Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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洒掃の蒸散 02/02/18

 

 横浜基地最深部、夕呼の執務室の前で、武は立ち止まる。

 このドアをノックするのもそろそろ終わりかと、そんなどうでもいいような感慨に耽ってしまう。そもそもが一応は直属の部隊指揮官とはいえ、一介の少尉が大隊指揮官の執務室に頻繁に出入りする方が異常な事態だったのだ。

 

 少しばかり残念に思う自分の気持ちにちょっとした驚きを感じながら、これまで衣装に丁寧にドアをノックする。

 

「白銀武でありますッ!!」

『まったく……さっさと入りなさい』

「はっ、失礼しますッ!!」

 

 いつも通りに呆れたかのような夕呼の言葉を受けるが、即座には執務室のドアは開けない。室内にはもう一人いるだろうと、一呼吸だけ間を作り、緊張を保ったままに返答する。

 訓練されたとおりに正確な動作でドアを開き、ちらりとそこだけは整頓されている応接用のテーブルとソファに意識を向ければ、やはり予想通りに、ターニャがコーヒーカップを傾けている。

 

 

 

「大佐殿、もう一杯コーヒーを頂けますかな? 少しばかり長くなるやもしれん」

「そう……ですね。白銀、用意して」

「はっ、了解しましたッ」

 

 一応、という形で部屋の主たる夕呼に願い出たターニャだが、実質的には命令と言ってもいい。そして夕呼にしても話が長くなることは想定しているようだった。

 

「正直に申し上げますが、現状以降の事態に関しては、自分の知識はさほど役には立たないかと愚考いたしております」

 

 合成ではない本物のコーヒーを淹れ直し、二人の下へと給仕する間に、武にも余裕が戻ってきた。なによりも今となっては特に緊張するような要因もない。

 上官に対する礼儀には反するが、もはや出せるものはないと、武はあらためて言葉にする。

 

「状況が変わり過ぎていて、貴様の持つ記憶が役に立たん、とそう考えているわけか?」

「それが参考になるかどうかを判断するのはあたしたちよ」

 

 ただ、二人から揃って叱責じみた応えを返されると、なるほどそうかとも思い直す。

 言われてみればその通りだ。武の持つ未来情報に限らず、知識の価値というのはそれを利用する者によって変化する。武が知っているだけで使えなかったとしても、夕呼やターニャであればその時々の状況にあわせて応用して使いこなすのだろう。

 

 

 

「了解しました。ですが以前にも申しあげたとおり、2001年1月以降の記憶に関しては不鮮明な部分も多いので、明確に時系列に沿った情報をお伝えできるかどうかと、何よりも連続した事象かどうかさえあやふやなものもありますが、宜しいでしょうか?」

「ははっ、マルチエンドに続編、さらにはスピンオフ作品もあったからな。貴様からすれば確定した事象がないというのも判らんではない」

「やはり、そういう形ですか」

 

 ターニャが軽く笑って告げた言葉に、武も腑に落ちる。

 あまりプレイしていたわけではないが、ADVゲームなどでのエンド分岐と言われれば、自分の記憶が不明確な状況にもなるほどと納得できてしまう。加えてのスピンオフなどと言われてみれば、おそらくは『バビロン作戦』前後の不鮮明な記憶などは、そもそもが前提状況が異なっている事象も多いのだろう。

 

「確率分布が広がり過ぎる弊害……といったところかしら?」

「さすがにEX世界線群とは区別できますし、ある程度は同一事象か、似たような状況下だとは思います。ただ繰り返しにはなりますが、不明瞭な上に、さほど重要性がありそうなものを思いつけないのですが……」

 

 いくつか思い出せる風景を脳内に描き出そうと努力する。ただそれも斯衛の黒を纏って、崇継の指揮下にあったことくらいの朧気な印象になりつつある。

 ある程度明確に思い出せるのは『バビロン作戦』が始まるまでだが、その場合はこの横浜基地に軟禁されていたような生活だったこともあり、あらためて付け加えるような情報には思い至らない。

