オーバーロードは稼ぎたい   作:うにコーン
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来年1月に放送される、オーバーロード2期のPVが発表されましたね!
ツアーの声が思ったより男っぽくてビックリしました……ええ、勝手にアルフォンス君な声で想像してただけなんですがね。 鎧繋がりで。



あらすじ


おっさん「あー貴族ウッザ。 あ、お客さんきとるやん!」
アインズ「王様に会わせて欲しいなー果物も油もあるのになー」
おっさん「でもお高いんでしょう? 私平民だし……」
ドクトル「そんな事はありません! 今ならニグンも無料で付いてくる! お買い得だよ!」






現在のナザリック生産物

・そこそこの量の硫黄
・そこそこの量の高シリカ火山灰
・やや少ない量の鉄スクラップ
・まぁまぁの量のスケルトンの骨
・数十個単位の瓜科果物
・数百個単位の柑橘果物
・数千個単位のオリーブの実
・やや少ない量の過燐酸石灰
・バケツ数杯の硫酸
・MPが続く限りの塩酸
・プロトタイプの農業機械
・計測不能の量の石灰岩
・かなり多い量の生石灰
・かなり多い量の消石灰
・かなり多い量の石灰水
・そこそこの量のセメント


商品売って稼ぎたい

 翌日、王都最奥部。

 

 外周1.4キロメートルの城壁、12もの巨大な塔に囲まれた場所に、国王の住むロ・レンテ城が天を突くように建っていた。

 

 面積にして東京ドーム3つ分と、軍事拠点にするには非常に手狭な印象を受ける。 しかし、機甲戦も航空戦も()()()()存在しないこの世界では、十二分に機能を発揮する堅城であると言えた。

 

 そんな城壁に、燦々と照りつける暖かい朝日を浴びるロ・レンテ城は、普段の静かな朝と違い喧騒に包まれていた。

 

「控え室の清掃はまだ終わらないの!?」

「ただいま終わりました、メイド長!」

「執事長! 陛下の沐浴が済み次第、すぐ朝食に移れますがどうしますか!」

「時間が有りません。 今回は着替えの前に、陛下に御朝食を召し上がっていただきます。 その間にお召し物の準備を」

「畏まりました!」

 

 身分尊き者の朝は遅い。 いや、別に王族・貴族と言った者達が怠惰だからと言うワケでは無い。 単純に夜が遅いのだ。

 

 会合や会食、立食パーティーなど、人付き合いに重きを置いた政治活動をする都合上、どうしても夜遅くまで起きていなければならない。 そのしわ寄せが、俗に言う重役出勤といわれる遅出だ。

 

 しかし、今日は違った。

 

 緊急の要件の無い主だった貴族達に、強制的に召集が掛かったのだ。

 

 深い眠りに落ちている所を叩き起こされ、不満を顔中に表した貴族達が王城の貴賓控え室に通される。 欠伸を噛み殺す者、腹立ち紛れに召し使いに当り散らす者、船を漕ぐ者など様々だ。

 

「こんな時間に突然呼びつけおって! 大した用件でなかったらただじゃ置かんぞ!」

 

 唯でさえ騒がしい待合室に、怒号が響き渡った。

 

「落ち着かれよリットン伯爵。 騒ぎ立てても時間は戻りませんぞ」

「おお、これはこれはボウロローブ候」

 

 今の今までしかめっ面をしていた男の表情が、パッと明るくなる。

 

「伯爵は今回の一件、何も聞かされておらぬのか?」

「その通りです。 昨日は大事な会合に深夜まで掛かり切りだったというのに……迷惑な話ですな、全く!」

 

 眉を吊り上げて吐き捨てるように言ったリットンは、腹立たしさを隠そうともせず膝を上下に揺らす。

 

「ふむ。 ……噂によると、今回の召集…あのガゼフ・ストロノーフを救ったと言う魔法詠唱者(マジック・キャスター)が望んだとの事とか」

「ガゼフ・ストロノーフを? ……確か、アインズ・なんとか・なんとか、でしたか?」

「まぁ、噂では……な」

 

 ボウロローブは、そう言葉を濁すと腕を組んで口を閉ざした。

 

 ……本当はそんな噂など流れていない。 ボウロローブの息の掛かった間者が最初から王城に配置されていただけで、たまたま御喋りな第三王女の口から漏れた情報が流れてきただけだ。

 

「理解出来ませんな。 何故そんな、どこぞの馬の骨とも解らぬ者の望みを聞いたのです」

「さあな。 ……まぁ、ガゼフ・ストロノーフは国王のお気に入りだからな。 甘い判断を下すのも無理も無かろう」

 

 平民上がりの下賎の輩のくせに! と、憤慨するリットンの言葉を聞き流していると。

 

「皆様、大変長らくお待たせいたしました。 謁見の間の準備が整いましたので、移動をお願い致します」

 

 深々と頭を下げ、執事長が謁見の開始を知らせに来たのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 アインズの朝は早い。

 

 と言うのも、睡眠など不要……というか眠りたくても眠る事ができない身体では、何時起きるかではなく、何時始めるかでしか無いからだ。 

 

 クサダは「うひょー! 何日徹夜しても全ッ然眠くなんねーぜ!」と喜んでいたが、ただの一般市民でしかなかったアインズとしては手放しに喜んでいいものかと思う。 まぁ、その後クサダは「せっかく寝なくて良くなったのにゲームが無ぇぇええ!」と、膝から崩れ落ちていたが。 絶対、不眠不休でゲームざんまいする気だったな……と、アインズは呆れる。

 

 確かに眠くは無い。 人間の三大欲求、食欲・性欲・睡眠欲は無くなって  性欲は仄かに感じるが  いるとしても、ずっと中身の入ってない頭を使いっぱなしだったのだ。 生活リズムが狂うからとか、気分を落ち着かせるためとか適当な理由をでっち上げて、1人になる時間を確保したかった。 それがダメなら、せめて何も考えないで居られる時間が欲しかった。

 

 1度だけ、アインズ当番の一般メイドに、それとな~く一人になりたいと伝えた事があったが……それはそれはもう、世界の終わりみたいな表情をして泣き崩れられてしまった事がある。

