逆行ハリー、ぼくのかんがえたりそうのせかい   作:うどん屋のジョーカー

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ホグワーツまでの旅

 夏休みが終わりに近づくにつれ、ハリーはあることで頭を悩ませていた。

 マルフォイ家の屋敷しもべ妖精であるドビーのことだ。

 ルシウス・マルフォイがトム・リドルの日記を使って、秘密の部屋の怪物を放とうとしていると知ったドビーは、その怪物からハリーを守ろうとしてくれた。それで“一度目”の二年生のときに、酷い目にあったのだ。

 ドビーはハリーが学校に来なければ大丈夫だろうと考えて、ハリーのホグワーツ行きを邪魔した。

 友達の手紙を妨害することから始まり、九と四分の三番線への通路を閉じて汽車に乗らせないようにしたり、クィディッチの試合でブラッジャーに追いかけさせて大怪我させたりと、とにかく無茶苦茶だった。

 ハリーが「戻って」きたときに、既にハリーはウィーズリー家にいたからもうドビーとは一戦を交えた後だった。次に会えるのはキングズ・クロスに行ったとき、つまり当日だ。

 マルフォイ家で働く彼を簡単に呼び出せるわけもないし、ハリーがホグワーツ特急に乗れないことはドビーの気が変わらない限り、絶対に変わらないだろうが、ほぼ確定だった。

 ただ、二度もフォードでのそこまで快適じゃない旅に出る気はない。今度こそ運が悪くて、暴れ柳にミンチ肉にされるかもしれないし、またダンブルドアに失望された目を向けられたくなかった。

 かと言って、ロンと二人でキングズ・クロス駅で迎えを待つつもりもなかった。あんな人通りの多い、それも新学期が始まるような時期に、十二歳の少年二人が奇怪な荷物を持って立ちすくんでいるのは目立ちすぎる。

 一番いいのは、ウィーズリーおじさんと行動を共にすることだろう。

 それならば、取るべき手は一つだ。

 翌日、早朝からウィーズリー家は騒がしかった。あれがないこれがないとみんなが家を走り回り、やっと車に乗れた後も、出発しては一人が忘れ物を思い出し、また出発しようとしても誰かが忘れ物を思い出し、と何度も家に戻る羽目になったせいでかなり時間が押していた。

 車内は苛立った空気に包まれていたが、ハリーはこれでいいと思った。

 ドビーが待ち構えているなら、ハリーの後からやって来た人たちもみんな巻き添えを喰う。被害者は少ない方がいい。

「ジョージ、汽車に乗るまでヘドウィグを預かっててくれない? 今日は僕とは話したくない気分らしいんだ」

 ハリーは隣に座っていたジョージに頼んだ。ジョージはなぜハリーがこんなことを言いだすんだろうという顔でハリーを見たが、それ以上深く追求することなく快諾してくれた。

 一行が九番線と十番線のホームの間に着いた頃、時計は出発の五分前を示していた。

 急ぐウィーズリー家よりもさらに早足でハリーはカートを押して、一番前に出た。

 目的の柵が見えた時、ハリーは後ろを振り向かないまま言った。

「僕が先に行きます」

 おばさんの返事も聞かずに、ハリーはカートを押して小走りで柵に突っ込んでいった。

 かなりの確率で、柵はハリーを跳ね返すかもしれない。そうだろう、ドビー。ハリーは柵を見つめた。

「待ってよ、ハリー」

 後ろから追いかけてきた声に、思わずハリーは振り返った。ロンだ。

「え、君まで――」

 そのとき、壁にカートがぶつかる鈍い音と衝撃が同時に起こった。カートの持ち手がハリーの腹に食いこみ、息がつまる。そこにさらにロンが突っ込んできた。

 二つのカートはぶつかり合い、荷物とロンとハリーは地面に投げ出される。

 ロンの悲鳴が聞こえた。

 ハリーは地面に打ち付けられる前に、足の筋肉と腹筋を使って体勢を保ち、転ばずに済んだ。闇祓いの訓練の一環で、体術をやっていたおかげだ。しかしロンは荷物と一緒に地面に転がっていた。

