勇者「服など無粋、真の勇者は全裸で戦う!」魔王「いいから服着なさいよ、この変態っ!」   作:トマトルテ

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真面目に書いたら長くなりました。


5話:最終決戦

 あらすじ

 

 王国を窮地から救い出すことに成功した勇者と魔王。

 しかし、敵の頭を叩かなければこの悲劇は繰り返されるだろう。

 故に魔帝を討たなければならない。

 勇者と魔王は手を取り合い、魔帝が封印されし地へと向かうのだった。

 

 今、全ての因縁が終わりを告げる……。

 

 

 

 

 

「この扉の奥が魔帝の封印された場所か」

「そう伝わっているわ。もっとも、封印が解かれたのならここにいるとは限らないけど」

 

 魔帝が眠る地下神殿の最下層。

 そこに、数々の罠と試練を難なく乗り越えてきた勇者と魔王が居た。

 光など届かない闇の中、松明の火に照らされて二人の瞳は赤く輝いている。

 まるで、今からの戦いに闘志をたぎらせているかのように。

 

「……しかし、かつては剣を交えたそなたとこうして肩を並べるというのも不思議でござるな。あの時は思いもしなかったでござる」

「私もあなたみたいな変態と仲間みたいになるとは全く思ってなかったわ」

「ふ、その暴言は照れ隠しと受け取っておこう」

「100%本心なんだけど?」

「世に言うツンデレというものだな」

「デレなんて欠片もないんだけど? ……嫌いじゃないけど」

 

 軽口を叩き合いながら、高ぶる心を落ち着かせる二人。

 もっとも、魔王の方は若干本気でイラついてきているが。

 

「……それじゃあ、行くわよ。準備はいいわね?」

「無論。既に衣は全て脱ぎ終えておる」

「準備って言うのは普通は着こむものなんだけど……もういいや」

 

 もう、ツッコむのにも疲れてきたのか、投げやり気味に答える魔王。

 だが、警戒は怠ることなく慎重にかつ大胆に、石造りの扉を開ける。

 

 扉の先にあったのは白い空間だった。

 何もない、虚無と言う言葉をそのままに表したような空間。

 だが、その中心には異物とも呼ぶべき、黒いローブを頭から被った何者かが居た。

 

「やあ、待っていたよ。後輩魔王君、そして……勇者マクシミリアン」

 

 魔王への挨拶も程々にその人物は勇者に熱い視線を向ける。

 まるで、恋人との逢瀬を待ちわびていた少女のように。

 

「貴殿が魔帝か?」

「うん、そうさ。ボクが魔帝こと初代魔王さ。それと、ボクは女性だよ」

「む、すまない。貴女であったか。して―――覚悟は良いか?」

 

 勇者の問いかけに魔帝は嬉しそうに応える。

 自身の首に容赦なく剣を向けられたにもかかわらずに。

 そんな異常な態度を、不気味に感じながらも魔王が重ねて問いかける。

 

「今まで封印されていたご老体が、どうして今頃、私達にちょっかいをかけてきたのかしら?」

「ふ…ふふふふ…ふふふふっ!」

 

 だが魔帝はその問いかけに応えることなく、クスクスと笑うばかりである。

 その不気味な姿に、魔王と勇者はどこかおぞましさを感じてしまう。

 

「今になって? 違うね。僕はずっと前から復活していたのさ。だっておかしいだろう? 魔王が倒されると同時に、別の魔王が復活なんてそんなに上手くいくと思う?」

「つまり……ここに来るまでは、全て貴女の掌の上ということか?」

「ご名答! 流石は勇者だ。うんうん、勇者は頭の回転も早くないとね」

 

 何が嬉しいのか黄色い声を出しながら拍手をする魔帝。

 魔帝は当の昔に封印を破っていた。

 そして陰で暗躍しながら、今日この日に勇者がここに訪ねてくるように仕向けていたのだ。

 