 

「フフ、それだけではありませんよ」

 

 アインズは、鷹揚に両手を広げながら振り返る。 そして、数秒間静止した後、振り返る前の姿勢に戻る。

 

「フフ、それだけではありませんよ」

 

 再び、鷹揚に両手を広げながら振り返る。

 

「……せんよ。 ……こうか? もう少し斜に構えた方が見栄えがいいか?」

 

 巨大な姿見の前で、手首や腕の角度を微妙に調整しながら何度も繰り返す。 プレゼン中の自分が自信タップリに見えるように、尊大な態度の手本はクサダを選んだ。

 

「ん゛ん! ……フフ、それだけではありませんよ」

 

 自分のポーズに納得したアインズは、(かたわ)らのメモ帳を手に取るとペンで丸を付ける。 この次は、デミウルゴス達に深読みされた時に使う「やはりそうか……」の練習だ。

 

 アインズが鈴木悟であった頃。 プレゼンに挑む前は、ありとあらゆる状況を想定し、来るであろう質問の答えは全て用意する……と言う方法を取っていた。 クサダのように、ある程度準備したら後は適当〜なんて雑な方法は無理なのだ。

 

 もちろん、アインズだってハッタリの練習など恥ずかしい事だと分かっている。 そうでなければ一般メイドはおろか、秘書のアルベドや八肢刀の暗殺蟲(エイト・エッジ・アサシン)などの護衛の入室を禁じたりしない。

 

 結果的には一人になる時間は出来た。 クサダのおかげというか、クサダの所為でというか、そんなこんなでこうして理想の支配者を装う練習する時間は出来た……が、色々と失う物もあった。

 

 1人になりたい事を伝え、一般メイドに泣き崩れられた話には  アインズは思い出したくも無いが  続きがある。

 

 

                                            

 

 

 クサダは、自分は必要とされていないと泣きじゃくるフォアイルの肩に手を置き、真剣な表情でこう言った。

 

「男にはな……プライバシーが守られた、1人にならなければいけない時間と言うものが必要なんだ……!」

 

 クサダは右手を上下に振った。

 

  ハッ! ま、まさか……!」

 

 アルベドも右手を上下に振った。

 

「そのまさかだッ……!」

 

「いや違ぇーから!」

 

 キメ顔でとんでもない事を言い出したクサダ。 アインズは慌てて否定の叫びをあげた。

 

「も、申し訳ございません! そこまで考えが至らず!」

 

 沈痛な表情を浮かべたアルベドが、アインズに跪いて頭を下げる。 そのような事がしたくて1人になりたいワケじゃあ無いと、アインズは否定しようとするが慌ててしまってうまく言えない。

 

 モタモタしている内に、胸の前で手を組んだアルベドがパッと顔を上げる。 潤んだ目、上気した肌、恍惚とした表情で見つめられ、アインズの存在しない心臓が跳ねた。

 

「ですが、何も1人で致さなくてもよろしいのではとアルベドは思います! 宜しければ、私の口でも胸でもお好きな場所を肉便k  「いや違えーつってんだろ! アルベドも律儀にドクトルのボケに付き合わなくてもいいんだぞ!?」

 

 これ以上アルベドに発言させては危険と判断したアインズは、被せるように声を張り上げた。

 

「ですが、ですがアインズ様!」 しかしアルベド、食い下がる。 「ちょっとだけ! ほんの少しでいいのです! ほんのちょっとだけ頂けるだけでいいのです!」

 

 何をだ。 などと聞けはしない。 アルベドなら一片の躊躇(ちゅうちょ)なく言ってのけるだろうからだ。

 

 アインズは静かに、そして少し寂しそうに首を左右に振ると口を開く。

 

「……アルベド。 私は偽りの生命しか持たぬアンデッド……オーバーロードだ。 私にはもう、この骨の体とナザリック以外……何も無い」

「しかし……アインズ様!」

 

 

 

「ナニも無いんだよ!!」

 

 言わせるなコンチクショウ! である。

 

「大丈夫だアインズさん!」

「どこがだよ! 大丈夫な部分がひとッッつもねーわ!」

「まぁまぁまぁまぁ………あーほら、ゾンビってさ……心臓止まってんじゃん?」

「……? まぁ、アンデッドだからな」

「心臓止まってるって事はさ、血圧もゼロって事じゃん?」

「……はあ」

「血圧が無いってのは海綿体にも血が(かよ)って無いって事だからさ……」

「あ  ………」

 

 クサダは戦う前から戦闘不能である。 夜戦どころか演習すら不可能なのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 辺り一帯を沈黙が支配する。

 

 アンデッドとは、何故これほどまで悲しい存在なのか。 何故このような仕打ちを受けねばならないのか。 同じアンデッドでも女のシャルティアは  同性同士だが  構造の違いで致す事が出来ているというのに、男は偽りの生を受けた時点で役立たずなのだ。

 

 なんたる性差別。

 

「…………やめよっか、この話題」

「…………そうだな。 ……誰も得しないしな」

 

 とまぁ、その場にいた全員の心に苦いものを残しつつも、そんなこんなでフォアイルの誤解を解き、アインズはプライベートな時間を手に入れることが出来たのだった。

 

 

                                            

 

 

 以上が事の顛末である。

 

 喪った相棒の存在は大きい。 いや、物理的にでは無く精神的に。 だが、いつまでも嘆いてはいられない。 アインズ・ウール・ゴウンはアンデッドであり、空腹も睡魔も感じなければ疲労も無い。 感情だってある一定のラインで抑制され、常に冷静な自分で居られる。 ……タイムラグはあるが。

 

 だが、流石にそうだとしても  

 

「休みたい……」

 

 精神的疲労までは無効化してはくれないのか、鈴木悟の精神は疲労を訴え悲鳴を上げている。 休憩しようと懇願してくる。 だが  

 

「何をしている。 時間が無いんだ……頑張れ、俺」

 

 そう、時間が無い。 休むワケには行かないのだ。

 