「まあまあ!」

「いったい、どうなってるんだ」

 ウィーズリーおばさんとおじさんがハリーとロンに駆け寄った。おばさんがロンを起こしている間、おじさんは困惑した顔で柵に手を当てた。

「まさか、通れなくなっているのか?」

「どうするの、ホグワーツには行けないの?」

 カートの持ち手を強く握って、フレッドが心配そうな声を出す。

「ひとまず、車へ戻ろう。私たちは目立ってしまっている」

 おじさんの言う通りだった。プラットホームに居た客たちの何人かが、もの珍しい装いのハリーたちを疑り深く見ている。さらに近くに居た駅員が眉間を寄せて叫んだ。

「いったい、どうしたんですか!」

 ウィーズリーおじさんは帽子を頭から取って、なんでもないと叫び返す。

「どうやら、この子たちのカートがいかれてしまったようで」

 誤魔化すような笑みに、駅員の顔がますます疑うようなものになった。ウィーズリー兄弟たちに荷物を戻すのを手伝ってもらってから、ハリーたちは慌ててその場を去った。

 再びフォードに乗り込むと、珍しいことにパーシーが後部座席から身を乗り出した。普段なら絶対にそんな無作法なことはしないはずだ。

「どこへ行くんですか? 父さん」

「ダイアゴン横丁だ」

 おじさんは前を見つめたまま答えた。

「まずは学校側と連絡を取ってから、どうするのか決めよう」

 こうしてハリーたちは、キングズ・クロスに一番近い魔法使いの商店街、ダイアゴン横丁へと向かった。

 漏れ鍋に着くと、早速ウィーズリーおじさんは暖炉に頭を突っ込んだ。しばらくすると、マクゴナガルの顔が暖炉に浮かぶ。ハリーたちは少し離れたテーブルについて、おじさんがマクゴナガルと話し合う様子を窺っていた。

「はい、はい、ええ、分かりました、そうします」

 暖炉から顔を上げたおじさんに、パーシーが詰め寄った。

「それで、どうするんですか?」

「煙突飛行でホグズミード村まで行くことになった。ホグズミードに着いたら、学校側が迎えをよこしてくれるらしい。よし、じゃあ車から荷物を下ろすぞ」

 ハリーたちは、漏れ鍋の煙突からホグズミード村の郵便局の煙突まで移動した。郵便局はふくろうの臭いと鳴き声で溢れていた。

 郵便局を出る前に、おじさんたちは杖を振って荷物を浮かせる。ここは、イギリスで唯一の魔法使いだけの街だ。堂々と魔法を使っても、何も問題はない。

 通りに出ると、ホグズミード村の店はダイアゴン横丁ほどではないがほどほどに賑わっていた。

 夏のこの時期にホグズミードへ来るのは、大人のハリーも初めてだった。

 ホグズミード行きが許可されるのは早くても十月の下旬からで、夏休みは六月辺りから始まる。

 九月初めのホグズミードはまだ少し暖かく、それぞれの店の入り口の脇には、色とりどりの可愛らしい花が咲き誇っていた。

 奥の方には山が立ち並ぶものの、村の周辺は開けていて昼の太陽を満遍なく浴びているためだろう。

 真上から降り注ぐ日差しが、大通りの石畳に照りつけていた。

 だが、山から吹いてくる風に少し冷たいものが混じっているのをハリーは感じた。

 季節はすっかり秋だ。ここから一気に気温が下がり始めて、夏よりも曇り空が増えてくる。

「ラッキーだぞ。普通、ここには三年生になってからじゃないと来られないんだから」

 ジョージがハリーとロン、ジニーに言った。

「ゾンゴの店だ。ねぇ、ママ」

 フレッドがおばさんを上目づかいで見た。

「ダメですよ。お迎えが来るまで、三本の箒で待っておくんです」

「私は魔法省に連絡を取って、魔法運輸部の者に今回のことを伝えなければいけない。先に行っててくれ」

 おじさんは郵便局へ戻って行き、ハリーたちはホグズミードの中でも特に人気の居酒屋である「三本の箒」で昼食を取った。

 清潔で広々とした店内は、繁盛期よりは人が少ないものの、昼時のためか賑やかだった。店主のマダム・ロスメルタが、昼間から酒を飲んでいる男連中を相手にしている。最後に見たときより若々しく、体の曲線もより明確だ。

