで。こんなもの、いつだって切り裂いてしまえるんだから」

 

 知っている。彼女の脚は、どんな敵だって切り裂ける。

 その脚に、助けられてきたのだから。

 

「マスターとして、ギリギリ合格ということにしておいてあげる。

 喜びなさい。私という女神と、こうして契約を結べるのですから」

 

 ああ、覚えている。

 初めて(・・・)会った時も、彼女はそんなことを言っていた。

 まだ懐かしいといえるほど時はたっていないけど、なんだか少し笑ってしまう。

 

「……でも、そうね。私と契約をしたいのでしょう?

 アナタの命令を聞くのですから、私からも一つ条件を出してもいいわよね。返事は聞かないけど。……安心しなさい、そう難しいことではないから」

 

 少女は裾に隠れたその手を上げて、一つの条件を口にした。難しくもなんともない、ささやかな言葉を。ああけれど、けれど――。

 その条件を聞いて、彼女のマスターはそっと微笑を浮かべるのだ。

 

「――手を握りなさい。うんと強く。壊れるぐらいに。

 私は触覚が鈍いから。それぐらいしてもらわないと、分からないから」

 

 ああ、そうだったね。

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

 彼女の手を握る。細くて小さい手を。

 強く、強く。触角が鈍い彼女にも、この温かさが伝わるように。

 ――この気持ちが伝わるように。

 

「よろしくね。メルトリリス」

 

 ――たった一回、まぐれで私を呼んだだけの仮のマスター。

 対等ですらない相手に、どうしてこんな条件を突き出したのかは彼女は自分でもわからなかったのだけれど。

 けれど、何故なのか。

 

「……ええ、私のマスター。しょうがないから、アナタのために踊ってあげるわ」

 

 悪くはないと、そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

「それと、前もって一つだけ言っておくけど」

 

 ――消えゆく刹那に、私は思う。

 

「私、アナタを好きにはならないから」

 

 ――アナタが私のことを覚えていないように、次の私もアナタのことを覚えていない。

 

「……ちょっと、この世の終わりみたいな顔をしないで」

 

 ――けれど、一つだけ確信できることがあるのです。

 

「あのね、仕方ないでしょう。私の恋の在り方は、相手を傷つけるだけなんだから」

 

 ――私たちはもう一度出会える。そして四度目(それ)はきっと、奇蹟ではないのだと信じている。

 

「だから絶対」

 

 ――だから、私はもう一度。……いいえ。きっと、何度でも。

 

「私は、アナタに恋なんてしないんだから」

 

 ―――私は、この優しい人に恋をする。

 

 だってこれからは、きっと何度でもアナタが手を繋いでくれるのだから。

 

***

 

 白鳥は恋をするために、湖から飛び立ちました。

 ――では。あなたは、湖から飛び立った白鳥が、どこに降り立つか知っていますか?

 それはきっと、優しく香り立つ花の傍に。

 花のように笑うその人のもとへ。

 白鳥は、恋する人と同じ表情を浮かべながら降り立つのです。



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