 まさか、謁見の出来る日が翌日になるとは思わなかった。 例えるならば、商談のアポを取りに行ったら「では明日朝イチに本社に来てください」と言われたようなものだ。 普通は「来週のこの時間に〜」となるハズだった。

 

 もう1度言うが、鈴木悟がプレゼンに挑む前は、ありとあらゆる状況を想定し、来るであろう質問の答えは全て用意する……と言う方法を取っていた。 ……話が速すぎた。 イメトレも資料も、何もかも用意出来ていない。 だからアインズは、こんな朝っぱらから『テスト開始ギリギリまで必死こいて勉強する受験生』みたいな気分でプレゼンの練習しているのだ。

 

「ナザリック最高支配者に相応しい……手本となるようなプレゼンを……」

 

 アインズは血反吐をブチ撒ける思いで学術書を開く。 専門的な、突っ込んだ質問に答えられず商談が失敗したら、マーレやデミウルゴス達がせっかく作ってくれた商品が全て無駄になる。 失敗は許されないのだ。

 

 ビッシリと文字が書かれた本を開き、化学肥料や現代農法の項目をブツブツと口に出して暗記する。 ワケのわからない数式、始めて見る単語、日本語以外で書かれた文章などを見ていると眩暈がしてくる気さえする。

 

 だが、今は理解する必要は無い。

 

 どうせ、貴族のような教育を受ける機会があった人間でさえ、科学においては鈴木悟以下の理解力しかないのだ。 難しい単語を並び立て、自分は理解していますよとポーズを決めればいい。 つまり煙に巻くのだ。 本当に理解している必要があるのは、社長ではなく技術者……クサダなのだから。

 

 幸い、アインズは暗記が得意だ。 自分の持つ700以上ある魔法を全て覚え、敵が使って来るだろう魔法もかなりの数を覚えた。 たとえ、ルシャトリエの原理とは可逆反応が平衡状態にあるとき、外部から平衡を支配する条件(温度・圧力・濃度)を変えると、その影響を緩和する方向へ平衡が移動し新しい平衡状態となる事……とか書かれてて「呪文かよ!」と理解出来なくとも、覚えてしまえばいいだけだ。

 

 そこで、アインズの左腕からピピピと電子音が鳴る。

 

「時間か……」

 

 かつての仲間が直々に声を吹き込んだ激レア腕時計は、設定されたデジタル目覚まし時計のような音を奏でながら、光の点滅と音で時間の経過を告げた。 アインズはショッキングピンクの腕輪に指をかざし音を止めると、学術書をパタンと閉じインベントリにしまう。 正直言って準備不足も(はなは)だしい。 上手く行く自信は無いに等しかった。

 

 だが、それでもやるしかない。 賽は投げられたのだ。 

 

 寝室を後にし、執務室へ向かう。 

 

「では行ってくる。 私が居ない間、ナザリックの事は任せたぞ……アルベド」

「はい、行ってらっしゃいませアインズ様。 御武運をお祈りしていますわ」

 

 思わず見とれてしまう流麗な所作で跪き、臣下の礼を取るアルベド。 アインズは熱のこもった視線を送る金の瞳に見つめられながら、暗黒の渦に身を投じるのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 リ・エスティーゼ首都王城。 玉座の間。

 

 ガゼフは自らの身だしなみを再度チェックした。 もう間も無く、アインズ・ウール・ゴウンと王が謁見する時間が来る。 その際、王の側に仕える自分が恥ずかしい身なりをしていては、自身の主・ランポッサ3世の品格まで疑われてしまうし、アインズにとっても失礼だ。

 

 国王へ先日の話を事細やかに伝えると、異例中の異例で、かの魔法詠唱者(マジックキャスター)との面会は即座に行なわれる事となった。 もちろん、アインズ・ウール・ゴウンが恩人である事、そして法国特殊部隊隊長・ニグン捕縛の功績が大きいのだろう。

 

 だが。 クサダにその事を伝えると、彼は少し苦笑いして「ふーん…やっぱ警戒されてんねぇ……」と言った後、すこし楽しそうにクスリと笑ったのだ。

 

(ううむ……確かに話を伝えた翌日に謁見、とは異例だが……様々な政務を後回しにしてまで優先するほど、王が感謝していると言う事ではないのか?)

 

 ガゼフは自身の無学を呪いたかった。 剣一本で成り上がってきた自分には、王が何を望んでいるのか、何を危惧しているのか解らない。 アインズの話を聞く限りでは、ただの商談で終わる…………ハズだ。

 

 無力感が心を(さいな)む。

 

 暗い感情が心の中で頭をもたげ……頭を振って心を入れ替える。 今はそのような事を考えている時ではない、と。 自分は王を害なす者を誅するのみ。 一本の剣なのだ。

 

  おや?)

 

 続々と入室してくる貴族達の中に、一際目立つ2人の姿が眼に飛び込んでくる。 得に眼を引くのは、2つ名の元となった美しい髪を輝かせ、海千山千の貴族をして思わず振り返ってしまう美貌を持つ第三王女  ラナー・ティエール・シャルドロン・ヴァイゼルフ。

 

 そして、ニコニコと満開の花のように笑顔を振りまく彼女の後ろには、日焼けした小麦色の肌を白い鎧に押し込んだ、(いわお)のように表情を硬くした少年  クライムの姿があった。

 

「ねえクライム。 今日はお父様にお客様が来られるんですって。 戦士長様の危機を救った魔法詠唱者(マジックキャスター)って一体どんな方なのかしら?」

「ひ、姫様。 もう玉座の間ですので……」

「もう…クライムったら硬いのね。 まだ準備の途中なのだから、少しくらいお喋りしてくれてもいいじゃない」

 

 ラナーは頬をプクッと膨らませるとそっぽを向く。 ただでさえ巌のように硬い表情をしているクライムの表情がダイヤモンドのように固まった。

 

「もっ、申し訳御座いません姫様。 ですが  

「……クスッ、冗談です」 ラナーは破顔した。 「話の続きなのですけれど、その方はお父様にとても珍しい物をお持ちしたいからなのですって! 何があるのか楽しみね、クライム」

