そんなお話。
「どうして瞬時加速したんだ! 一夏!?」
「だって、ガッと行ってズパッ! ってやれば勝てると思って!」
「そこはクイッと行ってスパン! だろう! エネルギー残量を考えろ!」
「くっそ、その手があったか……!」
周りの視線も気にせず語り合うふたり。いや語り合うと言っていいのか、恐らく他人に通ずることが困難なガィン! だのビュイン! だの擬音まみれのやりとり。コミュニケーションなのかもしれないが会話と言えば国語に叱られそうなそれ。
それを使いこなし……使いこなして? 意思疏通を行う男女は織斑一夏と篠ノ之箒。
織斑一夏は女性にしか動かせないと言われていたISを起動させた世界初の男性IS操縦者。
篠ノ之箒はそのISの発明者にして絶賛行方不明(自主的)の篠ノ之束の妹。
IS学園において重要度は共にトップクラスのこのふたりは言語的でありながら非言語的なコミュニケーションを行っている。
そしてここはIS学園、各国から先鋭選りすぐりトップクラスなIS操縦者や技術者の卵が集まる場所。
つまりそんな特ダネなふたりの会話をリサーチし、本国へリークなんて考えているものは正直溢れ返っている。稀に織斑一夏のセカンド幼馴染みで有名な彼女のように本国の命令を聞き流すような者もいるが、まあ三毛猫の雄よりも少なかろう。
して、問題の中心にいるそのふたり。いざ会話に耳を傾ければ。
「じゃああそこはシュバッ! か?」
「シュビビッ! といった感じでないか?」
「あー、それか。でもそうすると次のところがつっかえるから」
「む、グイッといくところか」
「いや、ギュイッな方」
少年漫画も真っ青な、音声のみでお楽しみくださいと言わんばかりのもの。効果音のみで何を楽しめというのか。
聞くもの一様に差がわからず、勇気を出して詳しく説明を求めれば擬音の解説に倍の擬音が使われる。いっそ開き直った者が本国に聞いたそのままに報告すれば冗談言わずに仕事しろと叱られる始末。たしかに冗談のような内容なのだがマジなのだ。しょっぺぇ汁が瞳から零れちゃう。
海外よりやってきた極一部のものは日本語の奥深さに唸っているが、ソーセージを米で巻いて揚げたものを巻き寿司と言うくらいに酷い勘違いである。他の日本人に聞けば十人が十人、断じて日本語でないというその内容を日本人ですらない彼女らに理解できるはずがなかったのだ。
下手な暗号より意味がわからない、というか解読方法が“感性”しかないわけで、ある意味最強のセキュリティと化している。全くもって本人たちには自覚はなく至って普通の会話をしているだけなのだが。
そんなことは露ほども知らないふたりはアリーナでのISの訓練を終える。
「おっと、そろそろアリーナが閉まるな」
「え、もうそんな時間か。助かったぜ箒、正直授業じゃ全くわからなかったからな」
「まあ私も姉さんから聞いたからわかるだけだ」
IS開発者の妹である篠ノ之箒が一夏に基礎的なことを教えていた、ということらしい。しかし箒がISについて詳しいということは教えた人物がおり、それが姉というならばその姉の言語も──
「あー、束さんかぁ……あの人の説明わかりやすいもんなぁ」
今では世界最上の兵器、他の追従を一切許さないと言われている。そう周知の事実のなっているISだが、それが初めからそうだったかと問われれば否。発表段階では誰にもそのスペックが伝わることはなかった。
かの天災、篠ノ之束はISをこう語った。
『ISは現行の技術を越えた地球外作業用パワードスーツなんだよ! 原理的にはズドドドドォォォォン! って感じで応用したらギュウワァァァンってなって……はぁ、伝わらないならいいや』
──伝わらなくて当然である。技術が数世代上で理解が追いつかないとかそんなちゃちなもんじゃない。使用している言語は同じはずがなにか違った。
「俺が初めてIS凄いってわかったのあの説明でだしな」
「うむ、我が姉ながら何てものを開発してしまったのかと背筋が震えた」
「だよなぁ、けどお偉いさんたちはスルーするし……あれ、今の上手くなかったか?」