「ウワー、これ、すっごくおいしい!」

 ロンとジニーがバタービールを飲んで歓声を上げた。

「ねぇ、ハリー。君も飲んでごらんよ」

 トウモロコシに齧りついてたハリーにロンが勧める。ハリーはバタービールのグラスを持って、口を付けた。いつも通りの美味しい味だ。

 ジニーとロンを見ると、二人は夢中になってバタービールのグラスを傾けている。最初の頃は自分もあんな風だったなと、ハリーは微笑ましくなった。

 ハリーたちがホグズミードについてからもう二十分以上経った。しかしウィーズリーおじさんは中々戻ってこない。おばさんが少し落ち着かなくなっていた。

「アーサーったら、まだ戻ってこないのかしら。母さんは父さんの様子を見てくるから、パーシー、この子たちをお願いできる?」

 おばさんの頼みに、パーシーが厳格な顔で頷いた。

「おっ、パーシーがリーダーだぜ」

 フレッドが茶化すと、おばさんとパーシーが同時に睨みつけた。フレッドはおばさんの方を見て口をつぐんだ。

 それから五分以上が経過したが、様子を見に行ってくると言っていたおばさんも中々戻ってこなかった。

 子どもたちが大人しく昼食を続けている中、パーシーが時折、目を細めてみんなを見回す。フレッドやジョージはいつもみたいに賑やかで、ロンも何も考えずに料理を食べていたが、ジニーはだんだんと口数が減っているのがハリーには分かった。それに、入り口の方にちらりと視線を寄越すことが増えている。初めてのホグワーツ行きなのに、最初からトラブル続きであることが不安なのだろう。

 ハリーはジニーの為に、そのまま出されていた熟れた林檎を切ってあげることにした。食事とセットで出てきたナイフを使ったが、切れ味が悪くなかなか上手く刃が滑らない。久々にナイフを使ったというのもあるだろうが、酷くがたがたになった林檎の表面にハリーは首を傾げた。そんなハリーの目の前に、何かが差し出される。

「ほら、ハリー。これ使えよ」

 フレッドが小さな果物ナイフをハリーに渡す。

「どうしたんだ、そんなもの」

 それを見ていたパーシーが驚いた顔をした。

「去年、ハグリッドに貰ったんだ。酒場のゲームで当たったけど、小さいから俺らにあげるって」

「そんな危ないものを持ち歩いてるのか?」

 パーシーの咎める声に、ジョージが肩を竦める。

「パーシー、俺たちが所構わず人を刺しまくるような殺人鬼にでも見えるのか?」

「そう言うことじゃないだろう。持っていると怪我をするぞ」

「パーシー、俺たちがちっちゃな三歳の子供にでも見えるのか? それにこれは刃がしまえるから、大丈夫だ。学校の外で魔法が使えないと、こういうのが必要になるからな」

 フレッドはハリーに、ナイフの刃を折り畳んで柄の木の部分にしまうところを見せた。

 それから再び時間が経ったが、ウィーズリーおじさんとおばさんは全く戻ってこない。

「ママが行ってからもう二十分以上経ってるぜ。そんなにもめてるのか?」

「単なる事故ではないのか? もしかしたら、あの通路を誰かが塞いだのかもしれない」

「だとしたらきっとマルフォイだ。ハリーと僕らが学校に行くのを嫌がるのはマルフォイくらいだもの」

 ジョージとパーシーの会話にロンが割り込んだ。

 当たらずも遠からず、だ。ハリーは苦笑する。実際には、マルフォイ家に従える屋敷しもべ妖精が、ハリーに対する純粋な善意で起こしたことだけれど。

 パーシーが入り口を気にしながら口を開いた。

「迎えの職員も中々こないな」

「なぁ、来るとしたらマクゴナガルが迎えにくるのかな。だって俺らはみんなグリフィンドールだし」

 ジョージの言葉にフレッドが付け加える。「ジニーはまだ違うよ」

「私も絶対グリフィンドールよ!」

 ジニーが珍しく強い口調で反論した。未来で夫になってるハリーにも、滅多に見せない姿だ。

「マクゴナガル先生は副校長だ。今はきっとお忙しいだろう」

「じゃあ、ハグリッドかもしれない」

 パーシーの意見にハリーが可能性を上げると、ロンがバタービールを飲みながら歓声を上げた。

「それなら最高。まあスネイプじゃなければ誰だっていいんだけどね。絶対、僕らが汽車に乗らなかったことをぐちぐち言うに決まってる」

「スネイプと言えば」フレッドが呟いた。「やつは今年も闇の魔術に対する防衛術の教授を逃したんだ」

 ジョージが頷く。

「ああ、ロックハートの大ファンには見えないもんな」

「よくお分かりのようだ」

 ハリーのすぐ傍で、苛立ちを抑え込んだような低い声がした。みんなが一斉にそちらを向いた。

 スネイプだ。

 痩せた体躯に黒いローブを隙なく着込み、肩まで真っ直ぐ垂れた脂っこい黒髪が、土気色の顔の周りを縁どっている。

 特徴的な鉤鼻越しに、ウィーズリー兄弟を、そしてハリーを睨みつけた。

 久々にその姿を見て、ハリーは息が詰まった。

 こうして本人を目の前にすると、湧き上がるのは様々な記憶が入り混じった複雑な感情だ。自分が知っている人の中で最も勇敢な人、ハリーは最終的にスネイプをそう評価したが、全てが憎たらしいという表情で見つめられると、真相を知っていても色々と勘違いしそうになる。