「姫様、御戯れを……。 しかし、珍しい物…ですか。 私には想像すら付きません」

「うふふ、知りたいですか? では、クライムには特別に教えてあげます」

 

 まずい、とガゼフは思った。 ニグンの事を貴族に知られると、焦った貴族が何をしでかすか予想が付かない。

 

 悪戯好きの子供のように笑うラナーは、口元に人差し指を当てる。 彼女を注視こそしないが、明らかに貴族達の意識が王女と少年の会話に向けられているのが感じ取れた。 しかし、第三王女とは言え相手は王族……止めて良いものかと迷ってしまう。

 

「その方は王国では絶対に手に入らない、とても美味しい果物を何種類も育てられるんですって。 水と混ぜると石のように固まる、珍しい錬金術粉もあるそうよ」

 

 握った両手を上下に振る彼女は、まるで楽しみにしている演劇がどれ程凄いかを語る少女のようだった。

 

 声量は落とされているが、やや離れた位置にいるガゼフにもかろうじて聞き取れた。 もっと近くにいた貴族達には丸聞こえだろう。 流石にニグンの事までは知らないのか、首の皮1枚で繋がったとガゼフは胸を撫で下ろす。

 

(あ、危なかった……しかし、王女にも困ったものだ……)

 

 母親の美貌を余す事なく受け継いだラナーは、箱入り娘。 悪く言えば、甘やかされて育てられた。 混沌とした政治の暗部と切り離されてきた故に、その無邪気さは貴族に良いように利用されてしまっている。 貴族に介入され、成果の横取りや、決まりかけた法案の立ち消えならまだしも、ただの権力闘争の道具とされてしまう事だってある。

 

 嘆かわしい。

 

 哀れだ。

 

 才能の無さを努力で補おうと、血豆を潰しながらも剣を振り続ける少年も。 黄金の輝きを見せる頭脳と精神の成果に、下らない嫉妬心から泥を塗られる少女も。 血の滲むような努力が徒労に終わるのは、見ていて胸が締め付けられるような思いを覚える。

 

 腐敗した貴族さえいなければ。 何度思った事だろうか。

 

 闘争の修練を積んでいない貴族を、一刀のもとに切り捨てるのは簡単だ。 だが、それをすれば国が割れる。 王国は、確実に泥沼の内戦に突入するだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 ガゼフが手伝わなければ、無辜の民が10万単位で失われると言われてしまえば……そして、まだそれが()()()()だと独り言で呟かれてしまったら。 ガゼフに選択肢など残されていなかった。

 

「では、定刻となりましたので謁見の儀を開始致します」

 

 執事長の凜とした声が通る。

 

「ようこそいらっしゃいました。 アインズ・ウール・ゴウン様、どうぞお入り下さい」

 

 凝った装飾の鎧を纏った儀仗兵が、両開きの扉をゆっくりと開く。 簡単そうに見えるこの作業……速すぎるとみっともないし、遅すぎると鬱陶しいので、なかなか加減が難しい。 なので、今日は儀仗兵の中でもベテランの、やや壮年の人物が選ばれた。

 

 扉が開ききると、アインズはゆっくりと歩き出す。 集まる視線に緊張して、早足になってはいけない。 こんな事、日常茶飯事だよ……みたいな態度で、勿体振りながら歩く。

 

 アインズの威風堂々とした態度に、先程まで騒がしかった部屋が静まり返る。

 

 貴族達を黙らせたのは、この場にいる誰よりも見事な、装飾品の無言の圧力。 ゆったりとしたデザインのローブは、アインズの身長の高さ故か、全くだらしなさを感じさせない。 アインズの動きに合わせ、豪奢な漆黒のローブが無風の室内でたなびくと、眩い朝日を浴びて絹のように光を反射した。 白磁のようにシミひとつ無い仮面には金の文様が刻まれており、大粒の宝石が幾つも埋め込まれている。

 

 圧倒されるとはこの事だ。

 

 昨日の会議でのやり取りは、一体何だったのか。 最早、誰もアインズの事を(あなど)った発言など出来ようも無い。 無理にでもこき下ろそうとすれば、それはただの嫉妬から来る負け犬の遠吠えにしかならない。

 

 やがて、アインズは部屋の中心に到達する。

 

「…………」

 

 スグには言葉を発しない。 一度、ぐるっと視線を巡らせ、更に注目を自身に集める。 もう、誰もアインズから目を離せなくなっていた。

 

 十分興味を引けたと確信したのか、彼は満足そうに頷くと、正面に座る国王に向けて口を開く。

 

「急な申し入れを、快く受け入れて頂き感謝します。 リ・エスティーゼ王国国王ランポッサ三世殿。 そして、第一王子、第二王子、第三王女の皆さんも」

遠路遥々(えんろはるばる)よくぞ来られた、アインズ・ウール・ゴウン殿。 貴殿の勇姿(ゆうし)は戦士長から予々(かねがね)聴いておるよ。 本来ならば我々が成さねばならなかった仕事であった上に、戦士長の命まで救って頂いたとか」

 

 両名、あえて名乗っての挨拶はしない。 ()()()()()()()()()()()()のだよ……と、互いに相手の名を呼合う事でアピールする狙いだ。 よって、一歩出遅れる形になる貴族に焦りが生まれる。

 

 座礼でもって国王が頭を下げた。

 

「私の最も忠実なる側近を救ってくれて、心より感謝する」

「いえいえ、当然の事をしたまでです。 ……それに、私としても報酬目当ての事でしたので」

「……ならば、貴殿の望む額を用意しよう」

「結構です。 報酬は既にカルネ村の村長から受け取っていますので」

「貴殿の損になる話では無かろう? 私から感謝の印として、支払わせてはくれないか?」

「……私に二重徴収をしろ、と?」

「…………聞いていた通り、お堅い方だな…ゴウン殿は」

「……性分ですので」

 

 ランポッサは苦笑いを浮かべ、王座の背凭れに体重を預けた。

 

 チラリ、とガゼフは貴族達の様子を伺うと、皆一様に困惑した表情を浮かべているように見える。 金にガメツイ貴族の事だ。 金の匂いを全身から立ち上らせるアインズに近付き、取引を独占して旨い汁を啜りたいに決まっている。