「その無意識ではなく故意に言った寒いギャグを私は拾わないといけないのか?」
きっと誰も同意できない内容をふたりにとっては常識として話している。
がしかし、世界屈指の科学者たちがそんな効果音に納得するはずもなかった。いや、中学生すら納得するはずもなかったのだが、約二名を除き。
その結果、遅まきながら世界がISの脅威に気づいたのは『白騎士事件』と呼ばれるあの日。
織斑一夏と篠ノ之箒が話し方で同級生に弄られ、メッキョングッチャン(箒談)という感じに共に撃退した頃より幾度かの春を迎えた、その先の初夏の到来と共に起こされたあの惨事。
概要はいたって解り易いもの。
各国の2000を越えるミサイルがこぞって我先にと日本首都へ撃ち込まれた。IS“白騎士”一騎がその全てを防ぎきった、以上。
文章に起こせば三行もいらない。まあ、比較的どうでもいい情報としては各国のミサイル制御のためのパネル、日本の防空システムのパネルが白騎士事件の間、約半刻の間、如何なる指示も受け付けなかったことくらいか。
画面にはただ──『ズドドドドォォォォン! にお任せを』の文字と笑う兎のマーク。
いやはや全くもって誰が犯人かわからない。しかしウイルスはファイアウォールに消される一歩前、危険の寸前で進行ならぬ侵攻方向をまるで兎のように変更し躱す未知であった。
誰が呼んだか、そのウイルスは
現実世界の最強兵器がISであるならば、ラビッツフットは電脳世界における最強の兵器とされて……まぁどうでもいい話であり、これが白騎士事件の裏の概要であった。
そんな白騎士事件の話題はすぐに過ぎ去り、夕食のメニューはたいそう旨かっただの、そんな学生らしい駄弁りを謳歌し一夏たちは寮へと戻るのであった。
「蒲焼きのパリッとした感じがいいんだよな」
「それでいて中はフワッとしてるからな、ここの食堂は絶品だ」
「また擬音で会話してますのね……ん、今のは普通? 擬音? あれ、なにが擬音でなにが普通でしたかしら……?」
──こうしてセシリア・オルコットの日本語の基盤は揺さぶられる。
しかしこのふたり、この擬音のなかにお互いキチンと意味を含ませているようである。試しとばかりに己がフィーリングに任せて会話に交わったクラスメイトもいたのだが。
「そうだよね、ブゥオンッ! って感じだよね!」
「ん……?」
「わ、悪い。ちょっと意味がよくわからなかった。出来ればライトセイバーの効果音みたいなのじゃなくてちゃんと言葉で……グッとくる感じで」
「なんでさ!?」
といった感じに微塵も伝わらなかったらしい。
ふたりの間では擬音は意味をなした言語として互いの鼓膜を震わすがそこに他人が適当に擬音を挟んだところでノイズにしかならない。猫にニャンニャン言っても伝わらないし、つまりはそう言うことなのだろう。
“形は人間だが言語的には半分野性動物”
これがIS学園内でのふたりの認識のされ方であった。
「ときに一夏、シャルロットは男ではなかったが……やはり同じ男児が転校してきたとすると嬉しいか?」
「男かぁ、スッゲー嬉しいな」
「なんだろうな、気持ちはわからんでもない。が、普通男なら女の転校生を喜ぶだろうに……ちょっと気持ち悪いぞ一夏」
そりゃ女子に囲まれ男一人の身としては当然喜ぶだろうが、箒はそんなところへの配慮を欠くどころか完全に欠損した質問を投げ掛ける。
箒の父、篠ノ之柳韻は苦虫を口に含んだままのような苦い顔をしてこう言った。
──篠ノ之の女は何故かナニか欠いて、代わりに他のナニかが秀でている。
なんてそんな台詞を聞いたような聞いたことが無いようなフワッとした記憶に蓋をして、大層嫌だと顔に書いた一夏は箒に反論、というよりは懇願する。
「やめろ、やめてくれ。そんなこと言うから俺が男色って噂が校内を駆け回った挙げ句、千冬姉に泣きながら問い詰められたんだぞ」
「しかし一度命知らずがハニートラップを仕掛けてきたときお前はどう反応した?」
「ボテッとしてグチャッとしててなんか気持ち悪い感じがするからちょっと離れてくれ、って言ったな」
意訳、腹に一物抱えていそうで嫌な予感がして気持ち悪い。なんてハニートラップしかけた相手が読み取れるわけもなく。