 昔のハリーはスネイプに睨みつけられる度に、彼がハリーを殺したいほど憎んでいるかもしれないとよく思ったものだ。嫌っていたのは間違いないが、スネイプは誰よりも全てを賭けてハリーを守ろうとしてくれていた。ハリーの母を愛していたからだ。

 皮肉なことに、母の死によってスネイプは自分を省みることが出来て、それ以降は母の意志を尊重することを何よりも優先した。母を愛して、ハリーの為に、そして魔法界の為に死んだ男だった。

 スネイプは悪人でもなければ、聖人でもない。ただ、彼のしたことだけが真実なのだ。それが何よりも大事なことだとハリーは思っていた。だから教訓の意味もこめて、息子の一人にその名を与えた。それと同時に彼への感謝と、許しも込めた名前だった。魔法界を、そしてハリーを守ってくれた感謝と、スネイプへの許し、そしてハリー自身への許しだ。ハリーはずっと後悔していた。自分が疑いを持ってスネイプに反抗的な態度を取ったことや、なによりもダンブルドアを殺したスネイプに対して言った言葉を。最後に彼に対して何もできなかったことを。スネイプを称えることで、ハリーは自分にも許しが欲しかった。

 それでもなお、ホグワーツの戦いでの死をハリーは一生忘れることはないだろう。

――こっち、を、見……。

 ハリーの目を見つめて発せられた、弱弱しく途切れていく声は、何年経っても耳の中で色あせることはなかった。

 気づけばハリーは、今のこの状況でもスネイプと視線を交わしていた。

 黒い瞳が、ハリーの瞳を見ている。ただ、見ている。開心術を使われている気配はない。

 本当にスネイプは、ただハリーの緑の目を見ているだけだった。

 ハリーの喉が、急に縮こまった気がした。だが先に目を逸らしたのはスネイプだった。

 二人の間に漂っていた空気がなかったように、スネイプはいつも通り嘲りの笑みを口元に浮かべて全員を見渡した。

「さてさて、諸君が汽車に乗らなかったことだが」

「ちゃんと理由がある!」フレッドが叫んだ。

 スネイプは眉間の皺を深くしてフレッドを睨みつける。

「黙って聞け。君たちが目立ちたがりであることは理解しているが、グリフィンドールとは大抵そういうものだが、今回の件はどういった経緯があったのか事前に聞いている。これからホグワーツに向かうが、君たちは他の生徒が城につくまで、大広間で待機することになる。寮にはまだいけない。荷物は例年通り、玄関ホールの脇に置いておけば後で部屋に運ばれる。城ではまだ歓迎会の準備が行われている。暴れて教授陣の手を煩わせることがないように。もしそうなれば、グリフィンドールが今学期一番早く減点を受けることになるだろう」