 

 だが。 誰1人として、自分からアインズに話しかける者は居ない。

 

 交渉・外交・談話といえば、賄賂と脅迫ばかり繰り返し使ってきた貴族は、アインズの清楚潔白さに困窮しているのだ。 謂れの無い謝礼は頑として受け取らず、弱きを助けるのは当然と言い放った彼には、賄賂など逆効果。 弱味を掴んで脅そうにも、後ろ暗い部分など皆無だろう。 抜け駆けは不可能。 貴族達は最初から手詰まりなのだ。

 

 小声で相談する声が集まり、ザワザワと騒がしくなる室内に、パン   と、乾いた音が響いた。 見るとやはり、アインズが手を打ったようだ。

 

「さて……本題に入る前に、朝早くお集まり頂いた皆さんに手土産があります。 ユリ、例の物をここへ」

「はい。 畏まりました、アインズ様」

 

 思わず見惚れてしまう程の絶世の美女が、銀色サービスワゴンを押して入室して来る。 持ち手のついた角形のトレイには、ドーム型の埃除けの蓋が被せられていて、中が何なのかは窺い知れない。

 

 アインズはゆっくりと、そして鷹揚に片手を広げてワゴンを指す。 好奇心をくすぐる憎い演出に、その場にいる全員の注目がトレイに集まった。

 

「こちらからは菓子を御用意させて貰いました。 数々の果物と、砂糖をふんだんに使用した『8種のフルーツショートケーキ』です」

「砂糖…あの貴重な……!」

「おや、ランポッサ殿は食された経験がお有りの様子。 ですが……私の用意した菓子は、その時以上の感動を得られる事と御約束しますよ」

 

 超重要ワード『砂糖』の出現に、一気に騒がしくなる。 だが、それは長く続かなかった。 ユリが被せられていた蓋を開けたのだ。

 

 真珠色のクリームが塗られた歪みの無い真円の土台には、色取り取りのフルーツが美しくカットされ、所狭しと並べられており、まるで宝石箱のようだった。

 

「おお…なんと見目麗しい……!」

「精巧なガラス細工の様に輝いているぞ……!」

 

 その場にいる王族・貴族問わず、微に入り細に入り装飾を施したケーキに眼を奪われる。

 

「果物をただ切って盛るだけでは無く、ゼラチンと水飴でグラサージュしました。 だから輝いて見えるのでしょう」

 

 薔薇の形に整えられたホイップクリーム。 透き通った絹糸の様な飴細工。 金銀の箔であしらった紋様。 全く自重せずに作られたこのスイーツは、ナザリックの料理長率いるパティシエ達が技術を競う様に作成した一品である。

 

 ナザリックでの作戦会議……もとい、いかに金持ち(ランポッサ)に効率よく商品を買わせるか、のアイデアを出し合っていた時の事だ。

 

「なぁにぃ〜〜? 奴等のド肝を抜きたいだとぉ〜〜? よろしい、ならばスイーツだ!」

 

 と、突然白スーツと金髪ウィッグを装備したクサダが、妙なポーズを取りながら宣言した。

 

 へっへっへ、と笑いながらインベントリから数冊の雑誌を取り出し、料理長に渡す。

 

「料理長、君に異界の技術に触れる事を許そう。 この世界中の作品が載った書籍を読み、アインズ・ウール・ゴウンへ捧げるに最も相応しい品を創造せよ! ナザリックが威を示せ!」

「ハッ! 謹んでお受け致します! アインズ様、ドクトル様両名の期待に必ずや応えて見せます!」

 

 とまあ、こんな感じでクサダに焚き付けられ、闘志を焔のように燃え上がらせたパティシエ達。 味もさる事ながら、見た目まで1級品になるのに、そう長く時間はかからなかった。

 

 

 

「あの……戦士長殿」

「……え? あ、いや、ん゛んっ! 如何なされたゴウン殿」

「いやその、毒味をお願いします。 皆さん待っておられますので」

 

 ハッとするガゼフ。 いつの間にか、貴族達の焦れた視線がガゼフに突き刺さっていた。

 

「あ……こ、これは失礼致した!」 慌てて頭を下げる。 「では、恐れながら……リ・エスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。 毒味役として賞味させて頂きます」

「崩れやすいので気を付けて」

 

 ガゼフはフォークを手に取ると、切り分けられたケーキに恐る恐る差し込む。 掬い取られケーキは、触れただけで崩れてしまうのではと思える程柔らかく、手の震えに合わせてフルフルと揺れていた。

 

「ぬううッ! こ、これは……ッ!」

 

 口にした瞬間、目を剥くガゼフ。

 

「非常に……その、甘くて…美味しく……」

 

語彙(ごい)が少ねぇ!)

 

 アインズは白目を  無いが  剥いた。

 

 ダメだこいつ、早く別の人に代わって貰わないと。 こんなあやふやな感想では、せっかく果物の宣伝を兼ねたケーキを作ったのに、空振りに終わってしまう。

 

 誰か他に居ないか。 祈るような気持ちで辺りを見回し  そして、助けは意外な人物から差し伸べられた。

 

「これはまた、今生(こんじょう)味わった事のない美味……!」

 

 ほう。 と、ため息を吐くように、ランポッサの口から感嘆の声が漏れた。

 

「フワリとした食感の生地に、まろやかな…そしてこの上なく滑らかな舌触りの物が……」

「クレーム・パティシエール。 鶏卵・砂糖・小麦粉などで作った、カスタードクリームと言う餡です」

「成る程、この深いコクは鶏卵によるものなのだな。 濃厚な味わいのクリームが、瑞々しい果物と口の中で溶け合うようだ」

 

 ランポッサは満足そうに1つ頷く。 ガゼフの尻拭いのつもりだろうか、その感想は聴いているだけで味が想像出来そうなほどだ。

 

「柔らかな甘さが身体中に染み渡ってゆく……正に佳絶なり」

 

 国王のベタ褒めに触発されたのか、貴族達がゴクリと喉を動かした。

 