「そうまでして、あなたは何がしたいのかしら?」

「魔王の君は別に来なくても良かったんだけど、勇者にここを教えてくれたからね。

 ご褒美に僕の目的を教えてあげるよ。僕の目的は2つある」

「2つ…?」

「そう、1つ目は―――」

 

 闇が裂けるように魔帝の口が開き、目的が告げられる。

 

 

「全人類をホモにしての世界征服だよッ!!」

 

 

「なんで私の周りには変態しかいないのよ、もうヤダ!!」

 

 告げられた目的は、「全人類総ホモ化計画」。

 その余りの変態的な目的にツッコミ役の魔王だけでなく、勇者も唖然とするしかない。

 

 要するに魔帝は新たな人が生まれないようにして征服をしようとしているのだ。

 実に合理的かつ確実な方法だと言わざるを得ないだろう。

 

「というか、それだと魔法少女のコスプレは何なのよ!?」

「趣味」

「そんなことだろうと思ったわよ!」

 

 魔王、最近人間不信に陥っているらしい。

 一体誰が悪いのだろうか。

 

「大体、そんなことで世界征服しても、ホモしかいないんだから結局魔族も滅びるでしょ!? そもそもあなた女性って言ったわよね!?」

「後輩君はせっかちだね。ここでボクの2つ目の目的が重要になるのに」

「2つ目の目的…?」

「そう、人類と魔族が滅びた世界で、ボクは―――イブになるのさ」

 

 イブ、つまりそれは神話における全人類の母のこと。

 そうなるためには当然アダムが必要となる。

 そして、魔帝にとってのアダムとは。

 

 

「勿論、マクシミリアン。君がボクのアダムさ」

 

 

 勇者マクシミリアンのことである。

 

「お断りするでござる」

「ふふふ、恥ずかしがらなくてもいいんだよ? 君とボクは結ばれる運命なんだから」

「運命を乗り越えていくのが勇者というもの」

「そういう素直じゃない所も好きだよ」

 

 即答でお断りを入れる勇者だったが、魔帝はめげない。

 そもそも勇者の言葉を聞いているのかすら分からない。

 それ程までに魔帝は勇者への恋心に狂っていた。

 

「というか、拙者にはそなたに好かれる要素が欠片も思いつかないのだが」

「そんなことはないよ。だって君はボクの好きな要素、全て(・・)で作られているんだから」

「作られているだと…?」

「そうか、そうだよね。まずはボクの昔話からしないと分からないよね」

 

 顔の見えないフードの下で、これでもかとばかりに笑みを浮かべ話し始める魔帝。

 

「ボクが魔王だった2000年前、1人の勇者がボクの下に訪れた。初代勇者、マクシミリアンさ。彼は強かった。戦い、僕の体をその力強い腕で捻じ伏せて僕を封印した」

「伝承で聞いた通りだな」

「うん。でも、ボクが何を思ったのかは君達は知らないでしょ?

 ボクはね、勇者に―――恋をしたんだ」

 

 うっとりと、声に乗せた熱を隠すことなく話す魔帝。

 その姿は、どこからどう見ても恋する少女であり、おぞましい何かだった。

 

「マクシミリアンは美しかった! 強かった! 高潔だった!

 あれほど心が躍り、眠れぬ恋慕の熱にうなされたことはないよ!

 だから、封印を解いたら真っ先に彼の下に行こうとしたッ!!

 でも―――その時に彼は既に死んでいた」

 

 魔帝がその狂おしい程の恋心を伝える相手は、既にこの世にはいなかった。

 当たり前だ。ただでさえ、人と魔族には寿命の違いがある。

 さらに魔帝は何百年も封印されていた。

 目覚めた時に恋した相手が居なくなっていても何も不思議はない。

 

「辛かったなぁ、何もする気が起きなかったんだもん。

 魔王に戻ることもなく、ただボーっと200年くらい過ごしたかな」

 

 ここで終わっていれば、ここで諦めていれば、ただの悲恋で終わっていた。

 だが、彼女は諦めなかった。

 

「でも、途中で気づいたんだ。

 マクシミリアンが居ないなら―――ボクが“君”を作ればいい」

 