「気持ち悪いと言うとは……私なら女としての自信を失ったやもしれん」
「まぁ、我ながら言い過ぎたと思うけどなんか如何にも裏がありそうだったから……実際にあったわけだし」
「ふん、そういうところでは相変わらず勘が良いのだな」
「オチとしてはハニートラップに掛からなかったせいで本気で千冬姉に男色疑われたことだな」
思春期の男児がグラビアモデル並の女に誘惑されて、言うに事欠いて『
そりゃ姉も本気で心配するに決まっている。世界最強が授業をブッチして家族会議を開いてしまっても何もおかしくないだろう。
ただ、一夏の直感の鋭さにもやむを得ない事情があり、過去に一度誘拐されたときから
まあ、それでもしかしハニートラップは失敗、更に気持ち悪いとまで言われた
スタイルや容姿を男を落とすためだけに磨きあげた彼女、そんなハニトラ技術には自信のあった彼女は泣きべそかきながら本国へと送還された。その姿には学園一同、女性として多大に同情した一件となったのは記憶に新しい。
しかし、一番の問題はこのあとのことだった。
その後、織斑千冬と織斑一夏の両名は丸一日授業を休み寮長室に缶詰となり、事情聴取という名目の家族会議が行われた。
謂れもないことを姉に疑われ泣きそうになりながら主張する一夏と、客観的に見れば弟が高い確率で男色かもしれない現実に嗚咽混じりに問い詰める千冬。
話し合いの始まりには既に両者涙目。あと一押しで泣きそうな千冬、そんな見当違いな疑いからガチ泣きしそうな姉を見て泣きそうな一夏の凄惨な家族会議であった。
『俺は、ホモじゃねぇぇぇ!』
『煩い! 最早言葉だけで信じられるものか! だいたいお前は前々から男友達との距離が近すぎる!』
『ここで女と近い方が問題だろ!?』
極論過ぎる千冬の言葉ではあるが今回議題となってる疑惑に対して一夏の返答はズレていた。
ここでは女の方が興味があるという旨を伝えるべきであって、決して女と近いことが問題というべきではなかったのだ。恐らく千冬が擬音のない会話をするものだから一夏も意図を汲みきれなかったのだろう。
そして千冬のナニかが切れた。
『一夏……お前が男色でないというなら、今から女に告ってこい。そして私とその結婚相手と暮らそう』
『……んっんー? 待って千冬姉マジで落ち着いてくれ。てかなんで千冬姉まで同居なんだよ』
『子の名はなにがいいだろうな、
『待って、ホント待って千冬姉。話がビュッと跳びすぎだし、なんで千冬姉が子供の名前考えてるんだよ』
『やはりホモか貴様!』
『会話のキャッチボールをしようぜ!?』
『普段から擬音しか喋らんお前に言われなくないわ!』
『意志疎通出来てるんだから立派な会話だろ!』
『擬音で篠ノ之以外とまともな会話をしているところを見たことがないぞ!?』
このような具合だった。時おり大幅に脱線しながらも、こんな押し問答を24時間も続ければ流石に誰でも疲れるらしい。肉体的にではなく、主に精神が。
最終的には一夏が
──ただし、幼い頃から千冬の下着やらなんやらを洗濯し続けてきたためであろうか。そういった類いのもの単品では一夏のワンサマーが微塵もオッキしないパンドラの事実はこのとき明かされぬままであった。
「お陰さまでシャルルと同室になるときには滅茶苦茶千冬姉に警戒された」
「常にピリピリしていたのはそのせいだったか。だが、シャルロットが女と公言されたときにはいつになく柔らかな表情だったではないか」
「……弟が同年代の異性と過ごしていたことに安堵する姉ってどうなんだ?」
「さあな、それを言えば私とて一夏と同室だったではないか」
「まぁ、そうなんだけど……いや、でも箒と同室だったときが一番過ごしやすかったな」
「だろうな。私もお前との同室が楽だった」
「「意志疎通がしやすかったからな」」
これはどうしようもない擬音まみれの主人公とヒロインが送る、ハイスピード学園ラブコメ~ただし言語は非言語~。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
擬音の多い小説。