 好機。 アインズが空かさず「では、皆さんもどうぞ遠慮無くご賞味下さい」と促すと、待ってましたと言わんばかりにフォークを手に取り、ケーキを口に運ぶ。

 

「泡を薔薇の形に整えるとは、なんと洗練された技術だろうか!」

「おお…王のおっしゃる通り、これはまた美味……!」

「このクリーム、薔薇の香りが付けてあるぞ! なんと雅やかで清らかな香りだ……」

 

 次々に飛び出す褒め言葉は、アインズを煽てたい気持ちもあるのだろう。 だが、いい歳した大人がケーキを前にして子供の様に(はしゃ)ぐのは、それだけナザリックのパティシエが優秀だからだ。 栄養を効率良く摂取出来るように加工する料理と違い、嗜好品でしかない菓子は……言ってしまえば無駄であり、国力に余裕のある国でしか発展させられない。 甘味とは、歴史と国力がモロに現れるジャンルなのだ。

 

 まぁ、実際に発展させたのはナザリックのシモベでは無く、リアルのパティシエ達だが。

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿。 この菓子は我に至高の時を与えてくれた……」 少し困った様な笑みを浮かべたランポッサが頭を下げる。 「戦士長の件といい、この菓子の事といい、貴殿には貰ってばかりだ。 せめて、感謝の言葉を意を述べさせてくれ」

「いえいえ、そこまで言って頂かなくても……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………そうか。 羨ましい限りだ」

 

 食べ終わった食器が片付けられる。 

 

「では、進物の贈呈も済んだ事ですし、本題に移らせて頂きます。 無駄な言葉を省き単刀直入に言いますと、本日参ったのは我々の作った商品を国に買い上げて欲しいからです。 要するに商談ですね」

「成る程。 貴殿の国の特産品の価値は、先程の品で十二分に理解出来た。 こちらとしても、あのような美味なる品の購入に異存は無い」

 

 余程気に入ったのだろう。 いつもは国王の邪魔ばかりしている貴族からも反対意見は出なかった。

 

「して、詳しい話を聞かせて頂けるかな?」

「ご購入有難う御座います。 ですが、我々が取り扱っている商品は食品だけではありません」

「ああ、確か……水で固まる錬金術粉であったか」

「そのような認識で結構です。 現在、レンガで建築する際に使っている接着剤(モルタル)ですが、雨などの湿気に弱く強度も低いという欠点がありました。 その欠点を特殊な処理をする事によって克服した、新たなる材料   セメントをご紹介します」

 

 アインズの背後の大扉が開かれ、ガゼフの部下達が数人がかりで灰色の石柱を運んでくる。

 

 長さ3メートル、直径30センチ程の細長い石柱は、台座代わりの木材の上に置かれ、橋のように中央が浮いた状態で鎮座する。 継ぎ目の一切無い石柱は、不自然なまでに均一で、直線で、そして滑らかだった。

 

「この石柱がそのセメントを使って成型した『コンクリート』です。 ご覧のように、ただの石材には無い特徴が幾つも存在します……まずは強度」

 

 アインズは石柱へ無造作に歩み寄ると、ドカリと音を立てて乱暴に腰を下ろす。

 

「馬鹿な……あんな細い石柱に乗って折れないとは、一体どんな錬金術だ?」

「空を飛ぶ魔法を使って、インチキしているに違いない」

「仮にそうだとしても、自らの重さで折れないのは不自然だ」

 

 眼を丸くし、驚愕の表情を一様に浮かべた貴族達が、ザワザワと相談する声が聞こえる。

 

「す、少し良いだろうかゴウン殿!」

 

 そんな喧騒を切り裂くように、声を上げてアインズに問いかけたのは第二王子   ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。

 

「どうぞ」

「それは、そのコンクリートなる素材は、私の体重でも耐えられるのか?」

「ええ、もちろん。 試してみますか?」

 

 ワクワクした表情のザナックは、激しく頭を上下に振ると席を立つ。

 

 コンクリートの柱を前にした彼は、興味深そうに撫でたり叩いたりし、やがて恐る恐ると言った様子で片足を乗せ……

 

「は……ははは、凄いぞ! 本当に壊れない!」

 

 上で飛んだり跳ねたりしてもビクともしないコンクリートの柱に、子供のようにはしゃぐザナック。

 

「父上! これがあれば城も家も柱だらけにならずに済みますし、嵐の度に流される橋や少し増水しただけで氾濫する川ともおさらば出来ます! まさに夢のような素材だ!」

「まさか……い、いや、にわかには信じがたいが…しかし……」

「お気に召していただけたようでなにより。 ですが……フフ、それだけではありませんよ」

 

 漆黒のローブを翻し、正に威風堂々たる態度で抱きすくめるように両手を広げる。 何百、何千と契約を交わして来た豪商に相応しい動きだ。 さらに、彼の態度や言葉からは自信の程が伺える。 この商品が世界一だと、態度だけで有無を言わせず認めさせる圧力のようなものがあるのだ。

 

「この素材の特徴はなんと言っても  

 

 思わず息を飲む。

 

  安さ。 そう、この『セメント』は非常に安い建築材料なのです」

「ふむ……して、具体的には一体幾らなのかね?」

「そうですね……石材や煉瓦での建築の、20分の1から30分の1と考えて頂ければ良いと思います」

「なに!? 20分の1から30分の1だと!?」

 

 次に声を荒げたのは第一王子のバルブロだった。

 

「馬鹿な! ありえん! そのような粉が何故それ程まで安く……騙っているのではあるまいな!?」

「いえいえ、滅相も無い……この安さにはちゃんとした理由があります。 この柱を作るのに使う材料は、今まで無価値だと思われていた物や、捨てていた物が使われているのですよ」

「……捨てていた物?」

「例えば  割れてしまった煉瓦の破片、石材を切り出す時に出たクズ石、建物を解体した時に出た廃材、川原で掘ってきた砂……」

「つまり……今まで見向きもされていなかった、その辺に落ちている石ころや砂を混ぜているから安い、と?」

 

 アインズは鷹揚に頷く。

 