 愛する人がいなくなったら、また作ればいい(・・・・・)

 そんな狂った思考を彼女は実行してしまった。

 何より、実行する力があった。

 

「何度も何度も勇者を生み出して魔王と戦わせた。でも、失敗作ばっかり。

 君と顔が同じにならない奴も居たし、魔王に負けるなんて軟弱な勇者も居た。

 でも、そんな奴らは()に相応しくない。

 君は強いんだ、魔王になんて負けない。

 君は美しいんだ。ゴミ共とは魂から違う存在じゃなきゃいけない。

 だって、君はボクの愛した人なんだから」

 

 どこまでも情熱的で、狂気に満ちた視線で勇者を見つめる魔帝。

 その視線は勇者の姿を余すことなく見ているようで、その実、彼本人のことは欠片も見ていなかった。

 

「………つまり、今までの勇者と魔王の戦いは、貴女が仕組んだものだったのか…?」

 

「うん。だっておかしいでしょ?

 何百年もどちらも滅びずに戦い続けるなんて普通はあり得ない。

 魔王が倒れてもあっさり別の魔王が出るのも普通は上手くは行かない。

 勇者だって、そう簡単に素質のある人間が生まれるわけがない。

 でも、この戦いは一度たりとも途切れたことが無い。

 君という最高傑作が生まれ、魔王を倒すまでは……ね?」

 

 何もかも魔帝の掌の上で転がされていたに過ぎない。

 その事実が勇者の心に影を落とす。

 たった一人の少女の我が儘のために、数えきれない人と魔族が死んでいったのだ。

 許せるわけがない。勇者の瞳に怒りが宿る。

 

「あははは! そう、そうだよ。君は怒らないとね! だって君は勇者だ!

 悪事が許せない、ボクのことが憎くて堪らない!!

 そうして、あの時だってボクと戦ったんだ! これで君は完成する!

 君こそが―――勇者マクシミリアンだッ!!」

 

「そのよく回る口、二度と開けなくしてやろう…ッ!」

 

 普段ではありえない程に激高した勇者の剣が走る。

 二本の剣は、手加減などなしに首を斬り落としにかかる。

 しかし、魔帝もさるもの。

 待っていましたとばかりにローブを脱ぎ捨て、変わり身の術のように避ける。

 そして、ワザと勇者にその姿を見せつける。

 

「馬鹿な……その姿は…ッ!」

「そう言えば、まだ言ってなかったね。どうして人間がボクの思い通りに動いたのか。

 魔物は魔王なんだから難しくなかった。でも人間は違う。

 何でも言うことを聞かせられる存在が必要だった。

 だからボクは―――女神になったんだよ」

 

 絶句する勇者をよそに魔法少女の服を着た魔帝はクスクスと笑う。

 その姿は人間が信仰する女神と寸分違わぬ姿であった。

 輝く銀色の髪に、真紅の瞳。そして母性を表す女性らしい体格。

 

 そう、魔帝は魔王として魔族を、女神として人間を操っていたのである。

 それ故に人間は情報の違和感に気づくこともできず、思い込まされていた。

 自分達が全ての選択を行ってきたのだと。

 

「君が不死の肉体を得たのも、浮世離れした顔を持っているのも、全部は君が生まれる前から決まっていたんだ。ふふふ、何年も待った。でも、これでやっと熟れた果実を食べることが出来る。さあ、ボクと一つになろうか?」

 

 魔帝改め、女神は妖艶な笑みで舌なめずりをし、勇者を見つめる。

 勇者は衝撃のあまりに動くことが出来ない。

 後はゆっくりと熟した果実を楽しむだけ、そう魔帝は思うがこの場に居るのは二人だけではなかった。

 

「何を勝手なことを言ってるのかしら? そこの勇者は私のものよ」

「……なんだい、後輩君。誰が何と言おうと1から作り上げたボクのものさ」

「いいえ、先輩(・・)。勇者は私の城に住まわせている。つまりは私の所有物よ」

「いや、拙者そもそも、まだ誰の物になった覚えもないのでござるが……」

 