 スネイプはハリーたちが絶対大人しくしないだろうと確信をもった目で見下ろしてきた。

 ハリーを除いた全員が、眉間を寄せてスネイプを睨みつけている。

 険悪な空気の中を、軽やかな鐘の音が響いた。店の入り口が開いたのだ。

 入ってきたのはウィーズリーおじさんとおばさんだった。二人はスネイプを見つけると、大人らしい笑みを浮かべた。

「ああ、どうも。お待たせしてしまったかな」

「いや」

 おじさんに対してスネイプは無愛想に答えた。

「魔法運輸部の者がすぐに調査に行ったようだが、空間接合の魔法には何の異常も見つからなかったようだ。むしろ私たちが場所を間違えたんじゃないか、と言っている」

「僕たちは間違ってなかった!」

 パーシーがショックを受けた顔で叫んだ。

「ああ、その通りだ。しかし原因がどうにも、な。そこ自体に異常がないのなら、誰かが妨害した可能性もあるが……」

 おじさんは困ったように薄くなった頭を何度も撫でつけている。

「やっぱり、マルフォイだよ」ロンがハリーに囁いた。

「まあこのことは私たちに任せて、お前たちは心配しないで、学校生活を楽しんできなさい」

「お勉強に専念するのよ」

 ウィーズリーおばさんが子供たちに優しく微笑んだ。フレッドとジョージがにっこり笑い返す。

「もちろん、心配しないで」

 おばさんは途端に心配そうな顔になった。

「そろそろ、出発する」

 離れた位置で家族のやり取りを見ていたスネイプが、とうとうそう告げる。

 みんなが店の外にでると、大通りには馬車が二台あった。一年生以外の生徒が、ホグワーツ城へいくために使うものだ。一年生だけは、小舟に乗って湖を渡らなければいけない。彼らが遠回りしている間に、他の学年の生徒の準備を済ませておくためだった。

「ああ、かわいそうなジニー。汽車にも乗れずに、初めてのホグワーツをお舟の上から見られないなんて」

 ウィーズリーおばさんが、新入生になるジニーを抱きしめながら嘆いた。

「私、そんなに気にしてないわ」

 抱きしめてくる両腕の隙間から、ジニーがちらりとハリーを見る。ハリーと目が合うと、耳の先をピンク色に染めた。

「聞いたか? 楽しいホグワーツ特急の旅や、闇夜に輝く壮大なホグワーツ城を湖から見上げるよりも、ハリー・ポッターと一緒に行く方が何倍も価値があるんだと」

 フレッドがにやりと笑うと、ジニーはこれまでにないほど顔を真っ赤にして、おばさんの腕を振りほどき馬車に逃げ込んだ。

「フレッド、妹の面倒をよく見なさい。あなたたちもね」

 ウィーズリーおばさんは厳しい目でウィーズリー兄弟を見回した。

 そのやり取りのわきで、ハリーは馬車の前に繋がれているものを見つけた。肉のない、骨と黒い皮だけの、まるで馬の骸骨のような生き物、セストラルだ。コウモリの翼そっくりの羽根を微かに揺らしながら、そこに立っていた。虚ろな白く濁った目でハリーを見ている。死をその目で見て理解した者にしか見えない生き物だった。

 体が元に戻っても、彼らが見えるのか。セストラルの生臭い息が、風に乗って鼻のあたりに漂ってくるのを感じながらハリーは思った。

「ハリー! 何してるの、早く来なよ!」

 ロンの呼ぶ声が聞こえて、ハリーは顔を上げた。そのとき、視界の端に黒いものが映る。スネイプがハリーを見ていた。その目線が一瞬セストラルの方に移って、ハリーは心臓が少し縮んだ。スネイプはきっと、ハリーにセストラルが見えていると気づいたのだろう。

 スネイプが何か言って来る前に、目線を合わせないようにしてそそくさと馬車に乗り込み、ハリーは扉を閉めた。

 スネイプがもう一台の馬車に荷物を詰め込み乗り込むと、二台の馬車は砂利道をホグワーツ城に向けて走り出す。

「そうだ、フレッド。これ返すよ」

 馬車の中でふと思い出したハリーは、折りたたみ式のナイフを差し出した。さっきフレッドに借りたやつだ。

「いいよ、ハリーにやるさ。もし去年みたいに例のあの人と戦うことがあれば、それで刺してやれ」

 ハリーは笑ったが、一緒に聞いていたパーシーはあまりいい顔をしなかった。

「あれはクィレル教授が起こした事件だ。例のあの人は関係なかった」

「おいおい、パーシー、マジで言ってるのか。俺たちみんなハリーの活躍は聞いただろう!」

 あまりにも驚いたジョージが椅子からずり落ちそうになっていた。だがパーシーは頑なに認めないという態度を取って、ズボンのポケットから本を取り出し読み始めて周囲を閉めだした。

「でも、例のあの人がナイフでやっつけられるわけないじゃん」

 ロンの言葉にフレッドが口の端を上げた。

「さすが、チェスの王者。戦い方についてはよくご存知で」

 ハリーはナイフをマントの内ポケットに仕舞って、前に視線を戻す。すると変身術入門の本越しにジニーと目が合った。しかしジニーはさっと目を本で隠してしまう。

 そうこうしている内に、窓の外からホグワーツ城の門が見えてきた。

「さて、諸君。一番乗りの城で何がしたい?」

 フレッドが腕を組んで前のめりになった。ジョージが囃し立てる。

「何も、するな」

 パーシーが本から顔を上げて二人を睨んだ。


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