 何を当たり前なことを。 と、言いたげな態度に全てを察したバルブロは、頭を抱えて黙り込んでしまった。 アインズが言っている事は全て事実である、と。

 

 多額の費用を捻出して建ててきた今までの建築物は、今この瞬間に全て過去の物となったのだ。 煉瓦も石材も、作るのにコスト。 運ぶのにコスト。 建てるのにもコストコストで、とにかくカネがかかる。 このコンクリートは、作るのにも運ぶのにも大したカネが掛からず、強度も自由度も雲泥の差。 この材料で城を建てれば、正に難攻不落の魔城が建つだろう。

 

「砂や石で約10倍くらいまで(かさ)が増えるので、安く作れる、と言うワケです。 ちなみに、今まで通り煉瓦用の接着剤としても使えるのでご心配なく」

「1つ良いだろうかゴウン殿」

 

 貴族の1人が質問する。

 

「利点ばかりあるように思えるが、欠点は無いのだろうか?」

「もちろんあります。 コンクリートは熱に弱いので、カマドやオーブンを作る際には今まで通り煉瓦で作って頂きます。 そして、水の分量を間違えると非常に脆くなってしまうので、計算が出来る労働者が施工しないといけませんし、中に鉄骨を入れないとココまでの強度は出ません」

「なるほど……まぁ、強度と値段とを比べれば些細な欠点ですな」

 

 他に質問は御座いますか。 と、視線を巡らせ問いかける。 そして、何も質問が来ないのを確認し、アインズは1つ頷く。

 

「纏めますと、我々がお売りしたい商品は  」 アインズは懐からメモを取り出す。 「オリーブ油が2500リットル。 柑橘・メロン・スイカなどの日持ちする果物が合計18トン。 新素材ポルトランドセメントが100バレルで20トン。 肥料……は用法が難しいので今度にしましょう。 それから  

「ちょ、ちょっと待って頂きたいアインズ・ウール・ゴウン殿!」

 

 アインズの口から飛び出したトン単位の量に、髪型をオールバックにした痩躯の男、レエブン候が顔を青くし待ったをかけた。

 

「アインズで結構ですよ」

「い、いやそれは流石に……ではなくて!」

 

 引きつった笑みを浮かべながら、慌てる様子は普段のレエブンらしくない。 ガゼフは、何時も不敵な笑みを浮かべる蛇のような印象を持っていた彼の、意外な一面を見て瞠目した。

 

「お売り頂ける量が尋常でないのだが、本当にそれだけの量を用意なさるおつもりですか!?」

「ええ、馬車にして大体……40台くらいでしょうか? 少し大きめの輸送船なら1回で運べる量ですが、何か?」

「こっ、此処は内陸ですぞ!?」

「ああ、そういう事ですか。 今回は急な話ですし、運搬に関しては特別に無料で王都近郊までお運びいたしますのでご心配なく。 今回限りですが」

「なっ……そ、それは有り難いですが……」 レエブン候は視線を彷徨(さまよわ)させる。 「ゴウン殿は馬車40台分と仰った。 確かにキリギリまで詰め込めば、帆馬車1台に2トンくらいは乗せられるでしょう。 しかし、馬に食べさせる(まぐさ)はどうなさるおつもりか?」

 

 そう、馬を働かせるにはエサである秣が大量に必要だ。 主に用いられる飼料は、牧草を刈って干した干草や、青草。 イネ科の牧草ではチモシーやケンタッキーブルーグラス、マメ科の牧草ならクローバーやアルファルファなどが用いられ、場合によっては小麦や大麦を脱穀せずに茎葉ごと与える事もある。

 

 馬は1日に10kg~15kgもの飼料を食べ、20~40ℓの水を飲む大飯食らいなのだ。 道端の雑草を食べさせようにも、大量の馬車が通ればすぐに食い尽くされるし、食わせている間は移動が出来ない。

 

 つまり、2頭引きの馬車で片道10日も掛かれば、馬車に乗せる飼料と水で約7~8割が埋まってしまうのだ。

 

「……魔法的な方法で解決する、とだけ御答えしておきましょう。 それに、1度で運ばないといけないワケでもありませんしね」

 

 アインズは仮面越しに顎先を摘まむと、視線を天井に向けた。

 

「トレーラーが使えれば1度に20トン運べるのですが……」

「あの……ト、トレーラーとは…一体……」

  ああ、すみません。 こちらの話です、忘れて下さい」

 

 アインズがくつくつと肩を揺らし、小さく笑った。

 

「それと、こちらの商品を御渡しするにあたって、幾つか条件があります。 流通させる際には、こちらの指定した商人を使う事。 そして、王家の紋章を容器に掲示する事が条件です」

「王家の? 焼印や塗料で?」

 

 する意味も必要も解らない、とザナックが首を傾げた。

 

「はい、これは偽造を防ぐ為に使います。 このセメントは建築資材……粗悪品が出回ると重大事故の原因 になります。 なので、あえて国を流通の間に挟み、偽造防止の意味合いで王家の紋章を刻みます」

「成る程、確かに王家の紋章の偽造は重罪。 抑止力になる上、こうして責任の所在を明確にする事で取り締まりが円滑に進む……と、言う事か」

「父上、それだけではありません。 関税と言う名目で最初から課税してしまえば、脱税は事実上不可能になります。 苦しい国庫が少しでも潤うのは有難いのでは無いでしょうか」

 

 バルブロの、物を右から左に流すだけで税収増が見込め、自分で使いたい場合は商人に手数料を渡さずに済む分費用が浮くとの鋭い指摘に、ランポッサは唸る。 王国の利点ばかり目立つので、都合が良過ぎるのではと不安になったのだろう。

 

「ゴウン殿。 その申し出は非常に有り難いが……それでは貴殿の利が薄すぎるのではないかね?」

「いえ、こちらとしても煩雑な業務から解消されるので、人件費が浮く分利益になります。 まあ、言ってしまえばランポッサ殿の骨折りが対価ですね」

「指定した商人、とは?」

「こちら側で背後を調べ、素性がハッキリしている者……という意味です。 後は才能などですかね」

「……将来有望な者を見繕ったと?」

「そのような認識で構いません」

「…………なるほど、相分かった」

 