 魔王に対して抗議の声を上げる勇者だが無視される。だが魔帝にとっては無視できる内容ではなかったらしく、あからさまに不機嫌な顔になる。

 

「後輩君、君は邪魔だ。勇者は魔王と肩を並べたりなんかしない」

「あら、それはつまり先輩の言う、君とやらでないという証明にはならない?」

「いいや、君を消せば、元通りボクだけの勇者だ」

「ハッ、いいわ。もとから魔王は2人もいらないもの」

 

 先程までとは違い、楽しみではなく苛立ちの表情を見せる魔帝。

 一方の魔王は言ってやったとばかりに清々しい表情をみせる。

 

「いくわよ勇者、この時代遅れの先輩を消し飛ばしましょう」

「もとよりそのつもりだ。だが……そなた何をそんなに気合を入れているのだ?」

「な、なんでもいいでしょ。そんなことより、準備は良い?」

 

 顔を赤くして誤魔化す魔王。

 勇者を奪われると思った時に湧き出た黒い感情。

 それが何だったのかは魔王にも分からない。

 だが、一つだけ分かっていることはある。

 

 目の前に居る女が心底気に入らないということだ。

 

「我が名は、勇者マクシミリアン。魔族の王よ―――」

「我の名は、魔王ルシフェリア。人間の勇者よ―――」

 

 かつて向かい合って言った言葉を、今度は肩を並べて発する。

 

『いざ共に参らんッ!』

 

 勇者と魔王、異なる道を歩んできた二人が、今同じ道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

「おいなりさんがッ! 拙者のおいなりさんがぁああッ!?」

「ふふふふ、どうやら『ドラゴンブレス』が効いたようだね」

「だから、あれ程パンツを履けって言ったじゃない、このバカ勇者!!」

 

 自らの股間を押さえ、のた打ち回る勇者。

 今までの戦闘において勇者の弱点を突くことが出来た者はいなかった。

 だが、勇者を生み出したとも呼べる魔帝の前では、そんな実績は意味がない。

 

 因みに『ドラゴンブレス』とは魔法ではない。

 人が殺せると評判の辛さの唐辛子のことである。

 戦闘力で表すとすると、タバスコが1200、ハバネロが10万。

 その中で『ドラゴンブレス』は―――240万を誇る。

 

 その辛さは宇宙の帝王の第三形態に匹敵する。

 何せ「戦闘力5のゴミめ」と粋がっていた奴と同程度のタバスコの2000倍だ。

 簡単に星を壊せてしまえても、何らおかしくはない。

 

 そんなものをおいなりさんにぶつけられた勇者の苦痛は語るまでもない。

 

「い、痛みでおいなりさんの感覚が全くない…ッ」

「大丈夫だよ、ボクが後で優しく気持ちよく看病してあげるから」

「ただでさえ劣勢なのに、こんなくだらない理由で勇者が離脱するなんて…!」

 

 戦局は完全に魔帝に傾いていた。

 股間の負傷により戦闘不能な状態になっている勇者に、息も絶え絶えな魔王。

 繰り出す技は勇者と魔王を知り尽くす魔帝に全て読まれ、防がれる。

 まさに詰みというべき状態だった。

 

「さあ、もう諦めてボクと一緒になろうよ。子どもは男がいい? それとも女?」

「まだ……戦いは終わってないわよ、先輩」

「ああもう、いい加減しつこいな、後輩君は。世界にはボクと勇者だけが居ればいい。だから、消えちゃいな」

 

 魔帝が魔王に手をかざすと、紅蓮の炎が彼女の腕を中心に渦を巻き始める。

 この一撃で決めるつもりだと、判断した魔王は自身も同じ技を繰り出す。

 

「災厄をまき散らす火の粉よ! 神羅万象を焼き尽くす紅蓮の炎よ!」

「煌々と燃え上がる冥府の業火よ! 今、その強欲に従い全てを呑み込めッ!」

 

