「現状、問題点はエンジンだ。ベルリンと同等の機構でベイル使用のみなら問題ないが、ランド・ブースターとパイドル・スピアの同時併用が足を引っ張っている。エンジンに対して負荷がかかりすぎるわけだが、新たなエンジンを導入するのは時間がないから無理なのでエンジン・システムに措置を施すつもりです」
サードの私室で席に座って間もなくヒュードラーが切り出した。
サードが見せたジュノーンの設計図をヒュードラはさらっと眺めただけだ。
機械系が専門ではないローラだがMHの基本設計くらいは頭に入れてある。
博士ってばベルリン系のエンジン触ったことあるのかしらん?
「チューニングを施すのだね。ベルリンのエンジンでどれほどまで引き上げるのかな?」
コーラス主力のベルリンのエンジン出力は一兆一〇〇〇億馬力ほどで、今の星団基準では古い設計となりつつある。
大国の騎士団の主力MHのパワーは一兆二〇〇〇億~三〇〇〇億程度の馬力を誇る。
有名なのがクバルカンの破裂の人形、フィルモアの北の魔人サイレン、ハスハのA-TOOL(エー・トール=ア・トールとも言う)。星団三大MHと呼ばれる大手組だ。
もっともパワーだけで語れないのがMHだ。パワーがあっても騎士がMHに振り回されるのであれば意味がない。
戦場の状態や天候、装甲の軽重に武装、騎士とファティマの組み合わせなどでいくらでも勝率は変動する。
コーラス主力のベルリンは長年をかけて改造を施されてきた。ベルリンと同性能出力の新型MHと戦ったとしても何百年もの運用実績のあるトリオが引けを取ることはない。
設計が古くなっても、さまざまに適応したチューニングを施したベルリンが生まれることだろう。
MHは星団最強の兵器として生み出され今も君臨し続けている。古いからといって完全廃棄するようなことはなく大切に使用される。
「ランド・ブースターをフルで稼働させるのに現状より一八%ほど性能を引き上げます。目いっぱいまで引き上げることになりますが、戦闘システムの切り替えと連動するエンジンのエネルギー配分が難しい。ランド・ブースターが機能しなければパイドル・スピアは突進力を欠いた玩具(オモチャ)に過ぎません。現状ではその半分も生かせていない」
「耳が痛い話だね」
ジュノーンに搭載された超高機動ユニットであるランド・ブースターは設計の要といってよい。
しばらく聴きに回るだろうとローラは出されたお茶で口の中を湿らせた。
純和室の広い空間には無駄な家具とかはなくシンプルに構成されていて心が落ち着く。
わたしの出番はこの後だ。
エンジン・チューニングによるパワーアップに関しては、一時的な脈動上昇に関する質問をしたときに博士に教えてもらった。
一時的なパワーアップではなく、ピーキーに魔改造したまま運用する。
前にエルカセットが脈動上昇によるパワーアップをやったけれど、その状態維持のまま常に全力で操作するということだ。
あのときのことは……自分でもよく覚えてません(まる)
通常、エンジンの出力を上げるにしても五%から一〇%の範囲に留めるのが常識だ。それ以上は騎体とエンジンのエネルギーバランスを保てなければ戦闘中にバラバラに吹っ飛ぶことになる。
町の工場レベルでやるにはマイスターにかなりの技量を要求されるので、チューニングは一流と呼ばれる人たちでなければ手を付けることはできない。
当然、騎士とファティマへの負担は半端ないものになる。
一八%もの性能アップは負担マックスのリスクが高いがリターンも相当なぶっ飛び提案である。
汎用性を考えない、動かすことだけを考えた設計は通常の国家騎士団では絶対採用されないだろう。
「かなりのじゃじゃ馬になりそうだ。しかし、稼働できる時間はそう長くないのだろう?」
「ええ、長時間の戦闘は無理です。騎体への負荷がかかりすぎる。生半可な騎士とファティマでは運用することも難しくなるでしょう。武帝と名高い陛下とモラードのウリクルならば動かせるでしょう」
「これは大きく買われたね」
「だが、問題はそこではありません」
博士がローラを見る。視線を感じて設計図から博士に視線を移す。
「はい?」
ごめんなさい。MHの専門的なことはわからないのよ!