 

「それでも良い。いまは状況が流動的に過ぎる。判断の切っ掛けになるなら如何様な情報でも受け入れる、といったところだ」

「それこそ斑鳩崇継の趣味趣向でも何でもいいわ。アンタは出向するまでに記憶してる限りのことを書き出しておきなさい」

「了解しました」

 

 なんでもいいと二人から言われたのであれば、それはすなわちそのままの意味だ。武が情報の価値に気が付かなくとも、この二人、あるいは第四計画とJASRAの局員とが精査すれば、何らかの意味を見出せるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「しかし……それほど混乱が続いているのですか?」

「ひっきりなしに通話がこっちに舞い込んでくるくらいには、どこもかしこも大慌てね。ほとんど全部、何の役にも立たないタワゴトばっかりだけど」

 

 呆れたように夕呼は両手を大げさにすくめて、吐き捨てる。そこには隠しきれない程度の疲労が武にも見て取れるほどだ。

 

 喀什の攻略、『あ号標的』の排除は成功裏に終わり、すでに72時間は経過していた。だが各国政府はいまだ今後の対応を決めかねている。それはなにも攻略に際し軍事的に排除された形となった中ソだけでなく、合衆国を含め侵攻に参画した日英であってすらも、だ。

 

 結局のところは、大半の国も軍も、喀什の攻略に成功するとは真剣に考えていたわけではなかった、ということだ。むしろG弾の連続運用を企図していた第五推進派の方がある程度のプランを持っていたのかもしれない。

 

 

 

「喀什の防衛は極東国連軍が主導という形で進めることだけは確定だな。アカ共が何やら騒ぎ立てているため、何らかの妨害はあろうが、な」

 

 ターニャも同じく吐き捨てるように言う。ただ極東国連軍の主導というものの、それが名目上のことだけであり、実質的には合衆国陸軍が喀什周辺を制圧していることは明らかだ。

 

 負傷者や、死者のうち遺体の回収できた者、そして中国共産党軍を名乗る衛士は拘束されたままに、二機のXG-70で収容し帰投したものの、侵攻部隊の大半は喀什での駐屯を余儀なくされている。

 そしてその中で最も戦力を保っているのは合衆国陸軍だ。

 

 攻略に際し、喀什に降り立ったのは1000を超える戦術機戦力だが、第一陣の合衆国陸軍は実質的には全滅、第二陣の半数を占めたイギリス陸軍も半壊、同じく帝国陸軍も大きく損耗している。第三次降下部隊の中核たる国連軍は最終局面での陽動を担ったこともあり被害は甚大。ターニャの扇動により半ば強引に参加した合衆国陸軍もその数を減らしている。

 おそらくもっとも損耗の低い部隊は第三次降下に参加した合衆国陸軍のF-22で構成された連隊だろうと思われる。

 

 さらにここに、予備たる『フラガラッハ作戦』のためにと用意されていた戦力の内、暴走しなかった部隊が万全の状態で降下しているのだ。

 人類間の闘争においては間違いなく、喀什ハイヴ周辺は合衆国が軍事的に制圧したと言える。BETA大戦においては、その領土・領域はBETA進攻前のものに準拠するとされているものの、中国共産党が軍事的に喀什を奪還することは、現状不可能に見える。

 

 

 

「具体的な問題は……部隊の維持、と言いますか補給、ですか」

 

 とはいえ、軍事的問題がないわけでもない。むしろ問題しかない状況だ。

 喀什ハイヴはユーラシア大陸中央に位置するため、四方にはいくつものハイヴが存在している。陸路での移動は極めて困難、というよりかは不可能と言える。輸送は軌道降下のみであり、それは当然補給に関しても同様だ。合衆国も追加戦力を投入したものの、それを維持し続けられるかどうか未知数だ。

 