『―――インフェルノッ!!』

 

 最強最悪の火炎魔法が放たれる。

 紅蓮の炎は竜の頭を象った姿となり、互いの体を貪り食う。

 一進一退の攻防。しかし、体力、地力の劣っている魔王の炎が徐々に押され始める。

 

「ぐ…っ!」

「無駄だよ、同じ魔王でも年季が違い過ぎる! さあ、終わりだよッ!!」

「…ッ!? 食い破られ―――ッ」

 

 保たれていた均衡が一瞬にして崩れ去り、巨大な炎の竜が目前に迫る。

 

 ―――死んだわ、私。

 

 竜の顎にかみ砕かれる瞬間、魔王は自らの死を悟り、目を閉じる。

 そして、紅蓮の業火に飲み込まれ消えて―――

 

「させんッ!」

 

 消えると思った瞬間、力強い腕に引かれ、守るように胸に抱きかかえられる。魔王であっても一瞬で焼き尽くされるほどの業火を、その男は身一つで受けきってみせた。

 

 男の肉体は不死身であり、傷一つ付けることはできない。

 彼は勇者であり、名を―――マクシミリアンと言う。

 

「間に合ったようだな」

「ゆ、勇者……」

 

 頬を朱に染めてふにゃりとした表情で見上げる魔王。

 そんな彼女に、股間に受けた致命傷を気にさせないように勇者は笑う。

 だが、触れただけで麻痺を引き起こす『ドラゴンブレス』のダメージは隠し切れずに、脂汗をだらだら流している。

 

 しかし、そんな姿でも今の魔王には最高にかっこよく見えた。

 俗に言う吊り橋効果である。魔王、ちょろ甘である。

 

「……気に入らないね。その体は魔族を守るためにあげたんじゃないんだよ?」

「どう使おうが、拙者の自由であろう」

 

「いいや、勇者(・・)は魔王を庇わない!

 だって()はボクを容赦なく封印したじゃないか!? 

 そうだ、そこの魔王がいるから君がおかしくなるんだッ!」

 

 自分の理想とズレ出してきている勇者に激高する魔王。

 結局の所、彼女は勇者のことなど見ていないのだ。

 彼女が見ているのは、かつて自分を封印した初代勇者だけ。

 その理想を無理矢理、今の勇者に押し付けている狂人にすぎない。

 

 だから、その理想を勇者は砕く。

 

 

「確かに。拙者は魔王殿に―――惚れた女におかしくされているな」

 

 

「ふぇッ!? い、いきなり何言ってるのよ…!?」

 

 突然の告白に、目を白黒させて錯乱状態に陥る魔王。

 しかし、そんな様子を気にすることもなく勇者は言葉を続ける。

 

「故に、体が屈し、心が壊れようとも、貴女のものになることはない」

 

「黙れッ! ()はそんなことを言わない!!

 君と魔王はお互いを殺し合うんだ! 互いを認め合うなんてしない!!

 君は魔王に―――恋なんてしないッ!!」

 

 ―――だって、魔王に恋をする勇者なら自分を封印するはずがない。

 

 そんな考えを打ち消すように、狂った悲鳴を上げる魔帝。

 それは恋破れた少女のように痛々しいさまであったが、勇者は容赦しない。

 確実にとどめを刺しに行く。

 

「いい加減、幻想を抱くのはやめなされ。貴女が愛した人物は二度と現れない」

「違う! 違う! 君が勇者マクシミリアンなんだッ!?」

 

「初代勇者は貴女を封印し、拙者は魔王殿を封印しなかった。

 これだけでも十分な違いのはずだ。

 そして、拙者が封印しなかったのは魔王殿に惚れたから。逆に言えばだ。

 封印した初代勇者は―――貴女のことをなんとも思っていないということだ」

 

 ブツリ、と何かが切れる音がする。

 それは切れてはいけない何かのようで、壊れなければならない何かだった。

 

「……ふふふ…ふふふふ! ふふふふはははははッ!!