「続けて」
「エンジン出力を大きく変えることによって装備とのバランスを一から計算しなおさねばならなくなることです。出力を安定させるためにウリクルは全力で制御しなくてはいけません。ジュノーンの動態バランス制御も同時に行わねばならず、いかにウリクルでも戦闘しながらでは厳しい。効率も悪くなり悪循環を引き起こす」
「確かに。私もここのマイスターと検討しながら考えたがエンジンとの相性を合わせることは難しかった」
「それも解決可能です」
何だか博士カッコイイ……ちょっとオタクっぽいとか思ったけどしめるとこはしめますね。
「ファティマと彼女のエトラムルで作業を分担して効率化すればよいのです。改造する部分はファティマ・シェルとエンジンだけで済みます」
「二人で制御するか……その発想はなかったね」
二人の視線がローラに注がれる。
息を吸い込んで深呼吸する。正座した足先がちょっとピリピリしてるけど我慢、我慢……
ここからがわたしのプレゼンだ。こういうこともあろうかと旅の間に用意しておいたプレゼン用の端末を取り出す。
わたしとヒュードラー博士の理論を基に二人で検証しながら組み立てた新しいMHの設計プランだ。
ジュノーンを想定して建てたものではなく、いつでもこういう機会があれば説明できるようにと用意していた。
「ええと……エトラムルの動態制御能力はご存知かと思いますが、安定性においては通常ランクのファティマに劣るものではありません。今回の提案であるダブル・ユニットはジュノーンの運用においては最適であると考えます。これを、こうと……」
手元の端末を操作してMH(汎用図)とファティマとエトラムルの図を出してポインターで指す。
博士が言った効率化の図解だ。順序だててウリクルが担当する仕事とリョウが担当する仕事を分けて説明していく。
要点をまとめると、ウリクルさんは戦闘に専念する一方で、常に全開で動かすエンジン出力の安定に集中してもらう。
ランド・ブースターやパイドル・スピアの戦闘時における切り替えは細心の注意を払って行わなければ一瞬で騎体バランスを崩し破滅しかねない危険な作業となる。
エンジンのエネルギーが足りていればそんな心配はいらないけれど、ピーキーに引き上げたエンジンの出力は常に不安定なものになるからだ。
そしてリョウが分担するのは動態制御システムだ。彼にとってはこれが初陣で不安定な騎体を扱うことになる。
すでにエトラムルとしての機能は問題ないレベルにあるけれど、チームワークがものを言う作業分担だ。
エトラムルとファティマの組み合わせ例が少ないのは両者のMH操作にはっきりとした違いがあるからだ。
動かすことだけを考えるエトラムルと、状況に合わせた対応をするファティマとでは運用に噛み合わせの違いが生じる。
でもリョウならば周囲の状況に合わせた対応を自らの判断で行うことができる。
ダブル・ユニットではMH操作上の役割を完全に分担するので噛み合わせ違いの不具合は起きにくいと考えている。
問題は組むファティマとの性格的な相性とか考え方だ。仲が悪いようではこの計画は成り立たない。
その不安要素は顔には出せない。プレゼンにおいて重要なことは、「自信を持ち」、「はきはきと喋る」ことだ。
「──のようにして分担化することでジュノーンを運用可能域まで引き上げることが可能です。微動運転から戦闘開始した場合の稼働可能時間は一三分から一六分の間となります」
言い切って息をつく。
「よく頑張ったね、ローラ」
「あ、いえ……」
めちゃくちゃ照れる……陛下の前でプレゼンなんて緊張の嵐でしたよ!