 今も現地に残った帝国陸軍と合衆国陸軍に斯衛や、イギリス陸軍。そこにさらに追加された合衆国軍の工兵部隊が急ぎ基地施設の敷設に入ってはいるが、いまだ仮設の段階だ。着陸用の滑走路は最優先で整地されたが、マスドライバーの設置などは当然予定も立てられず、軌道上への帰還は極一部の部隊を除いてまったく目途も付いていない。

 満足な発電設備も稼働しておらず、水や食料なども心許ないはずだ。

 

 

 

「比較的損害の低いXG-70cの擬装を解除し、軌道上への輸送艦として運用するという案を提示はしたが、採用されるかどうかは未知数だな」

 

 物資や人材、再突入型駆逐艦を軌道に上げるにはマスドライバーを使うか、ロケットブースターを多用するしか今までは手段がなかった。当然それを実施するには基地施設の充足と、何よりも現地に大量の燃料や電力が必要となる。

 投入された戦力を回収できるほどの設備が整うまでどれほどの時間が必要となるのか、武には想像もつかない。

 

 ただ、XG-70系を利用できるならば、それらの問題の多くは解消できるはずだ。上昇時には光線族種からの照射は無いと今までの経験上からほぼ断言できるし、降下に際し周辺ハイヴからの攻撃があったとしてもラザフォード場を展開していれば、他手段よりも比較的安全に降りることができる。

 

 

 

「XG-70dの方は?」

「あれは……少しばかり損耗が激しいな。それに、こちらの判断だげで運用できるものでもない。予定に組み込むべきではなかろう」

 

 ターニャや武たちはXG-70dに同乗して帰投しているが、それは撤退するから使えたに過ぎない。衝角触手の攻撃に晒されただけでなく、制御を奪われた際に36mm砲座などの艤装を徹底的に破壊したのだ。いまは横須賀の建造用ドックに戻されてはいるが、再度の出撃が可能かどうか以前に、修復できるかどうかさえ不明だという。

 なによりもXG-70系の運用にはG元素が必要なのだ。それを合衆国が一元的に管理している現状、たとえ動かせたとしてもあくまで一時的なものに過ぎない。

 

「いまこの基地を襲撃されたら、ホント終わりよ」

「物騒なことは言わないでくださいよ、夕呼先生。笑い事じゃありませんよ……」

 

 大破した武の機体と、冥夜が駆った紫紺の武御雷の二機だけは、斯衛が無理を通して帰投させたものの、他はまだ現地に残ったままなのだ。

 機体のこともあるが、他の軍と同様にA-01からも負傷者を除き、隊の多くが現地に残り、機体の維持と警備にあたっている。国連軍所属とはいえ、秘匿部隊という性質上、その装備等の管理を任せるわけにもいかない。

 

 そしてA-01もそうだが、喀什攻略に参加した極東国連軍の戦力は、ほぼ大半がこの横浜基地から抽出された部隊だ。帝都周辺の他部隊が警戒を高めているらしいが、いまこの横浜基地がその戦力を大きく欠いていることは間違いない。

 

 

 

「今後の部隊運用などのためにも参加将兵からの聞き取りなどをすすめたいところだが、それさえも満足にできんからな」

「ああ……JASRA本来の業務も、まったく進められませんよね」

 

 JASRA、国連軍統合代替戦略研究機関は、その名の通りに、対BETA戦における代替戦略を安保理へと提案するためのものと言える。ハイヴ攻略が成功した現在、すぐさまにその戦略・戦術を取りまとめることを求められていそうだ。

 

(とはいえ『あ号標的』だけじゃなくて、他の頭脳級もあんな防衛手段を取ってくるなら、どうやって対処しろってんだよ)

 

 表情を変えずにコーヒーを飲むターニャの姿を見ていると、自分の記憶さえも信じられない気もするが、『あ号標的』を破壊したのは間違いなくターニャだ。けっして1200mmの砲弾が直撃したからではないと言える。

 ただXG-70dも、冥夜と武とが乗っていた紫紺の武御雷にも、『あ号標的』撃破前後に関してだけは、記録が不鮮明なのだ。

 