 そうだ、また失敗したんだ。だって勇者がボク(魔王)を愛するはずがないッ!

 勇者は愛を持たず力を振るう! 魔王を殺すものだ! そう、君は偽物だッ!!」

 

「ようやっと、気づいたか。

 しかし、自分は愛するのに愛されるのは嫌とは悲しい性だな」

「黙りなよ、もう君に用はないんだ。早く次の準備をしないといけないからね」

「残念ながら、貴女には……いや、貴様に次はない」

 

 狂気を通り越した何かを見せる魔帝だったが、勇者は興味を見せない。

 ただ、相手を消し去るだけの存在とみなして冷たく見つめるだけだ。

 

「ゆ、勇者…? 聞きたいことが山ほどあるんだけど……それは後にするとして、どうやって魔帝を倒すのよ? 二人がかりでも倒せなかったのに」

 

 顔を赤らめ、もじもじとしながらも魔王の言っていることは確かだった。

 何か秘策でもなければ魔帝の前に敗れ去るだけだ。

 しかし、勇者にはその秘策があるらしく自信ありげに頷く。

 

「準備は既に整っている。だが、魔力が足りん。魔王殿少し魔力をくれぬか?」

「……少ししか残っていないから、全部あげるわよ」

「かたじけない」

 

 最後に残ったなけなしの魔力を全て勇者に渡し、魔王は座り込む。

 もう、自分にできることはない。後は信じて待つのみ。

 目の前の女神ではなく、勇者のくせに魔王(自分)に惚れたという男を。

 

「二剣一槍の神髄、とくとご覧あれ」

「神髄…?」

 

 勇者が両手に持った聖剣エクスカリバーと宝剣カリバーンが砕け散る。

 何事かと驚く魔王と魔帝に勇者は語り始める。

 

「二つの剣に宿る聖なる力を全て拙者の体の中に溜め込む、一度きりの技。

 そして、勇者の力と魔王の力を融合させ、全てを一点に集中させる」

 

 勇者の体が神々しい光を放ち始め、その光がゆっくりと集中していく。

 全ての力は凝縮され、この世の全てを、世界をも破壊しかねない力となる。

 

 

 そして、勇者は力の全てが集中し黄金に輝く―――股間を魔帝に向ける。

 

 

「我が聖槍ロンゴミニアドの真の力、とくと味合うがいいッ!!」

 

 

「どうせそんなことだろうと思ったわよ、こんちくしょう!」

 

 魔王が何やらやけくそ気味に叫んでいるが、その力は本物である。

 魔帝が股間に向かい攻撃を放つが、光り輝く股間はビクともしない。

 勇者は遂に真の意味で無敵の勇者となったのである。

 

「うそだ…! そんな技、ボクは知らないッ!」

「当然、これは拙者のオリジナル。さあ、覚悟するがよい魔帝よッ!!」

 

 勇者の股間が一層強く光り輝き、波動砲のように周囲にオーラを飛ばしていく。

 そして、全ての力が乗った光の一撃が今、放たれる。……勇者の股間から。

 

 

 

「世界を繋ぎ止める栄光の槍、受けてみよ! ―――ロンゴミニアドッ!!」

 

 

 

「なんで、あなたは緊迫した場面をこうも酷い絵面にできるのよぉおッ!?」

 

 魔王の泣き声と、破壊音が響き渡る中。

 魔帝は断末魔の悲鳴すら上げることなく―――光の中に消えていったのだった。

 

 

 

 

 

「終わったのね……」

「そうだな」

 

 戦闘によりできた瓦礫の山に座りながら、魔帝が消えた方向を見る勇者と魔王。

 勇者はいつも通りどこまでも自然体で。

 魔王は距離感を計りかねているように、チラチラと勇者の顔を盗み見ていた。

 

「ねえ……今どんな気分?」

「一応は女神を殺したからな。何とも言えん気分だ」

「まあ、あなた達人間が信じていたものだものね」

「全くだ。その実態が勇者狂いの元魔王とは……人生は驚きの連続だな」

 