一時間という時間はあっという間だった。今は貴重な時間だ。一秒たりとも無駄にできない。
「だが気が引ける。あのエトラムルは君にとって大事なものだ。下手に傷つけることはできない。戦場に連れていけば危険はどうしても発生するからね」
「いいえ。その、失礼を承知で申し上げます。わたしは経験と実績を必要としています。同じことをリョウにも言えます。戦闘の演習テストで得られるデータは限られた状況のものでしかありません。不確定な要素を含んだデータが欲しいのです」
「ジュノーンで研究に必要な経験を積ませるか……」
「お気に障りましたら申し訳ありません」
「いや……手を貸してほしいというのは本当のところだ。それにこんな話を聞かされて浮き立つ気持ちを抑えきれない。ようやく実戦というところまできたのだ。どうしても形にしてやりたい。それは君の研究もそうだよ。約束しよう。必ず成果は持ち帰って無事にリョウ君を送り返すとね」
「陛下……ありがとうございます!」
ローラは頭を畳につけて深々とお辞儀する。
「稼働時間は減るが一人前に動けるようになるのであれば大きな前進だ。エンジンの不安定性の問題はボクが長年悩んできたことだが、この短い時間で解決するとは複雑な気分でもあるね。早速取りかかろう」
「あのー陛下……一つだけ問題が……」
顔を上げてローラは頬を撫でる。性格相性の噛み合わせという不安定要素があるのだ……
「何だい?」
「失礼いたします」
言いかけた言葉を中断するように外から声がかけられ部屋に入ってくる人物が三人いた。
もとい二人と一基。ウリクルとエルカセットにリョウの組み合わせだ。
「サード、お連れしましたよ」
「ああ、こっちに座ってくれ」
「マスター、ハオハオ~」
「PIPOPIPO~」
やけにリョウが上機嫌だ。ハロのやつはウリクルの手に抱えられてる。
「ビショウジョ、ビショウジョ、ビショウジョ」
ピカピカ目を光らせているが内蔵カメラを動作させている。ウリクルの写真を撮りまくっているようだ。
後で削除な……
エルカセットはローラの隣に座ってウリクルもサードに並んで座る。
「それでなんだったかな。問題というのは?」
「ローラはファティマとエトラムルのコミュニケーションは問題ないか、と言いたかったのですよ。見る限りではジュノーンの運用に問題はなさそうだな」
ヒュードラーが答えるのだった。
「まあ、そんな感じです……」
「ウリクル、リョウ君とはうまくやれそうかな?」
「はい、問題ありません。ね、リョウ君」
「モンダイナイ! モンダイナイ!」
ハロが弾むように返事をする。
すっかり舞い上がっている。美少女に抱かれていいご身分であろう。
「ウフフ、ベストプライスれす~~」
エルカセットが両手ぐーに親指立てて一人盛り上がる。
「はいはい、そですねー。ぐーぐー」
ローラはペチペチとエルのグーパンを手の平で受けるのでした。
◆
ジュノーン改造計画の要となるダブル・ユニットは本来目指す完成の姿ではない。今の段階でできる選択肢の一つに過ぎないのだ。
人間に近いファティマという安定性を欠く存在は、本来兵器が示さなければならない機能を満たしていない。
最高の能力ゲージを示すファティマでさえ、精神的なストレスを受け続ければ綿密な検査とファティマ・マイトによる長い治療を必要とする。
人として扱わなければならない兵器など欠陥品でしかない。
モータヘッド・マイト、バルター・ヒュードラーはそう唱える。
ヒュードラーはエトラムルに着目したが、これらの存在がファティマに並ぶことはない。そのように世間では扱われている。
模索を続ける中でとある論文と出会った。書いたのはわずか二〇歳を過ぎた少女トローラ・ロージン。
ヒュードラーは瞠目する。既存の常識に捕らわれぬ発想と着眼点はヒュードラーが目指すものと一致していたからだ。
だから彼女は接触を持った。ありとあらゆる手段を用いて……
君の理論こそ私が求めたものだ。そして君が求めるものを私は提示することができる。
ゆくゆくはエトラムル単機の運用を実現させてみせる。ジュノーンはそのテスト・ケースだ。実現のために利用できるものはすべて利用させてもらう。
世紀の傑作は天才同士が結びつくことで生まれてきた。
黒騎士バッシュ・ザ・ブラックナイトとファティマ・エスト。
ルミラン・クロスビンとモラード・カーバイトしかり。
彼女が私にとってのモラードになりえるのか、それとも私がクロスビンになりえるのか、それはまだ未知数の世界だ。
計画はまだ始まったばかりなのだから。
前話で今年最後の更新と言ったがあれはUSOだ(´・ω・`)メリークリスマス