 それでもXG-70dの搭乗スタッフの中には「天使を見た」とか「神を感じた」などという者たちもいたようで、ターニャが何故か恐ろしく不機嫌になっていた。

 

 

 

「何を懸念している、白銀? G弾の連続投射を前提とした攻略計画は白紙化できるぞ?」

「ああ……たしかに想定されたほどの損害を与えられてなかったようですしね」

「G元素は今後ML機関の開発と研究、そしてその運用へと回させる。今回同様にラザフォード場と通常火器に加え、荷電粒子砲搭載機の数が揃えれば、G弾は不要と言えるだろう」

 

 武の視線を何か勘違いしたのか、あるいは誤魔化すためか、ターニャは今後のハイヴ攻略の話へと移す。とはいえ重力異常とそれに伴うユーラシアの崩壊の可能性を排除するためにも、G弾のこれ以上の運用は避けたいのは、間違いなく事実だ。

 

 重力異常に関しては今後の喀什での調査報告を待つ必要もあるだろうが、G弾の効果が薄かったこともまた事実だ。

 地表に誘引されたBETA群の排除を優先したとはいえ、結局のところ10を超えるほどに投射したにもかかわらず、モニュメントさえ満足に破壊できなかったのだ。やはりもとよりハイヴ構造体にはG元素の反応暴走に対する耐性があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「まあ問題は山積み、いえさらに積みあがってきた気はしますね」

 

 ざっくりした話を聞いただけでも無茶だと思える。各国の政府の対応が遅れているのも当然だと、武にでも判ってしまえるほどだ。

 

 BETA大戦始まって以来、明確に人類の勝利と言えるハイヴ攻略成功、それも敵中枢と言える喀什。西側各国のマスコミは大々的にその勝利を讃え、反抗の兆しであると煽っている。そして東側の亡命国家群においてさえ控えめながらも賞賛し、またありもしなかった自国の関与を大げさなまでに書き立てている。

 

 それはいわゆるところの大本営発表でしかなく、部隊の被害は当然、参加将兵の名前さえ触れられていない。かろうじてここ横浜基地司令にして作戦の総指揮を執っていたラダビノッドの名が挙がっている程度だ。

 そしてまだハイヴは20以上残っている。

 

 前線国家は何よりも自国周辺のハイヴの攻略を求めてくるだろうし、亡命国家は国土奪還を叫ぶだろう。くわえて今後ハイヴはG元素の鉱山と見なされる可能性も高い。旧東側諸国と合衆国との対立は間違いなく激しさを増すであろうし、西側諸国が一枚岩であるわけでもない。

 

 ただの一衛士に過ぎない武には解決できない問題ではあるが、眼前の二人ならばどうにかしてくれるのではないかと、縋りそうになってしまう。

 とはいえ、微力ながら武にもできることはある、残っているはずなのだ。

 

 

「で。確認だけど、本当に出向先はあそこで良いのよね?」

「はい。ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願いします」

「まあ、いいわ。で、今しばらくは休暇を楽しみなさい」

「ありがとうございます。まあ先に、思い出せる限りのことは書き出しておきますよ」

 

 珍しいことに、どこか気遣うような夕呼の言葉で、武の本来の目的だったことはあっさりと片付けられ、退室を促された。

 

 

 

 

 

 




最終回のつもりが、いろいろとやってると入りきらずに、以下次号……に。コールデンウィークまでは終わるはず~と進めています。

雑然としすぎな事後報告パートのなので、何価格順間違えてるカモと思いながら弄っていたので、もしかするとちょこちょこと修正するかもです。一番困ったのが、これだけの兵力をあんな敵陣のド真ん中に降ろしたら、どうやって回収するのってところだったりでした。というか原作オルタだったら『桜花作戦』の後、喀什ってどうなったんだろう?、と。

で、たぶん次こそは終わるのですが、もしかしたらおまけにちょこっとしたキャラとメカ集会くらいは追加するかもしれません。今しばらくお付き合いください。


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