 消してしまったとはいえ、思う所はあるのかため息をつく勇者。

 魔王はそんな勇者の前に、本題を振る勇気が湧いてこずに、さらに別の話題を振る。

 

「あなたは勇者って何だと思う? 魔帝は力を持って魔を倒すものって言ってたけど」

 

 その問いかけに少し考える仕草を見せ、勇者はフッと笑う。

 

「それも間違いではござらん。ただ、拙者の考えは違う」

「なんなのかしら?」

 

「勇者に力はいらんし、勇気もいらん。

 ただ、大切な何かのために歯を食いしばって立ち上がれればよい。

 それさえ出来れば、皆―――勇者だ」

 

 世界を救う力などいらない。人一倍勇敢である必要もない。

 ただ、譲れない何かのために、震える両足を叱咤して立ち上がれればいい。

 家族のために懸命に働く父親や母親。友を助けるために頑張る子ども。

 

 みんながみんな勇者なのだ。

 

 救った数の問題ではない。守った人数の問題でもない。

 どんなに小さくつまらないものであっても。

 救うという行動を、守るという行動を、行った者が勇者と呼ばれるのだ。

 

「そして、その大切なものが、拙者にとってはそなただっただけだ」

「ひゃ!? そ、そういう大切なことはいきなり言わないでよ……」

「一目惚れだ。拙者と添い遂げて欲しい」

「だ、だから……あうぅ…」

 

 真面目な顔でプロポーズをされて、魔王はあうあうと口を開くことしかできない。

 だが、答えを待っている相手が目の前に居るのに、返さないわけにはいかない。

 なので、魔王は混乱してトマトのように赤い顔のまま口走る。

 

「ふ、不束者ですが、お願いします!」

「そうか! そうか! その……必ず幸せにすることを誓おう」

 

 勢いで言ってしまった魔王だったが、別に勇者のことは嫌いではなかった。

 なんだかんだ言って、その性格は好いていた。露出癖は別だが。

 そもそも好きでもない男と一つ屋根の下で生活できるほど、彼女は大人でない。

 あくまでも乙女なのだ。精神年齢は。精神年齢は。

 

「では、これからもよろしく頼むぞ」

「え、えっと……よろしくね…?」

 

 ハニかんで上目遣いで見つめるという仕草で、完全に乙女ムーブに入る魔王。

 魔王としての威厳? そんなものより婚期だ。ということなのだろう

 これでリリスも色ボケ年魔(としま)王様などと呼べなくなるはずだ。

 

 そう、浮かれまくっていたのが悪かった。

 いつもなら絶対にこけない程度の瓦礫に躓き、勇者に倒れ掛かってしまう。

 そして、定番のアレを掴む。

 

 

「すまない、それは私のおいなりさんだ」

 

 

「なんでこんなのばっかりなのよぉおおッ!?」

 

 魔王の不遇なツッコミ生活はまだ始まったばかりだ。

 




完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
感想評価よろしくお願いします!





〇後書き
この作品で唯一真面目に設定を考えたのが魔帝さんです。
当初は勇者は魔帝のクローンで魔帝は自分しか愛せないホモで、そのために勇者を作って呼び寄せたという設定にしようと思っていましたが、ヤンデレ女神になりました。理由は「君はそんなことしない!」って言わせたかったからのと最後ぐらい絵面をよくするため。

それと最終的にヒロイン化した魔王様。特にくっつく予定はなかったけど、あんまりに不憫なのでせめてヒロイン化させました。後、行き遅れにならないですむという配慮。というか、この作品どちらかというと魔王様メインな気もします。

勇者は語ることはありません。ひたすら変態性が上がるように書きました。最後だけ真面目になったのはネタ切れのせい。ロンゴミニアド? 気にするな。

さて、5話にもなって少しずつネタの量が無くなってきたので、ここで完結します。元々短編だったのでこれが限界。今度はまともな冒険章でも書きたいと思います。

それでは、改めてお付き合いいただきありがとうございました!

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