 ランポッサは仰ぎ見る様に玉座の背凭れに体重を預け、ゆっくりと深呼吸をする。 その、まるで覚悟を決めるかの様な、諦めと言ってもいい仕草に、ガゼフは違和感を覚えた。 王のこんな表情は初めて見る……と。

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿。 我は貴殿の申し入れ、全面的に飲もうと思う」

「なっ! 王よ何を仰って  !」

 

 ランポッサはギロリとレエブン候を睨み付け、彼の口を閉じさせる。

 

「配下の者が無作法を……失礼致した」

「いえ、お気になさらず」

「……本格的な取引の前に、ひとつ聞きたい。 貴殿程の叡智を持ってすれば、我々の手を借りずとも自分の力だけでやっていけるのではないか? その方が貴殿が得られる利益も多くなるであろう?」

「…………経済は  カネの動きは流れに例える事ができます」

 

 アインズは静かに、そして噛み締めるように言う。

 

「経済とは…閉鎖的なコミュニティで停滞した点でも、強者が弱者から一方的に搾取する線でもない。 経済とは円、それも螺旋なのです。 貨幣は人伝てに縁を巡り、円を描き、少しずつ登り成長するための手段でしか無い。 貨幣が澱みなく、血液のように国中を巡る……『豊である』とは、そう言う事です」

 

 成長無き経済は、停滞ゆえの死である。 生きた化石と成りたく無ければ、変化を恐れて2の足を踏んでいる暇など無く……移ろう時代に取り残されれば、清らかな水を湛える渓流も、流れが止まった腐敗した沼となってしまうのだ。

 

「成る程……どうやら思い違いをしていたようだ。 我の謝罪を受け入れてくれゴウン殿」

「……受け入れるも何も、謝罪される様な事は何もされてませんが」

 

 アインズは不思議そうに首を傾げる。 わざとらしくはあるが、あえて知らないフリをする事で(わたかま)りを残さない様にしたいのだろう。 その証拠に、国王は苦笑いを隠せないでいた。

 

 

 

 その後は価格交渉とも呼べない話が続いた。 代金支払いの方法や期日を決める擦り合わせが、2〜3言葉を交わしただけの短い時間で決められる。 大金が動く話だと言うのにここまでスムーズに終わったのは、アインズが提示した希望売価が王国の相場よりも安く、値切る必要が無かったからだ。

 

「では、本日の商談は以上になります」

「ああ、こちらとしても得る物の多い取引であった。 改めて礼を言う」

「それは何より。 良い取引が出来るよう我々も努力していきますので、今後ともよろしくお願いします。 本日はありがとうございました」

「うむ、貴殿も息災でな」

 

 国王とアインズが互いに頭を下げ、儀仗兵が開いた扉をアインズが潜る。 退室して行く彼の足取りが軽いのは、肩の荷が下りたからでは無く、連れ立つ者を養う為の収入源が無事確保出来たからだろう。 何処までも義に厚い方だ…と、ガゼフは破顔した。

 

 

 

 

 

 

「あの量はちょっとした買い物とは言えません! あれでは最早『輸入』ですぞ!」

 

 昼休みに入り、伽藍堂になった玉座の間。 泣き叫ぶような男の声が部屋中に響く。

 

「しかもあれ程まで安く……! あのような物が国内に流通すれば、国中に失業者が溢れ返りますぞ!」

「わかっておる。 そんな事、我とて百も承知だ」

「ならば……ならば何故!」

 

 ランポッサは目を伏せる。 思い返すのは、アインズが言っていた『我々』との言葉……そして、ガゼフに接触してきた1人の男。

 

 チラチラと、視界の端で姿を隠そうともせず、存在を意識させるように蠢めく影。 アインズは義に厚い人物だとのガゼフの見立てが正しいのなら、警戒すべきはアインズでは無く……もっと別の人物だ。

 

「レエブン候。 ゴウン殿は…いや、ゴウン殿の背後におる者は、我等に問うておるのだ」

 

 話のあった日の翌日に、高価な砂糖を大量に使った菓子をいとも容易く差出せる財力と実行力。 不可思議な粉を、売るほど作れる技術力。 僅かな期間で王国の商人を調べ上げ、自分の陣営に引き入れる権力と人脈。

 

 それら全てを見せ付けて   問う。

 

「王国は、『我々』を敵に回しても良いのか……と」

 

 ならば答えは。

 

(いな)、だ」

 

 ランポッサは玉座から立ち上がり、背後に掛けられている国旗を見上げる。

 

「時は無情にも我を置いて去りゆりけり……か。 変わるべき時が来たのやもしれぬな……」

「……お言葉ですが、王よ。 外科的な治療など、野蛮で眉唾な代物ですぞ」

「……………」

 

 隣で同じように国旗を見上げていたレエブンが、釘を刺すように呟く……その時であった。

 

 レエブンとランポッサの背後で、ギギギ…と、扉が開く音がする。

 

 2人が振り返ると、そこには1人の男がいた。

 

「初めまして御二人方。 俺はアインズ・ウール・ゴウンから相談役の任務を仰せ付かっている  

 

 胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げる白衣の男。

 

「ドクトル・クサダと言う者です」

 

 そう言うと彼は、口端を歪めて笑うのだった。




ショートケーキ、について。

ショートケーキは日本発祥です。
ショートの意味は「短い」では無く「脆い」の意味で、非常に柔らかく崩れやすいスポンジケーキに滑らかなクリームを塗る事で、まるで雲や霞でも食べたかのような口溶けに仕上がります。
日本でケーキと言うと、ショートケーキのような丸いホールケーキがまず最初に浮かびます。
が、そういったホールケーキは意外に歴史が浅く、海外でケーキと言うと、四角くて茶色い菓子パンのような物からドーナツ状のもの、エクレアのように細長い物やシュークリームなどの球状の物まで多岐に渡ります。






ロレンテの塔の数、20だったり12だったり書籍でブレてるんだけど……20だったら過密だし12で合ってるよね多分。







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